更新停滞の言い訳をさせてください。
皆さまお久しぶりです。最後の投稿から一カ月が経とうとしていますが、投稿が出来ずにいました。
というのも仕事が繁忙期に入りクッソ忙しくなった事(言い訳その①)や
連日の大雨により自宅がやや浸水してその処理に追われていた事(言い訳その②)
お気に入りだった家具や衣類、敷物や履物の一部がダメになった為に私の心がポキンと折れてしまった事(言い訳その③)
があったんです。
まず床の浸水によってカーペットや絨毯、フローリングがダメになったのは勿論、PCの水没や大多数のラノベ、家電製品、寝具一式などがダメになりました(´・ω・`)
その為、家具の買い直しや床の貼り直しなどの工事で忙しく、更にPCを買う暇もなかったのでこうなりました。
まだバタバタしていますので更新は亀速度になりますが失踪したわけではないので安心してください。
投稿が遅れてしまったこと、申し訳ありませんでした。
「被告人・神崎かなえを――懲役536年の刑に処す」
東京高等裁判所第八〇〇法廷に響いた判決に、弁護席についていた俺は――耳を疑った。
死刑や終身刑では後回しにされるという『主文』を裁判長が最初に言わなかったから、良くない予感はしていた。
だが、だが――まさか、アリアのかーちゃん......神崎かなえさんが有罪判決になるなんて。
しかも執行猶予無しのとんでもねーオマケ付だ。
余りにも重すぎる判決。
――どういう事だ。
「......」
隣に座るキンジは驚愕の表情を浮かべ、何かを怪しむ様に視線を鋭くしている。
キンジの隣に座るスーツ姿の理子は、鋭い目で検察側を見ていた。
宣戦会議から音信不通になったジャンヌ、長野のレベル5拘置所に拘置中の小夜鳴は不参加だったが、この裁判は勝てると踏んでいたのに。
――敗訴。大敗だ。
一審の時より減刑はされているが、どう見ても被告人側の負けだ。
なぜなら、アリアのかーちゃんの――事実上の終身刑に変わりはないのだから。
――おかしい。
この裁判......最初から、仕組まれていた気さえしてくる。
傍聴人は一人も居らず、マスコミだって誰一人来てない。
俺たちには分からない何かが、背後で蠢いている。
「不当判決よ!」
ガタンッ!と椅子を鳴らして立ち上がったアリアが、金切声を上げた。
「こんな――どうして!?こんなに証言、証拠が揃っているのに――――どうしてよ!ママは、ママは潔白だわ!どうして!?」
スーツ姿のアリアが、床を蹴って検察側に駆け出そうとするのを......
若い女性弁護士、連城黒江が抱き着くようにして押さえる。
「騒ぐなアリア!次の心証が悪くなる!即日上告はする、落ち着け!」
次。
つまり、最高裁。
そこで終身刑にされたら、もう覆せない。
――この、裁判......追い詰められたッ!
「放しなさいッ!放せ!アタシはアンタに怒ってるんじゃあないわッ!アンタは有能で、全力でやってくれた!おかしいのはコイツらだわ!」
検察官たち、更には裁判官まで指さしながら、アリアが泣き喚く。
「やり直しなさい!やり直せッ!アンタたち全員入れ替えて、やり直すのよ!こんなの――茶番だわ!アンタたち全員が結託して、ママをッ!......アタシのママを陥れてる!陰謀だわ!」
「やめろアリア!まだ最高裁がある!確定じゃない!」
キンジが暴れるアリアを押さえにかかるが――元武偵の連城弁護士との2人がかりでも、手に負えてない。
そこで、ハッとして周りを見れば......警備員たちが手錠を手に、アリアを囲むようにきている。
マズい、マズいな。ここでアリアがコイツらを殴って逮捕でもされたら......
