我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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ただ、目の前の笑顔を求めた

 散々あの子たちの体に鉛弾を撃ち込んだ癖に、人間は脆くも簡単に死ぬ。

 

 初めて人を殺したにしては大して何も思う事が無かった、或は感情の振れ幅が大きすぎて実感が湧かないだけなのかもしれない。

 丁度銃口から放たれた弾丸が頭蓋を貫き、脳髄を撒き散らす光景が網膜に焼き付いて離れなかった。人を殺すという行為は何か、視覚的な快感を伴う。

 自分の中にある憎しみや怒り、フラストレーションが引き金を引き絞り、爆発的な燃料となって標的を撃ち貫く。それは独り善がりな行為ではなく丁度相手が居て成り立つ行為であり、しかし悛はその燃料に足る何かを完全には自覚できず呆然とした。

 

 己の引き金に掛かる燃料は彼女達を守らなければならないと言う義務感だろうか、けれど悛にとってはソレがまるで殺人を正当化しているみたいで、嫌だと思った。

 

「あ、悛……さんっ」

 

 感傷に浸っていた悛は、自分を呼ぶ少女の声に振り向いた。廊下の角からひょっこりと顔を覗かせ、肩を震わせながら涙を浮かべる小さな女の子――B-09

 

 他のデザインドと同じ白い髪を短く切り揃え、雪の様な肌を持つ少女だ。

 臆病で引っ込み思案な彼女は悛を見つけ名を呼ぶものの、此方に近寄って来る気配はない。管理室に遊びに行くと真っ先に近寄って来る彼女、何故此方に来ないのか、そう思って自分を見下ろせば己が座すのは屍の上。血に塗れた足元は誰でも近寄りたくないだろう、悛が僅かに動くと赤色に波紋が広がった。

 

「あぁ……」

 

 悛は納得し、血だまりの上を歩いてB-09の元へと急いだ。カン、カン、と甲高い音が廊下に響く。歩き難いが、彼女の前でそんな無様を晒す訳にもいかない。悛は努めて冷静に振る舞い、人を殺した直後だと言うのに微笑んで見せた。

 正直な事を言うと、今でも手が震えている。

 その震えが何から来るものなのか分からなくて、悛は後ろに手を隠した。

 

「ありがとう、助かったよ」

「い、いえ、その、私も……う、上手く出来なくて、ごめんなさい」

 

 悛が彼女の前に立つと、おずおずと角から出て来て頭を下げる。上手く出来なかったと言うのは恐らく殺しの事だろう、そんな事を謝る必要はない。寧ろ彼女に不快な思いをさせて悪かったと謝るべきは己だと思った。

 自分の震えた手を掴んで思う、人殺しなんてやらずに済むならその方が良い。

 

「いや、悪いのは俺だ、済まなかった――しかし、まだ研究所に留まっているなんて、てっきり皆は脱出したものだとばかり……」

「それは、えっと、その、色々あって――あ、あの、それより悛さん、足は大丈夫なんですか?」

 

 B-09は慌てたようにそう口にし、悛の足を凝視する。見た目は完全に体と融合した能力だが、その実何とも言い難い。悛は足をコンコンと叩くと、「まぁ何とか」と苦笑を浮かべた。

 

「コレを付けてくれたのはA-04だろうか?」

「えー…ぜろふぉー……えっと、多分そうです、あの凄い力持ちの子と、手が一杯の……」

「A-013とA-04の二人か、どちらにせよ生き延びられたなら僥倖だ」

 

 悛は胸の内で二人に感謝を述べる、あの場で終わった命をデザインド化とは言え繋いでくれたのだ。感謝する理由こそあるが、文句を言う立場にはない。当面は仮初の足に慣れる事から始めなければならないだろう、頬を叩いて気合を入れる。

 

「えっと、それで、今は蓮さんって人の指示で、その、侵入してきた人を倒していました……」

「蓮――聞いた事が無い名前だ」

「第二収容所のデザインドだって言っていましたけれど、多分、本当です……髪も白いですし、能力もありました」

 

 B-09の言葉を聞きながら悛は頷く。

 成程、このレガリスに攻め込んで来た一人だろう。何故この研究所に留まっているかは知らないが、デザインドに指示を出して増援を狩っていたらしい。このB-09に戦い方を教えたのも彼女かもしれない、昨日までのB-09であれば此処まで上手く能力を使えなかった。

 良くも悪くも彼女達は被検体――能力で人を殺した事など無かったのだから。

 

「今、その蓮という奴の場所に連れて行って貰う事は可能かな?」

「はい、丁度私もこの部隊で終わりですし……第一会議室を集合場所として使っています、多分、仕事が終わった人は其処に」

「良し、じゃあ行こうB-09――それと出来れば、肩を貸して欲しい」

「は、はい! どうぞ、幾らでも!」

 

 悛は苦笑を零しながらB-09に縋る。

 足元の血だまり。

 無様な姿は晒せないが、血塗れになるよりはマシだと思った。

 

 

 

 第一会議室はレガリスの中で最も大きく、多目的フロアとも言える部屋だ。何らかの招集で全所員が集まる場合も此処になる、故に懐かしき連邦学校の体育館並の大きさがあった。悛とB-09が扉の前に辿り着くと、僅かにだが少女達の声が聞こえる。どうやら全員此処に集まっているらしい。

 

「……行くか」

「は、はい」

 

 B-09の肩を借りて歩く悛は、小さく息を吸い込んで扉をノックする。すると中の声は形を潜め、ドアノブに手を掛けるとゆっくり押し開けた。

 中には乱雑に積み重ねられた椅子に端に寄せられたテーブル、その中心に見覚えのある顔と無い顔が一堂に会していた。

 人数は八人。

 見覚えのない顔が三人と、ある顔が五人――悛は最初に感じた、『少ない』と。

 

「あ、悛ッ!」

「起きた?」

 

 A-013とA-04は真っ先に反応し、慌てて立ち上がって悛の元へと駆け寄って来る。その勢いに驚いたのかB-09が肩を震わせて悛の後ろに隠れた。駆け寄って来る二人の突進を辛うじて受け止め、悛は苦笑する。

