人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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再戦!ガチで強くてやべーやつ

『――Happy birthday to you』

 

CDから流れてくる流暢な英語の歌。

 

誰かの誕生日を祝ってくれる歌。

 

それが、ほんのり薄暗い、マンションの一部屋を支配していた。

 

私には妻と息子がいる。

 

今日は息子の誕生日だと言う事を二カ月前から伝え、午後は休みを頂き、無事息子の誕生日会までに帰ってこれた次第だ。

 

帰り道にプレゼントを買って、ケーキも買った。

 

一重に、息子の笑顔が見たかったからだ。

 

わざと照明を消して、薄暗くした部屋に、ケーキのロウソクに灯された火だけが明るさを伝える。

 

『――Happy birthday to you』

 

私の膝の上には3歳になる息子が。

 

隣には妻。

 

私は幸せ者だ。息子の成長を、こうして間近で見る事が出来るのだから。

 

『――Happy birthday Dear......』

 

さぁ、私たちで息子の名前を呼んであげよう。

 

誕生日、おめでとう――と。

 

私たちの幸せは、今ここに在る。

 

「さぁ、息を吹きかけて、ロウソクの火を消そう」

 

息子に諭す様に、優しく声を掛ける。

 

息子はそれに笑顔で答え、勢いよく息を吸って―――

 

吹き――

 

 

突如何かが、壁を突き破って、テーブルを砕きながら転がり、部屋をグチャグチャに荒らした後、更にもう1枚の壁を突き抜けて、止まった。

 

数瞬遅れて、窓ガラスが粉々になって飛来し、床を汚す。

 

息子に覆いかぶさる様にして、飛び散ってくるコンクリート片やガラス片から守る。

 

急に出来た巨大な穴から、外の景色が見え――暴風が吹き抜けた。

 

自身の目を守るために目を瞑り、息子の目を手で塞いだ。

 

何秒か経った後――妻と息子の無事を確認した後、部屋の角へ避難させ、私は破損したテーブルの足の1つを掴んで、ライト片手に飛来し、部屋を滅茶苦茶にした物体へと恐る恐る近づいた。

 

スリッパの底が、ガラス片やコンクリート片を踏んで違和感を伝える。

 

踏み心地の良かったフローリングなど今は見る影もない。

 

息子の大きな泣き声と、それを宥める妻の声を聞きながら、私は内心で怒りを燃やして、私たちの平和を奪ったソレを一目見ようと更に距離を詰めた。

 

そこで、スリッパは水音を立てる。

 

――ピチャ

 

妙に粘り気のある音が聞こえ、水道管でも破裂したかと思いライトを下に向け――

 

「なん、だ......これは」

 

真っ赤な液体に染まった床を見て、私はつい言葉を漏らし、

 

「――――――ぅ」

 

この一室を突き破って入ってきたソレの終着点から、声のような、音が聞こえ――情けない声を上げるのを堪え、震える手でライトを上げた。

 

そこに居たのは、人だった。

 

全身に切り傷を作り、所々に深い刺傷のような物まであり、体の至る所にコンクリートの破片やガラスの一部が突き刺さっている。

 

全身からは出血を起こし、今もなお我が家の床を血の川で汚していくソレは、呻き声を上げている。

 

私は、警察と救急車を即座に呼ぶべきだと思い、携帯を取りだした。

 

「――――......ろ」

 

ボタンをカチカチと鳴らし、ダイヤルを入力する中で、血に塗れた男が何か言おうとしている事に気付いた。

 

「大丈夫ですか!?意識は、ありますか!?」

 

「――にげ......」

 

息子の泣き声、異変に気付いた近隣住民がドアを叩く音、安否を問う声が響く中――

 

「――逃げ、ろォ!!!」

 

生気を取り戻し、怒気を孕ませたその男の声が、この混沌の惨状の中で、一際よく聞こえた気がした。

 

何から逃げろというのか。

 

そう聞こうとした所で、私は自身の背後に――人の気配を感じて振り返った。

 

