我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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光り出す少女達の世界

 

 日本。

 アジアの端に存在する島国、海面上昇により湾岸部の都市が水没してからは規模が縮小し2029年を以て国家は連邦に吸収されている。首都東京は未だ存在しているが、月面都市移住計画が発案されてから人口は減少の一途。総人口は全盛期の百分の一まで落ち込んでおり、地方に関しては連邦の手も届かない辺境の地と化していた。

 

 対を成す西京に至っては解体処置が施されており、九州、四国の連邦支部は機能していない。東北も同じで今や日本は東京、京都を中心とした生活圏が僅かに残っている程度。

 現在地球人口の殆どがユーラシア、アフリカ、北、南アメリカ大陸に集っている状況なのだ。辺境と呼ばれる場所は一部を除いて切り捨てられ、日本と言う国もまた連邦の拡充に伴って捨てられた古き国であった。

 

「ねぇねぇ悛ぁ~、日本ってどんな場所?」

「そうだね……自然が豊かな、素朴な国さ、ご飯が凄く美味しいんだ」

「私、知ってる、武士、侍」

「織田信長やアケチの居る国ね!」

 

 救護棟の脱出艇を一隻拝借し、現在はその船内。

 

 三十人が搭乗可能な脱出艇の中は比較的広く作られており、船はAIの自動操縦にて日本を目指している。船内には小さいがベッドもある為快適だ、今まで一度も使われていなかったせいか豪華に作ったのかもしれない。兎も角、日本までは数日の航海が必要だったので素直に有り難いと思った。

 

 あの後、悛率いる第三デザインドは第二号のデザインド達に別れを告げ研究所を後にした。彼女達はもう少しレガリス研究所で粘り、増援部隊を磨り潰すらしい。

 聞けば第一収容所と連邦支部にもデザインドを仕向けていたらしく、今頃本部は大混乱だと言う。その混乱に乗じて悛達は警戒網を潜り抜ける事に成功した。

 元より監視塔の位置は把握している、見つからない様に海路を縫うのは簡単であった。

 

 デザインドの六人は悛の日本行きに全く口を挟まず、全員が付いて行くと宣言。

 研究所にある金目の物や衣料品、ドクターバッグやら何やらを大量に持ち込み、満を持して研究所を離れた。

 初の外世界である、海を見たデザインド達はその広大さに目を剥き、巨大な氷河を目の前にして大口を開けて驚いた。

 曰く、こんな大きな氷は見た事が無いと。

 

「ん~でも日本まで時間掛かるんでしょう? なら自己紹介、自己紹介をしようよぉー」

 

 船の一室、比較的広めに作られたスペースで談笑する悛達七人。因みに船内は操縦室、トイレ、ベッドルーム、出入りフロア(談話室)の四つで構成される、脱出艇と言うより動く小さなホテルか。食料や水もサバイバルキットとして備え付けられており、更に持ち込んだ分もある。

 談話室では壁に備え付けられた椅子に腰を下ろしながら、皆が顔を突き合わせていた。

 

「自己紹介、賛成」

「ん~、そうね! 私まだ皆の事知らないわ、教えて貰うのは賛成よ」

 

 C-01の言葉にA-04、A-013の両名が頷き、そのまま自己紹介の流れとなる。悛としては全員面識があるのだが各々の接点はなく、己の管理室が世界の全てだった彼女達からすれば自分と同じ存在というのは非常に興味の持てるものだった。

 

「ふふん! じゃあ私からね! 名前は『A-013』よ、好きな物は悛とカードゲームとテレビゲーム、あと本なんかも読むわ、特に推理小説が好きね、私ってば知的すぎない? 能力は『千手(せんじゅ)』、便利な腕が一杯作れて便利なのよ!」

 

 徐に立ち上がって堂々と胸を張り自己紹介をするA-013、大事な事なので便利と二回言ったのだろう、とても便利な腕らしい。

 言葉を一度区切ると、「何か他に言った方が良いのかしら……?」と悛に問いかけて来る。いや、その情報量だけでも十分だろう、現に他のデザインド達はパチパチと拍手をしている。

 その拍手に対して満足げに椅子へと腰を下ろしたA-013は口を『V』の字にして腕を組み、隣に居たA-04が次いで立ち上がった。

 

