人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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豪雨被害で死を覚悟しましたが家財が軒並み消滅しただけで済んだので再投稿です。

いやぁ死んでなかっただけ僥倖ですよ本当に。


襲撃~タロット総力戦~中篇

気がつけば、寮にいた。

 

俺はどんな一日を過ごしたのだろう。

 

分からない。

 

思い出そうとして記憶を探り返すが抜け落ちたかのように何も無い。

 

俺が今日、どんな朝食を摂って、どんな移動手段で、誰と、どんな様子で、誰と会いながら登校し、どんな授業を、どんな風に受けていたのか......その全てが無い。

 

まるで眠りから目覚めたのが、たった今かのように。

 

俺の記憶に、俺が過ごした筈の今日が無かった。

 

それは確かな異常事態ではあるが、俺はそんな奇妙な体験を――ああ、また、か......で済ませてしまえる程に経験した。

 

初めは酷く困惑し、狼狽え、怯え――少しでも何かを遺そうとしてたのだろう。大量の録音テープを見つけたときは少し引いたのを覚えている。

 

自分が遺した物さえ、聞かなければ分からないのだ。それは録っていても意味がない。

 

だから、誰かに聞いてもらえるように。語り掛けるような口調で録れ、と書かれたメモ用紙を仕舞って録音を開始する。

 

「――ああ、11月......何日、だったか。あー......もうすぐ、体育祭が始まる、らしい」

 

記憶がないから、どうしても録音も続かない。

 

だが、メモに書き残された事だけは残っているから、それを読み上げる。

 

「まずは、名前。武偵高校一年、冴島隼人。次に、何があったか。その一、アリアたちにランバージャックをかなめ......注釈、GⅣを指す、に仕掛けるから幇助者として手伝えと言われた。集合時刻は夜8時......第二グラウンドに、来いとのこと。その二、病院での検査報告の結果。放課後に武偵病院へ向かい矢常呂先生から手渡された茶封筒に結果表と類似した症例のまとめが同封されているので、読んでおくこと。その三、今日は璃璃粒子が無い。俺は関係ないが、他の能力者たちやおそらく『タロット』のメンバーも調子がいいだろうから、注意しておくこと。以上。これから、ランバージャックの幇助者をしに行く」

 

録音を停止させ、武偵高校の制服に着替えて部屋を出る。

 

ジャンヌに挨拶を、と思ったがジャンヌも幇助者として呼ばれていた事をメモの注釈を見て知った。

 

第二グラウンドに行く途中に、茶封筒の中身に目を通したが身体的に異常はあれど俺にとっては正常なものばかりで特に可笑しい箇所はない。脳に損傷は見られず、いたって健康的。

 

記憶障害に関する症例もあまり参考に出来る物が無く、ハズレだとメモに書き残した。

 

それを制服の内ポケットにしまい、第二グラウンドまであと400mと少しの地点で、俺の体が突如殺気に覆われた。

 

「――」

 

反射的だった。なんとなく、本能での行動だった。

 

身体に纏わりつく3つの殺気の内、一番濃い殺気を宛ててきた方向へ鋭いミドルキックを放っていた。

 

風を切る鋭い音が一瞬したかと思うと、伸ばしきった脚を覆う様に突風が吹き荒び地面に溜まった枯葉が舞い上がる。

 

殺気は払えず。むしろ3つの殺気全てがより強くなった事を理解した俺は戦闘態勢に入り、背筋が凍えるような寒さを感じてその場で右脚を軸に右回転し、右腕による裏拳を繰り出した。

 

先程の蹴りの様な空振りではなく、確かに当たった感触がした。防がれた感じがした。

 

顔が、僅かに遅れて腕と同じ方向を向く。

 

そこには――

 

「なかなかやるじゃあないか。温室育ちの養殖かと思っていたんだがな」

 

クツクツと、喉の奥を不気味に震わせて嗤う、ローブを被った男の声が聞こえ、その素顔が薄く街灯の光に照らされて闇から浮かび上がる。

 

その顔は、まるで骸骨のようだった。

 

「――!」

 

距離を取り、仕切り直そうと飛び退く。

 

が。

 

「おっと」

 

それを、目の前の骸は許さなかった。

 

ローブから抜き出た、骨と皮だけで構成された死人の様な腕が後ろへ下がる俺の制服に触れ――突きたった。

 

「ぁ......が、っ......?」

 

