Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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ライダーフランシス・ドレイクの場合、あるいは勘違い

 第二特異点攻略を達成したのもつかの間、立花たちは急きょ第三特異点である大航海時代へとレイシフトすることになった。とはいっても、立花は約束通り料理を披露したため、サーヴァントたちや職員の不満は少なかったのが、数少ない幸いだろう。

 

 第三特異点である封鎖終局四海オケアノスは、海を舞台にした冒険譚と言い換えてもいいかもしれない。少なくとも、珍しく、極めて異例なことに、立花の心が躍った旅だったと言っても過言ではないだろう。

 

 ――――最初だけは。

 

「すげぇ……すげぇよ! ははっ、まさしく大航海時代ってやつじゃねぇか!」

「本当にすごいです。先輩のテンションがレイシフトをして初めて上がっています。正直、かなりびっくりです。料理以外で先輩の心を動かすものがあったとは……」

「おそらく、彼も男の子という奴なのでしょう。同じ血生臭い戦いでも、わずかに冒険心が勝ることがあるのでは?」

「ホント、そういう意味だと男って馬鹿ね」

「いや、はじめて海を目にしたのか知らんが、お前もらしくなく頬肉が緩んでいるぞ」

 

 彼らが降り立った場所は、海賊船だった。しかし、立花にとって意外だったのは、そんな彼らの“気持ちよさ”である。そこらのチンピラと違い、どこか海の男というものを感じさせる彼らに、らしくもなく立花はすごいと思ってしまった。

 

 むろん、海賊というのはどこまでいっても海賊であり、犯罪集団である。それをわかったうえで、いや、むしろだからこそ立花は彼らをすごいと思ったのか知れない。立花はレイシフトした先で死ぬ人々を見た。そして、己のサーヴァントたちに手をかけさせたことも数多くあった。

 

 そんな苦悩を笑い飛ばすかのような彼らの生き方は、まさしく“賊”である。そして知っての通り、藤丸立花は“そういう輩”との相性が極めていい。決して上に立つ人間ではないにしろ、そんな彼を支えたい。そんな彼を見届けたい。そんな人間はよくいる。

 

 そして、海賊女王フランシス・ドレイクもまたその一人だった。

 

「いいかい、リツカ。アタシが一番嫌いなものはね、弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキン野郎だ。そして、お前は面白おかしなことに、その全部が()()()()()()()。お前はアタシの嫌いな人間だろうね」

「じゃあ、なんであなたは、俺に酒を注ぐんですか?」

 

 足と情報を求めて海賊島と呼ばれる場所に降り立った立花たち。そこには、“太陽を沈めた英雄”、“海賊女王”、“海の悪魔(エル・ドラゴ)”、そう呼ばれた彼女は、なんかすんごい大冒険の果てに崩壊しかけていた人理焼却をノリで解決した人物である。

 ちなみに、立花が料理を作らずにいた場合、意外とその大冒険には間に合っていたかもしれないのは、幸か不幸か。そんな彼女は、立花にその大冒険の末に手に入れた聖杯を器に、酒を注いでいる。

 

 ここは彼女の隠れ家。ドレイクの実力試しを乗り越えた一行は、酒と宴をもってして歓迎を受けていた。

 

「決まってるだろう? アタシがお前を気に入ったからさ、リツカ」

「それってかなり矛盾しているんじゃ……」

「ハハハハッ、面白いことをいうじゃないか! リツカ、お前は勘違いをしているよ? 好きと嫌いは正反対ってわけじゃないし、嫌いな要素全部満たした人間だろうと、嫌い続けるってのにも体力はいるもんさ。だってお前は、アタシの好きな人間の要素も多分に含んでいるからね!」