『――Happy birthday......―― to you......』

 

頑丈さが取り柄のCDプレイヤーだけが、さっきまであった幸せな空間の余韻を残す。

 

既に、全て変わってしまった後だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――隼人視点――

 

強く頭を叩きつけられたせいか......瞼が重い。

 

子供が居たんだろう。耳鳴りの止まないこの耳に、甲高い泣き声が木霊している。

 

CDプレイヤーから、『Happy birthday to you』が流れ続けている。

 

最悪の誕生日を迎えさせてしまった事を、俺は強く後悔した。

 

そして、激しい怒りを覚える。

 

やはり、この『極東戦役』は――何も知らない人達を苦しめるモノだと。

 

俺は憎悪した。

 

強い奴と闘いたい。そんな下らない、自分勝手な理由で――何も知らない人々の笑顔を奪うなど......許せなかった。

 

人として――武偵として。

 

だから、俺は立ち上がる。

 

身体がどれほどの傷をつくろうと。

 

心がどれほど悲しみに軋もうと。

 

立ち上がり、人々の笑顔の為に立ち上がる。

 

自分が速くなれればいい、そんな自己満足は投げ捨て、俺は俺の戦う理由を、ここに見出した。

 

「――逃げ、ろォ!!!」

 

――この身、この命は......誰かの笑顔の為に。

 

だから俺は――戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ジャンヌやアリア、星伽に剣術を習いながら――色々な型を教えてもらったがどれも肌に合わず、結局我流でやっていく事にした――素人の俺が、最も効率良く敵にダメージを与えられるのは、刺突であると理解し、ただそれだけを一心に熟した。

 

突き。

 

一先ずはこの突きの動作のみを成熟させ、技として成立させることに課題を絞った。

 

早朝練習でひたすらに突きを練習していると、星伽の戦姉妹である佐々木、とやらが練習試合を申し込んできた。

 

「冴島先輩の胸を借りるつもりで、やらせて頂きます」

 

等と言っていたが俺は剣術初心者で、彼方は得物から判断するに相当の使い手であることが見て取れた。

 

あんなバカみたいに長い刀を振ってくるのだ、やり辛いと言うしかない。

 

相当な長さを持っていて、重さも相当な物だと予想はしたが、それを平然と振ってくるあたり、冗談だろ、と口角をやや吊り上げて冷や汗を流すばかりだった。

 

が、俺も流石に後輩の一撃をすんなり貰うワケにもいかず、先輩としての威厳を保つ為に全力で回避に勤しんだ。

 

佐々木はそれに気を良く......いや、悪くしたのか、勝負を急ごうと鞘を投げ捨てたのだ。

 

そして、佐々木は居合の構えを取り、俺に向けて言った。

 

「これより魅せるは、『厳流』・奥義――燕返し。鞘を使わぬ最速の一撃......見切れるのなら、どうぞ――避けてみてください」

 

それは挑戦状だった。

 

避けれる物なら避けてみろ、佐々木は俺にそう言ったのだ。

 

あまつさえ俺の前で『最速』を語るのだ、その技に相当の自信があると見た。

 

「――来い!」

 

本来、居合とは最速で刀を抜くための動作に過ぎず、居合切りとは最速で抜き出した刀を、勢いをそのままに斬りつける技である。

 

鞘本体が一種のカタパルトの役割を果たすのが通常の居合だが――『厳流』とやらは、自らの筋肉による瞬発力のみで刀を抜き、振るうらしい。

 

夜明けの日光が、僅かに佐々木の刀を照らし――ギラリと光ったソレを、瞬きもせず睨みつけていたというのに......ブレた。

 

驚愕に目を少し見開いて、警戒を強めれば。

 

既に首筋まであと10と数cmという距離にまで刃が迫っていた事に気付く。

 

手にした刀を滑り込ませるのには時間が足りない。

 

そう考えた俺は咄嗟に全力で横へ飛び込み、回避する。

 