「次、私、名前は『A-04』、好きな物は悛と本、恋愛物、能力は『怪力』、凄く力持ちになれる、多分この船位なら持ち上げられる、やった事無いけど」

 

 少しだけ自慢げに語るA-04の言葉に皆が「おぉー」と声を上げる、怪力と言うのは単純だが中々にインパクトがあった。特に船を持ち上げられると言う部分には皆が驚きを露にする。

 しかし皆、好きなものに俺を挙げるのはやめて欲しい、何だか背中が痒くなる。まぁ俺もみんなの事が好きだけれど。

 悛は口に出さず思った。

 

「え、えっと、じゃあ、その、次は私で……な、名前は『B-09』と言います、好きな物は、悛さんと、それと、え、映画鑑賞です、能力は『空気操作』って言って、空間の密度を弄ったり、その、空気の塊をぶつけたり出来……ます」

 

 おずおずと身を竦ませながら自己紹介をするB-09、空気操作の能力がイマイチ分からなかったのか、頷く者と首を傾げるモノが半々だ。因みに首を傾げている筆頭はA-013とC-01の二人である。

 ぺこぺこと頭を下げながらB-09が席に座ると、次にB-21が立ち上がった。

 

「私の番ですか……名前は『B-21』、好きな物はあら――では無く、スポーツです、管理室では自重トレーニングが日課でした、能力は『同調』、要するに透明人間になれます」

「何それスゴイ!」

 

 B-21の自己紹介にA-013が食い付く、透明人間という部分に酷く惹かれたらしい。彼女が透明人間になって何をするのかは知らないが、酷く心配になるのは何故だろう。B-21がすまし顔で席に着くと、隣のC-01が勢い良く立ち上がった。

 

「次は私ねぇ~! 名前は『C-01』、好きな物は悛、悛大好き、あとご飯、美味しいモノね! 不味いご飯は要らないかなぁ、能力は『溶解』、色んなものをドロドロに溶かせるよぉ、凄いでしょ」

 

 どこか気だるげ、彼女を現わすのならばその一言だろう、ただし落ち込むと物凄い勢いでショボくれる。溶解の能力は中々にエグい、最新式の電磁複合装甲ですら二秒で溶ける、人間だと一秒未満だろう。しかしデザインド達には中々想像出来ないのか、そんな能力もあるんだね~という気分で拍手が送られる。

 そして最後は儚げな少女、C-34。

 

「最後は私ですね……名前は『C-34』と言います、好きな物は悛様と音楽鑑賞です、能力は『千里』と言って半径五キロに渡って疑似的な視覚を得る事が出来ます、ただ能力を酷使した代償で少々目が悪いのです、少しでも回復する様に普段は裸眼での生活を心掛けていますが、迷惑をおかけする事もあると思います、その時はどうかお許し下さい」

 

 少しだけ悲しそうに笑いながらそう告げるC-34、

 ある意味、最もデザインドとして生まれた弊害を持つ少女だろう。その瞳は光が薄く、瞳孔が開いたまま上手く景色を映さない。生まれた時より眼が弱かったと聞いていたが、能力の酷使によって本来の機能を完全に失いつつあった。

 緩やかな盲目、それはどれ程の恐怖か。

 

「えっ、C-34は目が見えないの!?」

「A-013貴女、気付いていなかったのですか」

「や、やっぱり目が見えて無かったんですね……」

 

 C-34の言葉を聞き、驚きを露にするデザインドの面々。しかし殆どの者は薄々勘付いていたらしい、彼女を見る目は同情的であった。しかし彼女はその視線を受けながら、あくまで笑顔を浮かべる。

 

「そうは言っても、見ようと思えば能力で視界は確保できますから、そんなに困ってはいないんです、本当に見たくなったら能力を使えば済みますもの」

 

 裸眼では碌に視界を確保できないが、見る手段はある。

 皮肉な事だ、能力によって視界を奪われたと言うのに、その能力が唯一の拠り所だなんて。悛は僅かに落ち込んだ空気を覚ます為手を叩いて声を上げた。

 

「……良し、自己紹介は済んだね、皆互いの事は分かったかい?」

 

