短いです、すいません
絶対に冴島隼人を殺す。
そして、自分たちが優秀だと世間に知らしめるのだ。
その為なら、群れることさえ厭わない。
個の存在では勝てないと証明しているような物であれど、悔しさはない。
兎にも角にも、先ずはあの冴島隼人を殺しておきたかった。
殺さなければ、自分が否定されるような気がしたから。
だから我々タロットは、冴島隼人を殺す。
自己存在の確立の為に。敗者にならないように。
そう意気込んで、自身と相性の良い奴を2人ばかり連れてきた。
これは、一度きりの共闘だ。そして、タロット最後の総力戦だ。
冴島隼人さえ殺せれば、後は俺がコイツらを殺す。
そうすれば、タロットだって滅ぼして、俺は本当の意味で自由になれる。
こんな息苦しい場所に押し込められるのは好きじゃない。
だから、殺す。
俺がこんな場所に居るのも、こんな能力を与えられたのも、何もかもを奪われたのも、全部冴島隼人のせいだ。
全てを奪った奴が、何も奪われず、白日の下を笑いながら生きているのが気に入らない。
道連れだ。奪い取ってやる。引き摺り込んでやる。俺と同じ地獄に、堕としてやる。
俺は『悪魔』。
全てを奪い取る、悪魔の腕を持つ男。
俺の名前は――小沢京司郎。
宿命を意味する悪魔......冴島隼人と戦う事を義務付けられた人生を歩く、悪魔。
奴と戦う事で、ようやく本当の俺が始まるんだ。
これは、俺が俺の運命を終える為の戦い。
小沢さんに、声を掛けられた。
癪だが、戦える人材を全部連れて殺しに行くと。冴島隼人を殺ったら、次は僕たちだって。
荒れていたなぁ、小沢さん。
そりゃあ、確かに戦う事を宿命だって言われれば、痛い人じゃない限り苦い顔をすると思う。
戦わなければ、本当の意味でその人の人生が始まらないなんて、最悪もいいところだ。
でも、そんな小沢さんからの共闘しようという話が持ち上がった時は、ひどく嬉しかった。
人間が持つ欠点を否定せず、受け入れた上で長所を束ねて戦おうと言うのだ。
僕は、決して強くない。特に目立った個性というものもない。
顔がいいから、なんて理由で男の人に、性的暴行を受けたくらいで、僕は強くない。
無様に犯され、泣き叫ぶ事しかできなかった。
でも、この能力を与えられてから僕は、チャンスを与えられる存在になれたんだ。
今までは、強制的な敗者にしかなれなかった。
でも、この能力でチャンスを掴み取れれば、僕は私に戻れる。
仮面を脱ぎ捨てて、強い女になれる。弱い女だからと嘲笑って、良い様に犯す屑共を薙ぎ倒せる。
しかし、冴島隼人がそんな僕の能力を、強がりを嘲笑う。
僕の努力をあっさりと追い抜いて、嗤う。
だから、僕は冴島隼人を倒さなくちゃいけない。
自信を取り戻す為に。僕が私に戻るために。
強い男を、ねじ伏せて、蹴散らして。僕が強くなったと証明するために。
僕は『正義』。
狂った天秤に自愛を掲げ、他の全てを吊り合わぬと切り捨て裁く偽善の化身。
僕の名前は――大久保詩織。
僕は強くなる。ならなきゃいけない。
例え、天秤に何を乗せようと。僕以上に価値のある物なんてない。
だから僕は、何を捨てても、強くならなきゃいけないんだ。
僕は戦う。自尊心を取り戻す為に。
そうして僕は、剣と槍を取る。
祈りはしない。お願いもしない。僕が、僕自身の手で掴み取るんだ。
誰かに祈ってなどやるものか。
俺は誰よりも速さを追求した男だと自負している。
その点で、俺は既に運命の女神に操られていたんだろう。
冴島隼人。ムカツク野郎だぜ。
俺と同じ速さを追求している。それだけで怒りで頭がフットーしそうになる。