背中を半分程まで覆う髪の毛が、俺の挙動に僅かに遅れついて来て――佐々木の刀によって断ち切られた。

 

首の皮は繋がっているが、髪の毛はそうもいかなかったようで、随分と見た目が変な形になってしまった。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

それに気付いた時、俺たちは互いに動きを止め――佐々木は刀を静かに床に降ろし、謝罪してきた。

 

「も、申し訳ありませんでした!先輩の、髪を、その――」

 

真剣を使った勝負とはいえ、こうなるとは予想していなかったのだろうか。

 

――てか避けてなかったら首飛んでたと思うんだが?

 

「あー、別に、気にしなくていい。どーせ髪切るつもりだったしなァー......手間が一つ省けた」

 

佐々木の謝罪に、手を軽く振って答え、俺は近日中に散髪する積りだった旨を伝える。

 

「ですが」

 

「――いいって、いいって。それより、この勝負――オメーの勝ちでいいな」

 

「え......ですが、それでは!」

 

何か言い出す前に、背を向けて佐々木にヒラヒラと手を振りながらトレーニングルームを後にして――

 

 

 

 

 

 

「急いでジャンヌゥウウウ!!!キンジ達にバレたらぜってー笑われる!」

 

「動くな隼人!皮膚まで切れてしまっては散髪どころではないだろう!」

 

俺は寝ていたジャンヌを叩き起こして、髪をとにかく短く切り揃えてほしいと懇願した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふむ......しかし鞘を捨てた居合切りとは、また奇妙な」

 

随分とさっぱりした髪を数度撫で、シャワーを浴びて払い残した髪も洗剤と水流で流し終え、制服に着替えた俺はジャンヌと朝食を採っていた。

 

「だけどよォー、佐々木のアレ、クッソ速かったぜェー?燕返し、とかいうの」

 

「むぅ――どうすれば、己の筋肉だけでそのような最速の一撃に至れるのか......やはり、それを創り上げてきた歴史か」

 

「文化の厚みには勝てねぇなァ......」

 

「まぁそう嘆くな。隼人の突きは、多少は成長したか?」

 

「まだ振り始めて2日と経ってないんだが?」

 

「それでも、一応聞かねばならないだろう」

 

「うーん、成長、したっつーか......してねぇっつーか」

 

「随分と曖昧だな?」

 

「――こう、これだぁ!ってなるよーなモンが無くてな」

 

「......まぁ、そう焦る必要もない。いざとなれば実戦の中で技を見出せ」

 

「すっげぇ投槍になったなオイ」

 

アドバイスを諦めカフェオレに口をつけたジャンヌをじと目で睨むも、ジャンヌは目を伏せてカフェオレを楽しむばかりだ。

 

まぁ、これ以上の報告は出来そうもなく、俺もカフェオレを飲むことで朝の報告は自然と切り上げられた。

 

 

 

「隼人......だな、よし、合ってた。随分と短くしたじゃないか」

 

登校中にキンジに声を掛けられ、さっそく髪の話題になった。

 

「――ああ、前々から切ろうとは思ってたんだがな。中々時間が取れなくてよォー」

 

「しかし、長髪しか見てこなかったから、中々新鮮だな」

 

キンジは前から、後ろから、横から俺の単発姿を眺め――

 

「うん、似合ってるじゃないか」

 

ニヤリ、と笑った。

 

「ったりめーだろォー?ジャンヌがやってくれたんだよ」

 

 

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適当な話で盛り上がりながら、武偵高へ到着。

 

此処に来るまでの間に、歩行者天国と化した学園島の道路を歩いて登校してきたが、道端には出店が至る所に乱立しており、強襲科や尋問科でさえ一般人向けに開放されている。

 

何を隠そう、今日は10月30日。

 

そう、文化祭である。

 

――ヤべーやつは全部地下に仕舞ってるから、大丈夫、大丈夫、へーきへーき!

