Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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 人間が人間の絶望を語るうえで必要なのは、対比だ。絶望とは己から生まれるものではなく、他者の存在、その境界線から生まれるべきものだと言える。

 大きな才能を前に、「嫉妬」を覚えたことは?
 麗しき異性を前に、「色欲」に溺れたことは?
 富と財宝を前に、「強欲」に囚われたことは?
 許されざる存在を前に、「憤怒」の感情を抱いたことは?
 悠久ともいえる平穏に、「怠惰」を貪ったことは?
 美酒美食を前に、「暴食」に食い散らかしたことは?

 そして、己を過信し、「傲慢」にも道を間違えたことはないか?

 なあ、マスター。お前はいったい、どれほどの大罪に身を犯した?


マスター藤丸立花の場合、あるいは絶望

「……あの、ドクター、先輩は……まだ……」

 

 マシュの質問に、ロマンは首を横に振って否定の意を示した。二人の視線の先には、集中治療室のように隔離された部屋がある。その部屋の主の名は藤丸立花。第四特異点攻略の際に、心に絶望を患った人間だ。あの日以降、藤丸立花が目覚めることはなかった。

 

 いや、正確には一度だけ目覚めたことがある。

 

 半狂乱の状態で、とても会話ができるようなものではなく、最悪自害する恐れがあった。アルトリアの一撃によって気絶させ、精神安定剤の投与を施したものの、それっきりだった。

 

「ふんっ、情けないマスターだ」

 

 アルトリアはそう言っていた。だが、そこにはいつものような傲慢不遜な態度はなく、年相応の少女の弱弱しい姿で、覇気もなく強がっていたのを覚えている。ジャンヌはそんなアルトリアを叱咤するように、あえて彼女に喧嘩を吹っ掛けるようなことをしていた。

 

 むろん、そんなことをすればただでさえ相性のよくない二人の関係が悪化するのは目に見えていた。しかし、カルデアトップクラスの実力を持つ二人を止める術はなく、またそんな気力もマシュにはなかった。少なくとも怒りのぶつけどころにはなっているので、むしろあのままでいいとさえ思っていた。

 

 だが、そんなことをしていたのも最初の日だけだった。その日以降は、メドゥーサも加え、食事も睡眠もとらずに立花の様子を見ていた。もともと、サーヴァントである三人は、食事も睡眠も必要とはしない。しかし、精神のバランスを取るには必要な行為のはずだが、今の三人にはどういっても無駄だろう。

 

(ああ、どうして……)

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。マシュは意味もなくそんなことを思う。第四特異点の攻略は順調だった。だが、絶望は最後にやってきた。

 

「我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの。名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」

 

 ああ、絶望だとも。英霊という存在すらも届かぬ領域にいる彼の王は、グランドキャスターとしての霊器が存在している。レイシフトした先で出会った金時が、玉藻の前が、アンデルセンが、シェクスピアが――――強固な英霊たちがその身を砕かれていく。

 

「くっ、リツカ!」

 

 アルトリアが立花を守るために、

 

「ちぃ!」

 

 ジャンヌが立花を守るために、

 

「逃げて!」

 

 メドゥーサが立花を守るために、その身を砕かれた。

 

 藤丸立花を支えたのは、彼女たちサーヴァントだ。そして、幸運(悲運)なことに彼女たちがこれまでの戦いで死を受けたことはなかった。正規のサーヴァントは、カルデアへと帰るだけ済む。ただそれだけのはずだ。気まぐれにも魔術王は立花を見逃した。

 

 だが/

 

 立花は/

 

 彼女たちが本当に/

 

 大切(すき)で/

 

 だから/

 

「に、げて」

 

 壊れ/た/

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「うわぁあああああああっ!」

 

 跳ね起きた。動悸の止まらない心臓を抑えるかのように、胸に手を当て、呼吸を整える。落ち着いたころ、周囲を見渡してみると、自分が見たこともない場所にいることがわかった。

 カビ臭く、湿っぽい。灰と埃にまみれているかのような印象を抱く、そんな牢獄。

 

「ここは……」

「目が覚めたか、マスター。いや、虚飾の罪よ」

 

 影がいた。男の影が。誰なのかもわからない影は、そこで見定めるように立花の前に立っていた。立花は、彼に似た印象を抱く存在を知ってい――ない?

