人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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修学旅行 2日目 やべー事件が発生!③

通信科の3人から片耳に挿すタイプの骨伝導式インカムを複数持っており、それを受け取った俺たちは互いに連絡を取れるように、と周波数を合わせた。

 

その後、全員が配置についたのを確認していると、不知火から通信が入った。

 

『7号車にどこかのTVスタッフが数人乗ってて、カメラ機材も持ってる。これが事件だと分かってからは、ずっと車両の無線LANを使って放送してたらしいよ』

 

『放送...この状況でか?』

 

『うん、嬉しそうにしてる。スクープ現場に居合わせることができて』

 

全員の命が掛かってる状況なのに、実に楽観的な連中だ。

 

『......放っておこう。報道は、自由だ』

 

そう言うキンジにバタフライナイフを返して車両の先頭へと進んでいく。

 

――キンジはマスコミが大嫌いだからなぁ...

 

何か思い出したのか、苦々しい顔のキンジはナイフを受け取って俺と同じ様に車両の先頭へと歩いて行く。

 

車両の先頭では――

 

「キンジ、ハヤト。アンタたちもヒールフックを使いなさい」

 

と言うアリアが白いスニーカーを履き直していた。

 

不安定な足場に出る場合に備えて、武偵は常にチタン合金の鈎爪を携帯している。

 

ベルトのバックルやホルスターの奥に秘匿されるその金具は、変形ロボットみたいに形状を何種類かに組み替える事が出来るものだ。

 

アリアはそれを靴底にセットして、新幹線の上から転落しない為のスパイクにしていた。

 

「バスジャックの時はルーフに打ちこんでワイヤーの支点にしたけど、今回は白兵戦よ。ワイヤーを切断される恐れがあるわ」

 

「――正しい判断だ」

 

「だな。俺らもやっとくか」

 

アリアの意見に従い、靴底に鈎爪を付け始める。

 

先に準備を終えたアリアは俺たちに背を向けて、屈伸運動をしていた。

 

俺は隣で鈎爪を装備しているキンジの肩を突いて、キンジを呼ぶ。

 

「どうした隼人、バカだから鈎爪の付け方が分からないのか?」

 

「はっ倒すぞ。ちげーよ、アリアにレキの話、しとけよな...チャンスだろ?」

 

「......そうだな、そうしておくか」

 

キンジのボケにツッコミを入れつつ、狙撃拘禁の話をしておけとキンジに告げると、キンジはすぐさまそれを実行に移した。

 

「アリア。誤解を与えてしまっている様だが――俺はレキに狙撃拘禁されていたんだ。だから、『リマ症候群』を発生させようと色々やっていただけなんだ」

 

「ふーん......」

 

疑い半分、信用半分といった感じのアリアは、体の向きをグルリと変えて、キンジを見た。

 

「――まぁいいわ。その辺の事は、ちょっと待つ事にしたから。待ちの一手よ」

 

「待つ?何をだい?」

 

「どうでもいいでしょ、そんな事。はい、この話はこれでお終い!あー、それにしてもツイてないわ。誕生日が近いのに、こんな事件に巻き込まれるなんて」

 

チラッとキンジを見てから、アリアはスパイクを試す様に軽く足踏みする。

 

「ホント、ツイてないわ。来週、誕生日なのに」

 

――っ!いいぞアリア!誕生日アピールでキンジとの復縁を狙うんだな!?

 

これは援護射撃をしないといけないな、と思い即座にキンジの肩を掴んで顔を寄せる。

 

「おい、キンジ」

 

「な、なんだ隼人......か、顔が近いぞ」

 

ヒソヒソとアリアにバレないレベルの声でキンジに声を掛けると、キンジはやや顔を赤くしながらも俺の話を聞き始めた。

 

頬染めるな気持ち悪い、と言いたかったが時間も無さそうだったのでやめた。

 

「来週はアリアの誕生日だ。機嫌を直すなら......この機会を逃がすワケにはいかないぞ」

 

「――でかした、隼人!それでいこう!」

 

キンジとYEAHHHHピシガシグッグと喜びを表現をしていると、アリアがわざとらしく新しい話題を振ってきた。

 

「そう言えばキンジ、ハヤト......アンタたちの実家って何処よ」

 

「俺ぁ実家はないぞ」

 

「はぁ!?実家がないってどういう事だよ?」

 

