人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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7月に入ってから仕事に忙殺されてます(´・ω・`)


やべー新幹線ジャック解決!&結成!『チーム・バスカービル』

あれから俺たちはワイヤーを使って車両の後端から、車内に戻った。

 

ココたちも一応、アリアとキンジが協力して車内に連れ込んだ。

 

車両のドアは武藤の操作で開け放たれており、真横の線路を全く同じ速度で走る救援新幹線のドアからは――

 

直径1m程のチューブがこっちに既に延び、フックで自動的に固定されるところだった。

 

「あや、あやややっ!」

 

そのチューブの中を滑り台の様に滑り降りて来たのは――

 

こてん、と床に尻もちをつきながらの、装備科・平賀さんだ。

 

「......悪いな、平賀さん。こんな事に巻き込んで」

 

「なんのなんの!お得意様のピンチなら、あややは何処にでも駆けつけるのだ!とーやま君、冴島くん、レキさん、理子ちゃん、みんな大口顧客様ですのだ!」

 

平賀さんはチューブにロープを通して様々な工具や消火器を此方の車両に引き込みつつ、キンジを見て両目をバチリ、と閉じてみせる。

 

――...ウィンクでもしたかったのか?

 

器用なんだか不器用なんだか分からない人だな、と思う。

 

機材の類を運び終えると、新幹線同士の間に渡されたチューブは外された。

 

線路と線路の間には標識や信号、柱があるのでそれにチューブが激突しない為だ。

 

退路が無くなったというのに平賀さんは何時もに増して上機嫌で、ノリノリで機材を組み立てていく。

 

平賀さんの声を聞きつけたのか......

 

「あ、あややー!も、も、漏れちゃうー!」

 

という理子の声が後部席の方から聞こえた。

 

「もう少し我慢するのだ!漏れたら座席のスイッチが漏電しちゃうのだ!」

 

「理子も漏電しちゃう!はやくはやくぅ!たすけてー!」

 

理子はどうやら尿意を催したらしく、平賀さんにヘルプコールを叫び続けている。

 

「解除できんのか、平賀よー!」

 

グンッ―――と新幹線を更に加速させながら、武藤が言う。

 

車内の電光板は、【只今の時速 390km】と表示されている。

 

「――――Nothing is impossible !!!」

 

――不可能はない、か...良い言葉だ。

 

平賀さんは無邪気な笑顔で作業しながら、元気に返した。

 

そして、このタイミングで新横浜駅を越えた。

 

東京まで、あと7分弱という所だ。

 

――いや、制動距離を含めるともっと短けーぞ...

 

消火器みたいな機材から伸びる管を2本、丁寧な作業で洗面室の窓に固定した平賀さんは――

 

「気体爆弾は酸素と混ざると爆発するって、さっき理子ちゃんから無線で聞いたのだ」

 

と言い、機材を慎重にかつ手際よく動かし始めた。

 

どうやらチューブの先端に据えられたカッターで、小さな穴を二つ開けたらしい。

 

その穴の内側に片側のチューブから風船のような物が広がり始める。

 

「これは......?」

 

窓を覗くアリアに、平賀さんは胸を張る。

 

「窒素で膨らませるシリコンの風船なのだ!隅々まで広げて、気体をこっちの真空ボンベに押し出すのだ」

 

ゴゴゴゴゴゴ......と、コンプレッサーの稼働する音が響く。

 

あと、3分。もう品川駅に入ろうとしている。

 

風船がパオパオをボンベに押しやりながら洗面室の隅々まで広がっていく。

 

平賀さんがボンベの気圧をチェックする。

 

顔を上げ、窓を見てみると東京の夜景が窓から流れていくのが見えた。

 

もう、東京駅にかなり近い。

 

「いくぜ!最後の加速――410kmだ!」

 

新幹線が更に加速し、車内の振動が強まり、平賀さんが少しよろける。

 

俺たち全員が、祈る様に見守る中――ピー、と機材が無機質な電子音を立てた。

 

「いよっし!完了なのだ!」

 

「――ブレーキだ、武藤!」

 

叫んだキンジはアリア、レキ、平賀さんを抱え新幹線の壁に背を付けた。

 

俺もそれを見て、体の正面を新幹線の壁に押し付ける。

 

――ィィィィィィィィィ――――ギィイイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!

 

一瞬、車輪が空転するような音に続いて、耳を劈くブレーキ音が鳴り響く。

 

がぐんっっっ!!

 

今までで最も激しい衝撃が、新幹線を襲った。

 

確実に、減速している。

 

ばすんっ!という爆発音に顔だけ90度振り向かせ、音の方向に目を向けた。

 

見れば、洗面室の窓が吹き飛んでいる。

 

しかし、気体爆弾は爆発しない。完全に平賀さんが吸いきった事が見て取れる。

 

そのボンベがごろんごろん、と壁際まで転がっていくことに内心ヒヤヒヤしながら―――

 

「ッ――ぐ......」

 

強烈なGに耐えていた。

 

窓の外では、車両の下からオレンジ色の光が弾けている。

 

車輪とレールから上がる火花がバチバチと散っていた。

 

ブレーキを掛けてからかなりの距離を走ったと思うが、まだ止まる気配はない。

 

新幹線はそのまま、東京駅のホームに入り――

 

 

 

ギィィィィィィィィィ......ギィ......