 今の一撃、下手をするとB-09諸共地面に転がる羽目になるところだった。今の両足では少女の突進すら辛い物が有る。勿論、そんな事は微塵も悟らせはしないが。

 その背後から残った三人が駆けて来て、悛を心配そうに見上げる。

 

「何をしていたんですか貴方は、遅いです」

「あ、悛ぁ~、良かったぁー!」

「悛様? 悛様ですか? 良かった、ご無事だったのですね……!」

 

 それぞれ階層の異なるデザインド達。

 蔑む様な目を向けつつその実、つぶさに悛を観察している『B-21』

 涙を流しながら大口を開け全身で喜びを表現する『C-01』

 悛の存在を聞き、そっと胸を撫で下ろす『C-34』

 

 全員悛が健康管理官として接して来た少女達だ、同じ白い髪、白い肌、悛は彼女達の無事を心から喜び、同時に一つの疑問を抱いた。

 悛が担当した少女達は――これで全員ではない。

 

「すまない、皆、迷惑を掛けた……それで――残りの四人は、何処かな?」

 

 悛がそう問いかけると、B-09を含めた全員が俯き顔を逸らしてしまった。

 悛が担当していたのは十人、『D』と『F』の階層デザインドが居ない、この場に居るのは六人だけだ。

 

「残りは死んだ、アタシ等が来る前にな」

 

 答えたのは少女達の背後に佇んでいた女性の一人、デザインドの白を持ち乱雑に髪を搔きながら言った。

 

「……貴女は」

「第二収容所デザインド、個体番号は『D-06』、今は蓮って名乗ってるよ、と言うか一回遭っただろうが」

 

 そう面倒そうに吐き捨てられ、悛は思い出す。彼女の顔立ちに少しだけ見覚えがあった、擦れた記憶だが自分が死ぬ間際――というかその原因を作った女性だ。その事に気付いた悛は何か怒りの様な感情を覚えたが、それがお門違いである事は理解している。

 そもそも彼女達からすれば、自分も此処の連中と同じ穴の狢なのだから。

 

「そっか……彼女達は」

 

 悛は拳を握って後悔の念を抱く、元より全員助けられると確信する程楽観主義でもない。誰か一人は、或は二人、脱走する最中命を落としてしまうかもしれないと思った。けれど実際に命を落としたのは四人、悛にとっては余りにも重い命だ。

 四年、言葉にすれば短いが悛の中では重い時間、気を抜くと涙を流してしまいそうだった。しかし彼女達の前で泣き喚くなど、そんな姿は見せられない。

 悔しさから唇を噛み俯くと、それを見ていたD-06――蓮が鼻を鳴らす。

 

「ソイツ等から話は聞いてる、(管理室)から逃がしたのはアンタなんだってな、健康管理官――アタシ等の研究所には無かった役職だ、四年も続けたんだって? 情でも沸いたのか、出来損ない(デザインドもどき)

「……情なら最初から持っているよ、そうでなきゃ命懸けでこんな事はしない」

「ハッ、お優しい事で、まるで聖人君子だ、それでどうだい、四人死んだ気分は?」

「―――」

 

 まるで悪意を隠さない口調、悛はそんな彼女を見ていて沸々と制御し難い激情が湧き上がって来るのを感じた。

 

 それは何と言えば良いだろうか。

 無責任な事だと理解しているが、恥知らずだとは分かっているが。

 もっと彼女が早く到着してくれればとか、尽力してくれればとか、そんな責任転嫁に近い感情を悛は覚える。この際、自分を殺しかけた事には目を瞑ろう。

 自分に力が在れば良かった、或は天才的な策を閃く頭脳があれば良かった。そんな凡愚な俺が、平凡な己が、無い知恵を振り絞ってなけなしの勇気で成し遂げた結果がこれなのだ。

 

 全てを絞り尽くしてコレ(この結果)なのだ。

 

 それを何だ、彼女は。

 まるでデザインド(同胞)の死に悲しまず、人の善意を、例え愚考だとしても(あげつら)って。

 

「――何だよ」

 

 悛は端的に言って、気に入らなかった。

 

 ピシリ、と悛の足元から殻が破れる様な音が響く。それに気付いたのはB-09を始めとする近くにいた少女だった。悛の黒い両足が罅割れ、ヘソから伸びていた筋繊維が僅かに蠢く。本人はその変化に気付く事無く、ただ一人、蓮だけを見つめていた。

 

「死んだんだよ、仲間が、同胞が、君達と同じデザインドが、それで何でそんな平然と……何故そんな人に悪意をぶつける様な言葉を吐くんだ」

同胞(同じ存在)だが仲間じゃねぇ、デザインドが無条件で仲間意識でも持っていると思ってんのかお前――ンな訳ねぇだろ、コイツ等を助けたのは『ついで』に過ぎねぇ、アタシ等の目的は別にある」

「目的……?」

「復讐だよ」

 

 蓮がそう言うと、彼女の両肩が不気味に蠢いた。

 同時に両脇に佇んでいたそれぞれ別の第二収容所のデザインドが鋭い視線で悛を射抜く、その二人も同じ目的を持っているという事だろう。悛は三人を視界に収めながらデザインド達を自分の背に隠した。

 

「アタシの体を好き放題掻っ捌いて、抉って、刺して、焼いて凍らせて楽しんでいた研究者(世界のゴミクズ)をぶち殺してやるのさ、いつか読んだ本にも書いてあった、『目には目を歯には歯を』――散々好き勝手やってくれたんだ、だったら同じ分やり返さなきゃ駄目だろ、腹を掻っ捌かれたら、お返しに掻っ捌く、抉られたら抉り返す、単純な話だ、馬鹿にも分かる、そうだろう?」

「………」

 