キンジが驚愕の表情で聞いてくる。

 

「いや、俺の両親自殺してるから帰る家もねーし...祖父たちの家に厄介になってた時期もあるけど、あそこも実家とは言えねーしよォー......まぁ俺の話はどーでもいいだろ、キンジの実家は何処なんだよ」

 

「......え!?あ、ああ......俺の実家は巣鴨だよ」

 

「スガモ......?この新幹線で寄ってく予定とかあった?だったら残念だったわね」

 

と言うアリアは、あまり日本の地理に詳しくないようだ。

 

「都内だよ、巣鴨は」

 

「都内って......じゃあなんで寮生やってるのよ。通学すればいいじゃない」

 

「まぁ......色々とね」

 

と、鈎爪の装着が終わったキンジは、多くを語らずにアリアに向き直る。

 

俺も鈎爪の装着が終わり、立ちあがって、通路をしばらく歩き――天井に突き刺さったココの青龍刀を掴んで引き抜く。

 

軽く振り回すと、ブォンッ!と空気を裂くいい音がする。

 

重さは本当に少しだけ軽い...長さはちょっと短い。だけどかなり使いやすそうだ。

 

――使えそうだなぁ...借りてくか。

 

そして『準備完了』という空気が流れ――

 

アリアは自分の両頬を両手でばしばし叩いて気合いを入れている。

 

さぁ――ここからが勝負だと言わんばかりだ。

 

チームで動くときは呼吸を合わせる為に雑談などをするのがセオリーだが、それも図らずに今の会話で出来た。

 

「行くわよ」

 

さっそく梯子に飛びこんだアリアの手を、キンジが包み込むようにして止める。

 

「なっ何っいきなりっ。手、手っ手っ」

 

赤面したアリアのスカートを、キンジは小指でピン、と弾いた。

 

「梯子や階段を上る時だけは、レディー・ファーストの例外だよ」

 

と、言いながらキンジはアリアよりも先に梯子を上っていく。

 

アリアはキンジに指摘された事に気付き、顔を徐々に赤面させていき、スカートの裾を掴んでしまった。

 

それを尻目に、キンジの後を追って梯子に手を掛ける。

 

キンジが上に行き、即座に俺も体を押し上げる。

 

足を上げて、青龍刀を構え後ろを振り向くと―――――

 

「きひっ!」

 

キンジの目の前と同じ様に、俺の目の前にもココが居た。

 

キンジと背中を預け合ってる状態だが、キンジの方にも俺の方にもココが居る。

 

――双子、だったとはな!

 

俺の方に向かって走ってくるココは、予備の青龍刀を持っていて、姿勢を低くして突っ込んできた。

 

「――シィヤッ!」

 

手にしていた青龍刀を即座に上段に構え、叩きつける様に振り抜く。

 

―ブゥォオウンッ!!!

 

「きひっ!」

 

俺の方に走ってきたココは、振り下しの攻撃を青龍刀で受け止める。

 

――ガギャィイイイイインッッッッ!!

 

甲高い金属の衝突音が響き、ビリビリと衝撃が腕に伝わってくる。

 

「よォ......さっき振りだなァ......!」

 

「それウオのリュウエイダオヨ!返すネ!」

 

―ギャリ.....ギィ...リ...ガギギャ...!

 

薄暗くなった世界に、青龍刀の刃と刃が擦れあい火花が飛び散る。

 

飛び散った火花が、俺とココの顔を一瞬だけ明るく照らし出す。

 

「キンジィ!ソッチのココは任せたぜ!」

 

「ああ!」

 

俺はそう叫んだ直後、XVRを引き抜いてココの腕目掛けて引き金を引いた。

 

ガゥン!

 

一発だけ撃った銃弾は、ココが銃を見た瞬間に飛び退いたせいで命中することなく、闇に消えていく。

 

『キンジ、隼人。俺だ!武藤だ!あと10秒で加速する。落っこちるなよ』

 

運転席の武藤から連絡が入る。

 

『キンジ!隼人!どうなってるのよ!出入り口が開かないわ!』

 

被せるようにして、アリアからの連絡もきた。

 

「こっちは交戦中だよ」

 

「アリアのそっくりさんが2人...ココは双子だった」

 

背中合わせに立ったまま、互いの正面にいるココを睨み――アリアに状況を簡単に説明する。

 

