我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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拭えど消えぬ赤色

 無意識の内に能力を準備しながら目の前の人物を見据える二人、第二号のデザインドは手で二人を制しながら、「待て、敵じゃない」と窘める。実際彼女に同じデザインドを攻撃する気は無い、能力を発動させる事も無く、銃口を下げている第二号の女に対してA-04とA-013の両名はゆっくりと戦闘態勢を解いた。

 

 見れば背後には三人のデザインドが立ちすくんでおり、年齢は自分達と同じ位だろう。このレガリスのデザインドだ、二人は何となくそう思った。

 

「そこの男、その……デザインドか人間か知らねぇが、知り合いか?」

「知り合いじゃない、大切な人」

「そうよ! 私の一番大事な人なんだから!」

 

 吠える様に答える二人。

 その返答を聞き、第二号の女は『しくじった』と思った。

 彼女達のキーパーソン、恐らく核となる人物を傷つけてしまったと。しかし女が見た時この男は確かに人間であり、瓦礫に埋もれた時点で瀕死だった。下層へ急ぐ為に床を能力でぶち抜き、運悪くその下敷きになった凡愚。あの程度で死にかける様な奴がデザインドの筈が無い。

 

 一体何が起こったのか確かめる為に男へと足を進めるが、その前にA-04とA-013が立ちはだかる。同じデザインドだと口にする女、しかし完全に警戒を解いた訳ではない。何人たりとも悛へは近付かせない、そんな気概が視線から感じ取れた。

 第二号の女は肩を落としながら苦笑を零し二人に対して柔らかく語り掛ける。

 

「……アタシは第二号収容所のデザインドだよ、敵じゃない」

「第二号――もしかして悛が言っていた襲撃者の人……?」

 

 女の言葉にA-013が怪訝な表情を見せる。

 どうやらこの男は襲撃の情報を掴んでデザインド達にリークしていたらしい、それだけで相応に高い地位の男なのだと分かった。女がチラリと背後を見れば連れ出した三人のデザインド達も悛の状態に浮足立っている。心配そうに彼を見つめながら体を揺らしている三人、許可さえあれば直ぐに縋りつきたいと言った状態。

 

 デザインドが研究者に向ける感情としては異常だ、あの男に洗脳でもされているのか?

 

 女はそんな事を思った。

 兎も角、この五人にとって男が何らかの親しい間柄である事は分かった。ならば自分が殺し掛けたなど言うのは拙いだろう、最悪同胞で殺し合いに発展しかねない、バレるにしても状況が整ってからだ。

 

「男性型デザインドなんて聞いた事が無い、身なりからして研究所の人間だろソイツ――その足は普通じゃない、一体何をしたんだ?」

「……BT臓器を移植した」

 

 第二号の女の問いかけにA-04は淡々と答える。

 それを聞いた背後の三人は驚きに息を呑み、また第二号の女も目の前の二人を見つめ、「正気か?」と思わず口に出した。ただの人間にBT臓器を移植するなど、狂人でなければ自殺志願者以外の何者でもない。

 

 実験の都合上、第二号の女はデザインドではない人間に臓器を移植する場に立ち会った事が何度もある。その結果は散々だ、皮膚が破裂し血が噴き出し、臓物を垂れ流しながら肉芽に潰される。そんな最期を遂げた奴をごまんと見て来た。

 故に目の前の男を見て驚愕する他無い。男の足を覆っているソレは、明らかにデザインド能力によって生まれた物。

 

 あの悪魔の因子に適合したのだ、デザイン(設計)されていない肉体で。

 一体どれほどの可能性なのか、万に一つ、億に一つ、兎に角途方もない確率だ。

 

「だって、だってしょうがないじゃない! 瓦礫に挟まれて血が沢山出ているし、足なんてペチャンコだったんだから! このままじゃ死んじゃうって思って必死だったの! それに実際悛は生き延びた、なら何も問題無いわ!」

 

 第二号の女が向ける視線に耐えかねたA-013は慌てて叫ぶ、それは言い訳の様な口調だったが少なくとも事実だ、A-04とA-013の両名にとってはコレが最善だった。

 ただの人間であればとっくの昔に出血多量であの世逝きなのだから、生き延びただけでも僥倖。

 第二号の女は理解出来ても共感が出来ない、生かす為とは言え只人に臓器を埋め込むなど――どんな副作用があるかも分からないというのに。

 

