人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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自分を覇王だと思い込んでるやべーやつ

キンジが車両科の休憩室に運ばれて3時間が経った。

 

まだ、キンジは目を覚まさない。

 

俺は自分の部屋に戻って、風呂に入って、今は消費した銃弾を補給していた。

 

カチャリ...カチャリ...

 

ジャンヌは何かしに行くとか言って武藤と一緒に何処かへ行ってしまったので、部屋には久しぶりに俺一人しか居ない。

 

電気も点けず、暗い闇の中...月明りに照らされて銃弾をスピードローダーにセットしていく。

 

ポーチに入りきらなくなったので、2つ目のポーチを取り出して追加購入したスピードローダーたちに弾丸を装填していく。

 

あとはポーチの隙間に予備の弾丸をぎっちり詰めて、ポーチを閉じた。

 

ナイフを取り出して、布で軽く拭く。

 

月明りを受けて鈍色の光を放つデュランダル・ナイフは美しいとさえ思える。

 

そのままナイフを仕舞い、一息吐く。

 

丁寧な手つきでテーブルの上にベルトとXVR、ナイフを置いてソファで横になる。

 

少しは眠っておこうと思って目を瞑る。

 

眠りは思っていたものよりも遙かに早く俺の体と意識を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻午前5時。

 

ソファの上で目が覚めた俺は静かに体を起こし、洗面所へ行き顔を洗っている。

 

鏡に映る俺の目は寝起きのせいもあってか鋭く見える。

 

或いは、一種の決意がそうさせているのかもしれない。

 

ワックスを手に取ってボサボサになった髪を整えていく。

 

カップラーメンを取り出してお湯を注ぎ、3分待ってから食べる。

 

――不味い。

 

ジャンヌに胃を鷲掴みにされたおかげか、カップラーメンが不味く感じる。

 

あれだけ美味い美味いと食っていたのに2カ月足らずでこの様だ。

 

麺を食いきって、スープを飲み干す。

 

その後歯を磨いて、制服を着る。

 

そして外に出て、グラウンドでストレッチをして体を解す。

 

軽く走って、調子を確かめるように動き出す。

 

少し息が上がるくらいまで走った所でジャンヌがやってきた。

 

「隼人」

 

ジャンヌは俺を呼ぶ。顔をそちらへ向けてみると、心配そうな顔をしている。

 

「どうした。そんなに不安そうな顔をして」

 

「その口調...気が抜け切れてないのか?」

 

ジャンヌにそう言われて、気付く。

 

いつもの軽い砕けたスタイルで話が出来ていなかった。

 

「...悪ィな。心配させちまった」

 

「目も、何時もよりも鋭い...声も怒気を孕んでいるぞ」

 

ジャンヌが肩をポンポンと叩いてくれる。

 

「リラックスしろ、隼人。そう焦っても仕方がないだろう?」

 

そう言われて、俺は深呼吸を繰り返し、ストレッチを行う事にした。

 

額に滲んだ汗を腕でグイッと拭って目を閉じて顔を上に向ける。

 

少し湿気った温い風が体を撫でて抜けていき、木々の葉を揺らしている。

 

ザァアア、と葉と葉がぶつかり合う音が聞こえる。

 

グラウンドからやや離れ、手洗い場...とでも言えばいいのだろうか。そこに行き、汗を流す為に水を出して手に溜める。

 

そして両手に溜まりきってやや溢れだした所でそれを顔にぶつける。

 

バシャッ!と温い水が汗を流していく。

 

もう一度溜めてぶつける。タオルで顔を拭いて、一息吐く。

 

「落ち着いたか?」

 

俺の一連の動きを黙って見ていたジャンヌが声を掛けてくる。

 

「...ああ、大丈夫だ」

 

「今は...6時47分か。車両科へ行こう、遠山が起きているかもしれない」

 

ジャンヌはそう言うと踵を返して歩いて行く。俺も後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻6時55分。キンジが目を覚ました。