片手にXVR、片手に青龍刀を持ったままXVRの銃口をココに向ける。

 

「手加減不要ヨ、メイメイ!殺すもやむなしネ」

 

「シー!殺すもやむなしネ――!」

 

そう言って青龍刀を構えたココが、一直線に突っ込んできた。

 

時速250kmの追い風を受けてアホみたいな速度で突っ込でくるココに対し、『アクセル』を発動して初撃に対応しようと試みる。

 

ユラリ、と鈍くなった世界で――ココは既に青龍刀を俺の首から15㎝くらいの所にまで振り抜こうとしていた。

 

「――!」

 

慌てて手にしていたXVRを2発撃ち、ココの青龍刀の腹に命中させる。

 

――ガ ガ ゥ ン !

 

途轍もない衝撃を青龍刀に受けたココは、衝撃の強さに顔を顰めていき、腕が震えていく。

 

そして、ついに持っていられなくなったのか震える手から青龍刀が零れ落ちていく。

 

『アクセル』を終え、追撃を加えようと手にしている刀を左右に小さく振り、大きく一度突く動きをすると、ココはすぐその動きに対応して避けていく。

 

ココは最小限の動きで避けたあと、震えていない方の腕で落ちた青龍刀を拾い上げ――俺に斬りかかってきた。

 

ココの斬撃に合わせ、俺も受けるモーションで刀を振るい続ける。

 

――ガギャィンッ! ギャギギッ ギャィ! ギィリャィィィイッッ!

 

 ギャギンッ! ガガガゥン! ギィインッッッ!!

 

幾度も切り結び、互いの刀が互いを弾き合い、その度に火花を散らしていく。

 

カウンターアタックにXVRによる3連射も織り交ぜてみたが、避けられてしまった。

 

それでもなお斬り合いは続き、どちらかが攻めて、どちらかが受ける。

 

時には鍔迫り合いの様に互いの刃を押し付け合いながら、自分に有利な刀の位置を作り出そうとして動き、それを阻止するために相手も動く......という攻防を繰り返している。その間にも『アクセル』を使い、XVRのリロードをし続け、射撃していく。

 

次第に夕陽が沈んでいき、夜が世界を支配始める中...金属同士が激しく打ち合って散る火花と、拳銃のマズルフラッシュによる一瞬の明るさだけが自分の現状と相手の現状を確認できる唯一の手段となっていた。

 

そして、武藤の言っていた10秒後が、あと少しでやってくる。

 

俺が一歩前へ踏み出すと、ココが一歩後ろに下がろうとして――

 

ガクンッ。

 

新幹線が加速し――ココがバランスを崩した。

 

振り落とされない様にするためか青龍刀を背後に突き刺し、杖のようにしてバランスを取っている。

 

「ヤイヤイヤッ!」

 

青龍刀を失ったココ...メイメイとか言ったか。

 

メイメイは背後に突き刺して使い物にならなくなった青龍刀の代わりに、両袖から扇を取り出した。

 

その扇を撃ち抜こうと思いXVRの引き金を一度引く。

 

ガゥン! ヂィバギャァッッ!

 

マズルフラッシュと着弾時の火花と、音で確認できた。

 

あれはただの扇ではなく――鉄扇と呼ばれる鉄で出来た扇で、縁が刃になっている近接格闘武器の1つだ。

 

最も、流石にXVRの破壊力には耐えられなかったのか、ヒビ割れてボロボロの2枚の鉄扇と、破壊の著しい部位には銃弾がめり込んでいるのが見えた。

 

新幹線は凄まじい勢いで浜松駅を駆け抜けていく。

 

浜松駅の光が、無数の曳光弾のように過ぎて行き、俺たちを一瞬照らし出す。

 

ちらりと見えたメイメイの顔は、苦々しいものだった。

 

キンジは後ろでデザートイーグルとベレッタの双銃で、もう片方のココとやり合っている。

 

ガンガン響くベレッタの音に、ドゥン!と重たいデザートイーグルの音が木霊する。

 

銃弾を銃弾で弾いているのか、甲高い衝突音が幾度となく、途切れる事なく続いている。

 

――――シャァアアアアアアアア―――

 

緩いカーブに差し掛かった新幹線が、バンク角を取って左に傾く。

 

高速列車は脱線しないようにするため、カーブなどでは車体を航空機などと同じ様に、斜めに傾むかせてカーブを曲がっていく。

 