 

 

 

という重厚な音と共に――窓の外に、JRの駅名表示板が見えた。

 

 

 

 

 

――東京――

 

 

 

 

車体の下から濛々と上がる煙の向こうに見える、その表示板は......止まっている。

 

――停車、できた。

 

額に溜まった汗を腕で拭い、キンジたちの方を見ると――キンジがアリアの背中をぽんぽん、と叩いていた。

 

アリアはそれを受けて、キンジを見上げた。

 

「アリア、俺の実家が都内なのに、どうして寮生をしているか教えてあげるよ」

 

「......?」

 

「――あまり好きじゃないんだよ、電車が」

 

「......そうね、同感だわ」

 

キンジのその答えに、アリアは苦笑しつつそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京駅の新幹線ホームには、前もって人払いがされて、無人だった。

 

爆発した際の盾にするつもりだったのか、駅には無人の山手線、京浜東北線、中央本線、東海道本線の車両が密集して停められていた。

 

さらに停止標識の周囲には土嚢が山ほど積まれており、駅の壁という壁には補強用のシャッターが設置され、駅のいたる所にバリケードが展開している。

 

――ガチガチに固めたなぁ...

 

アリアとキンジが出ていった後、俺もホームに降り立つ。

 

首の後ろに手を当てて、揉み解しながら首を回すと、ゴキゴキと音が鳴る。

 

「あはっ!作業料としてこれはもらっていくのだー♪あややがイタダキなのだ!」

 

後ろから平賀さんが、パオパオの詰まったボンベを無邪気そうに抱きかかえて出てくる。

 

――あ、パオパオが欲しかったのか...

 

ノリノリだったワケはそれか。

 

「......火遊びは程々にな」

 

キンジが苦笑いしながら、ぽん、と商魂逞しい平賀さんの頭に手を置いた。

 

「......」

 

次にドラグノフを肩に担ぎ直した、裸足のレキが降り立ってくる。

 

「あ、おいレキ」

 

「...?なんでしょう」

 

「これ、サイズ違うかもしれねーけど...靴下。履いとけって」

 

鞄から予備の靴下を取り出して、レキに手渡す。

 

「大丈夫です」

 

「いいから、女の子が裸足でアスファルト歩くなって...爪割れたり、足傷つくのもダメだろ」

 

レキの正面に回り込んでしゃがみ、片足を持ち上げて足の裏を軽く手で払い、靴下を履かせる。

 

もう片方も同じようにして、少し大きめの靴下をレキは装備した。

 

「......ありがとうございます」

 

レキは軽く頭を下げて、お礼を言った。

 

「俺のお節介だ......気にしなくていい。 あいってて...」

 

俺は、レキにそう告げて背伸びをする。背中がヒリヒリと痛むが...まぁ問題ないだろう。

 

「東京~...東京ゥ~。お降りのお客様はお忘れ物のないようお気を付け下さい、ッとぉ!」

 

最後に調子外れのアナウンスをしながら、武藤がココ2人をズルズルと引き摺りながら、豪快に降りてくる。

 

×型に重ねられてホームに転がったココ姉妹は、近づいたら噛みついてきそうな表情で俺たちを見回している。

 

まだ闘志を失わない辺り、最高にやべー感じがすると思う。

 

「アンタたち。お姉ちゃんに投降を促すって言うんなら――電話を貸すわよ」

 

アリアは2人の上に座って、腕組をして澄ました表情をしている。

 

「コイツらのヘリは神奈川県警が抑えたらしいぜ。車両科だから言うワケじゃねぇけど、人間...アシが無きゃ何も出来ねぇさ。いずれ捕まるだろうよ」

 

武藤がインカムを外しながら、肩をグリグリと回す。

 

「武藤、お疲れ様。ありがとう」

 

「礼には及ばねぇよ。武偵憲章第一条。仲間をナントカって言うだろ?......ってオイオイ、この駅から出られるのか?俺、ジェット焼売食いたかったんだが...売ってっかなぁ」

 

「武藤くん!こっちから出られるのだ!」

 

「キンジ、後は任せたぜ。そいつらは尋問科にでも引き渡してこってり搾ってもらえ」

 

一刻も早くパオパオを分析したい平賀さんと、駅弁マニアの武藤がホームから小走りで出ていく。

 

キンジは、多分店全部閉まってるぞ、みたいな顔をして、ココたちの元に片膝をついた。

 

アリアもアリアで、メイメイの袖から鈎爪やら、ナイフやら、スモークやら――様々な武器を取り出して回収している。

 

キンジがその中の一つ、萎んだゴム風船みたいな物を手に取って――そこから出ていたヒモを引っ張った。

 

すると......ぽんっ。

 

1秒ちょっとで広がったソレは、膝を抱えたココの形になった。

 

「......っ......!」

 

キンジの肩が少し強張る。

 

「――妹たち。撤退ヨ。一旦香港戻るネ」

 

ホームの端からココの声が聞こえ、キンジ、アリア、レキ、俺が一斉に振り返る。

 

そこには、足を引き摺りながらM700を構えるジュジュの姿があった。

 

――落下したワケじゃあなく......側面に、張り付いていた...ってことかよぉ~!