 

そのおかげで地下倉庫が更にやべー場所になっている事は言わずもがなだ。

 

武偵高では、文化祭の準備期間中に掃除をしたり、レイアウトを変えたり、色々な事をする。主に一年が。

 

武偵高へ進学を考えている連中や、親御さんの心証を良くするのが目的だ。

 

そう、本当に武偵高内外の掃除や施設内のレイアウト変更は大変だ。俺も去年やった。

 

隷属の1年、鬼の2年、閻魔の3年という言葉がある様に、武偵高は前にも話したがすげー封建主義なのだ。

 

――文化祭は今日と明日の2日間。今年は『変装食堂』だけだし、明日はゆっくりできるかもな......

 

俺は淡い期待を胸に、更衣室へ移動し、変装食堂で使う衣装に身を包んだ。

 

 

 

 

 

 

「――いらっしゃいませ、ようこそ『変装食堂』へ。ご注文はお決まりでしょうか、姐さん方」

 

「あの、これと、これ一つずつ。ドリンクはカプチーノ2つで」

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

変装食堂は、嵐のような騒がしさと忙しさだった。

 

食堂に収まりきらない客を少しでも捌けさせるために、庭にまでテーブルと椅子を展開し、そっちへ流すが未だに長蛇の列が続いている。

 

駆け足気味に厨房へ駆け込み、なるべく響く声で注文をコールする。

 

「BLTサンド1つ、カニグラコロッケサンド1つ、カプチーノ2つ!23番どォぞー!」

 

厨房から調理係の連中の了解の声が聞こえ、それを聞いてから踵を返し再び注文を取りに戻る。

 

――クッソ忙しいな、なんでこんなに流行ってんだ。

 

目線だけを素早く左から右へ流し、室内の様子を探れば男性客9割、女性客1割程の割合で占められたその空間の中に、コスプレした女子が注文を取りに奔走しているのが見える。

 

――ああ、なるほど。女子目当てか。

 

この繁盛の原因を何となく推察出来たので、歩く速度を上げて次の注文を取りに行く。

 

俺の担当は、ほぼ女性なので女子に比べればマシだろう。

 

「ねぇ、あの人カッコよくない?」

 

「えーちょっと怖いよ」

 

「それがいいんじゃん」

 

普段なら声を大にして喜ぶところだが、生憎声を大にして叫べるのは注文の内容だけである。

 

そのまま暫く注文を取り続けていたら、キンジが厨房から解放され、それに群がる様に理子やアリア、星伽がやってきて――

 

結果、更に忙しくなった。

 

キンジはキンジで女子とトラブルを起こすし、アリアは小学生たちに同年代の子だと思われて散々引っ張り回され、理子はソレを見て笑い、星伽は大量の客を連れてやってきた。

 

――なんなんだお前ら。仕事しろよ。

 

俺は切に願ったが大した効果は無く、一日中小走りで食堂内を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば、午後の小休憩を貰った時に、ジャンヌが俺を個室同然の、第4控室に呼び出した話をしていなかった。

 

何かと思って駆けつければ、どうやらジャンヌは人前に、ウェイトレス姿で出ることに抵抗を感じている様で、俺に背中を押してほしかったらしい。

 

確かに男勝りな喋り方をするジャンヌだが、その実可愛い物には目が無く、人に隠れてフリフリの衣装を集めたりする乙女なのだ。

 

「大丈夫だって。ジャンヌは可愛いんだから......フツーに皆もビックリするさ」

 

「うぅー......隼人にそう言われるのは嬉しいが、身内贔屓が入っていなくもないだろう?」

 

「心配性だなァ」

 

「あ、あと15分しかない......どう、どうすればいい隼人!私は、後輩たちに、どんな顔をして会えば!?」

 

「いやフツーでいいだろ、似合ってんだし」

 

「その普通が分からんから呼んだのだ!」

 

ジャンヌは目をグルグルさせ、顔を朱に染めて俺の胸倉を掴んで揺すってくる。

 

「ぅあうー......どーすれば、どーすればぁ」

 

