人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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皆さま、読んでいただいてありがとうございます!

これからも私のペースで地道に投稿させて頂きます。


極東戦役編
やべー『極東戦役』開幕


「――『宣戦会議(バンディーレ)』に集いし組織、機関、結社の大使達よ」

 

夜の人口浮島・空き地島で――

 

霧の中に照らし出された異形の集団に、甲冑姿のジャンヌが語り掛けている。

 

「まずはイ・ウー研鑽派残党のジャンヌ・ダルクが、敬意を持って奉迎する」

 

その声は、奥歯に刃を秘めたような感じだった。

 

歓迎するような口調では到底ない。むしろ一触即発。此処に集う者たちのピリピリと伝わってくる痛い程の殺気に、俺も堪らずその殺気を押し返そうと殺気を零してしまう。

 

その気配の変化に何名かの肩が軽く、ピクリと動いて――俺の方に視線が集中するのが分かる。

 

――ああ、コイツら完全につぶし合う気だ。

 

僅かな気配のやり取りで、交錯する敵愾心を理解し――冷や汗が流れる。

 

正体不明の武装集団に遭遇した場合は敵の総戦力を把握する必要があるが、俺たちにはソレができない。

 

まず、誰が敵で、誰が味方か分からない。

 

ジャンヌ、レキ、カナ辺りは俺たちに敵意は無いと信じたい。この狐耳は知らん。パトラは敵だと思う。

 

あとの奴は、何をするか分からない。

 

逃げようにも――その行為自体が最も危険だ。

 

背中を見せた瞬間ズギュンじゃ洒落にもならない。

 

「初顔の者もいるので、序言しておこう。かつて我々は諸国の闇に自分達を秘しつつ、各々の武術・知略を伝承し――求める物を巡り、奪い合ってきた。イ・ウーの隆盛と共にその争いは休止されたが......イ・ウーの崩壊と共に、今また、砲火を開こうとしている」

 

イ・ウー。原子力潜水艦を根城とし、此処に居るジャンヌを初めとする無法者の超人たちを排出した組織の名だ。

 

2か月前に俺たちによって崩壊した筈の組織だが――今なぜか、ここで取り沙汰されている。

 

キンジがゴクリと生唾を飲み込んだ時。

 

奴らの一人が、全員に語り掛ける様に、一歩前に出た。

 

「――皆さん。あの戦乱の時代に戻らない道はないのですか」

 

柔和そうな、何処か艶のある、甘い声。

 

一同の中で、最も穏やかな、青く、潤んだ瞳。

 

マスカラが要らないくらいに長い睫毛と、泣きボクロが印象的な彼女は――その美しい顔と首くらいしか、白い素肌を晒していない。

 

大人っぽい身体は金糸の刺繍を施した純白のローブに包み、小さなロザリオを持つ手にも白い長手袋をし、徹底的に肌を隠す服装をしている。

 

ふわりとした長いブロンドの髪を隠すヴェールは無いが――多分シスターだろう。

 

なぜ多分かと言うと、背中にバカみたいにデカい剣を背負っているからだ。

 

このシスター女があれを振り回すなんて、有り得ないと思うが背負っている以上使うのだろう、信じられないがイ・ウーに居た奴だし何するか分からない、と警戒心を強める。

 

「バチカンはイ・ウーを必要悪として許容しておりました。高い戦力を有するイ・ウーが、どの勢力と同盟するか最後まで沈黙を守り続けた事で、誰もが『イ・ウーの加勢を得た敵』を恐れて、お互い手出しが出来ず......結果として、長きに渡る休戦を実現できたのです。その尊い平和を、保ちたいとは思いませんか」

 

シスターは手を合わせて、十字架を握りしめている。

 

誰だかよく分からんが、バチカンの大使で――平和の維持が最優先か。

 

キンジをチラリと見ればあのシスター女を『良い奴』認定し始めている。

 

「私は、バチカンが戦乱を望まぬ事を伝える為に今日、此処へ参ったのです。平和の体験に学び、皆さんの英知を以て平和を成し、無益な争いを避けることは――」

 

「――出来るワケねぇだろ、メーヤ。この偽善者が」

 