 

俺たちとジュジュの距離は、ざっと90mから100mくらい離れている。

 

拳銃じゃ厳しすぎる。

 

『アクセル』で駆け抜ける――キンジ、アリア、レキ。誰がその間に狙われるか分からない、厳しい。

 

『エルゼロ』で対処するか?アリアとキンジは近いがレキは若干遠い、やれない事もないがリスクの方が大きい。それに最近『エルゼロ』の負荷がきつくなってきてる...連発は厳しいだろう。

 

「レキ動くダメネ!」

 

ドラグノフを持ち上げようとしたレキに、ジュジュが叫ぶ。

 

レキはピタリと動きを止め――じっとジュジュを見ている。

 

「......痛っ!」

 

顔を少し向けると、アリアはココ姉妹に足だけでしがみ付かれていた。

 

ココたちは死に物狂いで、アリアの髪やスカートに絡みついている。

 

アリアもあの状態だと身動きはとれないだろう。

 

「風、レキをよく躾けた。人間の心、失わせてる。この戦いでよぉーく分かったヨ。お前、使えない女ネ。だから、もうお前、いらない」

 

「......」

 

――また、それか。また、そうやって誰かの『価値』を、テメーが決めつけるのか。

 

「レキ――お前、まだ弾を持ってるはずネ。 それで死ね 今、ここで」

 

ジュジュはレキに撃たれて痛むらしい足を震わせながら――そう、命じる。

 

ジュジュを見ると、構えているその狙撃銃は、キンジを狙っていた。

 

M700は連射が出来る物ではなく、ボルトアクション式な為、レキを自殺させてキンジを撃った後の隙を無くす算段らしい。

 

「お前死ねば、キンチは殺さないネ。キンチは使える駒ヨ、ココも殺したくない」

 

「ココ。あなたが言う通り、私はあと1発だけ銃弾を持っています。私が自分を撃てば、キンジさんを殺さないのですか」

 

――オイオイ、マジでやんのかレキよォ~!こりゃ、どう見ても罠だろ!?

 

そう思い、急いでレキの方を見る。キンジも焦って振り返っており、その表情はやや焦っている。

 

「よせレキ!どうせアイツは俺を――」

 

「キンチ喋るな!レキ、今の話は曹操の名にかけて誓ってやるネ」

 

キンジの声に、ジュジュが声を被せてくる。

 

「待つ、ココに不利ネ。レキ、今すぐ自分を撃つネ。待たされたら、ココ、キンチを撃つ。レキ、その後でココを撃てばいいネ。他にキンチ取られるより、ココは相討ちを選ぶヨ」

 

「ココ、藍幇の姫」

 

そう言ったレキは――

 

すっ、と自分の足元にドラグノフのストックを置いた。

 

「ウルスのレキが問います。今の誓い――――キンジさんを殺さない事を、守れますか」

 

「バカにする良くないネ。ココ、誇り高き魏の姫ヨ」

 

「――誓いを破ればウルスの46女が全員であなたを滅ぼす。かつて世界を席巻したその総身を以て、あなたの命を確実に貰います。分かりましたね」

 

背を伸ばしたレキが銃口を自らの顎の下につける。

 

「よせ......レキ!」

 

「キンジさん。ウルスの女は銃弾に等しい。しかし私は......失敗作の、不発弾だったようです。不発弾は、無意味な屑鉄なんです」

 

「止めなさいレキ!アンタ騙されてるわよ!」

 

「そうだぜレキ!撃つな!」

 

アリアが金切声を上げ、俺も吠える。

 

「キンジさん。あなたは人を殺すなと私に命じましたが、私は今、主人を守るために――私自身を撃ちます」

 

「......!」

 

「ですが、コレは造反には当たらないことを理解して下さい。なぜなら――」

 

レキが、俺の履かせた靴下の片方を脱いだ。

 

「......よせ......」

 

「やめろレキッ!」

 

「――私は、一発の銃弾――」

 

素足になった足の指を、ドラグノフの引き金に掛ける。

 

「「お前は銃弾なんかじゃない!」」

 

キンジと同時に叫ぶが、その叫びも虚しく――

 

レキは肩を震わせる恐怖心も無く、ドラグノフの引き金を――

 

 

 

 

 

――――引いた――――

 

 

 

 

 

 

――ガチン。

 

 

「......!」

 

レキの目が、再び見開かれた。

 

その瞳は――ハッキリと、驚きに見開かれていた。

 

銃弾は、出なかった。

 

「不発弾......」

 

アリアは信じられないという表情をしている。

 

俺も開いた口が塞がらない。

 

現代の銃弾において、不発弾が発生する可能性はほぼ無いと言っても良い――どこが作ったのか分からない怪しすぎる銃弾とかで無ければの話だが――それにキンジから聞いたが、レキは不発弾防止の為に偏執的なまでの対策を取り、自分で銃弾を作成していたはずだ。

 

そんなレキの銃弾が不発する確率は1兆回撃って1発引けるか引けないかというレベルなんじゃないだろうか。

 

しかし、その1兆分の1が出た。

 

現にこうして、不発弾が出たのだ。

 

レキはそれに――驚いていた。

 

「......キンチ!」

 

ジュジュは一瞬で、この状況の変化を把握した。

 

レキは自殺できなかった。しかし、弾は不発弾しかない。

 

