Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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ライダーメドゥーサの場合、あるいは理由

 第二特異点として訪れた場所は、古代ローマ。

 

 第二特異点攻略のための話は順調と言えば順調だった。皇帝ネロ・クラウディウスの元、ブーディカやラーマたちの援護を借り、歴代のローマ皇帝を相手にまさしく戦争を仕掛けた。第一の特異点の戦いの大きな違いと言えば、この戦いが戦争という形をしていたことだろう。

 

 第一の特異点は、ジャンヌダルク・オルタの復讐に抗うため、兵士たちが決起していた。ジャンヌが使っていたのは、ワイバーンであったし、サーヴァントたちが主な戦力であった。しかし、これは自国の中で起きた同じ国に暮らす人々が争いあう殺し合いだった。

 

 憤怒を振りかざす剣に、耳を塞ぎたくなった。

 

 憎悪を込めた槍に、目を逸らそうとした。

 

 悲嘆を込めた叫びに、胸が張り裂けそうだった。

 

 もうやめろ、もうやめてくれと叫んだこともある。だが、その言葉は戦場には届かず、己の中で反芻するのみ。まるで自分で自分に槍を突き刺すように、その嘆きさえも立花を蝕んだ。

 

「あら、もう折れるのですか?」

 

 ジャンヌが手にしていた剣には、血が付いている。ジャンヌだけじゃない。アルトリアにも、メドゥーサにも……そのことに嫌悪し、それを命令した自分に苛立ち、()()()()()に苛立つ自分にさえ、軽蔑する。もはや何が憎くて、何が嫌なのか――いや、決まっている。

 

 何もできない自分とこの運命を課した世界を心底から軽蔑している。

 

 そんな立花に、ジャンヌは言う。

 

「言っておきますが、あなたのソレは正しく間違っています。これ以上なく、ね」

「どうして? 俺は、臆病者だ」

「はい、そうです。それは正しい。本来なら、誰しもがそうあるべきなのです。己が傷つくことを恐れ、他者に刃を振るうことを恐れる。戦場において、そういう生き汚さを持つ人間こそがあるべき姿なのです。それを放棄してしまえば最後、そこにはおぞましい聖女のような人間が立つことになる。一応、言っておくわ。あんた、そういうのには遠く向いていないわよ」

「じゃあ、俺の何が間違っているのさ」

「簡単です。言ったでしょう? 正しく間違えている……と。マスター、あなたは自分のことを臆病者だと言いました。でも、あなたは立っていた。耳を塞ぐことも、目を逸らすことも、逃げることもせずに――あなたは戦場を見渡せる場所で、最後まで立っていたではありませんか。人は、そんな人間を臆病者だとは言いませんよ。あなたは確かに聖人とは程遠いでしょう。でも――私のマスターとして、そんな愚かな人間でありなさい」

 

 立花は、正直ジャンヌの話を半分も理解できなかっただろう。そして、ジャンヌもそれをわかっていて言ったはずだ。立花にとって、戦場を見ていたのは義務感だった。己の従者を戦わせ、そして普通の少女である後輩に守られながらいた立花は、どうしても目を離せなかった。

 

 しかし、それはともすればおかしな話だ。だってそうだろう? 藤丸立花は、目を離さずに戦場を眺めていたのだ。

 

 同じ戦場で、だ。

 

 戦場において安全な場所などない。奇襲、突撃、不運――あらゆる要素において、戦場はどこまでも戦場としか確立できない。だが、マシュに守られながらとはいえ、立花は最後まで戦場にいた。それはどうしてだろうか? 単純だ。

 

 三人のサーヴァントが、彼を中心に戦っていたからである。

 

 ネロは気づいた。ブーディカやスパルタクスさえも、彼女たちサーヴァントが、藤丸立花を守りながら戦っていることをわかっていた。皇帝ネロ・クラウディウスには不思議だった。どう考えても彼女たちは、“ああいう人間”が嫌いだと思っていたからだ。

