我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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造られた本性

 

 全員が風呂から上がり火照った体を夜風で冷ましていた頃、取り敢えず布団は一度洗って干さないと使い物にならないので持ち込んだタオルを枕代わりに、大きな保温シートを全員で使用し寝る事にした。

 

 まぁ下は畳みだしそのまま寝られると言えば寝られる、屋根があるだけマシだろう。夕食と入浴と歯磨き、全て終わらせて『さぁ寝るぞ』と相成った午後十一時、デザインド達と悛はテーブルを囲って一つの問題解決に当たっていた。

 

「皆に新しい名前が必要だ」

 

 題はデザインド達の新しい名前、優枝に彼女達の存在が露呈した以上、A-04やB-09という個体識別番号をいつまでも名前代わりにしておく訳にはいかない。元々いつかは変えねばと思っていたのだ、しかし命名センスが壊滅的であると自覚する悛は各自好きな名前を付ける様に進言する。

 

 それに名前とは子に対して親が贈るモノだ、彼女達の親代わり――生み出した連中は個体識別番号しか与えていない。ならばこそ、悛は彼女達自身が名前を付けるべきだと思った。居場所ではあるが親ではない、彼女達が幸せを掴む為だけに生きる人間、この名は研究所との決別を意味する。

 悛がその旨を告げると、デザインド達は互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 

「名前、名前って、私のはC-01だし、もうあるよぉ?」

「特に不自由はしておりませんが……」

「不自由はしていないかもしれないが、本来数字何て言うのは名前に用いるものじゃないんだ、だから皆には好きな名前を自分につけて欲しい」

 

 彼女達にとって名前とは記号でしかない、自分を指し示す単語であれば何でも良い、そう在れと教えられてきた。しかし人間社会ではそうはいかない、名前とは個人を指すものであり同時に生涯大切にされるものなのだ。

 間違っても自己紹介でアルファベットと数字を口にしてはいけない。

 

「それにコレは研究所――連邦との決別だと思ってくれ、もう君達は被検体として生きていく必要はない、過去の名前なんて捨て去った方が良いんだ」

 

 悛が強い口調でそう言うと、デザインド達も悛がそう言うならと思い思いの案を頭に浮かべる。名前に対して特に思う事が無いらしい、悛はそれが研究の弊害だと感じ、少しだけ悲しくなった。

 

「名前ってアレよね、本に出て来る登場人物みたいな、01とか02とか、そう言うのが入っていない感じの……」

「もういっそ書籍から抜き出したらどうかしら」

「あっ、じゃあ私、エンリが良いです」

「不思議な名前」

「じゃぁ~、私ブラックサンダー」

 

 C-01が元気に手を挙げ、冗談か本気かも分からない名前を告げる。

 ブラックサンダーはやめて欲しい、悛は心からそう思った。少なくとも女性の名前ではない。というかソレは最早名前というか技名ではないだろうか、もう少し大人しめの名前を希望する。

 

「わ、私、皐月(サツキ)って名前が良いんですけど、これ、アリですかね……?」

「少なくともブラックサンダーよりは良いんじゃないかな……」

 

 B-09がおずおずと問うて来たので悛は緩く頷いて見せる。和名だが元より両親が日本を見せろと旅させる位には日本好きな上司という設定だ、子どもに和名を付けたとしても何ら違和感はない。

 

 そもそも国境という概念が連邦の出現によって取り払われた結果、ロシア人がアメリカ人の名前を付けたり、中国人がイギリス人の名前を付けたり、何て言うのはザラにある。

 どこの国か何て言うのは、既に大した意味を成さない。

 今その分け目があるとするならば、『地球』か『火星』かだろう。

 

「じゃあ私は推理小説、『ディラ・H・フォルマンス』の登場人物、マリーにするわ!」

「……なら私は(みやび)にしようかしら、皐月が大丈夫なら良いでしょう?」

「私はレイラ、悛に決めて貰った」

 

 各々が好きに決めていく中、A-04が一人そう言った。

 すると周囲のデザインド達がぎょっと彼女を見つめ、それから素早く悛の方に視線を集中させる。その瞳は雄弁に、『何故彼女だけに名前を付けたのだ』と語っていた。強い視線の集中砲火を浴びた悛は引き攣った笑みを浮かべる、だが笑って誤魔化せる雰囲気ではない。

