人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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吸血鬼が強化されるとかやべーじゃん

捕まったキンジと、近くにいるアリアの格好をした理子。

 

そこからかなり離れた位置に俺。

 

キンジたちと俺の間に、ヒルダが俺の方を見て居座っている。

 

「――私は、ワトソンとは戦いたくなかったの。だからトオヤマ、お前がワトソンと闘うように仕向けた。お前は普段愚物でも、ここ一番の勝負に強い所があるから――予想通り、あの法化武装を持つワトソンを上手く露払いしてくれたわ。サエジマに関しては、まさか――GⅢが来るとは予想すらしてなかった。けれど、いい傾向ね」

 

ワトソンはキンジを騙し、ワトソンはヒルダに騙されていた、ってことか。

 

まるで化かし合いだ。

 

俺たちは今まで迫り来る敵をただ、倒して進んでいたが――これからはそうじゃないらしい。

 

騙して、化かして、襲わせる。

 

この『戦役』には、そういうやり方もあるのか。

 

「この塔の名前は『天空樹(スカイツリー)』とか。お前たちはその樹木を這い登るアブラムシの様だったわ。ほほほほほほっ......お前たちは一生、這い続けていなさい。私は――翔ぶ――」

 

ばさぁ!

 

ヒルダは1m程の、羽のような翼を広げた。

 

その人ならざる異形の影が、構えたままの俺を覆っていく。

 

何度も翼を羽搏かせると、奴の足下に下降気流が作り出されて――

 

その風が棺の周囲の薔薇を吹き飛ばし、その下に隠された物が晒し出される。

 

「......アリア......!」

 

キンジも見ていたのか、倒れたアリアを見て驚愕の声を漏らした。

 

薔薇で隠されていたアリアは、ツインテールごと体に鎖を巻かれ、口を布で縛られている。

 

そのアリアの足首を、取り出した鞭を巧みに捌き、絡めとったヒルダは――

 

翼でバランスを取りながら、鞭を振り回してアリアを放り投げた。

 

「!」

 

10m近く吹き飛ばされたアリアは棺に頭をぶつけて、目を回している。

 

「残念だったねぇキーくん、ハヤッチー。相手が悪すぎるよ」

 

倒れたアリアを見下した理子が、顎の下に手を這わせてベリベリとマスクを剥がしていく。

 

キンジはソレを見て息を呑み、

 

「......なんでだ、理子!なんで、お前が、ヒルダに!」

 

首に掛けられた鎖を派手に鳴らし、吠える。

 

「理子。お前には、私にはない技術と能力があるわ。私は、それを高く評価していてよ。だから私はお前を遺伝子としてではなく、ドラキュラ家の正式な一員......私に次ぐ次席として取り立てるわ」

 

「......」

 

理子は複雑な表情をしながらも、決して抗う様子を見せない。

 

――理子ォ......!テメェ、またそうやって、敵対すんのかよォ......!

 

こめかみに血管が浮き出て、怒りが込み上げてくる。

 

「それに......お前は、とても愛らしい。お前は昔から私を憎悪しつつ、憧れていたのでしょう?その色が隠し切れずに混じり合っていて、私の心を疼かせるの」

 

ヒルダは理子の近くまで歩き、白い指で理子の頬を撫でた。

 

お気に入りの人形を愛でる様に、何度も何度も......優しく。

 

「ごめんなさいね、理子。かつてはお父様の手前、お前を犬の様に扱ったけれど.......それは本心ではないのよ」

 

深紅のマニキュアをした指が、なされるがままの理子や頬を撫でる。

 

「トオヤマとの間にも色々とあったようだけど、全部忘れなさい。男なんて、下らないわ。それに私が殺さなくても、トオヤマはいずれ『眷属』に殺される運命もあった。サエジマも、そう。だから、あなたに罪はないのよ」

 

キンジを見そうになった理子を、ヒルダが胸に抱き寄せた。

 

