人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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そういえば箪笥とかって高かったんだなぁって思いました(浸水の影響で腐食したので買い直した)




急に転校してきたやべーやつ

ワトソンの爆弾発言の後......

 

駆けつけた警察に状況を説明し、改めてやってきた護送車に乗せられ拘置所へ向かうかなえさんを見送り......ヒルダの追撃も無さそうだったので......

 

虎ノ門まで歩いて帰る弁護士と、話す事があるらしく、弁護士についていったワトソンと解散し――理子は、急用ができたと言い出して乃木坂方面へ向かい――

 

キンジとアリアは、電車で帰っていった。

 

俺はというと、VMAXに乗って寮へ戻ってきた所だ。

 

出来ればキンジたちと一緒に帰りたかったが――VMAXを置いておくワケにもいかなかったし、仕方ない。

 

きっとまた揉めてるんだろうなぁ、と思うが......キンジたちは未だ電車の中だろうし、電話を掛ける事が出来ずにいる。

 

――まぁ、フォローは明日でいいか。

 

そう思い、俺は......まだ、帰ってこないジャンヌをカナと一緒に待ち続けた。

 

結局、この日もジャンヌは帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

L・Watson

 

と、ワトソンが黒板に流暢な筆記体で書くと――

 

キャー!

 

と、それだけのクラスの女子が黄色い声を上げた。

 

あまりの歓声に、ビビりの担任、高天原ゆとりは教壇から足を踏み外している。

 

高天原先生が「それでは皆さーん、スペシャルゲストの転入生を紹介しまーす!マンチェスター武偵高から来た、とーってもカッコイイ留学生ですよー」と、ニコニコ顔で言うから......もしやと思ったが、その通りだった。

 

――来ちゃったかぁ、ワトソン君......来ちゃったかぁああああ......

 

後ろをちょっと......チラッと見てみると、眉を寄せる不機嫌そうなキンジと、そのキンジにどう話し掛けようか四苦八苦しているアリアが居た。

 

まぁキンジにも、キンジなりの矜持があるのかもしれない。多分嫉妬が大半だと思うがな。

 

「エル・ワトソンです。これからよろしくね」

 

男子にしては少し高めの、少年っぽい声でワトソンが言い、一番後ろの席に着いた時――

 

朝のホームルームの終了のチャイムが鳴った。

 

同時に、わー!きゃー!と、女子達がワトソンの席を取り囲んでいる。

 

まるでアイドルの囲み取材みたいだ。

 

「前の学校では、専門科はどこだったの!?ここではどこに入るの!?」

 

「ニューヨークでは強襲科、マンチェスターでは探偵科、東京では衛生科――僕は自分の武偵技術に、最後の磨きをかけに来た」

 

キャー!

 

また女子が盛り上がる。揃って、目がハートマークになってる感じだ。

 

「王子様みたい!」

 

「うちは王家じゃない。子爵家だよ」

 

キャーキャー!

 

更に盛り上がる。見れば何人か、今度は目が$マークになっている。

 

「肌綺麗!女子よりキレイ!」

 

「......ありがとう」

 

ニコッ。

 

白い歯を見せて笑顔になったワトソンに黄色い声を上げた女子達は、ついに何人かフラッと来たらしく、クラリとふらついて――衛生科や救護科の女子に支えられている。

 

理子が休みで良かった。理子はああいう祭りが大好きで......過剰に煽る癖がある。

 

失神者が増えるか、ワトソンが切れるか、のどっちかが発生する可能性があっただろう。

 

俺の後ろにいるキンジをチラリと見れば、呆れと尊敬が入り交じった複雑な表情をしていた。

 

確かにワトソンは女に対して一切の構えがない。慣れきってる感じがする。

 

友達と話してる時のような気軽さだ。

 

「ワトソン君は、何部に入るの!?」

 

「予定はないよ」

 

という返答に、女子達はみんな目の色を変えて「サッカー部に入ろうよ!あたし今からマネージャーになるし!」「え、演劇部いかがですかっ」「水泳部に来てよ!」などと勧誘合戦を始めた。

 

「ごめん。僕はどこの武偵高でもクラブ活動はしないんだ。特に水泳はNGで――」

 

と、苦笑いするワトソンだが、女子達はそう簡単に引き下がらない。

 

「ダメだよ帰宅部なんて!」

 

「そうよ!キンジや隼人と一緒に屋上でお昼寝するつもり?」

 

俺は......能力が能力だから、足を使うスポーツ系の部活は駄目だし、目を使う競技もダメだし......まぁ、そんな感じで部活に入ってないだけだ。文系?俺の柄じゃないからやらない。

 

キンジは転校予定だから、部活動はやってない。

 

確かに俺たちはよく屋上に集まって飲み物飲んだり、日影で寝てたりするんだが......あ、あとはキンジの部屋に住んでるアリアや星伽の機嫌が悪い時の避難所としてキンジが使ってるな――なんで知ってるんだ?