 当のA-04、暫定レイラは自慢げに胸を張っていた。

 

「ごめん、実は――」

 

 そうして話すのは未だ留まっていた村人の事、先程のあれこれをデザインド達に話し決して贔屓した訳ではないと言い訳する。本当なら彼女自身にも自分で気に入った名前を付けて欲しいのだ。

 

「ぇえ~、なんかズルイ~」

「ちょっと、なら私にも名前つけなさいよ!」

「妬ましいわね」

「いや、頼む、落ち着いてくれ皆」

 

 しかし言い訳をした上で予想以上の反発の声が上がった。

 それに対して嬉しい様な照れる様な、何とも言えない感情が胸を覆う。

 

 A-04に対して別の名前にしないかと問いかけるが彼女は断固として譲らない、どれだけ説得しても無駄だと思わせる強い意思が瞳には宿っていた、何故そこまでの意固地さを今発揮するのだろうか。

 

 悛は自分のネーミングセンスに自信がない、納得できない名前のまま一生を過ごす事だけは避けたい、故に何とかデザインド達に頼み込み自身で考える様に説得した。最初は駄々を捏ねる様に首を横に振っていたが、やがて一人、また一人と折れていく。

 悛のお願い攻勢は稀である、もうこれでもかという位に手を合わせ、少女達に向かって頭を下げる。その勢いと姿勢にデザインド達は「これだけ頼んでいるんだし……」という気分になって来る、しかも相手は滅多にお願いなどしてこない男、藤堂悛である。

 

 結果、三十分のお願い攻勢を乗り切れたデザインドはおらず、各々が自分で名前を付けるに至った。

 因みにA-04だけは断固として名前を変えなかった、お願い攻勢も意味を成さなかったのである。

 無念。

 

 

 

 

 

 

 深夜、夜も更け月明かりが世界を照らす時間帯。

 居間に光は無く、全員の寝息だけが聞こえる空間。保温シートの上で横になり、悛を中心に横一列で寝ていたデザインド達。

 

 彼の隣を確保する為に戦争が勃発し、毎日のローテーションという制度を設けたのが三時間前。現在夜の三時、当の悛は完全に夢の世界に入り込んでおり目を覚ます気配はない。虫とカエルの合唱が窓越しに聞こえて来て、不意に布同士が擦れる音が加わった。

 

 悛の両脇に眠っていたデザインドがゆっくりと上体を起こし、なるべく音を立てないように立ち上がる。それに気付いた他のデザインド達も瞑っていた瞼を押し上げ起き上がる。そして闇夜の中対した足取りに迷いを見せる事無く、彼女達は居間を後にした。

 

 彼女達が静かに玄関を潜ると、そのまま外の世界に踏み込む。そして確りと鍵を掛け、六人は互いに頷いて家の前のアスファルトに屈みこんだ。夜の辺境は騒がしく、風の音と合唱が上手い具合に彼女達の声を掻き消す。

 

「バレて無いわよね……B-09?」

「た、多分問題無いかと……あと、私は皐月です」

 

 アスファルトに屈んだ彼女達の顔が月明かりに照らされる、其処には悛に見せる表情とは異なり、何か覚悟を秘めた表情を見せるデザインド達が佇んでいた。「名前が変わると、何か変な感じがするわ」とA-013が苦笑を零す、実際未だに番号以外で呼ばれても反応が出来ない。

 

「悛に余計な負担は掛けたくないわ、研究所(あそこ)から出して貰っただけで十二分だもの、取り敢えず名前を覚える事から始めない?」

「そうね、同感よ、私もまだ慣れないわ」

「ふふふ、でも何だか新鮮ですよね、人間らしい名前って」

「何だか悛さんに近付いた気がします」

「ふぁ~……眠いよぉ……」

「我慢」

 

 C-01――海莉(カイリ)が欠伸を零すとA-04――レイラが喝を入れる。各々が新しい名前を手に入れ、彼女達は互いに互いの名前を確認していく。新しい名前が悛の考えた研究所離脱への一歩である事は彼女達も理解していた、故に番号に固執しては彼も悲しむ。

 悛が悲しむ事はしたくない、それが彼女達の総意だ。

 その為ならどんな努力も惜しまない。

 

