人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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ジャンヌと再会&やべー奴と再会

「――ジャンヌが、中空知の部屋に?」

 

「あ、は、はい。先週一度、私に電話で依頼をしてきて......今朝、来たんです。学校は、ケガをしていたので、欠席してました。今は、部屋に、いま、います」

 

――俺たちに顔を出せないほどのケガなのか?

 

心配だ。

 

見に行かないと。

 

会いたい。

 

「......中空知。ジャンヌに、会わせてくれ」

 

俺は目の前で困惑する中空知の前髪で隠れた目をしっかりと見て、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

X脚の膝をガクガク震わせている中空知に続いて、部屋に上がると――

 

「うわぁ」

 

「うぉっ......」

 

と、驚きの声が上がる程の光景が目の前に広がっていた。

 

目の前には音響機器がびっしりと集められており、ラックに積まれた無数のスピーカーやアンプが黒い机を半円形に囲んでいる。

 

黒塗りの防音壁には、色取り取りのヘッドホンが家電量販店の一角みたいにぶら下がっている。

 

ラジオ局のミキサー室のような光景に加えて、室内には古今東西の通信機が整然と並んでおり、更に処理用のPCや無線機だけじゃなく、携帯電話も50機種ほど揃えられてあった。

 

アクセスランプが至る所で目まぐるしく点滅を繰り返し、電子機器の匂いに包まれた室内は異様な雰囲気を醸し出している。

 

窓際に置かれた、小さな観葉植物だけが女の子らしさを感じさせる、気がした。

 

双葉の鉢には、トオヤマクンと書かれた小さなプラカードが立てかけられている。

 

――見なかったことにしよう。

 

「ジャ、ジャンヌさんは、そちらです」

 

中空知が指した方向を目で追うと、至って普通の木目調の扉がぽつんと存在していて、誰も使っていなかった事が分かる。

 

ぎい、とドアを開けると――

 

部屋は暗く、灯りが点いていなかった。

 

「......誰、だ?」

 

扉を開ける音に気付いたのか、部屋の主は苦し気な声で誰何してきた。

 

「俺だ、ジャンヌ」

 

「――!隼人、か」

 

部屋の奥へ進んでいくにつれ、暗闇に目が慣れていき――床に設置された味気ない簡易ベッドが見える。

 

更にもう一歩奥に進むと、少しツンとした、鉄臭さを鼻が嗅ぎ取った。

 

「は、ぁ......すま、ない。追いかけたはいいが......この、ザマだ」

 

更に暗闇に順応した目は――赤く染まったシーツ、血濡れの包帯、大小様々な切り傷に多数の痣、軽い火傷の痕を負った銀髪の少女、ジャンヌを捉えた。

 

呼吸は荒く、音のない部屋にジャンヌの辛そうな呼吸音と、時折痛みに喘ぐ悲痛な声が鼓膜を震わせる。

 

綺麗な銀髪は汗で前髪に張りつき、その顔は苦悶に歪みながらも俺に心配をかけさせまいとしてか、無理に笑顔を作ろうとする様が見て取れる。

 

「誰にやられたんだ?」

 

「『眷属』の、連中だ......ッ!奴ら、逃げたフリをしつつ私を襲ってきた。おそらく――お前を釣り出す為だ。隼人、絶対に報復をしようとは、考えるな」

 

「善処はするぜ......ヒルダにも、やられたのか?」

 

「......ああ、見た目では分から、ないだろうが......酷く、感電させられてな。腱にダメージが残っていて、半月ほどは戦えそうにない」

 

「そーか......で、なんで俺たちの所に帰ってこなかったんだよ?」

 

「む......言えるワケないだろう。戦果を挙げる事も出来ず、ただ傷つき――惨めに帰ってきた、等と」

 

ジャンヌは真剣な表情で、俺の目を見てそう言う。

 

やっぱり、何処となく中世さを感じる物言いだ。

 

「バカヤロー」

 

指で、ツンッとジャンヌの額を突いてから、

 

「無事なら無事で、いーんだよ!......おかえり、ジャンヌ」

 

呆けるジャンヌに、俺は口角をやや上げて、無事とは行かないまでも、ジャンヌが帰ってきた事を喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒルダは、一月もすれば......東京には、居られなくなる。玉藻が、不眠、不休で、鬼払結界を.....広げているからな。学園島、空き地島、台場、品川、豊洲あたりの湾岸地帯には、近付けない。即席故、一年しか持たないらしいが――それでも、玉藻の結界は強力だ」

 

「成程。東京は元々――ローマや香港に次ぐ退魔性の強い都市だからなァー......鬼を払うのに長けているってことかァ」

 

山手線と中央線が対極図を描き、その対極図に使われている線路の材質は鋼鉄。

 

古くから鍛えた鉄は魔を退ける物として信仰され続けてきた。刀が魔除けの道具として使われるのも、材質に玉鋼を使用し、刀鍛冶の念や精神力により丹念に鍛え上げられた物だからだ。

 