「――アリア。落ち着きなさい」
被告人席から発せられた――静かな、一言で――
アリアが我を取り戻すのが分かった。
その視線は、自らの母――かなえさんへ向けられている。
暴れていたアリアの目は、怒りから悲しみに代わり......ただ、ただ、かなえさんの方を見ている。
行かないで、離れ離れにならないで......と、縋るような目だ。
グレーのスーツを着て、緩くウェーブした髪を揺らし、アリアの方を向いたかなえさんは......
「ありがとう、アリア。あなたの努力......本当に嬉しかったわ。まさかアリアがイ・ウーを相手に、ここまで成し遂げるなんて。あなたは、大きく成長したのね。それは親にとって何よりの喜びよ」
落ち着いていた。かなえさんは、この場の誰よりも――落ち着いていた。
「遠山キンジさん。貴方にも心から感謝しています。アリアは、とてもいいパートナーに恵まれた。直接それを見届けられて、幸せです。でも――」
そこまで言ったかなえさんは、すっ――
と、その表情を全て消し、けぶるような睫毛の美しい目を閉じた。
そしてまるで生贄にされた人が、自分に死を命じた支配者を......此処には居ない誰かの事を思うような表情になり、
「――こうなる事は、分かっていたわ」
そう、呟くのであった。
かなえさんのカメオが付いた銃を抱きしめて泣き続けるアリアを慰めようとしたのか、連城弁護士は自分のアウディにキンジ、アリア、理子を乗せ、俺はVMAXに跨り、駐車場で暫く時間を潰してから......
かなえさんを乗せた護送車が高裁から出るのを追うように、車を出した。
少しでもアリアをかなえさんの傍に居させてやろう、という計らいだろう。
護送車・アウディ・VMAXの順に通行止めを避けて六本木通りに出る。
きっとあのアウディの中ではアリアは泣き続けているのだろう。
当然だ、この裁判に勝つために俺たちは戦ってきたんだ。
勝つために、アリアは自分の青春を投げ打って、世界中を駆け回り、理子やジャンヌと戦い、ブラドを捕らえ、パトラやシャーロックを退けて、証拠をそろえた。
それなのに、減刑されたのは理子・ジャンヌ。ブラドの分だけだ。
他のメンバーの罪については、弁護側の証拠不十分。残されたまま。
――分からねぇ。アリアのかーちゃんの罪に関する検察側の主張は、バカの俺にさえ支離滅裂に思えたのに。
しかし、もう判決は下った。
どうすればいい?いっそのこと世界中に散ったイ・ウーの残党全員捕まえて、裁判所まで引き連れて罪を認めさせるか。
――いやいや、無理だろ......絵空事だ。
仮にやれたとしても、何年かかるか分からない。
連城弁護士は時間稼ぎをするだろうが、最高裁には間に合わない。
日本の裁判遅滞は、度重なる新法の施行で改善されている。どう頑張っても3年が限界。
......いや、2年以内に最高裁判決が下り、終身刑は確定するだろう。
護送車とアウディは溜池交差点を右折し――外堀通りに入り――山王下に近付く。
その時、前方を走るアウディが信号の停止線からかなり離れた所で止まった。
「......?」
少し気になり、アウディの左側へ抜けて行き、アウディの隣へ並ぶ。
目の前、護送車のその先――
前方の信号が......
消えている。
赤・黄・青、どれも点いていない。消えているのだ。
歩行者用の信号も消えていて、人々は横断歩道の前でキョロキョロ顔を見合わせている。
「......なんだ......?」
見れば、道路の左右の左右にビルから、サラリーマン達が困り顔で出てきている。昼間だから気付くのが遅れたが、ビルの一階にあるコンビニやカフェの中が、薄暗い。
看板の灯りも消えている。
「――停電、か?」
俺がそう疑問を口から吐き出した瞬間。
自分の目が、異常なものを捉えた。
前方、停車中の護送車の下から......アスファルトの地面に、黒い物が広がっている。
こちらに向かって。
燃料漏れかと思ったが、違う。
――何......!ありゃあ、影だッ!
バッ!と、顔を上にあげるが、ヘリや飛行船が通りかかっているワケでもない。
影はみるみる内に、アウディの下を覆っていく。
おかしい。
――上に物がねぇのに......影が出来ている!