何時かぶっ飛ばしてやろーかと虎視眈々と狙っていたがキョーシロ―の奴から声が掛かるなんて思っちゃあいなかった。
何せ奴は大アルカナ、哀しい事に俺は小アルカナだ。
基本的に混じり合う事は無ぇ。
だが、だがだがだが。
よほど冴島隼人がムカツクらしい。キョーシロ―は大も小も関係無しに、戦闘系能力者を集めたようだ。たったの数人だけみたいだがな。
これは、俺としては余り嬉しくないことだが仕方がない。
一対一の真剣な決闘で、どちらが上かを示したかったが、運命の女神様はそれを望まなかったようだ。
祈る様に、3度コイントスを行う。
俺が何かするときに、必ずやる行為。
自分の運命を、自分がやろうとしている事の成否を天に尋ねる作業。
コインを握った手で胸に十字を描き、コインの表に掘られた女性にキスをして、指で弾く。
表。表。表。
ああ、どうやら今回の俺は最高にツイてる。
運命を操る女神様は、俺の勝利が欲しいらしい。
磨き上げた特注の戦闘用ブーツを履いて、ヒモをきつく縛って立ち上がり、動きを確認する。
――よし、問題ねーな。
キョーシロ―やシオリみたいに、ガチでエグめの信念なんざ持ち合わせてねーが、俺が戦う理由はただ一つだぜ。
俺と同じ能力を持ってるから。それだけで十分だ。
冴島隼人か、俺か。どっちが早いか、目に物見せてやる。
俺は『8-棒』。
素早さを司る暗示を与えられたスピードスター。俺の前じゃジェット戦闘機でさえ陸に上がった亀と同じさ。
同じ能力なら、単純な強さが物を言う。だからこそ、俺が、俺たちが考えた闘いこそ冴島隼人に届く攻撃になる。
誰よりも速く、奴をぶっ飛ばしてやる。
俺の名前はウーサー。ウーサー・ハイボルト。
人類最速の男だ。
ただただ、最速で在り続けたいだけの、スピード狂さ。
3人の戦士が選出され、冴島隼人を襲いに行く。
いや、選び出されたという言い方は正しくない。
遺された3人、というべきだろう。彼らはタロットの中でも群を抜いて強力な能力を持つ。
『悪魔』『正義』『8-棒』。
テーブルの上に置かれたそれら全てのタロットを、手を使わずに回収し、そのままそよ風が頬を撫で、カードを粉微塵に切り刻む。
そう、確かに強い。でも、弱い。
目を閉じて、鼻歌を少しだけ歌う。
彼らには、支配出来ない。
この世を、手中に収めることは出来ない。
今まで敗れていった『1-棒』『3-硬貨』『4-剣』『6-棒』『9-硬貨』『10-剣』『女王-聖杯』も同様に、触れずに回収し、風が引き裂く。
まだ、大アルカナのほとんどと小アルカナの面子も多少残ってはいたが皆一様に臆病風に吹かれ――ボクに処された。
ソファの後ろで1cm四方のサイコロ状になるまで切り刻まれた肉塊が、力任せに引き千切られた人の四肢のような物の名残を微かに残すモノが散らばっている。
そしてソファの隣では、まだ生きていて、絶叫を上げながら許しを乞う女性の身体を風が捻り、雑巾を絞る様に磨り潰して、床に溢れ出る血が無機質なカーペットをこの世に2つとない物へと変えていくかの様に染めていく。
この風は何が楽しいのかは分からないが、楽しそうならいいか。
どんな形であれ、死んでしまった彼ら。しかし彼らの死が無駄になる事はない。
だけどボクは涙を流す。あれほどまでに慕ってくれた彼ら彼女らを殺してしまったのだ。
心が痛まない筈なんてない。でも大丈夫だよ。
ボクは強いから。皆の死を乗り越えて、ハヤトを斃してみせる。
だから、安心して、ボクに全てを委ねて。