 悛が全員に向けて問いかければ、皆が皆確りと頷く。デザインド達にとってこれほど多くの人物と逢う事は初めてだろう、何せ今まで世界の全ては己の管理官と悛で完結していたのだ。

 

「色んな能力があるんだねぇ~、凄く驚いたぁ」

吃驚(びっくり)した」

「好きな物がそれぞれ違うなんて、不思議ね、私達、見た目が殆ど一緒なのに」

 

 デザインドと一口に言っても、やはり普通の人間と同じ個性がある、それすらも彼女達にとっては新鮮で、『自分と同じなのに、考えている事も、感じる事も、口調も違う』というのは驚きに値する事だった。

 

「これから行く場所には多分、色々な人が居るだろう、君達の髪や肌の色を不気味に思う人も居るかもしれない、けれど幾ら貶され罵倒されても、例え敵意を向けられても、決して能力は使ってはいけない、C-34やB-21の千里や同調は兎も角、相手を傷つける事は極力避けて欲しい――約束出来るかい?」

「そ、それって……研究所に居た銃を持っている様な人でも殺しちゃダメって事……ですか?」

 

 悛の言葉にB-09が不安そうに手を挙げる。此方を殺す気で向かって来る相手に能力を使うなと言われれば不安にもなるだろう、しかし悛が言いたいのはそういう事ではない。「いや、そうじゃないんだ」と口にしながら悛は続けた。

 

「もし自分の命が危なくなったら能力を使って構わない、一番大切なのは君達の安全だからね、けれど直接的に害が無いのなら手を出しては駄目だ、人を殺すというのは取り返しがつかない事だから」

 

 彼女達にとって殺人とはどの程度の位置にあるのか、普通の人間にとっては最も避けるべき罪であるが、彼女達にとっては違う。悛の様な親しい者ならば兎も角、赤の他人――それこそ居ても居なくても変わらない存在が生まれた時、彼女達の中にある『殺人』のラインが何処に設定されるのか。

 悛にはそれが分からなかった。

 

「どうしようもない時、自分が傷付けられると思った時、兎に角身の危険を感じたら躊躇わずに使って欲しい、けれど同時に吟味して欲しいんだ――今、本当に能力を使って良いのか否か」

 

 能力の使用判断、それは彼女達にとって初めての事。明確に殺意を抱いた敵でも無く、何ら無害と言える訳でも無く、それこそ迫害や侮蔑の視線を送って来る様な相手と出会った時、能力を使うか否かの判断は各々に委ねられる。この判断が上手く出来ない場合、悛達の外の世界での生活は一気に遠ざかってしまう。

 ある意味これは彼女達が抱える最も重い命題の一つだろう。

 

「嫌な奴と出会ったからと言って問答無用で殺してしまったら、俺達の事が広まってもう一度捕まってしまうかもしれない、そうしたら研究所に逆戻りだ」

「んん~? 良く分からないけれど、人を殺しちゃうと研究所に連れていかれるの?」

「正確に言うと人殺しは罪なんだ、罪を犯すと警察と呼ばれる組織が来る、彼らに逮捕されてしまうと俺達は研究所に送られてしまう、これは絶対だ」

「……それは嫌」

「そうだね、だから極力人を殺しちゃいけない」

 

 自分で言っておいて何だが、何と物騒な会話か。

 人を殺してはいけない、コレは当たり前の事だ、けれど彼女達はその当たり前を知らない。創作物や本でもご丁寧に『人を殺してはいけません』とは書かれていないのだ。

 殺人に対する忌諱感は人間であれば誰しも本能として持っている。

 けれど彼女達は人工的に創られた生命――その本能が存在しない。故に彼女達にとっては『嫌な奴』=『殺しても良い』の方程式が成り立ちかねない、悛はそれを危惧していた。

 

「具体的にはどの辺りからが能力使用可能なラインなのでしょうか? 刃物で刺されたりとか、金属で殴られたりとか、四肢を切断されたりとか……」

「そのレベルになったらもう遠慮はしなくて良い、全力で能力を使って欲しい」

「じゃあ、殴られたり蹴られたりしたら?」

「……難しい所だけれど、能力を使って良い」

「ん~、睨まれたりとか、罵倒されたらぁ?」

「その程度は我慢かな」

 

