人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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やべー修学旅行 2日目前半

星の僅かな明りと、街灯に照らされたレキは――車道に倒れている。

 

無表情な巫女は、レキの傍らに膝をついてレキの傷口に縛った包帯を解き、傷を見ている。

 

「――この傷、銃創ではありませんね」

 

レキの血統に驚いているが...今はそれどころじゃない。

 

「レキは...見えない爆弾のような物で負傷させられた。ここへ来るまでにも...かなり出血した。白雪、レキを治す術か何か...使えないか?」

 

キンジは縋るように星伽に尋ねる。

 

星伽はキンジの言葉に、悲しそうな顔をして首を横に振った。

 

「普段なら少しは出来るんだけど――今、私の力は不安定なの」

 

「......不安定?」

 

キンジが眉を寄せていると、無表情な巫女が説明をしてくれる。

 

「最近、日本中......いえ、世界中であらゆる超能力が弱まり、成功率が下がる原因不明の現象が起きているのです。星伽でも、特に人の傷を癒す巫術は使わないようにしています。あれは失敗すると、人を殺める事もありますから......――ところで、失礼を招致でお尋ねしたいのですが...泥に塗れたそちらの殿方は...冴島隼人様でしょうか」

 

「え?あ、ああ......俺が、冴島隼人だ」

 

世界中で超能力者の弱体化が始まっているという話を終え、俺の方に体を向けた無表情な巫女はその目に強い何かを宿しながら話しかけてくる。

 

それに面食らって、少し呆けてしまうが返答をした。

 

「...やった......コホン、申し遅れました、私は星伽風雪と申します。以後、お見知りおきを」

 

無表情な巫女――風雪は、小さくガッツポーズのような物を取った。が、俺の視線に気付くと咳払いを一つして、名を名乗った。

 

「風雪...いい、名前だな...」

 

「ありがとうございます」

 

風雪と適当な言葉を交わして、レキを看る星伽に目を向ける。

 

「どうだ、星伽...レキは大丈夫そうか」

 

「...大変、体温が下がってきてる!すぐにでも病院に連れて行かないと......!」

 

その言葉の後に、オープンカーの後ろに堅牢そうなセダンが止まる。

 

このセダン...防弾仕様か。

 

これにレキを乗せれば一先ずは安心だとは思うが、病院には行けない。

 

何時またココが襲ってくるか、分かったモンじゃないしな。

 

「病院はダメだ。さっきの敵――ココは、狙撃銃が使える」

 

街にある病院で狙撃銃を使われたら、森以上に厄介だろう。潜伏場所は多いし、逃げやすい。

 

「では、星伽分社にレキ様をお連れしましょう。そこに医師を呼びます」

 

と言った風雪は、巫女服に血が付くことも厭わずにレキを抱きかかえる。

 

レキはセダンの後部席に寝かされ、それを支えるようにキンジが隣に乗る。星伽もキンジの隣に乗り込んでいる。

 

俺は泥に塗れているので走って追いかけようかとしたが――

 

「隼人様も、御同乗ください」

 

「いや、泥で汚れるだろ、悪ィよ」

 

「構いませんので、是非とも」

 

風雪に強く推され、こんな所でグダグダしてても仕方がないと思い...同乗させてもらった。

 

運転手は周囲を警戒しながら、自動車を発進させ...山道を下り始めた。

 

「キンちゃん、繋がったよ。教務科の宿直室。南郷先生がいるの」

 

キンジは星伽から携帯を借りて、南郷先生に報告を始める。

 

修学旅行中に、京都郊外で襲撃を受けたこと、比叡山で戦闘になり、レキが負傷したこと。犯人は香港からの留学生――ココと名乗っていることを、キンジは報告した。

 

キンジは暫く南郷先生の話を聞いて、眉を寄せ...ギリギリと歯を鳴らしながら、一礼して電話を切った。

 

俺はそれを確認してから、キンジに話し掛ける。

 

「キンジ、どうだった」

 

「ケースE8だ」

 

ケースE8...『内部犯の可能性が高いので、周知は出さない。信用出来る者にのみ連絡を取り、当事者たちの手で解決せよ』という意味の符丁だ。

 

