人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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東京湾でやべーバトル!

レキ、星伽、ジャンヌに現場説明を任せて俺たち3人は逃げたジャッカル人間を追いかけて1階へ行く。

 

ここのプールは海と繋がっている。それを知っていたのだろう、ジャッカル人間はプールから脱出し、海へと水面を走って逃げ出した。

 

それを見たキンジが絶句しているがアレは超能力者が作ったオモチャだ。何でも有りの体現みたいなモンじゃないだろうか。

 

キンジとアリアがプールの縁に停まっていた水上バイクに乗り込む。

 

俺は1人でもう片方の水上バイクに乗る。

 

エンジンを掛けて、キンジたちの準備が終わるのを待つ。

 

アリアは泳げないことから、かなり水に対して恐怖心があるようでキンジとアリア、どっちが操縦するかで揉めていた。

 

キンジが運転する事にしたようでアリアを後部席に移動させようとするがアリアがかなりビビっていて操縦席に座った状態で反対側を向いてキンジにコアラみたいにしがみ付いている。

 

キンジはかなり困惑していたが、突如として雰囲気が大きく変わる。

 

そしてアリアの耳元に顔を近付けて何かを囁いている。

 

――キンジもたまに変になるよなぁ

 

その間にキンジはアリアの向きを正面に向かせて、ハンドルを握らせる。

 

キンジたちの水上バイクはようやくエンジンが掛かり、アイドリングが始まった。

 

その直後、アリアが唐突に叫ぶ。

 

「いつものキンジも!今のキンジも!どっちもバカキンジだわ!ハヤト、行くわよ!」

 

アリアはそう言ってすぐにアクセルを全開にしてすっ飛ばしていった。

 

「あいよ!」

 

俺もアクセルを全開にしてアリアたちに追いつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

プールから海に流れていく水路を2台の水上バイクがほとんどウィリーのような姿勢で水面を跳ねながら進んでいく。

 

狭い水路を抜けると、海へ飛び出した。

 

4足歩行で獣のように水面を駆けていくジャッカル人間は気持ち悪いくらいに速いが俺たちの水上バイクでも十分に追いつけている。

 

キンジがベレッタを取り出し、ジャッカル人間に向けて射撃する。

 

ガン!と音がしてジャッカル人間が体勢を崩して沈んでいく。

 

――こんなに揺れる水上バイクの上から、よくやるぜ...!

 

キンジの射撃は称賛に値するものだった。それくらいに凄い一撃だった。

 

だが仕留めたのはいいが、このままじゃ普通のブレーキだけじゃ対岸の波止場にぶつかるだろう。

 

その時にアリアが水上バイクをターンさせ始めたので、俺もそれに倣って逆側から、外側を抜けるように大きくターンをして止める。

 

俺の水上バイクの方はエンジンが動いていたが、キンジたちが乗っていた方はツイてなかった様でエンストを起こしていた。

 

夕陽が煌めいている東京湾を横目に、アリアとキンジのイチャつきをバックミュージックに携帯でジャンヌに連絡を取ることにした。

 

「もしもし、ジャンヌか?俺だ」

 

『隼人か。そっちはどうだ』

 

「問題ねー、ついさっきキンジが仕留めた」

 

『これから戻ってくるのか?』

 

「そのつもりだぜ」

 

『ん、分かった』

 

「じゃあな」

 

『ああ』

 

通話を終了して、携帯を仕舞う。

 

キンジたちの方を見ると、アリアと操縦を交代したキンジがエンジンを掛け直している。

 

帰りは俺が先行して帰ることになり、キンジたちの少し前を走っている形になる。

 

「しかし、今回の騒動...誰がやったんだろうな」

 

「さぁな...大方エジプトのやべー奴らだろ」

 

「そうね...国粋主義者が超能力者でも雇ったんじゃないかしら。彼らは昔から遺産は略奪されるわシンボルを持っていかれるわで愛国者たちが怒ってるのよ」

 

――なるほどねぇ...。

 

