キンジに連れられ、ホテルに入り――そこでシャワーを浴びて僅かに残った泥の汚れを落とし、ジャンヌが用意してくれた着替えを身に纏う。
ジャケットを羽織り、ボタンを掛ける。
裾を引っ張ってから、襟元を正す。
クイ、クイとネクタイの位置を整えて――ホルスターにポーチ、ナイフをベルトに装着する。
「隼人、準備はできたか」
その時、キンジが奥の方から声を掛けてきた。
「あー...問題無ェ、何時でも行けるぜ」
「よし、移動しながらレキの事を説明するぞ」
キンジと一緒に部屋を出て、廊下を歩きエレベーターに乗り込む。1階を選択して、エレベーターの扉の閉ボタンを押す。
「簡単に説明するとだな...レキは源義経の末裔で、イロカネ関係者だ」
「イロカネ...か。て、事は...あの髪の色や瞳の色もイロカネの性質か」
エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと降下していく。
「ああ、そうだ。レキ自体がイロカネを持っているワケじゃないらしいが――イロカネの傍で長い間過ごしていた影響だそうだ。で、イロカネの名前は――璃璃色金」
「リリ...イロカネ...ねぇ」
キンジの顔を見ると、やや滅入った表情をしていた。
そんなキンジの肩に手を置いて、ポン、ポンと数度、軽く叩く。
「オメーが病んでも仕方ねぇだろ」
俺はそう言うが、キンジは暗い表情のままだ。
エレベーターが止まり、扉が開いたのでエレベーターを出てフロントに鍵を返しに行く。
1時間ほど滞在しただけで鍵を返しに来た俺たちにフロントの受付嬢は困惑した表情をしていたが、それを無視してホテルを後にする。
東海道新幹線のぞみ246号、東京行きに乗る為にホームを歩いていると、キンジがポツリと言葉を漏らした。
「なぁ...隼人」
「どした?」
「レキは、自分の事を銃弾だって言うんだ...お前も、知ってるだろ?」
「...あぁ、そんな事をよく言ってたな...」
キンジの方を見る事無く、歩く速度を緩めずに会話に応じる。
「でもレキは、笑えたんだ。感情がないんじゃなくて、感情表現が下手なだけだったんだ」
「......」
「だからアイツは...銃弾なんかじゃない。一人の、人間なんだ」
その言葉にピタリと足を止め、グルリとキンジの方を向く。
「キンジ」
「なんだ隼人」
「そりゃレキに直接言ってやれ、きっと喜ぶ」
ニヤリ、と笑いながらキンジに言う。
俺はそのまま、キンジの肩をバシッと強く叩き、また前を向いて歩き始めた。
そのまま少し歩いて...俺たちは、のぞみ246号東京行きに乗り込む。
16号車の通路を歩き――俺たちの席を見つける。既に星伽が窓側に座っていた。
「よォ星伽、ホテルのこと、サンキューな。あったぜキンジ。16号車15列D...オメーの席だ」
「ああ、ありがとう」
俺はキンジたちの対面...窓際に座る。
キンジと星伽が何か話をしていたが、それに参加する気力も無く――正直眠気が予想以上のもので、俺は動き始めた新幹線に揺られ、眠りについた。
かなり深く眠ってしまったが――俺は星伽に肩を揺らされ、目を覚ました。
耳を澄ますまでもなく、車内では、あちこちで喧噪が聞こえ、困惑の声と怒号が跋扈していた。
「冴島君、起きた!?」
星伽の顔を見ると不安そうな表情で俺を覗きこんでいる。
「...何だ、この喧しさは...」
「わからない...けど、キンちゃんなら何か知ってるかも」
星伽はそう言うと騒がしい車内の廊下に出て、キンジが居る方へ歩き始めた。
俺もそれに付いていく。
星伽がキンジに声を掛けようとしたタイミングで――アナウンスが聞こえた。
『お客様に、お伝えしやがります』
――――!