 それは当然と言えば当然で、誰も味方など居ない場所で延々と苦しめられてきた彼女達が出す結論としては、至極真っ当に思えた。

 散々好き放題やって来た連中に対する仕返し、成程、悛がもし同じ境遇に在ったら理不尽な環境に涙し怒り同じ事をするかもしれない。いや、もしくは失意に沈み全てを諦めるか。

 ある意味、こうしてぶっ殺してやると豪語し行動出来るだけ彼女達の精神は強靭なのだ。悛には持ち得ない強さだ、その行動は正当なものであり止める術を持たない。

 

「成程、良く、分かったよ」

 

 しかし。

 それが他の四人を助けられなかった理由になるのならば。

 悛は認められない。

 

 自分の事を棚に上げて、勝手に期待して、裏切られたらこれだ、理不尽だ、我儘だと己は罵られて然るべきだ。

 けれど、だとしても。

 悔いずにはいられない。

 

 あぁ、過去の己よ。

 こいつらに希望を持ったのは間違いだったぞ。

 人の心を忘れた怪物など最早人間足り得ない。

 故に、故にこの女達は――。

 

 

 

「なら、お前達は敵だ」

 

 

 

 悛は告げ、思い切り目の前の三人を睨みつける。

 今なら分かる、この女どもが何故この研究所から退去しなかったのか。単純に狩りを楽しんでいるのだ、増援として派遣される部隊を一方的に殺して。

 蓮は悛の言葉に一瞬驚いた様な顔をして、それからニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。少女達を守ると豪語し、しかし何の力も持たなった人間に何が出来ると。

 

「ハッ、デザインド化しても所詮研究者(ゴミクズ)かよ、良いぜ、ぶっ殺してやるよ、どうせ安っぽい正義感から起こした行動だろう? その安価(チープ)な正義感に満足して死ねば良い」

「正義なんて安い言葉で俺を指すなッ!」

 

 埋め込まれたBT臓器から凄まじい数の筋繊維が伸び始める、その勢いに後ろに立っていた少女たちは顔を青くし、「駄目、悛!」、「悛さん!」と焦燥の声を上げた。

 しかし悛は止まらない、止まれない。

 これは彼女達を信じた己のケジメなのだ、何故もっと早く気付かなかったのか。道徳を説く人間が居なければ無垢な精神など何処にでも転ぶ。それが反転し憎しみに歪む事だってある、寧ろ当然の帰結だ。

 故にこれは考えの足りなかった己の失態。

 

 こんな連中に彼女達を任せられるか、復讐の道具として扱われるのが目に見えている。その未来はこの研究所と何が違う? そんな暴挙を見過ごす程、この藤堂悛は腐ってなどいない。

 

「蓮、余り無茶な事は――」

「ユーリカ、黙ってろ、これはアタシの喧嘩だ、明も手を出すなよ」

「んー……うん、まぁ面倒だしねぇ、あとは任せるよ~」

 

 両脇のデザインド――ユーリカと明と呼ばれた二人は、蓮の言葉に引き下がる。どうやら三人で食って掛かって来る訳ではないらしい、どちらにせよ相手はデザインドなのだ、一人だけでも手に余る。

 蓮は悛の目の前に立つと、これ見よがしに両手を広げて戦闘姿勢を見せつけた。

 

「そら新人君、成り損ない程度でも能力は使えんだろ? そこの二人がBT臓器を移植したからな、まさか適合するとは驚いたが……所詮素体はジャンク(人間)だ、アタシの一発でぶっ壊れちまうかもな?」

「――お前達の境遇には同情しよう、だが彼女達は巻き込むな、俺はただ何もなく、有り触れた幸せを享受して欲しいだけだ」

「あん? 随分と無茶言うじゃねぇか、普通の幸せなんざこの体に生まれた時点で掴めねぇよ、アタシ等の生き甲斐って言えば」

 

 蓮は両肩から筋繊維が溢れ出し、一瞬で細長い何かを作り出した。形状から用途が分かる、それはまるで銃身の様で。

 

「管理官の死に顔を拝む事だろう?」

 

 ズドンッ! と重々しい発射音、何を放ったのかは分からなかった、気付いた時には既に己に向かって硬い何かが飛来、腹部に直撃した。辛うじて筋繊維の上に着弾したソレはキュルキュルと高速回転し奥へ奥へと減り込んで来る。

 衝撃が背骨を直撃し、一瞬体が上と下に裂かれたのかと錯覚してしまう。しかし後方に退く事は出来ない、後ろには守るべき存在が居るのだ。

 

「グ、ッぉ!?」

 

 悛の黒い足がその場で踏ん張る、限界を超えて耐える。

 やがて放たれたソレは徐々に回転を止めて、最後には金属音と共に地面へと落ちる。カランと音を立てて転がったソレは、悛の足と同じ黒い材質で出来たナニカ。恐らくこれもBT臓器の因子によって作られたものだろう。直撃を受けた部分は赤く発熱しシュウと蒸気を上げていた、一体どれだけの回転数を誇っていたのか。

 生身で食らったら最悪腹をぶち抜かれていた。

 悛は罅割れ発熱した腹部を見てそう思った。

 

「あ、悛さんっ! 大丈夫ですか!?」

「ッ、あの女――」

 

 B-09が悛の負傷を心配し、B-21は鋭い視線を蓮に投げる。幸い怪我はない、着弾したのは筋繊維の上だ。まるで鎧の様に張り付いた黒色が弾丸から悛を守って見せた。

 もしかしたら、己の能力はコレなのかもしれない。

 恩師が攻撃されたという事実に殺気を滲ませる少女達を手で制しながら、悛は告げる。

 

「……下がってくれ、向こうも言ったがこれは、俺の『喧嘩』なんだ」

 

 一番先頭に立って戦闘態勢に入っていたB-21は悛の顔を見上げ不満を隠そうとしない、しかし彼の覚悟を感じ取ったのだろう。彼女は発動させようとした腕のソレを収縮させ、口をへの字に曲げて引き下がる。悛のシャツをきゅっと握ると、小さく呟いた。

 

「……次、危なくなったら手を出すわ」

「ごめん」

 

