我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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希望への一報

 

 藤堂悛は本来誰かの健康を管理出来る程、医療の知識を持ち合わせていない。

 それでも何とか健康管理官なるものが務まっているのは単にデザインドの人体が人間のソレとは全く異なっているからだ。ベースとしては人型を模しているが、そもそも中には『人型』である必要がないデザインドも存在する。

 

 そもそも、デザインドは何故生まれたのか?

 

 ニュルンベルク綱領が提示された1947年から既に計画の原案は存在していたと言われているが、その真実を知る者は誰も居ない。その原案を生んだと言われているのが731部隊と呼ばれる日本の研究機関、関東軍防疫給水部本部と戦時中は呼ばれていたらしい、既に遠い昔の話で当時生きていた人はもう現代に誰ひとりとして残って居ないだろう。

 

 もう百年も前の話だ。

 

 当時の研究施設も爆薬によって破壊され、研究資料や実験を裏付けるデータ全てが隠滅されている。故に原案が彼の研究機関によるものだとは眉唾物の噂でしかない。しかし当時被検体(マルタ)と呼ばれていた女性の一人が後のデザインド、そのプロトタイプと呼ばれるに至ったというのは本当らしい。

 

 その女性も既にこの世を去っているらしいが、その事からデザインドが戦争に向けて準備された存在というのは明らかだ、尤も731のソレが意図して成った事なのか、それとも偶然の産物なのかは分からないが。

 

 元々デザインドは成人した男性や女性に特定の改造手術、薬物投与、人工ウィルス感染、ナノマシン強化などによって望んだ能力の獲得や身体能力の底上げを狙った計画だったが、今では誕生前に遺伝子改良によってある程度の方向性を持たせることに成功した。

 その第三号――所謂完成系と呼ばれる少女たちが現研究所レガリスのデザインド達である。

 

 彼女達は生まれた時よりBT臓器と呼ばれる人造の臓器を移植される、これはどんな方向性を持ったデザインドであっても絶対だ。人間に限りなく近い身体構造をしていようが、ゲル状のナニカが体に詰まって居ようが、少女たちはこのBT臓器を体内の何処かに持ち合わせている。

 

 例えばA-04番の少女、彼女のデザインは『単純な怪力』

 常人の三千倍の筋力をA-04の少女は瞬間的とは言え発揮する事が出来る、持続の場合は常人の二千倍まで低下するが、その怪力はデザインドならではと言う他ない。

 一馬力が750W、そして成人男性の平均が約200W――彼女の場合600,000Wである、最早意味が分からない。

 

 本来ならばあんな細腕に詰まった筋繊維では不可能と言える、無論彼女が力を発揮する場合、あんな細腕のままの訳がない。デザインドはそのデザインされた能力を使用する際、BT臓器から特定の因子を取り出すのだ。

 

 実際、BT臓器がどんなものであるか、どうなっているのか、それを悛は知らされていない。その研究を行う前に、悛は健康管理官として抜擢されてしまったから。故に彼はデザインド毎に設定された基準BT値の確認と身体機能の異常――人間に近い構造のデザインドならば兎も角、全く異なるデザインドの場合は過去の状態から変化が無いか推察する――の有無、後は適当に押し付けられたカウンセリング程度。

 

 これならば普通の医者を雇えばいいだろうと声を上げた事もあったが、そもそも医学を修めていても大して役に立たない、ならば既存の研究員でも良いだろうと言うのが上の考えだ。文句を言う研究員を外に出す訳にはいかない、なら丁度良いから雑用をさせてやる、そんな感覚なのだろう。

 

 悛は内定を蹴り飛ばそうとした時点で上の連中に目を付けられていた。

 

 それでも一部評価されているのだから世の中何があるか分からない、月に一度の趣向品支給も悛が作ったものだ、元々潤沢な資金がある研究所、たかだか数十万程度の出費には目を瞑ってくれる寛容さがある。

 

 悛が検診を開始してから、実験中にデザインドが暴れる事が少なくなったと言う報告も上がっている。飴と鞭――意図して行った訳ではないが、悛の行為はそれに該当したのだろう。

 

 我ながら何ともまぁ、残酷な研究に肩入れてしているのだと死にたくなる。

 

 

 

「定期報告は提出完了……後は月間のBT値推移を纏めて――」

 

 場所は悛に与えられた研究所内にある自室、連邦所属国際公務員という立場でもあるため自室は広く待遇も良い。備え付けのデスクの上には薄型のタブレットPCがあり、悛はそれを使って研究所内ネットワークを経由して上に報告を行う。

 