『この列車は、どの駅にも停まりません。東京駅まで、ノン・ストップで 参りやがります。アハハ、アハハハハハハハ!』
――ボーカロイドの、人工音声。
『列車は、3分おきに10キロずつ...加速しないと、いけません。さもないと、ドカァーーーン!大爆発!!しやがります。アハ、アハハ、アハハハハハ!!!』
そう言った人工音声の笑い声に、のぞみ246号の車内から悲鳴が上がる。
バッと車内の通路の端――その上を見ると、電光掲示板が現在速度を知らせてくれていた。
【只今の時速 140km】
――新幹線のジャックか...
「隼人!お前もこっちに来い!」
同じ車両に乗り込んでいた武藤が、俺の名前を呼んで手招きしている事に気付く。
通路で騒ぎ、嘆き、喧嘩をしている人たちを星伽に任せて武藤の元に辿り着いた。
「今計算したんだが――19時22分が、タイムリミットだ」
武藤の発言を聞いて、腕時計を見る。
現在時刻18時1...いや、たった今2分になった。
「19時22分は東京駅に着くって事か」
「なら、リミットは80分ってところか」
「いや違うぜキンジ、もっと速い。この車両は加速し続けなきゃならねぇ...この車両はN700系で、東海道区間の営業最高速度は時速270kmだ。40分後にはそいつを超える」
「超えたら、どうなる?」
「安全運転は無理だ。レールに負担がかかるし、カーブで脱線の可能性もある」
「危険運転なら、何キロまで出せる?」
「設計限界速度は350か60って言われてるが――本当の限界はJRも公開してねぇから分からねぇ」
そう話す俺たちの隣で、不知火は携帯の電卓を使って速度と時間を計算していた。
「――ダメだ。速度不足だよ...19時過ぎには時速350km。最後には410km必要になる...」
「噂じゃ、試験車両で397kmまで出したって聞いたが...それ以上出せるかは誰にも分からねぇ。それに、410kmなんてそれこそ未知の領域だぜ」
40分後からは危険運転...1時間後には設計限界速度突破で――最後は未知の領域。
東京には帰れずに、ドカンの可能性も大いに考えられる。
「武藤、不知火、隼人...武偵高の生徒をかき集められるだけかき集めて、減速無しで爆弾を探すぞ」
キンジの発言に相槌を打って、武藤と不知火は1号車の方へ走っていった。
キンジはそのまま16号車の最後尾へ歩いて行ったので、俺も続く。
最後尾には、アリアと理子が座っていて...アリアとキンジは何か言いたそうにしていたが、互いにそんな状況じゃないと分かっている様で何も喋らなかった。
「理子、俺が言いたい事は分かるな。これはお前と同じ手口だぞ」
キンジは他の乗客には聞こえない声量で、理子を問い詰める。
「やられた」
鋭い目つきで、理子は呟いた。
「ツァオ・ツァオ...もう、動いたのか。あの守銭奴め...!」
歯軋りをした理子は、両膝の間に手を突っ込んで、シートを探る様に動かしている。
「ツァオ...?」
アリアは眉を寄せて、理子の発言を聞き返す。
「ツァオ・ツァオは...子供の癖に悪魔染みた発想力を持った――イ・ウーの天才技師だ。莫大な金と引き替えに、魚雷やICBMを乗物に改造したり......キンジ、お前のチャリに仕掛けた『減速爆弾』の作り方を教えたのもツァオ・ツァオだ。これはその改良版――『加速爆弾』!」
ぽた、と額から汗を落とした理子に――
「イ・ウーの...爆弾戦術の講師ってところね。理子、アンタ...生徒ならこの爆弾の基本構造は分かってるんでしょ、すぐに起爆装置を探し出して解除しなさいよ」
アリアがそう言いながら、理子を手を引き立たせようとする。
が。
「ダメだ、あたしは動けない」
「なんでよっ!」
「この座席が感圧スイッチになってる。迂闊だった、気が付かなかった。あたしが立つと、どこかに仕掛けられた爆弾が爆発するぞ」
「...――!」
その言葉に、アリア、キンジ、俺が同時に息を呑む。
減速禁止、強制加速、人間スイッチと来たか。
余りに、無警戒だった。襲われない時間が長くあって――警戒を、緩めていた。
注意しておくべきだった。
「――因果応報だな、『武偵殺し』さんよ」
キンジは理子の肩を叩く。
「理子...ツァオ・ツァオは中国人の女で、お前より年下だな?徒手格闘技を教えたのもソイツだろ」
「なんで知ってるんだ、キンジ」
「俺たちも襲われたんだよ、このボーカロイドを使う奴にな」
ああ...ココか。名前が違うのが気になるが――偽名か何かだと思えば問題ないか。
格闘、狙撃、銃撃...更に技師か...もう本当に何でも屋だな...