シスター...メーヤ、という名前の女の語りを途中で遮ったのは、最初から彼女を睨んでいた黒いローブに、トンガリ帽子をかぶったおかっぱ頭の魔女は、肩に大きなカラスまで乗せている。

 

そして、最もヤバいのが――その目に着けている眼帯。

 

あれは、欧州の歴史上、最も忌避されているもの。

 

旧ナチス・ドイツのシンボル。――ハーケンクロイツが、眼帯に描かれている。

 

眼帯魔女は、その赤い目をギロリとメーヤに向ける。

 

「おめぇら、ちっとも休戦してなかったろーが。デュッセドルフじゃアタシの使い魔を襲いやがったクセに。平和だァ?どの口でほざきやがる」

 

イラッとした口調で吐き捨てた眼帯魔女を――

 

「黙りなさい、カツェ=グラッセ。この汚らわしい不快害虫」

 

豹変した口調で、眉を吊り上げてメーヤは罵った。

 

キンジは少し困惑した表情でメーヤを見ている。

 

「お前たち魔性の者共は別です。存在そのものが地上の害悪。殲滅し、絶滅させるのに何の躊躇いもありません。生存させておく理由が旧約、新約、外典を含めて聖書のどこにも見当たりません。しかるべき祭日で聖火で黒焼きにし

屍を八つに折り、ソレを別々の川に流す予定を立ててやっているのですから――ありがとうと言いなさい。ありがとうと。ほら!言いなさい!ありがとう!ありがとうと!」

 

さっきとは打って変わって、眼帯魔女...カツェ?とかいう奴の首を締め上げながら、メーヤは叫んでいる。

 

「ぎゃははは!おゥよ戦争だ!待ちに待ったお前らとの戦争だぜー!こんな絶好のチャンス、逃せるかってんだ!なぁ、ヒルダ!」

 

眼帯魔女は首を絞められながらもゲラゲラ笑いながら別の女に話し掛けた。

 

話し掛けられたのは、背中から大きな翼を生やしたゴスロリ女。

 

「――そうねぇ、私も戦争、大好きよ。いい血が飲み放題になるし――」

 

そう言う女の口の中――犬歯は、緋色の金属でコーティングがされていて、かなり牙が突き出ていた。

 

「ヒルダ......一度首を落としてやったのに、あなたもしぶとい女ですね」

 

そういうメーヤの目は、深く、鋭く――魔女と、ゴスロリを睨みつけていた。

 

――話聞く限りだとこの平和希望のシスターが一番敵作ってる気がするんだが!

 

「――首を落とした位で、ドラキュリアが死ぬとでも?バチカンは相変わらず、おめでたいわね。お父様が話して下さった何百年も昔の様子と、何も変わらない」

 

ほほほっ、と赤いマニキュアをした指を口にあてがい、縦ロールの金髪ツインテールを揺らして笑うコウモリ女――ヒルダ、とか言ったな――は18世紀ヨーロッパのドレスを現代風にアレンジしたような、ゴシック&ロリータ調の衣装を着込んでいる。

 

そして、ミニスカートの下のパニエと蜘蛛の巣柄の二―ソックスの間――太ももの部分に、見辛いが目玉模様があるのが見えた。

 

あれは、吸血鬼であることを示す物。ブラドも、植え付けられていたソレ。

 

まだ、吸血鬼の生き残りが居た事に、強い恐怖を覚えるが――この女、ヒルダから感じるプレッシャーは、ヴラド程じゃない。

 

「和平、と仰りましたが――メーヤさん?」

 

呑気な感じの声を挟んできたのは、色鮮やかな中国の民族衣装を着たスマートな男だ。

 

丸眼鏡の奥に、糸みたいに細い目をニコニコさせている。

 

「それは、非現実的というものでしょう。元々我々にはチャンジャンのように長きに亙り、ホアンホーのように入り組んだ因縁や同盟の誼みがあったのですから。ねぇ?」

 

そう糸目の男は顔を上げて、動かない風車のプロペラに腰かけているレキを見た。

 

レキは黙って、狙撃銃を抱えたままだ。

 

「――私も、出来れば戦いたくはない」

 

ジャンヌが碧い瞳で一同を見回しつつ、言う。

 

