人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

66 / 92
やべー事は続く

「......で、なーんであんなことしてたんだぁ?ええ?なぁ、冴島ァ」

 

「いや、あの......すんませんっした」

 

ワトソンとの喧嘩から暫く経ち――今は教務科の前で、綴先生から御叱りを受けている。

 

――ワトソンの奴め、予め先生でも呼んでたのか?

 

だとすると、俺と戦う事自体はあまり重要視するものじゃないってことだろう。

 

「まぁそこまで怒る気もないけどさぁー......まぁ次から気をつけな。あのワトソンくん、随分とネチっこい事してるみたいだしー......ほら、拳銃出せ、謹慎代わりだ」

 

綴先生はそれだけ言うと、俺からXVRを引っ手繰った。

 

「へぇーガキの癖にいいモン持ってんじゃん......1週間後に取りに来な。それまではあたしがこの銃の面倒見ててやるよ」

 

くくく、と笑いながら綴先生は煙草に火を点けて、XVRをよく見えるように振りながら教務科職員室へと消えていった。

 

銃を取り上げられてしまった。並の武偵なら命を奪われたようなものだ。

 

――......ワトソンの奴、何を企んでる?

 

キンジを挑発するような行為に加え、俺の無力化。

 

アリアをキンジから引き剥がしたい?いや、それなら俺を警戒する意味が分からない。

 

「わっかんねぇなぁ......」

 

疑問は解消されることもなく――気付けば、自室に辿り着いてしまった。

 

今日ももはや日課になりつつあるジャンヌの帰宅待ちをして、夜が更けていく。

 

帰らないジャンヌを、俺はカナと一緒に待ち続けた。

 

......ジャンヌは、また......帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼人、銃――どうしたの?」

 

「ちょっと、面倒な奴に絡まれてなぁ......謹慎代わりってことで持ってかれたんだ」

 

カナは俺の制服に装着されたホルスターが空だという事に気付いて、XVRをどうしたのかと言う事を質問してきた。

 

「ふぅん......謹慎代わりなら、銃を貸してあげてもダメね」

 

「あー、いいよ。元はといえば、俺が悪ィんだし」

 

どうせ持って行ったとしても、綴先生に奪われるだけだろう。

 

「ふぅん......それで、大丈夫なの?」

 

カナは心配そうに、俺を見上げた。

 

「あー......うん、心配すんなよ!銃が無くてもどーにかしてみせるぜ!」

 

心配かけまいと、サムズアップをして笑ってみる。

 

カナはそれを見ると、呆れたように溜息を一つ吐き――にこり、と小さく笑った。

 

「いってらっしゃい、隼人」

 

「応!いってきまーす!」

 

俺は見送ってくれるカナに挨拶を返して、学校へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武偵高では、2学期でも月1回は屋内プールで体育をやることに乗っている。

 

水泳の授業でワトソンが何か仕掛けてきたら、今度は反撃するとキンジは言っていた。

 

俺もまぁ、少しは関わろうかと思っていた――しかし意外にも、ワトソンは見学とのことだ。

 

――泳げねぇのかなぁ、ワトソン。まぁカンケーねーけどさ。

 

2年A組の男子一同と準備運動をしていると、黒い長袖長ズボンのスポーツウェアで現れたワトソンは、グラサンをかけ......パイプ椅子を取り、埃をポンポンと入念に払ってからテーブルの横に広げている。

 

そしてその椅子に膝を揃えて座ってから、何かにハッと気付いたような素振りで......慌てて、足を組んだ。

 

その妙な動きに首を傾げていると、ワトソンの横では蘭豹先生が――

 

「よーしガキ共!プールを20往復しろや!サボった奴は射殺やからな!」

 

ドンッ!