その細い腕の何処に、俺の身体を突き穿ち、肉を割き骨にまで到達させる力があるのだろう。

 

「くつくつ、思ったよりも、苦戦するかと思ったが――冴島隼人。その『硬さ』、奪わせて貰った」

 

何を、と吠える前に痩せた男が、胸を抉った腕を捻りそのまま地面目掛けて振るった。

 

たったそれだけで、まるで紙切れの様に俺の身体が右の肩甲骨の辺りからヘソ辺りまで引き裂かれる。

 

「ぐ、ぬぅぅ゛あ゛!」

 

飛び散る鮮血と、掻き分けられる肉の感触、千切れる神経や繊維の悲鳴が一丸となって脳に警鐘を鳴らし、脳はそれを正確に処理をして痛みを全身に響かせる。その当然の反応に堪らず俺は苦悶の声を漏らした。

 

「ソイツは、入場料、だ。さぁ、もっとだ。奪わせろ。『悪魔』は、まだ満たされていないぞ」

 

痛覚は鈍くなっているはずなのに、まるで夏頃に受けた痛みのような、懐かしさを伴ってやってくる人として当然の生理現象に酷く困惑しながらも俺は歯を食いしばって、呻き声を押し殺して目の前の男を睨みつける。

 

「いい、いいぞ......その目だ。――ああ、ダメだ。俺も昂ってきてしまう、な。いかん、いかん」

 

男はまるで自制するかのように、俺の身体を引き裂いた左腕を、子供を撫でるかのような手つきで労り始めた。

 

しゃくり上がるような声で、身体を細かく過敏に痙攣させる男が突然制止したかと思えば、今度は身体を小刻みに震わせて、フクロウの様に首を捻り始める。

 

「ウギヒヒヒ......ヒッ、ヒハッホヒヒヒハハハハ.......はっ、はっ...ぅ゛う゛う゛、ヴァウッ!ヴァウッバウッ!」

 

そのまま笑い、唸り、吠える。

 

――なんだ、こいつ。

 

気味が悪い。その一言に尽きる。

 

「ほっほひ......ぐ、ふぅ、ふぅ――ああ、いかん。スマンな、これから殺す奴を目の前にすると感情が暴れてな......制御が効かんのだ」

 

嗤いつかれたのか、吠え疲れたのか。突如として動きを止めた男は顎を擦りながら首を鳴らして先程までの痴態を謝罪してきた。

 

「俺を殺す?――『タロット』か」

 

「じゃなきゃあ誰がいるんだよ、このタコ」

 

中々傷の再生が始まらない事に微かな焦りを感じながら、もう少し待てば再生が始まるか、と時間を稼ごうとしたが――

 

「っ!」

 

本能が咄嗟にアクセルを発動して、街灯の方へ向けて飛び込んだ。

 

その直後、捲れ上がった制服の端が、斬り飛ばされる。

 

「あ...避けられちゃった、か」

 

「声なんか掛けるからだ、マヌケ」

 

街灯の柱に背を預け、やけに重い身体、乱れたままの息に疑問を覚えつつも深い呼吸をして体勢を立て直していく。

 

その作業の中で、俺を襲った人物と思わしき人影に目が留まった。

 

見た目は、中性的。

 

短く切り揃えれた黒髪と黒色のだぼっとしたスーツが、街灯と月明りに照らされている。

 

スーツが一回り、二回り大きいせいか性格な体系は分からないがその顔は世間一般で言う美形に分類されるものだろう。

 

両手に剣と槍を持っており、それを軽々と振り回している男は悔しそうに俺が避けた事を悔やんでいる。

 

それに対しローブの男は美男を罵倒していることから、同じ『タロット』のメンバーであることは確実だろう。

 

「じゃあ、不意打ちしてごめんなさいなんて言いません。それがボクにとっての正義ですから。自己紹介させて頂きますね。ボクの名前は大久保。こっちの怖い人は小沢さんって言うん、ですッ!」

 

言い終わるよりも先、声を発しながら突進してきた大久保は槍を自らの背に隠しながら、剣を突き出して此方へ向かってくる。

 

クイックターンで街灯の柱の裏に回ろうとした俺の動きを、大久保は許さなかった。

 

「我が天秤に掛ける!『我が攻撃』と『敵の回避』!どちらに、正義がある!」

 

その言葉の直後、俺の体はまるで操り人形の糸がぷつりと切れてしまったかのように動かなくなり、膝から崩れ落ちた。

 