 

星伽がキンジに林檎を食わせている。

 

「俺は...どうして、ここに...」

 

「俺が運んだ。海に落ちたお前を引き摺り上げて撤退したんだ」

 

「隼人...アリアは、どこに」

 

「諜報科のダイバーがあの辺りを探ったが何も出てこなかったって言いやがった。恐らくアリアはあそこには居ない」

 

「...その口調、やる気だな?」

 

キンジが俺の口調について言ってくる。そんなに可笑しい物なのだろうか。

 

「...変、か?」

 

「いや、今だけはそっちの方が都合がいい。変に気が抜けても困る」

 

「なら、これでいいだろ」

 

「ああ」

 

星伽が退いて、理子が接近してくる。右目にはハートマークの眼帯を付けている。

 

なんでも眼疾を患ったらしい。それも全てあのスカラベとかいうコガネムシのせいだそうだ。

 

「北緯43度19分。東経155度03分。太平洋―ウルップ島沖の公海...そこにアリアがいるよ、キーくん」

 

理子を押しのけて、ジャンヌがキンジの前に立つ。

 

「カナから連絡があった...付いてこい隼人、遠山」

 

そう言ってジャンヌは部屋から出ていく。俺とキンジもその後を追う。

 

「カナはイ・ウーで私や理子の上役でな...私たちは彼女を敬愛している。だからどんなことでも協力すると言ったが、カナが話したのは3つのことだった」

 

歩きながらジャンヌが話し始める。キンジと俺は黙ってそれを聞いている。

 

「アリアがパトラに攫われた事。お前たちにイ・ウーの事を話したという事。そして、お前たちに敗れたことを話した...」

 

カツカツと急ぎ足気味に移動する俺たちの足音だけが響いている廊下をどんどん進んでいく。

 

「カジノでは話せなかったが今ならいいだろう。パトラの呪いについて話しておく。パトラが使う呪いはスカラベが運んでくる」

 

「あの、気持ち悪いコガネムシのことか」

 

「そうだ。隼人は触れられる前に踏み潰し呪いを霧散させていたが、何処かに一瞬着いただけで、呪いが憑く。そして理子のように、不幸がやってくる」

 

キンジは心当たりがあるのか、視線を遠くに向けていた。

 

「ジャンヌ。パトラと言うのは...あの、クレオパトラのことでいいのか」

 

「ああ、だが質の悪いことにパトラ本人は子孫ではなく、『生まれ変わり』だと称しているのだ」

 

俺の問にジャンヌが答える。

 

――生まれ変わり、か。先祖返りというワケでもないだろうに。

 

ジャンヌらと共にエレベーターに乗ると、地下2階を押してエレベーターが動きだした。

 

「パトラはイ・ウーの中でも厄介者でな...余りに乱暴な素行が多く『退学』になったのだ」

 

「パトラは誇大妄想の気が強くてね...自分は生まれながらのファラオだって思い込んでる。『教授』が死んだら、自分がリーダーになって自分の王国を作るつもりなんだよ。まずはエジプトを支配して、いずれは世界を征服しようと本気で思っている」

 

理子の言葉に俺とキンジが眉を寄せる。

 

――バカげた話だ。

 

世界を征服するなんて、笑い話にもなりゃしない。質の悪い話だ。

 

「私と理子は、奴を...パトラを次期リーダーに据えたくはない」

 

「でも、アリアが死んだらなっちゃう、かもしれない」

 

エレベーターが地下2階で停止して、ドアが開く。

 

エレベーターから降りると、レキが大きなアタッシュケースを持って座っていた。

 

俺たちに気が付くと立ち上がって、アタッシュケースを持ち上げる。

 

「キンジさんたちは...アリアさんを助けに行くんですね?」

 

「仲間がやられて、黙ってられるかよ」

 

「俺は俺の、成すべきと思ったことをする」

 

俺とキンジが頷く。

 

「では、これを」

 

