「まず、結論から言ってやろう、カルデアのマスターよ。貴様が抱えている疑問は真実のものだ。貴様が思っていることは、決して揺らぐことはない事実として貴様の前に立ちふさがるだろう」
第七特異点にて、賢王ギルガメッシュはカルデアの、あるいは人類最後の希望である藤丸立花を前にそう答えた。満開の星空、地母神ティアマトとの最後の戦いへと挑まんとする中、彼はどうしようもない疑問を抱える立花へと答えを告げる。
「貴様は、決して魔術王には勝てん」
「――――」
賢王は告げた、残酷な事実を。立花が心の中に抱えていた疑問に対し、
「確かに貴様は奇特な存在だ。よくぞここまでやってきたものだと、我から一つの賛美をくれてやる。それは伏して受け取っていい事実だろう。だが、貴様自身が理解している通り、今のままではどうひっくり返しても魔術王に勝てない。最悪――いや、それこそ当然、魔術王に一撃をくれることも、その姿も目にすることもなく貴様は、敗北する」
「どうしてそう思うのですか?」
「言ったはずだ。
そう、立花は理解している。いや、そもそも第四特異点で魔術王の姿を目にしたときから、ずっと思い続けていた。藤丸立花では、決して魔術王ソロモンには勝てない。勝てるはずがないのだと。まるで、世界がそう運命づけているかのように。
本能ではない。魂、もしくは遺伝子レベルでそう存在に刻まれてるかのように、立花は己の敗北を確信していた。
第五特異点で出会った、自分の同類、ナイチンゲールの言葉を思い出す。
『リツカ、人は料理だけでは幸せにはなれませんよ?』と、彼女は言っていた。立花はナイチンゲールのように狂化が施されているわけではない。だから、理解できる。理解している。人間には欲がある。それは決して食事だけでは満たされないし、ましてすべての人間を幸せにすることなどできない。
理解したうえで、藤丸立花は料理を振舞う。今日もそうだ。わずかに生き延びたウルクの人々を、食事を提供することで癒した。本来なら、彼は戦いに備えて少しでも休みを取るべきだっただろう。ラフムたちとの連戦、宝具の連続使用。肉体的にも、精神的にも、彼は常人では耐えられないほどの疲労と痛みを抱えていたはずだ。
だが、それでも立花は料理を振舞った。
絶望を、悲哀を、苦痛を伴ったウルクの人々を一人の料理人として救わんがために。
藤丸立花は人間として弱い。
例えば、竜の魔女に戦いの意を示したことがある。例えば、破壊の化身に立ち向かったことがある。例えば、ヘラクレスを相手に逃げ回ったことがある。例えば、魔術王を前に絶望したことがある。例えば――――どんな例えばを重ねたところで、藤丸立花は普通の人間だった。
ごく普通の少女であるマシュ・キリエライト・オルタに悲しい思いをさせた。
寂しがり屋なオルガマリーを泣かせてしまった。
気高い騎士王のアルトリア・ペンドラゴン・オルタに縋った。
贋作の少女であるジャンヌダルク・オルタに慰められた。
優しい蛇だったメドゥーサに心配をかけた。
恩讐の炎を持つ巌窟王に叱咤された。
無垢な殺人鬼であるジャック・ザ・リッパーに助けられた。
人造少女であるフランケンシュタインに抱きしめられた。
鬼女である酒吞童子に愚痴を零した。
万能の天才、レオナルド・ダヴィンチに怒られた。
お人よしでしかないドクターロマンに支えられた――――――。
そして、
自分の周りに人たちは、出会った人々の本当にスゴいのだと。
そうさ、立花の周りにいる人たちは、立花よりもずっと強かった。もしも、もしもここにいたのが妹であったのならば、人理なんてものはゲーム感覚で救済できていたのかもしれない。英霊たちを従え、苦難を笑い、絶望を砕き、人々を笑顔に変える。妹は、それができる人間だ。
そう、俺には価値なんて――――。
「リツカ、一つ言い忘れていたことがある」
「――なんでしょうか?」
不意に名前を呼ばれた。思えば、賢王にそう呼ばれたのは、はじめてだった。
「貴様の作る料理はうまいな」
「――――」
今、なんて――――。
「うまいと言ったのだ。我は様々な料理を口にしてきた。料理は財だ。ゆえに、そのすべては我のものである――そう思っていたのだがな。その中でも貴様の作る料理は格別であった」
思い出す。これまでの人々の顔を。