「――な」

 

に、と言い切る前に、大久保は剣を振り払いその遠心力を活かして突き出された槍が、クイックターンの途中で止まってしまった俺の背を正確に突き刺した。

 

いや、正しく言えば背中ではなく、右肩。関節の隙間に綺麗に捻じ込まれた切先が、軟骨を押し広げていく。

 

そのまま、声を上げるよりも早く、刺さった槍の矛先が捻れていくのが分かり――焦るが、もう遅かった。

 

「セイッ!」

 

思いきり、開かれた。

 

肩関節が、バクリと割れて肩関節に至るまでの傷口が磨り潰し、押し広げる様に掻き混ぜられた。

 

右肩の脱臼、筋肉の切断、骨折。

 

まるで傷をつけられた部分に火が点いたかの如く熱を放つ。

 

熱い、痛い。苦しい、痛い、痛い痛い痛い熱い。

 

痛みを声に出して叫びたくなる、生理現象に駆られ顎を上げた途端。

 

「はぁっ!」

 

大久保の返す刀で振るわれた剣が左の側頭部に叩きつけれ――皮膚が抉り割かれ、血管が轢断し、頭蓋が割れ――脳が揺れた。

 

ぐじゅり、と血が溢れ出ながらも振り抜かれなかった剣が伝える震動が余す事無く脳を揺すり続ける。

 

腰で上半身を支える事が出来なくなり、咄嗟に右腕で身体を支えようとしたが、右腕は地面にだらりと垂れているばかり。

 

姿勢を止められなくなった俺は倒れ、大久保のさらなる追撃を許してしまった。

 

「でぁああっ!」

 

力の入らなくなった右腕、その肘を思いっきり踏みつけた大久保は、踏みつけた足に全体重を掛けてもう片方の足を全力で踏み下ろした。

 

「ハァッ!」

 

更にダメ押しと言わんばかりに、軽く握られたままの形で動かなくなった指さえも、踏み砕いた大久保はそのまま地面に倒れた俺の右目を、爪先で抉り抜くかの様に蹴り飛ばした。

 

地面を何度かバウンドし、その度に傷口から血を噴き上げながら転がっていき、ガードレールに衝突する。

 

「――ふぅ!あっけなかったですね!」

 

大久保は剣と槍に付着した血を手慣れた様子で振り払い、小沢に声を掛けた。

 

「――油断するなよ、ヤツがこの程度でくたばるものか」

 

小沢は警戒した様子で、焦点のあっていない俺の目を見ながら近寄って来る。

 

「このまま、喉を斬りましょうか?」

 

大久保は剣を逆手に持ち、何時でも振れる事を小沢にアピールしている。

 

そのまま、近付いてくる。

 

勝ち誇った薄い笑みを隠す事も無く、堂々と近付いて来る。

 

足元に俺を見据える所までやってきた大久保は、剣を高く振り上げた。

 

「じゃあ、これで――終わ」

 

その瞬間。

 

無傷の両脚と腰、左腕を使い、跳ねる様に飛び起きた俺はそのまま左腕だけで大きく身体を跳躍させ大久保の喉に右膝蹴りを入れ、重力に身を委ねて落下していく。

 

その際に大久保の足を左腕で押して、身体を大久保の背後に回り込ませる。

 

そこから更に、右足を90度に保つ事で鎌のようにし、大久保の首に掛け――左脚を大久保の背から回して右足に引っ掛けて、折り曲げる。

 

「――か......ぁ......っ!」

 

そのまま俺は胴体を持ち上げる――のではなく、その逆。

 

更に海老反りになって、大久保の開いた足の間に上半身を捻じ込み左腕を通し、脇を使って大久保の足を掴んでよりキツく上半身を反らす。

 

大久保は気道を塞がれながら、上半身を海老反りにせざるを得なくなる。

 

だがそれにより更に顔は天を向き、空いた首の隙間を容赦なく絞めた。

 

このまま脚を更に絞めれば頸髄損傷を起こせる。

 

それより先に、窒息してしまうかもしれないが。

 

大久保は必死に抵抗しようとするが剣と槍は地面に落ちており、必死に俺の脚の脛を掻き毟っている。

 

「チッ――だから油断するなと!」

 

小沢はようやく動き出すが一歩踏み込むよりも先に、俺の左腕が大久保の脚を放して腰のホルスターに収められたXVRを抜き、照準を小沢に合わせる動きの方が早かった。

 