信用出来る者...とりあえず、ジャンヌに連絡をしよう。

 

「キンジ、ジャンヌを呼んでくれ...アイツは信用できる。それにアイツはイ・ウー出身だ...きっと、何か知ってる筈だ」

 

俺がそう言うと、キンジはジャンヌの電話番号を探して――電話を掛け始めた。

 

何度目かのコールで、ジャンヌが電話に出たらしい。キンジが口を開けた。

 

「違う、俺だ。遠山キンジだ。白雪の携帯から電話してる。隼人も一緒だ。ジャンヌ、イ・ウーにレキ並の狙撃が出来る奴は居たか?...格闘も、拳銃も出来る――化け物みたいな奴だ。名前は――ココ」

 

そうキンジは問いかけているが、思った答えが帰ってこなかったらしく、歯軋りをしていた。

 

星伽の分社に着いた頃――白みつつある明け方の空から、生暖かい雨がパラパラと降り始めた。

 

濡れたアスファルトの匂いがする道から、その場に待機していたのであろう――幼い巫女たちが、レキを担架に乗せて運んでいった。

 

そのタイミングで、タクシーがやってきて、中からジャンヌが飛び出てきた。

 

「隼人!無事か!?...随分と、激しい戦闘だった様だな?」

 

ジャンヌがタクシーから出てきて一言目が俺の身を案じる発言で、少し嬉しくなる。

 

「いや、狙撃は2回くらいしかされなかったんだが――油断はできなかったんでな」

 

降り注ぐ雨で、固まって土になりかけた泥が洗い流されていく。

 

「隼人、制服はどうした」

 

ジャンヌが俺の格好を見てそう言えば、と聞いてくる。

 

「ジャケットは民宿の女将さんに着せた。携帯も、手帳も財布もジャケットの中だ......シャツは森の中だと目立つから途中で捨てた」

 

「そうか......無事で、良かった」

 

ジャンヌは一先ず大きな負傷がない事を確認すると、ホッと息を吐いた。

 

「えぇと、お取込み中ごめんね?冴島君。非常事態だと分かってるんだけど......ごめんなさい、星伽の規則で、社は女性しか入れなくて――星伽の社に入れる男性は、遠山家の方だけななの...だから、冴島君はここで待機して貰うことになるんだけど...嫌だよね。体とか洗いたいだろうし...星伽の方で、ホテルを取るから...そこで――」

 

「いや、大丈夫だ...石段で待機するさ。それに、ココがもう来ないと決まったワケじゃない...警戒は、必要だ」

 

勢いが強くなり始めた雨で髪をガシガシと掻き、泥を落とす。

 

顔にも雨粒を浴びて、同じ様にする。

 

体中にへばり付いた泥を叩き落とし、雨で少しずつ洗い、ジャンヌに声を掛けた。

 

「ジャンヌ...オメーたしか...汎欧州医療免許・看護助手資格を持ってただろ。レキを、頼む」

 

「......ああ、分かった。と、言っても...元より、そのつもりだったがな」

 

ジャンヌは持っていた手提げ鞄から医療用のエプロンとナースキャップをチラリと見せてくれた。

 

キンジ、星伽、ジャンヌは幼い巫女たちの後を追いかけ、社の中へ入っていく。

 

俺は一人――石段の前に立ち、雨を浴び続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれくらい時間が経ったか分からないが、髪や顔、服に付いていた泥の全てを雨が洗い流し...足元に溜まった土色の水溜まりも雨で流れていった程の時間が過ぎていた。

 

その時、一台のパトカーが俺の前に止まり――昨日警察署で俺が女将さんを預けた、歳を食った警察官がパトカーか降りてきた。

 

「東京武偵高校の、冴島隼人君だね?」

 

「はい」

 

「これを、君に返しに来た。それと......女将さんが、助けてくれてありがとう、と言っていたよ」

 

警察官は俺の制服のジャケットと、武偵手帳、財布(中身までしっかり見せてくれた)を返してくる。

 

「いえ......武偵として、当然の事をしたまで...です。むしろ、巻き込んでしまって、申し訳ないと伝えてください」

 

俺はそれだけ言って、引っ手繰るようにジャケットと武偵手帳と財布を持つ。

 