つまり俺たちは斜めになった車体の上に立っている状態になる。

 

消えかかった夕陽が辛うじて見せてくれる傾いた地平線を背に、壊れた鉄扇を捨てた捨てたメイメイは半身になって――バッ。

 

手のひらをピンと立て、両腕を水平に広げ、開いた両膝を直角まで曲げて腰を落とした。

 

そして、だんっ!と右足を踏み締める。

 

「予想外ヨ、ハヤト。こんな短期間でウオに追いついて来るとは思わなかったネ――――これ以上ハヤト強くするの、危険ヨ。ここで――――殺す」

 

真っ直ぐ俺に右手を向けたメイメイは、ばたばたばたっ!と袖を振り――じゃきんっ。

 

スリープガンの要領で袂から小さな何かを取り出し、手に握り込んだ。

 

――見えない。何を、取り出した?

 

眉間の奥が、ピキリと強い不快感を訴え始める。

 

おそらく、アレは決め技の類。

 

メイメイを警戒していると、突如足を払われてガクリと後ろに倒れていく。

 

グラリと体がキンジの方へ倒れ込んでいき、俺の頭上を高速の物体が通り抜けていく感じがした。

 

途中でキンジが俺を支えてくれたオカゲで、転倒はしなくても済んだ...。

 

――だが、頭上を通過したのはなんだ。

 

「隼人、UZIだ!後ろにも気を付けろ!」

 

どうやら飛んできたのはUZIの弾の様で、キンジも警戒を強めていた。

 

キンジの方を見るワケにも行かず、体を屈んだ状態にまで戻して、メイメイを見ようとすると、頭を思い切り踏まれた。

 

「――ってぇ!」

 

何事かと思って宙を見ると、キンジと銃撃戦をし続けていたココが――どうやら俺の頭を踏み台代わりに蹴ったらしい――メイメイの方へ駆け抜けて行き、ヘッドスライディングの様にして滑り込み、頭を抱えた。

 

何かから、身を守る様に。

 

「花火の時間ネ」

 

――――!

 

その言葉に、室内での一件を思い出す。間違いなくメイメイはパオパオを使うつもりだ。

 

トランプをばら撒いて防ぐか、否――外では使えない。

 

青龍刀を盾にするか、否――防ぐには厚みも、リーチも足りない。

 

――――どうする、どうする。

 

防ぐ手段はない。伏せれば、ココのUZIでやられる。

 

逃げられない。車体の幅は広いが、飛びこめる程ではない。

 

それに奴らは風上に居る。パオパオの速度がどれほどの物か、想像さえ難しい。

 

星の明りなのか......僅かに光るネオンの明りなのか分からないが、俺の手元がキラリと光を放った。

 

次の瞬間。

 

「――パオパオシャオロンソ!」

 

メイメイが叫びながら、腕を細かく左右に振り、龍がその体を捩る様にして進んでいくシャボン玉の集合体を作り上げた。

 

泡の龍は、良く見えないがきっと恐ろしい速度でコッチに進んで来ている。

 

車幅が狭い。逃げられない。

 

ジグザグに射出された泡の龍は、車幅をいっぱいに埋め尽くし――爆発するだろう。

 

コレは避けられない。食らうしか、ない。

 

ダメージを覚悟しなければならない。

 

 

 

 

――――だが、せめてキンジだけでも。

 

『アクセル』で加速していき、後ろにいるキンジの足を払い抱き込む様に庇う。

 

キンジを完全に庇える体勢に入った所で、ズキリと脳が痛みを訴え始め――『アクセル』が強制的に解除される。

 

来るぞ。さぁ、耐えろ。痛みがやってくる。

 

――――ドッドドドドドドドドッッッッ―――――!!

 

爆発が爆発を呼び、シャボン玉が爆発し、その爆発で次のシャボン玉が爆発する......