 

「あ――れ?」

 

 今、何かを思い出そうとしていた。何かが脳裏を通り過ぎて行った気がしたが、しかし思い出せない。いや、思い出しくない――のか?

 

「あんたは、誰だ?」

 

 代わりに、口から問いが出た。影に対する問いだ。ここはどこで、お前は誰なのだと。

 

「異なことを訊ねるな、虚飾よ。では訊ねるが、そもそも()()()()()?」

「――――」

 

 ああ、そうだ。自分にはフジマルリツカが認識できない。己が己である証明も、己がフジマルリツカとして生きてきた意味も見いだせない。目の前にいる影の名を訊ねる以前の問題だ。自分のことすらわからないのなら、他者を気にする余裕などないはずだ。

 

 だから、

 

「俺は、誰だ?」

 

 フジマルリツカとしての記憶はある。経験もある。だが、それを自己のものとして認識できない。記憶にいる少女たちが、遠い存在に思える。フジマルリツカさえも、どこの物語の登場人物のようだ。あれは本当に自分なのだろうか? では、英霊に、反英霊たちにも愛されているアイツは――誰だ?

 

「そこまでだ、虚飾。来たぞ」

「ひっ」

 

 そこにいたのは、亡霊だ。恩讐を望み、生きる命を憎み貪る邪悪。

 そして、亡霊は立花を見つめていた。

 逃げなければ、逃げなければ死ぬ。そう確信させるには十分な敵意だった。

 

 だが、どこに?

 

「はは。落ち着け、虚飾よ。らしくないじゃないか。お前は頑張るのだろう? お前は、立ち上がるのだろう? それなのに、ここで逃げ出していいのか?」

「何言ってるんだ!? あれは俺じゃないだろうが!?」

「いいや、あれはお前だ。お前が見たものは、お前が知ってるものはお前のものだ」

 

 影の一撃で亡霊は消える。

 

「さて、では質問に答えよう。お前は聞いたな? ここはどこだと。ここは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄塔! そして、このオレは……英霊だ。お前のよく知るものの一端。この世の影たる呪いの一つだよ、虚飾」

「さっきから、その虚飾ってのはなんだよ……?」

「大罪が七つになる前、八つあったころの枢要罪の一つさ。今では傲慢と一緒くたにされているがな。そしてお前はその意味を知っているか?」

「虚栄心って言いたいのかよ? 見栄っ張りの文字通りの傲慢だと」

「いいや、違うさ。確かに虚飾はそういう意味だ。しかし、十四世紀以前の意味ではナルシズムはなかった。意味はシンプルにこうだ。futility、つまりは“無価値”という意味だ。お前の罪は傲慢ではない。その無価値なところだ」

 

 立花は拳を握りしめた。無価値、そう断じられたことに対し、怒りの感情を抱いたが――すぐにほどいた。なぜなら、男の言っていることは最もだからだ。立花に価値などない。少なくとも、ここにいる立花は敗者だ。壊れ、折れたものだ。

 

「ふん、拳を掲げることすらない……か。それならそれでいい。では、行くぞ」

「どこに?」

「そんなものは、決まっているだろう」

 

 影がほどけた。そこには、黒い外套を羽織った男がいた。

 

「お前の価値を見定めに、だ。俺はアヴェンジャー。お前と同じ抗ったものだ」

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「これは……」

 

 監獄塔の廊下には、絵画が飾ってあった。そこには少女たちが映っていた。

 

「さあな、これがなんで、これがどういう意味なのかはオレにはわからんさ。いや、お前以外にわかる人間がいてたまるか」

 

 そういいながらアヴェンジャーは迷うことなく、先を進む。立花はときどき止まりながら絵を眺めていた。

 

 一枚目は、くすんだ金色の騎士王がジャンクフードを大きな口いっぱいに頬張っている。なんという表情だろう。普段は仏頂面を地で行くくせに、彼女はアイツの料理が大好きだった――はずだ。

 

 二枚目、聖処女と呼ばれた聖女。アイツの価値観からしてみれば、奉仕の心というのは変わったものではあったが、それでも同じ釜の飯を食った仲間としていつでも歓迎していた――はずだ。