普段の凛とした表情の彼女はどこにも居らず、オーバーヒート寸前の少女は自分のキャラを崩してしまっていた。

 

なんとか宥め、ジャンヌを笑った奴を吊るし上げる約束を取り付ける事で、ようやく後輩たちに会う決心が着いたのか――俺の背に隠れながら、控室から出てきた。

 

「あれっ?冴島先輩?ジャンヌ先輩は?」

 

目の前にはジャンヌの所属するテニス部の後輩たちが押し寄せていたらしく、ドアを開けた瞬間に遭遇した。

 

俺は指で自分の背中を指し、横に退こうとするが、ジャンヌは俺の背中を強く掴んで一緒に移動してくる。

 

「オメーそれじゃあ意味ねーだろうがッ!」

 

「わ、私だって恥ずかしい物は恥ずかしいのだ!」

 

「ジャンヌ先輩!」

 

俺の背中に隠れるジャンヌを、後輩たちの助力もあって何とか引き剥がし、しっかりと立たせる。

 

後輩たちはジャンヌのウェイトレス姿を見るやいなやカワイイを連呼していく。

 

可愛いと言われる度にジャンヌは反論するが、その反論をも可愛いで上書きされていくせいか、次第に自分を否定する語録が尽きたのか、それとも羞恥に耐えられなくなったのかジャンヌはその場から逃げ出してしまった。

 

「あっ......」

 

「ジャンヌ先輩、怒っちゃったのかな......」

 

後輩たちは、自分達が何か気に障る事をしてしまった、と少し後悔している様だ。

 

「いやー、ありゃ照れてるだけだ。何も問題ねーよ」

 

首に手を当て、軽く揉みながらそう答えると、ジャンヌの後輩たちは目を輝かせて俺に詰め寄ってきた。

 

何か言われる前に、腕時計をチラリと見ると、ジャンヌがホール入りするまであと7分を切っていた。コレは不味い。

 

「あー、悪ィ!そろそろ時間だから、ジャンヌ連れてくな」

 

有無を言わさずその場を切り抜け、ジャンヌが隠れていた木造の小屋へ辿り着き――中へ静かに入れば......

 

「可愛い......ウェイトレスの、私は――可愛い......か!――ふふふ」

 

顔はまだ赤いが、だらしない笑顔を浮かべたジャンヌは椅子に座ったままパタパタと足を振っていた。

 

――何だこの可愛い生き物。

 

俺は声を掛けるのも忘れ、ジャンヌが俺に気付くまでずっとジャンヌを眺めていた。

 

――勿論、ちゃんと変装食堂のホール入りには間に合わせた。ギリギリだったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。ジャンヌと共に武偵高内の出し物を見て回り、武藤の妹がやってるたこ焼きを、半ば脅迫される形で購入。

 

人の居ない所で静かに2人で食べて――アーンは出来なかった。

 

お化け屋敷を真顔で踏破し――SSR所属の俺と、魔女のジャンヌに作り物は通用しない。

 

ジャンヌの後輩たちがやっている店へ同行し、そこでおもてなしされてを繰り返たら――いつの間にか夜になっていた。

 

「今日は楽しかったなァー......ジャンヌは、どうだった?」

 

「ああ、楽しかった......お化け屋敷、なるものは――もう少し、どうにかならなかったのか?」

 

少し冷え込む空を見上げながら、2人で今日回った店の感想を言い合い、苦笑を漏らす。

 

「――......ああ、もう打ち上げの時間か」

 

「む、その様だ......では、隼人。私は私のチームの所へ行ってくる」

 

「ああ、幸運を」

 

「?なぜ幸運を祈るのだ?」

 

ジャンヌは俺の言葉の意味を理解できなかったのか、歩みを止めて聞き返してくる。

 

「ああ、ジャンヌは初めてだったな......鍋をするとまでは聞いたんだろうが――」

 

「そう、それだ。日本のNABEを食べれると聞いてな。少し楽しみにしているのだ」

 

