9月14日。
『修学旅行・Ⅰ』初日。
修学旅行と言う名のチーム編成の調整旅行が始まった。
実際修学旅行じゃないので『旅のしおり』に書かれている旅程表も、超大雑把だった。
『場所・京阪神(現地集合・現地解散)
1日目:京都にて社寺見学(最低3ヶ所見学し、後程レポート提出)
2日目・3日目:自由行動(大坂か神戸の都市部を見学しておく事)』
と、だけ書かれたものが旅程表だ。
チーム的にも、アリアとの復縁的にも、俺はその事でキンジに泣いて頼まれて、レキに同行の許可を貰う為に交渉をした。レキは同性なら問題が起こらないだろうと言って承諾してくれた。
問題が何か尋ねたかったが、聞いてもセクハラになるかと思ってやめておいた。
で、今いるのが京都駅。
つい先ほど東海道新幹線のぞみ101号から降り立ったばかりだ。
キンジは俺の隣に荷物を持って降りてきて、伸びをしている。
レキはその後ろからトコトコ、とハイマキと一緒に付いてきた。
それにしてもキンジの奴、車内で寝るのは構わんが俺の肩に顔を乗せて寝ないでほしかったな。
それのせいで女子から凄い、なんかもう、すごい...肉食獣みたいな目で見られたんだ。
ちなみに今も、同じ車両に乗っていた女子たちがヒソヒソと俺たちを見て禁断の三角形がどうだのレキのライバルは俺だの言っている。
何の話か知りたくなかった。
キンジはそんな女子たちの会話でイライラしてきてるのか、苦い顔をしている。
これ以上キンジに負担を掛けるのもアレなので、移動することにしよう。
「キンジ、人目が多くて疲れただろ?ちょっと移動しよーぜ!」
「...隼人。お前だけだよ、俺の事を理解してくれるのは」
「お、おう...そんな感慨深そうに言う事でもねーだろ...?可笑しなヤツだな」
キンジは俺を見て目を潤ませている。キンジも最近涙脆くなったなぁ。
「さ、キンジ!レキ!いこーぜ!京都には美味い飯もいっぱいあるんだ!」
そう言いながら俺は、京都のガイドブックを取り出した。
「お前は女子か!」
キンジに突っ込まれた。何故だ。
「バカ野郎キンジ!コレは旅行だぞ!しかも関西!滅多に来ないだろーが!だったら楽しまねーと!」
「いや純粋に旅行が目的なワケじゃないぞ?」
「分かってるって、これで適当にブラブラと寺とか見て、美味いモン食べ歩きして...それでいいだろ」
「お前は本当に...まぁ、いいか。隼人、早速だが案内してくれ」
キンジは溜息を1つ吐いて、俺に道案内をしろと言ってきた。
「あいよ...じゃあまず寺だが...何処から行くよ」
「レキ、お前は行きたい場所とかあるか?」
キンジの質問に、レキは首をふるふる、と横に振る。
「じゃあ清水寺に金閣寺...あと1つは何処にするか」
キンジは超王道な所ばかりを選択している。
「そこまで王道ならもう後は三十三間堂にしよーぜ。ちと金はかかるが...まぁ大丈夫だろ」
俺の足をテシテシと前足で叩いているハイマキに構おうと屈むと、グルン!と、すごい勢いで腹を見せてきた。
――モフモフするぞー...よーしよしよーし。
「そうするか...タクシー使うか?」
「金があるなら呼べばいいんじゃねーの?」
俺の答えにキンジは考える間も無く、レキの方に向き直って、言った。
「レキ、結構歩くぞ。大丈夫か?」
こくこく、とレキは首を縦に振って頷いている。
「キンジって何時も貧乏だよな...」
京都駅を出て、街を歩きながらそんな事を話すとキンジは怪訝そうな顔で聞いてきた。
「むしろお前は何処からそんなに大金を補充してくるんだ」
「え、依頼なんだが」
「...俺はお前が依頼をやっている所を、今年度に入ってから見てないんだが」
「やってるんだなー、それが」
キンジとそんな話をしながら、レキを連れて京都の街を歩く。
レキに話題を振ったりもしたが、レキの反応は薄かった。
清水寺と金閣寺を回っている間、レキは終始無言だった。
ただ人混みの多い道を歩く時はキンジの袖を摘んで、一緒に歩いていた。
キンジはよほど運が無いのか、腕を組んだりしてた時に限ってクラスメイトにバッタリ会って揶揄われていた。
三十三間堂に歩いて向かう筈だったのだが、キンジはクラスメイトに見られたくないのかバスも使わずに、タクシーを呼んだ。
「そんなに目に付きたくないのか」
「余計な噂を流されちゃ敵わん」
キンジのイライラは京都でも解消されず、むしろ蓄積しているのか...目付きが悪い。
――いや俺も目付きに関しては人の事言えないんだがな?
