お人よしであるドクターロマニにとって、藤丸立花がどういう存在かと言えば、カルデア内における同性で一番の親友だと迷うことなく答える。ちなみに、異性なのか同性なのかわからないダヴィンチは、性別の壁を越えた無二の親友である。
なぜロマンはそんなことを言うのか。結論は簡単だ。彼とロマンは似ていた。第三特異点には、ドレイク船長はこうロマンのことを評した。『弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキン野郎だ』と。そしてマシュもそれが的確な評価だと納得していた。
そんなロマンに立花は似ているのだ。二人を大きく違わせるものがあるとするなら、それは前線で戦うものと本部で指示を出す人間かの違いだろう。事実、ドレイクは立花のことを同じように評価していた。しかし、それはロマンと違い、すべてが当てはまったうえでそれを受け入れさせることのできる人間性の持ち主だった。
「そうだね、ボクは君のそういうところが羨ましいんだ。君はボクと似た方向性の人間でありながら、ボクよりもずっと高いところを歩いている」
「そうでもないと思うけど? 俺からしてみれば、ロマンの責任能力の方がすごいと思うけどね」
最終決戦の前日。明日に備えて自室に戻ったサーヴァント……なんているわけがない。この場には、疲労のある普通の人間である職員たちもいる。立花が滋養強壮の料理を作ったおかげか、多少の無茶も一時間も寝れば回復するほどなのだから、今日はみんなで飲んでいた。
「ボクのは大したことないさ。たとえボクに大きな責任があったとしても、それを取らなくちゃいけない相手は、人理を修復しない限り存在しない。実質、ボクには責任なんてあってないようなもんさ。もっと言えば、立花くんのせいにできる」
「ひどいなぁー、そんなロマンには酒のつまみはあげられない――――」
「どんな責任も負う覚悟で臨んでいるよ!」
「ほい、チータラ。伏して崇めよ!」
「ははぁ! ありがたく頂戴いたします!」
「「プッ、クハハハハハッ!」」
ああ、そうだとも彼とロマンは似ている。
人類最後のマスター。世界を救う力を持つものとそれを一番に支えなければならないもの。どちらを失っても成り立つことのないこの物語はもうすぐ終焉を迎えようとしている。最後は、いや、これを最後にさせないためにも二人はゆっくりと語り合いたかった。
「立花くんはすごいなぁ……いや、もうすごいとかそんなレベルじゃないけど、ティアマトをサーヴァントにするなんて何それ? 相変わらず、無茶苦茶だなぁ」
「それに関しては、もはや聞き飽きたし、説明もできないよ」
「いや、言わせてもらうよ! そもそもボクは反対だったんだよ!? うまくいったからよかったものの、そもそも何が起きるか確証もない状態で、マスターである君はメドゥーサとともに飛んで行ったんだ! いくらなんでも無茶、ううん、無理が過ぎる!」
酒が回ってきたのか、ロマンは大きな声でそう告げる。しずしずと周りにいた人間たちが退散しつつも、様子を眺めている。ロマンの言っていることは、職員とサーヴァントの総意である。もともとヘラクレスと鬼ごっこをやったりしていた立花ではあったが、今回協力できたのは、移動手段であるメドゥーサと飛行能力が備わっているイシュタルくらいのものだ。
「ていうか、君も悪い! いくら感覚でものをいう人間だからって、毎回説明が少なすぎるんだ! 理解しようとするボクたちと理解できずにサポートするサーヴァントたちの気持ちも考えてくれ!」
うんうん、と職員はおろか、サーヴァントたちですら頷いている。というより、この立花という男に対しての不満は大いにある。
例えば、ある職員。サーヴァントたちに指示を飛ばすのはいいけど、最近、自分らいる?ってくらい戦術に長けてきてますよね? いや、別に英雄クラスではないんですけど、サーヴァントの扱いがうまくなってます。ついでに、最近、立花くんお手製ケーキを盗み食いする輩がいるので、対処よろ。
例えば、あるサーヴァント。最近、先輩がモテ期に来てるのか、女性陣のアタックがものすごいです。いえ、それはいいんです。むしろ、私たちで陥落させることで先輩を囲いましょう! しかし、それを邪魔する輩がいるので困っています。あと、最近、ジャックちゃんやフランちゃんに要らぬ性知識を教えた輩は誰ですか? 串刺しますよ?