 

スターター代わりのM600を撃って、すぐいなくなってしまった。

 

蘭豹先生が居なくなってくれたのは非常にありがたい。

 

プールの縦か横か指定はされなかったので、横向きに20往復した。

 

他のクラスメイト達も同じ様に横向きでサッサと泳いでしまっている。

 

後は、時間が余ったので――俺は蘭豹先生の授業放棄を先読みしていた武藤がロッカーから持ってきた雑誌の束から映画雑誌を取り、ワトソンの傍にあるパイプ椅子を拝借しに行く。

 

「――......おん?」

 

見ればワトソンは、水着で戯れる男子達の方を向いたまま、固まっているみたいだ。

 

顔を覗きこんでやれば、この男、顔を真っ赤に染まっている。

 

もしかして風邪でも引いたのだろうか。

 

それならプールを欠席したのも頷ける。

 

昨日の今日で話し掛けるのも癪だったが――本当に体調が悪いのなら、保健室に連れて行く必要があるかもしれない。

 

「......おい、ワトソンやい。チョーシでも悪ィのかよォー?」

 

――俺らに移されても困るしな、もしマジだとしたらさっさと連れて行ってやろう。

 

声を掛けられたワトソンは、

 

「あ、あう......う!?さ、冴島ッ!!......さん......な、なんでそんな、あ、あわわっ」

 

と俺の方を見てから小声で驚いて、俺の腹筋、胸筋、鎖骨、上腕二頭筋、顔――を順番に見た。

 

その間にどんどんと赤面していき、最後に俺と目が合うと凄い勢いで顔を反らした。

 

「あれ、どうしたの?ワトソン君。調子悪い?」

 

そこに、律儀に縦20回に相当する横34回の往復を終えて上がってきた不知火がやってくる。

 

「う、あ......!」

 

ワトソンはそんな不知火を見て椅子ごと後退り――

 

「......おいワトソン。体調が悪いなら救護科にでもいけよ」

 

こっちに寄ってきたキンジに話し掛けられ、キンジの方を見たかと思えば少し肩を震わせてサッと俺の方に顔を逸らした。

 

そしてその直後、しまったー!みたいに口をあわ、わ......と震わせて、しばらく腹筋を眺めてから......俯いてしまう。

 

――マジにやべーのか?

 

「おいキンジ!隼人ォー!これAKB全員載ってるぞ!不知火も来いよ!総選挙やろうぜ!」

 

そんな時、プールサイドを歩きながら武藤が、堂々とグラビア雑誌を示してやってきた。

 

「4人じゃあ総選挙は無理じゃないかなぁ」

 

苦笑いする不知火は、付き合いの良い男だから......ノリ気みたいだ。

 

「お前らなぁ......そんな事して、何の得があるんだよ」

 

と、キンジが言いながら近づいてくる。

 

「ジャンヌ一択だろフツー。てかキンジ、オメーこういうのダメなんじゃねぇの?」

 

「流石に雑誌くらいならどうにでもなる。それに拒否った時の武藤が怖い」

 

「ああそういう......」

 

「ジャンヌは総選挙に居ねーだろ、ノロケやがって......ゴホン、じゃあ、一人につき5票な。おいワトソン、お前も選べよ」

 

缶コーラを開けて飲んだ武藤が、缶を俺に渡しつつプラスチックのテーブルの上に雑誌を広げると......

 

こっちを見ない様に俯いていたワトソンが、プイっとそっぽを向いた。

 

「断る。そ、そんな本!公共の場で広げるな!」

 

武藤から回してもらったコーラを口を付けないように一口飲み、不知火に渡す。

 

不知火はありがとう、と小さくお礼を言うとコーラを一口飲んでから、キンジに渡した。

 

「まぁまぁ、そう言うなって!こんだけ居りゃ、絶対一人は気に入る子がいるもんだぜ。騙されたと思って、全員ザッと見てみろよ」

 

と、言いながら武藤が無理矢理肩を組み、ぐい、と引き寄せる様にして写真を見せると......