キンジの方にやや大きめのアタッシュケースを、俺にもアタッシュケースを渡される。

 

中を確認してみると、強襲科のB装備が入っていた。

 

それを手早く着込んで、B装備の上にベルトを巻きつけてポーチを装着する。

 

スプリングブーツの紐をギッチギチになるまで締め上げてから縛る。

 

「キンジさんの上着に、これが」

 

キンジに渡されたのは砂時計。

 

半分以上砂が落ちた、砂時計。

 

フィンガーレスグローブを装着して手をグー、パー、グー、パーと開いて感触を確認する。

 

「レキは来ないのか?」

 

「行けるのは2人です。白雪さんが行きたがっていましたが、隼人さんに譲るそうです」

 

「2人?どういう意味だ」

 

「それは後で分かる。着替え終わったら来い」

 

「キーくん。コレ」

 

理子がキンジに渡したのは、女子用の防弾制服。

 

「アリアは理子の獲物なんだから...死なせちゃ。がおー!だぞ」

 

理子が指を2本たてて、鬼の真似をしている。

 

それを見て、キンジと俺は奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

第7ブリッジと書かれた書かれた所で油に塗れた武藤を見つけた。

 

「ようキンジ、隼人」

 

武藤が整備していた物を触るのを止めて、顔を上げてくる。

 

「これは『オルクス』。私が使っていた潜水艇だ...。元は3人乗りだったが今回の改造で装備品が増えて2人乗りになっている。武藤、何ノットまで出せそうだ」

 

ジャンヌが説明をした後に、武藤に質問を投げかける。武藤は少し計算するような顔でやや上を向き、顔をこちらに戻す。

 

「170...って所だ」

 

「素晴らしい。一晩でそこまで出来るとはな――お前は天才だな、武藤」

 

「オレが天才なのは当然のこととして、コレ造ったのはオレ以上の天才だぞ。これ、元は海水気化魚雷だったんじゃねぇのか?」

 

「なんだって?」

 

武藤の話にキンジが食いつく。

 

「高速魚雷が蒸発させた海水の気泡を自分の周囲に張って、抵抗をだな――」

 

武藤が長話を始める前に口の前に手を持っていく。

 

「長話は良い。今は時間がない」

 

「お、おう...隼人、お前その目どうした...?めちゃくちゃキレてる?」

 

「朝から全員に同じ事を言われるよ。そんなに変か?」

 

「何時ものお前ならここらで一つ茶化すモンだと思うが...」

 

「時間がない。出来るかよそんなの」

 

「口調も変だ!」

 

「別に話し方ひとつで死ぬわけでもないだろう。要は超スピードで進む魚雷から炸薬を降ろして人が乗れる様にしたものだ」

 

ジャンヌが話を打ち切って簡単にまとめる。

 

「......だがよぉ、2000kmを走らせるって言ったな?燃料は積めるだけ積んだがそれでも片道だぜ。何か調達してあとで迎えにいくが、自力じゃ帰ってこれねぇぞ」

 

武藤が俺たちの方を見て、何かを察したような顔をする。

 

「武藤、聞いたのか...俺たちの...」

 

「聞きゃあしねぇよそんなの。好奇心猫を殺す。お前たちは本当に鈍感だよなぁ」

 

呆れたような声で武藤は続ける。

 

「知らねぇとでも思ったのかよ。ここ数カ月、お前らが危ねぇ橋を渡ってたことなんて知ってんだよ。特に隼人!お前は左頬に傷作ったかと思ったら次の月には右目に傷作りやがって!分かるに決まってんだろ!このバカ野郎!...目が違ぇんだよ、数カ月前のお前たちと、ここ最近のお前たちの目はな」

 

その後ろ...ハッチの中から不知火が出てきた。

 

「みんな何となく分かってたよ、武偵だからね。でも...武偵憲章4条――武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用のこと...だよね?だから、陰から心配してたんだよ。やっと手伝える時が来て、正直、ちょっと嬉しい」

 