ならば殺すのは組み付かれているアリアを除いて、俺か、キンジかの二択になるだろう。

 

俺を撃っても避けられる、もしくは銃弾を掴まれ返されることを知っているのか狙いは俺ではなく、キンジだった。

 

だが、その照準は僅かに俺の方に向きかけたり、アリアに向いたり、レキを見たりしようとしている。

 

迷っている。奴は今、迷っている。

 

誰か一人でも仕留めて逃走するか、殺さず逃走して体勢を立て直すか、悩んでいる。

 

その逡巡の間に、キンジが呆然としていたレキのドラグノフからマガジンを掠め取った。

 

「――レキ。二度と自分を撃つな」

 

キンジはそう言いながら、レキの目の前でマガジンから不発弾を取り出して――

 

両手でぎゅっと握りしめた。

 

そして、そのまま、レキを睨む。キンジの目には怒りが宿っている。

 

まぁ当然だろう。

 

「これは命令だ。お前、俺の命令を聞くって言ったろ」

 

「......」

 

レキはキンジを見つめ返して――コクリ。

 

無言で頷いた。

 

それを確かめたキンジは銃弾をレキに見せるようにして、再びマガジンに装填する。

 

「――さぁ、生まれ変わるぞ」

 

そう告げて、マガジンをドラグノフに挿す。

 

「――レキ。撃つべき相手は、あの敵だ。もう一度、俺を信じろ」

 

キンジはレキにそう告げて、バッと振り返ってレキを庇う様にジュジュを睨む。

 

「キンチ!」

 

ジュジュは迷わず、キンジ目掛けてトリガーを引いた。

 

――パァン!

 

銃声と共に、7.62mmNATO弾を放った。そして、俺も刹那の中で咄嗟に『エルゼロ』を発動させる。キンジを、守らなければ。

 

キンジの前に飛び出そうとして、ふとキンジを見ると――キンジは、両手を前に押し出して、人差し指と中指だけを重ね、『#記号』のようにしている。

 

――何するつもりだ!?

 

銃弾はキンジに迫っていく。

 

キンジが作り出した、指の四角形の中に吸い込まれるように入っていく。

 

「―――ッ!」

 

 

―バシュッ!―

 

 

キンジは右手の二本の指で銃弾を挟んだ。

 

しかし弾丸は静止せず、僅かに軌道がズレながらもキンジに迫っていく。

 

キンジはそれに動じることなく――右手よりも顔面寄りに構えていた左手の二本指でもう一度銃弾を挟む。

 

更に軌道が逸れ――キンジの頬を掠めるような軌道に変わった。

 

――ビシッ

 

銃弾はキンジの頬を掠め――ガシャンッ!と後ろの花束の自販機に着弾した。

 

上から見れば『/記号』のように弾道が変わっていったのだ。

 

キンジ流に言うのであれば、『銃弾逸らし(スラッシュ)』って所だろう。

 

銃弾を掴んで止める日も近いんじゃないだろうか。

 

一通りの事象の観測を終えて、『エルゼロ』を終了する。

 

「き、キンジ......あんた、今......」

 

アリアは唖然としているが、俺も銃弾くらい防げるから何を今更という感じである。

 

「――ここは暗闇の中――」

 

その声の方向に顔を向ければ、レキがドラグノフをジュジュに向かって構えていた。

 

キンジの言葉を信じて――不発弾が、使えるようになったと思っているのだ。

 

「一筋の、光の道がある――光の外には何も見えず、何も無い。私は――」

 

レキの、狙撃の際の詩が、変わっている。

 

「――光の中を駆ける者」

 

レキは――引き金を、引いた。

 

 

 

――タァンッ!

 

 

 

 

「――!」

 

今度は発砲された、ドラグノフの7.62mm×54Rの銃弾が――

 

―チッッッ

 

銃弾を再装填していたジュジュの頭部を掠めた。

 

――外した...ワケじゃねぇ...!

 

「きひっ!」

 

少し肝を冷やしたであろうジュジュはM700を持ち上げる。

 

アリアが息を呑む。百発百中のレキが外した、痛恨のミスだ、とか思ってそうだが違う。

 

俺とキンジはあれを見たことがある。

 

ハイマキと鬼ごっこをしたときの、アレだ。

 

「――!?」

 

パァン!

 

ジュジュはM700を発砲した。

 

斜め上、全く、あさっての方向へ。

 

「......?  ?   !?」

 

そして、よろっ、よたたっ...とふらついて――

 

自分に何が起こったのか分からないといった表情で、ころんと倒れた。

 

あの時はハイマキにやったが――人間にも出来たのか、とレキの狙撃技術に感心するばかりである。

 

脳震盪を起こしたジュジュは、M700を杖の様に使い、立ち上がろうとした。

 

が。

 

――だっ!