「意外ですよ、俺のどこをそんなに気に入ったんですか?」

()()()。お前は弱気だ。だけど、お前は覚悟ができる人間だ。お前は悲観主義だ。だけど、お前は諦めないことをできる人間だ。お前は根性なしだ。だけど、お前は頑張れる人間だ。お前は善人だ。だけど、お前は正義の味方じゃない――――ほらな、お前の嫌いなところでさえ、こんなに気に入ってるのに、そんなお前を好きにならないわけがない! ああそうさ、アタシはお前みたいな人間が大好きなんだよ!」

 

 勢いよくラム酒を煽るドレイク。その眼は爛々と獲物を見るような見る眼で、立花を見つめている。なんとなく、最近自分のサーヴァントたちが見せる眼に似ていると立花が感じたのは、偶然ではないだろう。

 

「くぅ~いいねぇ。なあ、リツカ、カルデアなんて抜け出してアタシと本気で世界一周でもしてみないかい?」

「それは、善処して考えるって言いませんでしたか?」

「でも、それは“嘘”だろう? だからアタシはもったいないと思ってるんだよ。あー、お前と海を廻る旅ってのは、それは楽しい冒険だろうね!」

「――――どうして。どうして会って間もない俺に、そんなにいえるんですか?」

 

 立花は己を信じない。この人理を廻る冒険の前に己を信じるという行為は、過信につながる。立花はそう考えてる。信じるのは、託すのはいつだって周りの人間がいるからだ。マシュがいる、アルトリアが、ジャンヌが、メドゥーサが、ロマンが、ダヴィンチが――己を信じない立花が戦えるのは、辛うじて周りに恵まれているからだ。

 しかし、それを聞いてドレイクは、目を細めて己を杯を見つめる。

 

「だからさ。リツカ、確かにアタシはお前個人を見たとき、ケツを蹴り上げでもして根性入れなおすかもしれなかったよ。だけど、お前の周りに目を向けたとき、そんな考えはなくなったね。お前の周りにいる奴らは、アタシよりもよっぽどな奴らだと思ってる。唯一、普通なのはあのマシュだけだろうね。ほかの三人は、“ヤバい”ね。そんな奴らがお前を見る目は、これ以上なく“面白かった”。お前は誇っていい。あの女たちは、お前が歩んできた道と経験を表している。だから、アタシはあいつらにそんな目をさせるお前を気に入ったんだ」

 

 何より、料理がうまいしねと、ドレイクは続けた。慣れないことを語ったというように、彼女はそのあと静かに酒を煽った。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 そして、楽しい冒険の時間は終わる。ここからは、本当の試練の始まりであった。

 

「あークソッ! 我ながら馬鹿なこと考えたもんだよ!」

 

 エウリュアレを抱えて全力疾走する立花。その後ろでは、マシュやアルトリアたちが、ヘラクレスを相手にギリギリのタイミングで時間を稼いでいる。ただ逃げるだけなら、アタランテに任せれば済む話だが、今回の作戦の肝はつかず離れず、ヘラクレスに追いかけてもらう必要があった。

 マシュをアタランテが、アルトリアとジャンヌをメドゥーサが運び、繰り返しヘラクレスの足止めをする。このあとの戦いも考えて宝具の使用もなし。まさしく、全員にとっての一つの賭けだった。

 

「はぁ……はぁ……悪かったな。せっかくの妹との再会なのに、こんな危険な役回りさせて」

「あら、律儀なのね。でも、しゃべる暇があったら、走ることに集中なさい! その、変なところ触るのも、許してあげるから今はとにかく走りなさい!」

 

 では、ここで立花とエウリュアレについて語ろう。まず、立花は属性混沌であるエウリュアレとの相性は悪くない。そして、エウリュアレ自身も妹が懇意にしているマスターを気になる程度には、気にしていた。しかし、女神というのは本質を見抜くものである。

 つまり、即座に理解したのだ。このマスターの“面白さ”を。ほかにも気に入る要因はあった。アステリオスとも仲がよさそうだし、女神に対する敬う態度も上々である。

 そして、何より。そう、何よりも女神エウリュアレが立花を気に入る要因となったのは、彼の料理が供物として最上に近かったからだ。

 

