俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)
次の話 >>

1 / 4
 元々は、Twitterにて、仮面之人さんという漫画家さんが呟いていた「チートTSエルフ」というツイートから着想を得て、ブログで細々と、かつ殴り書きを積み重ね、少しずつ書き連ねていたものでした。久しぶりに、オリジナルのTS小説を書くために頭を悩ませるという楽しさを味わえています。仮面之人さんに感謝です。
 また、今回、ド直球にはならない程度の、下半身ではなく背筋に来るようなエッチな描写に挑戦しています。なので、R-15のタグを付けさせて頂いています。とにかく、自分が書きたかったものを書いているつもりです。TS好きの同好や、どうではない方々にビビッ!とくるようなものになっていれば幸いです。


その1 エルフとの出会い

 オレは、元は日本人の男子学生で、今はエルフの美少女をしている。
 ……誤解されないように先んじて言っておくが、別に望んでなったわけじゃない。ある日突然、死んだと思ったらこっちのファンタジーな世界に飛ばされていて、身体はエルフの少女となっていた。不可抗力だったんだ。
 転生してわけもわからないままに見知らぬ暗い森を歩いていると、のっけからおぞましい化物に追い掛け回された。言葉はまったく通じないし、それ以前に図体はでかいのに鳩並の知性も無さそうな、ひどい臭いの化物(グール)だった。慣れない身体の小さな歩幅ではあっという間に追い詰められ、あわや頭から丸齧りされそうになったところを急に現れた人間に助けられた。ぶんぶんと振り回す剣の腕は素人目にも下手糞な、くたびれた鎧を着込んだ同年代の少年だった。助かったと思いきや、そいつもやっぱり図体はでかいのに頭の中はすっからかんで、猿以下グール未満みたいな男だった。猿以下グール未満はカルと名乗った。カルには毎晩のように殺されかけた。比喩じゃない。物理的に、生命の危機を感じた。食われるかと思ったのもしばしば。……これは暗喩だ。詳しくは恥ずかしいから言わない。
 漫画のように、最初から異世界人たちと言葉が通じるようなご都合主義は無かったし、こっちの常識も文化も通じない。神様仏様から特別な能力が与えられたわけでもなく、エルフの肉体は非力なばかりで、おまけに人間からは崇められているどころか嫌われているときた。何より、そもそも性別が違う。男の時とは全然身体の作りが異なっているから勝手がわからないのに、一緒にいるカルは相変わらず猿以下グール未満だからちっとも役に立たない。エルフの少女となったオレの異世界転生物語は、チートを貰えるどころかハンデばっかりで、初っ端からひどい始まり方をした。
 それから今までの十数年間も、ろくな目に遭わなかった。ほとんどいい思い出なんてない。生きるために必死だった。逃げたり、追ったり、探したり、戦ったりと世界中を駆けずり回った。この手で、人も、殺してしまった。毛むくじゃらの背中に刃がスルッと吸い込まれていく奇妙で薄ら寒い感覚は未だにこの手と心に残っている。思い起こすだけで怖気が走るその経験は、だけど、カルにとっては珍しくもないものだった。殺人狂だからじゃない。オレを護るために、オレの代わりに、オレが負うべき重荷を背負ってくれていた。そうして日々大きくなっていく背中をオレはずっと見ていた。いつか追いつきたいと願い、いつか並びたいと努力して、今に至る。
 思い返せばあっという間のようで、元の世界で過ごした同じ年月より何倍も何十倍も何百倍も濃密な時間の積み重ねだった。本当に本当に、いろいろなことが遭った。

 最近、定住する場所を得て、少し身の回りに余裕が生まれて、ふと思うようになった。もし、この世界に来ること無く元の世界で暮らしていたらどうなっていたのだろう、と。夜闇を恐れる必要もなく、命や身体を狙われる心配もなく、男の目線に怯えてビクつくこともない、明日や来週や来月や来年の予定を不安なく立てられる普通の日常……。それらを想像して、戻りたいかと自問する。

もちろん―――戻りたくなんてない(・・・・・・・・・)
だって、もう求めてないから。もう必要ない。 ()の世界はもうここだ。この温かい人肌の中。
私を腕に抱いて穏やかに眠る、この猿以下グール未満の大きな懐が、私にとって世界のすべて。
本当にひどい目に遭った。人を殺してしまったし、殺させてしまった。
毎晩のように殺されかけているし、食べられそうな思いもしてる。
だけど―――私は、この世界(ひと)を心から愛しています。






 俺の腕の中で眠るエルフの美少女は、人間に味方する唯一のエルフで、無敵の魔術師で、そしてなんと前世では男だったのだそうだ。彼―――いや、彼女(・・)と出会ったことで、田舎の一兵卒だった俺の人生は劇的に変わった。その顛末を手短にだがまとめておこうと思う。

