人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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もっとやべーやつが来た

ピラミッドの頂点...ガラス部分を『オルクス』でぶっ壊して入ってきた金一...カナだったか。カナはキンジの方を見る。

 

「キンジ。私があげた緋色のナイフは、まだ持っているわね?」

 

キンジはコクリと頷く。

 

「それを持ったまま、アリアに口づけなさい」

 

カナはそう言う。なんでいきなりキスなんだ、訳分からんぞ...という表情をキンジがしている。俺もしている。

 

「そして――隼人くん。1人でパトラを打ち倒すとは、成長したわね」

 

カナは振り返り、俺にそう告げる。

 

「へっ!ヒントを与える方が悪ィんだぜ?...今のアンタは、女か」

 

「?」

 

カナにそう尋ねるとよく分からないといった様子で首を傾げる。

 

その動作は実に女らしいソレで、元が男だとは思えない。

 

「...さて、パトラ。かなり消耗しているようだけど、やるというのなら――容赦しないわよ」

 

カナはパトラの方を向き、睨んでいる。

 

「...ぐ...ぎぃ゛...!ひぃ...カナ...トオヤマ キンイチィ゛...!寄るで、ない...!」

 

パトラは床を這う様にカナから遠ざかっていく。

 

逃げながら、砂の鳥を作ってカナを攻撃するが視界がブレているのか見当違いな方向に飛んでいく。数羽がカナに向かって飛んでいくが、それらは全て『不可視の銃弾』で迎撃された。

 

パパパパッ!!という音と、マズルフラッシュが光り、鳥が砕けて霧散する。

 

「無駄よパトラ。今のあなたでは私には敵わない」

 

カナは銃弾を宙に放り、右から左に払うように銃を動かして高速リロードを行う。

 

「だ、まれぇ...!妾は、妾は...ぁ!お前なんか大嫌いぢゃああああああ!!!」

 

パトラは叫びながら大量の鳥を生み出しカナ目掛けて突撃させる。

 

物もまともに見れていない筈なのに、精神もすり減っている筈なのに、宙を埋め尽くすほどの鳥を生成している。

 

さすが推定G25の能力者だと思う。胆力が段違いだ。

 

当たらないのであれば、数で補う。大量突撃を地で行くパトラの攻撃をカナは『不可視の銃弾』で迎撃したり、クルリと回って髪の中に仕込んである何かで切り裂いている。

 

パトラは刀を放り投げるが、それは玉座の傍に転がるだけでカナに当たりもしない。

 

それを見つつ、砂に掴まれた状態から脱出しようともがくが、かなり強固に固定されているのかビクともしない。

 

「くっそ...!金い...じゃねぇ、カナ!コレ斬れるか!?」

 

「今は、無理よ!」

 

カナは圧倒的物量で襲い掛かってくる砂の鳥を髪から取り出した大鎌で切り裂き続けている。その鎌の持ち方が変わっていき...バトンを持つかの様な動きで振り回し続けている。

 

そしてその鎌の回転速度はグングンと上がっていき、ひゅんひゅんという音がしてくる。

 

鎌の先端を見ると円錐水蒸気が断続的に発生しており、最初は鎌に斬られていた鳥たちは、次第に鎌に触れる前に衝撃波で消滅していく。

 

「――この桜吹雪、散らせるものなら―散らせてみなさい?」

 

カナがやっているソレも、『桜花』なのだろう。

 

円錐水蒸気を発生させている鎌はカナの全身を包み込むように動き回って、バリアのようになっている。

 

カナは迎撃こそ出来ているが、前に進むことが出来ていない。

 

その状態じゃ無理だと見切りをつけて、自力でどうにかしようとするがどうにも抜けられない。

 

一先ず脱出を諦めて、キンジの方を見ると、アリアの居る棺の蓋が閉まり始めている。

 

キンジはそのまま棺の中に転がり込んでいき、蓋が完全に閉じてしまった。

 

「きっ、キンジィイイイッ!!!」

 

キンジがアリアと同じ棺に閉じ込められて、そのまま流砂に飲まれていく。

 

「クソッ!クソォッ!千切れろ!放しやがれ!あぁっ!くそ!」

 

必死に砂の腕を千切ろうと体を動かし暴れるが、肩も、腕も、体も、腰も、膝も押さえられていて動けない。

 

このままじゃ、完全にあの棺が消えてしまう。

 

