「悛、遅いわ、遅刻よ」
「ごめん、ごめん、ちょっと徹夜で仕事が……」
場所はA-013番と称される牢獄、或は管理室。今日は通常業務が休みであり、最低限の管理を残して休暇が許される日である。悛はその日、約束した一人のデザインドの元を訪れていた。昨日の第二号脱走の報を聞き、殆どの管理官が休日返上で働いているが、自分もそう見られているのだろうかと一人苦笑を零す。ここの所は休みなくデザインドの元を訪れている悛、彼女も待ち遠しかったのが不機嫌そうにしながらも口元は少し緩んでいた。
「仕事と私、どっちが大事なの!?」
「勿論君だよ」
ベッドの上でプンスカ怒る一人の少女、まるで恋人同士の会話だと思った。
彼女の名はA-013番、目の前の少女もまたデザインドであり白い髪を持っている。遺伝子改良の弊害か、デザインドは漏れなく全員色素が抜け落ちて白い髪になってしまうのだ。例外はあるが大体が白い肌を持ち、成長が遅い。彼女も例に漏れず四年前より多少背が伸びた程度か、まだまだ年齢的には中学生程度だろう。
「ふん……まぁ良いわ、それで今日もするんでしょう?」
「うん、君が良ければ」
「良く無い日なんて無いわ」
悛が頬を掻きながらそう言えば、彼女はベッドから降りて部屋の隅に設置した棚を漁り出す。A-04とは異なり彼女は整理整頓ができる方であった、月に一度の趣向品支給も整理棚を要求する程で、それは悛が個人的に購入して買い与えている。
「さぁ――勝負よ!」
そうして彼女が取り出したのは……とあるカードゲーム。
名を『英雄大集合☆天下分け目の大合戦』、悛が小学生の頃に嵌っていたカードゲームである。何故か良く分からないが彼女はこのゲームを酷く気に入っており、悛が遊びに来る毎に勝負を挑んで来る。
カードは悛が持っている分は全て彼女に差し出したのだが、今では数ヵ月に一回、箱買いを頼まれる程度にはハマっているらしい。
因みに勝率は今のところ悛が全勝である、カードゲーム自体は小学生で卒業していた悛だが、今でもぼんやりとルールは覚えている。そして最近ではA-013のお蔭で昔の勘を取り戻していた。
東北の猛犬と呼ばれた頃の魂が呼び起こされる……。
「良いよ……この藤堂悛に易々と勝てるとは思わない事だね」
「ふふん、その自信いつまで保てるか見ものだわ、ここの所ずっとデッキ組に時間を割いていたのよ、今日こそ吠え面拝んでやるわ!」
凛とした顔立に笑みを浮かばせてこちらを鋭く射抜くA-013、どうやらデッキを一新したらしい。その自信あり気な表情に悛は白衣の中からデッキを取り出し――恐らく、こうなるのだろうと見越して持ち込んでいた――互いにデッキを突き付けた。
「今日こそ負けないんだから!」
「喰らえ! 『閃光の明智光秀』で攻撃、目標は『漆黒の織田信長』! 明智光秀の『信長殺す慈悲はない』スキルを発動、君の織田信長を撃破だ!」
「信長ぁアあぁァアアッ!」
嘘、嘘よ! そう言って崩れ落ちるA-013、彼女のバトルゾーンには既に英雄の姿が無く、最後の英雄であった日本の英雄、織田信長が明智光秀に斬り殺される。因みに全てホログラムである、カードの中には立体映像を映し出す機能が存在しバトル結果に応じて映像が流れるのだ。
最近のカードゲームは技術力が物を言う。
信長は斬られた拍子に地面に倒れ込み、『信長死すとも、自由は死せずッ……!』と言って息絶えた。
「信長殺しって何ソレ、知らないわよ……アケチって誰よ、何なのよそのカードォ……」
「君は大英雄が好きだからね、誰もが知っている英雄を使うと思ったんだ――だから、対策もしやすい」
そう言って悛は手札から一枚のカードを国力に加える、英雄を呼び出すための資源の様なものだ。カードの内容は『レッツ・楽しい刀狩り』、英雄カードではなく使用する事で効果を発揮する呪文カードだ。
