Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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シールダーマシュ・キリエライトの場合、あるいは観察

 マシュ・キリエライトにとって、藤丸立花とは、不思議な存在であった。

 そもそも彼と最初に話したときからその感覚はあった。変わった人――というには、普通の人間だった。いきなりのことにテンパり、女性であるマシュと目を見て話すことが苦手で、男性であるドクターロマンや感性に惹かれるところのあるダヴィンチと仲がいい。

 

 こう言ってしまうと、マシュのことを苦手としているのかと思いそうだが、決してそうではない。むしろ、彼はマシュのことを大切な存在としてよく話しかけてくる。

 

「ねぇ、マシュ。今日は何が食べたい?」

 

 主に食べ物に関して、だが。

 ここでなんでもいいと言ってしまうのは簡単だ。そう言ったとしても、立花は苦も無く料理を作ってしまい、かつそれがおいしいときた。なにせ、本人の言葉が本当なら、なんとなくマシュの食べたいものを察することができるはずなのだから。

 

 しかし、彼はできる限りマシュにその日食べたいものを聞いてくる。

 

 これが立花なりのコミュニケーションの取り方だと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「そうですね……あ、先輩の故郷、日本の家庭料理を食べてみたいです」

「日本の家庭料理か……ふむ、じゃあ天ぷらとかにしてみようかな。いい油を使えば、存外あっさりと食べられるしね」

 

 マシュからして立花は、料理がうまい。少なくとも、マスターという身でありながら、暇なときのカルデアの食事事情を任される程度には、おいしい。本来、人理修復のマスターというのは、休養と鍛錬の繰り返しなのだろうと思っていたが、立花にとっては料理が一番気が休まるとのことで、さしものロマンもあまり口出しをしてこない。

 というか、彼の料理のファンであるロマンは、できることなら立花の料理を食べたいとまでいう始末。

 

 そこに関しては、彼のサーヴァントであるアルトリア・オルタも同じ意見なのだろう。よほど手が空いていない場合を除き、彼女の食事の担当は立花だ。

 

(……別にうらやましいとか思ったりしません。先輩のバカ……)

 

 ちなみに、マシュは立花に大事にされているとは言ったが、そんなマシュから見ても立花は――いや、むしろアルトリアは立花に懐いている。

 

「ふむ、リツカ。おかわりを所望する」

 

 だいたい、アルトリアが食事をしているときは、立花が近くにいる。そしてせっせとおかわり分のごはんを追加していた。悪い言い方をすればどっちが召使なのかわからないが、本人はうれしそうなので注意することもできない。特に第一特異点を修復して以降、アルトリアのそれは顕著になった気がする。

 

(というか、お二人の距離がだいぶ近いような気が……)

 

 物理的なという意味なら、少し前まで立花はそれこそ召使のように、アルトリアのそばに立って眺めていた。それが今は正面に座って頬杖を突きながら幸せそうに眺めているのだ。なんというのだろう、あれが噂に聞く主夫という奴だろうか。

 

 最初、立花がアルトリアを召喚した際、カルデアでは一定レベルの警戒態勢に入っていた。立花が召喚したアルトリア・オルタは、アーサー王の反転した側面。性格は本来の清らかさを謳ったものとは逆に、彼女は暴君ともいうべき圧政をよしとする性格だった。

 

 属性としては間違いなく悪だ。彼女が反逆した場合、間違いなく人理修復は叶わずにカルデアは崩壊する。本来なら、自害させるべきだという打診もあった。

 

 しかし、立花は――。

 

『彼女、ジャンクフードが好きみたい。大味というか、悪食が好みだって』

 

 そんな彼女に料理をふるまった。当然のように、アルトリア・オルタを迎え入れた。なぜ彼女の好みがわかるのか、最初は不思議ではあったが、立花の料理人としてすごいところは、個々の好みを的確に当てて、かつそれらすべてを別々に作ることに抵抗がないことだ。

 例えば、鶏肉料理ならからあげを作りながら、棒棒鶏を作る――というように、もはや工程も何もまったく別物だというのに、食材がかぶってるならそんなに手間ではないと、全員分の献立を考えるのだ。

 

 藤丸立花をカテゴライズするなら、料理人という言葉ほどふさわしいものはない。彼は、料理という一面に関してはたとえ反英霊であっても妥協しない。

 

(プロ意識……とは違うんですよね)

 

 ダヴィンチ曰く、彼のそれは願望にも等しい当たり前の行為だという。それがどういうことなのか、理解するのに立花を観察する必要があった。しかし、料理をふるまう彼を見ていると、簡単に結論は出た。

 