「そうか...我々警察も捜査しているが、そう大々的に行う事が出来ず、夜間警邏を強化する位のことしかしてやれない...本当に、すまない」

 

警察官は、そう言って頭を下げてくる。

 

「大丈夫ですよ...次に会ったら、必ず捕まえます」

 

「君みたいな子供も...銃を持つ社会か。嫌な時代になったもんだな...」

 

警察官は俺の言動に何か思う所があったのか、顔を顰めて空を見上げた。

 

「......さて、そろそろ行くかな。我々警察も、全力を尽くす。では!」

 

深い溜息を吐いた後、警察官はビシッと敬礼して、パトカーに乗り込んで――走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の下で雨宿りをしながら、なるべく濡れていない木の枝や、落ち葉や枯草をかき集め

......一カ所に纏めてマグネシウムで出来たファイヤスターターをナイフで擦り、火花を起こして枯草を燃やす。

 

息を少しづつ吹きながら、起こした火が消えない様に慎重に燃やす。そして、火の勢いが安定した所で木の枝を放り込み、炎を大きくしていく。

 

濡れた木の枝などをたき火の周りに突き刺して、乾燥させる。

 

パチ、パチ...と木が燃えていく音と、雨がバラバラと木の葉に当たる音を聞き――濡れた土の匂いが鼻を抜けていく。

 

メラメラと勢い良く燃える炎を、ボケー、と何も考えていない虚ろな瞳で見続けている。

 

片膝を立てた状態でたき火を眺め......ある程度乾いた木の枝を引っこ抜いて、たき火に放り込む。空いたスペースに、積み上げた木の枝の1つを刺す。その動作を繰り返して、火が消えない様にする。

 

炎の熱が、服を乾かしてくれる。揺れ動く炎の明るさが、今はとにかく心地が良かった。

 

その熱の暖かさに、しばし警戒することも忘れて――微睡んでしまった。

 

 

ガクンッ、と頬杖を突いていた手から顔が滑り落ちて――ハッと目を覚ます。

 

――やべぇ、寝てた...!

 

勢いの弱まっているたき火に、薪とも呼べない不格好な木の枝を少しずつ放り込んで、火の勢いを戻す。

 

夜は明けて、朝になったのだろうが――まだ気は抜けなかった。

 

そんな眠気と格闘をしていた時に、グルルルルル...と小さく唸る声が聞こえて、顔を声の方向に向ける。

 

そこには――傷だらけのハイマキが、立っていた。

 

「ハイ、マキ......ハイマキ!」

 

ハイマキの名前を呼んで、立ち上がり...駆け寄る。

 

猟犬に噛まれ、爪で引き裂かれ、純白の毛並みは血と泥で汚れ...ボロボロになっていた。

 

あの数の猟犬を相手に立ち回り――生き残ったのか。

 

「よく、やったなハイマキ...お前の活躍で...俺たちは逃げ切れた。ありがとな...」

 

ハイマキの背中に軽く手を当てて、ぽん、ぽんと撫でる。

 

その言動に、ハイマキは喉を低く鳴らした。

 

「キンジ!星伽!ジャンヌ!誰でもいい!居るか!」

 

石段の上の方に向かって叫ぶと、和弓を持った風雪が姿を見せた。

 

「隼人様、私が居ります。如何しましたか」

 

「レキの、相棒が来た......だが、傷が酷い。手当してやってほしい」

 

「畏まりました。おいでなさい」

 

風雪は、ハイマキにそう告げて奥へ消えていき――ハイマキは、俺と風雪の背中を何度か見て...迷っている様だ。

 

俺はそれに苦笑を漏らして――

 

「ハイマキ...お前のご主人様は、あっちだ」

 

ハイマキに示す様に、指を真っ直ぐ石段の上へ指す。それをみたハイマキは、ガウッ!と吠えて石段を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

火の管理をしながら、また微睡と戦っていると――何時の間にか隣にいたらしい、風雪が声を掛けてきた。

 

「隼人様、お休み中の所失礼致します。お食事をお持ちしました......このような場所で申し訳ありませんが、ご了承ください」

 

風雪はそう言って、膳と、丸湯桶を掲げて見せた。

 