このカードの効果は相手の手札にある刀剣類の呪文カードを問答無用で捨てさせるというもの、中々に鬼畜である。
「ッ……でも負けないわ、まだ私の
A-013は悛の攻勢に悔し気な表情を浮かべながらも、山札から一枚カードを引く。
「っ、私のターン! 恐れ戦きなさい、この英雄は全てを照らす戦乙女、大英雄『栄光のジャンヌダルク』を召喚!」
勢い良くカードを手札から抜き出し、そのままバトルゾーンに叩きつけるA-013。そのカードはURと呼ばれる中々レアなカードであり、基礎能力値も素晴らしい。真正面から戦うのは難しいだろう、バトルゾーンに民衆を引き連れ剣を掲げた一人の女性が立ち上がった。
「このカードがバトルゾーンにある限り、私は毎ターン+一ポイントの士気ポイント回復が行われるわ! ふふふっ、まだ終わらないわ、私は何度でも蘇る――」
「計略発動、呪文カード『魔女狩り』、このカードが発動した場合、バトルゾーンに存在する英雄の中に魔女の属性を持つカードを消滅させる」
「じゃ、ジャンヌぅゥウッ!?」
悛が一枚のカードを計略ゾーンから取り出すと、ジャンヌダルクは一瞬で火攻めにあって消滅した。中々良いカードだが対抗手段は無数に存在する、因みに悛の計略ゾーンには五枚のカードが伏せて置いてある。
元よりこの男、相手の攻め手を全て叩き潰した上で反撃するタイプ。故にA-013の様な重コスト突撃タイプとは頗る相性が良い。
「そ、そんな……私のジャンヌが」
「……何か申し訳ない気持ちになるけれど、ごめんね、更に呪文カード発動、『シモ・ヘイヘーイ』、相手の士気ポイントが二以下、かつ国力が二以下の場合に発動した場合、相手の士気ポイントを二下げる」
そうして悛が呪文カードを切ると、カードから白い煙が立ち上りホログラムから一人の狙撃手が現れた。彼は狙撃銃を構えるとA-013のキャラクターカードを撃ち抜く。
バキン! という効果音と共にA-013のキャラクターカードに弾痕が表示され、即時に『敗北』表示が出される。士気ポイントがゼロ――即ち軍勢の敗走、彼女の負けである。
「私の対悛デッキが……負けたの……?」
「勝負の世界は無情である」
そう呟くと悛は『勝利』表示を消し去り、デッキを一つに纏めた。
「ぅう……三日も考えたのにぃ、私のデッキ……うぅうう」
涙目で呻くA-013、かなり悔しそうだ。それだけ本気で挑んだのだろう、彼女との対戦も既に百戦近くに上るが、そろそろ簡単には勝てなくなってきている。今回も万が一手札が事故でも起こせば敗北したのは自分になっていただろう。
悛は彼女の成長に嬉しいような、そうでもない様な、そんな感情を抱いた。
「いや、でも凄く強くなったよ、前とは比べ物にならない、流石だ」
「ぅう……慰めなんて要らないわよ……」
「慰めなんかじゃないさ、君は本当に強くなった」
昔は戦略などあったモノではなく、取り敢えず強いカードを出せば良いやと何処か脳筋プレイが目立つA-013デッキ、しかし今では大英雄を好むのは変わらずとも、その兼ね合いや能力の発動条件の吟味など中々サマになって来ている。
「努力した証拠だよ、次はもっと強くなって、俺にも勝てる様になるさ」
「………本当に?」
「勿論」
継続は力なり、それは何事にも当て嵌まる。A-013はその言葉を聞くと涙ぐんでいた目元を拭い、再び凛とした表情を取り戻し立ち上がって悛を見下ろした。
「――ふん! 今は勝利の余韻に浸れば良いわ! 次勝つのは私だもの!」
相変わらず立ち直りが早い事で、そのメンタル回復の速さを是非とも分けて頂きたいモノである。無い胸を張ってふんぞり返るA-013、将来に期待したい、悛は少女の姿を眩しそうに眺めていた。
「今日は夜まで遊べるのよね? なら次はテレビゲーム、テレビゲームをしましょう!」
「分かった、分かったから、そう急かさなくとも」