 藤丸立花は、料理が好きで、それを食べてくれる人の笑顔は好きで、それで幸せになれる人間なのだ。ただそれだけだ。だから彼は、つい癖のようにいっぱい食べるアルトリアのそばにいてしまうのだろう。

 

 マシュは自分の二の腕、腹部に手をやる。

 

(デ、デミサーヴァントって太るんでしょうか……)

 

 いや、太る太らないの話を除いたとしても、アルトリアのようにあんなに食べることなどできない。というか、なんだあれは。どうしてあんなに華奢な体にあれほどの料理が入るのだ。

 

(ズルい)

 

 いっぱい食べられれば、立花は近くにいてくれる。そのうえ、立花の料理をたくさん食べることができるのに――というなんとも少女らしい感情に支配されるマシュであったが、そのとき、偶然アルトリアと目が合った。

 

「ふっ」

 

 鼻で笑われ、目で勝ち誇られた気がした。

 

「ふ、ふふふふふふ」

 

 思わずひきつった笑いを浮かべるマシュだったが、そこである考えに至った。

 

(そもそも私がアルトリアさんに遠慮する必要はありませんよね?)

 

 そうと決まれば、話は簡単だった。マシュはお盆を手に、席を立つ。向かう先はそう、立花のいる席だ。

 

「先輩、ここ、構いませんか?」

「ん? ああ、マシュか。大丈夫だよ。おかわりがほしかったらいってね」

「おい、待て。ここは私のテーブルだ。マシュマロサーヴァント、私に許可を取るべきだろう」

「いーえ、私は先輩の隣で食べたいんです! アルトリアさんには、許可をいただく必要はありません! というか、私はデミサーヴァントです!」

 

 ぷりぷりといった怒り具合に、さしものアルトリアも目が点となった。そして、次の瞬間には面白いというように、口角を上げた。

 

「ふっ、いいだろう、お前が私と食事をともにすることを許可する」

「むー、上から目線です」

「実際、私の方が上だ。悔しかったら宝具の真名を見つけるんだな」

 

 そういって食事を再開するアルトリア。なぜか攻勢に出たはずのマシュが軽くあしらわれた気がして、少し不機嫌になる。だが、立花の評価はむしろ逆だった。

 

「うんうん、二人が仲良くなったみたいでよかったよ」

「……どこをどう見たらそういう判断ができるのか……やはりお前の感性はわからん」

 

 今回ばかりはマシュも全面的にアルトリアに同意だ。今の話の流れで仲がいいなどと評されるとは、思いもよらなかった。むしろ、不服にすら感じる。

 だけど、立花が浮かべたのは笑顔だ。

 

「だって、マシュはアルトリアになんか遠慮してたし、アルトリアはそれを当然のことだって受け止めてた。でも、本当に嫌いな相手なら、食卓を囲むなんてことはできないはずだよ?」

「「…………」」

 

 これは1本取られたというか、なぜこの人はこと料理が絡むとここまで勘が働くのだろうか。確かにマシュもアルトリアも、嫌いな相手と食卓を囲むことなんて出来るほど、器用ではない。

 仲良くなるという言葉の定義は人それぞれだろうが、少なくともマシュの中には、アルトリアに対する敵愾心のようなものはない。

 

(あっ、どうして、私はアルトリアさんに遠慮しなくなったんだろう)

 

 答えは簡単だ。立花のせいだ。マシュが変わる前に、アルトリアを立花が変えた。彼女は本来、施しはおろか、群れることも許容できるような英霊ではないだろう。それが何故か、立花には心を開き始めている。

 

(ああ、やっぱり……)

 

 藤丸立花は、変わっているのだと思う。そして、間違いなくマシュ自身も変わり始めている。色彩を持たない純真、純情、純粋とも言うべき彼女もまた、藤丸立花の色彩に魅せられている。

 

「先輩、先輩はどうして料理が好きなんですか?」

「ん? んーと……そうだな、きっかけは妹かな。妹が俺の料理が好きでね。それから作るようになったよ」

「妹? ああ、そう言えばそんなことを言っていたな。妹がきっかけでカルデアに来たと」

 

 ちょっと待て。ナニソレ、私知らない。

 

「先輩は、妹さんがいらっしゃるんですか?」

「そ、擦れてるというか、へそ曲がりというか……まあ、ちょっとヤンチャな妹が1人ね。今回も妹がイタズラでカルデアに応募したのがたまたま数合わせとして通っただけなのよ」

 

 その癖、行くとなったときには「行くな」と駄々を捏ねていたのを覚えてるよ。そう語る立花の表情は、とても優しげで――そして愛おしかった。

 膝の上で拳を握り締める。マシュ・キリエライトに家族と呼べる人間は、便宜上いない。強いていうなら、ドクターが頼りない兄で、ダヴィンチが愉快な姉と言えるかもしれない。