 

背中を見せているからよく見えないがきっと、中国の巻物とか昔話に出てくるような龍が、炎の中から姿を見せるように襲い掛かって来ているんだろう。

 

爆発の衝撃で体が容赦なく揺すられ、爆発の距離が近付いて来ている事が理解できる。

 

この距離じゃ、キンジを巻き込んでしまう...そう判断した俺は、キンジを咄嗟に突き飛ばした。

 

時速260kmの追い風に煽られ、キンジはあっという間に転がっていく。

 

「はや―――」

 

キンジの驚愕する顔が、スローモーションで映し出される。

 

俺はその顔を見てニヤリと笑い―――

 

「落っこちるなよ、キンジ」

 

背後で、シャボン玉の弾ける音がして、一瞬のラグも無く発生した爆発が俺の背中を熱風と爆炎が焼き焦がしていく。

 

続いて、音と衝撃が伝わり――体は耐える事も出来ずにフワリと吹き飛ばされ――屋根にしがみ付いているキンジを簡単に飛び越えていく。

 

爆風に流されグルリと回る視界の中で、背中が焼ける音だけが内部から聞こえてくる。

 

熱い、熱い、熱い。

 

痛い、苦しい。息が出来ない。

 

強烈な衝撃に臓器の全てが揺らされ、意識が刈り取られ掛けるが、皮肉な事に焼ける背中の痛みが俺の意識をギリギリ押し留めていた。

 

このまま宙を舞っていてはいずれ線路に放り出されると思い、急いでアームフックショットを構え、震える腕で16号車の後部ギリギリに狙いをつけて射出する。

 

―――ビッバシュゥッ!   ガギィンッ!

 

アームフックショットのフック部分が突き刺さり、体が勢いよく引き寄せられ――一定の距離まで近付いた所でワイヤーがカキンッと切り離されて、後は慣性で動き、ずだんっ!と着地する。

 

この場合、着地などという事は出来ず――屋根になんとか張りつけた、と言うのが正しい。

 

顔を上げると、目の前に同じ様に床に張りついているキンジが居た。

 

「よ、キンジ......さっき振り...」

 

キンジに声を掛けると、キンジは張りついている状態から体を起こし、しゃがんだ状態にまで立て直すと俺の背中を見て、表情を凍らせた。

 

「お前、背中が......!」

 

「焼けてんだろ...知ってる。さっきからよォー...痛くて涙が出そうなんだ......」

 

「再生は、するなよ!」

 

「分かってるよ......オメーに、ジャンヌに、カナにダメって言われてるからな」

 

痛む背中に震えながらも、なんとか体を起こして、しゃがんだ状態になる。

 

キンジは俺を庇う様に数歩踏み出し、俺の目の前に仁王立ちするように立ち塞がった。

 

そして、目の前にいる双子を睨みつけている。

 

「メイメイ!早くキンチとハヤト落とすネ!ジュジュの支援ある!予定より早くきたヨ!」

 

そのココの発言に、顔を上げ空を仰ぐと、遠くの方からバラバラとヘリの音が聞こえ、音の方に目を向けると――雲間の星を掠めるようにヘリがこちらへやって来ていた。

 

――マジ、かよ......このタイミングで、増援か。

 

先ほどココが言っていた『デートの約束』。

 

それはつまり、あのヘリに乗っている仲間と合流・脱出することを意味していた。

 

俺たちが眉を寄せる暇もなく、メイメイは袖から瓢箪を取り出し、ぐぃぃいいいいーっと煽るように中身を飲み、ぱっと瓢箪を捨てた。

 

「――――バーガーズィウージャン――――」

 

ゆらり...... 一瞬バランスを崩したかのように見えたメイメイが――

 

 

てんったんったんっ!と、ツインテールをリボンの様にヒラヒラさせつつ、側転やら宙返り前転やらで不規則な挙動をしながらキンジに迫っていく。

 

「―――!?」

 

キンジはその動きをなんとか目で追い、照準を付けようとするが、追い切れていない。

 

瓢箪を踏んで転ぶような動作まで交じり始め、いよいよキンジは翻弄された。

 

俺も援護しようと思ったが、キンジが完全に射線を切ってしまっているので、撃てない。

 

メイメイの動きは酔拳のような物だと思うが、実際相手にすると――ここまで厄介だとは思わなかった。

 

「じゃおーッ!」

 

メイメイの不規則な動きを読みきる事は出来ず、あっという間に距離を詰められ、なんとか立っていたキンジにメイメイは両脚をがばっと広げてしがみ付いた。

 

「くっ......!」

 

いや、よく見れば足だけでは無く――しゃっ、とその長いツインテールをキンジの首に巻き付けていた。

 

「シャンシケイケイパー!」

 

間髪入れず、メイメイは自分の髪を掴んだまま、ぐいーっ!