ジャンヌは何処となく浮足立っており、僅かだが顔に期待の感情が出ているのが見えた。

 

「ああ、鍋は鍋でも......闇鍋だけどな」

 

俺は去年の出来事を思い出して、身震いする。

 

――アレは酷かったなぁ......鍋にシュールストレミング入れるとか。

 

そう。武偵高は文化祭の打ち上げで、チームごとに集まって『武偵鍋』をやるのだ。

 

夜に体育館に集まって、ジャンヌはジャンヌのチームへ、俺は『バスカービル』の面子が居る場所へ向かっていた。

 

「YAMI-NABE?何なのだ、それは」

 

「食ってみりゃ分かるよ、じゃっ!俺コッチだから」

 

「――そう言われれば益々気になるな......分かった。ではな、隼人。また後で」

 

『武偵鍋』を作る時、各人がそれぞれ食材を持ってくるのだが――その際に、チーム内で『アタリ』と『ハズレ』、そして『調味料』の担当を決めるのが習わしだ。

 

アミダくじを引いた所、俺は『調味料』担当だった。

 

『アタリ』はキンジと星伽。『ハズレ』はアリア、レキ。

 

『調味料』は俺と理子。

 

キンジと星伽は至って真面な具材を用意してくれるだろう。だが理子だけやらかしそうで怖い。

 

レキはレキで何持ってくるか分からないし、アリアも何を持ってくるか分からない。

 

『ハズレ』担当は、鍋に使わない食材を持ってくるのが原則だ。日本の文化に疎そうなアリアとレキ......嫌な予感しかしない。

 

『調味料』を持って来いという事で......俺はなるべくオーソドックスな、醤油、味噌、塩、みりんをチョイスした。

 

俺が体育館入りすると、既に『バスカービル』の面子はキンジ以外揃っており、鍋を煮込んでいた。

 

『バスカービル』の面々に挨拶をして、星伽に調味料を渡す。

 

そのまま、ブルーシートの上に腰を下ろして、適当な話で場を繋ぐ。

 

暫く駄弁っていると、キンジが豚肉を持ってやってきた。

 

――おお、これは......ハズレさえ引かなければ、なかなか食える物になるんじゃないだろうか!

 

『武偵鍋』にしては良心溢れる鍋になりそうだ、と内心期待していた所、

 

「たーかーのーつーめー!」

 

理子が秘密道具を取り出す時の声を上げながら、鷹の爪を10本ほど鍋にぶち込みやがった。

 

「ひぁ!」

 

「きゃ!」

 

「......」

 

「マジ?」

 

その強行に、俺たち全員が恐怖した。いやレキはどうか知らないけど。

 

「お、お前!何入れてんだよっ!これじゃあ火鍋になるだろ!」

 

キンジが、更に鷹の爪を放り込もうとしている理子に怒鳴った。

 

「えー、だって理子、辛いの好きなんだもーん。たーかーのー、つーめー!」

 

理子はアヒル口で理由にならない理由を言って、また大量の鷹の爪を放り込んだ。

 

だいたいどれくらいだろう、一本でも十分なソレが、この鍋の中に30本くらいは入ったと見える。

 

「――調味料は、何を入れてもいい規則だったか......悪ィな星伽......俺の調味料じゃ覆せねーわ......」

 

「うん、大丈夫......ねぇ、キンちゃん、死ぬときは一緒だよ」

 

星伽が既にあきらめムードに入っている。

 

鍋が出来るまで、まだ少し時間もあるだろうし、全員分の飲み物を買いに行く為に一度体育館を後にする。

 

キンジが助けを求めていたが、飲み物がないとあんな鍋食えないだろう。

 

――誰かが買いに行かないとな!