 まず、俺の名はカルという。当時は名字なんて大層なものは持っていなかった。ただの“リヨー村に住むダールの孫でアルの息子のカル”だ。当時の俺は士官したての15歳。前年、俺が生まれる前から続く“人魔戦争”で兵士だった父親が死に、残った母親も病気で死んでしまい、小さな畑も疫病が蔓延して生きていけなくなった。村には食いざかりの男ガキを養う余裕はない。そんなわけで、俺は食うために仕方なく軍に入隊したわけだ。入ってみれば、似たような事情の奴らと型にはまったおざなりな訓練で半年ほどしごかれ、“図体がでかくて丈夫そうだ”という理由で早くも最前線に送られることになった。べっこう飴みたいに大量生産されたお粗末な剣と鎧を渡され、右も左もわからないまま教導基地から馬車に放り込まれた。最悪だった。生きるために軍に入ったのに、早速使い潰されようとしていたのだから。遠征の途中、俺が何日で死ぬかと互いの金属兜を賭ける上官の声を聞きながら、今は亡き父親に悪態をついていた。『“愛する者は死んでも護る”、それが我が家の家訓だ』と遺して去っていったが、アンタが戻らなかったせいでその家も潰えるぞ、と。
 
 山奥に分け入って数日、俺たちの部隊はエルフの死体に遭遇した。美しい顔立ちの男女が、かろうじてその顔立ちがわかる硬い頭部だけ残して食い尽くされていた。死にかけの魔族が死霊化した悪鬼(グール)の仕業だろう。しかし、エルフのために涙を流して墓を掘ってやるような高尚な奴はここにはいなかった。俺たち新兵は凄惨な死体に度肝を抜かれて狼狽えるばかり。「生きてりゃ娼館に売れたのになぁ」と下卑たことを漏らす下衆な兵士もいた。エルフに対する扱いはとても悪い。それもこれも、人間とエルフは互いに嫌い合っているからだ。
 不老長寿のエルフ族は自分たちを特別視していて、高飛車で排他的な種族として有名だ。人間と魔族(下賤の者たち)の戦争には中立不干渉を謳っているものの、より自分たちに近い姿をしていて勢力も強い人間を疎んでいる。温厚だった先王の頃、同盟を結ぼうと王の特使が接触したことが何度かあったそうだが、首を横に振るどころか門前払いだったという。自分を嫌う奴を好きになれる物好きはあまりいないだろうし、そんなことが繰り返されれば人間の態度も硬化する。宥和を重んじていた先王が反乱で殺され人魔戦争が始まる頃には、戦争まで行かないまでも人間とエルフの間で小競り合いも何度か生じた。その際も、エルフは神聖の高い種族だから魔法が得意で、遠距離から火球やらなんやらで攻撃してくる。その火の雨を掻い潜って近づかなければならない人間側の被害ばかり当然大きくなるし、接近戦を定石とする人間にはエルフの戦い方が正々堂々としておらず卑怯に見える。そういう理由で、嫌われ者に祈りを捧げてやることもなく、兵士たちはさっさとその場を後にしたのだ。
 エルフの女をチラと見て、その頬に涙の跡が残っているのを見つけてしまい、俺は「気の毒に」と心に呟いた。そもそも軍事教練で教えられるまでエルフという種族すら知らなかったど田舎の山奥育ちの俺は、教官らが卑怯者だなんだと口汚く罵って周りが眉を逆ハの字にして頷いてもいまいち共感出来なかった。だから、おそらく死ぬまで手を握りあっていたのだろうこの男女のエルフに少し同情した。俺に力があれば、もしかしたら救ってやれたかもしれないのに、と。

 日暮れが訪れると、雨の季節だというのに空気はさらさらと澄み渡り、天高く昇った満月はいつもより大きかった。月光がやけに白く眩しい、不思議な夜だった。今にして思えばあれも特別な兆しだったのだろう。彼女と出会ったのは、まさにその月夜だったのだから。