武藤が俺たちの後ろに回って背中をバンバンと叩いて激をくれる。

 

不知火が俺たちの前に立っていつものイケメンスマイルを見せてくれる。

 

「...ありがとうな」

 

「助かる。ありがとう...武藤、不知火」

 

キンジと共に短く礼を告げて中に入る。

 

ジャンヌにあれやこれや言われながら紙一枚に纏められたマニュアル通りにチェックをしていく。計器類の最終確認を終える。

 

「隼人。その...頑張って。それから...武運を」

 

ジャンヌは静かに、それだけ言ってハッチから離れる。

 

手元のボタンを押すと、ハッチが静かに閉まりだした。

 

ハッチが完全に閉まり、計器が点灯する。

 

現在時刻7時15分。アリアが死ぬまで...あと10時間45分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時速300kmほどで海中を進んでいる『オルクス』の操縦桿を時折操作して、進路から外れない様に修正する。だがほとんどの操縦は自動化されていて非常に楽だ。

 

話すこともなく、ただただ静かに進んでいく。

 

「キンジ。ジャンヌから聞いた...パトラは推定G25の超能力者だ。本人が言っていたようにピラミッドが近くにあると無限に魔力を引き出せるチート野郎だよ」

 

「そりゃ...化け物だな」

 

「ああ...日本にも古墳を使った無限の魔力の検証をしていた時代があったそうだが、強力すぎて禁術扱いになったらしい」

 

「その...G25って、どれくらいなんだ」

 

「ジャンヌや俺が拳銃で星伽が狙撃銃。パトラが無限に砲弾を吐き出せる戦車」

 

「なんだ...そりゃ」

 

「だが、やるしかない。それに星伽からイロカネアヤメ...日本刀を取り戻してほしいと言われてな」

 

「白雪の刀が?」

 

「ああ」

 

キンジも、その言葉で表情がより一層険しいものになる。

 

アリアと俺たちの距離は、GPSで示されている通りなら確実に近くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10時間後――

 

「キンジ、着いたぞ」

 

ディスプレイにはクジラたちが潮を吹き、飛び跳ねている様子が映し出されている。

 

「アレは――」

 

クジラたちを避けて進んでいくと潮の霧の先に、薄らと陰が浮かび上がる。

 

「あそこに、アリアがいる」

 

「アンベリール号...!」

 

アンベリール号。去年の12月にシージャックされ、沈んだとされる船。

 

遠山金一が死んだとされた事件の、船。

 

喫水線は沈みそうなほど低く、忌々しいことに甲板には巨大なピラミッドが増設されていた。ピラミッドの頂点はガラス製で、太陽光を取り込んでギラギラと光っている。

 

更にピラミッド部分の前方には砂で出来た陸地があり、船とは呼べない造りになっていた。

 

アンベリール号の砂で出来た陸地に接舷して、共に乗り込む。

 

上陸した陸地には、高さ10mほどのパトラの像が左右に2体ずつ並んでいる。

 

――SSRの授業で見たことがある。かなりアレンジされてるが...これは神殿の模倣だろう。しかも、古代エジプトの物だ。

 

「キンジ、この造り...古代エジプトの神殿を真似てやがる。恐らくこれで相乗的に魔力を底上げしてるんだろう。クジラたちも魔力で引き寄せられている」

 

「魚雷の盾にでもする気か?」

 

「だろうな」

 

キンジが舌打ちをして、銃を抜く。俺も銃を抜いて警戒しながら進んでいく。

 

 

 

 

別れ道だらけの迷路には、上に向かう正しい道の方に篝火が灯されておりパトラが俺たちを迎えようとしているのが分かる。

 

そうして上に辿り着くと巨大な扉が目の前に現れた。

 

その奥から強い力の波を感じる。パトラだ。そしておそらく、アリアもいる。

 

「キンジ、ここだ。この扉の奥にパトラがいる」

 