 

自分の体を後ろに倒し、キンジを締め上げている。

 

キンジは気道と頸動脈が締め上げられる中、メイメイの髪を掴み、綱引きのように対抗しようとするが力負けしている。

 

それもその筈、ココは両腕の力に加えて背筋を使い、左右にグイグイと体を揺らしながらツインテールを引き寄せている。

 

「きひひっ!お前たち、初めから中華の姫に勝てるワケなかったネ!平和ボケのリーベンレン!」

 

やられた、俺たちが何時もイ・ウーに対してやっていたチームワークを活かした戦闘。

 

それを今回は相手が使ってきたのだ。

 

しかも、双子というこれ以上ない程に息の合う奴らが、だ。

 

 

 

 

だが、忘れないでほしい。

 

ココとメイメイだけがチームなワケじゃない。

 

俺とキンジも、チームなんだ。

 

 

『アクセル』を発動しつつ、立ちあがり――手にしていた青龍刀を振るい、メイメイの髪の毛をざぐん、と切り落とす。

 

「うあっ!?」

 

メイメイは引っ張っていた物が断ち切られ、体勢を崩しかける。

 

そのまま青龍刀の腹でメイメイを叩きつけようしたが、メイメイはキンジに絡めていた脚を解き、キンジに蹴りをいれつつその勢いを利用してバック転をして距離を取り、俺の攻撃を回避した。

 

「く...か、は......っ...助か、った!」

 

「気にすんなキンジ...俺らもチームだろーがよ」

 

キンジの横に並び、髪に手を当てて何かを喚き散らしているメイメイを睨む。

 

中国語で叫んでいるせいで、なんて言っているのか全く聞こえないが......

 

どうせ、私の自慢の髪がーとかその辺だろう。

 

「随分とスッキリしたじゃねぇかメイメイ。俺がもっといい感じにカットしてやろうか?」

 

かなり短くなったツインテールを見てニヤリと笑うと、メイメイは顔を赤くして、肩をわなわなと震わせて突っ込んできた。

 

「――殺す!!!!」

 

「やってみろよ文化人!日本人は戦闘民族なんだぜ!」

 

『アクセル』を発動したまま、メイメイと打ち合う。

 

顔面......両目を潰すために素早く突き出されたメイメイの両手を、俺の視界が捉えた。

 

 

――ぶっつけ本番、やってみるか!

 

 

『桜花』とは関節を使い、速度を得て......全く同時に動く事で超音速へ到達する自損技だ。

 

だが、別に音速に到達しなくても――攻撃ではなく、防御手段として使うのであれば背中、腰、肩、肘、手首......

 

この辺りを同時に動かして、払ってやればいいのではないだろうか。

 

そう考えた俺はジャンヌを付き合わせて何通りか試してみたり、イメージトレーニングをしたりもした。

 

だが、明確な答えは手に入らなかった......この、『修学旅行・Ⅰ』までは。

 

 

 

 

山の中を匍匐で移動する中で、浅い川を流れる水の動きが、答えだった。

 

岩にぶつかり、流れを変える。

 

木の葉が落ちれば一瞬の波紋が浮かび、流されていく。

 

水の僅かな勢いが土を削り、川を広げる。

 

 

 

 

この技は――相手が放つ激流のような攻撃を、弾き、流し――勢いを霧散させる。

 

 

突き出されたメイメイの両手に対し、手首を内側ギリギリまで曲げた状態で、肘を突き出し、腹から持ち上げるように両腕を上げていく。

 

ゴリラのドラミングのようなポーズから、ゆっくりと上がっていき手首の関節をメイメイの腕に押し当てる。

 

 

 

―――その瞬間。

 

 

 

 

腰、背中、肩、肘、手首――その全てを同時に動かし、内側にしていた手の平を外側に見せるように、蕾が花に変わるように振るい、開く。

 

 

 

 

 

メイメイの顔が、驚愕に染まる。

 

 

 

メイメイの両腕は外側へ押し出され、万歳をするように真上へ弾かれた。

 

 

 

 

2つの円を描くように腕を振り、相手の攻撃を無力化――更に、大きな隙を作り出す逆転技。

 

 

 

名付けるなら、『(インフィニティ)』。

 

 

 

 

『桜花』の俺流アレンジ。

 

 

 

 

そして――がら空きになったメイメイの無防備な胴体に、狙いを定める。

 

「いくぜ」

 

右腕を少し持ち上げ、手首をスナップさせる。

 

腰を落とし、上半身を捻じり込んで......一気に前へ拳を突き出す。

 

――ドッッ!!