 

ホーム下、線路に隠れていたのであろう、理子が飛び出し、ジュジュの背中に張りついた。

 

「みっ、峰理子ッ!」

 

「ツァオ・ツァオ!あれもツァオ、これもツァオ。くふふ、3人もいたんだねぇー!」

 

理子は両足でジュジュの胴体にしがみ付き、両手で両腕を羽交い絞めにし――ツーサイドアップのテールでジュジュの首を絞めている。

 

たしか、シャンシケイケイホー...だか、ケイケイパーだか...そんな名前だったと思う。

 

理子も、使えたのか。

 

「あたしにこの技を教えたのが仇になったな。自分の技で眠りな」

 

「っ......っ!」

 

ジュジュはそれでも理子に反撃しようと、羽交い絞めにされた両腕をなんとか動かし、理子の顔面に手を伸ばそうとしている。

 

チラリとアリアの方を見ると、メイメイとパオニャンの拘束が緩んでいたので――

 

アリアの方に軽く近づいて、アリアにしがみ付いてるココたちの足を掴み、乱雑に振る。

 

足の拘束は緩んでいたこともあってか、思いの外簡単に外れた。

 

「ハヤト!助かったわ!」

 

アリアは俺に礼を告げるとすぐに、ジュジュに向かって走り始める。

 

「ココ――往生際が悪いわよ!」

 

「ちょっ!アリア!タンマタンマ!」

 

アリアは慌てる理子の声をガン無視して、どごっ!

 

全力疾走からのドロップキックをジュジュに叩き込んだ。

 

理子ごと、ばたーんっ!と真後ろに吹っ飛んだジュジュは――

 

「~~~~~っ......」

 

とうとうノビてしまった。理子ごと。

 

 

 

 

 

 

 

そのまま理子からジュジュを引き剥がして――グルグルと縛り上げていくアリアに苦笑するキンジは、これにて一見落着と言った表情で背を向け、俺の方に歩いてきた。

 

「隼人、今度こそ本当にお疲れ様」

 

「おう」

 

キンジはいてて、と言いながら両手をブラブラさせている。

 

「どしたん?」

 

「いや、銃弾逸らしをやったら突き指してな」

 

「ああ」

 

しかし、俺に話し掛けるよりも先にやるべきことがあるだろうに。

 

「キンジ」

 

「なんだ」

 

「俺じゃなくて、レキに話し掛けてやれよ。多分、待ってるぞ」

 

「......ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」

 

「おう、行ってこい」

 

キンジがレキの方に向かっていく。

 

レキは、力尽きたのかホームの床に崩れた正座をする様に座り込んでしまった。

 

自分を撃たせてくれなかったドラグノフから――

 

何かのメッセージを感じ取ったのか、その銃身をきつく、きつく抱きしめている。

 

キンジが傍らに跪くと、レキの目から涙が零れるのが見えた。

 

「......レキ......」

 

「もう......聞こえないのです」

 

肩が、小さく震えている。

 

「何がだ」

 

「風の声が、もう、聞こえない。風はもう、何も言いません」

 

風...強いショックを受けた影響で、マインドコントロールが解けた、という事でいいんだろうか。

 

「風はもう何も言わない――か。それはつまり、『自分で考えろ』ってことじゃないのか」

 

キンジはレキの肩に手を置いた。

 

レキは、顔を上げ、キンジを見る。

 

「私には、分かりません。これから、どうすればいいのか、が......一人で――」

 

「分からなくていい」

 

「......?」

 

「レキにも、ココたちにも言っておきたい事があってな」

 

「「......?」」

 

ココ姉妹は俺の発言を聞いて、顔だけを俺に向ける。

 

キンジも、レキも俺を見ている。

 

「キンジや、レキや、俺を...『価値がある』と、評価した。風はレキを『銃弾』だと言って、レキはそれを受け入れた」

 

息を吸って、キッと目を鋭くしてレキを見て、視線を移し――ココ姉妹を睨む。

 

「誰かに自分の『価値』を決められて堪るかよ。自分の『価値』は自分で決めるモンだろーが」

 

その言葉に、キンジは目を閉じて頷き、レキは困惑し――ココ姉妹は歯軋りをしていた。

 

「レキ。オメーも人間なんだ......まだ、分からない事ばかりだろ...?それでいいんだよ、少しずつ、少しずつ、自分を理解していけばいい」

 

困惑した表情のレキに近づいて、頭をポンポンと軽く撫でる。

 

「そうだぞ、レキ。それに風は気ままに吹くものだ......それに、一人じゃない。俺が一緒だ。なんたってチーム登録を、提出しちまったからな。この間、勝手に」

 

キンジはそう言って微笑むと立ち上がり――背伸びをした。

 

レキは――暫く黙りこみ、ドラグノフのストックとグリップを右手で支え、固まってから――

 

ホームに吹き込んできた一陣の風に、顔を上げた。

 

「――anu urus wenuia... 永遠」

 

レキが、歌い始めた。

 

何処の言葉か分からないそれは、部分的に日本語が聞こえた。

 

「――Celare claia ol... tu plute ire, urus claia 天空――」

 

不思議な、歌だ。

 

美しいと思うし、どこか懐かしさも感じる。

 

レキの声は、声量こそ慎ましいが、音階はピタリと一致しているのであろう、美しい歌声は一切の不快感を与える事無く、耳にすっと入っていく。

 

「――Raios Zalo Ado... Ясни,яснинанебезвёды――」

 

一瞬聞こえたロシア語の部分。

 

そこだけが、なんとか理解できた。

 

晴れろ、晴れろ、天の星々。

 

ロシアの童話、『狐と狼』にそんな文章があったことを思い出す。

 

立ち上がったレキが歌う、巣から旅立つ鳥を思わせる、美しく瑞々しい歌――

 