「確かにな...彼らからしたら、ピラミッドをカジノにするなんて冒涜もいい所、ということか」

 

「ええ、そうよ...でも、暴力はいけないわ」

 

強襲科の人が言っても説得力ないと思うんですけど。

 

その時、遠くの方から銃声のような雷のような音が波の音に掻き消されながらも、微かに聞こえた。

 

「キンジ、ハヤト――――第2射に、気をつけなさい」

 

「...アリア?」

 

「どうした...第2射?」

 

俺が、アリアの方を見るとアリアの手がキンジから離れ、ゆっくりと海に落ちていくところだった。

 

「撃たれた...らしい――わ」

 

アリアが海面に落ちて、消えていく。

 

迂闊だった。誘き出された。狙撃手なら何処からでも狙える東京湾へ、引き摺りだされた。

 

キンジも俺も苦い顔をする。アリアを助けなければ。

 

急いで水上バイクをUターンさせて止めて...驚く。

 

先ほどまで波止場になかった...古めかしいデザインの船が浮かんでいた。

 

金や銀で飾られた船体は細長く、L字に湾曲した船首と船尾は柱のように天を指している。

 

途轍もなく長い櫂を整然に構えるのは、6人のジャッカル人間たちだった。

 

甲板には立方体の船室があり飾りつけられた宝石が夕陽を浴びて輝いている。

 

そして、その船室の屋上に...人を見た。

 

裸同然のペラペラな衣装に、おかっぱ頭の女。

 

鼻は高く、面倒くさそうな雰囲気がする切れ目。金のイヤリングはクソデカい輪の形をしていて、額にはコブラを象った金の冠を身に着けている。

 

胸当てには装飾がジャラジャラくっついていて途轍もなく邪魔臭そうだ。腰回りには布の垂れ掛けが金の鎖で止められている。

 

――あれ全部本物の金ならいい値段になりそうだなぁ

 

だが、そんなことよりももっと重要な問題だ。

 

その女が砂漠迷彩のWA2000を構えて、キンジに照準を合わせている。

 

キンジを助けようと、加速を始めた瞬間。

 

後方から発砲音が聞こえ、加速を中止する。

 

俺たちの後ろ...『ピラミディオン台場』から飛んできた弾丸は女の眉間に直撃した。

 

――武偵法違反だぞ、レキ...!

 

俺たちの中で狙撃銃を持っているのは、レキだけ。

 

レキは、武偵法9条を破った。

 

キンジは後ろを見てレキを探しているが、俺は警戒を緩めずにずっと女の方を見ていた。

 

すると、女の体が砂のように崩れていき、完全に消えてしまった。

 

「キンジ!アレもオモチャだ!」

 

「何!」

 

キンジに伝えるとすぐに振り返って確認し始める。

 

2人揃って船室の屋上を見ていると、船室の扉がゆっくりと開いていくのが見えた。

 

中から出てきたのは、人。

 

――奴が、今回の元凶か?

 

ソイツは全身を黒系の服で統一し、首元に白い毛皮を巻きつけている。

 

端正な顔立ちのそいつは、男か女か分からない中性的な感じだった。

 

キンジにチラリと目をやると、信じられないと言った様子でずっとその黒いコートを羽織った奴を凝視していた。

 

「夢を――見た」

 

そいつが、低い男の声で喋り始めた。

 

「永い夢の中で『第二の可能性』が実現される夢...を...な」

 

男は恐ろしい程に冷徹で、殺気立った目をキンジに投げ掛けている。

 

「キンジ。残念だ―――パトラ如きに不覚を取るようでは、『第二の可能性』は無い。夢は、ただ夏の夜の夢でしかなかった...ということか」

 

何の話だ、なんで奴はキンジを知っている。誰だ...?

 

「...兄さんッ! 分からねぇよ!『第二の可能性』ってなんだ!パトラって誰だ!なんで、なんで...!そんな、アリアを撃った奴の船に乗ってるんだよォ!」

 

――何?

 

あの、黒いコートを着た野郎が...キンジの、兄貴?