現代の技術者たちが鍛え上げた鋼鉄で描き上げた対極図は、古代の神秘性には及ばないモノの、それを補わせる為に――電車を筆に、乗車する人達が持つ魔力や霊力、気力を墨に見たてて、ひたすら走らせ続けている。

 

これにより衰えることのない半永久的な退魔の儀が成り立っているワケだ。

 

やや遅れて入ってきたキンジは、俺たちが何を話しているのか分からないといったような表情で、眉を寄せている。

 

――強襲科でも、探偵科でも、こんな胡散臭い事やらないしな。

 

「......あー、隼人、ジャンヌ。S研談義中に悪いが――どうする。『師団』と『眷属』の話、アリアに伝えるか?」

 

「そう、だな......アリアには、ギリギリまで黙っておこう。性格からして、知ったら攻撃に回りそうだ。この戦い、結界のことも考えて、防戦が有利だ」

 

「俺もそう思ってる。白雪はどうする」

 

「玉藻の判断を、待とう。お前のような超能力戦の素人が、不確かな情報を伝えて、混乱させるのは、良く、ない」

 

「そう、だな――専門家同士、よろしくやってもらおうか」

 

話が一息ついて、少しの沈黙が場を支配した後――

 

ジャンヌの携帯が鳴った。

 

「......中空知だ」

 

緩慢な動作で携帯を持ち上げ、ジャンヌは通話を始めた。

 

「遠山、変われ。中空知からだ......彼女がお前と直接話すと、本領を発揮できなくなるからな」

 

「中空知に依頼したことか?」

 

「そうだ、転入生の会話を盗聴させている」

 

「転入生?」

 

「エル・ワトソンのことだ。私は、奴を疑っているのでな」

 

ワトソン。

 

ジャンヌの口からその名前が出てきて俺たちは揃って目を見開いた。

 

「お前たちも気づいているようだが、奴の動きは不自然だ。経歴を洗ったが、あれは、曲者だ。二つ名は、『西欧忍者(ヴェーン)』。秘密結社リバティー・メイソンでは、有能な諜報員として勲章も授かっている様な男だ」

 

「......アイツ......」

 

「私は、そういう姑息な活動をする奴は嫌いだ。それに硬式テニス部で、私の支持者が随分ワトソンに鞍替えしたらしい。それも気に食わない」

 

――多分後者が7割くらいだと思う。

 

てか盗聴は姑息じゃねぇのかよと疑惑の眼差しを向けるもガン無視される。

 

「遠山。これを聞け。奴が動いた......アリアと一対一で話している」

 

キンジはジャンヌから引っ手繰るように携帯を取って耳に当て、ドアにもたれ掛かる様にして盗聴の内容に集中している。

 

俺はその間に――

 

ハンカチを取り出して、ジャンヌの額や顔、首筋の汗を拭う。

 

その後、数度髪を手で梳く。

 

優しく、丁寧に。

 

「なぁ、ジャンヌ」

 

ジャンヌに――話すべきか。

 

「どうした、隼人」

 

俺の中の、迷い。

 

「――答えは、出てんだ。でも......」

 

それを、少し違う形で口にした。

 

「......やっぱりよォー......ちょっぴり、怖いんだ」

 

「......」

 

ジャンヌは少し目を大きく開く。

 

「ダサいよなァ......カッコつけといて、ちょっとキツい事言われて、ビビって......」

 

半年の枷。

 

長くても半年という事実が、俺の心の奥底を恐怖に染め上げる。

 

俺のやりたい事は決まっているんだ。

 

でも、それをやらせてくれない。俺の中の俺が、それを拒む。

 

自分が、情けない。

 

ずっと隠しておくつもりだった。平然として当然の様に受け入れて進むつもりだった。

 

――でも、出来なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

暫くの間、沈黙が続き、

 

「......私は、何もしてあげられない......でも、背中を押すことは出来るはず......」

 

ジャンヌは両手で俺の手を握って――目を閉じた。

 

「諦めないで、隼人。『成すべきと思った事を、成して』......迷っていても、立ち止まらなければ、それでいい」

 

優しい言葉で、俺が散々口にしてきた事を、囁く。

 

――嗚呼......

 

ジャンヌは、やっぱり優しい。でも、ちょっと厳しい。

 

――迷いながら進めなんて、キツい事言ってくれるぜ。

 

でもそれだけで――

 

「――そうだな。まだ、どうしたいかは決まらないけど......頑張るよ」

 

俺はどうしようもなく、滾ってしまう。

 

単純な男だよ、本当に。

 

俺は自嘲するように、鼻を鳴らして軽く笑った。

 

 

 

 

 

「隼人」

 

俺の中の決意もそこそこに固まった所で、何時もと違う、鋭い声でキンジが話しかけてくる。

 

「――どうした」

 

その声で、俺もスイッチが入る。

 

キンジの声が変わった時は、だいたいやべー時だ。

 

「......少し外出したくなった。足になれ」

 

とても外出する様な空気ではないが――

 