「もう過去を振り返る事はやめなさい。お前も知っての通り、このイヤリングには――」

 

ヒルダが、理子の片耳に付いたコウモリの形をしたイヤリングに触れる。

 

「ドラキュラ家の、正式な臣下の証。お前が外そうとしたり、耳を削ぎ落そうとしたり、私が一つ念じたりすれば、弾け飛ぶ。そうなれば、中に封じられた毒蛇の腺液が傷口から入り――お前は10分で死ぬわ。コレは裏切り者を再度取り立てるとき、浄罪のために付ける決まりになっているものなのよ」

 

――ゲスめ。

 

「そんなモノを付けて......操っていたのか、理子を......!」

 

キンジは上体を押し上げようとするが、起き上がれない様だ。

 

鎖が重いのかもしれない。

 

「キーくん、ハヤッチー」

 

ヒルダの腕の中から出てきた理子が、俺たちに言う。

 

「理子も――いろいろ考えたよ、これを付けられてから」

 

考えた......か。

 

「理子は元々、怪盗の一族。キーくんたちとは違う、闇に生きる......ブラドやヒルダ側の人間だったんだよ。それがいつの間にか、キーくんやアリアたちの側についてた。理子は、人としてブレてたんだ」

 

理子はキンジを見下ろしている。

 

「ヒルダは闇の眷属。生まれながらの悪女だよ。でも......自分を貫いている。ブラドが捕まって、最後の吸血鬼になったのに......誰の庇護も無く、戦い続けてる。理子よりずっと、自分が何者なのか分かってる」

 

理子......お前。

 

「それにヒルダは、仲間には貴族精神をもって接してくれる。変装食堂の衣装を作った夜......ほんとはね、理子はヒルダに会って交渉してたの」

 

あの夜......呼び出されて出ていったが、そこで接触されていたのか。

 

「その時は物別れになったけど――理子は驚いたんだ。ヒルダの態度はとても丁寧だった。理子が『眷属』と同盟する条件を指定しても良い、とまで言ってきた。その後外堀通りで戦ってから、理子はヒルダとまた話したよ。その時はもうこのイヤリングがあったから従うしかなかったけど......理子は、『組むなら、あたしを4世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは――それから一度も、理子を『4世』とは呼ばなくなった」

 

俺たちに語る理子の背後に降り立ったヒルダは、満足そうに目を細めた。

 

そして理子の頭を撫でながら、何かを言おうとした時――

 

「......一通り聞かせて貰ったわ」

 

その言葉に、全員が声のした方向を見る。

 

そこには――眠剤が抜けたのであろう、噛み切った布を吐き捨てたアリアはハッキリとした目つきで理子を見上げていた。

 

「理子。あたしは......アンタを責めはしない。誰だって命は惜しいものよ」

 

そうだ。命は、何にも代えられない。

 

「でもね理子。貴族として言わせてもらうけど、ヒルダの貴族精神は見せかけのものだわ。アンタには随分甘いらしいけど、それは言う事を聞かせるためにキャンディーをあげてるのと同じこと。アンタはソイツに見下されて、子供扱いされてるのよ!」

 

ヒルダの目が、図星を突かれたのか――鋭くなる。

 

――オイオイオイ、まともに動けないのに挑発とか死ぬ気かよ。

 

「誰も言わないなら、あたしが言ってあげるわ。ヒルダはアンタをその殺人イヤリングで奴隷にしてるだけなのよ!」

 

ヒートアップするアリアに、ヒルダは――

 

「人間の分際で......高等種族の吸血鬼に、偉そうな口を利くわね......」

 

怒り出した。

 

「アンタはちっとも高等じゃない!教えてあげるけどね――イギリスでは1833年に奴隷制度廃止法が成立してるわ。アンタは150年は遅れてるのよ!人間は、奴隷制度なんかとっくに卒業してるのっ!」

 

――1つツッコミを入れたいが雰囲気じゃないしな。

 

キンジはアリアを見て何かを言いたそうにしているがきっと俺と同じことだろう。

 