例えば、ある職員。あの、最近ジャックちゃんやフランちゃんにいろんなことを尋ねられるの。たまーにジャンヌちゃんも参加するんだけど、そのたびに酒吞童子ちゃんが要らない性知識、というか私も知らないようなもはや官能小説の朗読会みたいなことになって困ってるの。立花くん、なにかあったらごめんね? あ、それと言い忘れたけど、たまにジャックちゃんがお腹空かせてケーキを盗み食いしちゃってるので、ちゃんと叱ってあげること。いい?
例えば、あるサーヴァント。おい、英雄色を好むだかなんだか知らないが、いくらなんでもいい加減、お前のサーヴァントの女たちを制御しろ。普通に思いを告げるのはいい。いや、むしろ告白を全員が済ませているからと言って、夜這いや不埒な姿で特攻するのは本気でやめろ。男性職員の目に毒、というか、オレの精神安定の邪魔だ。そもそも誰だ? オレがこいつと同性だからと言って隣の部屋に置いた奴、責任者出てこい!
「ほらね! みんないっぱい不満を抱えているんだよ!?」
「いや、不満の中だけでいくらか解決する話あっただろ。とりあえず、ジャック、お尻ぺんぺんしてあげるから、こっち来なさい」
「――――も、もしかして、えすえむ羞恥プレイ?」
「しゅーてーん!?」
「あははははっ、ほな堪忍なぁ。うちまでもお尻を叩かれとうないもん。でも、あんさんはみんなの前でするんが好きなんえ?」
「先輩、それなら私が!?」
「マシュ!? ここで脱ぐな! っていうか、誰だよ、マシュに酒飲ませた奴!?」
「ふんっ、いつかの借りをここで返す」
「てめぇか、巌窟王!? お前、覚えとけよ!?」
「ああもう、うっさいわね! あんたも酒飲みなさいよ!」
「ちょっ、これ度数キツ!? ジャンヌ、お前、酔ってね?」
「おい、リツカ、おかわりだ」
「アルトリアさーん! マイペースにハイペースで食事しないで助けて!」
「そういえばリツカ? ティアマトとの決戦で一番支えになった私のお願いきいてくれないんですか? 今日もベッドは空いていますよ?」
「それ今言うことかな!?」
「ヴゥー……♪」
「la-------♪」
「やべぇ、カルデア内のフランとティアの癒しがすごい」
「君たち? あんまり騒ぐようだったら、私が説教するからね?」
職員もサーヴァントも一緒くたになって笑っている。これが普通の魔術師ならばこうはいかないだろう。確かに立花の言葉通り、世界を救うことは他の誰かができるのかもしれない。でも、ロマンは、彼がこの世界最後のマスターであったことを嬉しく思う。
たぶん、カルデア内での喧嘩ランキングナンバーワンは、アルトリアとジャンヌを抜いて立花とロマンだろう。アルトリアとジャンヌは、相性が悪いだけの話だが、立花とロマンは違う。自分たちを唯一、対等に愚痴を言いあい、喧嘩しあえる人間だと理解している。
藤丸立花もロマニ・アーキマンも強い人間ではない。だが、どちらも組織で最重要ともいえる立ち位置に収まっている。とくにロマンの場合、組織のトップであり、職員たちの絶望やストレスを救い上げる役目もある。立花はサーヴァントたちに縋るが、それは決して対等な立場ではない。
サーヴァントたちは甘やかす。それでいい。大丈夫。ありがとう、と。
だが、立花に対してロマンの態度は違う。それはだめだ。危ない。ごめんね、と。
ロマンは、サーヴァントたちのように、決して藤丸立花を
だから、いつも喧嘩になる。無茶をした立花に、無理をするロマンが、何度か胸倉を掴みあったことがある。お互いの主張はいつもこうだ。
もっと信じろと立花は言う。心配させるなとロマンが言う。
もっと休めと立花が言う。まだ頑張れるとロマンが言う。