キンジにそう言うと、触れてもいないのに巨大な扉がぎぎぎぎ、ぎぎっぎいいいい...と音を立てて開いていく。

 

 

 

 

そこは全てが黄金で出来た空間だった。天井も、床も、壁も、支柱もスフィンクスも。何もかもが黄金で出来ていた。

 

キンジが素早く視認すると、ある一点で動きが止まった。そこに目を向けると黄金櫃に入れられたアリアがいた。

 

それを確認してから、宝石を散りばめた黄金の玉座に座っているおかっぱ頭の女...パトラに目を向ける。

 

「――なにゆえ...この聖なる『王の間』に入れてやったか分かるか?極東の愚民ども」

 

手すりに置いてあるデカい水晶を持ち上げてパトラが静かに話し始める。

 

「ケチをつけられたくないのぢゃ...ブラドは妾が呪い倒したにも関わらず、イ・ウーの連中は妾の力を認めなんだ。ブラドはこのアリアが仲間と共に倒したものだと言い張る。群れるなど、弱い生き物の習性ぢゃと言うのにの...ともあれ、アリアを仲間ごと倒してやれば奴らの溜飲も下がろう」

 

パトラがそう言いながら、手に持っていた水晶を放り投げた。

 

その水晶はアリアの入っている黄金櫃にぶつかり、ガチャンと音を立てて割れた。

 

「イ・ウーの次の王はアリアではない...この妾ぢゃ。『教授』も妾がアリアの仲間を斃し、アリアの命を握って話せば――王の座を譲るに違いないぢゃろ」

 

パトラが立ちあがり、玉座から一歩、また一歩前へと進み階段の前にやってくる。

 

そして、階段を降りることなく俺たちを見下したまま口を開く。

 

「――妾は常に先を見て動く。今回も、イ・ウーの女王になった後の事を見て動いておる...妾はのう――」

 

と、パトラは言葉を続けようとする。

 

だが、もう我慢の限界だ。

 

 

 

体中から力が溢れ出てくる。パトラをぶっ飛ばしたくて怒気が沸き上がり続ける。

 

まるで間欠泉が噴き出すかのように止め処ない力が漏れてくる。

 

一気に『エルゼロ』まで加速した俺はそのまま全力で走り、跳躍してパトラの背後、玉座の前に降りる。

 

そのまま振り返り、パトラの背中を思いっきり蹴りつけた。

 

『エルゼロ』を終えて、足を戻す。

 

「な゛ぁ゛っぐぉぶぇ!?」

 

パトラは俺に蹴られた勢いで吹き飛ばされ、『王の間』の扉...その先に叩き出された。

 

「お前が王になるとか、ならないとか...どうでもいいんだよ...!」

 

パトラはゴロゴロと床を転がっていき、一度強く跳ねて止まった。

 

「テメーは1つやっちゃあならねぇ事をした...アリアを、俺の仲間を傷つけた。キンジを苦しめた。それだけで、俺はもう怒りに狂いそうだったぜ、パトラ」

 

床に転がって、まだ地面に顔を埋めているままの王様気取りの女を睨む。

 

玉座から前に歩いていき階段をゆっくりと降りる。

 

ガン!

 

一歩。

 

ガンッ!!

 

また一歩、降りていく。

 

ガァンッ!!!!

 

目にはこれ以上ない程の闘志で満ちている。

 

そして、さっき俺が立っていたキンジの隣まで歩いて行く。

 

「キンジ、パトラは俺がやる。お前は、アリアを」

 

「隼人......任せた」

 

「応」

 

キンジと拳と拳をくっつけて、キンジはアリアの方へ進み、俺はパトラの方へ歩いて行く。

 

「ぎゅ...ぐぉ...許さぬ...許さぬぞ...!覇王である、この妾に向かって、なんという...ことを!」

 

俺が目の前まで来た所でようやくパトラは体を起こし始めた。

 

腕はガクガクと震え、鼻から血を流し、無理矢理体を起こしているこの女は、覇王などではないだろう。

 

