人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

74 / 92
友人から「オウムみたいに同じ語彙ばっか使いやがってよぉオォン?」と言われました。

あうあー(´・ω・`)






やべー状況から助けてもらった!

 

風を切りながら、まるで制御の利かなくなった航空機がフラットスピンを起こしたみたいに、回転しながら落下していく。

 

視界が闇に沈む世界を映す。

 

その中に真っ白な、辛うじて見える人工物――スカイツリーの支柱が目の端に垣間見える。

 

『アクセル』を使った覚えなど無いのに、重力に引かれて刻一刻と黒が支配する世界......その先にあるであろう地面に吸い込まれていく俺は、足掻く事さえ許されない。

 

両腕は申し訳程度にも動く事は無く、俺の自慢の両脚は風を浴びる感触を伝え続けるだけ。

 

ずっと墜ちていく中、強い横風に煽られて支柱に身体が衝突する。

 

その時、俺の意識が明確に死を捉えたのか――俺が意識するよりも先、無意識的に思考能力が加速していく。

 

首を動かして、先ほど叩きつけられた支柱がゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。

 

それが理解できた刹那、横薙ぎに吹きつける風に身体を乗せ、上半身を捻って左脚を振り抜き、遠心力を生み出す。

 

そのまま本命の右足を、太い支柱と細い支柱との間、僅かな隙間に足の甲を引っ掛け――

 

「――」

 

否。

 

引っ掛ける事は出来ず、滑り落ちていく。

 

重力に導かれるままだった俺の身体は、突如動きが止まった事で慣性が働き......少し浮いた。

 

其れのせいだろう、俺が賭けた命綱はあっさりと離れていってしまった。

 

だが、まだだ。

 

――まだ、やれる!

 

スカイツリーをぶち壊すのは気が引けたが、命には代えられない。

 

身体が風に投げ出される中、再び、今度は意識してスイッチを入れた『アクセル』が肉体の加速も含めて反映された。

 

その状態で、もう一度支柱に足を引っ掛ける。

 

ただし、先ほどの様な隙間に挟み込む形じゃなく――

 

身体を回転させ、半回転や一回転ではなく、何度も何度も、回転して脚の振りを大きくしていく。

 

回る視界の中で薄らとだが、地面が見え始めた。

 

きっとこれがラストチャンスなのだろう。

 

失敗すれば地面に激突。その事実が次第に現実味を帯びてきたが――恐怖は無く、チャレンジ精神とでもいうべきソレが俺の脳内を満たしていた。

 

そして、再び――太い支柱と細い支柱、その両者が交わる地点に到達。

 

――!

 

「今ぁあああッ!!!」

 

全力の回転を加えた、『アクセル』状態での右脚のサマ―ソルト。

 

空を勢いよく切り裂き、支柱へ衝突したソレは、若干ではあるが――支柱の一部を強い圧力、蹴りによって圧し曲げ、割れた部分に滑り込み、ブーツは鉄片に刺さった。

 

身体が突如停止し、慣性が容赦なく身体、主に両腕にダメージを与えていくが、命が助かるのであれば些細な事だろう......そう思い耐える。

 

どんな状態で自分の体が止まっているのか確認して見れば、足の脛辺り――コンバットブーツの、靴紐をきつく締めた部分から足の甲辺りに掛けて、切り裂かれた支柱へその身を落としこんでいた。

 

一先ず、落下が停止した事に安堵して、大きく息を吐く。

 

だが、保護されていない上面、即ち甲や脛などは普通のブーツの素材で出来ている為、鉄片は自重で徐々にずり落ちていく身体を何とか支えようとするブーツを容赦なく引き裂いていく。

 

それは勿論、ブーツが脱げ落ちない様に縛り付けている靴紐も、当然の如く、繊維の一本一本が緩やかではあるが確実に切られていくワケで......