「無知は強運を引き寄せるってか――まぁ良い、生きているんならそれが全てだ、気を失っている様だし一端ベッドにでも寝かせたらどうだ? 色々腰を落ち着けて話しがしたい」

「話って、そんな悠長な事を言っていて良いの? 早く研究所から逃げ出さなきゃ拙いんじゃ……」

「アタシが一人で来ているとでも思ってんのか? 他にも仲間がいる、警備の連中なら纏めて地獄に送ってやったさ、今この施設に居るのはアタシ等デザインドだけ、増援も一分二分で駆け付けられる距離じゃない」

 

 研究所の防備を固めようとしていたのは分かるが、高々数日で補強出来る分など限られている。電撃作戦、情報が届いて防衛網を構築する前に叩く――デザインド(脅威の単体戦力)だからこそ出来る技。

 それを成し遂げた今、このレガリスはデザインドの支配下に置かれている。

 無論、だからと言って気を抜いて良い程連邦の武力は優しくはない。しかし数分先の未来という訳でも無いのだ、腰を下ろして多少話す程度の時間はある。

 

「聞きたい事も沢山ある、取り敢えず話を聞け、悪い様にはしないさ」

 

 第二号の女は二人を一瞥し、それから小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 悛が意識を取り戻したのは戦闘開始から随分後だった、海を揺蕩う様な感覚から一気に五感を取り戻す。最初に感じたのは痛み、まるで全身を針で刺される様な痛みだ、悛は寝起き早々に悲鳴を上げかけ既のところで堪えた。

 

 堪えられたのは単に自身の状況が全く分からなかったから。

 

 最初に見えたのは白い天井、そして白いシーツに緑色のカーテン。此処は所員用の衛生管理室だ、悛は自分に掛けられたシーツを掴んで思った。悛が憶えているのは自分が瓦礫に押し潰された所まで、足と下腹部を圧迫され死んだものだと思っていたが、此処に運ばれているという事は死を免れたのだろうか。自分の両手を眺めれば多少の切り傷は見えるモノの、大した怪我はない。

 

 A-013はどうなった? 悛はぼんやりとした思考で彼女の安否を案じる。上半身を起こそうとすると、やけに両足が軽い事に気付いた。良く集中してみれば足と下腹部の感覚が全くない。シーツを被っている感触も何もかも感じないのだ。

 

 切除、という言葉が頭を過る。

 

 もしや自分は一生歩けない体になったのか。悛の顔からサッと血の気が引き、慌ててシーツを捲った。

 

「ッ、何だ……この足」

 

 悛の目に飛び込んで来たのは真っ黒な足、義足――ではない。宛ら西洋甲冑の様な足だが表面をよく見れば鋼のワイヤーの様な物がギチギチに束ねられて作られたものだ。その先には自分の下腹部があり、丁度へその辺りからソレは生え出ている。

 

 新たな病気か? 感染症、ウィルス? 自分の体が黒いナニカに覆われているという事実、それを見た悛は気が遠くなる。それはそうだろう、寝起きに自分の下半身が真っ黒になっていたら誰でもそうなる筈だ、黒死病とも違うだろう、兎も角悛は自分の状況が然程良いものではないと判断した。

 

 しかし、悛が体を動かすと釣られて足も動く。その事に悛は疑問を抱き、ゆっくりといつも通り足を動かせば、目の前の黒い足は意思通りに動いた。見間違いでなければ自分の両足は無残にも潰され骨肉諸共使い物にならなくなった筈だ。だが今悛が足を動かせば確かに動く、少なくともあの状態から動かせるまでに回復するなんて思えない――自分は何日寝ていた? 一日か、二日か、一ヵ月か? 

 

 その間に両足が再生したとは思えない、そんな生半可な負傷では無かった。潰れたトマトの様に無残にも圧壊したのだ、この両足は。

 なら何かを【新しく付け替えられた】と言った方がしっくりきた。

 

 悛はベッドを抜け出し、両足を地面につける。カンッ、と硬質的な音が鳴り、両足が確りと床を踏み締めた。しかし踏み締める感触も無ければ、地面に触れているという実感すらない。まるで本当に義足の様だ、しかし動かそうと思えば今まで通り動かせる。この奇妙な感覚に悛は顔を歪ませた。

 

「皆は――どうなった」

 

 悛は自分が気を失う前の事を思い出す、第二号収容所のデザインドが此処に攻めて来た。そして無様にも自分は力尽き、こうして偶然にも命を拾った。ならば自分が逃亡を手引きした少女たちを見つけなければ。

 

