赤井の襲撃から3時間と40分程が経過し――昼休みになった。
俺はキンジと共に食堂へ行こうとしたのだが、かなめことGⅣが教室にやってきて、キンジの妹宣言を堂々としつつキンジへ弁当を持ってきた。
それに沸き立ったのがクラスメイトたちで、キンジはこれ以上騒がれたくないと思ったのかかなめを引き連れて何処かへ行ってしまう。
多分昼休みはかなめの機嫌取りに時間を割くんだろうな、と思い、一人で食堂で昼食を摂った。
そして、人気の居ない場所に移動し――
「――......」
携帯を取り出し、電話帳に新しく登録した人物を選択し、発信した。
「......」
コール音が5回ほど鳴り、相手が通話に応じた。
『はい。木村です』
「冴島だ」
通話相手は、木村七海。
俺に依頼をしてきた人物。
『どうかしましたか?......まさか、もう?』
木村は俺からの電話の理由を考え、一つの答えに辿り着いたようで俺に質問をしてきた。
「ああ、えーと......『1-棒』、赤井だ。奴が襲ってきた」
手帳に書きこんだ赤井の頁を探し、開いてから木村の質問に答える。
『――そうですか......始まりを意味する彼が、来ましたか』
「ああ、いきなり炎だ。マジで体験した事のない能力を相手にしなきゃいけねぇのかもな」
『冴島さん、どうかお気を付けください。アルカナの暗示は、決して強い順に振られているワケではありません。その人物に、最も相応しいカードが与えられているだけなのです』
「――ああ、分かった」
『彼らは皆、強い。能力に対する理解が出来ているか、それを深めているかどうか。それらの条件によって変わっていきます。我々穏健派も極力支援します。どうか、ご武運を、それでは失礼します』
それだけ告げると、木村は忙しいのか、早口で通話を終了した。
「赤井みてーに......慢心してる奴なら楽に勝てるんだがなぁ......」
自販機で買った微糖のコーヒーをチビチビ飲みながら、青い空を見て息を吐く。
キンジはキンジで頑張ってるんだ。俺も頑張らないと。
数日後。
新しく買い直した制服で学校に行き、これまた新しくなった机で、分からないながらもマジメに授業を受けて、放課後を迎えた。
昼休みにワトソンからGⅢの正体がある程度判明した、というタイトルのメールが届いたので中を見たら、唖然とする他なかった。
奴の正体はロスアラモスで人工的に作られた天才で、世界に7人しかいないRランクの武偵だということだ。
Rランクというのは、Sランクの上にあるもので――Royalの頭文字から取っているランクだ。
Sランクが特殊部隊1中隊を相手に戦える存在なら、Rランクは1個大隊を相手に出来る、という感じ。
俺そんなバケモノを相手に啖呵切ってたのか、と戦慄する。
――そりゃあ勝てねぇよ。
しかも研究所から脱出した後、暗殺が始まったがGⅢに辿り着いた連中は皆GⅢに寝返ってしまったらしい。
ある種のカリスマを持っている様だ。
情報は、それくらい。
――俺はAランク。Sランクは無理だ......頭が悪いし、超能力だけでのし上がってるから、考査で大きく減点される。
Sランクになるなら、銃の腕も格闘の技術も必要だ。
Rランクとなると、どんな条件が必要かも分からない。
そんな奴を相手に――俺たちは戦うんだ。
......やってやる。
必ず、やられた分はやり返す。
「――笑っていられるのも、今のうちだぜ、GⅢ」
もっと、強くならないと。
「――失礼、少し質問をしても......よろしいでしょうか」
武偵高の校門を出た所で、タキシード?執事服?を着た初老の男性が、声を掛けてきた。
チラリと全身を見るが、不審な点はない。
手袋は真っ白で......運転手も熟しているのだろうか、執事の後ろには黒塗りのクラウンがアイドリング状態で、運転席が空いた状態で待機しているのが見えた。
「――別に、大丈夫っすよ」
特に何の問題も無かったので――俺は質問に応じた。
後ろに乗っていた男......あの執事が仕えている家の人間か誰かが、俺を見ていたのが気になったが、それもクラウンのナンバーを確認すればすぐに分かった。
――長野から来てるのか、この人達。
長野と言えば、避暑地として軽井沢がある。あそこには金持ちの別荘が何件もあって、このクラウンに乗ってる奴の家も、その辺りに住んでる奴かもしれない。
迷ったのかな、なんて思いながら初老の男に近付いていく。
「ありがとう、ございます」
「いや、別に。それで、何か?」
初老の男は、軽く礼をしてから、小さな白い厚紙――写真を取り出し、俺にソレを見せた。
「――な」