 

「オイオイオイ、嘘だろォ!?」

 

繊維が千切れていく、この状況では聞こえて欲しくない音が耳に入ってくる。

 

慌ててブーツ、具体的に言うなら支柱に刺さっているブーツの破損状況を見ようとして顎を引いた。

 

それがいけなかったのだろうか、突如上半身が揺れたせいか変な力が加わり――ブチン、と軽い音を立てて、靴紐が完全に千切れた。

 

ガッツリ開放された脚はブーツの束縛を受けなくなり、次第にブーツから脱げ落ちていく。

 

片方だけ靴下を履いた状態になった、歪な姿で落ちていく俺を迎えるのは、地面だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

こうなってしまっては、覚悟を決めるしかない。

 

これが噂に聞く走馬燈なのか、今まで過ごしてきた人生、楽しかった思い出も、辛かった思い出も、何もかもが一瞬の一枚絵として現れては消えていく。

 

心残りしかないし、キンジが無事に脱武偵が出来るかも見れないまま死んでいくのは、辛いし......何より、ジャンヌに、カナに......俺は何もしてやれなかった。

 

全部中途半端で、何も出来ずに散っていくこの身を呪いながら――俺は覚悟を決めて、歯を食いしばった。

 

――ああ、終わった。

 

漠然と、自分の生涯が幕引かれて終わっていくのを感じながら、俺は静かに目を閉じて、最後の時を静かに待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――!」

 

 

 

 

 

 

この身を包み込むような気さえする夜風に感謝しながら、俺を殺すのであろう地面へと向かっていく。

 

 

 

 

 

「――――ジマ!」

 

 

 

 

 

 

誰かの声が聞こえるが、誰のだろうか。ぼんやりとしていて、よく聞こえない。

 

 

 

 

だが、会った事のある人物なのは確かだ。

 

 

誰、だったかな。

 

 

 

 

「――冴島!」

 

 

はっきりと名前を呼ばれて、閉じていた目を開いた。

 

 

 

そこに居たのは、腰からワイヤーを伸ばして降りてくる、キンジと激戦を繰り広げたらしい男――ワトソンだった。

 

 

 

 

「手を伸ばせ、冴島ッ!まだ諦めるな!」

 

 

 

ワトソンは必至の形相で、俺に声を掛けてくる。

 

 

どうやら、何か策があるらしい。

 

 

策が、あるのなら。

 

「乗るっきゃ、ねぇよなぁ!」

 

脱臼していない左腕を、とにかく伸ばす。

 

上がるところまで、上げる。

 

――これで、良いのかよ!?ワトソン!

 

「少し痛いぞ!ガマンしろッ!」

 

ワトソンはそう言いながら、拳銃を引き抜き、俺の左腕――二の腕辺りに狙いを付けて、9mm弾を射出した。

 

銃口から飛び出てきたのは、弾丸ではなく、()

 

某アメコミの蜘蛛男が腕から出す糸みたいな物が、俺の二の腕に巻き付き――強力に締め上げられる。

 

それは、アンカー。

 

アンカーによって、地面に叩きつけられるはずだった俺の身体は急激に止まり、何度目かの強烈な慣性を受けて左腕を軋ませた。

 

「いってぇえええ!!!」

 

「ガマンしろ、男だろう!」

 

――いやだってコレ予想よりずっと痛ぇよ!?

 

銃口と俺の腕の間に張られたアンカーのような物が俺を繋ぎ止め、ワトソンが何処かに固定している腰のワイヤーがゆっくりと伸びていき、俺を地面に優しく降ろしてくれた。

 

 

 

 

 

 

ようやく腰を下せたところで、ワイヤーから身体を切り離して降りてきたワトソンに話を聞く事にした。

 

「助かったぜワトソン。色々と言いてぇ事ややりてぇ事はあるがもうナシだ」

 

「それは嬉しい誤算だ。僕は君に殴られるのを覚悟で助けたからね」

 

「こうして命を救われたんじゃ何も言えねーよ......ありがとな」

 

「僕も驚いたよ。ようやくヒルダの攻撃の後遺症から解放されて、如何しようか悩んでいたら上から君が落ちてくるんだからな」

 

「それだよ、それ。あの銃から発射されたアンカー、ありゃあ平賀さんのだろ」

 