 前線基地という名の死に場所まであと少しというところで日が暮れ、馬の上でふんぞり返る上官が野営地建設を命じた。俺は同じ下っ端たちと泥だらけになりながら、必死こいて穴を掘り木を切り、簡単な拠点を築いた。完成すると、手伝いもしなかった上官や先任兵は早々にエルフの荷物から盗んだ酒瓶を傾けだした。やっと休めるかと一息ついた俺たちに、奴らは意地の悪い目を向けた。嫌な予感は的中し、歯より硬いと揶揄される支給クルミパンと濁った水を胃に掻き込むと休憩も許されず見張りをさせられることになった。疲労困憊の肉体で暗闇に向き合っていると、一人また一人と闇の眼力に負けてその場に崩れ落ちて眠りだした。そういう奴は後で意地の悪い先任兵に陰湿な嫌がらせをされることが身にしみてわかっていた俺は、なんとか踏ん張ってその場に立っていた。しかし、夜も更けてついに俺の気力も限界に差し掛かった時、虫の鳴き声に混じって、かすかな悲鳴が聞こえた。生い茂る木々の隙間から、聞いたこともない言葉で、女の子が叫んでいるようだった。山で昼も夜も狩りをしていた俺だからこそ聞こえた、微かな声だった。慌てて隣の兵士の肩を叩くが誰も信じず、また寝入ってしまう。
俺は少し迷った。だが、どうせ明日戦場で死ぬのなら、今ここで馬鹿をやっても同じことだ。一瞬で意を決し、俺は暗闇の中に突っ込んだ。この時、意を決しなければどうなっていたか―――想像もしたくない。暗闇に飛び込んだ過去の自分を褒めちぎりたい。もしもこの瞬間に立ち返ったとしても、絶対に同じことをするだろう。
 さて、その先で起きた戦いについては、“上手くいった”という結果だけ記そう。“上手くやれた”というわけではない。ただ、俺にとって初めての殺し合いだった。疲労困憊だったし、夜の森を全速力で駆け抜けた直後の戦いだった。そこを汲んでもらえれば、中身の良し悪しはひとまず置いておくべきという懸命な考えに至るはずだ。大事なのは、彼女を助けることができたという、俺とこの世界にとって計り知れないほど大事な事実だ。

 それで、最初に覚えた印象は、何よりもまず―――美しい、だった。とにかく、美しかった。

 小さな背中を覆う銀髪は満月下の新雪のようにキラキラと輝いている。牛乳みたいに真っ白な肌は触れてもないのに指先に滑らかな肌触りを感じる。大きく輝く瞳は新緑を映す湖のようで思わず飛び込みたくなる。ろくに女を見たことのない俺でも、そんな目の前にいる女の子が唯一無二の美少女だということはわかった。そして、ピンと長い特徴的な耳輪で、エルフ族ということもわかった。それが彼女との出会いだった。
 奇妙なことに、エルフはほとんど全裸で、上着しか着ていなかった。しかもその上着は寸法がまるで合っておらず、裾もかなり余って膝上まで伸びている。国王が典礼式で着るような詰め襟の服は染めムラのない完璧な黒一色で、所々の縁と(ボタン)が曇り一つない高貴な金色(こんじき)に輝いていた。分厚い布地は軍のお偉いさん方も着ていないような素材で、艶々としていて、なのに丈夫そうで、ひと目で高価だとわかる。けれども、それを着る―――着られている(・・・・・・)ともいえる―――エルフは、厳つい黒服に比べてあまりに儚く、弱々しく、手を差し伸べないと今にも空気と薄れて消え入りそうに可憐だった。まだ女らしい肉付きはなく、しかし将来を約束された美貌を引っさげた翠緑眼に白銀髪の乙女は、途方もない宝の原石に見えた。その、絶望に淀んだ瞳と大粒の涙を拭ってれば、だが。
 驚いたことに、出会ったばかりのこの頃、エルフの少女は言葉を話せなかった。いや、話せるのだが、まったく違う(・・)言語だったのだ。方言などとは根本から異なって、どう聞き取ろうとしてもできない。繰り返される言葉はあって、おそらく意味があるらしいが、学のない俺には見当がつかない。自分の言葉が通じないと早々に判断したエルフは、他に知っている様々な言語を手当たり次第に投げかけてきたが、俺の首が一向に縦に振られないのを見てやがて諦めた。何もかもが信じられない、この世の終わりとでも言うような顔だった。そのまま地面にズブズブ沈み込みそうなくらいの落ち込み様に、俺はなんとかしてやろうと身振り手振りで意思疎通を図ろうとした。ここにいたら危険で、魔族に襲われるかもしれない。人間には嫌われているから俺が属する軍隊も頼れないし、お仲間(エルフ)の里も近くにはない。それらを懸命に伝えると、彼女の目からどんどん光が抜け落ちて、ついにその場にへたり込んだ。しまった、これでは逆効果だ。どうすればいいいのか……などと考えあぐねていると、ふいに聞き慣れた下卑た声がヤブの向こうから聞こえてきた。エルフの死体を見て欲情していた変態好色士官だ。見つかれば間違いなくこの少女は慰みものにされる。
 その時、俺は迷わなかった。脱走兵になることに躊躇いもしなかったし、迷いを断ち切る必要もなかった。自然と心は決まっていた。ただ覚悟を決めるため、もう一度少女の顔を覗き込んだ。美しい、と思った。護る価値が―――これから兵士として使い潰されるより遥かに命を掛ける価値があると思えるくらいに。俺はかっと燃え上がった激情に任せて少女の手を掴むと力づくで引っ張り上げた。「行くぞ!」という言葉が通じたのではないだろうが、命がけで助けた甲斐があって信頼されたらしく、少女は抵抗すること無く頷くと俺とともに暗い森の中に飛び込んだ。

 そうして、俺とエルフの3年間に渡る奇妙な旅が唐突に始まりを告げた。



読んでもらいやすいよう、今回は短く区切っています。こんなに長くなるとは思っていなかったんです……。