セイバーアルトリア・オルタの場合、あるいは始まり
もしも藤丸立花を属性で表すとしたら、混沌という言葉がふさわしいだろう。
しかし、別段、彼は元々気性が荒いわけでも、またそれに準ずるような性格をしているわけではない。むしろ、彼は優しい人間、言い方を変えれば気安い人間である。
笑えば華があり、泣けば心を痛め、己の信条に反することに怒り、その生涯を楽しんでいきている側の人間だった。だとするならば、なぜ彼を混沌と表すのか。
結論から述べれば、彼のサーヴァントが原因だと言える。
『人理継続保障機関・カルデア』に招かれた彼は、第一に生き残った人間だった。そして、戦うことを強いられた人間でもある。数合わせとして呼ばれ、魔術回路を起動したことさえない完全な「素人」。そんな人間である彼は、人理の救済という、およそ人間が背負うべきではない運命を背負うこととなった。
むろん、心は折れた。摩耗し、粉砕され、絶望もした。そもそもが土台無理な話なのだ。カルデアの所長、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの死を目にした時点で、彼の心は恐怖していた。
しかし、そんな彼を支えた存在があった。それは、サーヴァント。藤丸立花にとって、その存在は従者か、兵器か、友かと問われれば、苦もなく恥を感じることもなく、こう答える。
『共犯者だ』と。
これは、そんな凡人が歩む反逆の物語。彼は、反英霊に愛されていた。
――――――…………
「…………召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターという奴か?」
初めてその少女を目にしたとき、立花の目に怯えがなかったといえば嘘になる。いや、正直に、それこそ恥も外聞もなく答えるのだとしたら、恐怖していた。特異点F、冬木の街での戦いを鮮明に覚えた立花としては、それは無理からぬことだといえよう。
「ふん、お前が私のマスターか。たいしたことはないな」
召喚された少女、セイバーアルトリア・オルタは、立花を鼻で笑う。当然だ、英霊を召喚するなどという暴挙に出た時点で、一人の人間として多少の期待を孕むものだった。しかし、その期待は裏切られた。自分を召喚をした存在が、こんなものだと知ったとき、彼女は心から嘲笑した。
だが、それに対する反応が意外だったのも事実だ。
「あ、ああ! 俺がお前のマスターだ! あ、これ、名刺です」
どこの世界にサーヴァントに名刺を渡す馬鹿いると思う? もちろん、その名刺は即座に破り捨てた。同時に、本当にこんなマスターが人理を修復しようとするのか? と呆れを孕んだものだ。いっそのこと、自害をして契約を破棄してやろうかとも思ったが、あまりに哀れすぎてやめておいた。
いま思えば、その思考そのものがらしくないと思う。
しかし、次の日からだ。アルトリア・オルタが彼の色彩に染められ始めたのは。
「あっ、アルトリアさん、朝食できてるよ」
「おい、マスター、これはいったい何の真似だ? どうしてお前が私の好みを知っている?」
アルトリアの前には、立花の言う通り、朝食が並んでいた。それも、なんの偶然かはわからないが、彼女の好みのジャンクフードが並んでいた。しかし、通常の人間にとっては、これは朝から重いと言える悪食だった。しかも、ピンポイントにアルトリアだけがこの朝食なのだから、返って気味が悪い。
というか、なぜ立花がこの朝食を用意しているのだ。
「ああ、俺、もともとコックを目指していたんだ。まあ、カルデアに来たのは妹のいたずらではあったんだけど、まさかこんなところで特技が生かせるとは思わなかったよ」
照れたように苦笑する立花ではあるが、それでは肝心のアルトリアの食の好みを知っているという理由にはならない。そして、もう一度そのことについて尋ねると。
「俺、少しぐらいなら見ただけで食べ物の好みを察せるんだよ。いうなら『直感(食)C』ってところかな?」
「なるほど、いまいち納得はできんが、それはわかったことにしておいてやる。で、それ以上の疑問だ。どうしてお前が私の朝食を作っている? いや、
アルトリアには不思議だった。昨日出会った時点で、すでに自分に怯えていた人間が、こうして自分のために料理をしていることが。自分とこうも平然と会話をしていることが。
だが、それこそ立花は不思議そうな顔をしてこう言った。
「えっ、だって食事は楽しくなきゃ」
「――――ああそうか、お前はそういう馬鹿なのだな」
今度は理解した。おそらく、この男は底抜けのお人よし――とまでも行かなくとも、馬鹿であることには違いないと。人理修復という、およそ人が背負うべきでない宿命を背負っていながらも、使うべきサーヴァントに怯えている。
しかし、食事の上では何もかも平等なのだろう、この男にとって。
「もきゅっ」
一口、彼が用意したというジャンクフードの王道、ハンバーガーを口にする。
「えっと、どうかな?」
立花は期待と不安を目に宿しながら、そう訊ねてきた。
「及第点。食えなくはない。だが、余計な雑味がまだ多いな。いくらジャンクフードとはいえ、これでは目指すべきところが違う。ソースをバーベキューソースにして濃いめにしているのは、評価してやるが、パテが少し焼きすぎ――おい、聞いているのか?」
「あ、いや、そんなにきちんと評価してくれるとは思わなくて……」
確かに少ししゃべりすぎた気もする。ゆえにもう一口食べる。もきゅもきゅと食べ進めると、ハンバーガーは完食していた。その間、立花はずっとアルトリアを見ていた。
「何を見ている? 鬱陶しいぞ、マスター」
「…………いや、なんでもない。ありがと、アルトリア」