 

「おい、何をしている。置いていくぞ」

 

 声がかかった。アヴェンジャーが随分先で立ち止まっていた。どうやら、長いことこの絵を眺めて時間を過ごしていたようだ。アヴェンジャーを追いかけるように立花も駆けた。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「次は……また絵か……」

「どうやら、そのようだな。この監獄塔も本来の役割というものを失っている。あるはずのルールが崩壊し、大罪の制約すらない。残念だが、オレは先導することはできても解説はできない身だ。お前自身がその絵の意味を見いだせ」

 

 そういってアヴェンジャーは再び歩き出した。立花も同様、歩きながら絵を眺める。

 

 一枚目は、色素を失い、銀のような髪色をした魔女。その身を焦がすほどの憎しみを宿している彼女は、なんというか優しかった。ああそうだ、最近では、アイツに料理を習おうとしていた――はずだ。

 

 二枚目は、紫の髪と眼帯をした蛇。彼女は、自分の姉妹に会えたことをアイツに感謝していた。別に自分のおかげじゃないと謙遜するアイツの顔に、腹が立つ。そんなアイツを最後には抱きしめていた――はずだ。

 

 三枚目、赤い皇帝。何もかも豪快な彼女は、アイツの料理に舌鼓を打ちながら、大声で歌っていた。宴会が好きなのか、豪華なものが好きなのか、とにかくたくさん料理を作らされた――はずだ。

 

「女ばかりだな」

 

 さっきの廊下もそうだ。ほかにもアイドルを自称するスイーツ系女子やら、嘘が嫌いそうな大和撫子、フランス王妃――ここにも勝利の女王がいたりする。

 

「ははは。お前は女好きだったのかもな」

「知らない。それより、こんなことになんの意味があるんだ?」

「言ったはずだ。お前が見いだせと。でなければ、お前は終わるだろう」

 

 そうはいっても、立花にはわからないものはわからない。それでもアヴェンジャーは前へと進む。なんとなく、終わりが近づいている。そんな気がした。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「これは……映像か?」

 

 監獄塔の壁に、小さなスクリーンが埋め込まれている。その一つ一つには、映像が流れていた。ここまで見てきた少女たちが映っているだけではなく、ケルトの英雄たち、影の国の女王、英雄王、鬼、侍、女神、獅子王、ハサン、海賊、殺人鬼、三蔵法師――本来、立花が知りえないはずの英雄たちが、みな映っていた。

 

 そして、その傍らに映っているのは――――。

 

「これが、藤丸立『香』」

 

 オレンジ色の髪をサイドテールにした快活そうな少女。彼女のそばにはいつも英霊たちがいた。復讐者も女神も、男も女も善悪関係なく、彼女のそばはいつも賑やかで楽しそうで――――それが心の奥底からうらやましいと思えてくる。

 

「藤丸立『花』の妹か……」

 

 奇妙なものだと思う。同じ読みの名前で、字が違う兄妹というのは。だが、ああと納得してしまうのも無理はない。そうだ、そういうことだったんだ。

 

「本当なら、“ここ”には彼女が来る予定だったんだ……」

 

 三流以下の魔術師の家系。そんな彼女は、カルデアに己の履歴書を送りつけて、そこで人理修復の戦いに臨む――はずだったんだ。彼女が、藤丸立『香』が、兄の履歴書を間違えて送らなければ――。

 

「封筒に入れてあったんだ。多分、アイツも興奮していたんだろうな。だから、アイツは間違えて藤丸立花の封筒をカルデアに送り付けた。そして、それが採用されて藤丸立花が行くことになった」

 

 次に流れているのは、立花の知らない映像。“転生者”である藤丸立香が持っていた記憶。彼女の前世の思い出。その中に一つのソーシャルゲームがあった。

 

 そのゲームの名前は――――。

 

『Fate/Grand Order』

 

 それがこの世界の名前だった。

 

 この世界は、徹頭徹尾最初から最後まで偽物(つくりもの)だった。




もしも自分の存在が“無価値”だと気づいたとき、あなたは立ち上がることができますか?
もしも己の歩んできた道が、最初の一手目から間違いだと気づいたとき、あなたはこの“ゲーム”を続けられますか?

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