 

 

 

 

 

 

 

 

随分と冷え込んだ風が肌を突き刺す。

 

息を吐けば、街灯に照らされて白いモヤを作り出す。

 

両手に抱え込んだ飲み物の山を零さない様に、早足で駆けていると――

 

「――よう、随分と飯事に熱心じゃねぇか」

 

道の先に、真っ黒な衣装に身を包んだ、聞き覚えのある声を発する男を見つけた。

 

「――G、Ⅲ......!」

 

「......」

 

俺が名前を呼ぶと、GⅢは一歩前へ出て、その顔を、体を、街灯に照らす。

 

口元が裂けたような笑みを浮かべ、奴は......

 

「――遊ぼうぜ、隼人」

 

スカイツリー内部で戦った時と同じセリフを、俺に向けて発した。

 

即座に飲み物を放り投げ、刀の鯉口を切り、引き抜く。

 

同時に空いた左手でXVRを抜き放ち、構える。

 

一剣一銃。

 

構えは未熟、技術も成熟していないが――やるしかない。

 

芸術品のような美しさを放つ刀が、GⅢの前に姿を現すと――

 

「――――――ああ、ソイツは、随分と......()()()な」

 

「......?」

 

何を言っている、コイツは。

 

「成るつもりはなかったが――テメェのせいだぜ?隼人」

 

「何の話だ!」

 

目の前に居たGⅢが、動く。

 

「テメェは俺を、滾らせた......その刀、貰うぜ」

 

近付いてきたGⅢ目掛け、刀を上段から振り下ろす。

 

GⅢはそれを、二本指による白刃取り......キンジがやっていた技で防いだ。

 

「誰が、やるかよ!」

 

GⅢの腹部を狙いXVRを構え、GⅢに弾かれる。

 

右膝による膝蹴りを打つがGⅢの右膝でブロックされ届かず。

 

XVRによる牽制を混ぜつつ、足技による攻防を繰り返す。

 

「おいおい、そんなモンじゃねぇだろ!」

 

「っ!」

 

GⅢのヘッドバットをまともに食らい、数歩後退る。

 

――かってぇ......!なんつー石頭だよ!

 

直後、刀を奪おうと近付いてきたGⅢに、XVRを2発撃ちこんだ。

 

――ガガゥン!!

 

一発は避けられ、一発は――俺の右手に帰ってきた。

 

「――は?」

 

GⅢがその場で回転したかと思えば、俺の右手にXVRの銃弾がめり込んでいるのだ。

 

何が起きたのか、理解する事すら敵わず、ズタズタに掻き乱れ、千切られた筋肉はこれ以上刀を握ることを許さず、取り零してしまう。

 

その隙をGⅢが見逃すワケは無く。

 

「テメェの武器で、テメェを殺す」

 

刀を手にしたGⅢは、俺の腹部......肝臓辺りを狙って刺突を放った。

 

身体を捻じる事で肝臓への直撃は避けたが、刀は俺の体を貫いてしまう。

 

「――ぐ......ぇ」

 

GⅢは俺の体に刀が深々と刺さり、貫通した事を確認すると、腕を捻じりながら刀を引き抜いた。

 

工作機械の、ドリルの様に回転させながら引き抜くことで傷口を抉りながら、ダメージを拡大させる。

 

肉を掻き回された感触を受け、痛みが全身を駆け巡った。

 

だが、その痛みを吠えるより先に、GⅢは連撃を穿つ。

 

脂汗が瀧の様に流れ落ちるが、それも気にせず、今はなるべくGⅢの攻撃を避ける事に専念した。

 

最初の数度は避ける事が出来た。しかし次第に紡がれる斬撃の数は増えて行き、一度振る度にその一撃は洗練され、回避行動を予測し、俺が避けた先へ斬撃を置くようになってきた。

 

――チートだろコイツ!

