人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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やべー変身!

純白の光が視界の全てを塗り潰していく。

 

その正体不明の光源の余りの眩さに、堪らずに目を腕で覆って隠してしまった。

 

しかし、その光は一瞬のみ発現したもので、照明弾のような持続性のある物では無かったようだ。

 

その証拠に、きつく閉じた目を開いて見れば、白い光は何処にもなかった。

 

代わりに――曇天から大きな雨粒が大量に零れ落ちて、未完成の第二展望台に居る俺たちを濡らす。

 

「――生まれて、3度目だわ」

 

......目の前の、三叉槍を持ったヒルダを除いて。

 

ヒルダは呆然とする俺たちを一瞥すると、その反応が気に入ったのか鼻を鳴らして笑った。

 

周囲を見れば......水蒸気だろう、ヒルダに触れる事なく蒸発していく雨が蒸気を生み出しまるで異界のような空間を創り上げている。

 

闇を流れる白煙の奥に、心地良さそうに立っているヒルダが見える。

 

「この、第3態(テルツァ)になるのは......」

 

ヒルダは青みがかった雷を、バチバチと放電音を立てながら身体の内側から放ち――

 

「――いえ、正確にはもう私の知る第3態ではない。――サエジマの血で更に強く、気高く生まれ変わったこの姿は......第4態(クアルタ)、とでも名付けようかしら」

 

次第に青から紫、紫から白、白から純白へと変えていく。

 

その雷光は、触れるどころか近づいただけで炭化してしまいそうな勢いを感じる。

 

耐電性の物なのか、下着やハイヒール、蜘蛛柄のタイツを残してはいるがドレスやリボンは無くなり、長い巻き毛の金髪が強風に暴れ――大きく揺れ動く度に放電現象を引き起こしている。

 

この世の、生物とは思えない。

 

「お父様はパトラに呪われ――この第3態になる機会も無い間に、第2態(セコンディ)でお前達に討たれた。私は体が醜く膨れ上がる第2態はキライだから、それを飛ばし――進化して、第4態にならせてもらったわ。さぁ......遊びましょう?」

 

帯電したヒルダは、槍や体の彼方此方から白雷を迸らせている。

 

小さく、足下のコンクリートの床に鎗を石突きを突いただけで――

 

稲妻が走り、蜘蛛の巣のような亀裂が生まれ......

 

コンマ数秒遅れて灼熱の熱風が吹き荒れた。

 

「――っ!」

 

全身が火傷するような熱さに覆われた直後にヒルダを睨みつければ、ヒルダの足下――槍の石突きで突いたコンクリートの床は熱で溶け――槍を中心に真っ白な明りを生み出しているのが見える。

 

――信じられねぇ......マジかよコイツ!

 

第1態(プリモ)が人、第2態が鬼、第3態が神なら――この第4態は、鬼神。私が持っていた耐電能力と無限回復力......それに加え、体内発電能力と、サエジマの血で手に入れた――加速の力」

 

「な――」

 

言い終わると同時、コウモリのような翼で砲弾の様に飛び、目の前にやってきたヒルダは俺に槍を打ち出してきた。

 

「――にぃ!?」

 

上半身を左へ捻じり込み、屈む事で回避に成功。

 

元々当てる事が目的でなかったのか、目でヒルダの顔を覗けば口元に笑みを浮かべている。

 

「――何だと!?」

 

「っ!」

 

「さ、冴島っ!」

 

数秒、睨みあった後――キンジたちが驚愕の声を漏らした。

 

ヒルダはその反応を見て、楽しんだのか――追撃をする事も無く俺から飛び退く。

 

そして、コンマ数秒遅れ......

 

「......!」

 

キンジがアリアや理子より少し早く、先ほどの位置に戻ったヒルダを目で追った。

 

――今ので確信した。

 

キンジたちは、ヒルダを捉えきれていない。

 

「分かったでしょう、サエジマ。今の私と同等の速度で動けるのは、お前だけだと」

 

ヒルダは見下す様にキンジたちを見て、嗤う。

 

「まだ扱い慣れていないけれど......お前が完成形を私に見せてくれた挙句、随分と痛めつけてくれたオカゲで、イメージが掴めたわ」

 

槍を持っていない手を、数度握っては開き――割れやすい物を大切に手に取るかのように曇天へ伸ばしながらそう言った。

 

ヒルダは――俺の加速を手に入れた、と言った。

 

そのワードで、頭の中に一つの結論が出てくる。

 

――ああ、そうか。

 