 

でもキンジの兄貴は...死んだって聞いたはずだが...。

 

「これは『太陽の船』。王のミイラを当時海辺にあったピラミッドまで運ぶのに用いた船を模したものだ。それでアリアを迎える。――そういう計らいだろう、パトラ?」

 

キンジの兄貴は海に向かって語り掛ける。

 

すると海から棺が飛び出して、海水が抜けていく。中に入っていたのはアリアで、その下から、棺と蓋を持ったさっきの女が浮上してくる。

 

「気安く妾の名を呼ぶでない――トオヤマ キンイチ」

 

そう言いながら女は、棺と蓋をパン!と合わせて船に放り投げた。

 

ジャッカル人間たちがそれを受け止めるが何体かが押し潰されてしまう。

 

女はキンジに視線を合わせて、妖艶に笑った。

 

「1.9タンイだったか?欲しかったものの代償、高くついたのう。小僧」

 

コイツが、あのジャッカル人間たちを使ってた親玉か...。

 

「そして、そこの小僧...妾のスカラベを幾つもすり潰しおって...許さんぞ」

 

女が俺の方を見て、怒気を滾らせている。

 

――俺なんかしたっけ。

 

「まぁ良い...しかし簡単な話ぢゃったのう...金か地位に関わるタンイとやらを餌にすれば、ほれ。簡単にここまで来よった。妾の力が無限大になるピラミッドの近くに、アリアという手土産を持ってな。アリアも不幸よのう。こんな所で小舟が故障とは。おかげで妾はきっちり、心臓を狙えたわ...しっかり呪っておいた甲斐があったのう」

 

何時の時代の人間だよと思うような喋り方に、ほほ、ほほほ...なんて笑い方。

 

間違いなくコイツは、イ・ウー関係の奴だ。もう何となくわかる。喋り方がバカっぽいし人間だし、ブラドよりは戦い易いはずだ。

 

「――妾が呪った相手は必ず滅ぶ。イ・ウーの玉座を狙っておった目障りなブラドも妾が呪っておいた故...このような小娘にあっさりとやられた訳ぢゃ。くくく...」

 

呪った相手が必ず滅ぶ...厄介なタイプだな。

 

その女はしばらく高笑いをしていたが突然笑いを止めると、俺の方を見て、親の仇を見るような目で睨まれた。

 

「ぢゃが...そこの小僧だけは別ぢゃ...どれほど呪いを送ろうと全て踏み潰してしまうとは...挙句の果てには下僕共に仕込んでいた物まで潰す...小僧はダメかと思いジャンヌに対象を変えれば必ずお前がやってきて邪魔をしよる。一番不愉快なタイプぢゃ」

 

スカラベ...ああ、コガネムシのことか。

 

「そんなもん知るかよ、目の前に虫が飛んでたら叩くなり潰すなりして追い払うモンだろ」

 

「...やはり、気に入らん」

 

おかっぱ女は俺の事が大嫌いなようだ。別にどうでもいいんだけどさ。

 

「しかし、一人も殺しておらぬな...贄がないのはちと寂しいのう...ついでぢゃ、お前。――――死ね」

 

女は両手をキンジの方に真っ直ぐと突き出して、死ねと言っている。

 

同じのを先月のメイド喫茶で見た気がする。セリフが「萌え萌えキュン」と「死ね」で大きく違うがポーズだけはだいたい一緒だ。ハートマークは作ってないが。

 

「妾が直々にミイラにしてやろう。ほほ。名誉ぢゃの、光栄ぢゃの。嬉しいのう――――」

 

女が指を動かすと、キンジの体から蒸気が上がり始める。

 

――何をした?