「......外出、ねぇ.....よっしゃ、一走り付き合ってやる」

 

キンジがやりたいって言うなら、付き合う。

 

それが俺の、『やりたい事』でもあるんだからな。

 

 

 

 

 

キンジは寮の自室に戻り、予備弾倉と、新しく作ってもらった『オロチ』なるグローブを身に着け、転がるような勢いで階段を駆け降りて、俺のもとまでやってきた。

 

俺も、幸い無事だった『O-V-E-R.H-E-A-T』システム、その腕時計型の制御装置を左手首に取り付けている。

 

「待たせたか」

 

「ああ、身体が冷えて鈍っちまう所だったぜェー?」

 

「馬鹿を言え」

 

キンジはそう言いながら、俺の背中に飛び乗る。

 

「中空知、ナビを頼む......――ああ、分かった。墨田区、押上1-1-2。隼人、頼む」

 

中空知から無線インカムを通じて何か聞いているのか、キンジはあまり多くを話さず、俺に最低限の情報だけを伝えてきた。

 

「あいよ。ちゃんと説明してくれよなァー?」

 

「ああ......そうだな、端的に説明する。ワトソンがアリアに眠剤ブチ込んで拉致した。だから――奪い、返す......ッ!」

 

ああ、道理でブチ切れてると思った。

 

――HSSの、亜種だっけか。

 

かなり気性が荒くなっている様だ。

 

「......ナイスアシストだ、中空知。後でキスしてやるよ」

 

――まーたすぐにそうやって黒歴史増やすぅー。だからあとで恥ずかしくなるんだよ。

 

「待ってろよワトソン。アリアを起こしてお前を寝かしつけてやるぜ......病院の、ベッドの上でな!」

 

「キンジィー!カッコいい事言ってるけどよォー!お前今背負われてる状態だからな!?全然カッコよくねーぞ!」

 

自動車よりも早い速度で公道を駆け抜けていく。

 

バイクを追い越し、バスを抜き去り、右折する車を跳躍して飛び越えて、走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「墨田区、押上1-1-2......スカイ、ツリー......」

 

辿り着いたのは、スカイツリー。その、建設建設現場。

 

本当に此処で合ってるのかと思い、2人で辺りを見回すと、キンジがワトソンのポルシェを見つけたらしく駆け寄っていく。

 

俺もそれに続き、キンジが車内を調べている間にマフラーに手を当て温度を確認する。

 

停車してから5分くらいじゃないか、と大雑把に当たりをつけた。

 

金網越しに見える砂をライトで照らすと、一人分の足跡が残っている。

 

アリアを抱えて歩いたのだろう。

 

「しっかしよォー......なんで、あのヤローはここを選んだ?」

 

俺は7割方完成しているスカイツリーを仰ぎ見た。

 

見上げると首が痛くなるほどに高い。

 

遠目で見るとそうでもなかったが、こうして真下に来て、見ると――白い支柱の一本一本が途轍もなく太い。

 

更によく見ると、支柱は全て軽く螺旋状に並び立っている。

 

「知るかよ......行くぞ」

 

キンジは俺を尻目に、先に金網を乗り越え、足跡を追って塔内部の建設現場に侵入していた。

 

「あ、オイ!ちょっ待てよ!」

 

置いて行かれたことに気付いた俺は、急いで金網を乗り越え、ズンズン先へ行ってしまうキンジの背中を追いかける。

 

深夜かつ無人で、物がない空間に――俺たちの鉄板を踏む足音が響く。

 

看板や、重機の陰に警戒し、進む。

 

砂に覆われた鉄板の上に残された足跡が、ほとんど見えなくなり――

 

先を見ると、作業用の仮設エレベーターがあった。

 

動かせば、追ってきた事がバレるだろう......が、

 

キンジはそんな事お構いなしにエレベーターの操作盤に武偵手帳の解除キーを挿入する。

 

そして、エレベーターを稼働させようとしたとき――

 

ビキリ、と身体中を嫌な予感と殺気が駆け抜けた。

 

――上!

 

顔を上げると同時、飛び退いて回避。

 

「――ッシャァアアッ!」

 

ガツンッ!と小さく金属同士がぶつかる重い音が響き、エレベーターが揺れる。

 

エレベーターから身を放り出すようにして飛び出て、すぐに体勢を整えて立つ。

 

「よォ......こんなにも良い夜だ、俺に付き合えよ」

 

低い声が、静かに聞こえ――

 

良く見えないが――ラバースーツのような物に大量のコードが隙間なく繋がれているソレを着込んだ長身の男が、静かに立ち上がった。

 

真っ黒に塗りつぶした顔が上がり、俺と目が合う。その男は、バイクのシールドのような物をつけている。

 

目を合わせて――驚愕した。

 

「GⅢ......!」

 

襲撃者は――俺に変な注射を打ちこんだ、ピエロ野郎だった。

 

「遊ぼうぜ、ハヤト」

 

黒に塗れた男は――白い歯を見せて獰猛に笑う。

 

 

 

 


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