 衛生管理室で寝ていたという事は、此処はまだレガリスなのだろう。そうなると彼女達の襲撃は既に過ぎ去った後で、今は研究所の立て直しが行われているのか? だがベッドに横たわっていたのが自分だけと言うのも気になる、あの襲撃で死亡、重傷を負った人間など腐るほど居るだろうに。

 

「っ、くそ、歩き難い……!」

 

 黒い足は確かに歩行するには十分だったが、今まで通り歩こうとすると重心が安定しない。足裏の感覚が無い為、歩行の際に僅かなズレを感じるのだ。カン、カン、と音を鳴らしながら歩く悛だが、その体は右に左に揺れる。

 それでも何とか廊下に続く扉を潜ると、酷くこもった血の匂いが鼻を突いた。

 

「っ、ぅ」

 

 思わず口を覆って周囲を見渡す、衛生管理室の前に広がる廊下には赤い血がそこら中に付着しており、横たわって動かない骸もある。まるで地獄だ、悛は胃が痙攣するのが分かった。丁度衛生管理室の前に倒れ伏している男に近寄ると、悛はその男性に見覚えがある事に気付く。

 

「……所長?」

 

 悛が死体を仰向けに転がすと、間違いない。

 金髪は血がべっとりと付着し固まっているが、その顔立ちは所長本人のもの。彼は心臓を何かに貫かれ、驚愕の表情を浮かべたまま息絶えていた。更に左半身は焼け爛れており、首元から腕に掛けてゲル状に溶けてしまっている。

 

 彼が死んだと言う事は襲撃は成功に終わったのだろうか――悛には分からなかったが、少なくとも研究所はかなりの損害を被った様に思える、そして自分がそれ程眠っていなかった事も確信した。

 

 所長に悲痛な目を向けていた悛は、彼の焦げた胸ポケットが振動している事に気付いた。

 手を伸ばしてポケットの中を探ってみれば、携帯端末が見つかった。幹部会の面々に支給される様なモノではなく、もっと高性能なデジタル通信機器だ、幸い故障した様子も見られない。中央に窪んだタッチパネルがあり、悛が触れるとホログラムが飛び出した。【sound only】の文字と共に発せられる声。

 

「やっと繋がった! 状況はどうなっているマックレリー!? 突然緊急通信が入ったと思ったら、直ぐに途絶したぞ! 例の襲撃か? お前は無事なんだな!?」

「ぅ、あ、えっと」

 

 当然の事に悛は口が止まる、怒涛の勢いで放たれた言葉はびりびりと肌を震わせた。しかし僅かに聞こえた悛の声から、向こう側の人物は所長ではないと気付いた様だった。怒声はなりを潜め、訝しむ気配だけが漂う。

 

「すみません……えっと、私は所長ではありません、健康管理部門総括、藤堂悛です」

「藤堂――幹部会の一人か、マックレリーはどうなった?」

 

 通信相手は恐らく本部のお偉いさんだろう、連邦政府高官という奴だ。悛は襟元を正しながら、淡々と事実のみを述べた。元より腹芸が得意なタイプでもない、しかし全てを話すつもりもなかった、大切なのは嘘と真実の比率だ。

 

「今、私の目の前に……心臓を射抜かれて即死しています、自分も先程目が覚めたばかりで、余り状況が分かっていません」

「では、やはり襲撃か!?」

「はい、既にデザインドの姿は見当たりませんが……私も、デザインドに両足を潰されて」

「っくそ、貴重な人材と被検体が……」

 

 高官は悔しそうに呟き、向こう側から何かを蹴飛ばす音が聞こえた。余程腹が立っているらしい、それはそうだろう、第二収容所に続いて第三収容所――レガリスすらも失ったのだから。

 ふぅ、と冷静を保つ為か深呼吸を行う音。それから高官は努めて淡々と問いかけた。

 

「生き残りは何人いる? 君だけか?」

「不明です、ですが廊下には何人もの死体が……少なくとも、私の見る限り生存者は見当たりません」

「殺すだけ殺して、さっさと逃げ去ったか――今、付近のマザーベースより増援が向かっている、可能ならば甲板まで脱出して欲しい、動けそうか?」

「……無理です、両足を能力で潰されて、先程止血と輸血を行ったのですが、動けそうにありません」

「――輸血?」

「はい、自分は健康管理官ですので……襲われたのが衛生管理室でした、不幸中の幸いでしょうか」

「成程……なら安静にしていてくれ、増援の一部隊を衛生管理室に向かわせる」

「すみません、お願いします」

 

