駄文ばかりではありますが、よろしければ今後ともお付き合いくださいませ。
あれから一夜明けた朝。
俺たちは何事も無かったかのように接している。
ジャンヌが俺より先に起きて、俺を起こす。
俺はそうやって起こされて、朝食の匂いを嗅ぎながら顔を洗いに行く。
顔を洗って、ワックスで髪をざっと纏めて手を洗い洗面所を出るとジャンヌが席に座って待っている。
俺も席に着いて朝食を共にする。
いつも通りの朝だ。
そう、本当に――いつも通りの朝だ。
「今日は...キンジたちと訓練だったな」
「ああ...そうだ」
「なら、急ごうぜ。俺も試したいものがある」
朝食を手早く処理して、強襲科のトレーニングルームに行く。
そこには既に汗を滝のように流しているキンジと、額に汗を滲ませたアリアがいた。
「うーっす、やってるな」
「ハヤト!遅いわよ」
「悪ィな、最近暑くて寝付きがな」
「だったらもっと早く寝なさいよ」
「昨日はゲームに夢中になっててな...」
「ふぅん、武偵たるもの、自己管理はしっかりやりなさいよ」
「分かってるよ」
アリアの忠告を聞いて、キンジの方に近寄る。
「よっキンジ」
「...隼人か」
「さて、時間は有限だぜキンジ。喋ってもらおうか」
――お前の提唱した、一瞬だけ音速に至る
「...ここは、アリアとジャンヌが居る。ダメだ」
「...分かった。アリア、ジャンヌ!俺とキンジは組手をやるから向こうにいく!」
「そう、頑張りなさいよ」
「ふむ、まぁそれもいいな」
キンジの肩を掴んで、トレーニングルームからアリーナへ移動する。
夏休みの早朝ということもあって、人がいない。
「ここなら、貸し切りだな?」
キンジにそう言って笑いかけると、キンジは真剣な表情で辺りを見回して、盗聴されていないか念入りに確認し、互いにボディーチェックまでやるぞと提案して、やってきた。
こっちも一応キンジのボディーチェックを済ませて盗聴の心配がない事を確認するとキンジが小声で話し始めた。
「いいか、隼人。これは俺が本気になった時でも、限られた時間でしか出来ない――俺が『風魔』の技をヒントに作り上げたオリジナルの...自損技だ」
「反動が強すぎて、自分もダメージを受けるのか」
「ああ、そうだ」
「で、それは音速を超えるのか...?」
「ああ」
「よし...教えてくれ」
「...いいか?お前にだけだ。お前にだけ教える」
キンジは念を押して、俺にだけと強調する。俺はそれに頷きで答える。
「そして、出来る事なら一度も使わないでほしい」
「...わかった」
「まず、俺の全力で――時速36kmで駆ける。そのあと、つま先で100km、膝で200km、背中と腰で300km、肩と肘で500km、手首で100kmの加速を俺は生み出せる。それらを一瞬だけでいい、全く同じタイミングで...同時に動かせれば...ほんの一瞬だけ音速に到達する」
キンジの理論はぶっ飛んでいる。人間の体でそんな加速をすれば、きっと体にガタが来るだろう。
確かに、その理論なら一瞬だけ時速1236㎞に到達するはずだ。そして、円錐水蒸気が生まれて腕が傷つくだろう。
「だが、お前の場合は前提が違う...だからこそ、俺以上にこの技を危険な物に昇華させられる」
「あー...そうだな。俺は時速280kmオーバーで走れる。それこそ本気になれば秒速700m以上の速度だって出せる」
「そこまで、進化したのか...?」
「ああ」
「だったら、きっとこの技はお前が使うと、円錐水蒸気じゃ済まないだろう。反動も、えげつないことになるかもしれない」
「分かってる。だが、速くなれるならいい。それに俺には明確な攻撃技が足りないんだ」
「...本当にいいのか?」
キンジはしつこく聞いてくる。それだけ、危険な技なんだろう。
だが、望んでも手に入らなかったものが、目の前にあるんだ。
是が非でも取るだろう。
「ああ。覚悟の上だ」
「分かった。お前の場合...もっと速度を乗せる為に腕によるナイフ攻撃よりも、その超速度から生み出される蹴りのほうが致命傷を与えられるはずだ」
「...そうだな」
キンジが俺の戦闘スタイルを分析して、パンチよりもキックの方がいいという意見を出してくる。これに関しては同意する、パンチはあまり得意じゃない。
「恐らく使うタイミングとしては相手が、お前の背後にいる場合だ。お前はそれを確認してから左足、右足...どっちかを軸に回す。その勢いを殺さず同時に腰、背中、腕、肩、手首の力を同時に使った遠心力によって加速し――軸足にしなかった、攻撃するための足を振って更に加速する。その加速が乗り切った一撃を当てれば...当り所が悪ければザクロの出来上がりだな」
キンジはヒソヒソと俺に理論を説明する。そして、そのまま警告をする。