あの絶体絶命の中で、印象に残ったのは銃口から伸びるアンカーだった。

 

「御名答。試作品だったが無理を言って使わせてもらうことにしたんだ」

 

ワトソンはSIGを持ち上げて、少し笑うと背中に背負ったバックパックから治療器具を取り出した。

 

「さて、荒治療になるが簡単に骨折と、破損部位の修復をするぞ。クスリ(麻酔)は要るかい?」

 

「――必要無し、やってくれ」

 

ワトソンの質問に短く返し、目を伏せてからワトソンが口に放り込んだハンカチを強く噛む。

 

「じゃあ、まずは左腕の向きを元に戻すとしよう」

 

それだけ言うとワトソンは、掛け声も無しに左腕を俺の胸の方へ曲げた。

 

表現不可能な痛みと、衝撃。変な音を立てて元の方向へ戻った腕を、ワトソンは工事現場に落ちている鉄パイプをテープで隙間無く巻いた後、上から包帯を巻き、その包帯を消毒してから添え木代わりにした。

 

腕と鉄パイプが包帯で巻かれ、その上から布で腕置きを作り、首を通して固定した上で乗せる。

 

「左腕はこれで良し。次は右腕の裂傷だな。簡単に繋ぐよ」

 

ワトソンは手に消毒液をダバダバと垂れ流し、清潔な布で拭き取ってから、真空パックされたゴム手袋と、医療用の縫合針を取り出した。

 

傷口にこれでもかと言うくらい消毒液が掛けられ、縫合糸の通された、彎曲した形の縫合針が傷口を縫い付けていく。

 

流れ出ていく脂汗を気にも留めず、少しずつではあるが確実に進んでいく針を黙って見つめている。

 

今の俺に出来る事は、ただ動かず、ワトソンが治療しやすいようにすること。

 

針が肉の一部を抉り、糸が肉を滑っていく痛みで顔は歪み、苦悶の声を漏らしてしまう。

 

「ガマンしろ、冴島。すぐに終わる」

 

すぐ、という言葉がどれほどの時間を指すのか俺には分からなかったが、少なくともこの苦痛が永遠に続く様にも思えたのは確かだった。

 

「良し。最後に、脱臼を治すとしよう。行くぞ」

 

日常生活ではあまり聞き慣れない、体内からの異音、鈍い痛み。

 

嫌な音を立てて、プラモデルのボールジョイントを填め直したような、そんな感じで元の位置に骨が戻った。

 

口には出してないけど、結構痛い。

 

勿論、顔にもだ。

 

「い、痛かったのか?泣くなよ、男の子だろう?」

 

ワトソンが狼狽えながら、ポケットティッシュでそっと俺の目を撫でた。

 

――......え?いや、別に?泣いてねーし?

 

これは心の汗だ、とワトソンに言いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの、あの壮絶な弾丸の摘出に比べれば痛みも処置時間もずっとマシな応急処置が終わり、滅菌ガーゼや絆創膏、湿布などで傷口を覆ってもらった。

 

「組織からの命令でね......君を怒らせないこと、なるべく君に手を貸すこと、君の戦闘情報の入手をする事、この3つを命じられた僕は、矛盾した命令に憤りを感じながらも従事していたんだ。敬語で話せとも言われたね」

 

「なんだそりゃあ......俺とヤりあってもよォ―、大して何も手に入らなかっただろ」

 

医療用の糸で縫合された部分を見て、うへぇ、と息を漏らしながらそう言うと、

 

「君は自分の価値を正しく理解していない。あの戦闘での記録は予想以上の戦果だったよ」

 

ワトソンは俺に言い切った。

 

「へぇ......まぁ、悪用は勘弁願いたい所だなァ」

 

「僕からも伝えておくよ、聞き入れてもらえるかは不明だけどね」

 

そんな世間話もそこそこに、靴下で工事現場の砂利を踏み締めて立ち上がる。

 

「さて......治療、助かった。ここは危ねぇから、逃げときな」

 

