Fate/Avenger Order   作:アウトサイド

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死んでも忘れるな、俺も覚えてるからよ。


バーサーカーナイチンゲールの場合、あるいは覚醒

 第五特異点は、アメリカ大陸を舞台とした英雄たちの戦争である。特にこの戦争に参加したのが、ケルト陣営の英雄たちだというのだから、頭が痛い。難易度としては、第四特異点以前よりも大きく跳ね上がっていたと言える。戦力を増強していたカルデアでなければ、突破は不可能だったとは、今でも思う。

 

 立花にとってこの特異点は、文字通りの地獄だった。アメリカ対ケルトのような構図が誕生し、負傷者は跡が断たなかった。何より、この特異点には彼女、ナイチンゲールがいたからだ。彼女の苛烈さを前に、立花は常に怯えていたと言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、彼のサーヴァントたちはその意見に対し、噛みつくようにこう異議を唱えたい。

 

 いや、お前もあの女と変わんねぇだろ、と。むしろ、お前覚醒したじゃねぇか。

 

「ミスタリツカ!」

「わかってる! それとミスタはいらねぇよ!」

 

 野戦病院。ここは死屍累々としたけが人や死にかけの人間がやってくる。そこには、汗や血、砂埃のような煩わしい匂いが立ち込め、生へと縋ろうとする人間の呻き声が漏れていた。そんな場所に立花はいた。ここを指揮しているのは、ナイチンゲール。

 歴史上に実在した偉人でありながら、その苛烈さゆえにバーサーカークラスとしてある英雄だ。そんな彼女を相手に、立花は遠慮無用な口調で話す。

 

「っし、持ってくぞ! さあ、出来立てのスープだ!」

 

 ここで立花がやっていることはいつもと変わらない。いや、いつも以上に料理を作っていた。具材は豆を中心としたとても質素なスープ。それを彼はけが人たちに配っていく。

 

「うぅ……」

「さあ、飲みな」

 

 立花は、起き上がれないけが人を相手にそのスープを飲ませる。それだけでけが人の顔に生気が戻った気がした。

 

「リツカ! 一人の患者にあまり時間をかけないでください!」

「っるせぇ! お前にとっちゃ患者でも俺にとっちゃ客だ! スープ一杯客一人にだって全力を尽くす!」

「それだと救える患者が減る!」

「俺の料理舐めんなよ、ナイチンゲール! ここにいるけが人ども全員に飯を貪らせてやらぁ!」

 

 苛烈、狂気、そんな言葉が支配するような空間で、二人は中心となっていた。ナイチンゲールは患者を救うために、立花はそんなことより飯を食わせるために。

 

「ねぇ、あれ誰? どうしてこんなことになってんのかしら?」

「ふんっ、ダヴィンチ曰く、ナイチンゲールに()()()()()らしい。もとよりあいつはそういう気質があったのか、その体現者ともいえるあの女に触れ、覚醒でもしたんだろうとな」

 

 迷惑な話だと、ジャンヌは思う。いやまあ、この状況で怯えやら恐怖やらに支配されるような人間よりマシかもしれないが、それでも狂化の入っているあの女と相性がいいと思われると、そのサーヴァントとしては止めようがない。別に本当に狂化が入っているわけではないので、目的を忘れるようなことはないが、それでもその目的を見失わない程度には、ここで料理を与える気でいるのだろう。

 

「ていうか、どうしてアヴェンジャークラスの私がこんなことをしなきゃいけないのかしら? 全部燃やせばいいのに」

「言うな。私だってこれは性に合わん」

 

 立花が連れているサーヴァントは全員、反英霊だ。特異点にレイシフトできる人数は限られているため、全員ではないが、それでも変わりはない。今回は古参のアルトリア、ジャンヌ、メドゥーサに加え、ジャックとフラン、そして恒常のマシュがいる。

 …………巌窟王がいないことに不安を感じるのは、我ながらおかしな感覚だと思う。

 

「まあ、そんなことをしたらあの女に殺されそうだけど」

「ほう、お前はあの女に恐怖すると?」

「いや、恐怖というより、嫌悪ね。私、あの女嫌いです」

「同意だ」

 

 あの女が有しているのは、人としての強さ。強靭で、揺るがず、惑わず、一直線で狂っていると思わざるを得ないほどの情熱と信念。あの女との対話は無意味に等しい。あの女が投げかけている言葉は、すべて自分へと向かっている。そもそも会話のキャッチボールをしていないのだ。

 彼女の性質は彼女自身で完結している。彼女の信念を理解できない相手は殴る。彼女の意に反する相手も殴る。彼女は理解者も同意も求めはしないだろう。彼女は極端な話、自分のやりたいことを自分だけでやり遂げようとする人間だ。

 それが当たり前で、それに違和感すら抱かないはずだ。

 

 だからこそ、それに面と向かって話す立花の存在は稀有な存在だろう。彼は、決して妥協しない。彼は、覚悟さえ持てば、腕がもげようと足がちぎれようと頑張れる人間だ。それを普通だと取るか異端だと取るかは自由であるが、立花のサーヴァント、あるいはもしもここに英雄王がいたらこう思うはずだ。

 

 藤丸立花は、古来人間が持つべき人間力を有しているにすぎないのだと。人が英雄へと至り、目的を持ち、毎日を生き抜く、誰しもが持ちえたはずのそんな力。それがようやく芽を出したに過ぎないのだと。

 

 ナイチンゲールは狂っている。だが、誰もそれを間違いだと指摘できる人間はいないはずだ。なぜなら、彼女は個人の私情を抜きに考えれば、至極正しいのだから。あるべき医療と幸福、人間の生命活動を大きな声をもって発した、ただそれだけなのだ。