 何もないだけの人間が、この作戦を立てたのだとしてもエウリュアレは了承はするだろう。しかし、立花の場合、勇者のような性質がないにも関わらず、“弄りがい”がある。そんな人間がこの作戦を立てて実行へと移した。彼女はらしくもなく、少し心を躍らせていたのかもしれない。

 

 女神とは、試練を与える側の存在だ。勇者を弄び、篭絡させる存在だ。特に彼女たち姉妹はそう言った性質が高い。そして、逆に思い通りならないことを嫌い、無条件で醜さを嫌う存在だ。

 しかし、気まぐれにも。極めて異例かつ異常なことに、彼女はこの試練を“楽しんでいた”。

 

「あのさっ、腕緩めて!」

「あら、女神の抱擁なんてなかなか受け取れるものじゃなくてよ?」

 

 この愚かな人間が必死こいて己を生かそうと懸命な姿を見せることに、悪くないと感じてしまったのだ。この遊びを続けられるのなら、己を賭け金(ベット)にしてもいいと思えるくらいには。

 

(本当、どうかしてるわね。ああでも、たまにはこういうのもいいのかしれないわ)

 

 女神は娯楽を求める。その楽しみ方の一つとして、こういうスリリングな遊びも悪くない。というか、第二特異点攻略での話を聞く限り(ステンノ)も気に入っているようだし。

 

(いっそ、姉妹(わたしたち)で篭絡させちゃいましょうか、この男)

 

 ああ、本当。久々に悪くない気分だ。

 女神は人を魅了する存在だ。だが、藤丸立花はそんな女神さえも気まぐれにお気に召す人間なのかもしれない。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 勝負は決した。頼みの綱であるヘラクレスは滅され、ヘクトールも逝った。しかし、第三特異点、最後の戦いはこれからだった。

 

「ひっ、あっ、いやだ、からだとける!」

「聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ。顕現せよ。牢記せよ。これに至は七十二柱の魔神なり。さあ、序列三十。海魔フォルネウス。その力を以て、アナタの旅を終わらせなさい!」

 

 イアソンの肉が解け、体が崩れ、生まれ落ちたのは一つの柱。醜くも悍ましい魔神。

 

「これは――倒せるのか?」

 

 アタランテが呟いた。ああそうだ、本来なら誰しもがそう思うだろう。

 

 しかし、

 

「ハッ、なんだい。しっかりと弾が当たるじゃないか!」

「ええそうです、斬って燃えて貫ける。それならば、私たちに敗北はない! そうでしょう、リツカ! これが最後の戦い、気合を入れなさい!」

 

 サーヴァントたちが魔神とメディア・リリィを相手に襲い掛かる。攻撃は効いている。間違いなく、戦力としても立花たちが勝つのは明確だ。

 このとき、立花は思ってしまった。

 

(もしかして、勝てるんじゃないか?)

 

 そう思ってしまった。勝てる。成し遂げられる。世界を救える。七つのうち、三つの特異点を廻った。苦しい戦いではあったが、決して勝てないと思えるような戦いではなかった。

 この第三特異点もそうだ。ヘラクレスを相手に鬼ごっこをして生き残った。美しい女神から祝福(ベーゼ)を受け取った。

 

 もしかしたら、

 

 もしかして、

 

(俺は、自分を信じてもいいんじゃないか?)

 

 この物語を、ハッピーエンドで迎えることができるんじゃないか? そんな()()()を思ってしまった。決して英雄ではない少年はこのとき、そんな間違いを犯した。この特異点での冒険は、少年の自信をつけることに一役買ってしまった。

 

 ゆえ、少年は絶望をする。

 

 第三特異点は無事に修復された。物語は四つ目の特異点へと動く。

 

 

 

 そして、そこに彼の王が現れたとき――――少年は何を思うのだろうか?




 どこともわからぬ暗い監獄塔で、復讐鬼が笑った気がした。

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