 

と、重い一撃がメイメイの鳩尾にめり込む。

 

めり込んだのを確認して、そのまま手首を捻り、更に押し込む。

 

ぐっぐぐぐ......!

 

「―――あ......ぇ......!!」

 

メイメイが顔を歪め、目から涙を零し、口から涎なのか胃液なのか分からない物を垂れ流している。

 

腕を引っ込めると、フワリと一瞬浮いたメイメイの体が、屋根に落ちる。

 

ビクッ......ビクン、と僅かに痙攣を起こしながら、必死に呼吸をしているようだ。

 

「――――か...こ、ひゅっ...ぁ......ひっ......ぎゅ...~~!――――」

 

俺たちの目の前だと言うのに、うつ伏せの状態から仰向けに姿勢を変え、必死に空気を吸っている。

 

「欲張り過ぎたな――あのパオパオだけで済ませておけば良かったものを......」

 

キンジが同情の色を示し、メイメイの手に手錠を掛けようとした。

 

「き、ひゅ――その、通りネ!」

 

バッ!とメイメイは上半身を起こし、キンジの腕を掴む。

 

「――!」

 

キンジは振り払おうとするが、それより先にメイメイが香水の容器を、キンジの顔面に持っていく。

 

「ハ――ヤト......動い...たら、キ、ンチ......殺す」

 

――くそっ!

 

その距離なら俺よりもメイメイの方が早い。

 

「欲がある、ない、関係ないヨ......欲しい物は、全部、手に入れる」

 

メイメイの目はギラギラと飢えた輝きを見せている。

 

欲しい物は全部手に入れる。きっと、昔からそういう人生だったんだろう。

 

目標の為に努力して、ソレを手に入れる為に色々と必要なものを用意して――確実に手に入れたんだろう。

 

だが――

 

「そうやって――あれも欲しい、これも欲しい、じゃあ......何時か、その手から零れ落ちるモノだって出てくるぜ」

 

「そんなモノは、ないヨ。ココ、中華の姫アル......」

 

「人間ってな、意外と小さいんだ。親父の背中が大きく見えても、権力を持った超えたオッサンたちも、俺らと同じ人間なんだよ......だから、姫になったとしても――――零れていくものは、必ず存在する」

 

「ないヨッ!分かり切った口調で!何様のつもりカッッッ!!!」

 

フーッ、フーッと犬歯を剥き、怒気を放ち、大声で怒鳴り込むメイメイを見る。

 

「決まってんだろ......お姫様(テメー)と同じ――人間様だよ」

 

「――――――!!!!」

 

怒りに呑まれ、我を忘れて狂うメイメイは、香水の容器をキンジから俺に向けた。

 

 

 

――ビシュッ!

 

 

 

「あっ!?」

 

メイメイが仰け反って、香水の容器を落とした。

 

短い悲鳴を上げて、手首を押さえている。

 

 

―タァン......

 

遠い、発砲音が聞こえた。

 

この音は、狙撃音。

 

チラリとメイメイの近くの屋根を見ると、さっきまで付いていなかった部分に弾痕が生じている。

 

こんな神業が出来て、メイメイたちに敵対している人物を――俺は一人しか知らない。

 

「違うッ!あのヘリ、ジュジュのと違う!誰ネ!」

 

キンジも、確信した表情をしている。

 

 

新幹線を追尾してきたヘリは川崎重工製の高速ヘリ、OH-1。愛称は『ニンジャ』。

 

その開け放たれたハッチから、身を乗り出したのは――

 

体中のあちこちに包帯を巻いたままの――緑の髪、金色の瞳を持つ、ドラグノフを持っている少女。

 

狙撃科所属の、Sランク武偵。

 

狙撃の腕は天才的で、キリング・レンジは2051mを誇る――無口な少女。

 

俺たちはそいつの名前を知っている。そう、そいつは――

 

 

「「――レキ!」」

 

 

キンジと、言葉が重なる。

 

 

 

 

レキは狙撃銃を構えて、何時でもココたちを撃てる様にスコープを覗きこんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形勢、逆転――だな。


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