そこに、映っていたのは。
「冴島 隼人 さん で――よろしいでしょうか」
......俺だった。
背筋が、凍りついた。
「テメー!『タロット』か!」
「はい。先日は――赤井がとんだ御無礼を致しました」
警戒を一気に強めて、距離を取ろうとしたが――それより先に、初老の男が背筋を伸ばし、90度の礼をしてきた。
「......は?――?」
何が起きたのか、理解できずに困惑する。
「此方......僅かばかりではありますが、謝罪の意です。お納めください」
初老の男が持ってきたのは、モスグリーンのハンカチだった。
「それで――これから流れる血を、お拭きください」
「――!」
初老の男の言葉は、明らかに挑戦状だった。
「自己紹介をさせていただきます。私の名前は、中島利三郎。小アルカナ『4-剣』の暗示を持っており――同じく、小アルカナ『9-硬貨』の暗示を持つ、遠藤満様に仕えています」
「――赤井とは、大違いじゃないか」
「......ええ、でしょう?」
間合いの読み合いが、静かに始まった。
互いの距離を把握し――
クラウンの窓が開いて――
「――やぁ、初めましてだね、冴島君。僕はさっき、爺やが話したと思うけど遠藤満。小アルカナ『9-硬貨』の暗示を持っている」
話し掛けてきた男も、タロットの一員だった。
「途中で話をぶった切って悪かったね。でも許してほしい。冴島君、賭けをしようじゃないか」
男......遠藤は、楽しそうに俺に賭け事をしよう、と持ち掛けた。
「賭けだと?」
怪訝そうな顔をして聞き返すと、遠藤は笑みを深めて答えた。
「――そう!賭けだよ、賭け!君が今から――日没までに爺やを倒した上で、午後8時までに僕を倒せれば君の勝ち」
「......」
「僕はこれから、都庁を爆破しに行く」
「はっ!冗談抜かせ」
「僕は本気さ――その証拠に」
激しい爆発音が、武偵高内......車両科のガレージ辺りから聞こえてきた。
「なんだ!?」
俺が振り返ると、ガレージの辺りから黒々とした煙と、オレンジ色の炎が空へ広がっていた。
「爆破したのさ。僕の『能力』を使ってね」
男は笑みを崩す事無く、何ともない様子で話した。
「僕はこれから都庁を爆破しに行く。既に爆破予告は出した。止められなかったら、武偵は、警察は――大失態だろうね。くくく」
――この、野郎......!
「狙うなら、俺だけ狙えば済む話だろーがよ!」
「勘違いしないでくれ、僕の標的は君じゃない。この世界だよ。無能な警察が標的なんだ。君はあくまでオマケさ。君が武偵じゃなかったら、僕たちは君を狙ったりしなかったさ」
「――お話はそれまでにしてください、お坊ちゃま。作戦開始時刻ですぞ」
「.....ああ、すまないね、爺や。また熱くなってしまった。じゃあね、冴島君。また会えたら、会おう」
遠藤は、後部座席から運転席へ移動しようとしている。
「行かせるワケ――」
一歩踏み出した瞬間、鋭利な刃物のような物で右肩を突かれ――飛ばされた。
「――ないでしょう?」
体勢を即座に立て直し、前を見れば初老の男――中島は、その真っ白な手袋をした手に、サーベルを持っていた。
その隙に――遠藤はクラウンを出して......俺の視界から消えていった。
「不意打ちのような事をして申し訳ありませんが――これから私は、もっと卑怯な事をしなくてはならない。故に――貴方に、予め私の『能力』を伝える事を許して頂きたい」
「タネを明かしてからの攻撃をする、ということか」
「その通りでございます。私の暗示は隠遁。能力は完全なる気配の遮断。つまり、どう足掻いても私の攻撃は、貴方に対して不意打ちになってしまう」
また、聞いたことも、見た事もない能力だ。
こういう能力を持った奴らが、『タロット』。
おそらく、Ⅳ種の能力者たち。
「私の剣は、4本。ナイフを5本所持しています。攻撃は、二刀流と投げナイフでやらせて頂きます」
執事服の背中から、もう一本サーベルを抜き出した中島は、刃と刃を擦り合わせて不快な金属音を上品に奏でながら、構えた。
いや、構えたと言っていいのだろうか。
中島はその剣を持った両の手を、だらりと地面に向けて脱力させているのだ。
「では、日が沈まぬ内に始めましょうか」
その言葉と同時に、中島の足が、腕が、体が、気配が――同化した。
何か、ヤバい。
そう思った瞬か――
「――ぅ......!」
背中......心臓の位置に、サーベルの切っ先が食い込んだ。
「......防弾制服は、防刃制服の役割もあるようだ。命拾いしましたな。」
突き飛ばされる様に、前のめりに転がって逃げる。
――気付けなかったッ!
