我が愛しき少女(かいぶつ)達よ   作:トクサン

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プロローグ

「はい、今日も健康だね、BTの値も正常だし身体機能面も問題無し」

 

 一面の白い部屋、加工されたリノリウム材の下にはヒカネ複合金属が敷き詰め固められている。ER-090と呼ばれるその金属は耐火性能の他、耐錐、耐溶断、耐衝撃性が備わっており、人間一人にどうこう出来るモノではない。壁にも同様の金属が埋め込まれており、宛ら此処は要塞か。

 

 部屋の中には中央に大きなベッドが一つ、後は仕切りのあるトイレとシャワー室、彼女唯一の趣味趣向となる書籍は乱雑に地面に放られているか、積み重なっている。大きさはそれなりにあるが、物の少ない殺風景な部屋。

 硬い金属に守られた部屋だと言うのに中の住人は年端もいかない少女一人だけ。

 

 尤も、目の前の――可憐な少女を守る為にある訳ではない。

 寧ろ、この金属の壁は彼女から『俺達』を守る為に存在しているのだ。

 

「お腹空いた」

「うん、もう少しで夕飯が届くから我慢してね、今日はカレーだよ」

 

 彼女の腹部に刺していた針を回収し、その傷にパッチを貼る。今ではこの作業も手慣れたもので、最初は痛がっていた彼女達も今ではそんな素振りを見せない。多少は腕前が上がったという事なのだろう。

 

 目の前の少女は白い髪を腰まで伸ばし、ぶかぶかの支給品を着た見目麗しい少女だ。眠たげな目元に艶やかな唇、肌は白く体つきは細い、そんな少女を金属の檻に入れている自分達は傍から見れば犯罪者以外の何者でもないだろう。

 しかし彼女はただの少女では無く、またこの檻も連邦によって設立された国際的に重要施設だったりする。

 この美しい少女(怪物)を飼い慣らす場所。

 

 名をレガリス――王者の名を冠するこの施設は、彼女達の様な存在を多く抱えた研究所。要するに人体実験をする為の場所であった。

 

 藤堂(あらた)、今年で二十六になるレガリス研究所デザインド健康管理官。

 それがこの場に居る一人の男――己の肩書きである。

 

 何故自分がこの場に居るのかと言えば、それは全く以て偶然という他ない。元々医者でも何でも無く、ただの一研究者だった己は何の因果か彼女達の健康を管理するという仕事を与えられ、四年経った今では当研究所の殆どのデザインドを一人で健康管理している状態となっていた。

 

 元々この施設には『デザインドの健康管理』という概念が存在しない。

 そもそもそういう風に設計された彼女達である、万が一は起こり得ない、そう思っていた研究者達だ、仮に体調を崩しても直ぐに回復する。実際その通りだ、彼女達の肉体は既に人間の枠組みを超えており回復力も並外れて高い。

 しかし、高いからどうしたと言うのだ、病に犯されるのが辛くない筈が無い。

 そうして彼女達の体調管理という名の世話を個人的に始めたのが運の尽き、あれよあれよという間に所長から健康管理官の役職を授けられ、こうして此処に立っている。

 

 

 デザインド、設計されて生まれた試験管ベイビー。

 

 

 計画当初から携わっている訳ではない為、全貌は知らない。己は途中から雇われた一研究者でしかないのだから。最初この研究所で行われていた所業を聞いた時は憤慨し、内定を蹴り飛ばしてやろうと思ったが、連邦機密保持法によって辞退は許されなかった。己一人の力など限られている、国際警察にマークされて日々を過ごすなんて、社会復帰は不可能に近い。

 結果、悛は渋々この場で働くしか無かった。

 しかし悛はこんな仕事をするには余りにも――善性であった故に。

 

 パッチを貼った後、悛はポケットの中から三つの小さなチョコレートを取り出す。研究所の売店で販売されている少しばかり高価な包みのチョコレートだ。それを拳の中に握り締め、目の前の少女の手に握らせる。

 

「替えのパッチを渡しておくから、もし傷口が痛んだらコレを張り替えて暫くは抑えていてね」

「……うん、分かった」

 

 少女は手の中にある感触を確かめ、僅かに頬を緩ませる。

 悛がこうやって毎日検診に来る度にお菓子を渡してくれる事を、目の前の彼女は心待ちにしていた。先のお腹空いた発言も、実際はお菓子が欲しいと言う遠回しな意思表示だ、悛もそれを分かっていた。

 

 彼女達には食事制限がなされている為、本来このような行為は禁止されている。しかしお菓子の類を一切禁止というのも辛かろう、故に悛は毎日少量の菓子を彼女達に与えていた。