 デザインドの難しい所は怪我が早く治ってしまう為に、害を害と思わない点だ。彼女達にとっては腕の一本や二本を捥がれた程度では動じない。悛が腕を捥がれれば大いに動揺する彼女達だが、自分のソレが吹き飛んでも笑って済ませるだろう。

 実際実験で何度となく四肢が吹き飛び、その度生え変わっている。

 

「睨まれるのはセーフで、殴られるのはアウト、腕とか腕が取れるのもアウト……で良いんだよね?」

「え、えっと、はい、そうだと思います」

「あれぇ、じゃあ研究所の管理官とか殺しても良かったのぉ?」

「馬鹿、研究所では自壊装置があったでしょう、アレがある限り管理官を殺せば貴女も死んでいたわ、そもそも状況が違うもの」

「あ、そっかぁ……」

「うん、私、覚えた、完璧」

 

 各々がセーフゾーンとアウトゾーンを記憶し、場面ごとの行動を決める。彼女達にとっては睨まれるのも殴られるのも同じ塩梅なのだろう、現に覚えるのに苦労している。それを眺めていた悛は取り敢えず彼女達が覚え終わるまでゆっくり待つ事にした。

 

「後は俺の足だな……」

 

 悛は互いにあぁでもない、こうでもないと覚え合うデザインド達を横目に自身の足へと手を伸ばす。

 肌触りは金属的で、その表面には光沢があった。能力によって復元された悛の新しい足だ、感覚こそないものの頑丈な義足としての役割を確りと果たしている。

 今の悛は上半身だけ見れば普通の人間で下半身は西洋甲冑の様な足になっている。真っ黒く変色したソレは中々に威圧感を持ち一目でデザインドだと判断できた、一般的にはデザインドという存在は知られていないので、宛ら怪物か半人半妖。

 

 こんな姿を衆目に晒す訳にはいかない、彼女達の白い髪は先天性の病気か何かと偽れば何とかなるだろうが、悛の足はどうしようもない。

 どうにかして隠す必要がある、悛は両手指先で輪っかを作ると徐に足の太さを測った。

 現在悛の下半身は完全に黒い鎧で覆われている、しかし全てが全て覆われているという訳でもなく、本格的に潰れてしまった両足は完全に置き換えられてしまっているが、辛うじて原型をとどめて居た下腹部から股間までは意識すれば黒化を解除する事が出来た。

 ズボンを履けばうまい具合に隠せるだろうかと考える、しかし元々履いていたスーツパンツが無残に裂けているところを見るに通常サイズのズボンでは無理だろう。

 もっとゆったりとした服を着る必要があった。

 

「何だっけ……村で神主さんが良く履いていた奴、アレ、伝統云々って言ってたよな……」

 

 悛は丁度良い衣類を記憶の中から思い浮かべる、故郷の村で特殊な衣服を好んで着ていた老人が居た、代々神社を守っている一族の人だ。まるで長いスカートの様なモノだったが、既に廃れた伝統文化の衣装など悛の脳内には残っていない。

 遠い昔の彼らはソレを『袴』と呼んでいたが、悛の記憶には終ぞ引っ掛からなかった。

 

 随分とゆったりとした服装だったが、今の悛にとっては最適解だ。

 足元が隠れていてパツパツにならずに済む、後は足の甲だがコレは大きめの靴を履けば問題無い、予め大きめの服と靴を研究所から持ち出していたのだ。誰の物かは知らないがどうせ生きてはいまい、有り難く使わせて貰おう。

 

「悛様、他に何か気を付ける事はありますか?」

「うん?」

 

 悛が足を隠す方法に難儀しているとC-34が控え目に問いかけて来た。その表情はどうにも不安気で、初めて踏む外の世界が余程心配らしい。同時に質問する事自体に慣れていないのだと分かった、彼女達は今の今まで質問が許される環境に居なかった故に。

 環境が未だ彼女達の中に根付いている、他のデザインド達も話す口を止めて悛を見ていた。

 

「……そうだな」

 

 悛は足を擦りながら思案する、普通の人にとっての当たり前が彼女達にとっては当たり前じゃない。その差異から来る行動が悛にとっての懸念事項なのだが、しかし悛とて万能の人間ではない。彼女達との付き合いは四年になるが全てを把握しているかと言えば否だ、普通とはつまり意識しないからこそ、その無意識を懸念するには余りにも選択肢が膨大過ぎる。