 

――見てたのかぁ...?

 

「でも、ワトソン君が遠山君や冴島君とつるんだら......たらしが移って......ちょっと大胆になって......私にもチャンスが!?」

 

演劇部所属の女子は独り言にしては大きな声で喋っている。

 

キンジのたらしに関しては......うん。

 

「たらしが移る?」

 

ワトソンが、女子に問いかける。

 

キンジは何が何だか分からないって顔で俺の方をチラリ、と見てきたのでそれに肩を竦めて目を少し伏せて首を振ってやった。

 

女子はキンジの方をチラリと見た後、手で口元を隠しごにょごにょとワトソンに何かを囁いている。

 

その態度を受けてキンジは、ますます何が何だか分からない、って表情をして首を傾げた。

 

――キンジは鈍感だからなぁ......あーでも、アリアに関しては、結構素直になってきた感じはする。まだ他の子たちには、鈍感だけどなァー......

 

あれ、でも少し待て、と自分の中で警鐘が鳴る。

 

――キンジって、女性関係で......禄な噂が、無かったよな?

 

「......な、ァ.....ッ!トオヤマは、そんな......こ、好色な......!」

 

もしかして、と思ってワトソンの方を振り向いてみれば、そこには眉を寄せて顔を赤くしたワトソンがキンジを睨んでいた。

 

ああ、キンジもワトソンとの関わりが酷い始まり方で災難だなぁ、とは思いこそすれど、アリア、星伽、理子、レキ、その他様々な人達との関わりをしっかり説明しようと思うとやっていられないし、俺もそこまで説明する意味はないと思うのでやめておく。

 

キンジの武勇伝を聞いたワトソンは――

 

「まさにレディーキラーだな、トオヤマは。そんなに毒牙にかけているなんて......ッ!」

 

更に赤面して、すごく慌てている。

 

――英国紳士っぽい所もあるし、そういう事に関しては人一倍敏感なのかもしれねーな。

 

キンジの女性たらし歴を聞くとだいたいの男子は見習いたいとか言うが、ワトソンは育ちが違うから反応も違うのだろう。

 

キンジはワトソンの反応に飽きたのか......フン、と鼻を鳴らしてワトソンの方から視線を外した。

 

俺もそれに倣って、ワトソンの方から視線を外す。

 

キンジはきっと、どう思うがワトソンの勝手だ。そんな下らない噂に踊らされている男を相手にすると、自分の中の男が下がるってもんだ――とか思ってる事だろうなぁ。そう思うと、ちょっと笑ってしまう。

 

もちろん顔には出さない。変に笑うとキンジが拗ねると思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一般科目の授業で――

 

ワトソンはしっかりとついてきた。

 

――やるなぁワトソンの奴。俺ぁ分かんねー所ばっかなんだが!

 

先生に指されると、どんな問題だろうと正解する。

 

英語はまぁネイティブ・スピーカーだから当たり前として、数学、生物、そして最後に日本史まで完璧とは、流石に恐れ入った。

 

武偵高の偏差値が低いとは言え、これにはクラス中が驚嘆した。

 

――だって海外から来た奴が日本史完璧ってやべーじゃん、俺だって満点なんか無理だぜ!

 

「少し予習してきたからね」

 

休み時間になると自分を囲む女子たちに、そんなことを苦笑しながら言うワトソン。

 

これは予習云々もあるかもしれないが――それ以上に地が凄いんだろう。

 

数学なんて、俺の3倍くらいのデキだった。

 

美少年で、貴族で、頭がいい。成程、超優良物件だ。

 

俺がジャンヌと付き合ってなかったらきっと嫉妬で呪い殺せるくらいには呪詛を垂れ流していたことだろう。

 

 

 

 

 

 

その後、一般科目が終わり、昼休みを適当に過ごし――専門科目の授業へ移るが、今日は各自能力研究という名目の、自由時間に突入した。

 

することも無く、依頼がないか確認しに行ったが良さそうな物も無く、適当にブラブラと街を歩くことにした。

 

本当に当てもなく、ブラブラと街を歩き回っていると、ついジャンヌの事を考えてしまう。

 

――アイツ、今どこで何してんだろうなぁ......会いてぇなぁ。

 