 嘘と真実を絶妙にブレンドし、それらしく脚色する。悛は通信機の電源を切ると、そのままポケットの中に捻じ込んだ。少なくともこれで自分がデザインドを逃がしたと疑いをもたれる事は無いだろう。死人に口なし、少々思う所はあるが今だけは喜ぼう。

 

「あとは……コレだよな」

 

 悛は屈んだ状態で自分の両足を見る、何故こうなったかは分からないが普通ではない。義足と言い張るにも無理がある、まるでデザインドの持つ能力の様だ。

 これでは間違って攻撃されてしま―――。

 

 そこまで考えて、悛は一つの可能性に思い当たった。

 あれ程の重傷を負いながら何故生き延びられたのか、普通の方法では無理だろう、ならばどうすれば良いか。悛は自分の足を手で撫でた、硬質的で金属の様な滑らかさがある。先程自分で思考したが、これではまるで。

 

「――デザインド」

 

 口から洩れた言葉、そう、この両足が義足でないのなら何なのか。

 確かに潰れた両足、動かせるが感覚の無いコレ、そして見覚えのある材質。

 

 まさか、と思った。

 

 無論確証などない、そもそもこの考えが正しいのであれば今頃自分は拒絶反応で死んでいる筈だった。だってそうだろう、自分は元よりデザインされた存在ではないのだから。何より男性型のデザインドなど聞いた事が無い。

 

「臓器を埋め込まれたのか? いつ、誰に……? いや、誰か何て分かり切っているだろう」

 

 悛は血の滲んだシャツを捲り、ぺたぺたと自分の体に触れる。黒いワイヤーの様な物――恐らく筋繊維、それはへその辺りから生え出ている。となると臓器が埋め込まれたのはこの辺り、悛はへそを中心に手で感触を確かめる。すると一ヵ所だけ妙に柔らかい場所があった、此処だと悛は確信する。

 

 第三号である彼女達には存在しないが、臓器を表層に移植した場合その周辺には因子の影響が出にくくなる。要するに筋繊維が発生しない、髪で言う旋毛の部分とでも言えば良いのか。

 原因は分かっていないが、これで殆ど確定に近かった。

 

「本当に移植されたのか――俺が、デザインドに……」

 

 研究する側から、される側に。

 その事にゾクリと肌が粟立ち、悛は身震いする。そうこうしていると廊下の向こう側から僅かに布の擦れる音がした。悛はその方向に目を向け、思わず地面を這って衛生管理室の中に逃げ込む。

 

 増援だ、そう思った。

 恐らく高官の派遣した部隊だろう、この状態で見つかればどうなるかなど火を見るより明らか。殺されるか、若しくは捕縛された状態で一生(管理室)の中。

 ゾッとしない。

 

 悛は近くにあったベッドのシーツを掴み取ると、それを近くの死体の血だまりに浸し、血塗れにした。

 ツン、と強い血の匂いが鼻を突くが気にしていられない、血だらけのソレを両足に巻き付けキツク縛る。

 そして壁に背を預けると同時、管理室の扉から何人かの男達が雪崩れ込んで来た。

 銃口で室内をなぞり、それから壁に背を凭れて座り込んでいる悛を見つける。

 

 彼の恰好は黒色に統率され、近代兵器で武装されていた。手に持った銃は粒子銃で肩には電磁曲逸シールドまで取り付けられている。顔はガスマスクで覆われており、僅かに見える瞳が悛を油断なく射抜いていた。

 彼等は四人で行動しており二人は部屋の外を警戒、もう一人は室内を見渡している。最後の一人が悛の近くまで足を進め、その顔をじっくりと観察した。

 

「――報告にあった、藤堂悛だな、健康管理部門の」

「えぇ、はい、そうです……すみません、態々」

「いや、これでも任務だ」

 

 男はそう言うと血塗れの両足に目を向ける、本来ならば黒い足は何ともないのだが血を大量に吸ったシーツは酷い重症に見えるだろう。「両足を能力で潰されて、歩けそうにありません、触れられると凄まじく痛いので、何とか足に触れずに運んで貰う事は可能でしょうか?」と、悛は懇願する。足を庇う様に体を動かし、男は小さく頷いた。

 

「あぁ……本来であれば推奨されないが、車椅子を使おう」

 

 男は悛の足の怪我が本当の重傷だと思い込み、部屋の隅に用意されていた折り畳みの車椅子を指差す。そうこうしている内にもう一人の男が車椅子を手際よく運び、悛は肩を借りて何とか座る事に成功した。