 平均的で盲目的、半永久的に安泰な無痛無臭無害無安打無失点。反英霊にとって無難極まりない彼は、彼女たちが憎悪をもって嫌悪すべき存在だろう。ありきたりという最高級の幸せを邁進する立花の存在は、彼女たちが唾棄してもおかしくはない。

 

 だが、彼女たちはそれを是としなかった。

 

 ライダーのサーヴァントメドゥーサはネロにこう答える。

 

「確かに私たちにとって彼の存在は、苛立ちを覚えるようなものかもしれないですね。何も知らず、何も感じず、当たり前の幸せの中にあった彼に、私たちはそうしてもおかしくはないはずです。ですが、彼は逃げなかった。心を軋ませながらも、彼は最後まで立っていた。正直、おかしなマスターだとは思います。魔術師らしさの欠片もない。決して英雄足りえる存在ではない。だけど――」

 

 ああ……と、その言葉の先をネロは察した。

 

「確かにあやつは頑張っている」

 

 頑張る。この言葉の重さを知っているだろうか? 努力する、しつづける。己の甘さに停滞することなく、前へと進み続ける人間を彼女たちは拒まない。だって彼女たちも足掻く側の人間なのだから。

 アルトリアは国のため。ジャンヌは復讐のため。メドゥーサは姉妹のため。彼女たちの背負うものに形の差はあってもその思いはゆるぎなく、理不尽へと抗うことに変わりはない。彼女たちは反英霊だ。決して望まれた存在ではないだろう。

 

 だが、もしも。もしもの話だ。

 

 もしもこの人理をめぐる戦いの果てに――――いや、それは考えても仕方のないことだろう。メドゥーサはそう考え、苦悩する立花とそれを嘲笑うジャンヌを眺める。

 

「ねぇ、マスター。あなたいいわ。焼き殺してしまいたいくらいに()()。なるほど、あの血の通っていなさそうな冷血女が溺れるのも無理もないわね。人間大の器で、身の丈に合わない使命を背負い抗うあなたは、私たちにはその愚かさが“ちょうどいい”。心地よさすら感じます。もしも人理を救おうとする人間が、あの忌まわしい聖女のような女だったら、殺していたけど、あなたはいいです」

「目を爛々に輝かせていうことじゃないな。今にも宝具で焼き殺されそうだ」

「――――決めました。リツカ、あなたの最後は私に委ねなさい。人理を焼却したどこの誰とも知れぬ輩の生ぬるい炎では、あなたにはふさわしくない。あなたが折れたとき、あなたが壊れたとき、あなたが死ぬときに、私は傍であなたを焼きましょう」

 

 どうやら、ジャンヌは立花を気に入ったらしい。あの魔女らしいと言えば、魔女らしいのだろう。“信じる”という行為を何よりも邪悪にとらえる彼女にとって、この少年の反逆は心地いいはずだ。神も信じず、己も信じず、しかし理不尽の波に揉まれ苦しんでいる彼を傍で眺めていたい。そして、願わくばそんな彼を最後に楽にしてあげたい。

 邪悪と言えば、極めて邪悪だ。

 

 だが、まあ――――。

 

「では、私はそんなリツカの目を食らいましょう。あなたの見てきたものを知るその目は、私のものです」

 

 その気持ちがわかってしまうのは、メドゥーサもそういう側の存在だからだろう。勇者という存在を気に入り、弄る姉たちの気持ちが少しわかった気がする。確かにこういう存在は愚かで、愛おしく――食べてしまいたいような衝動に駆られる。

 

「いや、本当に食べてしまいましょうか……童貞を」

「あの、メドゥーサさん? それ、話が違うくない?」

 

 己の最後を幻視したのか、びくびくと小鹿のように震える立花が可愛い。

 

「アルトリアさん、先輩がピンチです。具体的には魔女と蛇に貞操を狙われています」

「ほっとけ、いずれそうなる。というか、私がもらう」

「……先輩は巨乳派ですよ?」

「!?!?!?!?!」

 