キンジはアリアの頭に手を置いて、キンジの方向に無理矢理顔を向かせる。
「アリア、落ち着いて聞いてほしい。この新幹線ジャックの犯人は、お前をアル=カタで襲った奴だ。名前はココ。レキは狙撃戦でソイツと戦って――重症を負った」
「レキが!?」
アリアは目を見開いて驚いている。
「心配するな、一命は取り留めた。一時は危なかったが...」
「なんで早く言わなかったのよ!」
「あー...キンジとレキの携帯はオシャカになって、俺の携帯はジャケットごと非武装市民に着せててな。使えるようになった時はお前らが圏外に居たんだ」
「いや――その前から情報は寸断されていた。アリアお前、アル=カタで引き分けた相手の外見とか、特徴とか――理子に話してないだろ」
アリアはその発言にうぐっ、と喉の奥を鳴らして黙ってしまう。
――あー...『下分け』、『下負け』の話か。
武偵高は封建主義社会で...年上が年下に決闘で負けたり、引き分けた話を、決して話そうとせず、むしろ隠す。ココはそれを上手く使ってきた、ってことか。
随分と計画性の高い犯行だ。ジャンヌもココに作戦立案術を教えたんだろうか。
「いいか、キンジ、アリア、隼人...よく聞け」
緊迫した理子の声に、耳を傾ける。
「『減速爆弾』や『加速爆弾』――メーターボムは、無線でスタートさせる。たいてい、もう手で触れられない場所に爆弾を仕掛けるからな。でも、混線や輻輳、セル圏外、弱電界、H/O失敗......無線ってヤツは、確実性に乏しい。特に新幹線みたいに、高速で、無線機が山盛りに積んである移動体ではな。あたしはヤツに習った......そういう時は、退路を確保した上で、自分も乗り込め、って。そして、ターゲットが乗車したのを見定めて、車内で確実に仕掛けを起動するんだ。つまり――」
理子の眼が、何かを確信したようにギラつく。
「――乗ってるぞ、奴は」
その言葉に警戒をより一層強めた俺たちは―――――
――ガンガン!ガキィン!
何回かの金属音が響いた後、先頭車両の方に居た乗客たちが悲鳴を上げながら通路を駆けてきた。
星伽を見ると、乗客に押され、空座席に突き飛ばされていた。
サラリーマンの男たち、金切り声を上げて逃げていく派手な女...座席に着いていた乗客が立ちあがって、15号車の方へ逃げていく。
人払いをするための威嚇か、運転室の内側から扉を叩き割って出て来たのは――
「ニーハオ、キンチ、ハヤト。ここでリーチ、ネ」
「――ココ!」
清の民族衣装を身に纏ったココは、ウィンクをしてくる。
そして、ブゥン!と、身の丈に合わない鉈のような物を振り回し始めた。
「この列車、お前たちの棺桶なるネ!きひっ!」
ザンッッッ!!と、先頭の座席を簡単に叩き割る。
あれは、多分青龍刀だ......幅広で、重い中国刀。
日本刀が鋭く切る為の刀なら、青龍刀はその重さを以て、肉と骨を砕き割る、鈍器のような刀だ。
「10分だけ遊んでヤルヨ。ココはデートの約束あるネ」
と、言うココの後ろ...二重扉の先にある、運転席には女性運転士が半ベソで振り返っており、助手席には誰も居なかった。
どうやらココは、助手席に乗り込んでいたらしい。
その時、うえええええん...とすすり泣く子供の声が聞こえ、顔を向けると、16号車中央付近で、まだ避難出来ていない妊婦さんに子供が抱き着いていた。
