バスジャックの一件から一夜明け、俺はベッドの上でギプスを装着して暇を持て余していた。アリアもまだ寝てるみたいだし、起こすの悪いよなぁ。
そんな時に病室の扉がガラリと開き、矢常呂先生が入ってくる。
30分くらい前に撮ったレントゲンを矢常呂先生から渡され、非常に困惑する。
これで2度目。昨日運ばれてきた時に撮った奴と、今朝起きてから撮った奴。
「レントゲンなんてよ、昨日に撮ったものと比較してもそう変わるわけねーじゃんか、そーだろ先生?」
そう言いながらジロリ、と白衣を纏った救護科主任、矢常呂先生を見据え渡されたレントゲンを返却する。
俺の問を受けて、矢常呂先生は溜息を一つ吐いて、レントゲンを持ち運び式の電光掲示板に張り付け言った。
「確かに、その質問は全く以てその通り。だけど、アンタの左足...完全に折れた部分のが、コレ」
そう言って昨日撮ったものをピッと指す。
なるほど、綺麗に逝ってる。骨が肉を抉らなかっただけ奇跡的なくらいにポッキリ逝ってる。
「それで、今朝撮ったのがこれ」
そうして、矢常呂先生は2枚目を指す。
流されるように、視線を横に向けると―
「お、おお?」
折れてるはずの骨が、昨日あれほど綺麗にポッキリ逝ってたはずの骨が、ほぼ治ってる。
僅かなヒビが目立つが、そんなことは気にならないくらいに綺麗に治ってる。
「どういうコトっスか!?」
気持ちわるっ!なんでこんなすぐ治るの!?やだ、こわい!
「こっちが聞きたいくらいだけど、恐らくは...」
矢常呂先生はそこで一度口を噤み、キッと俺の目を見て、何か重要なことを話すかのような神妙な面持ちで、続きを話した。
「アンタの、その速くなる能力の影響よ」
と、言った。
...え?速くなるとなんで骨折が治るんだ?
しばらく思案して首を捻ったりしてると、見かねたのか矢常呂先生がまた口を開いた。
「はぁ、アンタのその速くなる能力が、アンタの体組織に影響を与えて、時速80kmで走っても傷一つ付かないような頑強さに変えているとしたら、アンタの深層心理が影響して、スポーツカーに追いつく程の速さに体を作り替えたのなら」
話しながら此方のベッドの端にやってきて、面会者用の椅子に腰を落として、続きを話す矢常呂先生をジッと見つめる。
「
そうでしょう?と、目で問いかけてくる。
そういう事か、俺の能力は速くなること。だったら、傷の治りが速くなるのも、当然。
スポーツカーの速度に追いつくほどの肉体なら、スポーツカーを蹴り飛ばすことも、その反動が骨折程度で済む事も、説明がつく...つく?
「あのよ、先生。俺バカだからよー」
後頭部に手を持っていき、ワシャワシャと髪を掻き立てながら、疑問を口にする。
「そんな体になってるはずなのに、なんで骨が折れるんだ?」
これだ、追いつくほどの脚力を持っていて、空気抵抗に耐えられる体感を作りだせたと仮定して、どうして骨が折れるのか。疑問はきっと、矢常呂先生が答えてくれるはず。
「それこそ知らないわ、私はアンタの主治医じゃないもの」
えー、期待させて落とすのか。でも、仕方ないよな。俺も知らねーんだもん。他人が知る訳もない。
そんな風にウンウンと一人納得してると、矢常呂先生はそれにイラッとしたのか、一言付け加えてきた。
「でも、そうね...スポーツカーを蹴り飛ばせるわけがないとどっかでビビってたんじゃない?」
ビビってた。スポーツカーを、蹴り飛ばせるわけがないと。
成程。やっぱ先生なだけはある。俺の知らないことを教えてくれる。ビビってたというフレーズが、ストンと嵌る感じがする。
「そっか、俺ビビってたんだ」
ようやく納得できた。理解できた。受け止めることができた。
なら、やることは単純。
―もっと速くなる。自分の能力を信じる。出来ない事はないと、信じる。
「なら、もっと速く、信じてやらないと。速くなればなるだけ、信じれば信じるだけ体が頑丈になるんだろうし」
そうやって次の目標を大雑把に定めて、起こしていた上半身をまた倒してベッドに預ける。
そんな俺のことを、さっきまでとは違い、心配そうな、同情したような顔で見つめながら矢常呂先生は俺に静かに話しかけてきた。
「アンタのその能力は凄まじいわ。本当に人なのか疑うくらいに」
「人ですよ、俺は」
「分かってるわよ、それよりアンタ」
「はい」
「他人と同じ、歩くような速さで死ねるとは思わない方がいいわ」
「―どういうコトっスか」
「単純な話、それほど治るのが速いなら、速く走れるなら、それほどの速度で体を作り替えていくのなら、本来使われるべき時に使われるものが予想よりも速く消費されているのなら」
俺は無意識に生唾を呑んでいた。何となく、矢常呂先生の言いたいことが解る。
わかってる。なんとなくだけど理解してる。だから、言わな―
「―アンタの寿命も速くなっている可能性がある」
バサリ、と紙袋が落ちるような音がして、続けて、アリアの掠れるような「ウソ...」という声が聞こえて、俺はハッとして矢常呂先生を見た。矢常呂先生はしまった、みたいな顔をしていた。
「...話はそれだけよ」
それじゃ、と言い残してそそくさと機材を回収して矢常呂先生は出て行ってしまった。
矢常呂先生を視線で追いかけて、病室の扉のところに紙袋を落としたキンジを見つけた。
「よーキンジ。お前はケガしなかったみたいだな。報告やらせてすまんな」
なんて、いつも通りの挨拶をする。
だが、キンジに反応はない。少し目線を下げ、そのまま落とした紙袋を拾いもせずにズカズカと俺の所までやってきて、目線があう。
「お前、さっきの話はマジなのか?」
どうやらキンジはいつも通りをしたくないらしい。
もしもの話しかされてないから俺もよく分かってない、そんな感じで伝えておくか。
「ああ、いや、マジ...なのか?いや分からねぇんだ」
「...は?」
「いやそう呆けた顔されてもよー、矢常呂先生にはもしもの話しかされてねーんだ」
「じゃあ、寿命も速くなっている、っていうのは」
「それこそもしもの話だ」
そこまで話すとキンジは腰が抜けたように床にベタリと腰を沈め、顔を思いっきり上まで上げて深いため息を吐いた。
「お前なぁ!心配かけんなよ!」
と、大声を出して怒り始めるキンジ。
「いや早とちりしたのはオメーだろ!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ、アリアに注意されるまでそれは続いた。
てかアリア、お前何時から起きてたんだコノヤロー。
多分、寿命の加速はマジなんだろう。なんとなくわかる。
でも、だからどうした。
たかが命一つだ。それに俺は武偵だ。死ぬときは死ぬ。
それくらいの覚悟はあるし、できてる。
命1つでどこまででも速くなれるなら、俺はやる。
――
俺の能力が教えてもらった物よりやべーやつだった。
オリ主はストイックに速さを求めます。速さに固執します。
遅いと言われると即ブチギレるくらいにはスピード中毒です。