 無論、足を動かす度に痛がる演技を忘れない。

 

「救出目標確保、幹部会の一人だ、一度帰還し引き渡した後、再度生存者の捜索に向かう」

 

 車椅子の後ろに立った男は腕に巻いたウェアラブルデバイスに声を掛けた、恐らく連邦本部だろう。その後、悛を中心に前方二人、後方一人、車椅子を押す人員が一人と分かれ衛生管理室を後にする。

 彼等の行動は酷く静かで、廊下にカラカラと小さな車椅子の音だけが聞こえていた。もしこの椅子が無ければ彼らが進行している事など誰も気付かないだろう、先程布の擦れた音に気付けたのは幸運だった。

 

 悛は車椅子で運搬されながら考える、何とか両足が露呈する前に逃げ出さなければならないと。しかしこんな状況で逃げ出す手段が浮かばなかった、このまま甲板まで連れていかれたら恐らくヘリでマザーベースまで運搬される事になるだろう。

 

 そうなったら終わりだ、悛に対抗する手段はない。

 逃げると言ったって、そもそもこの足を上手く扱えないのだ、歩くだけでも難儀しているというのに。

 悛は前方を警戒する二人を見つめながら唇を噛み締める、このままではじり貧だ。遅かろうが速かろうが、悛の未来は決定している。射殺かモルモットだ。

 

「――」

 

 悛が自分の未来に絶望していると、先頭の二人が足を止めて同時に手を挙げた。その動作を見た背後の二人は停止し、悛の車椅子を押していた男も離れ粒子銃を構える。どうした、誰かいるのか? 目の前の男の片割れが指を一本立て、そのまま前方に向ける。

 

 向こうに一人、誰かいる。

 

 何となくだが、そんなサインなのだろう。車椅子を押していた男が左手を挙げ、単独で廊下の向こう側に足を進めた。彼らは一言も話していない、前方二人は一人が壁際に寄りもう片方が悛の前に立つ、まるで壁になっている様だ、実際そうなのだろう。

 

 廊下は真っ直ぐ伸びていて左手にエスカレーターと階段、そして右側に資材管理棟に繋がる渡り廊下がある。男は壁に沿って動くと角でゆっくり腰を落とし粒子銃から小型カメラを放出した。カメラは指先程の大きさで、そのまま地面を滑って廊下の向こう側にピントを合わせる。あれで索敵し先制攻撃を加えるつもりなのだ、初めて見る軍隊の動きは新鮮だった。

 

 そう思った次の瞬間。

 

 

 男の居た場所が弾け飛ぶ。

 ボン! とまるで砲撃でも食らったかのような爆発が巻き起こり、男の上半身が爆ぜて血が撒き散らされた。

 

「ッ!?」

 

 悛は衝撃で思わず椅子から転げ落ちてしまい、残った三人も同様に浮足立つ。男の上半身がまるで蝋で出来た人形のようにバラバラになって砕け散った、臓器やら赤い血やら骨やらが混じって地面に散らばり、残った下半身が力なく地面に転がる。

 

「エンゲージ! エンゲージ!」

「デザインドだ! 連中、まだ居やがったのか!」

 

 転がった悛を後ろに立っていた男が引っ張り上げ、そのまま引き摺る様にして移動。足が地面に擦れてカリカリと音を立てていたが誰も気にしなかった。目に見えない攻撃から相手がデザインドだと判断した、悛もそう思った、こんな事はデザインドにしか出来ない。

 

 悛を引き摺った男が階段を下り、残り二人が粒子銃を握ったまま周囲を警戒する。しかし幾ら警戒した所で姿は見当たらない、次の瞬間には同時に並んで警戒していた二人の内一人が見えない何かに押し潰されたようにグチュリと圧殺された。血液も飛び跳ねる事無く地面に押し付けられ、百八十センチあった身長が十センチ程に圧縮される。

 

 まるで巨大な質量の塊に押し潰された様。

 

 隣に立っていた男は突然圧死した仲間を見て戦き、「くそ、クソッ!」と階段を駆け下り叫んだ。

 

「フロウ! デザインドB-09、【空気操作】の奴だ! 走れッ、止まったら死ぬ!」

 

 男は悛を引き摺るフロウと呼ばれた男性を抜き、一足早く下層に降り立った。そのまま粒子銃を構えるとデザインドの姿を探す。どうやら彼らはデザインドの能力を知っている様だ、恐らく本部から情報を与えられているのだろう。

 

 B-09.