この16号車に残っている一般人は、彼女らだけだった。
見れば妊婦さんは大きなお腹を抱え、苦しそうに脂汗をかいている。
このパニックの中で、ストレスによる体調不良を引き起こしたらしい。
拳銃を抜いてココに威嚇射撃をしようとしたが、これ以上妊婦さんにストレスを掛けられない、それに跳弾が怖い。そう判断した俺はすぐにアリアを見ると、アリアは既に動き始めていたので、急いで一歩後ろに下がり、道を空ける。
「――白雪!彼女と子供をセーブして!」
アリアも銃は抜けないと悟ったのか、日本の刀を抜いて下段でクロスさせ、突っ込んでいく。
身を屈めて走ってきた星伽はアリアと目配せをすると、両手を重ね、踏み台にしてアリアを斜め前にジャンプさせた。
アリアは減速することなくシートの背もたれ部分に飛び上がり、人並み外れた運動神経で飛び石の様に座席を蹴って前へと進んでいく。
それに対し、ココは青龍刀を片手で振るい一回しして......
「ライライ、シャーロック4世」
空いた手でアリアをクイ、クイと挑発していた。
――俺もボサっとしてられないな...!
「キンジ!セーブ・フォロー!」
「お、おうっ!」
星伽が妊婦さんを支え、俺が子供を抱き上げて15号車へ走り、背後をキンジに守ってもらいながら移動する。
その背後で――がきんっ!と金属同士のぶつかり合う音が聞こえた。
「図ったわねツァオ・ツァオ!初対面の時にはココと名乗っておきながら――偽名だったとはね!」
「それは欧州人の間違った呼び名ネ。イ・ウーではシャーロック様がそう呼んだヨ、だからココは皆にそう呼ばせてたネ。ココ、これ、魏の正しい発音アルッ!」
そういう事か、オルメスとホームズみたいに......言語が変わると発音が変わるのか。
子供たちを誘導した俺たちは――
「星伽、この人たちを頼む」
「乗客の中に医者がいないか探すんだ。俺たちは3人で――アイツを逮捕する」
妊婦さんを支える星伽にそう告げる。
「は、はい!でも気を付けて、キンちゃん、冴島君。あの犯人、普通じゃない感じがするの」
俺はデュランダル・ナイフを抜き...キンジはバタフライナイフを開く。
「普通じゃない?」
「そんなのよォー...いつも通りだろ?」
「だから、普通だ」
星伽にそう言いつつ...キンジと拳をコツッとぶつけて、互いを見てニヤリと笑う。
16号車に戻ると、アリアとココがほぼ同時に膝蹴りを繰り出し――互いの腰を蹴る形になって、飛び退く場面に出会った。
次の瞬間、ココは青龍刀を放り、たん、たたたっ!と床を蹴り、アリアの膝、腰、胸を垂直に駆け上がる様にあがり、ビシィッ!と絹布の靴でアリアの顎につま先蹴りを叩き込んだ。
「アリアッ!」
キンジがバタフライナイフを構え、通路を駆ける。
「――ッ!」
よろめいたアリアが数歩後退してくる。
その向こうで、運転室を背にしたココは――バック宙を切りながら、バタバタと両袖の長い袂をヒレのように羽搏かせた。
そして、その袖の中から、香水の容器のような物を取り出し――
「――パオパオチュウッ!」
シュッ...と霧吹きみたいな音がした。
「アリア避けろっ!パオパオは気体爆弾だ!あたしはイ・ウーで見た!シャボン玉が弾けて中身が酸素と混じると――爆発するぞッ!」
「!?」
それを聞いたアリアは、キュッ!と足元を鳴らす。
――バチィィッ!!!