 悛に課されているのはデザインドの検診と定期報告、異常があった場合は直ぐに上へと打診しなければならない。そうでないならば各デザインドの欄に『異常なし、BT値正常』と書き込み各担当官から電子署名を貰うだけ。

 

 殆ど担当官は電子署名を悛に丸投げしているため、ワンクリックで事は済む、皮肉な事に健康に無頓着な事は悛の負担軽減に繋がっていた。

 

 後は月の終わりに月間報告――毎日のBT値を記載し、外見の推移や悛の主観も交えて詳細を綴った報告書の提出、それが悛の業務であった。

 

「……ん? 招集命令?」

 

 悛が月間報告書を纏めたメールを上に提出しようとすると、受信欄にアイコンが点滅している事に気付く。ダブルクリックして中を見てみれば、上層部による緊急会議が開かれる旨が書かれていた。

 緊急会議とは穏やかではない、何かあったのか?

 

 悛は顔を顰め、指定された会議室に白衣を掴んで駆け出した。緊急会議には三十分以内の招集が義務づけられている。それ以上遅れると遅刻報告書なるモノを書かされるのだ、要するに何をしていたんだという責任追及である。

 面倒な事この上ない、悛は自室から飛び出すと廊下を全力で駆け出した。

 

 

 

 会議室は第六室が使用される事になっていた。

 会議室の扉を開くと、中には計十名程の男女が椅子に座して待機していた。悛が入室すると、面々の視線が集中する。妙な圧力に背筋を伸ばしながら、「藤堂悛、健康管理部門、出席しました」と口にする。

 

 健康管理部門はデザインドの健康管理を名目に設立された部門だが、その実メンバーは悛一人きりである。そもそも言い出しっぺが悛なので配属される事に異論はないが、まさか全部ひとりでやる事になるとは……という気持ちだ。

 それでも一応部門である、そのトップは悛であり、幹部会への出席も認められていた。

 

「宜しい、一応招集時刻より十分早い、着席したまえ」

「はい」

 

 一番奥に座っている所長から声を掛けられ、悛は一礼する。所長は四十代の男性で金髪に青い目をしている、顔には深い皴が刻まれているが老いを感じさせない威圧を纏っていた。流石に心無い人間のトップに立つ男である、自然と冷汗が流れて来るような威厳だ。

 

 自分が最後だったのか。

 悛はその事に驚きながら一番端の席に座った、隣には経理部門のD・ホワスキーが座っている。白髪に厳つい顔をした初老の男性だ、今年で確か五十二になる。彼は悛が座ったのを見るや否や、「遅いな、新人」と鼻を鳴らした。

 

 この研究所に来て四年目だが、未だに新人と呼ばれる。

 自分が着任して以降、新しい人材が来ていないのだ。自分としてはそれなりに一端の人員になったつもりだったのだが、彼等からすると違うのだろう。「ははは、すみません」と笑いながら悛は内心で毒を吐いた。

 

「――さて、業務の合間に集まって貰ってすまないな、しかし緊急の件だ、至急皆に伝えなければならない事がある」

 

 会議室に集まった幹部の面々、その視線を一身に受けながら所長は真剣な面持ちで告げる。普段は緊急招集など掛からない、あっても定例会議程度のものだ。それ程に重要な案件なのだろう、自然と幹部の面々の表情は厳しくなり、皆が尋常ならざる空気で所長の言葉を待った。

 

 

 

 

「デザインドの第二号収容所が襲撃を受けた、デザインド約二十名余りが脱走――未だ全員の確保には至っていない」

 

 

 

 

 それは余りにも衝撃的で、幹部会の全員が一瞬思考に空白を生む程の爆弾であった。呆けた顔に浮かぶ感情は何だ、焦りか、或は恐怖か、少なくとも好意的な感情ではない筈だ。

 

「おいおいおい……嘘だろ、マジでか」

 

 一番最初に声を上げたのは警備部門の男、大きくゴツイ体格に刈り上げの髪型が特徴的な武闘派漢。彼は身を乗り出すと、「所長、それは最悪の部類だ」と声を荒げる。

 それに同調する様に隣に座していたデザインド研究部門の女が言った。

 

「報復が来るわ、連中、絶対に他の研究所を襲撃する、此処も例外じゃない、元々鎖が無ければ大暴れする連中よ、そういう風に作ってあるの」

「あぁ、俺もそう思うぜ、ただの銃じゃアイツ等は止まらねぇぞ」

「……現在連邦の軍部が第二号の足取りを追っている、見つけ次第確保、不可能なら射殺、脱走したのは二十五名、内一名を確保、三名を射殺、その間に軍部は二百人余りが死んだ、研究者としてはその戦闘能力に喜ぶべきなのだろうが――今は厄介な事この上ない」

 