「貴様は己に価値がないと、そう思っているのだろう。自分じゃなければ、もっとほかの誰かであったなら、世界は確実に救うことができたはずだと」
フランスでおにぎりをあげた子供がいた。
「それは事実だ。世界は、貴様ではない誰かの手によって救われる。当然だ、貴様に英雄たる才はない」
ローマで豪勢な料理を振舞った。
「だが、貴様もわかっているはずだ」
海で海賊たちと歌いながら食べた。
「しかし、これまで人理を修復してきたのは、誰でもない貴様自身だ。ほかの人間でもできた。もっとうまくやれた。だが、ここにいるのは貴様だ。貴様しかいない」
アメリカで多くの人に感謝された。
「リツカ、貴様の通った道は茨だ。痛く険しく、苦難の道だ。だが、振り返れ。貴様が通った道には茨しかなかったのか?」
砂漠で食材を分けた。山郷で料理を振舞った。だから乗り越えられた。
「答えろ、貴様は何を見てきた」
ここで、ウルクで多くの人に、そしてこの偉大なる王に。
「俺は、俺はっ! 人々の笑顔を見ました! 俺の料理で、笑ってくれる人がいました!」
「では、それはほかの人間にできることか?」
涙が出る。止まらない。今、自分がうまく言えている自信がない。でも、胸を張るんだ。
「いいえ! 俺の料理はっ! 俺にしか作れないから!」
「そうだ、貴様は貴様にしかできないことを成し遂げたのだ。ほかの誰でもない、藤丸立花だからこそ、これまでの人理は救われてきた。貴様は、それを誇っていい。何もできなったわけではない。貴様は、人理を修復するなんて雑事などでは届かぬ、最も自負すべきことを成したのだ」
「はい!」
「では、これで最後だ。貴様は言われたはずだな、星を集めよと。それが魔術王に勝つ術だと。だが、貴様の器ではそれは叶わない。貴様の見上げる夜空に、満天の星は見えないだろう。いくら一等星が見えようと、魔術王には勝てない。だが、貴様は忘れてはならないことがある」
賢王は、まるで諦めるなというように、その言葉を告げた。思えば、この夜の出来事は彼なりの激励だったのだろう。そのことに感謝しつつ、最後に言われた言葉を思い出す。
「空を見上げねば、星は見えぬよ」
――――――…………
ティアマトが来る。翼を生やした災厄が、世界を滅ぼすためにやってくる。生ある限り、滅びを迎えないティアマトは、生の存在しない冥界へと落とし、決戦となる――――はずだった。
「リツカ。許す、もう一度申してみよ」
「はい、ティアマトに俺の料理を振るわせてください」
さしものギルガメッシュも頭を抱えた。昨日の今日で、変な自信でもつけさせてしまったのかと、しばし悩み、その真意を問う。
「それはどういう意味だ? 貴様の料理を振舞ったとしてどうなる?」
「マシュに聞きました。ビーストⅡであるティアマトの理は『回帰』です。再び地球の生態系を塗り替えすべての母に返り咲かんとするために、すべてを滅ぼそうとしています」
「そうだ、そこでどうして料理につながる?」
「俺の料理でティアマトの『回帰』の理の理由、つまりは飢えた母性を満足させます。これから先、どれほど人類が進化を遂げたところで決して届かぬ至福の頂を振舞い、ティアマトを終わらせます」
ここで思い出してほしい。今のギルガメッシュは、賢王ではあるが、その本質は暴君である。己が民を救わんがためにその力を賢者のごとく振舞う英雄としてあるが、その本質までは変わらない。
まあ、つまりなんだ。
「面白い」
そう口に出してしまうほどに興味があった。王は娯楽が好きだ。それは、賢王であろうと暴君であろうと、王という役目を担うものが飢えるもののひとつである。例えば、
「しかし、勝算はどこにある? 貴様の
しかし、これは娯楽ではない。盤面のない戦だ。ならばこそ、簡単に乗ることはできない。しかし、ギルガメッシュは気づいている。
決して英雄ではないこの男に、一つの期待を寄せているのだと。
「俺の料理で笑ってくれた人々がいます。それが俺の勝算です。愛に飢えた母親を満足させる料理、必ずや振舞いましょう。だから、お願いです。俺に料理を作らせてください」
立花が伏して願い乞う。それをどれほど眺めていただろうか? ギルガメッシュの中で一つの答えが出た。
「リツカ、貴様はなぜ料理を振舞おうと思った?」