この感じは――と、見覚えのある光景の記憶が脳内を過った瞬間、パッ――!バチチバチバチバチッッッ!
「――ッ!」
閃光に続いて、車を包むような激しい放電音が耳を劈いた。
右隣のアウディから、連城弁護士の驚く声と、アリアの悲鳴が車外に僅かに聞こえる。
炸薬かと思ったが違う。これは――電気。高圧電流が、車を駆け抜けた。
まるで、落雷が下から来たかのような衝撃だった。
電流は金属部分――車の外周を通り抜けたらしく、中は無事だった。
だがボンネットから煙と......バチバチッ、という音を上げながら炎が出ている。
自動車にはガソリンが何十リットルも積んである。
引火したら、アウディの中に居る奴全員――
アウディの左側にVMAXを置いているので――これじゃあドアが開かない。
そう判断した俺はすぐに2速にギアを入れて、アクセルを吹かし車体を前に進める。
その直後にドアが勢いよく蹴り開けられ、キンジたちが飛び出してきた。
キンジたちの安全確認が出来たので、視線を前に戻すと護送車からも煙が上がっているのが見える。
タイヤも全て潰れている様だ。
「かなえさん――ッ!」
護送車にキンジとアリアが駆け寄ろうとした時、バリィッ――――!
金色の放電が、今度は護送車側の後部周囲で弾けた。
「――ママ!」
「アリア待て!罠だ!」
キンジが叫び、今にも走り出しそうだったアリアの腕を掴んで止める。
見れば、護送車の中では、運転手がドアをガンガン叩いていた。
動かなくなった車から出ようとしているが、出られないらしい。
ドアが壊れたのか、それとも何か仕掛けられて閉じ込められたのか。
VMAXのギアをニュートラルに戻し、エンジンを切ってから、ゆっくりと降りる。
その際に足元を見れば、影は既に無くなっている事に気付く事が出来た。
一連の、不自然な影の動き。
――間違いねぇ......この、タイミングで...ッ!仕掛けてきやがった!!
「――ヒルダ......!」
キンジが、その名を呼んだのは――
見えたから。
何時の間にか護送車の上に立ち、くるるる、とフリフリの日傘を回す――
退廃的で、何処か不吉な印象の、ゴシック&ロリータ衣装の女。
宣戦会議で『眷属』に所属することを告げた......最も好戦的な奴!
「......ヒルダ!写真では見てたけど――会うのは初めてねッ......!」
反射的に拳銃を抜くアリアに、ヒルダは鼻を鳴らす。
――やべぇ、周りに非武装市民が大勢いるんだぞ...アリアの奴、何考えてやがる!
キンジの方をチラリと見れば、アリアと同じ様にヒルダを睨みつけているのが見えた。
ヒルダに夢中のアリアとキンジに代わり、腰のホルスターからXVRを抜いて、一発。宙へ目掛けて発砲する。
ガゥンッ!という大きな発砲音が人混みの喧噪を一気に沈静化させ――
「全員逃げろ!この女は犯罪者だ!」
と、俺の叫び声が響き渡った。
その直後、静まり返ったオフィス街に爆発のような悲鳴が木霊し、蜘蛛の子を散らす様に野次馬、停電に困っていた人たちが、我先にと逃げていく。
ヒルダはその様子を、瞼を半開きして欠伸をしながらじっくりと眺め――不敵に笑いながら俺の方を見た。
「武偵というのも大変ねぇ......あんな塵芥みたいな存在たちを一々気に掛けなきゃいけないなんて......」
「ハッ!だがこれで遠慮なくやれるってモンだぜ?」
俺がヒルダにそう声を掛ける。
ヒルダはそれに対して――
「イヤねぇ......粗野ねぇ......私、今はそんなに戦う気分じゃないのよ?日の光って、キライだし」
日傘の柄を抱くように頬へ寄せながら、俺たち1人1人の顔を舐め回す様に――キンジと俺はかなり早く、逆にアリアをじっくりと――見ている。
「でも、つい手が出ちゃった。だってぇ、タマモの結界からノコノコと出てくるんですもの。それに......」
カツン。黒いエナメルのピンヒールの踵を片方鳴らし、護送車の中を示す。
「こ、れ。あなたのママよね?お父様の仇は一族郎党、根絶やしにしてやるわ」
「――キンジィ!右翼から支援射撃!ハヤトはあたしのサポート!」
「っしゃあ!!」
アニメ声で叫んだアリアが即座に突っ込んでいき、俺はその後を追いかける形で進む。
キンジは若干遅れて、日傘の構え方のせいで視界の悪そうな右翼側へ駆けていく。
アリア、キンジ、俺の影が、護送車の影を踏んだ時。
「――んッ!」
ヒルダが小さく力むのが見え――バチィィイィイッィッ!!!
