Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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さて、では食前酒代わりにこちらを。
まずは一口、淹れ立てのコーヒーはいかがでしょうか?
むろん、苦みが苦手なあなたには、砂糖壺とミルクポッドを添えて。


アヴェンジャー巌窟王の場合、あるいはバレンタイン

 カルデアにおいて唯一の風紀委員である巌窟王の朝は早い。非常時に最もマスターの警護に回れるように、彼の部屋は立花の隣に設置してある――のではない。立花の隣に巌窟王の部屋がある理由は、そんなもっともらしいこととは別にあった。

 

「おい、マスター! 朝だ、早く起床を――」

 

 さて、おかしいことが起きている。まず、ここはマスターである藤丸立花のマイルームであり、ここにいるのは立花だけであるはずだ。しかし、現実から目を逸らしてはいけない。そう、例えば立花の眠るベッドが異様な膨らむ方をしているなんてことあるはずが――――。

 

「ん、んぅ? ふわぁ……なんだ、巌窟王。もう起床の時間か?」

「ああ、そうだな。――――さて、騎士王。なぜここにいる?」

 

 安心しろ、巌窟王はいつだってクールガイなのだ。紳士なのだ。だから、いつまでたってもマスターの部屋への侵入癖がなくならないこの馬鹿を前に冷静でいられるのだ。

 

「んくっ、こらっ、立花。寝ぼけているからと言って、胸を揉むな」

「よし、今から貴様らの目を覚ましてやろう。ああ、気にするな。ちょっと焦げるだけだ」

 

 そう、巌窟王がマスターの隣に部屋を持っているのは、いまだにギリギリ童貞を貫き通しているこの馬鹿の初めてを虎視眈々と狙う雌豹どもから警護するためである。警護の依頼はマスターの妹様である立香の依頼であり、半ば拳で脅されかけたため、泣く泣くやっている。

 なお、当の妹様は、清姫を抱き枕に就寝するという心臓に毛が生えているとかそういうレベルではないお方なのである。

 

 ――――――改めて考えるだけで色々と頭痛がするのでやめておこう。

 

 これは、神域へと届かんとするマスター二人がいるカルデアで、なぜだか人一倍苦労を被っている風紀委員の話である。

 

「いいからオレの安寧のため、今すぐ出ていけぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 キャラ崩壊? 今更、このカルデアに常識なんてないのよ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 巌窟王は、カルデアの喫煙スペースで煙草をふかしていた。近年の禁煙化運動からもわかるように、カルデアは基本的には禁煙である。しかし、カルデアの職員にも喫煙家はいるということもあり、いくつか喫煙スペースというのは作られていた。

 

 そして、色々な苦労が重なっている巌窟王は、当然ストレス発散に煙草を吸う。普段なら、自室で吸うだけで済んだのだが、今朝の戦闘のせいで自分の部屋まで少し被害を受けてしまい、大人しくここで煙草を吸っているというのが、現在の状態であった。

 

「クッ、胃が、胃が痛い……」

「アハハッ、モンモンは大変だねぇー」

 

 巌窟王。つまりは、エドモン・ダンテスのことをモンモンなどという呼び方をする命知らずは、このカルデアに唯一一人。藤丸立香その人だけである。

 この妹様、腹正しいことに面倒ごとは押し付けてくるくせに、そのアフターケアだけは忘れないのである。さすが妹様、もはや『さすいも』状態である。

 

 まあ、巌窟王にとっては厄介ごとと相違ないところになるが。

 

「他人事のように言うが、もとは貴様の依頼――脅しのせいだぞ」

「えー、あたしはシャドーボクシングを見せただけなんだけどなー」

「物理的に大気が軋むような拳を振るうな……」

「ふぇ、でもこれくらいやんないと、ヘラクレスとのスパークリングはついてけないよ?」

 

 そもそも前提条件からして頭のおかしい話だった。

 

「で、オレはいつまでこのわけのわからん仕事を続けねばならんのだ? 貴様が何を憂慮しているのか知らんが、とっとと奪うでも食らうでも、あの男に行動を起こせばいいだろう?」

「んー? いやー、それはダメだよ。それじゃあ、納得できないね」

「納得?」

 

 立香は、多くの死を乗り越えて生き死に続けた彼女は、その思いを語る。あるいは、その重いを騙るとでもいうべきだろうか?

 

「いやさ、別にあたしとしてはお兄ちゃんがどこの誰と幸せになろうと、あるいはどこの誰かに不幸にされようと、それはお兄ちゃんが選んだことなんだから、仕方がないと思ってるんだ。特に恋愛においてはねー。自分の選択で他人のことまで責任を持たなきゃいけないんだよ、恋愛ってやつは」

 

「ま、わかりやすくいうならお兄ちゃん自身の選択にゆだねられるってことだね。そういう意味では、みんな偉いもんだよ。マシュも、オルガも、アルトリアも、ジャンヌも――誰しもがお兄ちゃんの選択を待っている。本当に本気で耐え忍んでいる」

 

「モンモンはさ、あたしがカルデアで、お兄ちゃんとの接触を控えてるのはわかってるよね? それはそういう意味なんだ。今あたしがお兄ちゃんに会うのは、得策じゃないかなー。なんたってあたしは――お兄ちゃんをあいしちゃってるからね。人類最後のマスターだとかそういうことをどうでもよくなって、兄一人を救うために死に続け、生き続けたあたしが、殺し続けたあたしが――あいしてるからね」