 

「ごめん、俺も全部分かる訳じゃないから……そうだね、もし何かあったらまず俺に教えて欲しい、出来るなら皆の判断を尊重したい、けれど自分だけじゃ分からないと言う状況に陥った場合は直ぐに頼ってくれ」

 

 結局悛に言えるのはその程度の事、全てを予測出来ると豪語する程悛は自分を買っていない。後手に回る為対応は遅れるだろうが、全てが露見し全員で研究所送りになるよりは良い。

 その言葉を聞きC-34は頷き、周囲で聞き耳を立てていた他の面々も信頼を滲ませる表情で頷いた。

 この先に待ち受ける人々は世界を見せる上での希望であり、同時に絶望にもなり得る。

 

 世界にデザインドの居場所など無い。

 不意に、蓮の口にした言葉が脳裏を過った。

 

「………」

 

 外の世界をデザインドとして過ごした彼女の言葉だ、嘘だと切り捨てるには余りにも重い。しかしだからと言って諦める訳にはいかない、この言葉一つで挫けるのならばそもそも悛は少女達を助けようなどと思わなかった。

 万が一、本当に言葉通りの世界が広がっていたとしても――藤堂悛という男が、彼女達の居場所になれば良いだけの話である。

 

 最初から決めていたんだ、自分と共に居る事が幸せならば彼女達が飽きるまで傍にいよう。

 

 自分を信じて付いて来てくれたデザインド達、世界を見る前に命を散らした四人を含め、悛は彼女達を幸せにしなければならない。

 それが自分の義務であり、また人外になってまで命を拾った意味だと思った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 海面上昇によって村や町は内陸に移され早何十年。

 上陸した海岸には人の姿が見えない、あるのは珊瑚が砕けて出来た砂と流木。時折カモメが鳴いて上空を旋回している、それ以外は何も見えない。

 当たり前だ、ただですら人口が減少していると言うのに好き好んで海岸に居を構えるモノ好きはいない。どうせこの海岸も十年そこらで沈みだす。

 

 悛は海岸の端、丁度切り立った崖の影に隠した脱出艇に向かって手を振った。

 脱出艇の上には近くの藪から草木を調達し、上にこれでもかと言う位被せてある。カモフラージュになるかどうかは微妙だが、元より海に足を運ぶ奴など居ない筈だ。悛の動作を確認したデザインド達は、隠れていた岩陰から恐る恐る出て来る。

 皆薄手のシャツに半ズボンとスカート、各々適当な服を見繕って着用している。そして統一されているのは帽子だけ、麦わら帽子を被るA-04に野球帽のA-013、何とも性格が出るチョイスだ。

 因みに悛は帽子なし、シャツに下はダボダボのワークパンツを履いている。一応足が隠れる唯一のズボンだった。研究員の中に日曜大工でも嗜んでいた奴が居たのかもしれない。

 

「日差し暑いぃ~……」

「確かにコレは堪えるわ」

「す、凄く暑いです……と、溶ける」

 

 額から汗を流し悛の元に駆け寄って来るデザインド達、その表情は苦々し気でC-01に至っては「太陽ぉ砕けろぉ~」と言い出す始末。その姿に悛は苦笑を零し、蒼穹を見上げながら夏を語る。

 

「随分前から地球温暖化だと叫ばれていたからね、今は世界中どこに行っても夏だよ、昔の人が結局何も改善しなかった結果さ、この夏を止める為に二酸化炭素の排出量を制限する規則(ルール)が設けられたんだけれど、各国があろう事か排出量を金で買い始めたんだ、その結果どんどん気温が上がってこのザマ、万年夏の温暖星(地球)ってね」

「……夏、知ってる、暑い」

「そんな事は外に出れば分かるわよ馬鹿!」

 

 悛の目前で口々に夏に不満を零すデザインド達、悛としては馴染みのある熱だ。空調の効いた部屋での仕事に慣れ過ぎた為少々堪えると言えば堪えるのだが、元々悛はこの熱と共に生きて来た人間である。しかしデザインド達にとっては未知の熱なのだろう、実験で行われる熱とは違う――自然が齎す滲む様な暑さだ。

