2か月先のスケジュールまで全部修正とかちょっと笑えないので上司様ゆるして(´;ω;`)
あ、ダメですか(ハイライト消失)
「......再生、開始」
ガチャリ、とやや重めのスイッチを押し込むと保管方法が雑だったのだろうか、ノイズと生活音や環境音が混じり合った雑音が暫く流れ始めた。
「彼は、何を想ってこれを残したのか。我々は――否、私は知らなければならない」
記憶にはない、番外の話を。
彼のみが知る、彼が果てた物語の裏側を。
現在は、西暦2011年。
私自身が最も長く感じた日々から、既に2年が経過した。
あの惨状を止められなかったのかと、日々そればかり考える毎日を過ごしている私が、このボイスレコーダーを回収できたのは紛れも無く僥倖だった。
今もなお雑音が流れ続けているボイスレコーダーに少し訝しみこそすれど、これは出所のはっきりとしている由緒ある遺留品だ。
焦る気持ちを抑えながら、私は深く腰を落ち着けていたはずの椅子から、やや腰を前に突き出し前のめりになって貧乏揺すりを始める自分の足に気付き苦笑を零した。
全く、感情を抑えられていない。
随分と冷めた人間になったと思っていたが、まだそうでもないらしい。
『――あー、あー.......これ本当に録れてるのか?』
若い男の声が、ボイスレコーダーから流れ始めた。
どうやらボイスレコーダーが起動しているかの確認をしているようで、本体を掴んだのだろう、やや耳に響くノイズが大きく、一瞬だけ鳴る。
その不快な音に一瞬目を細め眉を寄せるが、すぐにその雑音も収まった。
『また録り直す、なんていうのは面倒だからやりたくねーけど...まぁ、しゃーねぇか』
ああ、随分と懐かしい声だ。
聴くだけで、自然と頬が緩んでいく。
眉間に刻まれた皺もこの瞬間ばかりは緩み、力を込めた目尻も垂れてしまっていることだろう。
『さて、これは俺の独り言だ。えーと...そう、だな、うん。出来ればコレは、俺自身の手で処分しておきたい物だが――大掃除の時とか、万が一の時に、きっと俺以外の誰かが見つけるだろう。そして、聞いてしまうかもしれない』
若い男の声は、同居人でも居るのだろうか、まるで聞かれたくない事を話すかのように小声になっていった。
『まず、俺の名前と、今の西暦と記録日時をパッと伝えておこう。西暦2009年、11月中旬。時刻は夜の11時半ちょい過ぎくらい』
名前なんて、名乗らなくても分かっているのに。
ボイスレコーダーから聞こえてくる懐かしい声に、つい笑みを浮かべてしまう。
『んで、名前だが――そうだな、前振りとかいらねぇよな。処分するの俺だろうし』
男は可笑しそうに小さく笑ってから咳払いをし、また話し始める。
『俺の名前は――』
私はこの男を知っている。
このボイスレコーダーを遺した本人を知っている。
そう、彼の名は――
「『冴島隼人』」
――私が、最も惹かれ、最も興味を持ち、最も深く関わった人。
『さて、知ってる人間だったか?知らなかったらきっと、俺が今から話す内容はとてもじゃないが信じられない――ポエムみたいなモンだと思うだろう。だからとっととコイツを捨ててくれ』
『そうじゃなきゃ――俺を知っている奴が、これを聞いているなら.....そう、だな......まず、何から話したもんか』
これを録っている当時の彼は――どのような想いを秘めて、どんな顔で録っていたのだろうか。
私には、知る義務がある。
『ここからは――俺を、最期の俺を知っている奴にしか通じない話だと思う』
『まず、俺がなぜ誰にも相談しなかったのか。これは単純だ』
『抑止力、という物が存在する。有り得たかもしれない物事の否定、抑制、世界のストーリーを変更しかねない重大な物事に於いて悉く姿を現し、何事も無かったかのように消えていくソレのことだ』
『超能力齧ってる奴なら分かんだろ?あれだよ、IFの否定。俺はソレになぜか該当してしまったらしく――俺が話す内容は、誰かに話してはならないらしい』
彼の独白は、続く。
私は聴き続ける。
そうすることでしか、真実を知れないから。
『だからボイスレコーダーっていうのは安直かもしれないが......きっとこれが見つかるのは、全部終わって、何もかもが手遅れになった後だろう。だけどその時、きっと俺は居ないと思うから、こういう手段で、俺の声を遺すことにした』