「パトラ...テメー言ったよな?先を見ているって、言ったよな?」

 

パトラが突然の質問に目を白黒させている。

 

「先ばかり見て――後ろを見ないからそうなる」

 

ようやく上半身を起こしたばかりのパトラの後ろに移動する。

 

ゆっくりとした足取りで、パトラにも分かるように大きく怒りを帯びた足音を鳴らし後ろへ行く。

 

パトラはそれを、目で追って後ろを見た。その目は殺気がこれでもかと言わんばかりに込められている。

 

「そうだ、それでいいんだぜ...後方注意は必要だ」

 

「...殺してやる、貴様はミイラにする価値すらない...!妾を侮辱した事、後悔するが良い!」

 

パトラが立ちあがり、震える足で『王の間』に戻ろうとする。

 

それを視認情報の加速、身体的加速の両方を使って正面に回り込み、腹に蹴りを叩き込む。

 

ドグゴォッッ!!

 

「ご、ぼぉ...!」

 

「後悔したくないから、ここに来たんだぜ...」

 

自分でも驚くくらいに冷徹な目で、腹を抑えて数歩下がるパトラを見る。

 

そして――パトラが崩れて砂になったのを見て、飛び退く。

 

ギィン!と、真上から何かがさっきまで俺のいた場所に刀を突き刺した...本物のパトラか。

 

「傀儡にやらせて正解ぢゃったのう...アレを食らえば妾とて無事では済まぬ」

 

パトラは刀を引き抜くと、数歩後退して『王の間』に戻る。

 

「さぁ、遊んでやるぞ小僧...後悔したくないから来たというなら、目の前で手から零れ落ちてゆく光景を見せてやろう...。ほほ。ほほほ。愉しいのう?」

 

パトラはそう言い終わると砂になって消えて―――

 

「―――!シィァッ!!」

 

俺の横に砂塵が集まり始めた瞬間に蹴りつける。

 

砂の塊は蹴飛ばされ霧散するも、すぐ別の場所に再度砂の塊を作っていく。

 

両サイドを砂に固められて、後ろに退くのは分が悪いと察した俺は前へ、『王の間』に戻っていく。戻らざるを得ない。

 

「トオヤマ キンイチの弟は後ぢゃ...まずはお前ぢゃ小僧。――死ね」

 

パトラが、俺の前に手を突き出してくる。

 

突如、体から蒸気が上がり始める。体が...焼けるように熱い...!

 

「が、あ...!?ぐ、おおおお!」

 

その焼ける痛みに耐え、加速しながらパトラへ突っ込み大きく蹴りを放つ。

 

だが当たった瞬間にソレはパトラから砂へ姿を変えて、風に靡いて消えていく。

 

「最初の威勢こそ良かったものの...結局は妾の前に頭を垂れる事になるのぢゃ。分かるか小僧?最初からお前は詰んでいたのぢゃ」

 

体から上がる蒸気は止まる気配がない。

 

「ぐ、ぅ...」

 

「しかしお前はミイラにする価値はない。妾の手で処刑されること...誇れ、誇りに思いながら死ね」

 

体から蒸気が上がるのが収まり、体...腹部に軽い衝撃が走った。

 

「......?」

 

ゆっくりと、視線を下げていくと、俺の腹から...日本刀が生えていた。

 

「っ...ぁが、ぐ...ぁ...!?」

 

「さて、先ほどの言葉...返させてもらおうかの。ほほ...妾は常に先を見ておる...この結果も、先を見ていたまでのこと。後ろばかり見ていては、先は見えんぞ?のう、小僧?もっとも、真にお前は後ろを見れておらんようぢゃったがの。ほほほ、愉しいのう」

 

膝が力を失って座り込んでしまう。グラリ、と体が前のめりに倒れていく。

 

パトラが、ゆっくりと日本刀を引き抜いて行く。

 

ズルリと刀が抜けきったタイミングで、俺は床に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パトラとの闘いは、続く。


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