 頑丈なデザインド達である、暑さ程度に負けるとは思わないが不快な事には変わりない、悛は先を急ぐ事を決めた。

 

「良し、じゃあ行こう、人の姿も見当たらないし何とかなると思う、皆荷物は持ったかい?」

「はぁ~い」

「準備は万全よ」

「暑いし、早く日陰に入りたいわ!」

 

 問いかけに対して元気に答えるデザインド、その声を聞き悛は海岸を出発する。目指すは東北第十八ブロック、柏木と呼ばれた村である。デザインド達は研究所から持ち出して来た荷物を背負って歩き出す、先頭は悛で海岸を抜けると草木に覆われたアスファルトの道路を踏み締めた。

 嘗ての繁栄、その残り香。

 裂けたアスファルトの下からは花が生え出ている。

 目前に広がるのは廃棄された旧街、蔦が建物の外壁を覆い、窓ガラスは風化して砂に塗れている。点灯しなくなった信号、錆びた自転車、看板、交差点に聳え立つ木々。窪んだアスファルトに出来た水溜り。

 廃棄されたのは随分前なのだろう、文明がこの街のだけ止まっている。その街の中を歩きながら、デザインド達は初めての見る光景に目を輝かせていた。

 

「この緑色、凄い、植物?」

「ぜ、全部同じに見えますけれど……あっ、この植物綺麗ですね!」

「それは花と言うのよ」

「ハナって、私達の顔についてる鼻ぁ?」

「いえ、それは鼻です、こっちは花ですね」

「………?」

 

 悛の後ろをワイワイ、キャッキャと続くデザインド達。その姿は見ていて何とも心温まる。外の世界を見せてやれていると言う実感が悛の内側から湧いて出た。彼女達は何も知らず、下手をすれば一生あの小さな一室で生涯を終える。

 そんな事にならずに済んで良かったと、悛は一人微笑んだ。

 

「でも何か此処は変な匂いがするわね、海は何て言うか、塩っぽい感じがしたし、この場所は何かしら……何かこう籠った匂いというか……あぁ、もう、何かハッキリしなくて嫌ね!」

「何となく言いたい事は分かるわ、だから隣で叫ばないで、うるさいから」

「草木には匂いがあると聞きました、多分その匂いだと思います」

「こんな植物にも匂いはあるんですね……! わ、私、初めて知りました!」

 

 廃棄された街には様々な物が有る、それらは全て彼女達にとって初めて見るモノ。テレビや本の中ではない、本当の目で見た実物だ。悛にとっては何でもないモノであっても彼女達にとっては叫ぶに足る発見である。

 

「……この白いの、何?」

「これは、えっと……兎、でしょうか?」

「おぉお~、かっわいぃ~」

「随分小さいわね?」

 

 捨てられた街には人の代わりに動物が住み込む、人の数が減少した結果野生動物の数が増加した。人の生活圏が狭まった事により動物たちの生活圏が広がったのだ、故にこうして動物たちが姿を見せる事がある。

 デザインド達は初めて見る小動物に感動の声を上げる。

 感動に震え声を上げるのは悪い事ではない、悪い事ではないのだが――

 

「……あぁ、うん、まぁ、だよね」

 

 悛は不意に足を止め呟いた。

 先頭を歩いていた悛が止まった為、後続のデザインド達も足を止める。皆が首を傾げ、何か障害物でもあったのかと前方を覗き見た。

 そして見えるは茶色の壁、ギラリと鋭い眼光を向ける巨躯、四肢を地面に着け鼻息荒く興奮している。

 

「ん~、あれも兎ぃ? おっきいねぇ」

「でも茶色いわね、何でかしら?」

「た、多分違うんじゃ……」

「兎、違う」

「アレは熊よ、バカ」

 

 右からC-01、A-013、B-09、A-04、B-21の言葉である。

 街の中心をワイワイガヤガヤと、まぁ声高らかに話ながら歩いてれば位置が割れる。本来ならば音を立てれば逃げるのが野生動物、しかし縄張り意識の強い獰猛な熊には逆効果になったようだ。銃を持つ人が去った為に生態系の王者が彼にすり替わったのだろう、全く人間を恐れている様子が見えない。ある程度足の扱いに慣れて来た悛であるが、熊と競争して勝てる気はしなかった。