 彼女なりの優しさ、或は妥協点。

 少なくとも彼女達は自分に味方してくれている、それが堪らなく嬉しかった。

 蓮はそんなやり取りを目にしながら、余裕の表情で肩に生え出た銃身を撫でる。

 

「今のはほんの挨拶代わりだ、(連邦)の部隊は取り敢えず全部片してある、騒ごうが歌おうが絶叫しようが問題ねぇ、こんな一撃で戦意喪失してくれんなよ?」

「当たり前だ……!」

 

 悛は大きく眉間に皴を寄せ、己の体に語り掛ける。

 不本意だがこの体は既に人間の物から逸脱している、研究する側からされる側へ。悛はBT臓器を埋め込まれ恐らく世界唯一の男性型デザインドへと変貌した、成人男性にBT臓器を埋め込んでデザインド化した事例は存在しない。

 

 悛が持つのはデザインされた能力ではなく、完全に因子任せのランダム。要するにどんな能力を発現したのか不明、最悪伸びもせず、怪力も発揮せず、ただ普通の腕が一本生えただけ――なんて結果もあり得た。

 

 何でも良い、元より過ぎた力なのだ、多少足しになれば文句は言わない、だから頼む――何でも良いから出て来てくれ。

 

 悛が祈りBT臓器の移植された下腹部を叩く。

 するとミチミチと唸りを上げた筋繊維が蠢き、悛の上半身を一気に覆い始めた。最初は悛自身が驚いたが、筋繊維は決して意思に反しない。能力を発動する為の準備だ、それを見た蓮は、「くはっ」と笑みを浮かべる。

 元人間の悪足掻き、一体何をするのか見物だと。

 

「なら、少し強めにぶっ放す――ほら、気張って防がねぇと簡単に死ぬぞ!」

 

 蒸気を吹き上げ、肩に生み出した銃身に再び何かを装填する蓮。その動作を見て、悛は肩まで覆った筋繊維を黒く固めた。BT臓器はまるで三本目の腕に近い、己の意思によってある程度動かす事は可能だが、動かせるだけでどう動かそうとか、どんな風に動かせば良い等が全く分からない。

 我武者羅に走った筋繊維、鎧の如く固まったそれを以て弾丸を防ぐ、それしかない。

 

 ズン! と蓮の足元が陥没し、凄まじい勢いで弾丸が――否、砲弾が飛来し悛の腹部に着弾した。宛ら戦車砲の様なソレは寸分たがわず黒く硬質化した筋繊維に激突、悛の内臓と骨がビキリと悲鳴を上げる。

 体が数センチ背後にズレるのを自覚し、しかし両足から射出された(バンカー)の様な物が悛の後退を阻止した。ぐんっ、と体がその場に固定され問答無用で耐え切る。

 

 パキン! と腹部を中心に硬質化した筋繊維が罅割れるが、回転し凄まじい勢いで飛来した砲弾を悛は見事に受け止めて見せた。ゴトン、と先程より大きい弾が転がり、悛は大きく息を吐き出す。

 流石に完全に受け止められるとは思っていなかったのか、蓮も驚愕の表情で「マジか……」と呟いた。

 

「っ、はっ、どうだ、ざまぁみろ」

 

 悛は脂汗を流しながら笑みを浮かべる、気を抜くと吐きそうになるが必死に堪えた。今はただ自身の一撃を完全に防がれ驚く蓮の表情が心地良い。自分の腹を見下ろせばベッコリと凹んだ部分が新たな筋繊維によって瞬く間に補修されていく、本人の意思とは無関係にだ。食らった時は半ば死を覚悟したが――デザインドの能力と言う奴は予想以上に頑丈らしい。

 

「何そのデザイン能力、真正面から蓮の攻撃を防ぐとか……衝撃吸収、とはちょっと違うよねぇ?」

「どちらかと言うと『硬質化』かしら、蓮の『単独砲撃』に耐え切ったのだし、もしかしたら両方の性質を持ち合わせているかもしれないわね」

「防御特化じゃん、めっずらし~」

 

 蓮の背後に控えていた二人が悛の能力を目にし、驚きを露にする。

 どうやらデザインド能力で防御特化なのは珍しいらしい、悛は己の体を見下ろしながら思考する。今や硬化した筋繊維は首元辺りまで覆い隠し、宛ら本物の鎧の様な恰好となった。

 

 少なくともB-09やA-04、A-013と言った少女達と比較すると攻撃寄りとは言い難いだろう。これが己の持つデザイン能力、余り実感はわかなかった。そもそも自分がデザインドだと言う事すら上手く呑み込めないと言うのに。その上能力だ何だと言われても、悛の感情処理が追い付かない。しかし何故防御特化なのか、その理由は薄々感じていた。悛が一度死にかけた事に関係するのだろう、因子が読み取ったのかは知らないが、悛が求めるのは傷つける力ではない、守る力だ。

 要するに悛は死にたくないし、少女達を死なせたくもない。

 

「何ともまぁ、偽善者らしい能力じゃねぇかよ、えぇ? 亀みたいに籠って硬くなるだけか」

 

 悛の能力に攻撃を防がれた蓮は先程の表情から一転、つまらなそうに顔を顰める。

 しかし悛の余裕は崩れない、元より目の前の女に認められたくて能力を得た訳でもない。悛は両の拳を打ち鳴らし、自身の目前で構えた。見様見真似で覚えた防御姿勢だ、亀のように固くなるだけと連は言ったが悛からすればそれで十二分。

 デザインドの攻撃を防げるだけの硬度があるならば『それだけ』とは言えまい。

 

 悛は己が恐ろしく頑丈で頼もしい盾を手に入れた気分になった。

 凄まじい鋭さを誇る剣よりも、何物も受け付けない盾の方が悛は好ましいと思う。

 

「余りアタシの砲撃を見くびるなよ――!」

 

 悛が両腕を前に突き出し、亀のように体を丸めたからだろう。蓮はそのまま嬲り殺してやるとばかりに銃身へと砲弾を装填、ズン! と砲撃を開始する。悛は背後の少女達に命中しない様身を盾にしながら、あろう事かそのまま真っ直ぐ駆け出した。