膳に並んでいるのは――ヒラメ、サザエ、イカ素麺の造り、ハモの落とし、イクラの寿司、湯葉の八幡巻き、京野菜のあんかけ、松茸の炭火焼、炊き込み飯、黒豆。

 

随分と豪勢な食事に、涎が垂れかける。

 

「おいおい、随分といい飯じゃあねぇか」

 

「あり合わせの物で申し訳なく思いますが、栄養は摂れると思いますので...どうか、御勘弁を」

 

これであり合わせだと?冗談じゃねぇ...これがあり合わせなら、並の料亭のコース料理もあり合わせ扱いになるぜ。

 

「いやいや...上等だ。食ってもいいのか?」

 

「是非」

 

「じゃあ、頂きまぁす!」

 

パンッ!と手を勢いよく合わせ、食事を始める。行儀の良さなんて知らない。腹が減っていたんだ、がっつく様に食ってやる!

 

「このたき火...隼人様が、お点けに?」

 

風雪が、たき火を眺めながら俺に尋ねてくる。

 

「ああ......適当に、落ちてた木とか...葉っぱとか。かき集めて、火を点けたんだ」

 

「随分と、活動的なのですね...」

 

「いや、それくらいしかやるコトが無くてな」

 

「そう、ですか」

 

「ああ、そうだ......ん!このイクラの寿司、美味いなぁ」

 

「......隼人様に、お願いしたいことがあります」

 

「なんだ」

 

風雪は、何処からともなく真っ白な色紙と、ペンを取り出して、俺に突きつけてくる。

 

「サインをください」

 

「.........―――は?」

 

「サインをください」

 

「い、いいけどよォー...俺のサインなんて、価値ないぜ?」

 

風雪から色紙とペンを受け取り、サラサラと名前を書いていく。

 

「私は――隼人様のファンなのです」

 

「ファンだぁ?...俺ってそんな活躍してねーだろ」

 

「いいえ――超能力者の世界において、隼人様の名前は恐ろしい速度で広まっています。超能力者の中で実力を持つ者たちが挙って、隼人様の武勲を称えていることも、今となっては珍しい話ではありません」

 

「なんだそりゃ...」

 

「隼人様の知らぬ場所で、隼人様の御力は畏怖されているのです」

 

サインを書き終えて、色紙とペンを風雪に返す。

 

「ありがとうございます。宝物にします」

 

こころなしかキラキラとした目で、風雪はサインを見つめている。

 

食い終わった膳を、風雪が持って去っていく。

 

満腹感を得た俺は、雨の上がった空を見つつ息を吐く。

 

――俺が、超能力業界で有名に、ねぇ...

 

実感など全くなかったが、風雪は言っていた。

 

もう誰も、俺をただの『ちょっとだけ速くなる男』とは見ないと。

 

超能力者たちや、対超能力者たちの間では『目にも止まらぬ速度で接近し、至近距離で放たれた銃弾を無効化し、たった一撃で敵を倒す...最も恐るべき存在』として、見られていると。

 

その事で、二つ名が決まりかけているらしい...とも言ってたな。

 

また、面倒な事になってきたな、と溜息を吐くが、自分で決めて進んだ道だ。愚痴を言っても仕方がない。

 

空を呆けた様に見つめていると、石段から転がり落ちるような勢いでキンジがやってきた。

 

「隼人ぉおおお!!」

 

「うっせーよキンジ...叫ばなくても、聞こえるだろォー?」

 

「いいから、白雪が取ってくれたホテルに行くぞ!着替えはジャンヌと白雪が持ってきてくれる!」

 

「は?なんで?」

 

キンジに腕を引かれ、石段の前から離れていく。

 

なんでそこまでキンジが急ぐのか、分からなかった。

 

「お前...今日は弁護士との打ち合わせだろ!だから風呂に入ってシャキッとしろ!」

 

ああ、そうだ...もう、日を跨いでたんだった。

 

もうすぐ、アリアのカーチャンの裁判が始まる...それに備えて、イ・ウーと戦った俺たちは弁護士との事前打ち合わせを予定していたんだった。

 

キンジに腕を引かれ、坂道を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も解決しないまま、時間だけが無慈悲に過ぎていった。


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