「しかし、いつかこの時が来る事は前から分かっていた事だ。シャーロックの薨去と共にイ・ウーが崩壊し、我々が再び戦乱に落ちることはな。だからこの『宣戦会議』の開催も、彼の存命中から取り決めされていた。大使たちよ。我々は戦いを避けられない。我々は、そういう風に出来ているのだ」

 

成程――世界中の機関・結社・組織は大昔から存在していて、それぞれが互い互いに因縁を持ち、対立し、拮抗しあっていたが......イ・ウーの登場により、自分達の敵がイ・ウーと結託されたら堪らない、そんな理由から『休戦』していたのだろう。

 

だが......イ・ウーは崩壊した。俺たちの手によって、壊滅した。

 

「では、古の作法に則り、まず三つの協定を復唱する。86年前の宣戦会議ではフランス語だったそうだが、今回は私が日本語に翻訳したことを容赦頂きたい。――第一項。いつ何時、誰が誰に挑戦する事も許される。戦いは決闘に準ずるものとするが、不意打ち、闇討ち、密偵、奇術の使用、侮辱は許される。――第二項。際限無き殺戮を避けるため、決闘に値せぬ雑兵の戦用を禁ずる。これは、第一項よりも優先される」

 

組織同士での戦闘はするが、総力戦はしないという事か。

 

「大三項。戦いは主に『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方の連盟に分かれて行う。この往古の盟名は、歴代の戦士たちを敬う故、永代、改めぬものとする。それぞれの組織がどちらかの連盟に属するかは、この場での宣言によって定めるが――黙秘・無所属も許される。宣言後の鞍替えは禁じないが、誇り高き各位によりそれに応じた扱いをされることを心得よ。続けて連盟の宣言を募るが......まず、私たちイ・ウー研鑽派残党は『師団』となることを宣言させてもらう。バチカンの聖女・メーヤは『師団』。魔女連隊のカツェ=グラッセ、それとドラキュリア・ヒルダは『眷属』。よもや鞍替えは無いな?」

 

ルールを語り終えたジャンヌが、さっきの3人を名指しする。

 

「――嗚呼。神様、再び剣を取る私をお赦しください......」

 

スッ、スッと十字を切ったメーヤは――

 

「はい。バチカンは元より、この汚らわしい眷属共を討つ『師団』。殲滅師団の始祖です」

 

白いレースの長手袋をした手で、魔女と吸血鬼を指差す。

 

「ああ。アタシも当然『眷属』だ。メーヤと仲間なんかになれるもんかよ」

 

「聞くまでもないでしょう、ジャンヌ。私は生まれながらにして闇の眷属――『眷属』よ。玉藻、あなたもそうでしょう?」

 

カツェに続き、ヒルダがそう答え、カツン、とハイヒールを鳴らして歩み出て――さっきまでジャンヌの方に向けていた狐耳をヒルダの方へ微修正した。

 

――狐の、尻尾?

 

小学生みたいに小さい狐耳の、スカートの下の方を見てみると、狐の尻尾のような物が飛び出している。

 

――玉藻、と言ったか。

 

「すまんのう、ヒルダ。儂は今回、『師団』じゃ。未だ仄聞のみじゃが、今日の星伽は基督教会と盟約があるそうじゃからの。パトラ、お前もこっちゃこい」

 

――星伽。星伽か!

 

この玉藻がキンジの事を知ってたのは玉藻が星伽と縁があったからだった。

 

玉藻に声を掛けられた霧の先、デカい水晶玉を指の上でクルクル回していたパトラは――

 

「タマモ。かつて先祖が教わった諸々の事、妾は感謝しておるがのぅ。イ・ウー研鑽派の優等生共には私怨もある。今回、イ・ウー主戦派は『眷属』ぢゃ」

 

アヒル口で、そう返している。

 

「あー......お前はどうするのぢゃ、カナ」

 

コブラを模した金冠を俺の右後ろ――キンジと俺の間に入り込めるような位置に居るカナに向けながら、パトラは尋ねる。

 

「創世記41章11――『同じ夜に私達はそれぞれ夢を見たが、そのどちらにも意味が隠されていた』――私は個人の意思でココに来たけれど......隼人には返しきれない恩があるし、キンジと隼人に負けちゃったような物だし、私は彼らに従うことにするわ」

 