世界を救うためか? ウルクを守るためか? あるいは、自身の挑戦か? しかし、立花の答えにならない答えはこうだった。
「泣いてる人がいます。だったら、俺にできるのは料理を振舞うことだけです。俺は英雄でも、まっとうな魔術師でもない。俺は、藤丸立花。どこにだっている幸福を調理することのできる料理人です」
それが、藤丸立花の人理を廻る戦いの中で出した答えだった。
「いいだろう、貴様の言う至福の頂とやらを振舞う相手が、地母神である不敬は許す。ただし、必ずや満足させてみせろ。この地、ウルクで貴様の“価値”を輝かせろ!」
「はい!」
――――――…………
ティアマトに嗅覚らしきものはない。まして、そもそもティアマトは食事を必要としない存在であり、創世の神である。だからこそ、ティアマトはその自身の本能の中に生まれた感情に戸惑いを浮かべた。ティアマトの中にあるのは、『回帰』という本能だけのはずだった。
だが、何度理解しようとしてもわからない感情が生まれてくる。
視線、あるいは存在を把握するためのもので探る。ティアマトの見つけたソレは、天駆けるペガサスの背に乗っていた。
見つけた。
ティアマトは、いまだに理解できぬ本能に差し迫る感情を押し殺そうと、その正体を探る。
人間だ。愛しの我が子、かつて自分を裏切った旧き存在。しかし、忘れえぬ愛おしい存在でもあった。人間は、サーヴァントの背に片手でしがみつきながら、ナニカを持っていた。
それだ。ティアマトが惹かれているのは、その手に持っているものだ。ティアマトの謎の感情が、膨れ上がる。いつしか進路はウルクではなく、そのナニカに向かっていた。
「ビンゴ! ここまではオーケー!」
「何がオーケーですか!? ラフムの群れを躱して飛ぶ苦労があなたにわかりますかっ!?」
「頑張れ、騎乗スキルA+に加えて俺の料理でペガサスちゃん、パワーアップ!」
「あとでベッドに来なさい、リツカ!」
何かを喚ていている。だが、そんなことはどうでもいい。この感情はなんだ? なぜ、自分はアレを求めている。まるで、かつて母だったころを思い出させるようなこの感情はなんだ!?
「ちょぉぉおぉっ、ラフム巻き込みながら来てるぅぅぅ!?」
「あなた、どれだけ本気出したんですか!? もはや供物や人柱の域を超えた神性特攻ですよ!?」
「創世の女神であるティアマト向けに作ったからな! 半神半人であるギルガメッシュ王やイシュタル様たちですら、よだれ垂らしてたしね! 純粋すぎるくらいに神様なティアマトには、もはや例えようのない料理だ!」
「もはやそれ、料理超えてません!? っ!? あの巨体でさらに加速するのですか!? リツカ、準備を!」
「おう!」
寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
「怖っ!? なんか、めっちゃ怖っ!」
「今更です! というか、リツカ!? ティアマトの口は胃袋につながっているのですか!? 味覚は!? いや、そもそもあれは本当に口なのですか!?」
「知るかぁぁぁっ!?」
人間が、そのナニカを投げつけた。
――――――――――――――――――――ッ!?
その瞬間、自身のなかにある本能が、ナニカに塗りつぶされた。
――――――…………
昔、妹が言っていた。死を知らない神様に生を語る権限はないと。ティアマトもそうだ。逆説的に彼女が作った生命がいる限り、その存在は死を迎えない。事実、彼女は虚数世界の中に閉じ込められていただけだった。しかし、ならばこそ逆のことがいえるのではないだろうか?
死を知らない神様に生を語る権限はない。だが、生きるものはみないつか死ぬ。死なない神様も、生きてさえいれば殺すことができるのではないのかと。
つまり、立花のやったことは簡単だ。
「あー、みんな。一応紹介しておくわ。この子が新しくカルデアに加わったサーヴァント、クラスはアヴェンジャー。ティアマトちゃんです」
「Ah--------?」
創世の神に料理で己の生を実感させ、存在ごと生まれなおさせた。生を感じた瞬間こそ、新しいティアマトの誕生だったのだ。
とりあえず、ギルガメッシュ王が爆笑しすぎて危うく笑い死にするところだったとは言っておこう。
できるとかできないとかじゃないんだよ。
なんかこう……できちゃったんだ。