 放たれた砲弾が盾とした腕に着弾し、ギャリギャリと火花を散らしながら悛の腕が弾き飛ばされる。同時に砲弾も軌道を逸らされ斜め後ろの天井目掛けて轟音を鳴らした。

 

 さしもの蓮さえ、その度胸に度肝を抜かれる。

 蓮の砲撃は本来、生身で食らえば腹をぶち抜いて余りある威力を秘めている。それは如何にデザインドの能力を持っているとはいえ到底無視できる威力――痛みではない。

 そもそもデザインド同士の戦闘など本来想定されていないのだ、デザインドを保有するのは連邦のみであり同族同士での戦闘経験など皆無。

 故に連は僅かに怯む。

 己の砲撃を喰らいながら平然と迫る奴など今まで一人として存在しなかったから。

 

「この――」

 

 蓮は続けざまに二発、迫り来る悛に向けって砲弾を放った。一発は悛の顔面に、もう一発は悛の腹部に、そのまま死んでも構わないと言う軌道。しかし頭部に向かった砲弾は腕に逸らされ、腹部の物は爆音と共に着弾するものの、僅かな間その場に足を縫い付ける程度の効果しかなかった。

 見れば悛の硬質化した筋繊維は破壊された傍から高速で修復されている、まるで映像の逆再生を見せられている気分だった、何と質の悪い、硬い上に治りが早いなど。

 

「っ、ふ、ぐ」

 

 しかし悛とて無傷で全てを受け切っている訳ではない、まるで全力で腹を蹴り飛ばされた衝撃に痛み、それを唇を噛み千切って耐える。本来ならば腹部に風穴を空けるソレがその程度で済んでいるのは僥倖だろう、だが幾ら痛みの質が下がろうと根本的には変わりない。

 

 悛はなりふり構わず突進し、兎に角蓮との距離を詰める。

 元から悛に喧嘩のスキル、技能など無い、この研究所に来るまで元々争いを好まず穏やかに生きていた男だ。故に作戦は単純明快。

 近付いて、殴る。

 

「ッ、おォ、おォおお!」

 

 無論、それは恐ろしいし、怖い、死ぬ程怖い。

 目で追えない金属の塊が凄まじい勢いで飛んでくる、それは自分の腹や腕、顔面目掛けて直進し防げなければ簡単に死んでしまう。そんな状態を恐れない人間など、感覚の麻痺した人造人間か、恐怖を母の腹に置いて来た不感症野郎だろう。

 

 恐ろしい、恐ろしくて目を背けたい、恐怖から何か狂った事をしたくなる。このまま頭部を庇っている腕を下げるとか、足を止めて無抵抗状態を見せるとか。そんな事をすれば死んでしまうと理解しているのだが、この迫り来る恐怖感から逃れる術を無意識の内に並べていた。

 

 一秒一秒が己との勝負。

 そして蓮にとっては己では無く、相手との勝負。

 

 七発目の砲弾が悛の腕を弾いた時、彼我の距離はほんの数歩の距離まで迫っていた。蓮が舌打ちを零し、至近距離からの砲撃を敢行する。先程とは異なり、殆ど加速距離がない。しかし威力が今までとは段違いで、手を抜かれていたのだと悛は理解した。

 放たれた砲弾は閃光を伴い、悛の突き出していた左腕に着弾、まるで紙の盾だと言わんばかりに弾き飛ばす。腕を覆っていた筋繊維が一気に崩壊、剥がれ、悛は上半身が大きく逸れた。

 見れば弾かれた左腕は複雑に折れ曲がり、骨が皮膚を突き破って血が滴っている。悛の戦闘を心配そうに見守っていたデザインド達が悲鳴を上げた。

 

 

 これまでだ、皆がそう思った。

 これ以上やったら死んでしまう。

 

 

 全員が悛を助け出そうと動き出し、BT臓器が奇妙な唸りを上げる。恩師の危機に全員の能力が一瞬で発動し、近距離組は躊躇うことなく悛の方へと飛び出した。

 

 それは蓮も同じ――防御を貫かれ、腕をへし折られたからには戦意を失うだろうと、そう踏んでいた。

 

 元よりこの蓮という女性、口で言う程悛を嫌ってはいない。

 出会いこそ最悪であったが、これまでの彼の行動は全て第三号のデザインド達に聞き及んでいた。赴任してから四年間毎日欠かさずデザインド達と逢い、平日は検診に(かこつ)けて菓子を手渡していたという。何の娯楽も持っていなかった少女達に『月間支給』なる制度を作り出し書籍やゲーム、各々の趣味となるモノを提供したとも。

 

 聞けば聞く程善人だ、最初は研究所の用意した飴と鞭――その飴に該当する管理官だと思っていたが、態々自壊装置を破壊しカードキーを融通した所を見るにそうでもないらしい。

 蓮とて己の同族に手を差し伸べた人物を殺す程、狭量ではない。

 だが、デザインドと人間は共に歩めない。

 蓮達の根底には人間への憎悪があり、それは例え善良だと分かっている相手であっても抱いてしまう性質故に。

 

 デザインドの力を理解させなければならない、その体に。

 普通の平和など得られない、ただの人間であれば少女達と切り離し、彼らの社会へと復帰させただろうが、それは既に叶わない願いだ。彼はデザインドの領域に足を踏み込んでしまった、だからこそ彼の意思を砕かなければ。

 

 悪いが、私達の復讐に付き合って貰うぞ。

 

「さぁ、これで」

 

 蓮は砕いた腕を確りと見つめながら、悛に向かって銃身を再度構える。腕をへし折った、後は痛みに蹲る男を脅せば終わりだ。

 そう思っていた。

 

「―――」

 

 だが、悛は挫けない。

 圧し折られた腕を後方にぶら下げながら、ただ蓮を見つめていた。

 

 ゾクリと、蓮の背筋が凍る。

 