「きゃあああっ!」
「うッ――」
「――ぐ、ぅッ!」
俺たち3人が、同時に、転倒した。
この、強力なスタンガンを食らった時の衝撃に似てるものは......
――超、能力......ッ!
ヒルダの、超能力か。
「だからァ......そんな血の気の多い姿を見せないで。ガマン、できなくなっちゃうでしょ?......あぁ......もう、食べちゃおうかしら。お前たちなんか......プリモでもやっちゃえそうだし」
――プリモ?プリモってなんだ?
「唯一厄介なのは......お前よ、ゴキブリ。サエジマ......随分と飛び回るのが好きだったから......羽を、毟ってあげたわ」
「......は、羽?......羽、だと......?――ま、さか......!」
筋肉に力が上手く入らず、震える腕を持ち上げる。
混濁する意識の中で、嫌な予感が走り、その予感が当たっているかどうか確かめたくて、フックショットを射出しようとスイッチを押すがカチ、カチ...と虚しい音が響くばかりだ。
――野郎.....さっきの超能力で、フックショットをぶっ壊しやがった!
「......」
俺が何も言わずにワナワナと震えていると、それを見たヒルダは声高々に笑いを上げた。
「おーっほほほほほ!無様ね!ゴキブリに相応しい姿だわ!」
怒りに駆られ、立ち上がろうと歯を食いしばって全身に力を籠めるが......立ち上がれない。
ヒルダの能力......電流こそ凄まじいが――電圧は、そうでもないらしい。
「――ふぅ。久々に笑えたわ。ありがとう、サエジマ。そして......気分がノってきたから......予定にはなかったけれど――ここで、血を貰うわ」
護送車の上に居た筈のヒルダは、一瞬で俺の上に跨っており、口をかぱ、と開けていた。
「な――」
何をする、という間もなく......ヒルダの鋭く尖った犬歯が俺の首の皮膚を食い千切り――ブチブチ、と繊維の千切れる音、ジュル、ゾルルと響く水っぽい音が聞こえ......激痛が首に走った。
――この野郎......!俺の事をゴキブリだ、なんだと言いながら......血を!
「が、ぁ......あ、あっ......っ......ッ!!」
ズズ、ズゾゾォ......と啜るような音がしたあと、生暖かい......舌が傷口をベロリと丁寧に舐め上げ――ヒルダはゆっくりと俺から離れて、護送車の上へ戻っていった。
なんとか腕を首筋に当て、出血の状況を確認するが傷口はほぼ塞がっていて......食い千切られた面積もそう大きくなかった事が分かる。
だが、この状況が悪い。
――俺の血を、手に入れた、ということは......!