「どうしたの、パトラ。そんなに下僕を出して、私を攻撃するのかしら?」

 

パトラは階段側から4体のジャッカル人間を呼び寄せていた。それを見たカナは不敵に笑う。

 

カナは未だ鳥の迎撃に集中しており、動けない。

 

「ぎ...違う!これは、妾の...!逃走経路ぢゃ!」

 

パトラが叫ぶと同時、船の底でドゴォオオオオオン!という音が聞こえ、船が傾いていく。

 

「...!パトラ、あなた...船底を破壊したのね!」

 

「そうぢゃ、不愉快ぢゃし、悔しいが...ここは退かせてもらう!」

 

4体のジャッカル人間はパトラを担ぐと、全速力で逃げ出した。

 

カナは追いかけず、鎌を振るのを止めて、急いで俺の方に走ってくる。

 

「隼人くん!大丈夫?」

 

カナは手に持っていた鎌をブンと振ると砂の腕がざっくり斬れて形をなくしていく。

 

体の拘束が外れ、自由になった。体がどたりと落ちて、床に伏せる状態になる。

 

「サンキュー!...ちゃんと、来てくれたんだな」

 

「約束したもの」

 

ふふふ、とカナは小さく笑い、手を差し出してくる。

 

「やっぱ、仲良くできそうだ」

 

「嬉しい事を言ってくれるわね」

 

差し伸ばされた手を借りて、立ち上がる。

 

「私はパトラを追うわ。隼人くんは?」

 

カナはそのまま逃げたパトラを追いかける為に、その身を出口に向けている。

 

「俺も、追う...キンジたちの棺は...どこにいった?」

 

「分からない...けれど、あの子たちなら大丈夫よ。きっと、大丈夫」

 

「...俺はキンジたちを探してみる」

 

「そう...なら、一旦お別れね」

 

カナはそう言って『王の間』から出ていく。

 

船はどんどん傾いていく。

 

玉座に落ちていた星伽の刀を拾い、部屋の端に転がされたXVRを拾う。

 

そしてそのまま傾いている船の、底の方へ...キンジたちの入った棺を探すために飛びこみ、傾斜がきつくなった床を駆け抜けていく。

 

砕けた柱やスフィンクス、パトラの像や装飾品が天井から落ちてきたり、壁から傾いて倒れてくるものを走って回避しながら下っていく。

 

 

 

そして、かなり底の方まで来て、棺を見つけた。

 

その棺の蓋は、ガタガタと揺れていて、蓋を開けようとしている。

 

「キンジィイイイ!アリアァアアッ!!」

 

坂のように傾いた床を思いっきり蹴りつけて棺の横に追いつく。

 

滑り落ちていく棺を止めようと力を入れて踏ん張るが、棺は重く、止まらない。

 

棺の蓋が少し開いていて、蓋を開けたほうが早いと思い、ドロップキックの要領で蓋を横から蹴りつけて、少しだけずらした。

 

その少しの隙間から腕が出てきて、更に押し退けようとしている。

 

俺も協力して、滑りながらも蓋を押していく。かなり重いが、確実に動いている。

 

それからしばらくして棺の蓋が持ち上がり、蓋が重力に引かれるように落ちていく。

 

完全に開いた棺からキンジとアリアが出てきた。

 

アリアは目を覚ましていて、元気そうにしている。

 

それを見て目が潤むが、泣いているヒマはない。

 

「キンジ、アリア...かなり底の方まで来てる。早く逃げるぞ!」

 

キンジとアリアに注意を促して船から脱出しようと提案する。

 

キンジたちは頷き、逃げようと坂のようになった船の...上の方を見上げて、止まった。

 

 

 

 

俺もそれに釣られ目を向けると、ジャッカル人間に支えられたパトラがいた。

 

キンジがベレッタを抜いてフルオートで射撃するが、全て砂の盾で防がれてしまう。

 

ガキン!とベレッタが弾を全て吐き出したらしくスライド部分がオープンしている。

 

パトラはそれを見て、ニヤリと笑っている。

 

「今の妾にはコレが精いっぱいでの。サエジマ ハヤト...妾は、お前を一生許さぬ。末代まで、呪ってやる」

 

パトラは苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨むが、すぐにそれを止めて武器を構える。

 

それは砂漠迷彩仕様のWA2000で、レーザーサイトが増設されていた。

 