アリアの眼前で弾けたシャボン玉から、激しい衝撃と閃光が上がる。
前方のシートが、何席か薙ぎ倒され――
「きゃぅ...!」
アリアが車に撥ね飛ばされた様に、ふっ飛ばされた。
この光は――レキが、攻撃を受けた時の光と同じ...!
レキは、この光にやられたんだ!
その時、席に落ちているトランプの束と、チェスの駒を見つけ、拾い上げる。
「――アリアッ!」
キンジが、吹き飛ばされたアリアを抱き留める。
「もう一度食らうといいヨ!パオパオチュウ!」
シュッ!と、また悪魔の吐息のような霧吹きの音が聞こえる。
俺はそれを聞いて、キンジたちの前にトランプを数枚放り投げた。
トランプはヒラリヒラリ、とキンジたちの前方...数メートルの所で舞う。
その舞い散るトランプが、見えないソレに当たった瞬間。
バチィィィッッッ!!
と音がして、トランプの一枚が弾け飛んだ。
「...――!」
「その気体爆弾は...もう、使えねーな?」
「ハヤト...!その小細工、鬱陶しいネ!」
ココは忌々しそうに俺を見たあと、アリアを見て、ニヤリと笑う。
俺もそれに釣られアリアを見ると、アリアは立ちあがれず、膝をガクガクと震わせて...刀を手放してしまっている。
ココはそれに満足そうに笑い...袖からヌンチャクのような物を2本取り出した。
が、それを良く見ると...小型ロケットだった!
ロケットの先端同士をかちんと合わせ、ココが左右にソレを離すと、先端同士の間にビィ...とワイヤーが1本張られて伸びた。
正しくヌンチャクの様な形に。
「――シャンホートンフージン!」
鋭い噴射音を上げて、平行に飛んだ二発のロケットが、キンジとアリアの左右を通過し―――その間に張られたワイヤーがアリアに押し付けられ......アリアの体でワイヤーを固定されたロケットは、ぐりいん、ぐりんっ、とキンジたちの周囲を回りながら飛び始めた。
「あッ......あ...!」
「う...ぉ......ッ!」
キンジとアリアは見る見る内にワイヤーで束ねられ、腕、胴、脚をグルグル巻きにしたロケットは、カキンッ!と甲高い音を立ててワイヤーを切り離し、燃料を使い果たしたのか、床に転がった。
「きゃあっ!」
その転がったロケットをアリアが踏んで、キンジと一緒に転倒する。
キンジは転倒の衝撃で、バラフライナイフを手から放してしまっていた。
バタフライナイフは座席の下に潜り込む前に、俺が急いで拾い上げ、二本のナイフでワイヤーを切り裂こうとするが、斬れない。
「きひっ。無駄ヨ...そのワイヤーはちょっとやそっとじゃ切れないアル」
――チィ...ダメか
キンジとアリアの前に立ち...2本のナイフを両手に持ち、構える。
ココもそれを見て放り投げた青龍刀を拾おうとする。
「う......ふぇ......ツァオ・ツァオ......!」
その言葉に、ココが動きを止めて顔を向ける。
どうやら声の主は理子の様で――――
「......びええええええええええええ!!!!理子はイ・ウーの仲間だったじゃああああああん!!!!同期の桜じゃああああああああん!!!!理子は助けてぇえ!!理子だけは助けてぇええええええええええ!!!!びええええええええええええ!!!!」
と、大声で喚き始めた。
――う、うるせぇー...
耳にキンキン響く声にウンザリする。もっとジャンヌの様に静かに居られないのか...
それにコイツ、『自分だけは助けて』って言いやがったぞ、まるで鼠男みたいに立場をコロコロ変える奴だ。
「峰理子!ウソ泣きやめるネッ!ウソ泣き通用するの、男だけヨ!」
――いやぁそうでもないと思うぜ?