思い出した。

 

そうだ。――イ・ウーでは......誰もが生徒であり、教師である。

 

様々な方法で自分の特技を伝え、一人一人がそれぞれの分野に長けた天才から、隙のないオールマイティな存在になれる。

 

事実ジャンヌは、理子に変装術を教えてもらう代わりに、戦略を教えていた。

 

ブラドはDNAを利用した超能力のコピーで他人の長所を自分の物にしていた。

 

そのブラドの娘、ヒルダは、俺の超能力を吸血によって奪い、学んだ。

 

ブラドと違い、わざわざ他の誰かの為に俺の力をばら撒く必要がないなら――

 

俺の血を取り込み――後は、俺を模倣するだけ。それだけで十分。

 

そうしてヒルダは、俺の加速能力を手に入れた。手に入れてしまった。

 

最初の接触――アリアのかーちゃんを護送している時――は自らの肉体の変化に使用した。二度目の接触――スカイツリー内部にて強襲――で、今度は加速能力を確かめる算段だったのだろう。

 

挑発して、俺から加速を盗み見る為に。

 

そして俺はそれに乗せられてしまった。

 

バカな俺と違い、ヒルダは狡猾だ。

 

肉体の加速は誰でも気付ける。だが――教えてもらわなければ気付けなかった情報処理の加速に、ヒルダは1人で至れるはず。

 

そして、奴は単独で『アクセル』を手に入れる。

 

......『アクセル』ならまだ対処は可能だが、問題はその先。

 

『桜花』は見せてないし、『∞』も『イージス』も見せてない。

 

だが、現状一番やべー技を、俺は見せてしまっている。

 

そう。

 

実戦で初めて使った技。

 

俺が今現在到達できる『アクセル』の限界。

 

身体に掛かる負荷は今までの技で最高クラスのソレ。

 

反動で骨が折れようが、皮膚が避けようが、脱臼しようが、目の前のこの吸血鬼女にとって大した問題にはならない。

 

傷ついた先から回復していけばいい。魔臓さえやられなければ無限再生が可能なのだから。

 

――マジかよ......!

 

......俺は、ヒルダに、『スーパーチャージャー』を見せてしまった。

 

「さて――確か、こう......だったかしら?」

 

たった一度で感覚が掴める筈が無い。

 

出来たとしてもまともに動く事さえ儘ならない......そうあってほしかった。

 

だが、現実は簡単に、残酷に真実を突きつける。

 

「――う、あ、ぁぁ......あぁっ!」

 

大量の雨がコンクリートの床を打ちつけ、流れ落ちていく雨粒により視界は悪化していく。

 

身体が灼熱の様に熱くなり、焼かれているかのような錯覚に陥ったのだろう。ヒルダは身体を何度も身を震わせ、海老反りをして天へ吠えた。

 

白光を宿すヒルダの付近に集う水分はその全てを当然の様に気化させ、濃い霧を孕み、周囲を浸食し始める。

 

ヒルダを中心に熱風が巻き起こり高温になった蒸気が俺たちの体を容赦なく襲い掛かった。

 

紛れもなく、『スーパーチャージャー』の始動。

 

ヒルダは至ってしまったのだ。

 

「二度目!」

 

――命を、燃やすぜ!

 

その事実を脳が受け止めると同時、俺も『スーパーチャージャー』へ至る。

 

吐血するが、無視。身体中が軋んで不快な音を立てるがそれも押し殺す。

 

――今最優先でやるべき事は!

 

眼球が押し潰されそうになる痛みと不快感を堪え、顔を上げて濃霧を覗けば――

 

「......!」

 

「――!」

 

槍を俺目掛け投擲したヒルダと、俺の顔面へ吸い込まれていく鎗が接近しているのが見えた。

 

俺はすぐにデュランダル・ナイフを引き抜き、刃の腹を親指、人指し指と中指で挟み、柄を空へ向ける。

 

そのまま腕を振り抜いて此方へ迫り来る鎗を叩き落とす為にデュランダル・ナイフを投げた。このままいけば直撃するだろう。

 

だが、ナイフと鎗の衝突をただ立ち尽くして見ているワケは無い。

 

その証拠にヒルダはコウモリの翼で風を切り、重力を無視した動きで俺の首をその長い爪で引き裂きに来た。

 

予想以上に速く、少しヒヤリとしたが、奴の攻撃に合わせる為に俺も攻撃を行う。

 

左脚を使い中段の蹴りを一度、穿つ。

 