「それにね、理子」

 

アリアは理子の方を向き、縛られたままぴょんぴょんと跳ねて暴れ出した。

 

「あたしは、ママの裁判があったから、アンタと利害関係があった。別件で裏切られても、理不尽には思わない。でも、キンジは、ハヤトはどうなのッ!アイツらとアンタの間には、命を張るほどの貸し借りはなかったはずよ。それなのに、キンジは何度もアンタの命を救った!ハヤトは嫌ってるアンタの為に立ちあがった!アンタは、そんな奴なんかより!私たちを信頼すべきだわ!」

 

アリアは陸に揚げられた魚のように跳ねている。

 

「信じないで、罠に嵌めるっていうなら――キンジの相棒として、ハヤトの仲間として、あたしもアンタと闘う義理があるんだからね!覚悟しなさいよっ!」

 

アリアは何度も跳ねながら、少しずつ......鎖から抜け出ていく。

 

それに気付いたキンジが背中を使ってアリアの動作をヒルダから隠し――

 

「オシオキしてあげるわ、理子。そこのヒルダと二人並べて、ねッ!」

 

鎖から抜け出たアリアは、すかさずキンジの背からクルス・エッジを引き抜いた。

 

――ワトソンから、借り受けたのか?

 

それを見たヒルダは少し眉を寄せ......

 

アリアがキンジを飛び越え、その手に握られたクルス・エッジが、流星の如く突き出された時。

 

「――フン、無駄無駄。何時までも吸血鬼たる私が、そんな明確な弱点を残しておくワケないでしょう」

 

ヒルダは以前とは打って変わって、それに怯える事は無く......

 

突き出してきたアリアに電撃を浴びせ、アリアが怯み放してしまったそれを、手に取る事なく鉄扇で弾いた。

 

「下等な――人間の分際で」

 

感電のせいで痙攣するアリアをヒルダは引き寄せ、パニエをスカートを思い切り跳ね上げつつ、ハイヒールの足で蹴り飛ばした。

 

再び棺に衝突したアリアは、電流とキックの衝撃が相まってか、完全にノビてしまっていた。

 

空中に投げ出されたクルス・エッジを、ヒルダは一瞥して......

 

「こんなモノに、私は怯えていたのか」

 

と、苦々しい表情をして......腰に付けていた鞭を引き抜き、クルス・エッジの刀身、腹目掛け鞭を直撃させた。

 

クルス・エッジは途轍もない勢いで吹き飛ばされ、暗闇に光る刀身が飲み込まれていき、目視することが出来なくなる。

 

ここで、今の状況を改めて確認する。

 

キンジは動けず。

 

対超能力者戦闘豊富のアリアはダウン。

 

理子は裏切り。

 

ヒルダは恐らく、俺の血でパワーアップしてる。

 

動けるのは――俺だけ。

 

キンジを見ると、キンジは瞬き信号を俺に送ってきた。

 

『ジカン カセゲ』

 

『ドレ ダケ』

 

『カセゲル ダケ カセゲ』

 

手短に意思疎通を済ませ、俺は息を軽く吸い込み、理子に向けて話し始めた。

 

「おい理子ォー!」

 

その呼びかけに反応したのは、理子だけでなく。

 

俺から目を逸らしていたヒルダも、俺の方に顔を向けていた。

 

「オメーは本当に、ブレブレだな」

 

「――ああ、そうだろ?」

 

俺がそう言うと、自嘲した様に理子は俯いてしまう。

 

「ああ、そうだ。でも、しょうがねぇよ。死にたくねぇんだろ、普通だよ」

 

俺の言葉を妨げるものは何も無く、静かに声が通っていく。

 

「――俺もさ、長くもって半年らしいんだよ、寿命」

 

このタイミングで、俺は誰にも話さなかった事を話した。

 

その話を聞いたキンジやアリアは勿論、理子や――挙句の果てにはヒルダまで目を見開いているのが見える。

 