せめて安否確認くらいは把握しておきたいなぁ......全然気にしてない風に振る舞っているが、正直気が気じゃない。

 

そんな風にちょっと複雑な感じで歩いていると、公園の方に来ていた様で......なんとなく昔が懐かしくなってついつい足を止めて公園内を見てしまった。

 

「おっ......公園かぁ、懐かしいなぁ!」

 

――昔は一人で、誰にも構ってもらえなくて一人で動きもしないシーソーに座ってたり、ブランコに乗ったり......石投げつけられたりしてたっけな。

 

嫌な記憶も一緒に出てきたが、それでもたしかに遊具で遊べていた時代だった。

 

現代の公園はまるで――何もない、空白の更地みたいな感じ。

 

子供を危ない目に遭わせたくないから、なんて理由で遊具がどんどん撤去されて、子供の遊ぶ場所が無くなってしまった虚しい世界。

 

俺は公園の遊具で危ない事を多少なりとも学んだワケだが、今の子供たちはどこで危ない事を学んでいるんだろうか。

 

と、ちょっと自分らしくない事を考え、公園をグルっと見回した。

 

目の前には公園の敷地を区切るように、申し訳程度の街路樹が等間隔で植えられたその奥には、小さな砂場と、座る為の長椅子が数個設置してあるだけで、面白みも何も無い。

 

そんな何もない公園の一角に、人影を見つけた。

 

よく見れば、車椅子に乗った女の子と――その車椅子を押している一人の男が居た。

 

仲良く、楽し気に談笑しながら散歩しているのだろうか。

 

2人共笑顔で、ニコニコとしながら公園内を動き回っている。

 

そんな時だった。

 

公園内に敷き詰められた細かい砂利、その中の大きな石の一つが車椅子の車輪を止めてしまい、前に進もうとしていた男は車椅子が進まなくなった事に驚く。

 

突然の事態に対処しきれず、慣性に従って車椅子に乗った女の子は前方へ放り出されてしまった。

 

「危ないッ!」

 

叫ぶが先か、体が動くのが先か。

 

どちらが先だったかは分からないが、気付いた時には加速していた。

 

女の子が重力に引かれて体が砂に着くより先に、俺は女の子を抱き上げることに成功する。

 

しっかりと抱えた事を確認して、加速を切ると女の子は呆けた顔を、男は驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。

 

 

 

 

 

「危ない所を、ありがとうございました」

 

男は深々と、俺に頭を下げてお礼をしてきた。

 

「いや、そんな。気にすることじゃあないですよ」

 

お礼を受けたくて助けたワケじゃないし、助けられたから助けただけだ。

 

「おにーちゃん、ありがとー!」

 

車椅子に深く腰を沈め、俺を見上げて笑う小さな女の子を見て、俺は小さく笑い頭をワシワシと撫でる。

 

目を閉じてわきゃぁ~!なんて言うもんだから、ついつい撫で過ぎてしまった。

 

それからなんとなく、放っておけなくて病院まで送ると言うと――

 

男の方は少し逡巡したみたいだったが、首を縦に振って俺の同行を許してくれた。

 

車椅子をゆっくり押しながら歩いていると、男は俺を見て話を始めた。

 

「――この子、しおりって言うんです。少し、重い病気でして」

 

「......そっか。その歳で、それは......辛いですね」

 

かける言葉が、見つからなかった。

 

それに、辛いですねなんて、何も考えずに、ただ単純に同情めいた言葉を漏らしてしまっただけだ。

 

――しまった。

 

そう思って口を噤むと、それに気付いた男は、しおりちゃんの頭を撫でながら笑って言った。

 

「いえ、いいんですよ。そういう言葉も、嬉しいですから」

 

「――何も考えずに、無神経な事を言ってしまってすいません」

 

「気にしないで下さい。それに、希望はもう見つかったんです」

 

俺の言葉を本当に気にかけていないのか、男の口から『希望』という言葉が零れてきた。

 

「希望......ですか」

 

「ええ。現代の最先端医療を行う事が、決まったんです。今まで無理だと言われていたことが、出来るようになったらしいんですよ。私たちは、それに賭けているんです」

 

男が見つめる視線の先には、車椅子に座っている小さな女の子。

 

「数日後、手術なんです。だから、ちょっとしおりが不安そうにしてたんで、散歩に連れてきたんですよ。もしかしたら、気分転換になるかなって思いまして」

 

そう言われて、俺はしおりちゃんの方を見ると、首を精一杯上に向けて、俺を見上げて笑っていた。

 