余りの速度に蒸気は脚に振り払われ、脚が通ったラインがはっきりと映し出される。

 

俺と同じ速度で動くヒルダは身を捩って回避しつつ、空中に浮いたままゲイナーで反撃に出てくる。

 

それを見て即座に左脚での振り抜きを中断。勢いを利用し右膝蹴りを行い、ゲイナーに合わせる。あわよくば競り勝ちたい。

 

互いの攻撃が直撃し、しばらくの拮抗状態が発生。

 

据わった目でヒルダを睨めば、その端正な顔立ちを崩して唇を歪めて微笑むばかり。

 

完全に舐められている。その事に苛立ちを覚えるが頭は冷静だった。

 

互いのゲイナーと膝蹴りの衝突でしばらく拮抗するかと思いきや、予想に反してヒルダはあっさりと拮抗を諦めて下がっていく。

 

翼を何度も羽搏かせ、俺が持っていない物を見せてくる。

 

そのままヒルダは更に後退し、俺は追撃へ打って出た。

 

二歩踏み出し前方へ跳躍、前宙からの踵落としを叩き込む。

 

一瞬驚きの表情を浮かべたヒルダは両腕でそれを受け止めた。

 

ここで、もう一発!

 

ヒルダの両腕を台として使い、再び跳躍。

 

両脚をバタつかせた連脚撃。

 

残像を発生させながら蹴る速度を上げ、一撃一撃を重くしていく。

 

蹴りが命中する度にガードに使っているヒルダの両腕の肉が抉れ、即座に再生を始めるのが見えた。

 

蹴る事を止めず、肉や骨を圧し折り吹き飛ばしてヒルダの両腕を一時的に消し飛ばした。

 

それでもなお蹴り続けながら、徐々に高度を下げて地面に着地。

 

同時に身体を捻じり込んだ回転蹴りをヒルダへ叩き込む。

 

ヒルダは片脚を持ち上げ盾代わりに使い、脚が吹き飛ぶ代わりに鎗の柄近くまで下がる。

 

片脚だけになった影響か、衝撃を逃がしきれなかったのだろう、ヒルダはよろめいた。

 

俺はその隙に立ち上がり、デュランダル・ナイフの柄を掴んで再び接近する。

 

そこからの攻撃は速かった。

 

逆手にデュランダル・ナイフを持ち、トップアタック。

 

その動きを目で追っていたのか、両腕と脚を再生させたヒルダは急いで槍を掴み、その槍先で軌道を逸らした。

 

デュランダル・ナイフを順手に持ち替え、正面からの突きを5度、繰り返す様に顔から胴体までの広い範囲を突き、腕が伸びきった所で手首を捻って引き戻す。

 

この動作を行いヒルダを牽制するが、翼を使い後退、時には槍をポールの様にして素早い重心移動により巧みに回避していく。

 

俺の攻撃を回避したヒルダはすぐに槍を構え――短く鋭い連続突きを打ってきた。

 

素早く打ち出されるソレをギリギリのラインで躱すが、満足のいくような挙動が取れずに掠り傷を数カ所、受けてしまう。

 

自分の肉体の限界に舌打ちをして距離を開けようとするが、ヒルダはそれを許してはくれなかった。

 

俺がヒルダの槍を躱し切れない事を確信してからは、ただ鋭く的確に突き出されるその軌道は徐々に変化していき、フェイントやパリィが混ざって......デュランダル・ナイフを使った防御も間に合わなくなる。

 

悔しいが、武器の扱いはヒルダの方が上手い。

 

徐々に押され始めた俺は、後退りながら傷を増やしていく。

 

そして遂に、ヒルダが上半身を捻り、腰、背中、肩、腕を使って加速させた一撃を放った。

 

それを見た俺は回避を試みて――体勢を、崩した。

 

「――!?」

 

右の足の裏が、滑った。

 

靴を履いていなかったせいか、滑り止めの効果のない俺の脚は濡れたコンクリートによってその場で踏み留まる事が出来なかったのだ。

 

その隙をヒルダが見逃す筈も無く、槍の挙動を若干変化させ、振り抜こうとする。

 

咄嗟にデュランダル・ナイフを持ち上げ――掠めたのだろう、火花を散らしながら迫り来る槍は俺の右肩に深く突き刺さった。

 

「―――ぐ、ぅぁああ!!!」

 

「獲った」

 

ヒルダは自身の鎗が深く刺さった事を確認すると、舌をちろり、と出して嗤い――電流を流しこんできた。

 