冷や汗が垂れかけたが、カナが敵対的でなくて良かった。いや本当に。

 

「またしても......邪魔をするか、トオヤマキンジ、サエジマハヤト......!」

 

パトラはカナの返答に、怒りを滲ませている。

 

――気になる奴と一緒になれなかったからってそうキレるなよ、小学生じゃあるまいし。

 

「ジャンヌ。リバティー・メイソンは『無所属』だ。暫く様子を見させてもらう」

 

最も霧の深い所にいるトレンチコートの美男子は、それ以上何も言わない。

 

「――LOO――」

 

例の3mはあろうかという鋼鉄の二足歩行戦車のようなソイツは、ボディのあちこちから照準器、アンテナ、榴弾砲、発煙弾発射器、etc......をジャキジャキ突き出していた。

 

「LOO――LOO――......LOO――」

 

ソイツはルゥー、ルゥーとしか言わず、喋っている様だが、何を言っているか理解できない。

 

「......LOO(ルゥ)よ。お前がアメリカから来ることは知っていたが、私はお前をよく知らない。意思疎通の方法が分からないままであれば、どちらの連盟につくかは『黙秘』したものと見なすが――いいな?」

 

物怖じしないジャンヌにビシッと言われたルゥ?は、

 

「......LOO......」

 

と、頷くように少し姿勢を変えた。

 

それで何となく分かったが――あれは中に人が乗り込んでいる。

 

言うなれば人型白兵戦機。まるでボトムズのATみたいだな。

 

「――『眷属』――なる!」

 

いきなり、元気な声を張り上げたのはトラジマ模様の毛皮を着た10歳くらいの少女だった。

 

少女は叫んだあと、足元に置いていた大斧を持ち上げた......のだが、その大斧が、本人よりもデカい。

 

――なんだよ、そりゃあ!

 

フックショットのワイヤーであれを受け止めたら、確実に切断される。

 

それくらいに分厚く、無骨で――鉄塊のような見た目をしていた。

 

その斧の、派手な羽飾りをつけた石突きを地面に突くと、足元に微震が起きた。

 

「――ハビ――『眷属』!」

 

真上を向いて、ちょっと鼻に掛かったクセのある声で繰り返したその少女の生花を差したバサバサの前髪、そのちょっと跳ね上がった前髪の下に――2本のツノが見えた。

 

ウマや鹿の様な角ばった角ではなく、キリンなどの様に皮膚に覆われた角らしく、内側から円錐状に盛り上がっている。

 

「遠山。『バスカービル』はどちらに付くのだ」

 

ジャンヌに話を振られたキンジは――頭が真っ白になったのか、慌て始める。

 

「な、何だ。何で俺に振るんだよ、ジャンヌ」

 

「お前はシャーロックを倒した張本人だろう」

 

「そ、それなら隼人だって!」

 

キンジはアタフタと口早に色々と言っている。

 

「――キンジ!」

 

少し息を吸ってから、キンジの肩をバシッと強く叩いた。

 

「!――なんだ、隼人」

 

キンジの顔は、俺を見て――その瞳は困惑に揺れている。

 

「もう、ここまで来てるんだ。俺たちが、この状況を作っちまったんだ」

 

「......!」

 

「だったら――後始末。武偵憲章8条」

 

「任務は、その裏の裏まで完遂すべし。――ああ......そうかよ、クソッ!クソォッ!俺は、普通の高校生に、なりたいだけなのに――」

 

荒れるキンジの肩を軽く揉んで――

 

「キンジ、お前が、決めてくれ。俺は――お前の決定に従う。どんな決定にも、文句は言わない。全力でサポートする。お前に、付いていくって――決めたんだ」

 

キンジの目を見て、ゆっくりと話す。

 

――俺はもう、決意を抱いている。

 

「隼人......く、クソ......なんで、こんなことに」

 

キンジは決して膝こそ折らないが――やるせない感情に支配されているのだろう、何時もの感じがしない。

 

「......遠山キンジ。お前たちは『師団』。それしか有り得ないわ。お前たちは『眷属』の偉大なる古豪、ドラキュラ・ブラド――私のお父様の、仇なのだから」

 

ブラドと同じ種族だと思っていたが、まさか娘ときたか。

 