小沢は、XVRの照準が自身を狙っている事を悟ると小さく固まる。

 

「――く......」

 

「......ケー、セー......ギャク、テン......だ、な......!」

 

呂律が回らず、はきはきと喋れないことのもどかしさを感じながらも、ニヤリと血濡れの頬を歪ませて笑う。

 

「――く、くくく.......」

 

小沢が、俺の言葉に反応し、小さく嗤う。

 

「ああ、そぉだな......形勢逆転、だな!」

 

その言葉と同時、風が髪を揺らし――左腕、左肘、左手首、左手の人差し指、小指、両膝が砕かれ、顎を鋭い一撃が抜けていった。

 

大久保を拘束するだけの力のほぼ全てを一瞬で奪われた俺は吹き飛び、アスファルトに押し戻される。

 

――何、が?

 

うつ伏せで倒れた俺は、顔を少し上げて大久保の傍に立つ人影に気付いた。

 

「―ガッ!ゲボッ!ゴフッ!ガヒュッ!ハ゛ァ゛ッ!あ゛ぁ!っ!は、は......あの野郎!ぶっ殺してやる!」

 

「頭冷やせよシオリ。此処まではシナリオ通りだってキョーシロ―と話したダロ」

 

身長は――2m近くある、色黒の男。

 

街灯に照らされたその姿は鼻が高く、彫りが深い事から、外国人である事が分かった。

 

特徴的なのは、ドレッドヘアとその服装。

 

上半身は裸で下半身は海パンのような物だけ。

 

装飾品は悪趣味な金のネックレスが幾つも付けられていて、一番目立つ物は『I AM NO.1』と象られた文字のネックレスだ。

 

ブレスレットにミサンガ、腰にも帯のように大量の装飾品をぶら下げている。

 

両耳にはその耳よりも巨大な金のイヤリング。

 

鼻ピアスも当然の様にしている。

 

この悪趣味な男が、俺を蹴り飛ばしたのだろうか。一瞬で、同時に、あれだけの攻撃を?

 

――不可能だ。

 

そう判断しようとしたところで、言葉に詰まる。

 

――まさか。

 

少し伏せた顔を、首を持ち上げる事でもう一度黒人の男を睨みつける。

 

 

「Hugh。たまげたぜ、その目。ナイスなガッツの持ち主と見タ。先程の不意打ちは失礼したな、許してほしい。遅ればせながらも自己紹介をしヨウ。我が名はウーサー。ウーサー・ハイボルトッ!」

 

大袈裟に腕を振ったり、身体を振ったりしながら、黒人の男は自分を照らす街灯を見上げて両手を広げながら高らかに名乗りを上げた。

 

――コイツも能力者なら。

 

「――ソウ。キミの考えているトーリだよ、ハヤト」

 

――ああ、畜生。

 

「最も......私は無駄な派生などしていない――純粋なモノだ」

 

コイツは。

 

「オレの――ウホン、失礼。我が能力は――」

 

コイツの能力は!

 

「キミと同じ――ああ、止めダ、止め。堅苦シィ!」

 

俺と、同じ――

 

「俺の能力は、テメーと同ジ」

 

「――加、速――能、力......?」

 

絶望したような声で、尋ねるように口にしてしまった一言が、ウーサーを喜ばせたのか、挑発的な笑みを浮かべた。

 

「――ケーセーギャクテン、だなァ?ハヤト?Hum?」

 

ウーサーの一歩奥に立つローブの男、小沢。

 

怒り狂った表情で、今にも飛び掛かってきそうな大久保。

 

そして、勝ち誇った笑みを浮かべるウーサー。

 

「――これが、俺たち3人が......タロットが出せる、最大戦力。冴島隼人に挑む、最後の攻撃だ」

 

小沢の言葉で、大久保とウーサーの二名が構えた。

 

「ここからは、決して慢心はしない」

 

「我が『正義』が、貴様を裁くッ!ぶっ殺してやるッ!磔にして、皮を剥いでッ!吊るし上げてやるゥウアアアアッ!!!」

 

「オレが一番だ、オレがナンバーワンなんダ。テメーはオレの背中見て泣いてりゃソレで良いのサ。――タイマンじゃねーのがザンネンだが、まっ諦めてクレ」

 

「我が『悪魔』の腕が、お前から絶望さえも奪い取るだろう」

 

 

第二ラウンドが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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