『先ず、俺の今について話をしよう。最初は俺の中で、大きな変革があったと思った一件だ』
『それは――初めてGⅢと対面した、浮島での宣戦会議中の時になると思う。あの時、俺はGⅢから何かを打ち込まれた。それからだ。俺の中に、大きな変化が、知覚できる変化と知覚できなかった変化が起き始めた』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2009年11月。
「一番でかい変化は、加速する度に、日常生活を過ごす度に起こしていた吐血症状。鼻血という形でも発生していた物だな」
俺は自分の腕を真っ直ぐに上に伸ばしながら、蛍光灯に掌を翳しつつボイスレコーダーに独り言を紡ぐ。
「ああやって身体の古いパーツを破棄しつつ、新しい肉体へ変性していく気分は、最初は悪くなかった。速くもなれるし、肉体強度も上がる。良い事ばかりだと思っていた」
――だが、それは違っていた。
俺の能力にはメリットがあるのなら、必ずデメリットが存在する。
慣れる、という繰り返しの中で生まれる学習能力が働き、痛みや能力過での時間経過の正確な把握等で多少は誤魔化せていたのかもしれないが、余りにも自然に馴染みすぎた物があった。
そして、改めてそれを思い返し――俺は自分の矛盾に行きあたった。
「肉体の変化。これを説明するには――思想の変化についても言及する必要がある」
これだ。思想の変化。
俺はGⅢと何度目かの交戦中にやられ――誰かの笑顔の為に闘うと誓った。
気分も変な方向にぶっ飛んでハイになっていたか、自分の残された時間を示され、焦っていたからか......俺は、そんなとんでもない結論に至った。
「前までの俺なら、せいぜい顔見知りを、手が届く範囲で守る......とか、そんなことしか言わなかったと思うが、なぜか俺は――全ての人の笑顔の為に、という思想に至った」
「可笑しいと思わなかったって?自分でもこうして、振り返って――自己矛盾に当たらなきゃ、ボイスレコーダーに向かって独り言を言ったりなんかしないさ」
次は、何だったか。
手元に置いてあるメモに、簡易的なチャートを書き記しておいたはずだ。
あった。
「次は、えーと、口調、そう――口調だ」
これも、気付いている奴は何人か居たが――俺自身がほとんど自己解決のような形で終わらせてしまっていたことだった。
「1学期の頃の俺は、なんというか、こういう口調じゃなくて――もっとこう、チャラけた感じというか、気だるげな感じだったと思う」
何時からだったか。
少しずつ、口調が変わってきたのは。
「肉体が無理矢理とはいえ成長したせいで、精神面も無理矢理引っ張られたが故に発生した口調の変化と、考えの変化。そういうモンだと自分で納得して、周りにもそういう説明をしたか、暈かしてたと思う」
だけど違った。
「しかし、俺は違った。誰かの笑顔の為、と言いながら敵対した者には容赦なく攻撃を加えた。俺は覚えているが――これを聞いてる奴が知ってる訳ないか。まぁ軽く説明すると、夏にカジノの警備をやることになって――色々あって、パトラという女と対決することになった」
「その時、俺は音速を超える蹴りを打ったが......あの時は、寸止めをしてから、戻した」
記憶が違っていなければ、そうだったはずだ。
「それは、宣戦会議より前の話だ」
だが、宣戦会議後は。
「しかし、つい最近は――」
ここ数カ月間の俺は。
「相手にする奴らが、格上だったり、人間じゃなかったりしたとしても」
致命的に。
「容赦を、しなかったはずだ」
異常だ。
「GⅢ......生身の人間に対しての、音速の蹴りを、寸止めではなく――更に加速させて当てようとする」
「ヒルダ......もはや音すら置き去りになった世界で、一方的に叩き潰そうとした」
「中島......『タロット』のメンバーで、ただの人間。しかも老人だったが――どう言い訳をしようと、顎から鼻辺りまでを刀で掻っ捌いたのは事実だ」
「遠藤......同じく『タロット』のメンバーで、人間。圧倒的物量に押し潰される前に、再起不能を狙って思いっきり自動車を粉々にしようとした。中に、人間が居る事を知っていたのに」
振り返って、改めて異常性に気付く。
「まるで、命の取捨選択をしている様な気分になった。大を救う為に、小を切り捨てる。変化した肉体は、より精密に、確実に、効率的に小を捨てる様になっていった」