 人間において正しさというのは、どこまでも変わらない。正しさを変えるのは、環境と社会だ。そして、その正しさに惹かれるのはまた同じ馬鹿だけだ。

 

「安心してください、あなたの命を奪ってでも私はあなたの命を救います」

「てめぇら、この味、死んでも覚えていろよ! お前たちを思い、お前たちのために作ったこの料理をな!」

 

 奪ってでも命を救おうとする看護婦と死んでも忘れさせないと料理を振舞う料理人。それはたぶん、人の至るべき一つの境地だ。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「リツカ、あなたの料理は不思議なものです」

 

 ナイチンゲールは語る。絶望的な状況、助からないかもしれない怪我、どうすることもできない絶望感に苛まれていた患者が、立花の料理を口にし、もう一度食べたいと涙を流し、力を取り戻した光景を。

 今も自分の手の中にある何の変哲もない豆のスープを口にし、湧き上がってくる感情を、ナイチンゲールは語る。

 

「この料理は、おいしいという言葉以外では語れません。しかし、同時においしいという言葉だけでは足りないほどの感情が廻ります。喜び……あるいは、幸せと呼ぶのでしょうか?」

 

 人間には三大欲求がある食欲、性欲、睡眠欲。そのうちの食欲を、立花が作る料理は、十全に満たすことができる。なにせ、ナイチンゲールの知るところではないが、立花の料理は女神さえも認め、その味を求めるほどの一級品なのだ。

 女神に対する供物としては最上、ナイチンゲールに言わせるなら、患者を救う上での薬にもなり、サーヴァントたちからは不思議と力の宿る謎料理だと認識されている。

 

 だが、それも立花からすれば、大したことのない評価だった。

 

「なあ、ナイチンゲール、お前の夢はなんだ?」

「私はこの世界から病原、細菌、怪我というものを滅菌したい。あなたの見た通り、戦時下における野戦病院とは、まさしく地獄です。私はそれを知った。知ってしまった。そしてそのすべてを救いたいと思ってしまったのです」

「そうか」

「リツカ、あなたの夢はなんです?」

「俺は、小さいころに妹に料理を振舞ったことがある。母親の見様見真似だ。そんな大したもんじゃないし、特別おいしい見た目をしているわけでも、味自体びっくりするほどのことでもなかった。でもさ、妹はそれを笑顔で口にして、『おいしい』って言ったんだ。ああそうさ、そうなんだよ。特別な料理でなくたって、人は笑ってくれるし、人は幸せになれる。じゃあ、もっとおいしい料理だったらどうなる? ナイチンゲール、俺はさ、うまい飯作って、そいつに精いっぱいの愛情込めて、それで人を幸せにしたいんだよ」

 

 人間にとって、思い出というのは大切だ。それは味や料理にだって同じことがいえるだろう。どこかの誰かが作ったあの味をいつまでも覚えてくれているような人がいてくれたっていいはずだ。家族の、故郷の、愛しい人の、あの日あの場所で食べた思い出というのは、存外、印象的だったりもする。

 

 もしもの話だ。もしも、自分の作った料理を誰かが覚えてくれていて、もう一度食べたいと言ってくれたら、それはたぶん、すごく幸せなことだと思う。

 

「なあ、ナイチンゲール、世界から病気や怪我はなくなんないぞ?」

「リツカ、人は料理だけでは幸せにはなれませんよ?」

「だけど」

「ええ」

 

 

「「間違いじゃないんだ」」

 

 

 そう、決して間違った願いではない。人を救うことは偽善か? 人の幸福を願うことは傲慢か? だが、その願いはきっと美しいはずだ。

 

 人を一人救った。誰かが言った。お前が一人救っている間に、誰かが死んだと。

 

 では、訊ねる。お前は何をしていた? 誰かが誰かを救っている間に、お前は何をしていた? お前の言うことは決して間違いではなく、これ以上なく正しい弾劾の声だ。それは正当な権利だ。理解できる。理解できるがゆえに聞く。お前には、何ができた? 何かできたはずだ。

 

 そう、何かできたんだ。何かをしたかったんだ。人を救うとか、幸福とかそんな話をする前に、できることとやりたいことがしっかりあった。

 そして、この二人にとってそれは救護と料理であったというそれだけの話だ。

 

 あったのはきっかけで、それ以降は思いだった。

 

「今日、あんたが救った人に感謝されたよ。助けてくれてありがとうだってさ」

 

「今日、あなたが作った料理を食べた人が泣いていました。絶対に忘れないと」

 

「今日、俺が作った料理を食べてくれた女がいたんだ。そいつ、性格キツいくせに笑うと可愛いんだぜ?」

 

「今日、私の治療の手伝いをしてくれた人がいました。その人、臆病なくせにとっても一生懸命でしたよ」

 

 知ってる。一番近くで見ていた。たぶん、ほかの人じゃわからないかもしれないけど、その人はずっとそうしてきたんだから。きっと、これからもそうして生きていくんだろうから。それを見ることはきっと叶わないんだろうけど、覚えていよう。

 

 自分と同じような馬鹿な夢を見ていた若者がいたことを。

 

 そして、第五特異点は、そんな若者たちに救われたのだった。




少女は、盾の本質を失くし、復讐者としてそこにある。
ならば、これも一つの反逆譚。誰よりも穢れなき騎士と称された、彼、あるいはそれを託された彼女の物語。
白いキャンパスには、色彩が彩られている。
最初は同じだった。どちらも価値なき命を与えられた。
彼は捨てられ、彼女はデザインされた。

ならば、彼女が反逆すべき相手は一つだろう。

さあ、女神様とやらに喧嘩を売りに行こうじゃないか。

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