 その瞳はただ一点蓮だけを捉えて離さず、己の肉体の事は微塵も省みていない。痛みに呻くどころか顔色一つ変えず、脂汗を滲ませながら蓮に向かって瞳を向ける。

 それは何処までも無機質で、光を伴わない目玉は酷く恐ろしく見えた。

 

「お前――」

 

 蓮が頬を引き攣らせ、思わず仰け反る。 

 悛は己の腕が砕かれた時、痛いと思った、恐ろしいと思った、このまま止まりたいと思った。しかし其処で足を止める事は即ち死であると確信する、フラッシュバックするのは己が死の淵に立った時の事。

 両足を砕かれ大量の血を流し、腹を潰され苦しみに喘いだ記憶。

 もう一度アレを味わえと言われたらきっと、悛は見っとも無く泣き喚き嫌だと叫ぶだろう。

 

 生きる為には止まるな。

 死なない為には止まるな。

 

 悛が向き合ったのは己、蓮が向き合ったのは相手。

 その差が此処に来て決定的な隙を生んだ。

 

 悛は走る勢いそのままに蓮へとタックルを繰り出す。元より上手く扱えなかった黒足である、減速しろと言われても無理だった。硬質化した筋繊維を突き出し、そのまま肩から蓮の腹部に飛び込む。

 宛ら特大の人間砲弾、飛び込む勢いで駆けた悛のソレに、蓮の体はくの字に折れ曲がって衝撃に軋んだ。ズドン! と蓮の肉体に重々しい音が響く、肺の空気が抜け落ち、蓮の体諸共背後のデスクに衝突。

 端に寄せられたソレを砕きながら悛は蓮を壁に叩きつけた。

 

「かハッ!?」

「蓮!?」

「うっそぉ」

 

 隣を猛スピードで過ぎ去り、そのまま蓮に一撃を入れた悛、そのあり得ない光景に明とユーリカは叫ぶ。

 叩きつけられた壁には罅が入り、蓮の表情は苦悶に歪む。普通の脚力ではない、能力で明らかに強化されている。蓮は己の体から鈍い音が響くのを聞き、予想以上の威力を秘めていると理解した。

 

「はぁッ、ふぅッ、ふっ、はッ…ぁあぁァぁッ…!」

「ぐぅッ、このッ、離せっ!」

 

 壁に叩きつけられた蓮は抑えられた状態で必死に足掻く。しかし悛の体はビクともせず、見れば杭の様な何かで体を地面に固定していた。いつの間に、そう考えるのも束の間、パキパキと何かが凍る様な音を聞き己の体を見下ろす。

 すると悛の体を覆う筋繊維が、己の足元を浸食し始めていた。

 足に付着したそれは次々と硬質化していき、蓮の体がどんどん固定化されていく。この場から動けない、逃げられない。

 

「お前ッ――まさか」

「っ……」

 

 悛がこの時感じたのは、『殺さなきゃ、殺される』という強迫観念にも似た感情。

 単純だが真理でもある、先の背後から射殺した時とは全く異なる緊張、引き金を引かなければ死ぬのは自分だ。そして背後に立つのは守るべきデザインド達、そう考えると『殺人』という二文字が脳裏から剝がされて行く。

 

 砕かれ使い物にならなくなった腕を放って、悛は残った片方の腕を振り上げる。黒い筋繊維に覆われた腕は盾であり、同時に鈍器と化す、コレで殴り付ければ如何にデザインドとは言えタダでは済まない。

 筋繊維が悛の振り上げた腕に纏わりつき、その筋力を底上げした。

 

「くたばれッ!」

「待っ――」

 

 振り下ろされた拳、轟と唸るソレは宛ら巨大なハンマーか。

 頭蓋を砕かんと振り下ろされる拳を見た蓮はサッと顔色を青く染め、咄嗟に静止の声を上げた。しかし勢い良く振るわれた腕は止まらない、悛は極限の恐慌状態により視野が狭くなっていた。

 

 

 あわや直撃か――蓮が身を竦ませる、その直前で悛の腕がグンッと掴み取られた。

 

 

 それは凄まじい力で、底上げした筈の腕力が容易く引っ張られる。悛の上半身が仰け反り、そのまま両足の杭が中ほどから折れた。

 

「ッ!?」

 

 突然の横槍に悛の思考が正常に戻る、ふと自分の腕を引っ張った人物を見れば額に汗を流したA-04が自分の腕を掴んでいる。

 

「悛、駄目」

 

 その瞳は悛の身を案じており、守るべき対象を目にした悛は自身の闘争心とも言えるモノが鎮火されて行くのを感じた。そして次いで体を襲ったのは凄まじい痛み、砕かれた腕が痛覚を取り戻し、悛の表情が痛みに引き攣る。

 そのまま蓮から数歩後退って離れると、歯を食いしばって痛みに耐えた。

 

「………すまない」

 

 悛は目の前の蓮に一言謝り、腕を抱えたままその場に座り込む。蓮が呆然とその姿を見ていると、後方から第三号のデザインドが次々やって来て悛を取り囲んだ。悛の脂汗が滲んだ苦悶の表情、無残な腕を見て皆が恐慌状態に陥る。

 

 デザインドは自分が傷つく事には慣れていても、大切な人が傷つく事には慣れていない。それは自分が傷を負うよりも遥かに辛かった。

 

「腕、大変……」

「ど、どうしよう……ええっと、えっと……」

「お、落ち着きなさい! こういう時は、こういう時は、そう……人工呼吸よ!」

「違います、心臓マッサージです!」

「貴女達は何を言っているの?」

「オチツイテ!」

 

 折れ曲がり血の滴る腕を見て、あぁでもない、こうでもないと騒ぐデザインド達。結局はBT臓器による再生能力によって一分と経たずに回復するのだが、それまで添え木だ包帯だ何だと騒がしかった。放っておいても勝手に傷が治る彼女達からすれば、適切な処置など分かる筈もない。

 

「………」

「蓮、大丈夫かしら」

「蓮ちゃ~ん?」

 