途轍もない放電音が響き、視界は明滅する。

 

どれほどの威力なのかは知らないが、一瞬で身体が直立状態になり、跳ねた。

 

スタンガンなんて甘っちょろいモンじゃ断じてない。

 

この一撃は、もっとヘビーなモノだった。

 

もはや指一本動かす事すら叶わなくなった俺は、『スーパーチャージャー』、『アクセル』の両方が同時に解除される程に追い込まれてしまう。

 

途端に鋭くなった雨に身体が貫かれているんじゃないかと思う程に雨足は強く、俺を叩きつける。

 

目を動かしヒルダを見つけ出そうとするが周囲には濃霧と、大雨が入り交じるだけ。

 

――どこだ......ヒルダは、何処に!?

 

「――う、ぁぁぅ......随分と......はぁっ......あ......疲れる、わね」

 

壁のように分厚い霧の中から、ハイヒールを鳴らしながらヒルダが息を荒げながら現れた。

 

どうやら奴も、既に『スーパーチャージャー』の限界を迎えたようで、足元が覚束ないらしく槍を杖の様に使って俺の方に歩いてくる。

 

「――ふふふ、気に入った。これからは――私が『アクセル』を使わせてもらうわ」

 

息を整えたヒルダは再び『アクセル』を使い接近。

 

地に倒れ込んだ俺は首を掴まれ、上空へ放り投げられた。

 

「ぐ......」

 

「この一撃を以て、お前を終わらせてあげるわ」

 

浮いた身体でヒルダを見れば、目の前まで来ている事が分かる。

 

ヒルダは何処か嬉しそうに口を歪めている。鎗を踏み台にして放り投げられた俺の高度に到達したらしい。

 

翼を大きく振り抜いて加速したヒルダは爪を使い俺の脇腹を切り裂き、黒い空へ消えていく。

 

それから数秒後――見上げた曇天から光が降りてきた。

 

いや......光ではなく、雷。

 

落雷のような眩さもなければ、太陽のような光でもない。

 

ヒルダが内側から放つ白光とも違う。

 

電池の切れかけたライトよりもか細い光。

 

それが、ゆっくりと俺目掛けて墜ちてくる。

 

――なんだ、アレは。

 

その疑問は、ヒルダが解消してくれた。

 

「私を第4態にまで昇華させた事を称えて、褒美を与えるわ。ドラキュラ家の奥義――『雷星(ステルラ)』。触れるだけで全てを消し飛ばすこの小さな灯りは、一切の無駄無くエネルギーの全てを内包している。故に極端な発光もしなければ巨大になることもない......さぁ、消滅しなさい」

 

簡単に言ってしまえば、絶対殺す電気玉。

 

それを、痺れて動けない俺目掛けて落した。

 

――ああ、クソ。

 

結局、人頼みになるのか。

 

「ワ、ト......ソォオオオオオオンッッッ!!!」

 

「――ああ、任された!」

 

背中に、繊維弾を張られ、地面へ急激に引き寄せられる。

 

入れ替わる様に、デュランダル・ナイフが光球へ向けて投擲されたのが見えた。

 

――守ってくれ、ジャンヌ......!

 

デュランダル・ナイフが命中したのか、光球は一瞬強い光を放ったかと思うと、緩やかに消えていった。

 

キンジとワトソンに受け止められた俺は、地面に降ろされる。

 

「助かったぜキンジ、ワトソン......もうしばらく空はゴメンだ」

 

「ああ、俺もだ」

 

「2人共。軽口を叩く暇はないだろう、ヒルダは健在だ」

 

そう言いつつ、キンジだけが一歩前へ。

 

逆にワトソンは俺の胴体を掴んで下がっていく。

 

キンジに任せる、ということだろう。

 

今の俺は間違いなく役立たずだ。大人しく下がるしかない。

 

物陰に連れ込まれたタイミングで、ワトソンが回収したのか、電撃の熱で灼けたのか変形してしまったデュランダル・ナイフが手渡された。

 

「......守るためとは言え、貴重な物を潰してしまってすまない。謝って許されることじゃないけど、今の僕にはこれくらいしか出来ない。許してほしい」

 

「命あっての物種だぜ、ワトソン......ジャンヌに怒られるだろうけど、まぁ、なんとかするさ......」

 

右肩の傷を一瞥し、柱の陰から様子を窺う。

 

俺の目に映った光景は、丁度ヒルダがキンジたちの目の前に舞い降りたばかりだった。

 

 

 




誤字報告ありがとうございます、修正しました。

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