ギッ、とヒルダを睨みつけると、ヒルダはその表情が欲しかった、とでも言いたそうにニコリ、と小さく笑った。
「ふふふ......そう、そうよサエジマ。お前はただのゴキブリではなく、進化に長けたゴキブリ。お父様の欲しがっていた血。超能力の深化、進化。人の身でそれほどの影響を与えるお前の血を......崇高な吸血鬼の私が手にしたら――どう、進化すると思う?」
ヒルダは笑みを崩すことなく、まるで口紅でも塗ったかの様に真っ赤な唇に舌を這わせ、口元に残った俺の血を丁寧に舐めていく。
「お父様は......イ・ウーにお前の血を提供しようとしていた様だけれど......私は違うわ。私は、私だけ進化できれば、それでいいもの」
ヒルダはそう言うと日傘をくるるる.....と回し、あくびをした。
「ふぁ......――ふぅ。ダメね。やっぱりこんなに昼遅くになると眠たくなるわ」
俺たちを一切敵として認識していない行動が癪に障ったのか、アリアは銃を握りしめ、ガクガクと膝を震わせながらも影の中を這って、煙を上げる護送車のナンバープレートの辺りにしがみ付く。
アリアのことだ、歯を食いしばって気張ってはいるが......立てない。
「......ああ、私ったらダメね。アリア。あなたを見ていたら食欲が湧いてきちゃった。あなたの美味しい味、覚えちゃって――覚えちゃって......」
コツン、と階段を降りるように車のトランクの方へ降りてきたヒルダが――
アリアの拳銃なんかお構いなしに両膝を揃えてしゃがむ。
「また......つまみ食いしちゃおうかしら。そこの死にかけたゴキブリの血は、捨てた瓶に残ってる腐った酒の味がしそう。サエジマの血は......漢方薬といった所かしら。でもアリア、あなたの血は100年物のワインのようなの」
死にかけのゴキブリだの漢方薬だの何だの言われているが、これじゃあマジに死にかけのゴキブリだ。
足掻くことしか、出来ない。
このままじゃ――
アリアもやられる、そう思った時。
「――ヒルダ!」
叫び声は――
車から出てきた理子のものだった。
目だけでそっちを見れば、理子は両手でワルサーを、髪のテールでナイフを構えている。
「よせ......ヒルダ!」
双剣双銃を構えつつも、理子は――遠目に見ても分かるぐらい、震えていた。
恐怖を押し殺し、なんとか虚勢を張っている。そんな感じだ。
その態度に――きっと、キンジもアリアも覚えがあるだろう。
俺は6月頃に戦った、ブラドと理子の関係を思い出した。
理子は――幼い頃、監禁されていた。このヒルダの父、ドラキュラ・ブラドに。
顔見知りらしい所を見るに、幼い頃にヒルダと理子は会っていた様だ。
「――あぁん......4世。なんて、凶暴な目。かわいい」
きゅうん、と抱きしめる様な仕草をしつつ、くねくねと身を捩らせるヒルダは、
「だからぁ......好きよ、4世。私が最も高貴なバルキー犬なら、お前は狂犬病にかかった野良犬。でも......分かってるでしょう?あなたと私は、お友達」
アリアや俺たちの事なんて、もうどうでもいいかの様に、理子に語り掛けている。
「お父様がご不在の今は、私がドラキュラ家の主。お父様がしたように、檻に閉じ込めたりはしないわ。私の大理石のお部屋も、シルクの天蓋つきのベッドも、純金の浴槽も、みんな貸してあげる。ヨコハマの紅鳴館を任せてあげてもいいわ」
そう言うとヒルダは、ふわり、と車道に降りた。
「近付くなッ!あ、甘く見るな!そんな下らない嘘に、あたしが騙されるかよッ!」
クスリ。
叫ぶ理子に、ヒルダが自らの口元へ指を寄せて笑う。
「私の目を見なさい、理子。ウソをついている目じゃないでしょう?」
「......ッ!」
ヒルダの目――金色の輝きを僅かにたたえた紅い瞳を、つい直視した理子が――
しまった、という心の声が聞こえてきそうな感じで、小さく息を呑む。
「ほらぁ。銃と剣を下しなさい。私との、友情の為に。私の目を見ながら、そう。よく見ながら......ゆっくり、ゆーっくり......」
「――ッ......!」
見れば理子は、震える手で、ワルサーを下ろしていく。
髪で掴んでいるナイフも、同様に......