 彼女達は二度、三度相手の名前を口にして顔を見れば自然と顔と名前が一致し記憶できた。彼女達はデザインド、人工的に創られた戦闘兵器、そう在れと十年以上生かされた存在。故に知能は常人以上、普通の人間よりも精神の成熟が速い、そうでなければ兵器など務まらないのだから。

 

 A-013 『マリー』

 A-04 『レイラ』

 B-09 『皐月』

 B-21 『雅』

 C-01 『海莉』

 C-34 『エンリ』

 

 新しく付けられた名前(きごう)は直ぐに馴染んだ、最終確認として全員が自身を指差し、「名前は?」と問いかければ全員同じ回答が返って来る。名前の確認作業が終わった後は本題だ、全員の視線がエンリ(C-34)を向き、彼女は微笑みながら頷いた。

 

「大丈夫です、既に視ています、この村の全体は既に私の監視下ですから――村の住人は全部で十一人、武装は無し、警戒度は低、多分やろうと思えば二十秒で全滅させられます」

「全滅ですか? で、でも悛さんは人を殺しちゃ駄目って……」

「えぇ、そうね――でも、逆に言えば『見つからなければ罪には問われない』という事よ」

 

 皐月(B-09)の言葉に(B-21)が反論する。悛は言った、警察という組織に見つかれば自分達は研究所に連れていかれると。それは恐らく、人を殺す殺さず問わず、デザインドという存在が露呈した時点で連れていかれる。

 ならば自分達の存在がこの村の外に伝わる可能性――この場合は村人を、全て殺して隠滅してしまうのが一番良いのではないかと。(B-21)を含めた何人かのデザインドは村に到着した時から、そんな考えを持ち合わせていた。

 

海莉(C-01)の能力があれば人間なんてゲル状に溶かせるでしょう? 後は地面にでも埋めてしまえば良いわ、私達の存在さえ露見しなければ問題無いのだから」

「……そ、それはどうなんでしょうか」

「んぅ~、善いか悪いかは兎も角、私はアリだと思うなぁ、人間なんて何をするか分からないし、分からないなら、殺した方が楽だよぉ」

 

 僅かに渋る皐月(B-09)と同意する海莉(C-01)、彼女達は徹底して己の安全、何より悛の安全を重視している。他の人間など彼女達にとっては害悪でしかなく、寧ろ憎悪の対象にすらなり得る。

 

 第二号のデザインド達を見て、悛は『もし道徳を説く人物がいなければ』と考えた。

 それは正しく、同時に間違いでもある。

 

 例え道徳を説く人物が居ようが、居まいが――彼女達の根底にある人間への憎悪は消す事が出来ない。例え悛の様な人間が現れたとしても、それ以前の記憶が消える事は無いのだから。実験の度に腹を裂かれ、眼球を抉られ、焼かれ、潰され、繰り返したそれらの痛みを彼女達は忘れない。

 ただ、そこに『例外』が出来るか否かの問題なのだ。

 

 彼女達デザインドにとって人間とは等しく害悪、殺す殺さないで言うのならば取り敢えず全員殺すという程度には憎んでいる。それを表に出さないのは単に『悛』というストッパーが働いているから、彼の前でならば罪悪感を覚える演技すらしてみせよう。

 彼女達の根底にあるのは彼に嫌われたくないと言う私欲に塗れた情念。

 本来人を殺す事など、虫を潰す程度の感覚である。人を殺す為に作られたのだ、情など持ち得る筈が無い。

 

「けど、私達、まだ警察の事、何も知らない」

「……そうですね、私達はまだ自分達の脅威となる存在を熟知していません、行動を起こすにしても時間が必要ではないでしょうか? 浅慮な行動は最悪の結果を招く可能性があります」

 

 エンリ(C-34)レイラ(A-04)の二人は村人を殺す案を推す他の面々に対し、殺した際のデメリットを述べる。或は殺すにしても相手を良く知ってから行動するべきだと、万が一の場合を考えた慎重な行動を推す。

 

「私は村人を殺す事には賛成だけど……そうね、確かに一理ある、まだこの村に到着したばかりだし焦る事は無いわね、やるなら確信を持って殺すべきだわ!」

マリー(A-013)、声大きい」

 

 殺すか殺さないかで言えば殺すべき、ただし今すぐに殺さなければならない訳ではない。

 各々が意見を口にし、現状村人抹殺は否決される。だが場合によっては一切の躊躇い無く彼女達は村人を殺すだろう、ただメリットとデメリット、その差によって変わるだけだ。

 