そんなイライラしてるキンジの肩を軽く叩いて数回揉んでやると、キンジは少し戸惑って、目を数秒閉じた後...苦笑いをした。
三十三間堂にやってきた俺たちは拝観券を買い、入場しようとしたところで壁の注意書きに気付いた。
『武偵育成学校からの修学旅行生の方は、銃器・刀剣類を此方にお預けください』
と、書かれているのを見つけ――キンジはベレッタ、デザートイーグル、シャーロックが使ってた剣、バタフライ・ナイフを取り出した。
俺もそれに習って両腕に着けてるアームフックショットを外し、続けてデュランダル・ナイフ、XVRを預けた。
「レキ、お前も預けろ」
キンジがそう言うと、レキはドラグノフと銃剣を預けた。
「よし、じゃあ行くぞ...ハイマキ、お前はそこで待機だ」
ハイマキはその場でお座りをして、ピクリとも動かなくなった。
それを見てから、俺たちは今度こそ入場した。
廊下を渡っていると、キンジが千手観音を見て、少し笑っていた。
千手観音が何か面白かったのだろうか...
レキをチラリと見ると、本当に極僅かにだが不愉快そうな顔をしていた。
それを見て胃がキリキリと痛みを訴え始めたので、急いでキンジを軽く突く。
「い゛っ!...なんだよ隼人」
『レキ 不愉快 なった 他 の 女 の 話 まだ 危険』
キンジが振り返ると同時に肩を組んで、レキに見えない位置から指のタップ信号でキンジにそう伝えると、キンジの顔が若干青くなった。
俺はそれを見て、そのまま離れ、何事も無かったかの様に歩き出す。
キンジは若干緊張しているのか、汗をかいていた。
――頑張れキンジ...お前も胃が痛むんだろ...!俺もだ!
キリキリと確実に、少しずつ痛んでいく胃を撫でながら、三十三間堂を回り終えた。
「...見終わっちまったなぁ」
「ああ、ノルマの3ヶ所見終えたな...まだ午前だぞ...」
赤い布が掛けられた休憩所があったので、キンジとレキを同じ方向へ座らせて、俺はキンジの背中を背もたれ代わりに使って休んでいる。
顔を半分だけキンジたちの方に向けて、キンジと見学のノルマを達成してしまった話をしていると、レキがキンジの方を向いた。嫌な予感がする。
「キンジさん、私と歩きながら――他の女子のことを考えていましたね」
――来たよ...
キンジはぎく、と肩を少し揺らしている。分かりやすいなぁ。
「アリアさんの事ですね?」
「...な、なんで分かるんだ、そんなこと」
キンジは若干上擦った声でレキに聞き返している。
「さっきそこの廊下で含み笑いをしていた顔が......アリアさんに見せる笑い方と一緒でしたから」
俺の方からじゃレキの顔が見えないけど大丈夫かな、目のハイライトとか消えてない?
――ここが非武装地帯で良かった...いやマジで。
「そっ、それは、まぁ?1学期はぁ...あいつと、く、組んでたからぁ...ちょちょちょっと?ちょっと思い出し笑いをしただけだしぃ?」
しっかりしろキンジ、ドモってて、上擦って変な声になってるし、キャラまでブレてるぞ!
本当にコイツがシャーロックにあんな啖呵切った奴かと内心すごい不安になる。
「アリアさんには近づかないでください」
――ひえ...
絶対今のレキはハイライトが消えてると思う。見えないから分からないけど。
――しかしレキが怒ってるなんて、珍しいなぁ...まぁかなり理不尽な怒り方だけど...