 清純派だと思っていた後輩が、自分の好みを把握していることに立花は動揺が隠せない。そして立花が巨乳派だと知ったアルトリアが、自分の胸部と他三名の胸部を見比べ、聖剣を手に――争いが始まった。

 

「お前たちのそのいらん脂肪をそぎ落としてやる!」

「やってみなさい! あんたのそのナイチチごと焼き払ってあげるわ!」

「残念ですが、セイバー、そんなことをしてもあなたの成長はありませんよ? サーヴァント的にも、あなたの逸話的にも」

「あ、私は先輩の盾ですのでおそばに」

「ありがとう――ってこの場合、お礼を言うのは正しいのかな? もともとマシュが原因だったような……」

 

 そうここまでは順調だった。いや、まだ耐えられていた。問題は、レフ・ライノールの出現と彼が召喚したアルテラというサーヴァントだった。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「んだよ、アレ……」

 

 宝具を解放したアルテラのその無茶苦茶さに、唖然とする。あれは、アルトリアの聖剣の全解放にも勝るとも劣らない対軍を超えるクラスの威力だった。まさしく軍神という言葉が似合うようなそんな一撃。彼女はそのまま立花たちに見向きもせず、首都へと向かった。

 彼女ならば、首都陥落は時間の問題だ。そしてそれはローマ帝国の崩壊と人理の崩壊を意味する。

 

「あれを止めねば、余のローマの崩壊は免れぬのであろう?」

「ですが、私たちに可能でしょうか? 確かに、こちらにはアルトリアの聖剣やジャンヌさんの業火があるとはいえ、あれは少し群を抜いているような……」

「できぬか? 余はそうは思わぬよ。確信している。お前たちとともになら、このローマは救われると」

 

 立花には、ネロの言っている意味が分からない。勝てる? 確信? 救われる? 何をもってしてこの皇帝がこんな言葉を発するのか、正気さえ疑っている。

 ネロは続ける。世界は終わらない。ローマが残したものは芽吹き、形を変えて続いていくと。どうしてそんな言葉に皆がやる気を出しているのかわからない。神を、己を信じない立花にとって、そんな不明瞭な言葉はノイズと変わらない。

 

 一度考え始めれば、あとは泥沼だ。心にこびりついた悪しき不安が、立花を蝕む。そもそもどうして自分なんだと。そもそもどうしてこんなことをしているんだと。どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――考えても答えはない。誰も教えてくれない。

 偵察をした荊軻が言う。今ならまだ間に合うと。あとはお前たち次第だと。

 

 気が付けば、全員の目が立花に向かっていた。

 

「――あ」

 

 恐怖した。あとはお前の決断次第だというその目が、心底怖かった。

 期待を、救いを、決断を、戦いに挑もうとする英雄たち(異常者)のその目が、恐ろしくて仕方ない。

 

「ふざけるな」

 

 気が付けば、そんな言葉を発していた。

 

「何を求めている? 俺に何を言ってほしいんだ? 戦えと? あんなものに挑み、勝利しろと? ふざけるなよ!?」

 

 言葉は止まらない。

 

「お前たちはわかってんのかよ!? 下手すりゃ死ぬんだぞ!? 俺をお前たちみたいな英雄様と一緒にすんなよ!? 俺はただの人間だ! 家があって、家族がいて、友達がいて、学校に行ってただけのただの一般人なんだよ! それなのになんだ!? なんでお前たちはそんな目で見てんだよ!?」

 

 臆病者は震える。弱者は叫ぶ。それを見つめるのは、英雄たちの憐憫の視線だ。ネロが、ブーディカが、荊軻が――勇敢なる彼女たちは、その叫びの意味を理解して、この男がもう駄目なことを知る。彼女たちのどんな言葉もこの男を動かすには足りえないだろう。

 