絶叫を上げていた女の喉が潰れ、風が力加減を間違えたのか風船が破裂するように、一気に肉片や骨の欠片、血液の飛沫が薄暗い部屋を襲う。
恐ろしい程の速度で飛び散る肉と骨と血のワルツが、ボクに付着するなんてことは決してない。
今まで閉じていた目を開き、つぅ、と横目に見てやれば眼前に迫った、鋭い骨の棘は空中で静止している。
音すら発生しない静寂が支配する空間。
炎は燃え盛る行為を許されず、流れ出る微風は吹き抜ける事を許されない。
星々の輝きも今この瞬間だけは地上を照らす事を止め、地球はその自転をただ一人、ボクに委ねる。
思考というものに速度があるとすれば、それは光速を越えるそうだが――ボクの前ではその程度の速度、止まっているに等しい。
ありとあらゆる物が動く事を許可されない世界。
ありとあらゆる存在が生命反応の誇示を否定される世界。
静寂と停滞が支配する空間で風が吹き荒れる。
ボク自身を包み込むかの様に吹き荒れた風は、室内を穢す血飛沫を、骨の弾丸を、肉の嵐を纏め上げソファの後ろへ放り投げる。
返す刀で机の上に散らばるタロットカードを巻き上げ、空中へ浮かし、絵柄も確認せずに風は思うが儘に暴れ狂い、全てを切り刻んでいく。
風は暴風の轢殺を生み出し、たった1枚のカードを遺して、全てを斬り捨てた。
目を閉じて、そのカードを人指し指と中指の二本で挟み取る。
――瞬間。
全てが、動く事を、許された。
粘着質な水音が後方から聞こえ、切り刻まれたカードの残骸が紙吹雪となって室内を駆け巡る。
突如発生した旋風に、燭台の炎は大きく音を立てて揺らめき、影はそれをコンマ数秒のズレさえ起こさずに追尾する。
夜風に吹かれ千切れ飛んだ雲が動き、覆い隠していた月の光が窓から差し込み室内を照らす。
全ての物が、存在が、生きていると安堵の意味を籠めてボクに畏敬の念を送っている。
全能が、手中に収まっているような気さえする。素晴らしき全能感と、多幸感に満たされたボクの全身を風が覆っていく。
これこそが、ボクの能力。
世界を支配しているのは、神でも、悪魔でも、ましてや人間でも時間でもない。
――このボクだ。
手にしたタロットカードを裏返し、絵柄を確認する。
碧空がカード全体を覆い、左上には風を象徴する天使。右上には水を象徴する鷲。左下には大地を象徴する牛が、右下には火を象徴するライオン。
この世を構成する四大元素の中央には、月桂樹で形作られた輪を抱える性別不明の人型が、踊っているようなポーズをとっている。
男と女、どちらにも傾くことのない完璧。
月桂樹の輪は小さな∞を幾つも積み重ねた形で構成されている。
永遠の輪に囲まれた完璧な存在。
それが意味するカードはただ一つ。
刻まれた文字を見る。
ⅩⅩⅠ - THE WORLD
コレが、ボクの持つ『暗示』。完成を意味する、世界の暗示。
――ああ、酷い頭痛がする。
風邪でもひいたか、と独り言ちてみるが誰も言葉を返さない。
言いきれない寒気と、何処かから感じる視線。
そして、この短期間で嫌という程味わった戦闘の経験が、俺の直感が、近々何かデカい動きがあると警告しているような気がした。
頑張れ俺、冴島隼人。まだ何も解決してないぞ、GⅢのことも、タロットも、アリアの緋々神も。
何も終わってないのに、一人息切れして、不調を訴えていたらキンジたちに笑われちまう。
だから、頑張れ。
頑張るんだよ、俺。
そうして眠れない夜、窓辺から差し込む月明りが分厚い雲に覆われて消えていくのとシンクロするように、俺の意識も雲が月を覆い隠す動きに合わせて薄れていった。
壮大に何も始まらない