 

「――パトラ。それはルール違反だ」

 

キンジの兄貴が女を止める。

 

それと同時に、キンジの体から上がっていた湯気も収まる。

 

「なんぢゃ。妾を『退学』にしておいて、今更るーるなどを持ち出すか」

 

「戻りたいなら、守れ」

 

「気に入らんのう」

 

女の言葉で、ジャッカル人間たちが持っていた櫂をキンジの兄貴に向ける。

 

キンジの兄貴は眉をピクリとも動かすことなく静かに話し始めた。

 

「『アリアに仕掛けてもいいが、無用な殺しはするな』。俺が伝えた『教授(プロフェシオン)』の言葉、忘れたワケじゃないだろうな」

 

女は口をへの字に曲げている。

 

「お前が頂点に立ちたいことは知っている。だが、今はまだ『教授』に従う必要がある。リーダーを継承したいのなら、『教授』に従え」

 

「――いやぢゃ。妾は殺したい時に殺す。贄がのうては、面白うない」

 

「それだから『退学』になったのだ。学べ、パトラ」

 

「妾を侮辱するか――今のお前なぞ、一捻りにできるのぢゃぞ?」

 

「...そうだな、ピラミッドの近くでお前と闘うのは賢明とは言えない」

 

「そうぢゃ!あの神殿型の建造物が傍にある限り、妾の力は無限大!故に殺させろ!そうでなければ、お...お前を棺送りにするぞ!それでも云いというか!」

 

じゃあさっさとやれよ、数が減ってくれるなら俺としては有り難い。

 

だが女は仕掛けずに、キンジの兄貴が女に近づいて行く。

 

そして、そのまま人指し指と親指で女の顎をクイッと上げて―――

 

静かにキスをした。女は抵抗する素振りを見せてはいたが、次第に力が抜けていき目を閉じてしまった。

 

――――は?

 

キンジの兄貴は腰が抜けてしまった女の腰を左腕で抱き留め、支えている。

 

それを見ていたキンジの雰囲気がより一層剣呑なものになる。

 

「――これで許せ。アレは俺の弟だ」

 

女は顔を赤くして数歩後退する。

 

「トオヤマ キンイチ...妾を使ったな!?好いてもおらぬクセに...!」

 

「――哀しい事を言うな。打算でこんな事が出来るほど、俺は器用じゃない」

 

キンジの兄貴のムードが若干変わる。キモいキンジの時によく似ているような気がする。

 

女は数度息を整えてからまた話し始める。

 

「な、なんにせよ...今のお前とは戦いとうない。勝てるには勝てるが、妾も無傷では済まんぢゃろうからな。今は『教授』になる大事な時ぢゃ。手傷は負いとうない」

 

――どっちだよ。

 

簡単にやれるとか戦いたくないとか、よくわかんねぇな。

 

そうして女はキンジの兄貴に何かを投げ渡して、逃げるように海に飛びこんでいった。

 

結局逃げるのかよ。

 

そしてすぐに、アリアの入った棺も海の中へ消えていこうとする。

 

キンジと同じタイミングでアリアを助けようとするが、激しい一喝で体の動きが止まる。

 

「止まれ!」

 

激しい殺気をぶつけられ、本能が体を停止させる。

 

その間に棺は海に溶けてしまったように消えた。

 

「――『緋弾のアリア』か。儚い夢だったな」

 

「緋弾の...」

 

「アリアだと...?」

 

キンジと俺の疑問が一致する。緋弾って何だ。何の事を言っているんだ。

 

「兄さん!俺を騙したな!あんた、アリアを殺すのはやめたって言ってただろうが!」

 

「殺してはいない。看過しただけだ」

 

「そんなの詭弁だ!あんたが助けてくれれば、アリアは!」

 

「まだだ」

 

キンジの兄貴が、腕を突き出して砂時計を見せてくる。

 

「まだ死んでない。アレはパトラの呪弾。撃ちこまれてから24時間後に死ぬ。つまり、まだ生きている」

 

「...!」

 

アリアは、まだ生きている。なら、とっとと助けにいかねーと。

 

「パトラはその間に、イ・ウーのリーダーと交渉するつもりだ。それまではアリアを生かしておく必要がある。だが、それまでだ。パトラがどうなろうと『第二の可能性』はない。アリアは死ぬべきだ」

 