不安なんか、感じない程の笑顔だ。

 

「――しおりちゃんも、頑張ろうとしてるんですね」

 

「ええ。こんなに小さい子でも、頑張っているんだから。私も頑張らないといけないな、と考えさせられます」

 

車椅子を押しながら、話をして歩いていると――すぐに病院に辿り着いてしまった。

 

病院のロビーで、車椅子を男に引き渡す。

 

その際に、男は改まった様子で、

 

「ここまで、ありがとうございました」

 

と、深々と礼をした。

 

「いいんですよ、暇でしたし」

 

「暇――?そういえば、その恰好。学生さんですよね?」

 

「......ええ、武偵高の生徒です」

 

「武偵高の......勉強は学生の本分とは言いますが、武偵はそうは行かないのでしょうね。文武両道を目指して、頑張ってください」

 

男はそれだけ言うと、再度礼をして車椅子を持ち、踵を返して入院患者用のエレベーター方面へと進んでいった。

 

俺はそれを見て――

 

頑張ろう、と漠然とした気持ちを胸に抱えて武偵高に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「あっぶね!」

 

バシッ――!

 

という音に続いて、左腕に若干の痺れが伝わる。

 

左腕の後ろにはキンジの顔面があり――腕がヒリヒリする原因を見ると、バレーボールがコロコロと体育館の床を転がっていた。

 

「ご、ごめんなさい冴島さん!ケガ、しなかった......です、か?」

 

「なぁに、気にすんなよワトソン。体育はガチでやらねーと意味ねーだろ!」

 

若干赤みが残る腕をグルグルと回して健常アピールをして、再びバレーを再開させる。

 

それからしばらく、ポイントを取ったり取られたりして――再びキンジの顔面狙ってワトソンからのボールが飛んでくる。

 

「おっぶぇ!」

 

それをまた弾くが――ワトソン君は、ばれないように、ばれないようにキンジの顔面を狙い続けている。

 

――昨日のたらしの件でかなり嫌われたな、キンジの奴。

 

このゲーム、得点の半分はワトソンに取られた。器用な男だ。

 

体が柔軟で、小技も巧みだった。キンジの顔面を狙う技を含めて。

 

体育館の一角では、4限目が休講になったらしくさっきからワトソンを応援していた1年の女子達が、囲んでいる。

 

ワトソンは爽やかな笑顔で前髪をかき上げ、女子達と語りながら――

 

キンジの方を絶対に見ない様にしていた。

 

――どんだけキンジの事嫌いなんだよ......アリアの件があるにしたってもうちょいなんとかなんねーのかぁ?

 

正直俺にだけ敬語っぽいカンジで内心ビクビクだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

その後の昼休み、キンジはイライラを募らせながら俺と歩幅を合わせて食堂に入り、顔色が変わった。

 

「やっべ......」

 

「どったんキンジ」

 

「隼人」

 

「おう」

 

「金貸してくれ」

 

「サラダでも食ってろ」

 

「ガッデム!」

 

最近安い依頼ばかりしてたな、キンジの奴。

 

その割に戦闘数は多かったから弾代やら装備品やら買ってたらそりゃあ金も無くなるワケだ。

 

――あー、そう言えば......宣戦会議の時、キンジが借りたボートに相乗りしたしなぁ。ツケを返す時か。

 

「――しょうがねぇなぁ。サラダ代は自分で出せよー?おらっ、メインは何にするのか早く決めろよ」

 

やれやれ、といった感じで溜息を吐きつつニヤリと笑い、それとなく俺が貸しを付ける形で話を進ませる。

 

「っしゃあ!サンキュー隼人!おばちゃん、俺ステーキ・プレートセットね!それとサラダ!」

 

「おいちょっと待てふざけんなそれクッソ高ぇ奴じゃん!!!」

 

「はぁいステーキ・プレートセットとサラダね。そっちのお兄ちゃんは?」

 

おばちゃんは既に注文を受け取ってしまったようで、この段階で注文取消しをするのは申し訳ないと感じた。

 

キンジの方をチラッと見ると本当に満足気に笑ってやがる。

 

このヤロー......コイツだけ得するのはなんか気に入らない。

 

「......コイツと、同じ奴。サラダ抜きで」

 

財布のダメージが凄い事になるが、同じ物を食ってやることにした。

 

「はーい、ステーキ・プレートセット2つとサラダ1つね!」

 

おばちゃんは注文を受け、会計を済ませると忙しそうに奥へと消えて行き――代わりに、ステーキ・プレートセットが2つと、片方にサラダの乗ったトレーが出てきた。

 