「そう。それでいいのよ、4世。偉いわ。私の言う事をよく聞く、良い子ね」
理子の体は、まるで理子自身の意思とは別に動いている様だ。
カツ、カツ、とヒールを鳴らして目の前まで迫るヒルダに――
理子は、発砲しない。
ただ呆然と、ヒルダを見ているだけだ。
――ちっくしょう......!催眠術か、なにかでも掛けられたのか!?
マズい......戦える奴が、いなくなった。
この場の全員、生かすも殺すも、ヒルダの思いのままだ......
ヒルダは自分の耳から、コウモリの翼の形をしたイヤリングを片方外し――
「友情の証に、あなたにあげる」
と、理子の片耳に付けた。
「......!」
委縮して震えながら、それでも目だけはヒルダを睨む理子に――
ヒルダは、にこにこと笑顔を向けている。
その隙に、キンジが何とかベレッタを握り直そうとしたが.....
バチィィイッ!!
「ぐあぁッ!!!」
キンジの手元を、再び高圧電流が襲う。
キンジはそのまま、弾かれるように吹き飛ばされ、仰向けの体勢のままビクビクと痙攣するばかりで動かなくなった。
「――お前が最も醜いヨロイモグラゴキブリなら、私は最も美しいヘレナ・モルフォ蝶。トオヤマ、お前は顔を此方に向ける事も禁じるわ」
眉を寄せたヒルダが――フン、と紅い瞳をキンジから背け、俺を見る。
「フム......フィー・ブッコロス。サエジマ。お前の血は中々に優秀な様ね。この短時間の間で......私の電撃を深化させている。素晴らしいわ。」
ヒルダはそう言いながら自分の片腕を少し宙へ伸ばし、伸ばした腕にバチバチと紫電を纏い――数秒の間、俺に見せつけるようにした後、腕を軽く振って電撃を霧散させた。
「喜びなさい、サエジマ。お前の血だけは価値があるわ。だから、私の為だけにずっと血を造りなさい。そうすれば助けてあげる。生かしてあげる」
嬉しいでしょう?と、ヒルダが俺に問いかけてくる。
「じょ、ジョーダンきついぜ......!俺ぁトマトジュースの代役かよ......!」
このままじゃマジに生きた輸血パックとしてこのスタンガン女に拉致されるんじゃないかと思えてきた。
俺たち全員、ここで終わり――なんていうのは、考えたくはないが、一番濃厚なルートだ......!
「面白い事を言うのね......――?」
ヒルダは俺の発言に少し笑った後、日傘を傾け、金色のツインテールを揺らし、眉を寄せて空を見た。
それに釣られて、空を見る。
――なんだ?
ビル群の奥――その向こうの空、遙か上空に、銀色の光が見える。
星じゃあない。昼の日中に見える星なんてない。
「......」
近づいて、来ている。
あれは――見覚えがある。
イ・ウーでシャーロックが逃亡したとき、同じくイ・ウーから逃亡した一味が乗っていた――ICBM。
それを改造して造られた乗物。
その事に気付いた瞬間――ガスンッッッ!
地面を震わすような勢いで、白銀のICBMが道路に突き刺さった。
爆発は、しない。
傾いた電話ボックスの様に静止している。
やはりこいつは乗り物だ。
その証拠に、白煙を上げながら側面のハッチが開いていくのが見える。
「......?」
倒れたままのアリアが、そのハッチの奥から姿を現した人物と――
視線を交わした様だ。
「......少し、手遅れだったか。申し訳ない......君がアリアで、貴方がサエジマさん、ですね?」
日の光を背に、『Polaris 05』と描かれた白銀のICBMから姿を現したソイツは――
どこか海外の武偵高の制服だと思われる、灰色のブレザーを着た美少年だった。
まるで御伽噺の世界からやってきた白馬の王子様みたく煌めいている。
清潔感溢れる艶のある黒髪をひらめかせ、ソイツがたっ、とハッチから地面へ降り立った。
そしてアリアと、俺を守る様に前に出ていき、ヒルダに向かって立ちはだかった。
「ヒルダ。君はこの世で最も傷つけてはならない人と、最も怒らせてはいけない人に手を出した」
声こそ高いものの、ヒステリアモードの時のキンジみたいな口調で話すソイツが紋章入りの銀鞘から細身のサーベルを右手で抜き放つ。
日光を受けて宝石の様に煌めくサーベルに、ヒルダは......