「兄さんは、アリアを見捨てるのか!イ・ウーで無法者共に何をされたんだ!あんたは!」

 

キンジが激高して吠える。

 

「無法者か」

 

キンジの兄貴は激高するキンジとは真逆。何処までも静かだ。

 

「イ・ウーは真に無法。いかなる世界の法も無意味とし、内部にも一切の法規が無い。メンバーである限り、自由なのだ。イ・ウーのメンバーは好きなだけ強くなり、好きなだけ好きな事をする。そして、他者がその目的の障壁や材料になるのなら...殺しても構わない」

 

その言葉に、息を呑む。キンジは怒りで震えている。

 

そんな組織なら...きっと内部の抗争や、派閥もできるはずだ。どうやって、纏まっているんだ...?

 

「イ・ウーのリーダーがその無法者たちを束ね続けてきた。彼という絶対の存在が居たから纏まり続けていた。だが、それがもうすぐ終わろうとしている...寿命によってな」

 

寿命で、リーダーが死ぬ。それはつまり、暴れ出す奴らも出てくるということ...!

 

「イ・ウーは超人育成機関ではない。どの国も手出しできない。各々が超能力を備え、核武装した武装集団なのだ。その中には主戦派―世界への侵略行為を本気で目論む者たちもいる」

 

今時世界侵略だと...!それを、マジに出来る集団がいる...なんて、恐ろしい話だろう。

 

「だが、それを良しとしない者たちも居る。『教授』の気質を継ぎ、純粋に己の能力を高める事のみを求める者たち...研鑽派と呼ばれる一派だ。彼らは教授の死期を知ってから後継者を探し始めた...教授と同じ、絶対無敵になり無法者たちを束ねることができる者...それが、アリアだ」

 

アリアだと?なんで、アリアなんだ。アイツは超能力を持ってないぞ。

 

「アリアは『教授』に選ばれた、次期リーダーだ」

 

意味が、分からねぇ...!なんでアリアに固執するんだ!?

 

「アリアをイ・ウーへ導く。その代わり、弱ければ殺す。殺して、別の次期リーダーを探す...それが研鑽派の合言葉になった」

 

滅茶苦茶だ。勝手に拉致して、弱かったら殺すなんて...

 

キンジの兄貴は、まだ言葉を紡ぐ。

 

「キンジ、済まなかった。何も教えてやれなくて――俺は、奴らの眷属となりイ・ウーを殲滅するために活動していたのだ」

 

キンジの兄貴の死は、偽装工作で...本命は同士討ちを発生させるために、潜伏していたってことか。

 

話が、急に進んでいく。頭の中が混乱する。

 

「『第一の可能性』は『教授』が死ぬと同時にアリアを殺し、空白の期間を作ること。『第二の可能性』は今代の『教授』の暗殺...」

 

教授の、暗殺...!さっき、キンジの兄貴は『第二の可能性』は無くなったって言ってた。つまり、諦めたってことか?

 

――じゃあ、『第一の可能性』に戻るんじゃ...アリアが、死ぬ?

 

「俺は夢の中で『第二の可能性』に賭けたが、賭けは俺の負けのようだ」

 

「...」

 

「お前たちは未熟すぎた。パトラ如きに不覚をとるようでは『第二の可能性』はない。故に、『第一の可能性』に戻るまでだ」

 

――アリアの、抹殺。

 

「兄さん、アンタ武偵のクセに...人を殺して事を収めるつもりかよ」

 

「俺は武偵である以前に、遠山家の男だ。遠山一族は義の一族。巨悪を討つ為なら人の死を看過することを厭ってはならない。覚えておけ」

 

遠山家が義の一族で、悪を討つ為なら犠牲も必要だとキンジの兄貴は言う。

 

――ふざけんなよ

 

「帰れ、キンジ...そして、キンジの友よ。君を巻き込んでしまって済まないと思う。許してほしい...ここで全てを忘れて、帰ったほうが楽になれる。イ・ウーはお前たちの手に負える相手ではない」

 

何処までも優しい声が、俺に投げ掛けられる。

 

確かにそっちの方が楽だろう、不幸な事故だったと割り切ればそれで済むはずだ。

 

でも違うだろ。そんな事、していいワケがないだろう。俺の中に流れる血に遺伝的な物は何もない。歴史に名前も残ってない。義の一族なんて大層な肩書はない。

 

伝説の探偵の血も無ければ、怪盗の血も、救世主の血も微塵も流れてない。

 

 

 

だが!