 

「やっぱり持って来て正解だったか……」

 

 悛はそう言って腰のポーチから拳銃を抜き出す、研究所を抜け出す時に持ち込んだモノだ。本来なら粒子銃を持ってこようかと思ったのだが、重い上に嵩張るし、そんな物騒な物を持ち歩いている時に現地人と接触したら最悪の展開になる。

 故に悛は考えを巡らせ、小型の拳銃だけを持ち込んでいた。弾倉は三つと計四十六発、これだけあれば十分だろう。

 取り敢えず体の何処かに当たれば逃げ出すか、そう考えて拳銃の安全装置を弾いた悛だが、背後からシャツを引かれて振り向く。

 

「悛、アレ、絶対襲って来る」

「わ、私もそう思います……」

「こういう場合ってどうなるのよ? 反撃しても良いの?」

 

 A-04、B-09、A-013の三人がやる気満々で問いかけて来る。明らかに攻撃して良いだろうという目だ、しかし先に悛へと確認してきた辺り約束は覚えているのだろう。

 先に設けていた条件からすれば今の状況は攻撃可能案件に合致する。目の前の熊は明らかに敵意を持っているし、相手は獣だ。これが人間であった場合は我慢案件だが、獣相手に話し合いなど不可能。

 しかし、だからと言って誰の目があるかも分からない場所で能力を使うのは拙い、やはり此処は拳銃で――

 

 そう口にしようとした悛はしかし、目前の熊が問答無用で駆け出した事により即時対応を余儀なくされた。熊は時速六十キロで駆ける俊敏な獣、あっと言う間に距離を詰められ、悛は慌てて拳銃を構える。

 直線状で最も近い位置に居る悛、このまま突き進めば最初に襲われるのは明白。それを見過ごす事が出来ない人物が後ろにごまんと居る。

 結果、悛が引き金を絞るよりも早く剣呑な目をしたデザインド達が問答無用で前に飛び出した。

 

「悛には近付かせないわよ!」

「あ、危ないのは駄目です!」

 

 最初にB-09が最小の動作で空気を圧縮、それを放つ事により熊の顔面が弾けた。まるで見えない壁にぶつかった様に急停止する巨躯、次いでA-013の背中が異様に盛り上がり幾つもの手が生え出る。能力である【千手】、万能をテーマに設計されたソレはどこまでも伸び、同時にA-04には劣るモノの成人男性と比較して何十倍もの力を持つ。

 それらが一斉に熊に殺到し、上からその巨躯を地面に叩きつけた。肉を打つ音と共にアスファルトへと押し付けられた熊は呻きながらもがくものの、無数の手によって抑えつけられた体はビクともしない。そうこうしている内にビキビキと腕が硬化し、そのまま熊を押し留める釘となる。

 

「悛を襲う悪い奴はぁ~こうだッ!」

 

 トドメはC-01、右手を大きく引き絞るや否や凄まじい速度で振り抜く。その指先からドロリと液状化し、黒色の液体が槍となって熊を貫いた。眉間から背中まで突き抜けたソレは、ジュウッ! という音を立てて熊の体を溶かし出す。

 悛にとっては一瞬の出来事だった、気付いた時には熊の体が溶け堕ち、中央からベッコリと凹んで内臓が零れ落ちる。電磁複合装甲ですら二秒足らずで溶かし落とす絶対溶解液、C-01が腕を引き戻し小さく手を払うと、雫が飛び散ってジュッ!と音を立てた。

 

「ちょっ、危ないッ! C-01、アンタ気を付けなさいよ!」

「こっちに飛ばさないで貰える?」

「わぁっ、ごめん~!」

 

 雫一滴でも皮膚と筋肉を溶かすには十分、その雫を飛ばされたデザインドが飛びずさりながら非難する。悛は使いどころを失った拳銃を見つめ、溜息と共に安全装置を再び弾いた。

 本来なら悛が処理すべき事だったのだろうが、如何せん射撃の経験が少なすぎる。咄嗟に引き金を引けない己を悛は恥じた。

 

「すまない、俺が最初に撃っておくべきだったな……」

「気にする必要、無い」

「そ、そうですよ! アレ、どう見ても話が出来る様子じゃなかったですし……!」

 