「――それでは、ウルスは『師団』に付く事を代理宣言させて貰います。私は既に『バスカービル』の一員ですが......同じ『師団』になるのですから問題ないでしょう。私が大使代理になる事は、既にウルスの許諾を受けています」

 

プロペラの位置から、微動だにしないレキを見上げて、糸目の男が、ニヤリと笑った。

 

「藍幇の大使、諸葛静幻が宣言しましょう。私たちは『眷属』。ウルスのレキには、先日ビジネスを阻害された借りがありますからね。さて――残りは貴方だけですが?」

 

と、糸目の男が目を向けた先では――ピエロのような恰好をした男が、聞いていた携帯音楽プレイヤーを地面にイヤホンごと捨てた。

 

「チッ。美しくねェ」

 

そう吐き捨てて顔を上げたそいつの顔は、どこかの戦闘民族がやる戦化粧のように、フェイスペインティングに彩られている。

 

「ケッ――バカバカしいぜ。強ぇヤツが集まるかと思って来てみりゃ、何だこりゃ。要は使いっ走りの集いってワケかよ。どいつもこいつも取るに――あ?」

 

そいつの顔は周囲をグルリ、と見回して、俺で止まった。

 

そして、数歩前に出て――

 

「おいおい、マジかよ!」

 

男は更に前へ、駆け出す様に俺の所へ走ってきた。

 

「ッ!?」

 

突然の奇行に驚き構えようとするが、それよりも早く、ピエロに肩を掴まれた。

 

「手前ェ、『N-E-X-T計画(ネクストプラン)』のファーストナンバーだろ?こんな所で会えるたァ...!前言撤回だ、来た意味はあったみてぇだ!」

 

ピエロは俺の肩を軽く揺すった後、手を叩いて喜んでいる。

 

「――は?」

 

――ネクストプラン?なんだソレ。

 

「だが――ちと美しくねェな、大丈夫か?あのクソッタレに何かされたのか?」

 

唐突に美しくないとか訳の分からない事を言い出したピエロは、再び俺の肩を掴み顔を覗きこんでくる。

 

「ま、待て、何の話だよ、さっぱり分からねぇぞ!クソッタレって何だ!」

 

俺は慌ててそう言うと、ピエロは眉を顰め――

 

「Hum?......ああ、そういうことか。いいぜ、今回は同胞――ってワケじゃあねぇが、似た境遇の誼みだ。サービスしてやる」

 

顎て手を当て、少し首を傾げた後、何かを納得した様にサービスすると呟いて、

 

 

 

―――ザグゥッ!!

 

 

 

「――な、ぁ......!?」

 

小さな針が付いた注射器を、首に突き刺さしやがった。

 

そして、注射器の中身が、押される圧力によって俺の体内に流れ込んでいく。

 

「イジられた脳が戻るワケじゃねェが、これで汚れは落ちる。綺麗な世界へようこそ、兄弟。礼も金もいらねェよ」

 

呆然とするキンジとカナ、玉藻――周りの者たちも差し置いて、一人。このピエロは俺に刺した注射器を引き抜いて、笑いかけている。

 

「何を......した!?」

 

そう睨みつけて尋ねるがピエロは笑みを崩す事なく、静かに言った。

 

「監視されて、自分の意思で制御出来ないのは辛いだろ?だから、解放してやったんだよ。――ああ、そうだ...死ぬかもしれないが、耐えろ」

 

――は?

 

死ぬかもしれないって俺はいったい、このピエロに何をされた?

 

 

 

ピエロは手を振りながらグルッと振り返って、俺に背中を見せ――ジジ、と壊れた蛍光灯の音がした後、姿が見えなくなった。透明人間になるように、姿が消えてしまった。

 

「俺の名前はGⅢ(ジーサード)――『無所属』に決めた。次はもっと強ぇ奴らを寄越してきな。そしたら全殺しにしてやる」

 

そのGⅢの声だけが、濃霧に包まれた空き地島に響いた。

 

その直後。

 

体が急に熱を持ち始める。汗が、顔だけでなく体からも流れ始め、筋肉が痙攣していく。

 

「――...こっ...ひゅ......っ......!?」

 

それに呼応するかのように呼吸が出来なくなり、視界がグワングワンと揺れる。

 