 女の言葉に所長は手を組んだまま溜息を零す、デザインドの脱走、今まで聞いた事がない失態だ。デザインドはそもそも戦争に向けて作られた人工生命体、その戦闘能力は素の人間を遥かに上回り、上位個体ともなれば個人でどれ程の被害を出すか。

 

 第二号は第三号に先駆けて作られた限りなく完成に近い試作デザインド、能力も第三号に出力、持続性共に劣るものの、出力自体は大した違いが無い。第三号で改善されたのは持続性だ、例えばA-04の怪力が第二号相当であった場合、瞬間的な筋力は変わらないかもしれないが、時間経過によって常人の百倍程度までには落ち込むだろう。

 

 出力に問題無し、ただし持続性に難あり――いつか覗き見たBT臓器の一枚資料、それに記載されていた一文。

 

「軍部が出張っているのなら、私達が行うべきは施設の防衛でなくて?」

「そもそも何故デザインドが脱走したのだ、管理体制がなっていなかったのでは?」

「――防衛に関しては警備部門に一任する、そしてデザインドの各管理官には管理の徹底を通達して欲しい、最悪逃げられるようだったら自壊も許可する」

 

 騒めく会議室、誰もが意見を口にし所長が淡々と答えていく。悛はその光景を目にしながら、彼等とは全く違う事を考えていた。

 

 

 脱走――そうか、脱走か。

 

 

 悛は今の今まで、彼女達を逃がそうとは一度も考えなかった。

 単純にそんな勇気も力量も無いという部分もあったが、何より不可能だと思っていたからだ。連邦の保有する研究所なだけあって、警備は厳しく管理は徹底されている。そもそも研究所自体が北極海に在り、周囲十数キロは海と氷河に囲われている、通常の手段では侵入はおろか脱出すら不可能。

 

 更に一キロ毎に偵察塔が存在し、赤外線にて上空、海上を通過する物体を監視している始末。通過した物体は常に研究所のメインAIに通達され、リストに該当しない船や飛行物体が通過した場合は即座に連邦のマザーベースに通報される仕組みだ。これで逃げ出そうと考える方がおかしい、普通は意気消沈して諦める筈。

 

 しかし、似たような状況から逃げ出した連中がいる。その知らせは悛の固定概念を取り払い、一筋の光を齎した。

 彼女達をこの狭い世界から救い出す――可能ならばそうしたい。

 

 あんな少女たちにこんな場所は似合わない、もっと伸び伸びと自由に暮らして良い筈だ。無論、それに支払われる代償は余りにも大きい、恐らく彼女達を逃がした事が露呈すれば死罪は免れない。

 最悪生き残ったとしても二度と日の光は拝めないだろう。

 もうこの世に居ない両親にも怒られるかもしれない、真っ当な大学を出て、連邦所属の国際公務員という、表向きだけは立派な職に就いたと言うのに。

 

 己の人生を掛けてデザインドを救うか、見て見ぬ振りをするか。

 

「――兎も角、現状本部より齎された報告は以上だ、各自今まで以上に警戒してくれ、最悪第二号が攻め込んで来る可能性がある、警備部門は装備の拡充と施設強化に励んでくれ」

「了解、経理のおっさんも良いだろう? 今月の予算は他の連中には悪いがこっちに回してくれ、研究より防備が大切だ」

「誰がオッサンだ……まぁ、良い、相分かった、必要な分を申請すれば可能な限り通す、だが無駄な出費は控えてくれ」

「任せろ」

 

 会議は終了し、各々が厳しい表情で会議室を後にする。悛も会議が終了した事に気付き、慌てて椅子から立ち上がると、他の幹部に続いて会議室を退出した。その両手を握り締め、互いに意見を交わす幹部と共に廊下を歩く悛は決意する。

 

 多分、映画や漫画の主役の様な人間というのは、こういう時に全てを投げ出して手を差し伸べられる人間なのだろう。自身の信条に真っ直ぐで、どれだけ巨大な組織であっても対峙できる勇気がある。希望に満ち溢れ、間違えず、常に正しい選択をする。

 

 悛には――それがない。

 

 社会から弾かれてしまうという恐怖、二十六年積み重ねて来たモノが無くなると言う恐怖、命を失うかもしれないという恐怖、自分でなくとも、他の誰かが、そういう考えがいつまで経っても無くならない。

 

 だから、準備だけする。

 もしも、万が一、第二号がこの研究所に攻め込んで来た時に。

 彼女達が憂いなく此処を去れる様に。

 

 それが自分の精一杯。

 

「大丈夫――俺ならやれる」

 

 強いセリフを口にすると、自分も強く成った様な気分になれる。

 それは悛という人間の精一杯の強がりであった。

 

 


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