 しかし蒸気を吹き上げながら死臭を振りまく熊を放置するのは良くない、悛はC-01に頼んで熊を完全に溶かしてしまう様に指示した。後はB-09の能力で証拠隠滅を図り、熊の死骸は誰の目にも留まる事が無くなる。

 能力を使用した痕跡は可能な限り隠滅する、悛は外の世界でソレを徹底する事にしていた。

 

「でも凄いねぇ、兎って足がとっても速いんだぁ」

「だからアレは熊だって言っているでしょう」

「まぁ千手を使ったら私の方が速いけどね!」

「野生の動物は初めて見ましたが……狂暴なのですね」

「アレは特殊、だと……思う」

 

 初めての野生動物、飛び出して来た熊には悪いがコレも自然の驚異を知る良い機会となった。悛は頬を軽く叩いて気を引き締めると、未だ浮足立つデザインド達に告げる。

 

「都会ではあり得ないけれど、今から俺達が向かう場所は辺境も辺境だ、今みたいな野生動物が沢山居る、無害な動物も多いだろうけれど、逆に狂暴な動物も居るかもしれない、万が一の際は注意してくれ、能力を使用したら極力隠滅を図る様に」

「分かった」

「はい」

「りょ、了解です」

 

 悛の言葉に各々が了承を口にする、悛の事になると目の色を変えるデザインド達であるがそれ以外は極力約束を遵守しようと努力している。極力危険は避けるべきだろう、彼女達は大丈夫でも、自分に何かあれば暴走しかねない。

 悛は自分の指先を見つめると、不意にピシリと皮一枚分の硬化を行った。

 因子を取り出して発揮されるそれは、任意の場所ならば一部分だけ瞬時に硬化させる事が出来る。脱出艇の中で気付いた事実だ、因みに全身を覆う場合は移植された下腹部から徐々に進めるしかない。

 

 やはり自分の身を守る為にも、能力を使いこなすべきだろうか?

 

 悛はそう考える、元より望んで得た力ではないが自分に何かあればデザインド達の居場所がなくなってしまう。それは最悪の結末だ、研究所に居た頃は逃がせさえすれば良いと考えていたが、今の悛はその先を見据えて行動していた。

 

 そんな事を考えていると、不意に「あぁー!」とA-013が声を上げた。

 突然の叫びに悛は驚き、周囲のデザインドも何だ何だとA-013を見る。

 

「ちょっと見てよ悛、私の服が、私の服に穴がーっ!」

「貴女がさっき能力を使ったからでしょう、少し考えれば分かるじゃない」

「自業自得」

「わぁ、綺麗に穴が空いてますね」

 

 悛に駆け寄って来たA-013が焦燥した表情で背中を見せる、見れば腕を生やした部分が破けてしまったのだろう、幾つもの丸形の穴がA-013の背に空いていた。服には予備がある、しかし無限にある訳ではない。

 能力によっては服が駄目になってしまう、悛は苦笑を零しながら、「じゃあ次の休憩で着替えよう、それまで少し我慢してくれ」と告げる。涙ぐんだ瞳で、「ぅあ~」と呻くA-013、どうやら相当お気に入りの服だったらしい。

 

「ぬ、縫えばまだ着れるかしら……」

「裁縫道具が無いから無理ね、ついでに技術も」

「わ、私、そういう事は経験が無いので……」

「女子力皆無」

「じょしりょく、って何ぃ?」

「きっと戦闘能力の事ですわ」

 

 彼女が着ている服は薄い水色、裁縫道具があっても布を充てなければ無理な大きさの穴だ。悛は涙目のA-013を慰めながら、「こういう事も考えられるから能力の使用は慎重にね」と言葉を零す。

 返って来た返事は先程より大きく、ハッキリしていた。

 

 

 

 





 投稿は二日、三日に一回を心掛けています。
 最初の頃は三千時を毎日とかの方が良いかな、と思っていたのですが、やはりキリの良いところで終わらせたいと言う欲が……。
 
 今回はなるべくポンポンと話を進められるよう、削れる部分は大分削りました。
 付け足すのは兎も角、削る作業は何か新鮮で楽しかったです(小並感)
 感想、返信の方が滞っていますが目を通させて頂いています。
 いつもありがとうございます。

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