俺は、まるで筋肉弛緩剤を打ちこまれたかのように、足がガクガクと震え、立っていられなくなりガクンッと膝を折って地面に叩きつけられる様に倒れ込んでしまった。

 

息が出来ず、陸上で窒息していく魚みたいに口が開いていく。顎を閉じる事も出来ず、涎がダラダラと口からアスファルトへ、重力に引かれ落ちていく。

 

「――か......っ......くぁ......」

 

時折、体全体がビクンと震え地面の上を軽く跳ねるが何か変わるわけでも無く、只々体の中を駆け巡る熱の奔流が身体を内側から焼き焦がしていくだけだ。

 

身体の熱を冷まそうと流れ出る汗は、汗腺から沸き上がり、重力に引かれ肌を撫でていく間に蒸発し、塩になってしまう。

 

――どうなった、俺の体は、何があった。何をされた。

 

思考だけが冷静なのが、逆に不気味で――恐怖を感じている。

 

「隼人!しっかりしろ!......すごい熱だ...どうしたんだ!」

 

キンジに抱え上げられ起こされるが、首がすわらず、ガクガクと壊れた人形みたいに首がグラグラと動く。揺れる視界、二重にも三重にもブレる世界の中で、ジャンヌを捉えた。

 

ジャンヌは此方に駆け寄りたがっている様に見えたが、司会の役割がそれをさせなかったみたいだ。

 

「――色々と予想外の事態が起きたが、全員の表明を確認できた。最後に、この宣戦会議の地域名を元に名付ける慣習に従い、『極東戦役(Far East Warfare)』――FEWと呼ぶことを定める。各位の参加に感謝と、武運の祈りを」

 

「子犬が先走ったようだけど......もう、いいのね?」

 

「――......もう、か?」

 

「いいでしょう、別に。もう始まったんだもの」

 

気持ち早口になったジャンヌはこれで宣戦会議の役割を全て説明しきった。

 

そして、ヒルダが何やらやろうとして――それよりも早く、キンジが俺を、停泊させているモーターボートの方へ引き摺り始めた。

 

掠れるような、本当に死なないレベルでならば、と許された浅い呼吸を何度も繰り返す。

 

外の音は何一つ聞こえず、据わらない首がガクリと後ろに倒れていく瞬間に、カナが俺たちに背を向け、庇う様に立っているのが見えた。

 

だがそれも一瞬で、ある程度距離を稼げたのかキンジは俺の体を一度地面に降ろしてから――

 

うつ伏せになった俺の両脇に手を通し、正面から抱き着くようにして抱え、俺の右腕を掴んで持ち上げ、キンジの首の後ろに回していき、そのまま首で腹を、肩で腰を支えるように俺の体を滑るように乗せ、キンジの右腕が俺の股の間を通り、その右腕の肘で俺の右足の膝を、右手で俺の右手を握って固定して、立ち上がった。

 

この担ぎ方は、ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる物で...火災現場で消防士が怪我人を運び出す為に使われる事から、その名が付いた。

 

全身の筋肉の中で、最も強い筋肉である、大腿四頭筋を使って担ぎ上げる為、比較的軽く持ち上げて、早く退避する事が出来る。

 

俺を担ぎ上げたキンジは全力でモーターボートまで走る。首がガクンガクンと揺れ舌を噛みそうになるが、途中でキンジがソレに気付いたのか口にハンカチを詰めてきた。

 

そして、ボートの席に、そっと降ろされた後――浅く苦しい呼吸に、狭まり...歪み...ブレる視界に、大量の汗が流れる状態のまま、何分かが過ぎた。もしかしたらもっと短いのかもしれないが、今の俺にはまともな時間感覚を持っているほどの余裕はなかった。

 

 

 

どれほどの時間が経ったのか分からないが――戻ってきた時には、キンジの他にカナ、玉藻、メーヤが居て、ジャンヌは居なかった。

 

そしてジャンヌの代わりに、キンジに担がれる様にやってきたのは、アリアだった。

 

何が起こったのか理解する事も叶わず、意識を刈り取られる事も無く。

 

意識だけはハッキリと残り続けている。それが何よりも、恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺の体は、どうなったんだ。何をされたんだ。


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