 

 

 

この血潮は俺の物で、俺の心は俺だけの物だ。俺の熱が帰ることを拒絶する。

 

坂を下って、楽になる道を拒んでいる。

 

消えていく『太陽の船』に向かって水上バイクを走らせ、ぶつける。

 

隣には同じようにキンジがいて――先にバイクを足場に跳躍し、キンジの腕を掴む。

 

そのまま船体に放り投げて、自分も転がる様にして乗る。

 

この心が熱く燃えている。血潮が滾っている。目に闘志が宿るのが分かる。

 

砂煙の中で、キンジの兄貴の眼光が怒気に包まれたのがハッキリと理解できる。

 

「キンジの兄貴だったか?アンタ、分かってねーよ...全然分かってねー」

 

なんで、そんなにも。自分を騙すのだろう。

 

「そうだ...知ってるんだろう!自分が間違っていることを!自分を誤魔化してるだけじゃねぇか!『義』がそこにあるのなら!正義を謳うなら、誰も殺すな!誰も死なずに誰もが助かる道を見つけるべきだ!それが武偵だろ!」

 

「...それは、俺が100万回考え、100万回悩んだ事だ。だが、義の本質とは悪を殲滅すること。力無き民、無辜の世界を守るためには犠牲が伴われることもある」

 

 

そう。それだ。

 

 

 

 

「それだぜ、さっきから『正義』だ『悪』だと...くだらねー...助けたいから、助けるんだろうが。なんで損得勘定で誰かを殺して、誰かを助けなくちゃいけねーんだよ!自分の心を騙してどうすんだよ!俺の一族は名があるワケでもねーし大層な肩書も無い...だが、この血潮が、この体に流れる血の熱が!俺のすべき事を教えてくれる!俺の心は、こんなにも『俺の成すべきと思った事』で燃え上がっている!だから―――アンタを、止める!!」

 

――アリアは、殺させない。

 

「兄さん...あんたはもう、俺の兄さんなんかじゃない。...元武偵庁特命武偵 遠山金一!殺人未遂の容疑で逮捕する!」

 

キンジが一歩前に出て俺と横並びになる。2人だけのコンビ。

 

――半年振りのコンビだ。

 

「―いいだろう、キンジ、お前のHSSと、冴島隼人...お前の速度を見せてみろ」

 

「言われなくても、見せてやるよ」

 

「俺の速さに、付いてこれるか!」

 

「「行くぜ、金次/隼人!」」

 

「この船が沈むまで、20秒と言ったところか...お前たちの想いが本物かどうか、確かめさせてもらう」

 

そう言いきった瞬間、奴の腕がブレる。マズルフラッシュが光る。

 

それを見て即座に『エルゼロ』へ突入し、キンジの胸に飛来していた銃弾を握り、振るう。『イージス』は、無敵だ。

 

そのまま銃弾を地面に捨てて、『エルゼロ』を終了する。

 

「何...!?」

 

キンジの兄貴が驚いているのが分かる。そりゃそうだろう。銃弾を掴まれるなんて予想してなかったはずだ。

 

「アンタの射撃までの速度は速いが...銃弾がちと遅すぎるぜ」

 

「視えたぜ...『不可視の銃弾』。武器はピースメーカーだ。そしてそれは、途轍もない速さで発射される、早撃ち――!ピースメーカーは早撃ちに特化した銃だと聞いたぜ」

 

そしてキンジは、俺が止めた一発からキンジの兄貴の技を見破ったようだ。

 

「流石、俺の弟だな。それに隼人...お前もよく止めた」

 