「次は......その制服、ネクタイと制服の僅かな隙間――ワイシャツの部分を狙って攻撃すると、宣言しましょう」
僅かに、輪郭だけ見えていた中島が――また、消えた。
――どこから、来る!?
中島は俺を正面から襲うといったが――正面に来るまでのルートは無限に構築できる。
正面に来た瞬間に、カウンターを撃つか。いや、無理だ。
気配が確認できないのに、カウンターなんて出来ない。
「雑念に包まれていますぞ」
突如、左肩に途轍もない衝撃を感じた。
「――ぐ、オラァッ!」
僅かに揺らいで見えたソレは、中島のサーベルと、それを振るった中島。
反撃をする為に腕を思いっきり振るうが――既に中島の姿は完全に消えてしまっていた。
ファイティングポーズを取って警戒するが――
「甘い」
内側からサーベルを二本捻じ込まれ、外へ押し広げられた。
――まずいッ!
「ドラァ!」
無理矢理外へ弾かれた衝撃を利用して、脚によるカウンターを放つ。
しかし、それも無意味で――逆に、膝の裏に当てられたサーベルによって足を下す事が出来ず、固定されてしまった。
――く、おおおおおおッ!!!
太陽が、沈むまで後10分と少し。
日差しが、太平洋へ消えていく。
その輝きが――一瞬ではあったが......俺の正面に存在するモノを照らした。
「ーーッ!ここ!」
その一瞬を見逃す事無く、瞬時に両手を、自分の胸の前で合わせた。
甲高い破裂音が響き――
「――ぬぅ」
「――......ハッ......フ、はぁ......」
なんとか、出来た。
4月後半から5月に掛けてアリアにやらされ、ジャンヌにもやった白刃取り。
それが、また成功した。
そして今度は、しっかりと処理もする。
――ジャンヌのと違って、コレは簡単に折れそうだ!
「ハァアアアッ!!!」
両手に力を籠めて、思いっきり90度、腕を回して――圧し折ってやった。
「まずは一本!」
「――ぐ!」
甲高い金属音が響き、折られたサーベルが気配を戻していく。
それを確認し、地面に投げ捨て即座に二本目を折ろうと腕を伸ばすと、中島は急いでサーベルを戻した。
「成程、一瞬のチャンスすら逃さない――恐れ入りました」
中島の、本当に感心したような声が聞こえ、執事服の上着が空間から投げ捨てられ、出てきた。
「このまま戦えば、貴方は衣服の擦れる音で私の居る位置を判断しそうでしたので――先に脱ぐ事にしました」
そして、シャツの腕でも捲っているのだろうか。
ちょっとした衣擦れの音が聞こえ――止んだ。
「――ッ!」
風を切る音が聞こえ、瞬時に身体を捻って回避する。
何が飛んできても、其方に目をやるワケにはいかない。
ただでさえ、感知できないのだ。
――飛んできた物に目をやれば、次の瞬間別の場所から攻撃される。
「――と、思っているでしょう?」
避けたはずの場所。
後ろへやり過ごした筈の物体から声が聞こえ――背中に刃を突きたてられたが......また制服に助けられた。
「厄介な制服ですな......前のボタンを切り飛ばしてから、腸を抉りだすとしましょう」
「――やってみろ!」
肘打ちを繰り出すが、感触は無く――突き立てられた物を握れば、圧し折れたサーベルだった。
それに舌打ちをして、投げ捨て、刀を引き抜いた。
鏡の様にギラついた刀身が寒空の下で息を始める。
これなら、リーチもある。
腰を落とし、あらゆる位置からの攻撃を想定してこまめに体の向きを変えながら――警戒を強める。
「――......ふぅ、ふぅ......」
俺自身がする呼吸音すら耳障りな音に聞こえる。
中島が発生させているであろう音を、中島が動いたという証拠を探せ。
まだ、陽はある。
これだけ長い影を、作っているのなら、それを探せば......