骨にヒビが入った上、縫合箇所が数多く見受けられる右腕を、軽く振ってみたり握り拳を作っては開いてを数度繰り返す。

 

「......?冴島、君は何を言って――――――まさか」

 

ワトソンを置いて再び内部へ侵入し、エレベーターの方へ向かおうとすると、不意に背中をペチペチと叩かれて止まる。

 

振り返ると顔色を悪くしたワトソンが立っていて、

 

「無茶だ!君は重症なんだ......そんな状態でヒルダの前に立てば死ぬ!分からないのかい!?」

 

と、凄い剣幕で叫んできた。

 

「ん、ああ。キンジたちが心配だしな......――だが何より、殴られっぱなしっつーのはよォー......俺的によォー......かなり、むかっ腹が立つぜッ!殴り返してやらなきゃあ気が済まねぇッ!」

 

バァーンッ!

 

傷だらけの身体ではあるが、精一杯のポーズを決めて自分を奮い立たせる。

 

「な......ぁ......き、君はバカなのか!?」

 

「ああ、頭は悪ィぜ」

 

「そうじゃなくて、ええと、あー......」

 

ワトソンは言葉を選んでいるのか頭を抱えているが、ここで立ち止まってるワケにも行かずエレベーターへ乗り込む。

 

動いてくれれば嬉しいが多分ダメだろうな。

 

そんな考えでエレベーターの操作盤のボタンを押すと――低い駆動音が響き、シャッター代わりの金網が完全に閉じず、50cm程開いたまま上へ昇り始める。

 

「――ああ、もうッ!」

 

先ほどとは違い、かなり遅い速度で上に進んでいくエレベーターの隙間から、ワトソンが飛びこんできた。

 

「僕も行く。冴島だけに無茶をさせるワケにはいかない」

 

「――まぁ、いいんじゃあねぇの?」

 

右腕、両脚、それと頭にナイフ。武装は十分にある。

 

キンジたちもいるし、どうにかなるだろう。

 

エレベーターが動きを止め、先ほどヒルダに拉致されたばかりの場所へ戻ってきた。

 

開く事さえしなくなった金網の隙間から、警戒しながら出て行き、速やかに別のエレベーターに乗り込む。

 

安全確保が出来たのを確認してワトソンを呼んだ。

 

「これくらいは今の僕にもできるんだが」

 

ワトソンは俺が先陣をきることが不満だったのか、少し目を伏せて俺を睨んできた。

 

「そんな事で対抗意識燃やされてもよォ―......反応に困るなァ」

 

「別に、対抗意識なんてないさ。ああ、ないとも」

 

――じゃあなんでそんなに不満そうな顔してるんだよ......

 

「ああ、そうかい......まぁ、理由はどうあれ――今はパートナーみたいなモンだろ?よろしく頼むぜ」

 

俺はそう言ってワトソンの背中を数度軽く叩いた。

 

「......はは、不思議な人だな、君は」

 

ワトソンが漏らした声に少し眉を寄せるが、聞き返す前にエレベーターが止まった。

 

このエレベーターは最初の奴に比べてマシなのか、すんなり開いた金網を横目に、飛び出す。

 

そしてまた、別のエレベーターへ突進するように転がり込んで、上へ。

 

それを数度繰り返した所で、エレベーターが存在しなくなった。

 

柱に『435m』と書かれているだけで、エレベーターは無い。

 

代わりに――鉄パイプと鉄板で組んだだけの簡素な階段が上へと続いていた。

 

軽い金属音を鳴らしながら、素早く階段を駆け上がっていく。

 

剥き出しの鉄骨と、金網とワイヤーで適当に作られた安全策を見ながら進む。

 

強風が吹けば、塔全体が揺れている気さえする。いや、実際揺れているんだろう。

 

建材の継ぎ目から軋むような音が聞こえてくるが、それでも速度を緩めることは無い。

 

そして――

 

ワトソンと2人で、450m......再び、作りかけの第二展望台に辿り着いた時。

 

 

俺の視界は、分厚い雲と夜――暗い灰色と黒に支配された空から生み出された、真っ白な光に覆われた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。