キンジの兄貴は褒める事こそすれど、顔は剣呑なままで、脱力している。

 

「だが、キンジがそれを防げる訳ではない...1/36秒しかない銃弾は、隼人でない限り避けることなど出来はしない...俺でも不可能だ」

 

「隼人...下がっていてくれ、ここからは、俺がやる」

 

キンジが更に、一歩前へ出る。それを見て俺は一歩後ろへ下がった。

 

キンジが取ったのは、キンジの兄貴と同じ構え。

 

「――浅はかな。お前の銃はオートマチック。早撃ちには適さない」

 

キンジの兄貴が落胆したような声で静かに話す。

 

海風が強く吹きはじめ、船を形作っている砂が崩れる速度を増していく。

 

「眠れキンジ。兄より優れた弟など――居ない」

 

その言葉と共に、キンジの兄貴が動いた。

 

視認情報の加速を限界まで上げて、2人の動きを見る。

 

キンジの兄貴の腕の動きが、吹きつける砂によってハッキリと見える。

 

ピースメーカーを抜いた。キンジがやや遅れて、ベレッタを構える。

 

――ポァァウゥゥン!!

 

――グゴァァウゥン!!

 

スローモーションになった銃声が耳に響く。

 

キンジは3点バーストで撃っている。

 

吐き出された弾丸と弾丸が、ゆっくりと磁石のように惹かれ合っていき―――

 

 

 

―グゴワクィィイイイイイインッッ!

 

 

 

空中で衝突して、跳ね返っていく。

 

銃弾が跳ね返りあって、互いの銃口へと戻っていく。

 

キンジの銃口に戻りかけた弾丸が、バースト射撃の2発目で弾かれる。

 

弾かれた弾丸は機動を変えていく。

 

一方で、キンジの兄貴の方は銃弾が銃口へ入り込んでいった。

 

そこで、視認情報の加速を終える。

 

バガンッ!と大きな音を立ててピースメーカーが壊れる。

 

キンジの兄貴が、顔を歪める。

 

足元が水に沈んでいく。それを見て、急いで水上バイクの方へ戻る。

 

キンジは、戻ってこない。

 

「キンジ!?キンジ!」

 

「...冴島隼人くん」

 

キンジを呼んだら、代わりにキンジの兄貴が出てきた。

 

警戒を強めて、答える。

 

「...何だ」

 

「キンジの事を...頼む。きっと目標を失って...悩むだろうから、助けてやってほしい」

 

海水に濡れたキンジの兄貴は、水上バイクに乗った俺を見上げながらキンジの事を頼んできた。

 

「...ふざけんなよ、アンタに言われなくても...俺がやる。俺がやらなくても、キンジが自分で見つける」

 

「...そうか?」

 

「そうだ、キンジは強い」

 

――俺なんかよりもずっと、ずっと強い。

 

「そうか...信じてくれる人がいるなら、俺もそう信じてみよう」

 

そう言って、キンジの兄貴は水に濡れたキンジを引っ張って、俺の足元に寄せた。

 

「キンジ!」

 

呼んでも意識がないのか、ピクリともしない。

 

とりあえず引き揚げて、水上バイクの後部席に乗せる。

 

それから、向き直ってキンジの兄貴に話をする。

 

「アンタはこれからどうするんだ」

 

「イ・ウーに戻る。が、それより先に陸に上がる。幸い此処は波止場だ...陸は目の前さ」

 

キンジの兄貴はそう言いながら俺に背を向けて波止場へ向かい泳ごうとする。

 

「待ちな」

 

「...まだ、何か用か?」

 

「ああ、重要なことだ」

 

「...言ってみろ」

 

「――――水上バイクが2台あるが、これは借り物でな。操縦士が1人足りねーんだ...手伝ってほしい」

 

そう言うと、キンジの兄貴はポカンとした表情になり、少し時間が経った後に笑い始める。

 

「ククク...面白い奴だな君は。敵かもしれない俺に水上バイクの返却を手伝わせるだと?アハハハハッ!今まで見たことのないタイプだな君は!」

 