その旋律が続くと共にホームに流れ込む風が強まっていく。

 

まるで風も、歌っているようだ。

 

――ああ、そうか......これは、別れの歌か。

 

「――Celare claia ol... tu plute ire, urus claia 天空――」

 

歌がリフレインするパートで、突風の様に強まった風が――

 

キンジが銃弾逸らしで壊した自販機から、見送り人が送り人に贈る花束を吹き流して、宙に解く。

 

バラバラになった花は更に風に揉まれ、無数の花びらを空中に散らした。

 

その色とりどりの花霞の中――レキはホームを歩いていった。

 

誰も居ない、端の方へと。

 

風は次第に強まっていき、最後には目を開けていられない程のものになった。

 

俺たちが、目を閉じる瞬間。最後に見えたものは――

 

「――anu urus wenuia... 永遠」

 

初めの歌詞に戻って、歌が終わる刹那、振り返ったレキの――

 

生まれ変わったような、清々しい、端正な顔だった。

 

ぎこちない物で、分かりにくかったが――確かに、笑っていたと思う。

 

 

 

 

風が止み、目を開くと、そこにはもうレキの姿は無かった。

 

レキが忽然と消えたことにアリアは驚いていたが、キンジはそうでもなかった。

 

「......いいじゃないか」

 

「お?」

 

キンジが、優し気に微笑んでいる。

 

「レキは――初めて、自分の意思で歩き始めたんだ」

 

キンジは未だ宙を舞う花を見て静かに言った。

 

「......へへ、そーだな!」

 

誰かに命じられることを止めて、自分で動くことを決めたんだ。

 

これからはきっと、自由にやるんだろう。

 

俺も、笑って花を眺めていた。

 

 

 

 

 

それから数分もしない内に、武藤に連れられて恐る恐るやってきた爆発物処理班と、警視庁のお偉方、武偵高の蘭豹先生や綴先生たち、そして事後処理班――武偵高の生徒が数名やってきた。

 

狙撃科3年の志波ヰ子先輩は、レキが失踪したと聞いて探そうとしていたが多分無理だと思う。

 

「さ、行こーぜキンジ」

 

「――ああ」

 

生徒ら数名と蘭瓢先生と共に迷路のような東京駅をゆっくりとした足取りで出て行く。

 

丸の内中央出口に出ると、そこには黒塗りの武偵車が何台か待機していた。

 

アリアは別口扱いなのか、蘭豹先生と2人きりで車に乗せられ......キンジと理子、武藤と平賀さん、余った俺はそれぞれ車両科の1年が運転する別々の武偵車の後部座席に分乗した。

 

 

 

 

夜、武偵高に帰るのかと思ったら俺はそのまま武偵病院に緊急入院させられた。

 

ああ...そう言えば背中がいい感じに焼けてたんだったか。

 

火傷の治療・処置に関しては矢常呂先生が俺の背中を見てドン引きしながらやってくれた。

 

「............ねぇ、やっぱり細胞単位で分解してみてもいいかしら?とても興味深いわ。どんな風に治るのか見てみたいわ」

 

「良いワケねーだろこのサイコパス!」

 

「残念...でも、本当に治りが早いわね......この辺り、結構深い傷だったんじゃない?」

 

そう言いながら矢常呂先生は背中の一部に軟膏を塗っている。

 

「いや傷が見えないんスけど」

 

「......すごい勢いで治ってるわよ」

 

「どれくらい?」

 

「目に見えるレベルで」

 

「えぇ...」

 

「この調子ならあと1週間...くらいで退院できるんじゃない?」

 

「ほっ...」

 

「まぁ、流石に傷痕や瘢痕拘縮が残るかもしれないけど、我慢しなさいよ」

 

「背中なんか見えないから気にしないっスよォー」

 

そんな話をしながら、処置が終わり――俺は久しぶり、というワケでもなく一か月振りにこの病室に帰ってきたのだった。

 

そして、処置が終わると同時に、黒服のオッサン連中が入ってきて――武偵高の教師もいた――調書を取り、軽食を摘み、SSRの先生と話をした。

 

後で教師陣が警視庁・マスコミ・JRへの連絡をするとのことだった。

 

新幹線をぶった切った事を咎められるかと思ったがそれはお咎めなしで......むしろ俺たちは事件を解決に導いた功労者として、流されるらしい。公的には。

 

ココたちが新幹線を乗っ取ったのは、日本政府に金を要求するためだった――という事で、武偵高の引責問題にはされてなかった。

 

「冴島、お前自分が狙われていたなんてこと、言うんじゃないぞ?偉い人達に怒られたくなきゃ、秘密にしてな」

 

そう言われて黒服の1人を見ると、徽章が目に入る。

 

――このオッサン、外務省の官僚か。

 

成程、何となく裏が読めた。

 

きっとアリアのおかげだろう。留学生が事件に巻き込まれましたなんて堂々と報道したら、日英間の関係にこじれが出るかもしれない。そうならないように必死なんだろう。

 

所謂『大人の事情』という奴なのかもしれない。

 

その辺りは素直に従い、オッサンは「君には見舞金を政府から出す」と言ったので有り難く頂戴しておくことにした。

 

 

 

 

 

個室の静けさに包まれて――外を見る。

 