「時間は有限よ、特に悛とのはね!」
散らばったカードを素早く纏めた彼女は床にデッキを放置し、悛の手を取って部屋の隅に設置してあるテレビまで引っ張る。テレビは旧型の薄型テレビでホログラム形式ですらない、最近では珍しいだろう、悛が強請られ支給品として購入したものだ。支給品は限度額が設けられており一人凡そ一万まで、一万で買える物など限られている。ゲームも最新式のモノではなく、十年近く前のもの。
それでも遊ぶ分には十二分で、悛とA-013は楽しんでプレイしていた。
「今日はこれ、梨鉄、梨鉄よ! 悛に負けない様に特訓していたんだから!」
「また絶妙なチョイスをするね……」
一人ポチポチ、ゲームを特訓するデザインド、中々シュールな光景だ。しかし梨鉄は特訓してどうにかなるものなのだろうか。悛は差し出されたコントローラーを受け取りながら苦笑する、実際悛はそれ程ゲームが強くない。
今のところ勝率は半々と言ったところか、この研究所に来る前はそれなりに楽しんでいたのだが最近では余りやらなくなってしまった。スーパートリオブラザーズとか、フマブラとか、専らパーティーゲームをA-013とはプレイしている。
「今日はマンボー神を押し付けて破産させてやるわ、覚悟しなさい!」
「あぁー……破産は嫌だなぁ」
「………やっぱり少しは加減してあげるわ、少しだけね!」
破産という言葉に悛が消沈すると、A-013は慌ててフォローを口にする。何だかんだと言って心優しい少女である、性善説が正しいモノだと証明している様な存在だ。悛は、ありがとうと微笑みながら心の中で思った。
やはり――彼女達はこんな場所に居るべきではない。
肉体は違えど心は人間だ。
コントローラーを握り締めた手を必死に隠しながら、悛はA-013に笑みを浮かべ続けた。
時間の流れは速い、特に楽しい時間は。
悛が腕時計に目を落とすと、そろそろ八時を回ろうとしていた。警備もAIに切り替わり夜間警護となる時間帯である。この時間になると管理官も研究室から切り上げて自室に戻る時間だ、実際A-013の担当官も先程研究室の光を落とし帰宅した。今管理室に居るのは悛とA-013の二人だけ、見ている者はいない。
ここから先はAIによる監視体制に入る。
カメラによる記録は残るが、その点は何とでもなる。
この時間が――悛にとっての『勝負の時間』であった。
「ごめん、そろそろ時間だ」
「……帰るの?」
悛が時計を確認する度に不安そうな表情を見せたA-013、決定的な言葉が零れた今となっては悲しそうに眉を下げている。悛はそんな彼女の肩に手を置くと、「うん、でもその前に少しお願いがあるんだ」と口にした。悛の口からそんな言葉が出て来るとは思わなかったのか、少女は目を見開きながら心底不思議そうに首を傾げる。
果たして、自分にお願いする様な事があるのかと。
「お願い……私に?」
「うん、ちょっとごめんね」
「?――ってえぇ!」
悛はA-013に断りを入れると、間髪入れずに彼女へと抱き着いた。肩に手を回し、丁度彼女の頭を抱きしめる様な形だ。少女は突然の事に慌てふためき、両手で虚空を掴みながらアタフタと喚く。
「うぇ、ちょ、待って、待っ、私、まだそういうの分からなくて、いや、あの、ほ、本とかでちょっとは知っているけれど、私達は、まだその」
「今から君の『自壊装置』を停止させる」
「―――」
耳元で囁いた言葉に、A-013の挙動が不自然に止まった。
悛は白衣のポケットに忍ばせていた自作の電波発生装置を取り出した。自壊装置とはデザインドが生まれると共に首筋へと埋め込まれるチップである、ソレは万が一デザインドが反旗を翻した場合に彼女達を抹殺する為のモノ。