 だから――――。

 

「それで? 言いたいことはそれだけですか、リツカ?」

 

 メドゥーサが訊ねた。

 

「それだけって俺は――――」

「だから、それだけかと聞いているんです。()()()()()と聞いているんです」

「何?」

 

 立花はメドゥーサを敵意をもって睨みつける。そんなもの、彼女に意味がないことは知っている。だが、自分の叫びがその程度だと切り捨てられて平気な人間ではなかった。

 

「リツカ、あなたが()()()()()()は、それだけでいいんですね? それは、あなたが戦う理由に比べて重きを置くべきものなのですか?」

「それは……」

「世界を救うために戦えなんて言いません。所詮、世界はその程度です。人の営みを守るために救えなんて言いません。所詮、誰とも知れぬ人間たちです」

「じゃあ、なんでだよ。俺はなんで戦わなくちゃいけないんだよ!?」

 

 立花にはわからない。わかるわけがない。だが、彼のサーヴァントは声を揃える。

 

「ふん、そんなものは決まっているだろう」

「馬鹿ね、決まってるでしょう」

「最初から決まっています」

 

「「「私たちがあなたの料理を食べるために!」」」

 

 この場にいるカルデア出身者以外の人間の目が点になった。しかし、観察をしていたマシュやロマンは同意するように頷いている。その意味がわからない立花は、その言葉の意味を訊ねた。

 

「あら、わかんない? 私たち、あなたの料理の虜なの」

「ああ、私たちはこんな面倒な人理修復をさっさと片づけて、お前の作る料理を食べたいんだ」

「まあぶっちゃけ、こちらで作る料理もいいですが、食材はカルデアの方が種類も豊富ですしね」

 

 人理修復をすべきカルデアのサーヴァントが、それをどうでもよさそうに食欲を優先させている。人理修復よりも帰ったときの食事を気にしている彼女たちは、なんかもう色々とダメな英霊であった。

 そして、そのことに喜びさえ感じてしまっている立花は、もっとダメなマスターなのだろう。

 

「ぷっ、くくっ、わ、わかったよ。そんなに言うなら帰ったら気合を入れて作ってやるから、覚悟しておけよ」

 

 こうして、第二特異点は攻略された。勝因は、食欲。のちにカルデアのマスター藤丸立花はこんな名言を残している。

 

 『今日の晩飯よりも優先させるべき世界なんざ滅んじまえ』とね。




アヴェンジャー ジャンヌダルク・オルタ

数少ない主人公の名刺をキチンと保管している根は真面目な子。初期は貶めるとまではいかなくとも、それなりに嫌がらせをしてやろうと召喚に応じたが、主人公の料理を食べて以来、そんな考えはなくなった模様。

立花の感性のズレを気に入っている。具体的には、俗物的な人間の悪い面と限界に挑もうとする人間の良い面とがうまい具合に配合されているため、ちょっと、いや普通に可愛い奴だと思うくらいには気に入っている。

口は悪いが頼られたら案外甘やかしたり、褒められると弱かったりするツンデレ系チョロイン。


ライダー メドゥーサ

最初はいろいろと不安には感じていたが、むしろそれを楽しむくらいには、主人公の行く先を見てみたいと思っている。デリカシーがあるのかないのか、主人公は反英霊たちの境遇にはあまり興味がないところも気に入る要因であり、一番お姉さんっぽいキャラ位置にいるため、主人公に甘えられやすいことを誇っている。

主人公の感性のズレに関しては、彼の魅力の一つだと断言するくらいには、理解している。むしろ、あれがないと萎えるとのこと。密かに主人公の貞操を狙っていたりとしているが、献身的な後輩のせいでなかなか実行には至れていない現状。もういっそのことほかのサーヴァントを誘って夜這いをかけようと同盟を画策している。

主人公の行く末を見守りながら、ときに厳しくときに優しくというのがコンセプトのお姉さん系女神ヒロイン。

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