風が窓を叩く音だけが微かに聞こえ続ける病室で、一息吐く。

 

街の外はぽつぽつと光が灯っており何時もと変わらない時間が流れている様に感じる。

 

アリアは、キンジは――ジャンヌは、どうしているだろうか。

 

あれほどの慌ただしさも、今となっては恐ろしい程に鳴りを潜めている。

 

このまま何事も無く終わってくれれば良い、と思うばかりだ。

 

キンジも何時だったか、一件落着という言葉は二件、三件と続く恐れがあるのでは...と危惧していた気がする。

 

物騒な事を言うなと今も思っているが、マジで二件、三件と続きそうで怖い。

 

そんな事を思いながら、今日は考えるのを止めて――寝る事にした。

 

 

 

 

六日間を振り返る。

 

ジャンヌや金一は毎日夕方から夜くらいにかけて病室を訪れ、世間話をしたり休んでいた間の事の報告をしてくれた。あと、ゲームの進捗の報告もしてきた。

 

金一も病室に来るとキンジに会えるので、それはもう嬉しそうにキンジと話をしていた。

 

キンジやアリアも病室に来て話をして、チーム編成に関してはアリアが『待った』を掛けた為、何も話はしなかった。

 

キンジは金一と話す時に何処かぎこちなかったが、数日会って話し続けていると流石に慣れたのか自然体で話せるようになっていた。

 

そして、退院1日前の面会時間が終わり、全員が帰っていった後...アリアがこっそりと戻ってきて、チーム編成の話をした。

 

「いい、ハヤト。キンジには内緒よ」

 

「お、おう」

 

「キンジをリーダーにして、チームを組むわ」

 

そう言って渡された紙を見る。

 

そこには――

 

 

 

 

 

チーム名『Baskerville(バスカービル)

 

 

メンバー

 

 

○神崎アリア(強襲科)

 

◎遠山キンジ(探偵科)

 

・峰理子(探偵科)

 

・星伽白雪(超能力捜査研究所科)

 

・レキ(狙撃科)

 

・冴島隼人(超能力捜査研究科)

 

 

 

 

と、6人の名前が書かれていた。

 

リーダーを示す◎がキンジに、副リーダーを示す○がアリアについている。

 

これが、アリアの描くチームの構想か。

 

「問題は――レキが、来るかだな」

 

「来るわ――――レキは、きっと来る」

 

俺の言葉に間髪入れずにアリアが返してくる。顔を紙から上げ、アリアの顔を見ると丸く紅い瞳が、キラキラと輝いているように見えた。

 

「...そーだな、来るよ、レキは」

 

チームを組むときは、メンバー全員がその場に居る状態で写真を撮ることが条件だ。

 

そうやって、メンバー全員の合意を示す。

 

俺の退院を待つこともあって、アリアのチームは直前申請まで待つ必要があった。

 

「キンジには、伝えたのか?」

 

「まだよ。レキの了承が得られていないわ」

 

「最悪、レキを外しても――」

 

「それはダメよ。レキも居なきゃ、キンジの意思に反したチームになるもの」

 

「成程ね...相分かった」

 

そう言うとアリアは病室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

で。

 

退院した俺は『防弾制服・黒』をジャンヌから受け取って、それを着てチーム編成・撮影会場である探偵科の屋上にやってきた。

 

が、多い。20人から30人は居るぞ。

 

武偵高のチームは結成してから一生残るものになるし、何より命を預け合うものだ。

 

故にかなりの生徒が悩み、こうして直前申請まで縺れこむ事が多い。

 

曇り空の下で生徒たちの顔を見ていると、黒い髪の塊の中に、ピンク髪がチラリと見える。

 

そこまで足を運ぶと、やはりアリアが居た。

 

「アリア」

 

俺の呼ぶ声に、アリアはツインテールをぶん、と振って振り返り――顔を少し上げる。

 

「ハヤト!アンタは、私の提案したチームに来てくれるのね?」

 

「ああ、俺ぁお前らにくっついてくよ...それ以外に考えられねーや」

 

へへっ、と笑いながら言うと、アリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

それから30秒ほど待っていると――キンジと星伽と理子の姿が見えた。

 

アリアにそれを告げてキンジたちの方を指すと、アリアは嬉しそうに駆けていく。

 

そして数十程呆けて空を見て――視線を少し下げて、空調設備を見る。

 

その陰に、尻尾のようなものが見えた、気がした。

 

バッ!とキンジの方を見ると、キンジも見えたようで空調設備の方へ駆け寄っていく。

 

俺もその後に続くと、アリアもキンジに付いて行っている様だった。

 

角を曲がるように空調設備の横に出ると、そこに居たのは、真っ白な体毛に包まれた――ハイマキだった。

 

そして、その飼い主も居た。

 

男子っぽいスーツ型の防弾制服・黒が似合う、ショートカットの小柄な女の子。

 

設備の壁に背を付けて、無表情に斜め下を見て、無言で立っていたのは――

 

「......レキ!」

 

キンジを追いかけて付いてきたアリアが、レキの名前を呼ぶ。

 

「......」

 

視線を下げたままのレキは、頭に包帯などは巻いておらず、立っている様子から察するに問題は無さそうだった。

 

4kgくらいあるドラグノフも普通に肩に掛けているし問題ないだろう。

 

「レキさん!良かった、間に合ったんだね......!みんな、すっごく探してたんだよ?何処に行って何してたの、もう......」

 

理子と共に駆けつけた星伽は年下を問い質すようなムードでレキに尋ねる。

 

「――ハイマキと合流しに、京都へ行ってました」

 

「えっ」

 

星伽が驚いている所を見るに、分社には顔を出してないんだろう。

 

それで、ハイマキは近くに飼い主が来た事を理解して脱走した様だった。

 

「――それから、先日襲撃を受けた民宿で、湯治をしてました」

 

――湯治で、治るのか...