作動方法は簡単だ、専用の電波発生装置をチップに向けて照射するだけ。そして取り除き方も同じ、チップを停止させる電波を浴びせれば良い。恐らく二号達もチップを取り除いて逃げ出したのだろう、元々チップ自体の無効化は難しいモノでは無かった。持ち主自身がチップに触れようとすると自壊へのカウントダウンが始まるが、協力者が一人居れば最悪首の肉ごと剥ぎ取れば良い。
しかし、今の今まで逃げ出す算段が無かった為にどうしようもなかった。
けれど今は違う。
今だけは研究者の連中に感謝しよう、自壊装置は内部の人間が裏切らない前提で作られている、その杜撰な設計が綻びを生んだのだ。
「ほ、本気なの? 悛、貴方――」
「本気だ、君達を此処から出す……けれど今じゃない、俺も昨日知ったのだけれど、第二号収容所からデザインドが脱走したらしい、彼女達が此処に攻め込んで来る可能性がある、そうなったら君達も一緒に逃げるんだ」
「!」
本来ならば幹部にしか知らされない重要情報、悛はそれを何の躊躇いも無く明かす。カメラから見れば悛が少女を抱きしめている様にしか見えないだろう、しかしいつまでも動かないのは拙い。
悛は装置を首筋に埋め込まれたチップに近付けた。都合上、チップは表層に近い部分に固定されている、装置を作動させ電波を発生させるとチップの上部に赤い点灯が見えた。これでチップは動かなくなった、万が一自壊命令を受けても作動しなくなる。
悛はA-013から離れると、呆然としたまま己を見る彼女の手に自分の手を重ねた。彼女の手の中にあるのは――研究者に配られるチップ内蔵カード。
悛の研究者カードを複製したものだ、これがあればA-013はこの部屋から簡単に出る事が出来る。そして研究所内であれば悛と同じセキュリティレベル、凡そレベルⅣまでの部屋までなら行き来出来るだろう。
研究所から出る事も可能な筈だ。
「良いか、君は生きろ、生きて此処から出るんだ、そしてもっと広い世界を知ると良い――君にはその権利と義務がある」
それだけ言って悛は立ち上がる。
A-013は渡されたソレを見つめ、言葉の意味を理解した瞬間慌てて後ろ手に隠した。彼女が今手にしたのは外への切符、そして希望の光そのものだ。
カメラ映像の件で問い詰められたら、「帰って欲しくない」と駄々を捏ねられたのであやしていたと言ってしまえば良い。彼女は立ち上がった悛を見つめて、瞳に涙を滲ませた。
「こ、こんな事をして、悛は大丈夫なの!?」
「大丈夫さ、君がこの事を管理官に話さなければ、絶対にバレない」
「わ……分かったわ、私、絶対に喋らないから!」
そう言ってコクコク頷くA-013に悛は微笑み、「じゃあね」と言って踵を返した。少女は慌てて悛の後に続き、しかしテイザーガンが出て来る寸でのラインで足を止める。今カードを持っているのがバレては拙い、そう思ったのだろう。
聡い子だと思う、やはり彼女は此処から出るべきだ。
「ま、また逢えるよね? 明日――は日曜日だった……明後日は来てくれるよね?」
「勿論、平日は検診があるから、絶対に逢えるさ」
「私、待っているわ!」
「うん、なるべく早く来るよ」
涙を滲ませ、そう叫ぶ彼女に手を振る。悛が扉を潜ると暗い研究室が広がり、背後で扉が閉まる音がした。管理室と研究室はまるで対極、光と闇を象っている様だ。
大きく息を吸い込むと薬品の匂いが鼻を突く、それでも咳き込まず、悛は歯を食いしばった。
此処からだ、此処から全てが始まる。
悛はポケットに忍ばせた電波装置を握り締めながら覚悟を決める。既に賽は投げられた、もう止まることは出来ない。
果たして死ぬか、果たさず死ぬか。
バレれば即死、バレなくとも襲撃で死ぬか、いつか露呈する。
悛は考える、もしこのまま襲撃も無く時が過ぎ去れば自分の行った行為はいつか露呈するだろう。隠し通すのは無理がある、しかし襲撃があれば問題無く処理される。全ては有耶無耶の内にという奴だ、故に悛とてこれは捨て身の奉仕。
「頼むぞ――
悛は闇夜に潜む第二号の連中を想い、そう呟いた。