影を、影を......影――?
――奴の影が、ない?
なぜ、だ。なぜ影が消える?
「――そうか、そういうことか」
奴のサーベルも、消えた。影も、消えている。
つまり、奴の能力は気配の遮断ではなく、認識の阻害ということ。
――奴は、それに気付いていない?
上着を投げ捨てた理由がそれだ。奴が不可能だと思った事が、出来なくなっている。
事実、奴がシャツの腕を捲っている時に衣擦れの音が聞こえ始めた。
そして、これでもう大丈夫だと安心した時......再び衣擦れの音は聞こえなくなった。
――なんて、厄介な能力なんだ!
だが、弱点はある......自分自身は消せるが、武器まで完璧に消せていない。
武器自体の認識は阻害出来ていても、その刀身に映る太陽の光までは消せていなかった。
勝てる......勝てるぞ。
焦るな。
――勝機は、やってくるはずだ!
刀を構え――反撃をする為に、耐える。
「......」
敢えて上段で構え――胴をがら空きにする。
これは、作戦だ。
奴が飛びこんできたら――即座に叩き切る。
その為の、策略。
――来い、正面から、来るんだったな。
認識が阻害されていようと――弱点はもう一つあった。
――奴は、攻撃の瞬間、必ず能力が緩む。きっと、派手な動きをすると能力で保護し切れないんだろう。
故にその一点だけを狙う。
その一瞬だけが俺の勝機になる。
一度しか使えない、博打。
――それを、狙うだけ。
「――......」
風が、吹き荒れ――
「ぅぐっ」
一瞬の輝きを見逃さない様に目を開いたのがまずかった。
――土煙が――目に!
片目を閉じてしまった。
その直後。
風切り音が聞こえ――
「...そこだあああああああッ!!!」
俺は片目を閉じたまま、上段から一気に刀を振り下ろした。
ギキィイイイイインッッ!!!
喧しい金属音が響き――
――金属、音?
「やはり、狙っていましたか」
直後、能力を解放した中島が、滑り込むように姿勢を低くして突っ込んできていた。
――ああ......
これでは、蹴りも、パンチも、回避も間に合わない。
「最後の一撃。中々に良い気迫でした」
中島が、勝利を確信した笑みを口元に薄らと浮かべた。
もう、これしか――間に合わない。
――奴にとっても、俺にとっても......
中島の腕が、俺目掛け軌道を修正し、サーベルを伸ばしてくる。
俺の刀は、振り下ろされ――反した刃は空を向いてる。
中島の顔が――刀のレンジに入った。
――これを、狙っていたんだ。
「ハアアアアッ!!!」
刃は上を向いたまま――俺は振り下ろした刀を、思いっきり真上に引き上げた。
「な!?にがぶぁあああっ!!!」
中島の顔――顎を割り裂き――鼻を開きながら刀の切っ先が顔から抜けて行き――まっすぐ、天を向いた。
「――く、ぐ、ひ―――あ......」
中島は、有り得ない物を見た、という顔をしながら――地面へ倒れた。
「は......はぁ......秘剣、『燕返し』......ッ!」
――ぎ、ギリギリ、だったぜ!陽が落ちていたら、勝てなかった......!
中島利三郎 『タロット』過激派 4-剣の暗示を持つ。
能力-完全な気配遮断、もとい認識の阻害。
鋭利な刃物で顎から鼻まで切り裂かれ、戦闘不能!
『4-剣』-隠遁、という意味がある。