「ではもう少し様子見という事で、場合によっては皆で話し合って動きましょう」

「分かったわ」

「はぁい」

「りょ、了解です」

 

 全員の妥協点が見つかった瞬間、皆が頷いて肯定の意思を示す。しかし一人だけ――レイラ(A-04)だけが何か思いつめたような表情で唇を噛み、徐にエンリ(C-34)に声を掛けた。

 

「……ねぇ、エンリ(C-34)

「ん? 何でしょう、レイラ(A-04)

 

 レイラの声にエンリは顔をそちらに向け疑問符を浮かべる。全員の視線が二人へと集まり、注目される中で淡々と彼女は言った。

 

「村人の中に若い女、居る?」

「……そうですね、此処から六十メートル程離れた家に一人、二十代の女性が居ます、どの程度までが若いと判断されるかは分かりませんが、恐らく村では一番若い方かと」

 

 そう答えるエンリ、その言葉を聞いたレイラは爪を噛み、何か黒い感情の見え隠れする瞳で呟いた。

 

「……そいつだけ殺す、それは可能?」

 

 突然の殺害宣言、それにエンリ(C-34)を含めた全員が驚愕の表情でレイラ(A-04)を見る。一体何を言っているんだと、皆が視線でそう語っていた。この村の住人には手を出さない、たった今そう決めた筈だ。

 

「れ、レイラ、今皆が殺さないって――」

「話を聞いていたのかしら? それとも上の空だった?」

「無論、聞いていた」

 

 口々に告げられる反対意見に、レイラは手で彼女達を制す。同時に全員の瞳を視界に捉えつつ、抑揚のない口調で言った。

 

「その女、悛の事が好き」

「……は?」

 

 それは余りにも感情が無く、まるで平面の様な言い方だった。しかし放たれた言葉は確かにデザインド達の耳に届き、嘗て無い程の衝撃が体を突き抜ける。そして辛うじてマリー(A-013)が再起動を果たし、震えた声で「え、なに、冗談……?」と問いかけた。

 

「本当、皆が入浴してた時、その女が来て、悛を見る目、私達と一緒だった」

「それは……危険かもしれません」

 

 レイラの言葉にエンリは呟いた、デザインド達は悛への好意を決して隠さない。同時にその執着心を自覚しているからこそ、同じ目をしていたと言う女性に危機感を覚える。皆の警戒心が否応なく高まっている最中、海莉がいつも通り間延びした声で問いかけた。

 

「普通の人間って事だよねぇ? その女」

「えぇ、デザインドではありません、視る限り、ただの一般人です」

「――じゃあ殺そっか、別に一人くらい消えても問題ないでしょぉ~?」

 

 彼女らしからぬ、苛烈な言葉。

 悛からは表面上それ程過激な性格だとは思われていないが、その実この海莉(C-01)というデザインドは好戦的な性格をしている。それこそ能力通り、執拗に相手が死ぬまで溶かしつくす、そういう性格。

 無論、悛の前では決して覗かせない一面。

 自分から恩師を奪う存在ならば殺すに値する、寧ろ殺さなければならない、人間というだけで害悪だと言うのに加えて横槍まで入れて来ると言うのなら、今すぐ殺して然るべき。

 

「悛に恋愛感情を覚えるなんて、可哀想な子ね、私は殺す事に賛成よ」

「私も……悛を盗られる位なら、殺したいと思う、賛成するわ!」

 

 (B-21)マリー(A-013)の両名が賛成の意を示す、元より悛を奪うのならば研究所の所員だろうが何だろうがぶち殺すと考えるデザインド達である。万が一悛が健康管理官から外される様な事があれば、彼女達は自分が死ぬ事も厭わずに行動を起こしていただろう。それ程の覚悟が胸の内にある。

 

「で、でも流石に突然居なくなったりしたら、拙いんじゃ……」

「人間は個体での戦闘能力が非常に低い為、常に集団を作ると聞いています、その最小単位のコミュニティが『家族』と呼ばれるそうです、恐らく誰か一人でも欠ければ、その家族が気付く可能性が……――」

 