そんな喧嘩は、サーヴァントたちが止めに入るまで続く。小さく、しかし大きな役目を担う組織で喧嘩や仲たがいはご法度だ。だから、最後は止められてふてくされて、ダヴィンチに怒られて、気が付けば泣いていた。職員も、サーヴァントがいるにも関わらず、子供の喧嘩のあとのように大きな声で泣いていた。
組織の中で喧嘩はご法度だ。だから、感情をさらけ出す。胸のうちを叫ぶ。君が心配なんだと、お前が心配なんだと。気が付けば、肩を組んでお互いの愚痴を吐いてた。
君もさぁ――お前もさぁ――ごめんね――ありがとう――なんて言って、泣いて疲れていた二人はそのまま寝てしまうことが多かった。ちなみにこのとき、ロマンは二徹半をしていた。それも、休息時間が短いままでだ。久しぶりの快眠の支えは、睡眠を必要としないサーヴァントであるダヴィンチと普段、ローテーションを組んだり、ロマンに愚痴や相談を零している職員だった。
もしかしたら、二人は謙遜をするかもしれないが、職員たちは二人に心から感謝している。というより、しないはずがなかった。少なくともこのカルデアが今に至るのに必要だったのは、優れたマスターでも優れた指令塔でもなかった。
このカルデアに必要だったのは、うまい飯を作って、真摯に相談に向き合ってくれるような普通の人間だ。
立花の作る料理はうまかった。ロマンの頑張りは格好良かった。立花に人の愚痴を聞いて支えになってやることなんてできない、彼は支えてもらいながらも進む側の人間だ。ロマンにおいしい料理は作れない、彼はおいしいと笑顔で言ってあげる側の人間だ。
だからここまでこれた。ほかの誰でもない、ここにいる人たちの一人にだって代わりはいないのだと胸を母張って言える。
そうさ、だから――――。
「立花くん、最後に余計なおせっかいをいいかな?」
「なんだ? 急に改まって?」
「たぶん、ボクたちじゃ魔術王に勝てないと思うんだ。今回、ティアマトが加わったことで戦力や戦略の幅は増えた。でも、それでもピースが足りない。決定的な何かが欠けている――――いや、逆だ。
「だろうな」
「それでも君は行くんだね?」
「ああ、向こうでみんなに食べてもらうようの弁当を作っとくさ」
「――――いつからだい? いつから、君はこうなることを確信していたんだ?」
「たぶん、俺がこの世界に
つまり、これは
『Fate/Grand Order』というソーシャルゲームをもとに誰かが書いた二次創作。それはたぶん、転生者として主人公になった藤丸立花の敗北の物語。つまり、この世界はどこかの誰かが書きなぐった人類敗北の物語。
そうさ、
藤丸立香がいたことで、藤丸立花は料理人を目指し、ここには妹が来る
転生者である兄は知っていた。主人公である妹がカルデアに行って、世界を救うであろうことを。
転生者である妹は知っていた。主人公である兄がカルデアに行って、人理修復という地獄を味わい、敗北することを。
転生者である兄は勘違いしていた。自分こそが人理を救う
転生者である妹は勘違いしていた。自分こそが兄を救う
でも、ホンモノである兄は、ホンモノであるがゆえに世界を救えない。
だから、ニセモノである妹は、世界を救えたはずのニセモノは、ニセモノであったがゆえに兄すら救えなかった。
空を見上げる。満天の星空には遠く、世界を闇が包んでいた。
監獄塔に見た妹の思い出の中にその作品はあった。
タイトルは――――――――――。
『Fate/Avenger Order』。
数多のマスターに屠られたゲーティアを弔うために用意された物語だった。これはその転生者藤丸立香の敗北する二次創作をもとにした彼を救うための三次創作。
――――じゃあ、行ってきます。
――――フォウ!