「こちとら単位獲得に必死なんだよ!しっかりやってもらうぞ」

 

「クク、良いだろう。それくらいお安い御用だ」

 

キンジの兄貴はそう言って空いてる方の水上バイクに上がり、エンジンを掛け始める。

 

「さぁ、戻ろうか隼人くん。君は面白いな...出会い方が違えば、仲良くなれたかもしれない」

 

「知るかよそんなの...それに、敵だから仲良くなれねーなんていうのは詭弁だぜ。本当に気が合う奴とは...敵、味方、人種、国境、言葉...どんな壁だって乗り越えて、仲良くなれるモンだ。例え命をやり取りしてた間柄であっても、な」

 

「...それはつまり、俺とも仲良くしてくれる、ということか?」

 

「...好きにすりゃいいだろ...それにキンジの兄貴だ...きっと、気が合うはずだ」

 

「...本当に君は、面白いな。それに俺は正直、君みたいなタイプは好みだぞ」

 

「俺ソッチの気はないんで」

 

「そういう意味じゃない、変な誤解はしないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで険悪だった雰囲気はなく、何年か交友関係を持ったような雰囲気でキンジの兄貴と話しながら、来た道を引き返していく。

 

「キンジには内緒だが...俺も、もう一度『第二の可能性』を信じてみようと思う。隼人くん...君も、キンジを助けてくれるか?」

 

「言うまでもねーぜ...俺は、俺の成すべきと思った事をする」

 

「...ありがとう。君とはカナの時にも会ってみたいものだ」

 

「カナ?カナだと?」

 

「あ、言ってなかったか?カナっていうのは、俺の女装したときの名前でな」

 

――はえ?

 

待て、じゃあキンジがカナって名前を異常なくらい隠したがっていたのは...!

 

「キンジが隠し続けてたのは...アンタの女装癖のことだったのか!?」

 

「ま、待て!言い方が悪い!何も間違ってないがその言い方はやめろ!」

 

家族が、女装癖を持っている...確かに隠し通したい事実だ。必死になるのも分かる。

 

「なんでアンタたち遠山家は急に気持ち悪くなったり、女装癖があったりするんだ!何が正義だよ!この変態!」

 

「うぐう!その言葉のナイフが、一番痛いぞ!」

 

キンジがキンジなら兄貴も兄貴かなって思ったらレベルが違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで満足かい?隼人くん」

 

「ああ...カナとやらに会った事はないが、出来れば会いたくないな...」

 

「ハ、ハハハ...その話は止めよう、な?」

 

キンジを水上バイクから降ろして、プールの縁に置く。

 

そして、互いに向き合う。

 

「アリアを助けに向かうんだろう?」

 

「当然だ」

 

「...強い、良い目だ。やっぱりもっと速くに君に逢いたかった」

 

「アンタには速さが足らなかったみてーだな?」

 

「その通りだ」

 

小さく笑い合い、真剣な表情になる。

 

「キンジには黙っておく――だが君にだけ言おう。約束しよう...必ず、援護する」

 

「その言葉に、嘘はねーな?」

 

「遠山の名に懸けて」

 

キンジの兄貴とそうやり取りをして――互いが反対側を向く。

 

キンジを担ぎ上げて、立ちあがる。

 

そして互いに一歩踏み出した時に、ポツリと呟く。

 

「変態一族の名前出されてもなぁー」

 

後ろで、ズルッと滑るような音が聞こえた。

 

「君は本当に...締まらないなぁ」

 

振り返るとキンジの兄貴は笑いながら頬を掻いていた。

 

「じゃあ、また会おう隼人くん」

 

「ああ、今度は、同じ方向に銃を向けたいモンだ」

 

「その未来は近い、約束するよ」

 

そう言って今度こそ振り向かずに俺はプールを後にする。

 

キンジの兄貴も、何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ジャンヌたちと合流して事の顛末を話し武藤に電話して、回収してもらった。

 

 

アリアが死ぬまで...あと23時間。


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