 しかし、その2人は今もマシュのそばに居る。

 立花の本当の家族と違って……。

 

「リツカは、家族の仇を討とうなどとは考えないのか?」

「考えない」

 

 アルトリアの問いに、立花は不自然に思えるほど即答した。それも、否定という形で。

 

「そりゃ、俺の家族が死んだことに関しては、かなり腹が立ってるよ。でも、仇を討つとかは考えないかな」

「どうしてだ? お前は、復讐は何も生まないとでも言うのか?」

「いや、復讐は一つの権利だと思うくらいには、俺は寛容じゃないよ。復讐は生産の行為ではなく、清算……つまりは一つの終わり方だからね」

「じゃあ、どうしてお前は復讐心に駆られない? それでは、先程の言葉も薄っぺらく感じるぞ」

「当然さ、俺は薄っぺらい人間だ。何より……俺の家族は決してそれを望まない。復讐心での人理修復なんて、俺の家族は望まない。俺さ、全部片付いたら家族に聞かせるんだ。俺がお前達と歩んだこの物語を」

「それは……」

 

 ああ、そうか。この人は笑って未来を話せる人なんだ。どうしてだろう、そのことがどうしようもなく嬉しくて、この人が自分を誇りにさえ思ってくれていることに、涙さえ覚える。

 

「だから、この物語は復讐であってはならない。人理焼却なんてことをした相手に復讐なんぞしたってつまらないだろ? だから、これは反逆だ。どこぞの誰とも知らない神様染みた相手に、俺は反逆の物語を作る。だから、2人にもついてきて欲しいんだよ、ちっぽけな人間だけど、この物語を完遂するには、2人が必要だからさ」

 

 初めてだった。マシュ・キリエライトはおろか、誰かに立花がこうやって話をしてくれたのは。多分、これもまた食事の席だからできた話なのだろう。彼にとってここは敵のいない空間だから、彼はこうも堂々語ることが出来たのだろう。

 きっと、食事の時間が終わり、レイシフトをした先ではまた震えるのだろう。恐怖して、泣き言を言うのかもしれない。だけど、そうであってほしいと思う。泣き言も弱い姿ももっと見せてほしい。一人で背負わないでほしい。

 

 私は、あなたの盾はともにあるのだから。

 

「先輩、私、やりたいことができました。先輩の生まれ育った家に行って、妹さんに会ってみたいです。きっと、かわいらしい妹さんなんでしょうね」

「憎たらしいって言葉が似合いそうな子ではあるが、まあ確かに、マシュにはあってほしいかも」

「おい、そこに私を忘れるなよ? お前の最初の剣は私だ。盾はそこのシールダーに譲ってやったが、反逆の剣としてお前の物語には不可欠な存在だろう?」

「もちろん、アルトリアがいなかったら俺はヘコたれていただろうからね」

「ふんっ、当然だ。これからも存分にその身を蹴飛ばしてやる」

 

 アルトリアは笑う、立花が笑う、マシュも笑う。

 

(ああ、先輩、私わかりました。食事って、こんなにも楽しいんですね)

 

 こんな日常を、この人とともに歩きたいと思った。それが、私の願いです。




シールダー マシュ・キリエライト

初見の時点で、主人公を例の『先輩』呼びはしていたが、当初の好感度はさほど大きくはなかった。事実、第一印象もドクター・ロマンのような頼りなさげという印象だった。しかし、だからこそ彼の人間らしさに惹かれているのかもしれない。

主人公がどことなく感性がズレているのには気づいている。しかし、そこを魅力だと感じる程度には心を許している。

もっと頼ってほしい、もっと甘えてほしい、もっと支えたい。甘やかすことも、叱咤することもできる良妻系後輩ヒロイン。


セイバー アルトリア・ペンドラゴン・オルタ

初見の時点で、主人公に呆れすら感じていたのに、気が付けば餌付けされていた第一号。主人公のズレた感性に最初に気が付いた女性。その人間的なズレを笑って許容できるくらいには主人公を認めている。

主食はジャンクフードが大半を占めるが、最近、主人公の料理なら下手に繊細さを気取っているような料理でもない限り、家庭料理もたしなむようになった。主人公の料理スキル向上に一役買っている。

主人公を気に入った理由の一つとして、主人公の性質が大味気味であったのも理由に一つに挙げられる。英霊のような洗練された人間ではなく、如何にもな人間的な雑味を多分に含んだ上に、それにスパイスのような感性のズレが加わり、彼女のような英霊が主人公を認めるようになったといえる。
厳しくしながらも内心愉快そうに眺めている元ヤン系大食いヒロイン。

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