不愉快そうに、眉を寄せた。
「君にアンラッキーなお知らせが4つある。1つ、これはカンタベリー大聖堂より恩借したクルス・エッジ。芯はスウェーデン鋼だが――刀身を覆う銀は、架齢400年以上の十字架から削り取った十字架を箔したもの。2つ......」
チャキ――
と、左手で抜いた銃は......SIG SAUER P226R。
SAS、SWATが好んで使うエリート御用達のオートマチックだ。
値段はそこそこするが、信頼性の高い逸品だ。
「法化銀弾。それも君が慣れていない、プロテスタント教会で儀式済みの純銀弾だよ。君はお父上ほどには
銀の弾丸。購買で売ってる、やけに高いアレ。
それの――法化被覆。
有名な神社や教会で、祈りや呪言を掛けることによって通常の銀弾よりも効果を高めた......言ってしまえば、『対・超能力者』用の銃弾だ。
「3つ。ボクは怒っている。ヒルダ、君がアリアを傷つけたことに。そして最後は――我々の間で禁忌とされている、眠れる獅子に危害を加えたことだ」
眉を吊り上げている美少年の、一剣一銃の構えは――アサルトでいう、ガン・エッジ。
アル=カタの中でも難易度が高く、廃れた型だが......俺は好んで使っている。
使いこなせば中・近距離に対応できて隙がない、いい型だ。
「......イヤだわ」
ヒルダは黒い駝鳥の羽を使った小さな扇を開き、それで鼻と口元を隠した。
「とっても嫌な匂い。どうも銀臭いと思ったら――」
ギリ、という音が微かに聞こえたが――恐らく歯軋りの音だろう。
挑発は、効いている様だ。
「最後の......眠れる獅子に手を出した、ですって?フン、知らないわよ、そんなの。そんな取り決めは......お前たちの結社の中だけのモノでしょう?」
「確かにそうだが、これだけの事を仕出かした君を、野放しには出来ない。貴族が正しい決闘の手順を踏まず、奇襲する非礼は承知の上だが......ドラキュリア・ヒルダ。ここで君を、斃す」
マジメそうな深みのある、少し青みがかった黒い瞳をヒルダに向けた男は......
腰を落とし、両腕をクロスさせるような姿勢で構えた。
「アリア、目を閉じて。レディーに奴の血は見せたくないからね。サエジマさん、傷の手当てはもう少しお待ちください。すぐに――終わらせますので」
言われたアリアは赤紫色の瞳をきょとんとさせて黙っている。
俺にだけ敬語なのが凄く違和感を感じるが......ここで抗議の声を上げても意味はなさそうだし、黙っておく。
――てかキンジの名前が一切呼ばれない上に見向きもしないんだけど、意図的だろコレ?
「......」
ジリ、と距離を詰めた美少年の武器を明らかに嫌がる素振りを見せたヒルダは、快晴の空を扇で示す。
「淑女と遊びたいのなら、時と場合を考えなさい、無礼者。こんな天気の悪い日、昼遅くに遊ぼうだなんて――気高いドラキュリアの私が、受けると思って?」
妙な断り文句を言ったヒルダの――ハイヒールの足が、脛が、膝が......
解ける飴細工の様に、車の影の中に沈んでいく。
「じゃあね。今日はガマンしておいてあげるわ」
とうとう首と日傘だけになったヒルダは、アリアにそう言い残すと――
そのまま、姿を消してしまった。
ぺたん、という音に、首を音の方向に向けると理子がアスファルトの道にへたり込んでいた。
催眠術と一緒に、緊張の糸が解けた感じだろうか。
身体の痺れも抜けてきたので、なんとか自力で立ち上がり――
「大丈夫か、アリア」
と、言う美少年に肩を借りて立ち上がるアリアの方へ歩いていく。
キンジも、フラフラとした足取りではあるが、少し遅れてやってくる。
「......もう、動けるわ。肩、放して」
アリアが、まだ小さく震える膝で少年に向き合うと、少年はアリアの様子を確かめるように頭からつま先までを見た。
そして......大丈夫そうな事を悟ると、サッ、と肩の埃を落として、襟を正している。
「ママは......?」
と、アリアが護送車の方を見るので、俺たちもそちらを見ると......