小とは、俺と対峙する者。
「切り捨てられた小は、俺にとってどうでもいい存在にしかならない、んだろう、きっと」
病巣程度にしか考えていなかったのだろう。
自分の事なのに、だろう、等と――憶測でしか言えないのが、無性に腹立たしい。
あの時――
悲痛な心の叫びを上げる遠藤に、何も言わなかったのは。
――無駄だと思ったからじゃなく。
俺にとって、どうでもいい存在になったから、声を掛けなくてもいい対象になったのではないか。
「これに気付けたのは、つい、数日前だ。遠藤を引き渡した後――同居人、ジャンヌたちに、自分の変化を話そうとした時だ」
あの瞬間。
確かに、話そうと決意して、口を開けたはずだった。
「だが、俺の口から出た言葉は――俺の話したかった物ではなかった。当たり前になりつつある、以前の俺では手に入らなかった物への、僅かながらの感謝が、出てきただけだった」
そして重要なのはここから先。
「肝心な事は――俺自身も、話そうとした内容を今この瞬間に至るまで、思い出せなかった事だ。これがあったから、俺は確信した」
俺自身に起きている変化、変貌、変容。
「思想に影響を及ぼし、口調さえ変化しつつある俺が辿り付く最果ては、一体何なのだろうか」
誰かに相談は出来ない。話してはいけない。
語る事は、許されず。
騙る事のみが許される。
「世界が、俺に何かを望んでいる」
「この世界――いや、星の総意が......俺を突き動かしている」
もはや俺は、俺の意思で動けないのではないだろうか。
俺の意思で動いていたと思っていても、実際は何か大きな力が俺にそうさせていただけではないのだろうか。
「何が言いたいのか、分からないと思うが、聞いてほしい。俺にも、分からないんだ。だがきっと......きっと俺は――これから先、時間を重ねれば重ねる程に変わっていくだろう。それのせいで、仲間たちとの不和も生まれるかもしれない」
だが、この言葉は決して届かない。
抑止と言うものは、全てが終わってから、取り返しが付かなくなってからでしか、見逃してはくれないのだ。
「だから、先に謝っておく。後から聴く事になるであろう、俺の本心を、このレコーダーに託した。――すまない、皆。俺も、全力を尽くして抗おうとはするが、きっと無駄だ。俺を突き動かす元凶の排除、それが出来れば――俺も、元に戻れるのかもしれないが......あまり、現実的じゃないな」
自嘲気味に笑おうとするが、笑えるような話でもないからか、笑えない。
それに気付いて、口元が歪んでいく。
なんとなく、手で口元を覆い隠して。
誰かに見られているワケでもないのに、歪な部分を切り離す。
まだ正常だ、と信じたいから?
とりあえずは、これで終わり。
チャートはここで切れている。
「......今話せることは、これで全部だ。また、話すべき内容が生まれた時には、こうしてボイスレコーダーを遺す。何もかもが終わってしまった後に、聞いてくれ。終了」
ボイスレコーダーのスイッチを押して、録音を終える。
3秒間程、息を殺したままじっと待ち――何かが切れたような錯覚を受け、息を吐き出す。
――あの超加速、スーパーチャージャーの中で見た......あの光景は......
垣間見た、一枚絵の連続のような景色。
「あれは、間違いなく――」
トントン、と部屋のドアがノックされる音を聞いて、顔を上げつつ、身体をドアの方へ向ける。
『隼人?まだ起きているの?』
どうやらドアを叩いたのはカナだったらしく、ふと時計を見れば、そういえば11時半を回っていた事を思い出した。
「――ああ、悪い。すぐに寝るよ」
『そう、最近は冷えるから、暖かくして寝るのよ』
「ガキかよ俺は。ああ、分かった。おやすみ」
『うん、おやすみ』
ドアを開ける事なく、僅かに会話を広げ――カナがドアの前から離れ、廊下を歩いていく。
「さて――俺も、寝るか」
――ん?
あんな所に、あんな物なんて置いただろうか。
机の上に無造作に置かれた――見たところ新品の、ボイスレコーダーだろうか?――を手に取って眺め――
再生しようとしたところで、11時半を回っているのだし、布団に入って眠ろうとしていた事を思い出した。
俺は、そのボイスレコーダーから一切の興味を失くし、机の引き出しに放り込み、部屋の電気を消してから布団に飛び込んだ。
――何考えてたっけか。