 A-04の怪力によって窮地を脱した蓮は、デザインドに取り囲まれる悛を眺めていた。駆け寄って来た明とユーリカの声によって自意識を取り戻し、「あ、あぁ」と頷きながら固定された足を動かす。

 

 持ち主が離れたからだろう、付着した筋繊維はボロボロと崩れ足も問題無く動く。軽く手で足を叩くと、彼女は小さく息を吐き出した。

 

「……元人間のデザインドもどきに殺されかかるとか、笑えねぇな」

「良く言うわ、出力、半分も出てなかったじゃない」

「ばっか、対人相手で全力出せるか、兵隊相手には十分本気だった」

 

 蓮は頭を掻きながら答える。

 単独砲撃は本来対人で使用する能力ではない、全力で放てば貫通するどころか、蝋燭で出来た人形のようにバラバラになってしまう。彼女の能力は浮遊戦車や対車両、航空機に対して設計された能力なのだ。

 蓮は最初から悛を殺すつもりなど無い、強い言葉を使ったのは彼の全力を引き出し、その上で叩き折る必要があったから。

 

「でも面倒ね、これで取り込むのは難しくなったわ、どうするの?」

 

 壁に背を預けて天井を眺める蓮に向けてユーリカは問いかける、元より彼女達第二号デザインドがこのレガリスに攻め込んだのは、同胞を助けるという理由もあったが戦力増強の為だ。

 デザインドという存在には人権も無く、世界の何処にも居場所など存在しない。どうせいつかは死ぬのだ、ならば自分達を生み出した研究者共を残らず殺してやろう。

 それが彼女達の行動理由、そして存在理由。

 それは此処のデザインドも同じだと思った、だからこそ助けに来たのだ。

 

「……」

 

 蓮は目の前の悛を眺める。

 研究所の人間は全員殺す、それは絶対。

 けれど悛の周りにはデザインド達が集まり、心の底から信頼し合った関係を見せつけていた。悛は引き攣った笑みで何でもないと周囲の少女達を安心させようとし、逆に少女達はそんな訳ないじゃないと激怒する。

 今はデザインドとは言え、元は人間。

 その脆さを良く知っているから。

 

「蘭とメフィーは第一の方に向かっているんでしょぉ? 一応殺すだけ殺したんだし、向こうと合流すれば良いんじゃない~? 別に全員連れて来いって話でも無かったしさぁ」

「……それも手ね、連邦の方に向かったリーン達と合流するのも良いわ」

 

 二人が出した案は第三号のデザインドを見限り他研究所、及び連邦支部を荒らして回っている他の第一号デザインドと合流するというもの。能力としては最も完成度の高い第三号、それを諦めるのは業腹だが元よりデザインドは一騎当千の兵士として設計された存在。現在の戦力でも問題無いと言えば問題無い、元より全員生き残る気など更々ないのだ。

 あれば嬉しい、なくとも構わない。

 それが結論。

 

「……その前に一つ、確かめたい事がある」

 

 蓮は悛を眺めていた視線をそのままに、そう呟いた。

 壁から背を離して一歩踏み出すと、悛を囲んでいたデザインド達が警戒を露にする。彼の腕は未だ再生途中で筋繊維が腕を覆い始めた所だ。多少の負傷ならば直ぐに回復するが、腕一本丸々再生となると瞬時再生とはいかないのだろう。

 

 能力を発動しようと構える第三号の面々を前に蓮は、「あぁー……何だ、もう戦う気はねぇよ」と両手を挙げる。

 新人(ルーキー)に殺されかけたのだ、勝負は既に終わっている、自身の敗北と言う形で。

 

(あらた)って言ったか、お前……一つ聞きたい事がある、正直に答えろ」

「……何だい」

 

 蓮の問いかけに意外な程素直に答える悛。

 先の戦いで悛は目の前の蓮という女性が思いの外真っ当な、それこそ戦闘狂でも復讐に取りつかれた人物でも無い事が分かっていた。漫画や映画の台詞ではないが、戦って初めて分かる事もある。

 言動とは裏腹な感情を悛は目の前の蓮から感じ取っていた。

 

「お前、研究所から逃げ出した後の事は考えていたのか? お前がついていても、いなくても良い、外に放り出されたデザインド達がどうやって生きるのか考えたのか?」

「……俺はお前達の襲撃で死ぬかもしれないと思っていた、だから最善としては第二号のデザインド達について行かせる事、同胞は見捨てないと思っていたから、お前達だって無策で外に出た訳じゃないんだろう? だからソレに(あやか)ろうとしたんだ」

「……成程」

 

 結局それは失敗だった訳だが。

 まさか復讐目的で研究所を襲撃するなんて思っていなかった、てっきり同じ境遇の同胞を助ける為に来たのだとばかり考えていた。故にこの選択肢は既に潰えている、復讐の旅に同伴させるなんて事は悛が許さない。

 その果てに待っているのは『死』だけだ。

 

「ならどうする、もう連邦の庇護は受けられないんだ、外に出たって待っているのは裏切りと迫害、それと恐怖だけだぞ、私達と離れて生きられるのか?」

「何でそんな事が分かる」

「アタシ等の協力者がそう言ったんだ、デザインドは外で生きられない、元からそういう風に設計(デザイン)されてるんだって」

 

 蓮の言葉に悛は沈黙する。

 彼女達の言う協力者がどんな人物なのか、悛は気になって尋ねた。

 

「その人は研究者か」

「いや、違うさ、彼女達の名誉の為にも詳しくは教えられねぇ、けれど実際に外に出て実感したよ……彼女は正しかった、アタシ達デザインドに世界は優しくない」

 

 夢も無ければ希望も無い。

 確かに実験はされないし痛みも無いだろう、けれど向こうに広がっているのは差別と偏見、そして迫害。その白い肌と白い髪、何より異形の能力はデザインドとしての証。それがある限り真っ当な道は歩めない、社会の片隅で何時か来る追手に怯えながら日々を過ごすだけ。

 それが幸せと果たして言えるのか。

 そんな世界で一体どうやって生きるんだ?