 反対の意を示したのは皐月(B-09)エンリ(C-34)の二人、特にエンリは書籍から得た知識を元に女性を殺害するリスクの高さを説いた。しかしソレは別段女性を殺す事に後ろめたさがあるとか、そういう事では無く、単純に悛を盗られる可能性があったとしても軽率な殺害は警察への露呈に繋がると考えたからだ。無論、それが無ければ彼女とて直ぐに頷いて見せただろう。

 エンリの言葉に海莉は、「じゃあ家族ごと殺すのはぁ?」と問いかける。

 

「結局は一緒です、家族のコミュニティを壊滅させても、今度は『村』というコミュニティがあります、家族と言うコミュニティが消滅すれば、村のコミュニティがソレを訝しむでしょう、そして彼らを壊滅させた場合は先の話と一緒、つまり結論は変わりません」

「面倒」

 

 エンリの説明に対してレイラはそう吐き捨てる。まさか人間ひとり殺すのに此処まで考えなくてはならないとは、デザインド達は人間社会の複雑さを実感させられた。相互監視体制とでも言うのか、飽和した人口ならば兎も角、この村は余りにも閉鎖的で数が少ない。

 

「じゃあさぁ、そもそもの『警察』って奴を壊滅させたら良いんじゃない?」

「そ、それは無理ですよ、連邦と正面切って戦う様なモノですし……」

 

 海莉の面倒臭そうな口調に、皐月が慌てて返す。それでは悛の言っていた平凡で有り触れた幸せが手に入らない、それはデザインド達にとって許せない事である。

 

「逆に聞くけれど、村人を全滅させた場合、何がマズいのよ?」

「居る筈の人間が居ない、それは明らかにおかしいでしょう」

「そんなの、どうやって分かるっていうの?」

 

 マリーは眉を顰めて問いかける、その口調は苛立ちを含んでいた。対して雅は表情一つ変えず、淡々とデザインド達に語り掛ける。

 

「良いかしら? 人間社会には『戸籍』というモノが存在するの、連邦が持つ巨大なデータベース、その中に人間一人一人の情報が存在していて、何処に住んでいるのだとか、何歳なのだとか、細かい情報がビッシリと蓄えられている、つまり連邦は誰が何処に住んでいて生きているかどうか把握しているという事よ」

 

 その情報と照らし合わせて、きっと警察や連邦職員が巡回に来る。その時居る筈の人物が居なかったらどうなるか、そんなのは分かり切った事でしょう。雅は連邦が人口管理に力を入れている事を知っていた、火星という新たな星を手に入れた人類は再び人口増加を望んでおり、人口が大幅に減少した日本も例に漏れず徹底した管理が行われている。

 雅の言葉にマリーは口を噤み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。感情は兎も角自身の存在が露呈するまでの道筋は見えたようだった、ならば安易に動く事も出来ない。

 

「でも実際、巡回なんて来るんでしょうか……? う、疑っている訳ではないのですけれど」

「巡回と言っても人ではなく、それこそ自立飛行機(ドローン)を飛ばすだけ等、方法は幾らでもあります、問題は彼等の失踪が確定した時、確実に警察と言う組織が動くと言う事です」

「推理小説でもあったわ、警察が動くと探偵と刑事とかいう肩書の人間が出て来て、殺された人の状態から事件を解決に導くの、例えば凶器とか、人間関係とか、指紋とか……そういうモノから犯人を特定するのよ、あれは中々の名作だったわ、まぁ私の名前(マリー)の人物だから当たり前と言えば当たり前ですけど?」

「凶器? 指紋?」

「凶器は殺害に使用された武器の事、指紋は人間の指先にある模様、これは個体差があって一人一人違うわ、だから死体にコレが残っていれば犯人が特定出来るの」

「能力を使えば分からないんじゃ……」

「分からないからこそ、デザインド(私達)の存在が浮き彫りになるんじゃないでしょうか……?」

 

 尤も、デザインドの場合は見つかっただけでアウト。

 この白い髪も肌も、デザインドだという証拠に成り得る。警察でも連邦職員でも、末端から上に報告が行けば直ぐに捕まるでしょうね。そう雅が淡々と口にすると、デザインド達は難しい顔をする。

 

 要するに村人を全滅させた場合、連邦職員か警察が来た時点で言い逃れは出来ない。末端だけならばデザインドの存在を知らないだろう、だが上層部は別だ、各地に点在する研究所の存在を知っている。その被検体に合致する条件をデザインドは備えている、万が一特徴を報告されれば詰み。巡回の人間を殺しても無限ループ、寧ろ警戒されるだけ。