 悛が逃がしたレガリス所属のデザインドだ、彼女のデザインされた能力も勿論知っている。

 

 悛が大人しく引き摺られていると、デザインドを探して忙しなく立ち位置を変えていた男が弾けた。最初に殺された隊員と同じ死に方だ、空気を膨張させ人間諸共破裂させる。粒子銃が地面に落ち、そのまま目玉やら何やらが悛の方まで飛んできた。ベチャリと階段にソレが張り付き悛は顔を歪める。

 

「っ、マルタ……!? クソ、Mr藤堂、すまない、もしもの時は」

 

 そう言って悛を引き摺っていた男は構えていた粒子銃を降ろし、足に装備していた拳銃を押し付けた。プラスチック製の外装で弾倉は実弾、今となっては懐かしい火薬で弾丸を飛ばす旧型だ。

 

 最悪、これで自殺するか、応戦しろという事か。

 男は粒子銃を構えて悛を置いたまま下層に躍り出た。

 

 破裂した男の脳髄やら臓器を踏み潰し、デザインドを索敵する。その行動からは焦燥が滲み出ており、背後は隙だらけに見えた。悛は思う、もし自分が彼と同じ状態だったらと、多分発狂して喚いて殺されるだろうな。

 

 拳銃の外装を一通り確認すると安全装置を弾いてスライドを引く、カチン! と最後まで引かれたスライド、エジェクションポート(排莢口)から一発の弾丸が排出された。

 どうやら薬室に一発、既に入っていたらしい。隊員の男は悛に背を向けたまま忙しなく銃口を動かしている、先程の攻撃が全てB-09のものであるならば彼女が能力で殺しているのだろう、他ならぬ彼女。

 自分より幼い――一人の少女が。

 

 罪は共有されるべきだ、血に濡れるのは彼女だけではない。

 悛はトリガーに指を掛けると、ゆっくりと銃を構えた。

 罪悪感は無かった、悪いとも思わなかった、けれど銃口は震えていた。

 

 それは今から行う行為に対する恐怖、これをやってしまえば未来永劫、胸を張って生きられなくなると言う緊張感。本当に良いのか、まだ間に合う、それだけは駄目だ、一線を越えてしまう。

 そう思うが、しかし既に己は連邦を――この世界を裏切っている。

 裏切って尚、世界のルールに従う必要なんて無い。

 社会と地位、正義と悪、道徳と倫理、それらを投げ捨てた結果。

 

 ただ内側から湧き上がる、『やるべきだ』という感情だけが残った。

 

 

 

 バキン! と銃声が鳴る。

 

 

 

 そして一拍遅れ、下層に立っていた男が膝を突いた。悛の構えた銃口は隊員の男に向いており、そこから硝煙が立ち上っている。続けて連射、バキン! バキン! と何度も音が鳴り男の身体中に弾丸が着弾する。数発外れ、血だまりに命中し赤色が跳ねた。

 

「っ、ぁ」

 

 男が膝を突いた状態で振り向き、目を見開いて悛を見る。

 悛は車椅子から無造作に立ち上がると、自分の足に巻き付いていたシーツを解いた。

 パサリと隠していたベールが脱げる、その下から現れるのは黒い両足。金属に近い光沢を放つそれを見て、男は粒子銃を持ち上げながら震えていた。

 

「で……デザ、イ――」

 

 その言葉が続く前に悛は階段を跳躍、男目掛けて飛び込んだ。思った以上に射撃が難しかった、確実に殺すためには近付かなければならないと思った。

 

 両足は男の体に突き刺さり、ゴギッ! と鈍い音が鳴り響く。肋骨が折れる音、そして倒れ込む勢いそのままに男の頭部目掛けて悛は無我夢中で拳銃を三度撃った。

 バキン! バキン! バキン! と銃声が鳴り響き、男の額に三つの穴が空く。流石にガスマスクには防弾性が無かったらしい、男は血だまりの中に背中から倒れ、二度と動く事は無い。

 

 カラン、カランと空薬莢が地面に転がって音を鳴らす。スライドは一番奥まで下がっており、悛が弾倉を引き抜くと全弾撃ち尽くされていた。悛は手に握っていた拳銃を力なく手放し、指先に付着した血をシャツで拭う。

 そのまま物言わぬ屍となった男を眺め、呟いた。

 

「そんな危険な物、頼むから……あの子達に向けないでくれよ」

 

 

 




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