 

「――キャッ!」

 

武藤の胸に顔を寄せる様になったワトソンは、短く悲鳴を上げた。

 

サングラスがズレて見えた目は、若干潤んでいる。

 

のぼせているのか、かなり重症みたいだ。

 

「な、なんだよ女みてーな声出して。じゃあやんなくていいよ。てか――ちと熱っぽいんじゃねぇのか?ほら、コレやるよ!熱あるときは気持ちいいぜ」

 

武藤はそう言いながらキンジが飲もうとしていたコーラを引っ手繰って、ワトソンに渡す。

 

ワトソンは手渡されたコーラを両手で受け取り、

 

「で、でもこれはさっき――キミたちが......」

 

「量が少ないってか」

 

「ち、違う!く、口をつけた物を――」

 

「男同士で何言ってんだ」

 

と言う武藤が抱き着いたせいか、ワトソンのスポーツウェアに水がついていたので――

 

「熱があるなら濡れたらマズいよ。拭かないと」

 

不知火がタオルを手に、ワトソンの体からポンポンと水滴を拭きにかかる。

 

それが物凄く嫌だったのか、ワトソンは体をビクッと震わせて飛び上がった。

 

そして不知火、キンジ、俺を突き飛ばし......

 

「僕は帰る!もう限界だッ!」

 

声変わりしていない様な甲高い声でそう言うと、ワトソンは慌てているのか微妙にジグザグ走行をしながら――プールから出ていってしまった。

 

――なんていうか......変な奴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その放課後。

 

俺は平賀さんに電話を掛けていた。

 

「あ、平賀さん?冴島なんだけどさ、フックショットの修理......できてる?」

 

『冴島君、あれはそんな簡単に出来る物でもないし、只今絶賛改良中なのだ!』

 

「あ、そうなの?」

 

『ですのだ!もっともっと、改良して――長く使ってもらえるようにするのだ!』

 

「具体的に......何時くらいに出来そう?」

 

『んー、来月あたりには!』

 

「うい、了解」

 

そういった話をして、通話を終了する。

 

フックショットは当分お預け。

 

だから――新しくなるまで、当分使えない。

 

参ったなぁ、フックショットも......XVRも手元にないなんて。

 

「まぁ、なんとかするしかねーか......」

 

――元はと言えば、こんな状況に陥ったのも俺の警戒が足りなかったことが原因だしなぁ。

 

しかしそれでも溜息は出てしまう物だ。

 

どうしたものか、と思い携帯を仕舞おうとした時――着信を知らせる音楽が鳴り響いた。

 

誰からだ、と思い画面を見れば......先ほど通話を終了したばかりの平賀さんからの通話だった。

 

「もしもし、平賀さん?どったの」

 

『あ、もしもし冴島君?申し訳ないのだけれど、フックショットの改修の件が予定より遅れそうなのだ』

 

「え、そうなのか?ちなみに理由とかって聞いてもいい?」

 

『校舎の修繕を頼まれたのだ!』

 

「何だそりゃ、ボランティア?」

 

『ワトソン君がお金を出してくれたのだ!そして、あややを指名したのもワトソン君なのだ!なので、今月のあややは大忙しなのだー!』

 

――ワトソンの奴、面倒な立ち回り方をしてくれるじゃあねぇか......

 

「......うん、そっか。じゃあしょうがねぇな。完成したら電話して欲しい、よろしくな」

 

『うん、分かったのだ!それから、ごめんなのだー!今後とも、あややをよろしくお願いするのだ!』

 

通話を切り、大きく溜息を吐く。

 

ワトソンの奴が、本格的にキンジや俺の邪魔を始めた様だ。

 

外堀を埋められると本当にどうしようもないな、と痛感させられた。

 

――もっと自力で色々と頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

キンジがドヤ顔で「ワトソンの弱点、見つけたり」なんて言うから何かと思って聞いてみたら、クジ運の悪さだった。

 

――しょっぺー、しょっぺーよキンジ......

 

キンジはざまあみろ、と言わんばかりの表情でワトソンを見ている。

 

ここに至るまでの経緯は非常に短く――

 

この時期の転入生は『変装食堂』の衣装を決める際、期間も短いので自作はしなくてもいい。

 

その代わりに、クジは一度しか引けない。変更は認められない。

 

1年が休み時間に持ってきたクジ引きの箱には、現物をそのまま着られるタイプの衣装しか入っていない箱だったワケだが......