「後ろからはしくじったのでな...今度は前から、確実に心臓を貰ってやるわ」

 

レーザーサイトの照準が、アリアをなぞっていく。そして、左胸でピタリと止まる。

 

そして、パトラがトリガーに指を掛けて、引いた。

 

その瞬間キンジがアリアの前に飛び出した。

 

俺も、『エルゼロ』を使って更にキンジの前に腕を伸ばす。

 

弾丸は既にキンジの眼前に迫っており、今も尚かなりの速度で進んでいる。

 

狙撃銃の弾速は速く、『イージス』で無力化する為に掴もうと伸ばした腕よりも速くキンジに向かって進んでいく。

 

 

 

何とか弾丸を掴むことに成功するが、掴めたのは小指だけで掴んだ部分は弾丸の尻。螺旋回転しながら進んでいく弾丸は指の肉を擦り切らしながら抜けていってしまう。

 

 

 

そして、そのままキンジの頭へ、進んでいく。

 

 

 

もう一度、手を伸ばして掴もうとするが『エルゼロ』が終わっていく。終わって、しまった。

 

 

 

 

元の速度に戻った世界は残酷に、当然の様に、キンジの頭を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

キンジは血を噴き上げながら、後ろに倒れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「...あ、ああ...あああああ......」

 

 

 

 

「キンジ...?」

 

 

 

守れなかった。間に合わなかった。『イージス』は、無敵じゃなかった。

 

 

 

己の無力さに、心が慟哭を上げる。

 

 

 

目から涙が溢れてくる。

 

 

 

キンジの顔は血塗れで、ピクリともしない。

 

 

 

 

「キンジ...キンジ!キンジイイイイイッ!!!」

 

 

アリアが、叫ぶ。

 

 

俺は...膝から力が抜けて、座り込んでしまった。

 

 

目から止め処なく涙が流れていく。

 

 

 

「いや...いや、いやああああああああああ!!!」

 

 

 

アリアの叫びが、俺の無力さを掻き立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンジの目は開いたままで、あまりにも惨たらしかったので――せめて目だけでも、と思い...手でキンジの瞼を下そうと乗せた瞬間。

 

 

 

 

 

ピクリ

 

 

 

 

 

と、キンジが動いた。

 

 

 

 

 

「キンジ...?」

 

 

思わず口が動く。

 

 

 

キンジは、()()()()()

 

 

 

 

口を、動かしている。

 

 

 

 

そして、そのままキンジは...ペッと弾丸を吐き出した。

 

そのままゆっくりと、血に濡れた顔を腕で拭いて、キンジが上半身を起こした。

 

俺も、パトラも信じられない物を見た表情になる。

 

――キンジが、銃弾を噛んで止めた。

 

「キンジ...オメー...また、そういうパターンかよォ!」

 

涙は勢いを増して溢れ出てくる。

 

先月もそうだった。死んだかと思ったら、生きてた。助からないだろうと思った所から、必ず生きて帰ってくる。なんだこの不死身の根暗野郎は!生きてる!キンジが生きてる!

 

「生きてるなら、生きてるって返事しやがれ!このクソ野郎!」

 

ボロボロと涙を零し、笑いながらキンジの上半身を支える。

 

キンジは、そのままパトラを見続けている。

 

俺も涙を拭って、パトラを睨むがパトラは顔を青くして数歩下がった。

 

俺たちに怯えてるワケじゃないらしいが、数歩――下がった。

 

そこに、カナがやってきて、俺たちを見て驚愕の表情をしている。

 

いや、違う。俺たちじゃない。俺たちの、後ろ。

 

アリアを見て、驚いている。

 

アリアは何時の間にか立ちあがっていて、パトラに指を向けた。

 

アリアの指の先端が、緋色に...赤く、紅く、朱く輝き始める。

 

――何を、しようとしている!?