 

 まるで未来を見透かした様な言葉に、悛は沈黙してしまった。研究所から抜け出せさえすれば良いと思っていた、そこから先どうすれば良いのか――そんな事、一度でも自分は考えなかった。

 率直に言ってしまえば、研究所から出してしまえば己の役割は終わりだと無意識に思っていたのだ。襲撃で死んでしまうだろうとも思っていたし、丸投げだが第二号のデザインド達が居れば何とかなると思っていた。

 自分自身でも間抜けだと思う、一体見た事も無い人物にどれ程の期待を抱いていたのか。

 

「言っちゃ何だが、アンタも既にデザインドに足を突っ込んでいる、今更真っ当な道に戻れると思うなよ? ガラス越しにアタシ等を眺めていれば終わる日々は終了したんだ、今度はアンタも『こっち側』だ」

「……分かっているよ、そんな事は」

 

 自分の蠢く腕を見ながら呟く、こんな力は唯の人間に備わっていない。もし日の当たる社会で悛の存在が露呈すれば、すぐさま檻に入れられるだろう。

 それでどうやって生きていく――?

 突如突き付けられた現実に、悛は唇を噛んだ。

 浅慮だった、そう言わざるを得ない。

 

「連邦の手が伸びない場所で、細々と暮らす……それじゃ駄目なのか」

「まぁアリっちゃアリだろうな、まぁでも、普通の幸せとは言えねぇだろう」

「………」

「そんなんで無駄に時間を潰す位ならアタシ等の復讐を手伝えよ、別に復讐だけじゃねぇ、これから先、アタシ達と同じデザインドが生まれない様にする――そんな理由でも良いんだ」

 

 蓮は本気で言っていた、その命を疑似的な幸せに捧げる位ならば未来の為に使えと。

 それは復讐に加担させる為の方便なのかもしれない、けれど『正しい』と思ってしまった。

 こんな少女達を二度と生み出させない為に、創る事自体が誤りだと思わせるために、彼らを殺す。手段は兎も角、思想は理解出来る、理解出来る故に言葉が出てこなかった。

 

 彼女達を救うと決めた時、悛は思った。

 映画や漫画の主役の様な人間というのは、こういう時に全てを投げ出して手を差し伸べられる人間なのだろう――と。

 自身の信条に真っ直ぐで、どれだけ巨大な組織であっても対峙できる勇気がある。希望に満ち溢れ、間違えず、常に正しい選択をする。

 

 この正しさとは、何もかもを犠牲にという意味ではない、彼らは時として常人には成せぬ力で、或は知恵を使って全てを救って見せるのだ。悪を滅し正義を成す、この場合の悪とは未来を見捨て立ち去る事であり、正義とは未来の為に死ぬ事だと思った。

 だが正義と幸せは違う。

 悛にとっては世の正義より、少女達の幸せが重要だった。

 

 彼女達にとってのは幸せとは――一体何だ?

 

「悛」

 

 気付いた時、腕は既に修復を終えており、B-21が自分を見つめていた。思考の海に沈んでいた悛はハッと意識を取り戻し、背後を見る。

 デザインド全員が悛を見ており、その小さな手は悛の服を掴んで離さない。

 

「貴方は余計な事を考えなくて良い、ついて行っては駄目よ」

「そ、そうですよ! 私、その、悛さんと居られればそれで……」

「別に私は悛と遊べれば十分よ! 何だか良く分からないけれど、他は何も要らないわ!」

「悛が一緒、それで十分」

「あ、悛ぁ~、行っちゃ嫌だよ~!」

「悛様、どうか……」

 

 各々が悛に詰め寄り、口々に告げる。それは悛の判断を押す声であり、またこの先の未来を決定付ける言葉だった。

 悛が居れば十分。

 そう言って笑う彼女達は微塵も未来を悲観していない。

 世界を知らないから? そうなのだろう。

 けれど悛は思ったのだ、少女達を此処から出してやりたいと。

 それが悛の根源だった筈だ。

 全てを始める一歩目の。

 

 

「……そうだね」

 

 

 悛は笑う。

 修復された手で拳を握り、小さく息を吐き出す。少女達にとってソレが幸せならば、悛は喜んで従おう。藤堂悛という男は正義に殉じる主人公ではない。その勇気も無ければ度胸も無い。

 ただちっぽけな存在で、分不相応にも彼女達を助けたいと思った愚か者だ。

 

 デザインドの未来を背負うには、藤堂悛と言う男――余りにも小さ過ぎる。

 

「ごめん、一緒には行けない、俺達は此処を出て連邦の目が届かない場所でひっそりと暮らすよ、それが彼女達の……俺の幸せなんだ」

 

 悛は決断した。

 遠い未来に生まれるかもしれない不幸な少女達を救うのではなく、ただ目の前で笑う彼女達を助けようと。最初から悛はそう決めていた、それ以上は成し遂げられそうにない。藤堂悛は物語の主人公ではない、ただの一介の研究者――凡愚なのだ。

 

「………そうかよ」

 

 蓮は肩を落とし、鼻を鳴らす。

 最初から期待はしていなかったのだろう、けれどその表情は心なしか寂しそうでもあった。隣に佇む明とユーリカも残念そうに眉を下げていた、しかし蓮程感情は見せていない。

 

「それで、アテはあるのか? 住む場所と此処から逃げる手段は? 言っておくが手は貸さないぞ」

「……各棟に三十人が乗れる脱出艇があるんだ、一隻くらいは残っていると思う、それで此処を出るよ、場所についても問題無い」

「へぇ、自信がありそうじゃねぇか」

「一応、これでも連邦職員だからね、彼らの目が届かない場所も知っているんだ」

 

 悛がそう言って苦笑を零すと、蓮は感心したように、「何処だよ?」と問うてくる。

 悛は嘗ての故郷を脳裏に浮かべ、懐かしさと共に告げた。

 

 

「極東――(かつ)て日本と呼ばれた土地さ」

 

 




 週間一位ありがとうございます。
 お礼に17200文字置いておきますね。

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