「例え親しい人であろうと、コレを見せるな。この技は隠しておくから意味があるんだ」
「分かった、分かったよ。で、キンジ...この技に名前はあるのか」
「...『桜花』 俺の場合は腕から撒き上がる鮮血が桜の花びらのように見えることから名付けた」
「ふむ...俺も、その名前にした方がいいか?」
「いや...もし俺たちのどちらかが使って、同じものだと悟られるのを避けたい」
「つまり名前を変えるってことだな?」
「まぁな。だが今じゃなくてもいいだろう」
「それもそうだ」
そうして一旦会話を打ち切って、軽くストレッチをしてから組手を行う。
キンジから秘伝技...『仮称桜花』を教わった。自損技だった。
息が上がるくらいに組手をして、キンジに俺の新技の開発に協力してもらう。
「何?新技だと?」
キンジが怪訝そうな顔をして聞いてくる。
「そう怪しむなって、オメーの奴よかよっぽど良心的だ」
「お前が言ってもなぁ?」
「ぐぬぬ...」
キンジに挑発され言葉を失う。
「まぁいい。今から『エルゼロ』まで一気に上げる」
「『エルゼロ』?なんだそりゃ」
「さっき話しただろ?銃弾に歩いて追いつける状態のことだ、それをそう呼ぶことにした」
「お前、マジでその『エルゼロ』とやらに成った状態で『桜花』を使うなよ!?当たった相手がどうなるか分かったもんじゃない!」
「まぁ状況次第だな」
「早速教えたことを後悔してきたぞ...」
「まぁそんなことは置いて、俺の新技の話をするぞ」
「ああ、もう何を言われても驚かんぞ」
キンジが呆れた顔をして俺を見てくる。その顔を絶対驚愕の表情に変えてやる。
「俺がやるのは『エルゼロ』に到達してから、相手が放った銃弾を掴んで、ベクトルが消滅する勢いで振ってやる。それだけだ」
「それ相当頭おかしいからな?」
「銃弾をナイフで真っ直ぐに斬るキンジ君に言われても説得力ないなぁ」
「ぐぬぬ...」
キンジの顔を驚愕に染めてやることはできなかったが、悔しげな表情には出来たので良しとしよう。
「で、これからその実験をする」
「は?」
「やってみなきゃわかんねーだろ!ほら、とっとと撃て」
「マジで言ってんのかお前!バカじゃねぇの!?」
「いいから、早くやれ!」
「ええい、信じてるぞ!...行くぞ!」
キンジがベレッタを抜いて発砲したその瞬間、一気に『エルゼロ』へ到達する。
射出されたばかりのベレッタの9mm弾が銃口から螺旋回転をしながら出てくる。
それを目で確認して、歩いて近寄る。
そして、射出されたばかりの弾丸を手で掴んで、思いっきり振る。
そのまま握っていると熱いので、すぐに手を放して地面に向けて弾丸を落とす。
『エルゼロ』を終えて元の速度に戻ると、排出された薬莢が落ちるよりも速く勢いを失った弾丸が落ちていく。
「マジかよ...」
キンジがその光景を見て驚愕している。
「これが俺の、瞬間絶対防御術...その名も『イージス』だ」
「そりゃイージスシステムから持ってきたのか?」
「何で分かったんだよ!?」
「そんなに分かりやすい名前もないと思うぞ...?」
――あれぇ、おかしいな...結構必死に頭捻って付けたんだがなぁ。
「まぁ弱点としては『エルゼロ』の状態じゃないと使えないこと。長時間の使用が不可能なことだな」
「だがそれを接近戦で、任意のタイミングで使えれば最強の防御になる...まさしくイージスだな」
「キンジも使っていいんだぜ?」
「出来るかバカ」
「いやいや!オメーなら出来るって!いつかやるって信じてるぜ!」
「そんな状況だけはゴメンだ」
キンジと話をしながら、組手へと戻っていく。
強襲科の頃の勘が戻ってきているのか、次第に攻撃を防がれていきカウンターを貰うことが多くなってくる。
キンジはやっぱり、強襲科の人間だなと思う。たまにフェイントも混ぜるがキンジは引っかからない。むしろそのフェイントを逆手に一方的なカウンターを叩き込んでくる。
「クソッ!ちょっとくらい手加減しろや!」
「こっちも、必死なんだよ!」
キンジに攻撃を防がれ、流され、カウンターを貰って少し動きが大雑把になっていた俺は、渾身の右ストレートを打つもキンジに掴まれ、勢いを利用されて投げ飛ばされた。
アリーナの床にビターン!と落ちる。疲れた...。
「あー...床冷てぇ...」
「何を言ってるんだお前は...丁度いいし休憩するか...」
床に叩きつけられたまま床の冷たさを味わっていると、隣にキンジが腰を下ろしてくる。
そのタイミングでアリアとジャンヌが入ってきて、時間もいいし昼食を摂ることになった。
『仮称桜花』に、『イージス』。新しいモノは手に入れたが、まだだ。
まだ速さが足りない。
そう。