 

「緋弾...!」

 

カナが青ざめた表情で、呟いている。

 

緋弾...『緋弾のアリア』。その、緋弾が、コレなのか。

 

まるでチャージビームのように、人指し指に集まった光は輝きを増していく。

 

少なくてもコレは、『超能力』じゃない。

 

なんだ、これは。

 

そして、アリアの指先から光が放たれた瞬間。

 

「避けなさいパトラ!」

 

カナが吠えた。

 

パトラはその声でハッと我に返り、急いでジャッカル人間を消し、床にドタリと落ちる。

 

光の弾丸は砂の盾をあっさりと貫通していき、パトラがさっきまで居た場所を通過して――

 

 

室内を、眩い光の嵐が塗り潰していく。

 

 

腕を前に出して視界を守り、しばらくその状態のままで居ると、光が収まり、消えていった。

 

腕を下して、目の前の光景を見て、驚愕する。

 

青い。目に映ったのは薄暗い迷宮のような物でもなく、先ほどの緋色の光でもなく...青空だった。

 

俺の眼前には果てしなく広がる蒼穹が映っているだけだ。

 

つまり、さっきのビームが...この船の、ピラミッドを吹き飛ばしたんだ...!

 

 

パトラはピラミッドを破壊され、『無限の魔力』を失った。

 

身に着けていた装飾品は砂になって消えていく。

 

パトラはそのまま這いながら、その場から逃げようとしている。

 

「逃がすかよ...!」

 

キンジは意識を失ったアリアをお姫様抱っこで抱えた。

 

キンジと共にカナの方へ走っていき合流すると、カナは大鎌で俺たちに降りかかるピラミッドの破片を全て弾いてくれた。

 

パトラは震える足で立ち上がって...俺たちに背を向けて、逃げ出した。

 

そんな時に、カナが声を掛けてきた。

 

「隼人くん、合わせられる?」

 

そう言って、カナが棺を鎌で叩きつけ、ホッケーのように壁際を滑らせて...パトラの背を掠める。

 

パトラは声を上げて棺の中に落ちていく。

 

カナはチラリと俺を見て、すぐに棺の蓋を見た。

 

「なるほど、ね。やっぱりアンタとは気が合いそうだ」

 

ニヤリと笑い、『アクセル』を全開まで発動させる。

 

棺の蓋、その縁...少々カーブしている部分を踏みつけて、ガッ!と蓋を起こす。

 

そして、丁度真ん中あたりに回し蹴りを叩き込む。ミシリと足が嫌な音を立てるがすぐに『リターン』で治す。

 

 

 

ドガアアアアアアアッ!!!!!

 

 

派手な音を立てて、蓋が飛んでいき、パトラの入った棺に飛んでいく。

 

キッチリとは嵌りそうになかった...が。

 

「ピラミッドは、元々お墓なんだろう?」

 

ベレッタのリロードを終えたキンジが、棺の蓋を射撃する。

 

ガンッ!ガンッ!

 

落ちていく軌道が修正され...

 

ばくん、と蓋と棺が噛みあい、閉じた。

 

「――だったら、静かにしないとね...パトラ」

 

キンジが気持ち悪い発言をして、ニコリと笑う。

 

パトラは出せ出せと喚いているが、女の力一つで、あの棺はそう簡単に持ちあがらないだろう。

 

「パトラ。おやすみなさい...御先祖様と同じお墓の中で――ね」

 

カナがそう言うと、途端に静かになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくピラミッドの外に出た俺たちは、傾いたアンベリール号の舳先でカナと向き合っている。

 

「その...助かったよ。ありがとう、カナ」

 

「約束したもの。約束は守るべきものよ」

 

「どの口が言うんだよ」

 

カナとのやり取りに、キンジが呆れた口調で突っ込んでくる。

 

「キンジ...強くなったわね」

 

「よしてくれ。俺はまだまだだ...アリアの涙を、止められなかったから」

 

「何臭い事言ってんだオメーは!...にしても、よく銃弾を口で止められたな?」

 

「ああ、俺の奥歯は...上下とも虫歯でダメになっててな。セラミックを被せてあるんだ。それが助けになったんだ」

 

「だからってやろうとするかよフツー」

 

「無意識にやってたんだよ」

 

――無意識か。そうだな、無意識にやってる事もあるだろう。

 

キンジがそう言えばと言ってアリアの女子制服をカナに渡して、着替えさせてくれと頼んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

カナは苦笑しながらぱぱっとやってしまい、俺たちの方に戻ってくる。

 

「カナ...今回は、助かった。次...会う時はどうなるか分かんねーけど...出来れば、こういうやり方で行きたいモンだ」

 

「あら、そんな事を言うなんて。隼人くんは意外と寂しがり屋だったりするのかしら?」

 

揶揄うようにカナが笑いながら言ってくる。

 