 

と言っても俺自身が化け物みたいな治癒力だから何を言ってもブーメランになるか。

 

「それにしても――よく、俺たちがここにいるって......分かったな」

 

「携帯電話を買い直した時に、アリアさんからすぐにメールが入りましたから」

 

つまりレキはメールを見て、自分の意思でここまで来た、という事だ。

 

自分の意思で、来たんだ。

 

――ようこそ、レキ。

 

アリアを見てみると、何か言いたそうにしていたが、もじもじして言い出せずにいた。

 

キンジがそれを解消させようと話題を振ろうとしていたが、それよりも早く、アリアが動いた。

 

「......レキ。――レキ、レキ......!」

 

アリアは手を震わせながらレキに一歩、また一歩と近づいて行く。

 

「レキ!」

 

そのまま、きゅっ――

 

抱き着いた。

 

「心配したのよ!急に居なくなっちゃうから......!」

 

涙ぐむアリアと、無表情のまま抱かれるレキ。

 

理子はそれをニヤニヤと見て、星伽は2人のお姉さんと言った様子で優しい目を向け――キンジも少し微笑んでいた。

 

俺も薄らとだが、笑っている。

 

「アリアさん、新幹線の上で、あの時――手を繋いで下さって、ありがとうございました」

 

レキは目の前にいるアリアの顔を覗きこむ様に、感謝の言葉を告げた。

 

「レキ......あたしも、ありがとう。あの時のこと。それと、来てくれてありがとう。もう絶交は取り消しよ。また、復交?再交?......また交じわりましょ」

 

その変な絶交取り消し宣言にキンジは苦笑いしている。

 

その時。

 

「ホラホラ、私ノ可愛イ生徒タチ!締切マデ15秒ヨ、武偵ハ時間厳守デショ!」

 

このオカマ声は、諜報科のチャン・ウー先生だ。声だけ聞こえるが、姿は一切見えない。

 

そして、屋上の片隅では――カメラを振り回している蘭豹先生が見える。

 

「くぉらガキ共!イチャイチャしとらんと、こっち来いや!あと10秒やぞ!早よそのワクに入れ!撮影するで!」

 

そう言いながら黒いビニールテープで囲んだ所定位置を指して、叫んだ。

 

「いこっ!」

 

アリアがレキの手を取って、走り出す。

 

「俺たちも、行くか」

 

キンジの声に頷いて、走る。

 

「あと5秒や!もっと走れ!」

 

腕時計を見る蘭豹は急かすように叫ぶ。

 

時間も時間だったので、他のチームみたいに行儀よく横一列に並ぶ事は出来ず、俺たち6人はバラバラと枠の中に入っていく。

 

普通の写真撮影は、カメラの真正面を向いて少し笑うのが基本だが――

 

「良し、笑うな!斜向け!」

 

これは武偵の集合写真。真正面を向かず、正体を微妙に暈かすのが習わしだ。

 

黒一色で統一するのも、制服がどこの物か分からなくする為である。

 

「チーム・バスカービル!神崎・H・アリアが直前申請します!」

 

まず所定位置の中央に立ったアリアが、片手を腰に当てつつ蘭豹先生の方を振り向いて叫ぶ。

 

アリアの右後ろに立ったレキは、自分の銃――ドラグノフを鮮明に撮らせないためか、バンドをやや引いて、背で隠した。

 

アリアの左後ろでは理子が腕組をして横を向き、目だけでカメラの方を向く。

 

キンジは髪を少し頬に流し、銃弾逸らしの傷を隠して――テーピングが施された両手をポケットに突っ込んで枠内右端、若干中央寄りに立つ。

 

俺はそのキンジと背中合わせに立ち、切り傷で片目が潰れていると思わせる為に右目をピタリと閉じて、髪を少し下に寄せて、カメラの方に顔を少し向けた。

 

最後に指定位置の左側に入った星伽は、蘭豹先生の持つカメラを見る横顔が、若干笑顔になっている。

 

「9月23日 11時29分、チーム・バスカービル承認・登録!」

 

腕時計を見ていた蘭豹先生は、ギリギリでカメラを振り上げてシャッターを押す。

 

そして、パシャッ!とストロボの閃光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

決まらないことに、この時急いで振り上げて撮った写真は斜めになっており――一応6人全員は写っていたが、滅茶苦茶斜めだった。

 

キンジは「何時も俺たちはギリギリを潜り抜けてきたら、俺たちらしい一枚だ」とか言って笑ってた。

 

たしかにその通りなのかもしれない。

 

そして、この時はそんな事思いもしなかったのだが――

 

――この一枚が、俺たち6人で撮った『チーム・バスカービル』の、最初で最後の一枚になるなんて――


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