 

 例えるなら、清姫はどうだろうか? 惚れた男に、絆された男に裏切られ、その身とともに焦がし尽くした彼女なら理解できるのだろうか? 重い思いの想い。形容しがたい感情の波に、理性という脆い薄壁で耐えているこの少女の中身を。

 狂えたのなら、あるいは、狂っていたのなら――少女は人類悪などというものを超えていただろう。愛も悪も善も始まりも終わりもない、そんな存在に。

 

 人類悪というのは、人がいて初めて成立する。人がいなければ存在しえず、人により始まり、人を終わらせるためにある概念だ。

 

 だが、この少女はおそらく――。

 

「ああうん、今のあたしは大丈夫だよ? そりゃそうさ、あたしは藤丸立花の妹なんだから」

「――――もしも、人類最強、人類最弱、人類最悪、人類最終……そんな言葉があるのだとするなら貴様にふさわしい言葉が思いついた」

 

 ――――人類最哀。

 

 そんな言葉を思いついた。そんなひどい言葉を。むろん、巌窟王がそれを言葉にすることはない。

 たぶん、この少女は誰でもよかったのだ。誰でもよくて、誰かを欲していて、それがたまたま藤丸立花だったのだろう。

 

 それもそうだ。

 

 誰も知らないのだから。

 

 誰も、最初の藤丸立香を知らない。

 

 気が付けば、彼女は拳を振るい、言葉を叫び、傷ついていた。とっくの昔に手遅れだったのだろう。あるいは、藤丸立花が始まるよりもずっと以前から、少女は壊れていたのだろう。壊れ方がよかったのだ。粉々になった破片がうまく、それでも歪に、かろうじて形になることができた。

 

「貴様は……愚かだな」

「何? 慰めてくれるの?」

「いや……それで? 貴様はマスターのどんな選択なら納得できるというんだ?」

「〝全部〟だよ。歩みも停滞も、逃避も――お兄ちゃんの選択ならすべて受け入れる。だから、あたしは待っている。でも、そろそろ大丈夫じゃないかな? お兄ちゃんはあたしと違う。あたしと違うまま、強くなっていっている。だから――――」

 

 騒がしい音が聞こえてきた。姦しくも、暖かい、そんな響き。

 

「――――んで、あんたは侵入癖なおんないのよ!?」

「ふんっ、王の特権という奴だ」

「いやいや、先輩相手に王様振んないでください!」

「ふむ、セイバー。それ、多数参加はありですか?」

「あの、メドゥーサ? それ、本人の目の前でする話じゃないと思うんだ」

「言っとくけど、そろそろ元局長として止めてあげてもいいんだからね?」

 

 藤丸立花がいた。少年の周囲には、いつも誰かがいる。それは藤丸立香にも言えることだろう。少女だって慕われている、敬われている。でも、それでも少女が欲したものは少女なのだろう。少年を見つめる少女の目に見える羨望は、恋慕は、信頼は、あらゆる感情がそれを示していた。

 

 だが、一つだけ少女がしている勘違いを訂正しなければならない。

 

「なあ」

 

「何?」

 

「お前は――――()()()()()()

 

「―――――」

 

 唖然とする少女。その瞳は、何も理解していない。

 だが、それでいいのだと思う。そうあるべきなのだとも思う。

 

「ねぇ、それってどういう……?」

「さあ……な。だが、これで〝あのとき〟の借りは返した」

 

 巌窟王はそういうと、背を向けて歩みだす。

 

「ダメ」

 

 少女は、そのマントの裾を掴んだ。その手は震え、顔はうつむいていた。さながら、雨に打たれる子犬のようだ。いつかの世界で、いつかどこかで見たような……そんな印象を抱かざるを得ない、そんな弱弱しい少女の姿だった。

 

「ちゃんと話してよ」

「何をだ?」

「そんなの、わかんないよ。でも、あたしのわからないことを、あなたは知っている」

「気のせいだろう」

「違う。違うよ」

 

 駄々をこねる子供のようだった。自分の脈絡のない言葉が伝わなくて嘆く、幼子のようだ。

 

「ねぇ……置いていかないでよぉ……」

「…………」

「あたし、頑張ったんだよ……?」

「…………」

「頑張って、頑張って、頑張ったんだから……」

「…………ああ、そうだな。お前は頑張った」

「……うん……うん…………ありがと、モンモン……」

「……ふん」

 

 話をしよう。とある少女と、そんな彼女を支えた始まりの復讐者の話を。

 

 なに、そう何行を言葉を重ねる必要はない。多くの言葉を語る必要だってないのだから。

 

 彼女が歩んだ生と死の目の前では、ページ一枚にも劣る戯言の過ぎない。

 

 ゆえに、たった一言でこう締めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピーバレンタイン。恋人たちに祝福を。




すべての人を救うことなんてできない。
たとえそれが、主人公であっても。あるいは兄であったとして。
でも、そんなあなたを救いたいと思っていた人は存外、傍にいた。
人は、誰に知られずとも救われている。

これは、そんなよくある『恋物語』に過ぎない。

あれだ、恋だの愛だのは、嘘か真か――あなたが思っている以上の奇跡をその身に起こすのだよ。

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