「...悪ィかよ。一度仲間、みてーなモンになったんだ。あんまし、敵対したくはねーぜ」

 

その俺の言葉に、少し驚くがカナはすぐに深い微笑みを浮かべる。

 

「...ええ、そうね。私も、あなたに銃口を向けたくはないわ」

 

キンジが俺たちのやり取りを見守っているが、何処となくソワソワしてる。

 

「俺からの話は、それだけだ...ほい」

 

スッと手を差し出す。

 

「...?ああ、握手ね!ふふ、はい」

 

カナは一瞬頭の上にハテナマークを浮かべるが、すぐに意図を理解して、握手を返してくる。

 

ガシッ!

 

固く結ばれた手と手は、一種の絆のような物だと思う。

 

出会いがどうであれ、過程がどうであれ...協力し合ったんだ...

 

「次も、こういう感じの方がいいな」

 

「それを、あなたが望むのであれば」

 

俺が言うと、カナも同意する。

 

互いに掴み合った手を放すと、俺の手に紙が一枚くっついてきた。

 

何かと思ってみると、電話番号のような物が書かれている。

 

バッと顔を上げると、小さくウィンクをするカナが映った。

 

 

 

 

 

 

 

苦笑を漏らして後ろを向き、キンジの肩を叩いて場所を交代する。

 

携帯を取りだして、電話番号を入力し、連絡先に『キンイチ/カナ』という名前で登録する。

 

そのあとに紙をビリビリに引き裂いて、海に捨てる。揺れる波を見つめて呆けていると、アリアが目を覚ました。

 

「ぅ――ハヤ、ト?」

 

「おう、目ェ覚めたか...おはようさん」

 

アリアの横にしゃがみ込んで、ニッと笑う。

 

キンジはカナとの話を切って、アリアの方に向かって歩いて行く。

 

「え!?き、キンジ!なんで生きてるの!?」

 

当然の疑問だとは思うが聞き方がすごい失礼だと思う。

 

キンジはそのままズンズン進んでいき、アリアを抱きしめた。

 

俺はそれを見て、立ち上がってカナの前まで移動する。

 

 

 

 

 

 

 

「キンジも...変わったわね」

 

カナが、嬉しそうに笑っている。

 

「あら、隼人くん...?泣いてるの?」

 

「――泣いて、ねぇ」

 

「...そう?その割には、結構ボロボロと...ちょっと、大丈夫!?」

 

カナがオロオロと慌て、ハンカチを取り出して俺の目に押し当ててくる。

 

「パトラにやられた傷が痛むの?泣いちゃダメよ。男の子なんだから」

 

「違う...キンジにやられた」

 

「へ?」

 

「俺の前で...見せつけやがって...あのヤロウ...!」

 

グスングスン。

 

カナは呆けたような顔で俺を見て、顔を綻ばせ笑い始めた。

 

「...ふ、ふふ!あはははは!隼人くんって、やっぱり面白いわね!」

 

「くぅ...!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙が出るほど笑ったカナは息を整えて、楽しそうな顔から一転、青ざめた表情になり海の彼方を見た。

 

「――逃げなさい」

 

「何?」

 

「いいから、早く!逃げて!」

 

「無理だ!船がない!」

 

「――!」

 

カナの顔はどんどん青ざめていく。

 

そして、ようやく俺にも伝わり始める...大気が揺れていると錯覚するほどのプレッシャーを感じる。

 

「なんだ、何が来るんだ!教えろ、カナ!」

 

クジラたちは消えている。いや、海鳥も、魚も、何もかもがこの辺り一帯から消えている。

 

驚くくらいに静かな空間が、広がっている。

 

「あ、ああ...ああ」

 

カナは俺の質問に答える事なく、口元に手を置いて、声が漏れるのを抑えた。

 

――――船が、海面が、海が振動している。

 

 

 

 

ずず、ずずずず――――――

 

 

 

「あそこよ、キンジ!」

 

 

アリアが、海の一部を指している。俺とキンジが駆け寄って、海面を見ると...

 

 

海面が、持ち上がっているのが見えた。

 

 

 

 

っざあああああああああああああっっ!!!!