やっと車から出られたらしいアリアのかーちゃんは、警護官に両脇を支えられ、こっちを安心した様な目で見ていた。
特に目立った外傷も無さそうだし、大丈夫そうだ。
隣にいるキンジが若干首を動かしたのが見えたので、すこし目線をキンジの方に向けると、キンジは美少年とICBMを交互に見ていた。
――そうだ、コイツ......ICBMから出てきたってことはイ・ウー絡みの奴か?
悪い奴じゃあ無さそうなんだがなぁ、と思うが......警戒するに越したことはない。
「助けてもらって言うのもなんだが......お前、イ・ウーの生き残りか?何をしに来たんだ」
キンジがICBMを指しながら言うと、少年は黒曜石のような鋭い瞳をキンジに向けた。
「――人に素性を聞く前に、まず自分が名乗れ」
「......遠山キンジだ」
「知っているよ。事前調査で君の写真を見たことがあるからね」
チラッとキンジの方を見ると、『じゃあ聞くなよ』といった表情をして、眉をヒクヒクさせている。かなりイラついている様だ。
――ちょっとフォローしておくか。
「助かったよ、俺は......」
「サエジマハヤト。冴えわたるの冴、日本列島の島、隼に、人......で、冴島隼人、ですよね?」
「お、おう。そうだけど......助けてくれて、ありがとな。えーと......」
「あっ、失礼しました、冴島さん。僕の名前は――エル。エル・ワトソンって言います」
その名前を聞いたアリアが、「えっ」と小さな声を上げて少年......もとい、ワトソンの方を見た。
――ワトソン?ワトソンと言うと......ホームズの相棒の、ワトソンか。
「えっ......!えっ、じゃ、じゃあ、あんた、まさか......」
さっきの電流の痺れとは別に、アリアが小さく声を震わせながら、ワトソンの顔を、見上げる。
アリアに小さく笑顔を向けたワトソンは、こくり、と1つ頷き――
「そう。僕はJ・H・ワトソン卿の曾孫だよ」
そう言ったワトソンは、今度はキンジの方に眉を寄せて振り向いた。
「トオヤマ。君は『何をしに来た』とボクに聞いたけど――理由が必要なのかい?」
何やら不機嫌そうなワトソンは、キンジを見上げている。
「それくらい言ってもいいだろ。俺はお前を知らないんだぞ」
キンジも少しイラついたのか、荒い返しをすると――
ワトソンはアリア、アリアのかーちゃん、最後に俺を見る。
そして
「僕は許嫁と、義理の母親と、規定事項に置かれた人を助けに来た。ただそれだけだよ」
と、言った。
意味を理解できなかったキンジはアリアを見ると、目をまんまるにしてワトソンを見てたアリアは......キンジを見て、驚いた表情のまま――慌てる様に――目を逸らした。
――許嫁の意味も気になるが......規定事項って何だ。
「......許嫁?」
なんだか分からない場の空気に、キンジは再びワトソンへ尋ねる。
「アリアのことだ」
当たり前だろう?と言わんばかりに、サラッとワトソンが言い放つ。
そしてキンジを見上げ、胸を張り――繰り返し言うのだった。
「アリアは僕の――婚約者だ」
またアリアとキンジの仲違いになりそうな火種が出てきた事に、胃が痛みを訴え始める。
アリアのかーちゃんのことに、ヒルダ。
ワトソンの爆弾発言......解決すべき問題が山積みになっていく。
なんとなく先の未来が予知できたので――俺は清々しいくらいに青い空を見上げて、溜息を吐くのであった。