「能力を使えば、使うほど。俺は人間としての寿命は短くなっていくらしいんだ」

 

「は?......はぁ!?おい、隼人!お前、お前ぇ!治癒能力の加速を、使ったんだろ!そんな事すれば!」

 

キンジが、鎖を鳴らしながら吠える。

 

「ああ、長くは持たないだろうな。どれだけ縮んだか――分からない」

 

だが。

 

「でもよ、俺はさ、俺のやりたい事をやってんだよ、何時もよォー」

 

ニヘラ、と崩した笑みを浮かべてキンジを見る。

 

「だから、この選択に後悔はないぜ。何せ俺が自分で決めたことだからなァ。俺は、死ぬまで超偵、武偵として生きていく......そう決めたんだ」

 

そこまで言い切って、再び理子に視線を合わせる。

 

「俺が、そういう選択をした様に――理子、お前の選択も、お前が決めたなら間違いなんかじゃねぇんだよ」

 

だから、そんな顔すんなよ。

 

泣きそうな顔したって、何も変わらないんだから。

 

「そう。――そう、そう、そう!サエジマ、お前の寿命は残り少ないのね!?すぐに死んでしまいそうなほど儚い存在なのね!?」

 

ヒルダは俺の話を聞いて、テンションを上げていく。

 

「だから、何だよ」

 

俺がそう言うとヒルダは嬉しそうに笑い声をあげて、

 

「ほほほほほほっ!決まっているでしょう!お父様の仇ではあれど、利用価値は十全にあるお前を、死なせてたまるものですか。いい、サエジマ?私と理子に、味方なさい」

 

俺にキンジとアリアを裏切るよう、言ってきた。

 

「――断る」

 

「いいえ、断れない筈よ。此方から提示する条件は――吸血鬼の『不死性』。これさえ手に入れれば、後はお前の意志一つでどうとでも変わっていく。深まっていく。どう?欲しくは、ないかしら」

 

ヒルダが交渉に切り出したカードは、俺の心を、軽く......いや、強烈に揺さぶった。

 

――不死性。

 

それさえあれば、俺は永劫の時を生きていられる。

 

自分の能力に殺される事も無くなる。

 

――それでも、断る。

 

そう言おうとするが、言葉が出ない。

 

「迷う必要など無いでしょう。お前は生き続けられる。能力も使える。その代わり――『眷属』に身を染めるだけ。ただそれだけの話......」

 

 

 

迷う必要など、無いでしょう?と、ヒルダが訊いてきた。

 

 

 

「......本当に、本当に、『不死』になれるのか」

 

 

俺は口を開き、言葉を漏らす。

 

 

それを聞いたヒルダは、不敵に笑う。

 

 

「......ええ、勿論よ」

 

 

――そう、か。

 

 

 

 

「俺が『眷属』に付けば、お前はバスカービルを狙わないか」

 

 

「ドラキュラ家の名に誓うわ。お前が来るのなら、私はバスカービルを襲わないし、不利になるような行為の一切をしない」

 

 

「......随分と温いんだな」

 

 

「これでWin-Winの関係でしょう?お前は不死身になり、バスカービルは私に襲われない。私は幾らでもお前の血を吸える。迷う必要は無くなったと思うけれど......敢えて、お前の口から、答えを聞かせてもらおうかしら」

 

 

ヒルダは笑い、ヒールの音を鳴らしながら、俺の目の前までやってくる。

 

 

 

その手には、コウモリの形をしたイヤリングが握られていた。

 

 

 

「――ああ、そうだな」

 

 

――しっかりと、伝えてやらねぇと。

 

 

 

「隼人!考え直せ!」

 

 

 

ヒルダの後方で、床に伏したままキンジが叫ぶ。

 

 

 

俺はそれを聞きながら、ヒルダを見て、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だが、断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――な」

 

 

 

音を発すると同時、俺は――射程に入っていたヒルダの腹部を狙い、全力のコークスクリューをぶち込んだ。

 


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