 

 

その身に張りつく海水を滝のように流しながらクジラよりも巨大な、もっと巨大な――鉄の塊が、海深くより姿を現した。

 

その巨体の出現で発生した波浪が、アンベリール号をグラグラと揺らす。

 

舳先の鎖に3人で掴まり、落ちないように耐える。

 

 

 

黒く光るその壁のような巨体は、大きく、大きくターンをしていく。

 

そして、ターンしていくその黒い壁の一部...白い文字で書かれたソレを見つけ、震えた。

 

『伊・U』と書かれたソレ。

 

イ・ユー...違う、もっと似た言葉を知っている。アリアが、追いかけているもの...俺とキンジが遭遇した連中。

 

 

これは間違いなく、『イ・ウー』のことであると、理解した。

 

 

その巨体は、完全に横を向き...俺たちに横腹を見せている。

 

それが、潜水艦であると、そこまで来て理解できた。

 

 

――イ・ウーとは...『伊・U』であり...潜水艦を指していた...!

 

 

そして、この船体は...見たことがある。武藤たちが授業中に、プールに浮かべていた...模型!

 

「ボストーク号...!」

 

キンジが、掠れるような声で呟いた。

 

「見て、しまったのね...」

 

カナは、甲板に突っ伏してしまっている。

 

「これはボストーク号と呼ばれていた...戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。それは沈んだのではなく、盗まれたのよ...史上最高の頭脳を持つ『教授』に!」

 

完全に停止した、原潜――その艦橋に一つの影が見えた。

 

突如、カナが立ちあがって叫ぶ。

 

「『教授』...止めて下さい!この子たちと、戦わないで!」

 

そう叫ぶ声が聞こえると同時、俺の体は無意識的に『エルゼロ』を発動させていた。

 

カナが、キンジたちの前に駆け出している。

 

カナの前方に、太陽の光を受けて輝く銃弾が見えた。

 

それは途轍もない速度で、カナ目掛けて突き進んでいる。

 

 

 

――キンジは、守れなかった。

 

 

 

だが、今なら間に合う。

 

 

 

体を起こし、カナの前に立つ。

 

狙撃銃から発射された弾丸の速度は『エルゼロ』を以てしても、走らなければ追いつけない。だが今回は違う。

 

向こうから、こっちに飛んできてくれているのだ。

 

 

――次は、守ってみせる。

 

 

軽いキャッチボールをするときのような速度で飛んでくる弾丸を、握り潰すように掴んで止める。

 

そのまま、ブン!ブン!と2度大きく腕を薙ぐように振って勢いを完全に打ち消す。

 

 

そこで、グァンと体中が悲鳴を上げ、内側から大きく揺れて『エルゼロ』が強制的に終わる。そして、元の速度に戻ってくる。

 

 

 

俺の体に、強い衝撃が2度走った。

 

「...え?」

 

カナが驚いている。目の前に、俺がいるから?

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

「ぐ......ぁ!?」

 

 

 

3発の銃声が、遠雷のように聞こえてきた。一発だけじゃ、なかった!

 

 

 

右肩と、左のふとももを、撃たれた...!

 

 

 

 

――防弾ベストや、追加装備で守っていたのに、撃ち抜かれた...!

 

 

 

「嘘、嘘...!」

 

 

 

カナが、慌てているのが分かる。衝撃で、体が後ろに倒れていく。

 

 

それを、カナが支えてくれた。どく、どく、と血が流れて、血の池を作り始めているのが、分かる。

 

カナの手は、血で赤く染まっていた。

 

「なんて、声...出してんだ...カナァ...!コレ、見ろよ...止めたぜ。キンジのは、防げなかったが、アンタのは...防げた!」

 

ヘヘ、と笑いながら、グローブは摩擦で食い千切られた様になっていて、グローブの内側の掌と指は熱で焼けている。そこに、一発の銃弾が収まっているのを見せた。

 

「でも...でも...!」

 

カナの顔は青いままで、罪悪感に押し潰されそうな表情をしている。

 

 

 

 

キンジは俺とカナを庇う様に前に出て、艦橋にいる影を見ていた。

 

 

 

アリアも、その影を見て、声にならない声を、上げた。

 

 

 

 

「――――曾、お爺さま......!?」

 

 

 

 

アリアの、曾爺さん...だと?それはつまり、武偵の元祖。世界一有名な探偵。

 

 

 

――シャーロック・ホームズ!

 

 

 

 

 

 

 

シャーロック・ホームズ1世が伊・Uのリーダー...『教授』だった。

 


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