 

何日も掛けて慣らしていこうとしていた物を、この男――GⅢは振り続けるだけで最適化し続けている。

 

浅い斬撃で何度も服が切り刻まれ、ボロ布と化すのにそう大した時間はかからなかった。

 

服だけでなく、肌にも何度も深い切り傷を付けられる。

 

回避が、意味を為さない。

 

「――流石に今の俺と隼人じゃあ......話にならねぇか」

 

刺突で抉られた傷口に、GⅢの蹴りが当たる。

 

表現の仕様がない痛みに、声にならない声が口から漏れ出し、視界は激しく明滅を繰り返す。

 

意識を飛ばさない様、自ら切り傷に爪を押し込み、痛みを発生させ耐える。

 

『アクセル』......スタート。

 

「――しゃあっ!」

 

数歩、飛び退くように下がり加速を始める。

 

すり足で距離を詰め、右脚で上段蹴りを打つ。

 

GⅢはそれを半歩下がるだけで避け、カウンターとして右脚の中段蹴りを放った。

 

左側へスウェイを行い、右手による掌底でGⅢの右脚を浮かせようとするが、GⅢは軸足に使っている左足を回し、回し蹴りで対処してくる。

 

それに対応しきれず、両腕をクロスさせ受け――3mほど吹き飛ばされ、街灯の支柱に衝突する。

 

「こんなモンじゃねぇだろ!なぁ!」

 

GⅢは叫び、俺に詰め寄ってきた。

 

XVRを撃つ機会は幾らでもあったが、奴には銃撃が通用しない事だけが漠然と伝わったので、撃たなかったというより、撃てなかったというのが正しいだろう。

 

支柱を蹴り飛ばし、勢いを付けて右ストレートを放つ。

 

「ハッ!」

 

GⅢは同じ様に右ストレートを放ち、俺の腕の内側を通して――俺の拳より先にGⅢの拳が炸裂した。

 

――ク、クロス......カウンター......だと!

 

顎に深々とめり込んだ拳が、俺の脳を揺らす。

 

膝が笑い出し、折れそうになる。

 

そして――とうとう耐え切れず、膝を折った所で顎を蹴り上げられ......

 

重い瞼を必死に開きGⅢの挙動を追えば、街灯の支柱を蹴り飛ばし、浮いた俺の顎目掛け、更に蹴りを放ち、高度を稼いでくる。

 

俺を蹴り上げた反動を利用し、再び支柱に掴まり、今度はコンクリートのビルにある僅かな縁へ飛び移り、足をかけ、跳躍した。

 

狙いは再び顎。

 

何度も、何度も、何度も揺れた脳は最早情報処理等出来ずにいた。

 

そして、俺を蹴り上げる事に飽きたGⅢは――

 

「隼人に見せてやるよ。空中でやる『桜花』をな」

 

そう言って、さも当然の様に空中で音速を突破した一撃を、俺の、刺突で抉られた腹に叩き込んだ。

 

コンクリートの壁にぶち当たり、鉄筋で補強された部分すら容易く砕きながら、押し込まれる。

 

一瞬く続いた抵抗が、急に無くなり、何度も回転し、再び壁に叩きつけられた事で停止した。

 

 

そこからは――最初に言った通りだ。

 

 

 

俺が、『極東戦役』を戦う理由を、ここに見出した。

 

「こん、な......自分勝手な、テメーらの為に......これ以上、誰かの涙を見たくない......!」

 

俺の目の前に立つ、この一室に住んでいる住人を右腕で退かし、俺が突き破ってきたであろう大穴からやってきたGⅢを睨みつける。

 

「だから、俺は......戦う!」

 

「威勢だけは立派じゃねぇか......だが、力の無ぇ奴にそりゃ出来ねぇな」

 

GⅢは肩を竦めて笑い――俺の前に刀を放り、背中を見せた。

 

「興が醒めた......強くなれよ、隼人。そして――もっと、俺を笑わせてくれ」

 

顔だけ此方に向け、そう言うと――

 

「じゃあな」

 

大穴から飛び降りて、消えてしまった。

 

必死に意識を保っていたが、敵性反応が消えた事で緊張の糸が切れ――倒れる。

 

グチャグチャになった室内に、誕生日を祝う歌だけが虚しく響いている。

 

 

 

未だ、GⅢに勝てず。

 

 

 


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