「チッ」
理子は鳴き真似をやめて、舌打ちをした。
ココは理子から目線を外し、俺――その、後ろにいるアリアを睨む。
「『緋弾のアリア』」
シャーロックから継承した名前を、口に出した。
「何もかも、お前のせいネ。イ・ウー崩壊した、世界中の結社、組織、機関、パワーバランス崩れたネ。乱世、これから始まるヨ」
ココが、罪人を見るような目で俺の後ろにいるアリアを睨む。
「お前、緋緋色金喜ばせた。これも乱の始まりアル。緋緋色金と璃璃色金、仲悪いネ。
緋緋が調子づいた事感付いて、璃璃。百年振りに怒ったヨ。怒って見えない粒子撒いて、世界中の超能力者、力、不安定になった」
イロカネが、超能力を狂わせてる...?
――別に俺は全然...そんな事はないんだがなぁ。
「これから超能力者、役立たずになるヨ。その時、銃使いの価値増すネ」
ココが、キンジを指差す。
「キンチ、超能力者じゃない。でも、高い戦闘能力持ってる良い駒ネ。主戦派、研鑽派、ウルス、みんなキンチ欲しがってる」
そして、その指をゆっくりスライドさせ――俺を指した。
「ウオ、超能力者滅びる言った。けど、ハヤトは違うネ。璃璃の粒子を、弾いて――むしろ逆に、強くなったネ。主戦派、日本政府、アメリカ――隼人の事、欲しがってるヨ」
どうやら...キンジや俺たちは――ソッチの業界で随分と人気らしい。
「一番キンチに手出すの早かったの、ウルス、ヨ。璃璃色金、姫に直接指令を送って、キンチを取りにかかったネ。でもキンチは、ココが横から貰うアル」
ココは実に嬉しそうに、ピョンピョンとその場で跳ねる。
「それに、ハヤトも気に入ったネ。ウルスのレキも、ハヤトも、アリアも、ココが貰うヨ。優れた狙撃手、暗殺に使うも良し、売るも良し、緋緋色金は高く売れるヨ。ハヤトは研究機関に放り込めば生きてる間だけ、金を吐き出せる金脈アル」
ココはニヤリと笑い、俺たちの値踏みを始める。
キンジやアリアや理子は動けないが...俺は、まだ動ける。
「おいココ...値踏みするのもいいが――『捕らぬ狸の皮算用』って言葉がある事を、覚えておきな」
バタフライナイフとデュランダル・ナイフを構え直し、ココを睨む。
ココはそんな俺を見て、きょとんとした後に、笑う。
「ハハハ...隼人、ウオに勝てないヨ。ケド、痛めつけて縛ってあげるネ」
ココが、青龍刀を構える。
じりじりと、足を前に近付け――ココとの距離を縮めていく。
「遊んであげるヨ...おいで、ハヤト!」
「――言われなくても、オメーを逮捕してやるぜ!」
ダッ!と駆け出す。
ココが青龍刀を突き出し、俺を突き飛ばそうとする。俺はそれを左手で持ったバタフライナイフで受け流しながら進む。
ガギィィ...ギャリリリィ!!!
と、甲高い音を立て、火花を散らしながら距離を詰める。
「きひっ!」
ココは俺の動きに対応して――数歩下がり、青龍刀を引いて、また突き刺そうとしてくる。
それをスライディングする様にして、通路を背中で滑る。
するとココは突き刺す動作を止め、青龍刀を振り下ろす。
それを持ち上げた足の裏で受け止める。
ガギィイッ!と足の裏に仕込んでいた鉄板が刃を受け止める。
さっきも説明したが――――青龍刀は、重い。
そしてそれを、靴の底で受け止めた。
つまり、強い衝撃が走るワケで...
改修されたこのスプリングブーツは、跳躍能力を大幅に上げた代わりに、熱を放つ。
バシュウウウッ!!!!
と、熱気を放出しながら底が持ち上がり、ココの青龍刀が思いっきり上に弾かれ、ザグン!と天井に突き刺さり――
「う、あぁっ!?」
ココは熱気を顔に浴びて、ババッと飛び退いて、距離をとった。
そのまま体を起こして、ココを睨む。
「...――もう、許さないアル...!」
ココも、俺を睨みつけている。
そして、互いが再び駆けだした。