Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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大切な誰かがいるあなたへ。
大切なものを両手いっぱいに抱えてしまっているあなたへ。
その中の一つがなくなったとき、あなたは気づくことができますか?


キャスターダヴィンチの場合、あるいは消失

 ダヴィンチちゃんは激怒した。

 彼の邪智暴虐のクソったれマスターをボッコボコにしてやらんがため、拘束した。

 

「さあ、説明してもらおうじゃないか? ああそうさ、見ての通り私は怒ってるよ? なんせ、君は八日間もの間、意識を失い、その上最後にはバイタルも低下して本当にヤバいんじゃないかと思ったんだ。いやー、ホント万能の天才と言われたダヴィンチちゃんもらしくなく焦ったものさ。そして目が覚めた時には、職員みんなで喜んだよ? で、それの上で聞こうか、立花くん。オマエ、自分が何したかわかる?」

 

 もう一度言おう、ダヴィンチちゃんは激怒している。それこそ、半ば口調が崩壊してしまうレベルで、キャラがなんだと言わんばかりに激怒している。ああそうだとも、ダヴィンチだけじゃない。職員も、ロマンも、サーヴァントたちも青筋を浮かべて怒っている。

 いや、ごくごく一部の人間は、内心でダヴィンチの険相にちょっと怯えてはいるが、この場にいる人間に共通していることはみんな怒っているということだ。

 

 目が覚めたのはいい。それは最上の結果だった。

 しかし、目が覚めたとたんに挨拶もなしに駆けだして召喚。そして召喚されたサーヴァントと殴り合うなどという愚行は、いくらなんでも許容範囲外だった。

 

「おい、そこの馬鹿マスターが正座をするのはいい。だが、なぜ俺まで説教を食らわねばならない」

「黙れ、巌窟王。オマエが立花くんとどういう関係なのかはこれから聞く。それまで一緒に正座をしていろ」

「あの、ダヴィンチ女史? そろそろキャラが違う――あ、いや、すみません」

 

 勇気を出してダヴィンチのキャラ崩壊を防ごうとした一般職員。しかし、彼女の眼力に気おされ、口をつぐんだ。普段怒らない人が怒ると怖い。

 

「いや、あの、本当すみませんでした」

 

 ちなみに、立花の精神は感性はズレがあるものの、基本的に一般ピーポーと相違はない。つまり、さすがのこの怒られ方には涙目だし、反省もしている。しかし、それはダヴィンチたちにとっては当然のことで、それ以上に求めているのは、先の行動の説明だ。

 

「それはいい。それ以上に、さっさと説明をしてくれ」

「あーうーん、少し待ってくださいね。なあ、どう説明すればいいんだ?」

「知るか。言っておくが、オレはお前が何をして何を思ったのか知らん。オレはあの女に頼まれた以上のことは知らないからな」

「ちっ、役に立たないな」

「お前、死ぬか?」

「おい、それ以上ふざけるなら、私も怒るぞ?」

 

 もう怒ってるじゃん。そう言いたい気持ちを抑え、立花は諦めてあったことそのものを説明することにした。妹のこと、この世界のこと、“価値”というものについて。

 その話を聞いた人間の反応は様々だ。

 

 そんな馬鹿なと信じられないもの。ありえないと頭を抱えるもの。何かを思案するもの。

 

 そして、ダヴィンチは三つ目の思案する人間だった。

 

「信じられない?」

「いや、話自体は信じる要素がないわけじゃない。この世界がゲームコンテンツだろうと、別に驚きはしないさ。まあ、腹立たしい気持ちはあるけどね」

「腹立たしい? どうしてさ?」

「簡単さ、ゲームというのは、それが成立するために登場人物が決まっている。つまりそれは、その人間たちさえ存在すれば、世界は成立するということになる。それ以外の人間は、いてもいなくても構わないモブキャラクターだ。だが、知っての通りこのカルデアはおろか、世界に必要ではない人間というのは存在しない。一人一人に物語が存在し、それぞれが主人公であるべきなんだ。だが、もしも君の妹の言葉が正しいのなら、それは間違いであるかのように思えてね。そう思った自分と、そう思わせたその話に怒りを感じない方がおかしいだろう?」

 

 ああそうだ。この世界は本来、六十億を超える人間が存在している。その世界がたった十数人やそこら人間だけで成立している? 笑わせるな。世界はゲームのように簡単にはいかないし、世界はゲームのようなシステマティックじゃない。

 

「だから、私はこう考える。ここは元はゲームの世界として存在していた世界をモデルにした確固たる世界の一つだってね。物語の世界が実在するというのは、魔術世界に座する人間じゃなくても考えそうなことだ。決しておかしなことじゃない。ただそうだな……気になる点は、その“価値”についての話だ」

「それはつまり、俺の妹が消えて俺が価値を取り戻したって話ですか?」

「ああそうさ、その話はおかしいだろう。人間の価値は一つじゃない。例えば、君がマスターとしての価値を妹さんに奪われていたとする。だが、事実として君はここにマスターとして存在している。ならば、そこにはまた別のマスターとしての価値が存在しているということだ。私には、それがわからない。妹さんが消えたところで、君の価値が大きく変動するとは思えないし、そして価値が出たからと言って、だからなんだという話だ。仮にこれが魔術的な話だとしよう。君に価値が存在しないという大罪を背負っている。それ故になにがしかの制限が起きていたとする。確かに、それならば妹さんが価値を与えたということに意義はあるが……立花くん、体には何か変調はあるかい?」

「え、いや別に大した変化はありませんけど」

 

 立花は、己の体を再確認してみるが、特に目新しい変化は起きていなかった。それは周囲の人間からしても同じなのか、誰も意見してこない。

 