 

「何か欲しいものはあるかい? 月に一度の趣向品支給は明日だ、手配しておくよ」

「じゃあ、悛」

 

 少女は満面の笑みでそう告げる、しかし悲しいかな、この身は一つしかないのだ。

 

「残念、今週の土日は他の子で埋まっているんだ」

「……なら、再来週」

「分かったよ、再来週の土曜日に遊ぼう」

「やった」

 

 悛の言葉に少女はガッツポーズを見せる。恐らく人との触れ合いに飢えているのだろう、彼女達は互いに接触する事も許されていないし、一日の殆どを一人で過ごしている。故に休日である土曜か日曜に悛と遊ぶことを何よりも望んでいた。

 

「それで、欲しいものは?」

 

 土曜と日曜は悛が休日を消費すれば良い話だ、故に支給品とは言い難い、そもそも俺は物ではないと。故にもう一度問いかけると、少女は少し考えた後に告げた。

 

「面白い小説が読みたい」

「……うん、分かった、取り寄せておくよ」

 

 そういう彼女の言葉に笑顔で頷き、悛は立ち上がる。取り敢えず流行の小説を三冊程、彼女の為に用意しておこう、この少女が喜びそうな恋愛小説を中心に。

 悛が立ち上がると、少女もベッドから立ち上がり悛の着込んだ白衣の裾を掴んだ。ぐいっと小さな力で引っ張られ、悛は苦笑を零す。

 

「また明日来るよ」

「…………うん」

 

 裾を掴んだまま悛と一緒に部屋の入り口まで歩く少女、その表情は暗い。貴重な触れあいの時間が終わってしまうからだろう、悛も出来る事なら部屋に留まってやりたいが、彼女一人だけに時間を割く訳にはいかない。

 

 少女が入口に近付くと、ビーッ! という警告音と共に扉の左右からテイザーガンが銃口を覗かせた。

 その銃口は少女だけを狙っており、悛は照準に入っていない。この部屋の入り口はICチップを内蔵したカードが無ければ入る事も出る事も出来ない。もし持っていない状態で出ようとすると、この様な警告が発せられる。人間なら最悪死に至る電撃を放つテイザーガン、無論デザインド用に開発された改良銃だ。

 

 少女ならば兎も角、悛が食らえば臓器ごと麻痺して見っとも無く痙攣した後、失禁して死ぬだろう。

 

「……明日、待ってるから」

「約束する、また来るから、安心して」

 

 悛が微笑み、少女は唇を噛んで頷く。

 少女が掴んでいた裾を放して一歩その場から退くと、テイザーガンは再び壁の中に埋没した。悛は後ろ髪を引かれる思いで扉の前に立ち、一拍後に開いたソレを潜る。そうすると白い部屋から一転、暗く機材に埋もれた研究室に早変わり。背後の扉が閉まって、悛は何とも言えない罪悪感を覚えた。

 

「……A-04番、今日も異常ありません、BT値も正常、詳細は後で送ります」

「あいよ、A-04担当官了解、詳細は要らねぇ、いつも通り勝手に上に報告してくれ」

「分かりました」

 

 皮椅子に深く腰掛け、煙草を吹かしたまま己の研究に没頭する男。彼はA-04番、この部屋の少女の担当官だ。仕事はA-04の監視と彼女を使った実験、それぞれ設計された目的が異なる為実験内容は様々だが、場合によっては目を覆いたくなる様な実験も行われる。

 そういう事を平気でやる連中なのだ。

 

 男は健康面など、どうでも良いとばかりにPCと向かい合いキーボードを叩く。大抵の管理官はこの男と同じ健康になど全く注意を払わない、一部の良心的な管理官でさえ比較的と付くだけで悛からすれば大差ない。

 ここに連れて来られる連中は皆、心が死んでいる。

 何故自分が選出されたのか今でも不思議だった、しかし自分が来なければ彼女達はもっと不幸な目に遭っていただろう。そう考えれば此処に来た意味はある、悛はそう考えて拳を握った。

 

「では、失礼します」

「うい、お疲れ~」

 

 研究室を後にし、悛はそのまま廊下に出る。

 籠った煙草の匂いから解放されて、悛は白衣を手で叩いた。

 

「………本当に、此処の連中は気が狂っている」

 

 

 





 Twitterに書かれていた奴を読みたいと要望を頂いたので、やったるでー! と書いてみたら筆が進むくん。
 と言う訳で取り敢えず二話まで投稿させて頂きます。

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