 結論は、この村に巡回が来る状態で村人を殺すのは危険極まりないという事。

 

「殺して、隠れる、悛と一緒に」

「ど、どっちにしろ人が死んだら捜査されると思います、そうなったら余り意味が無いんじゃ……」

「警察や連邦職員が来た時点で村に住む事は出来なくなります、巡回ならやり過ごせるかもしれませんが、各地を転々とする訳には行きませんし、やはり現状この少数人数の村を維持する事が最良かと……」

 

 レイラの言葉に皐月とエンリは説得の言葉を漏らす、他の面々も頭では村人の殲滅が高リスクである事を理解していた。しかしどうにも、感情だけは抑える事が出来ない。

 レイラは爪を忌々しい表情で噛むと、小さく呟く。

 

「……じゃあ、アイツを悛に近付けさせない」

「こんな狭い村じゃ無理じゃなぁい?」

「でも、目の前でウロチョロされるのも鬱陶しいわ」

 

 結局のところは其処だ、件の女が居なければ村人を殺すのは後回しで良かった。しかし女が悛にちょっかいを出すならば別、悛はデザインド達の希望で在り、恩師で在り、想いを寄せる唯一無二の人なのだ。

 それこそ自分達の為に人生を投げ捨て、あらゆる全てを犠牲に此処(外の世界)まで連れて来てくれた。

『ただ待っていただけ』の女などお呼びではない、レイラはそう内心で思い唇を噛む。

 

「その女性の件はなるべく私達が悛さんの傍に張り付いて相手をさせない、というのが一番かと思います、業腹ですが直接的な排除は最終手段にしましょう、それこそ悛さんが自分で望んで彼女と――」

「そこから先は不要よ」

 

 エンリの言葉を遮って雅は立ち上がる、そして強い瞳で全員を見渡すと抑揚のない口調で告げた。

 

「もう話す事は話したわ、村人は放置、女はなるべく近付けさせない、後は各々で動けば良いでしょう」

「……そうね、まぁ何かあったら分かるし、また皆で話せば良いわ」

「ん~、なんか不完全燃焼ぉ、けどまぁ仕方ないかぁ」

 

 不承不承、良くはないけれど納得せざるを得ない。そんな表情を浮かべたデザインド達は立ち上がり、そのまま玄関の方へと歩いて行く。最後に残ったのはエンリと皐月の二人。最後まで殺人という行為に反対していた二人だ、彼女達の浮かべる表情は苦々しいもの。

 皐月とエンリの二人は確信していた、このまま行けばきっと、彼女達は村人達を全て殺すだろうと。

 

「出来れば――村の人を殺すのは最終手段にしたいんです、私は」

 

 エンリは虫の合唱と夜風のみが聞こえる闇夜の中、そう呟く。それに同調するのは皐月、目の前の彼女の言葉に頷いて俯きながら言った。

 

「多分、村の人を殺したら悛さん、悲しみますよね……」

「えぇ、恐らく、いえ……絶対悲しみます、旧友、或は同郷の人間ですもの、少なくとも喜びはしないでしょう」

 

 二人が懸念するのはその部分、こと悛に関しては恐ろしく鋭い勘を持つデザインド達だが、今は恋敵の出現に目が曇っている。そうでなければこんな簡単な事に気付かない筈が無い、二人はそう思った。

 けれど、最悪殺さなければ自分達の存在が露呈するのも事実。

 嫌われたくはない、彼に嫌われてしまったら生きる希望そのものが潰えてしまう、けれど――それが彼の生存に繋がるのなら。

 

「どうか、その時が来ない事を祈りましょう」

 

 エンリは夜空に瞬く星々を見上げ、小さく呟いた。

 どうせ、祈る事しか出来ないのだからと。

 

 





 投稿が遅れて申し訳ありません。
 実は学校の方でロシアに行く事になりまして、ビザの取得や奨学金や現地調査や色々込み入った結果小説を余り書く事が出来ませんでした、申し訳ない……。
 一応これからも定期的に投稿する予定ですが、ニ、三日投稿よりは若干ペースが遅くなりそうです。それでも一週間にニ、三話は投稿したい所存……!
 頑張ります。

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