キンジ拉致って勝手にチーム登録までして、それでアリアに近づくな、とは結構どころかかなりやべーやつの部類に入るだろう。
「レキは、怒ってるのか?」
やっと本調子に戻ったキンジは、イラついているのかレキに強めの口調で言った。
それに対してレキは...ふる、ふる...と力無さげに否定を示した。
「私は、怒ることはありません」
レキは静かに言った。怒らないんじゃなくて表現が苦手なだけだと思うんだがな。
「ホントかよ」
「キンジさんも、隼人さんも私のあだ名はご存知かと思いますが」
レキのあだ名...ああ。
――ロボット・レキ。
感情表現の下手なレキを嗤った最低なあだ名だ。
「人に陰で言われている通り、私は――人並みの感情を抱くことは、ありません。風は、人の『感情』を好みませんから」
キンジは、絶句している。
――風は、感情を好まない...か。
「いいや、それは違うぜレキ」
「何が、ですか?」
「俺に語り掛けてくる風は『もっと熱くなれよ』とか、『熱い血燃やしていけよ』とか言ってくるぜ」
俺の方を見たレキを見て、ニィ、と笑う。
「隼人さんにも、風の声が聞こえるんですか?」
「ああ、だがきっと...お前の知ってる『風』とは、違うだろーぜ」
「そうですか」
「ああ、だから――今度聞かせてやるよ」
「分かりました」
レキは、楽しみにしています...と全く抑揚のない声でそう言った。
本当に感情がないんじゃないか、と思うくらいに変化がない。
こりゃあ...『リマ症候群』をやるのは一筋縄じゃ行かねぇなぁ...と思いながらキンジを見ると、キンジも似たような顔をしていた。
今更だが『リマ症候群』について説明すると...監禁者が被監禁者に親近感を持って攻撃的態度が和らぐ現象のことだ。
1996年~1997年にかけて発生した、在ペルー日本大使公邸占拠事件を基にこの名前が付けられた。
事件当時、教育も十分に受けずに育った若いゲリラ達は、人質と生活を共にするにつれ、室内にあった本などを通じ、異国の文化や環境に興味を示すようになり、日本語の勉強を始めた人が出てきた。ペルー軍特殊部隊が強行突入をするなか、人質部屋で管理を任されていた1人の若いゲリラ兵は短機関銃の引き金に指をかけていたが、人質への親近感から、引き金を引くことができずに部屋を飛び出し、直後にペルー軍特殊部隊に射殺された...という、ものだ。
要するにキンジはレキと生活する中で、レキに人間味を植え付けようとしているワケだ。
ただしこの『リマ症候群』が発生するのは、監禁者が被監禁者よりも、人数が極端に少なく、かつ被監禁者に比して監禁者の生活や学識・教養のレベルが極端に低い場合に限る。
キンジという被監禁者は1名、レキという監禁者が1名の、この状況...監禁者であるレキの教育レベルについては分からないが結構ハードルが高い。
また、どうでもいい話だが『リマ症候群』とは真逆の現象で、『ストックホルム症候群』というものがある。
こちらは、監禁者に対して被監禁者が、監禁者に協力的になったり、警察に敵対した状態になるケースである。
人は、いきなり事件に巻き込まれ、人質にされ...死ぬかもしれないと覚悟する。犯人の許可が無ければ、飲食も、トイレも、会話もできない状態になる。犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりする。そして、犯人の小さな親切に対して、感謝の念が生じる。犯人に対して、好意的な印象を持つようになる。そして、犯人も、人質に対する見方を変える...という、ものだ。
難しく説明したが、簡単に言ってしまえば『人質になったが、死にたくないので生き延びる戦略を実行した』だけだ。
そんな難しい話を頭の中で説明していると、キンジが何かを思いついたのか、俺たちに向き直ってきた。
「隼人、レキ...大坂に行くぞ。修学旅行の目的の一部でもあるし、買いたい物もある」
「はい」
「あいよ」
レキはキンジの発言に機嫌を良くした様だ。
――やるじゃねぇかキンジ、見直したぜ。
レキは自分の事をキンジの所有物だと言っていたらしい。
つまり、命令されるのが嬉しい...とか、そんな感じなんだろう。
――やっぱりレキ、オメーには『感情』があるぜ...
一人でニヤリと笑っていると、キンジがちょっと引き気味な態度で俺に言ってきた。
「きも」
「は?」
キンジに掴み掛ろうとしたが、レキの前でそんな事をしたら絶対殺される。
そう思った俺はキンジにデコピンをする。
ベチッ!
「あでっ」
「行くぞ、キンジ。いざ鎌倉」
「大阪だバカ」
「いや流石に分かるって...ネタだろーがよォー」
「マジに言ってるのかと思ったぞ」
キンジとそんな話をしながら、京都駅へと向かっていく。
――大坂でも、きっとハプニングが起きるんだろうなぁ...
レキにはやべーヤンデレの素質がある気がする。