 

何人かのクラスメイトが見守る中、ワトソンがぺらりと広げたクジには、

 

『女子制服(武偵高)』

 

とあった。

 

一番のハズレ。言ってしまえば女装だしなぁ。

 

......それを引き終えた直後に、俺が教室に戻ってきた所で先ほどの会話に繋がる。

 

ワトソンはしばらく考えるような仕草をして――

 

「Strategy is trick. If you don't wanna be suspected, you should show it.」

 

――はぇ?えーと......『兵は詭道なり。疑われたくない事は、逆に見せる事で疑われなくなる』って感じか?イギリス訛りは慣れてないからよく分かんねぇや。

 

でも正直、兵は詭道なりを言いたいならガッチガチに堅苦しくはなるが、『Soldier becomes questionable means』の方が分かりやすいと思うんだがな。

 

まぁそんな英語の話なんてどうでもいい。

 

ワトソンは、かなり嫌そうだが――さっきの発言を聞く限り、やるつもりの様だ。

 

その証拠に――

 

「......イヤだなぁ。イヤだけど......まぁ、やらないと絞られるそうだし。クジを引いたからには、やるよ。すぐに着替えるのかい?」

 

と、言ってみせた。

 

それを聞いた女子達は大喜びで自分たちの制服をワトソンに押し付けようと我先にジャージ片手にトイレへと消えていく。

 

男子は男子で「ついに三次元で男の娘が見れる」等と意味不明な事を叫びつつカメラを構えている。

 

別にすぐ着替える必要はないのだが、誰もその事を指摘しない。

 

その後、女子から制服を借りたワトソンは......

 

それを手に、廊下から何処かへと居なくなった。

 

暫く待っていると、がたん......と、天井のパネルが1つ外れ、

 

「せっかくの変装だから、少しサプライズで登場するね」

 

と、ワトソンの声がして――すたっ。

 

天井の穴から教壇へ、制服姿の少女が降り立った。

 

チャキッ、とSIGを構え、ドヤ顔でウィンクしたワトソンに――

 

男子から不気味なほどに野太い歓声が上がった。

 

こんな歓声聞きたくない。

 

だが歓声を上げたくなるのも理解できる。

 

ワトソンの女装は結構似合っていて、可愛かった。

 

キャラが立ちすぎてる訳でも無く、どこか遠い世界の女優って感じでもない。

 

この一件以降――

 

ワトソンに快くない印象を持っていたらしい一部の男子たちも、急に優しくなった。

 

晴れてワトソンはクラス全員の寵児となり、どんどんと取り巻きを増やしている。

 

そのワトソンと険悪な関係のキンジや俺は......居場所を奪われ始めていた。

 

数日後には武藤がVMAXをワトソンに貸してもいいか、と聞いてくる始末で――

 

ワトソンの影響力のヤバさを実感しつつ、ワトソンは外車持ってただろとツッコミを頭の中で入れながら「オメーのモンでもあるから好きにしろ」と言った。ぶっちゃけヤケになってた。

 

武藤はホームパーティなんかにも誘われたらしく、ワトソンの外堀の埋め方がかなり本格的になって来ている。

 

聞けばキンジも、ワトソンにたまに借りていた防弾仕様のロードフォックスを長期契約で使えなくなったらしい。

 

お互いに足を潰された訳だ。まぁ俺は走った方が早いけど。

 

キンジはワトソンのやり方を小汚いと言っていた。

 

しかしそのやり方も立派な戦略だ、否定はできないだろう。

 

俺に残ってるのは、何かな――と考えながら、すっかり暗くなった帰り道を歩いていく。

 

パッ――と、歩いている途中で街頭が灯り、暗がりの道を光に染める。

 

秋の風がヒュウ、と吹き抜け体の芯を冷やしていく感覚が何処となく心地良い。

 

思考がクリアになるワケでもないが、冷静になれてる気はした。

 

道端に落ちていた小石を蹴って転がし、歩いて近づき、また蹴って転がす。

 

すぐに飽きてまた道端へ小石を蹴飛ばして、空を見上げた。

 

少し厚めの雲が夜空を覆ってはいるが、薄らと星の明りが雲間から覗いている。

 

特に見上げた事に意味は無かった。ただそうしたかった。

 

こんな、何時もと同じ様な光景を見て――ふと、寂しさを感じた。

 

――なんか、センチメンタルな気分になってる気がする。

 

なんでこんなにも寂しいんだろう。

 

答えはすぐに出た。

 

隣に、ジャンヌが居ない。もう、ずっと居ない。

 