「そう、一応君の体調や魔術回路も調べてみたが、以前と変化はない。だからこそ、私には妹さんがどうしてそんな行動に出たのか、そしてどういう結果が起こったのかがわからないんだ」

「俺があの監獄塔を脱出するため……とかじゃ説明はつきませんかね?」

「それも考えた。だが、さっきも言った通り、君には君だけの確かな価値がある。それは妹さんだろうが、誰だろうが、決して代わりにはできないものだ。つまり、そもそも人間における“無価値”という表現が私にはわからない。そこらへん、巌窟王はどう思う?」

「お前の言っていることは間違いではないだろう。虚飾はあくまで他人の価値観における判断だ。お前たちがこのマスターに価値の認めている時点で、本来ならそれは成立しない」

「じゃあ、なんでお前は俺を虚飾なんて呼んでいたんだ?」

「言ったはずだ。俺はお前の妹に言われた以上のことは知らないと。だが、確かにおかしな話ではある。というより、あの“罪”はお前のものというよりはむしろ別の人間の罪をお前が肩代わりしていたようにも思える」

 

 ますますわからない。この場にいる人間には、判断がつかない話だった。おそらく、この話の真相を知っているのは、妹である立香だけだ。新たな疑問に頭を悩ませている中、ダヴィンチは一つの結論を出す。

 

「よし、考えるのをやめよう」

「っておい、それいいんですか?」

「いいも何も、それは今やるべきことじゃない。いつか考えなければならないことだが、少なくともそれは今じゃない。今私たちがやるべきなのは、ここ数日間における疲労の回復だ。次の特異点に向けて。私たちが全員が体を休めなければいけない」

 

 それは当然のことだった。なんせ、八日間の時間を誰しもが気を張り、祈っていたのだから。それは相当のストレスと疲労になっているはずだ。

 

「わかりました。じゃあ、寝てただけの俺がいうのもなんですが、皆さんも休みましょう」

「ああ、それがいいだろう。ああ、それと立花くん、君には一つだけ言っておかなければいけないことがある」

 

 そういうと、ダヴィンチだけじゃなく、すべての職員が背筋を伸ばし、佇まいを治す。そして次の瞬間、全員が頭を下げた。

 

「すまなかった。そして、ありがとう」

「え、いや、なんの話ですか? 今回、謝るべきなのは俺でしょう?」

「確かに君も謝るべきだが、それは君が起きてからの行動についてだ。私たちが言っているのは、これまでの君の活躍と君の負担についてだ。君は最後のマスターだ。だから、頑張らなければいけない。そう思わせて、君にとっての大きな負担になっていた。本来、我々のような大人こそが責任を持つべきなのを、君に大きな重圧を背負わせ、無茶をさせていた。今のこれは、その結果だろう」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 俺は知ってますよ! ダヴィンチちゃんやドクター、職員の方、一人がどれほど寝ずに頑張っているのか。どれほど責任を感じているのか。俺だけじゃないんですよ。俺だけの物語や頑張りじゃないんです。ここまでこれたのも、これから頑張れるのも、皆さんがいてくれるからなんです。だから、もう謝らないでください。一度謝ってもらったならそれで十分なんです。だから、もう休みましょう。俺たちはみんな疲れている。ダヴィンチちゃんの言う通りです。今回のこれは、みんな疲れた」

「そう……か。いや、その通りかもしれないな。これ以上の謝罪はまた君に余計な負担をかける行為だった。ありがとう」

 

 そうこれでいい。今のカルデアなら、大丈夫なはずだ。

 しかし、立花には一つだけ気になっていることがあった。

 

「あの、マシュはどこですか? 俺、ここにきてからマシュの顔を見てないんですけど?」

 

 そう、立花の大切な後輩がいないのだ。

 てっきり、いの一番に怒って、泣いて、喜んでくれそうな彼女の姿が見当たらない。

 

「ん? 立花くん、いったい何を言っているんだ?」

 

 ダヴィンチは不思議そうな顔をした。いや、ダヴィンチはおろか、全スタッフ、職員がそんな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マシュっていったい、誰のことだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 聞き間違いだと思った。いや、そうあってほしいと思った。だが、それに対する反応は、全員の困惑である。本当に、ダヴィンチの言葉が総意とでもいうように、全員が首を傾げていた。

 

「え、いや、ちょっと待ってください。マシュですよ? マシュ・キリエライト。俺の後輩……いや、実際に後輩なのかはわかりませんが、俺を慕って俺についてきてくれた女の子です」

「あ、いや、言い方が悪かった。確かにマシュ・キリエライトのことは知っている」

 

 じゃあ、なんでそんな他人行儀な呼び方をするんだ?

 

「だが、それでもわからないんだよ、立花くん」

 

 なんで、そんな顔をしているんだ?

 

「だって、彼女は最初の特異点。特異点Fでレフに殺されていたじゃないか?」

 

 それは、どういう意味だ?

 

「待ってください。マシュです。俺の相棒で、シールダーのデミサーヴァントですよ?」

「いやいや、それこそ待ってくれ。君の相棒は別にいるだろう?」

「それって誰のこと――――」

 

 誰だ? 俺の後輩じゃない相棒って。

 

「リツカ!」

 

 抱きしめられた。背後から、大切なものを扱うような手つきで、そして、もう離さないと言わんばかりに力強く。その人は、女性だった。銀色の髪をして、涙を浮かべて立花の存在を喜んでくれている。

 

「よかった。本当に、よかった!」

 

 ああ、どうしてあなたがここにいるんですか?

 どうして泣いているんですか? おかしいじゃないですか。

 だってあなたは――――。

 

「オルガマリー……所長……」

 

 死んだはずじゃないですか。




監獄塔の中、あるべきはずの彼女の絵だけが存在していなかった。

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