そういって、立花はアルトリアの席を離れていった。向かった先は例のシールダーの席のようだ。しかし、アルトリアにはなぜ礼を言われたのか、わからなかった。
「ふん、変な男だ」
のちにアルトリアは、そのことに尋ねるが、それに立花はこう答える。『君の無表情なくせに、おいしそうに食べる姿が可愛くて見惚れていた』と。容赦なく殴ってやったのは、当然、照れだとかそういうことではない。
――――――…………
第一の特異点はフランスだった。敵は、ジャンヌダルク・オルタ。
立花率いるマシュとアルトリア・オルタは、マスターである立花を守護しながら、はぐれサーヴァントたちとともにフランスを駆け巡った。
「クハハハッ、何? 何なの? そこの救世主様は、女の子の影に隠れて震えることしかできないの? 哀れね! 哀れを通り越して滑稽ですね! 無様で見てられない、今すぐ消してあげる!」
魔術師として三流以下である立花にできることなど、ほとんどない。料理人として立花にできることなど、たかが知れている。だから、彼が守られていることなど、本来なら当然であった。どれほど無力に歯噛みしようとも、藤丸立花は無力である。
それでも、震える足を殴りつけて。泣きそうになる頬をひっぱたいて。
彼は立っている。
心は間違いなく恐怖している。多くの死を目にして、平然としていられるほど、立花は強くない。自らを殺そうと襲い掛かってくるワイバーンや、巨大なファヴニールを前に、逃げ出さないことを自らでも不思議に感じるほどだ。
それでも彼が人間の悪性を前に、立っているのは、ひとえに彼の感性がズレているせいだろう。
「お、おいしいって言われたんだ」
「あ?」
「ひっ! あ、いや――」
小さな声で呟いた言葉に、ジャンヌダルク・オルタが反応した。それに怯えて口を閉じようとする立花の背を、アルトリアが乱暴にひっぱたいた。
「おい、マスター。一つだけ言っておいてやる。お前の感性は多少ズレている。しかし、それは間違いではない。だが、それをお前が誇らないことは間違いだ。お前がお前を誇れないでどうする」
「――――」
アルトリアには意外だった。自分でもこんな言葉を、こんな軟弱な男に投げかけるほど甘くなったのかと呆れそうになった。
しかしまあ、
(日頃のジャンクの礼としては十分だろう)
どうやら、この愚か者はそれでやる気が出たようであるし。
「おいしいって言われたんだ。気まぐれだった。そんなつもりはなかった。所詮、小さなおにぎり一つだ。俺にはそれがたいしたものにも、たいした行為にも思えなかった。慰めだって怒鳴られるとすら思ってたんだ。でも、あの子は、あの子供は、本当に救われたような顔でおいしいって泣いてくれたんだよ」
人理修復の最中、ましてジャンヌダルク・オルタの攻勢の中、住民を保護することは吉といえる選択肢ではない。もちろん、馬鹿ではあるが立花にもそれはわかっていた。だから、気まぐれだったという。そこにいて、立花のことを見ていたからという理由で、おにぎりを分けた。
それが、青年の戦う理由になるとは夢にも思わず。
「俺には……正直、人理だとか世界だとかはわからない。でも、料理をふるまうことができなくなるのも、料理をふるまう相手がいないのも――俺はいやだから。だからここに立っているんだ」
別段、大きな声ではなかった。戦いが起きている喧騒の中、その声が誰に届いたかはわからない。ただ一つ言えるのは、それを聞いてアルトリアも、マシュも負ける気がないということだ。
「おい、竜の魔女」
「何かしら、卑王。もしかして、今の戯言に心打たれてしまったのかしら?」
「ふっ、まさか。この馬鹿の言葉にそんなことを思うはずがないだろう。だがまあしかし、一つだけ確かなことを教えてやろう」
「へぇ、お優しいことで。それで? あんたは何を教えてくれるのかしら?」
「何、簡単なことだ。この馬鹿の作るジャンクは――存外うまいというだけだ」
アルトリアは、聖剣を構える。それをジャンヌダルク・オルタは不愉快そうに眺めていた。立花は素直に驚いていた。アルトリアが立花の作る料理をこうして褒めてくれたのは、はじめてだったからだ。
「ア、アルトリア……さん……」
「呼び捨てで構わん。お前は頼りないし、弱い。料理人としての性質なのかは知らんが、どこか感覚がズレている。何より、卑屈を素で覚えているような男だが……いいだろう、先ほどの言葉。お前を私のコックとして認めてやるぞ、リツカ」
「――――わかった、アルトリア。これが終わったらジャンク祭りをしてやるよ」
「上等」
「ああ、イライラするわね! だったら全員まとめてターキーにしてあげるわよ!」
こうして、アルトリア・オルタは、コックとして藤丸立花を認めた。最初の特異点の修復完了ということで、宣言通りカルデアはジャンクフード祭りが開かれたという。そんな彼女が立花をマスターとして認めるのは、もう少し先の話。
主人公 藤丸立花(男)
保有スキル
調理 C (普通にプロの料理人としてやっていけるレベル)
直感(食) C (他人の食の好みをなんとなく察することができる)
人たらし(悪) B (属性悪の心を開きやすくする。相乗効果あり)
人たらし(混沌) B (属性混沌に好かれやすくなる。相乗効果あり)
人たらし(女性) B (性別女性に好かれやすくなる。相乗効果あり)
人たらし (絆) A++ (三つのスキルの相乗効果により、対象サーヴァントの絆値の上昇速度が倍々化)
料理人 A- (料理人として性質特化。技術向上、恐怖緩和、料理に関すると精神耐性向上。人間的感性のズレ←デメリット)
更新速度は気まぐれによりますので、平気で長期間放置します。