「――どこ行ったんだよ、ジャンヌ......」

 

誰かに言う様な物でもないし、聞いてくれる人も居ないが、つい口から零れ出てしまった。

 

そしてその言葉は、秋の風に飲み込まれ、一陣の風となって夜に溶け込んだ。

 

街灯によって齎された光が作り出す俺の影は、次第に色を増している気さえした。

 

これほどまでに濃くなった影を見ると、先日のヒルダ襲撃を思い出してしまう。

 

傷の塞がった首に手をあてて、感触を確かめる。

 

労る様に親指で撫でつつ、ヒルダの言葉を思い返す。

 

――俺の血を吸った、吸血鬼。ブラドが果たせなかった事を、娘が果たす。

 

ここだけ聞けば感動的だろうけど、俺たちにとっては死活問題だ。

 

ただでさえやべー奴が強化されて登場とか止めてほしいぜ。

 

ジャンヌの事、ワトソンの事、ヒルダの事、学校での事、教務科から目を付けられている事。

 

それに――

 

つぅ――ポタッ。

 

「......」

 

ぐいっ。

 

鼻から少し粘り気のある、赤い液体が零れ出てきた事に――ソレが地面に落ちてから気付いた。

 

携帯ティッシュで鼻を拭き、栓をする。

 

......この、謎の出血現象。

 

抱える問題は多く、頭が痛くなった。

 

比喩的な話じゃなくて、マジな話で――ッ!

 

「ぐ、っう―――あ゛.....ッッ!?」

 

ズグン、ズグン、と刺すような痛みが脳を襲う。

 

脳に痛覚はない筈なのに、その痛みはまるで頭部を万力で締めつけているかのようだ。

 

マジに、頭が割れるほど痛い!

 

その強烈な頭痛に歩く事はおろか、立つことさえ困難になる。

 

思わず膝を折って、地面に蹲ってしまう。

 

.......――ぼたた、ぼた。

 

鼻に詰めていた筈のティッシュが抜け落ちて、両方の鼻の穴から血が流れ出ていく。

 

軋む様な痛みは視界へ伝播し、目が極度のストレスを受けて明滅を始めた。

 

グワングワンと視界のピントが合わなくなり、揺れ始める。

 

「......ふ.......う、ご......おごぇっ!」

 

胃が直接揉まれた感じがして、中の物が食道を逆流して口へと上がってきて、ついに吐き出してしまった。

 

目の前にある物さえまともに見れなくなった視界で吐き出した物を見ると――

 

「――は......いよいよ、げほっ、ぶ!......はぁ、はぁ――俺も潮時か......?」

 

色を僅かに伝えるだけになった目から伝わってくる、モザイクのソレの色は、黒く濁った赤色だった。

 

つまり吐瀉物ではなく、恐らく血。

 

もはや四つん這いで居る事すら辛くなり、街灯に背中を預ける形で座り込む。

 

誰かと戦っているわけでも無いのに体は摩耗していて、息は荒い。

 

関節が悲鳴を上げ、特に熱くもないのに、体は熱を吐き出したいのか滝のような汗を流し始める。

 

筋肉が弛緩を始め、地面に吸われ――抗えなくなった。

 

咳き込む度に街灯によって齎された光が、俺の口が血を吐き続けてくれる事を教えてくれる。

 

「――大丈夫ですか!?しっかり!」

 

ここから、どうやって帰ろうかな――と考えていると、少し低めの男性の声が聞こえた。

 

――よくある事です、大丈夫。

 

と言おうとしたが、それすらもこの体は許してくれない。

 

ただ荒く、呼吸を繰り返し時折血を吐くだけだ。

 

「きゅ、救急車!」

 

男の対応は迅速で――顔も、服装も良く見えないまま――瞼が、ゆっくりとモザイクの視界を覆い隠していく。

 

意識が遠ざかっていく中、聞こえたのは男が救急センターに連絡し、俺の容態や現在地を事細かに伝えている事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として目が覚めた。

 

はっきりと映る視界に映し出された物は――

 

「――......知ってる天井だぁ......」

 

俺はまた、武偵病院の、いつもの病室で、目を覚ましたのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。