その温かい料理の湯気にやられたのか、少し涙が出てきた。視界が滲む。

 

たった1枚、諭吉が消えただけだが――俺の財布はすごく軽くなったように感じた。

 

しかし既に俺の諭吉はステーキセットに変わっていて如何し様も無かったので――俺たちは4人掛けのテーブルを占領して食事を始める。

 

「うんめぇ~!!隼人、助かったよ!」

 

「そーかい、そーかい、腹いっぱい食っとけよ」

 

遠慮を知らない奴め、2倍にして返してもらうからな。

 

「本当にお前が居なきゃ今日はコッペパン1つと水だけだったぜ......げぇっ」

 

心底楽しそうに言うキンジが、向かい側の席に何か嫌な物を見たらしく声を上げた。

 

何に驚いたんだろうか、と思って顔を上げると、向かいにワトソンが立っていた。

 

奇しくも、俺たちと同じステーキ・プレートセットの乗ったトレーを持った状態で。

 

「あっ冴島さん!奇遇ですね、ここの席いいですか、空いてますよね?失礼します」

 

凄い。許可を出す間も無く座った。

 

「お、おう......俺ぁ、まぁ、うん。構わねぇけど......」

 

チラリ、とキンジを見るとあからさまに不機嫌になっており、さっきまで笑顔でステーキを頬張っていたのに今ではフォークでポテトを串刺しにしてグリグリとプレートに擦り付けている。

 

ワトソンはワトソンでキンジの態度を知っているからか一切キンジの方を見ずに俺を見てニコニコと笑っている。

 

――うわぁ空気がキツい!

 

こんなにも美味しい匂いに包まれて、財布も軽くなったけど美味い飯にありつけて幸せ!とか思ってたらこの空気だ。勘弁してほしい。

 

「あのーお支払いは、前払いなんですけど」

 

その声の方向に目を向けると、レジ打ちのお姉さんが来ている。

 

そのお姉さんを、長い睫毛の目できょとんと見上げている所を見ると......どうやらワトソンは、後払いだと思っていたらしい。

 

「そうか、日本では前払いなんだね。チップの風習がないからかな?」

 

などと言いながら、胸ポケットからワトソンが取り出した財布を開けると――

 

俺たちとお姉さんが引く。

 

ヴィトンの財布が破裂しそうなくらい、万札がぎっしり入ってる。

 

「ちょっと、まだ、円の通貨換算に慣れてないんだ。これで足りるかな」

 

「は、はい、すぐお釣りをお持ちします!」

 

万札を渡されたお姉さんが慌てて去っていくのを、苦笑いしながら見送ったワトソンは......くる、とこっちを振り向く。

 

そして、綺麗な仕草で十字架を切って、食前の祈りをして――ステーキを切り分け始めた。

 

そして......少し呆れたような目でキンジを捉え、

 

「トオヤマ、見ていたぞ。冴島さんに金を払わせるとは何事だ。武偵にとって、金は弾薬や装備に繋がる生命線だ。それが途切れると、どんな武偵も弱体化する」

 

「そんな事は分かってる」

 

ワトソンが言う事は事実だ。

 

俺たちは血税がコーヒーに変わるワケでもなければ、装備や弾薬に変わるワケでも無い。

 

自分が汗水......時には血を流して稼いだ金で、遣り繰りする。

 

「武藤兄妹や平賀文にだって、金がかかるだろう」

 

「――調べやがったな」

 

武偵は基本的に、金で動く。

 

キンジがやってるお手伝い依頼なんかは、基本的に金が出ない。

 

俺が受けてる通常の依頼は前払いや分割払い、金の代わりに弾薬や装備、高価なアクセサリーなどの相殺処理で武偵と依頼者の間でしっかりと決めておくものだ。

 

その際に、報酬を積むことは禁止されていない。逆に、支払いの滞る依頼はキャンセルすることだって可能だ。

 

そういうシビアな一面もあるのだが――それがルールだ。

 

自分を活かしていく為に、必要な物なんだ。それが例え、学生の身であっても。

 

「早くも、トオヤマの弱点を1つ見つけたな」

 

フッ、と笑うワトソンに――俺の隣にいるキンジは眉を寄せた。

 

そして俺も――

 

――なーんか、キナ臭ぇんだよなぁ。

 

何が、とは言えないが......ワトソンを危険視し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――まぁでもそんな事より、ジャンヌ......早く帰ってこないかなぁ。

 

俺は未だ帰らぬ恋人の安否を、気にしていた。




プロットの段階でミスが見つかったので3日後→数日後に修正しました。

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