胃がやべー
梅雨も終わり、初夏へと向かっていく今日この頃。
なぜか最近一緒のベッドで寝る事になった俺とジャンヌは、だいたいジャンヌが先に起きて俺を起こすのだが――夏に向かっているだけあってジャンヌの部屋着も厚みの薄いものになっていく。
それを見て今日も一日頑張ろうとか思いながら、アリア、ジャンヌと訓練を熟していた。それがここ数日間の話。
訓練の帰り道にジャンヌと一緒になって歩いていると、夏に近づいてきたせいか虫が凄く多い。コガネムシのような虫がジャンヌの膝に着こうとしたところを見つけて、全力で踏み潰した、なんて事もあった。
ジャンヌは大袈裟だな、と苦笑を漏らしていたが白い雪のような肌が傷つくのは見たくない。たとえそれが蚊に血を吸われただけであったとしても。
まぁその話はこの辺で止めておく。最近はキンジの意識も変わり始めたのか、俺と一緒に放課後の訓練に参加するようになった。と言ってもまだ参加率は高くなくて、気まぐれで来る程度だとは思う。
ジャンヌと俺は朝食を食い終えて、夏服に着替える。
「しかし、冬服もそうだったが...なぜ武偵高の制服はこう、スカートが短いのだ」
ジャンヌが夏服を着て、その場でクルリと軽く回る。
「いいじゃねーか、可愛いし似合ってるし」
「むぅ...あまりみだりに足を見せるモノではないと思うのだがな...?」
2人揃って寮から出て、徒歩で通学する。
初夏の日差しは朝だと言うのに激しいくらいの自己主張をしていて、やや暑い。
街路樹の方からは蝉の鳴き声が聞こえる。まだそこまで喧しいモノでもないので、そう苛立ちもしない。
2人揃って歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「ハヤト、ジャンヌ」
立ち止まって、後ろを振り返るとマウンテンバイクに乗ったキンジとその後ろにアリアが居た。
「よォーキンジ、アリア。おはよーさん」
「ええ、おはよう。ジャンヌ...分かってるんでしょうね?」
「くどいぞ、アリア。神崎かなえの裁判には出席するし、証言もする」
ジャンヌがアリアを鬱陶しがるような態度で俺の前まで来て、アリアの視界から外れる。
そんな態度に苦笑を漏らして、4人で登校する。
キンジとアリアがチャリを置いて戻ってきたのでまた歩き始めると、連絡掲示板に人だかりが出来ているのが見えた。
「なんだありゃ」
「見に行くか」
人だかりを掻き分けるようにして掲示板の前に辿り着く。
貼られているお知らせは至ってシンプルなもので、一学期の単位不足者の一覧表だった。
じろじろと見ていると、キンジの名前を見つける。...俺の名前もみつけちまったよ...
『2年A組 冴島隼人 専門科目(SSR) 0.1単位不足』
『2年A組 遠山金次 専門科目(探偵科) 1.9単位不足』
0.1単位...ああ、合宿のあれか...そういや清算してなかったなぁ。
そのまま下の方へ目を向けていくが、知り合いの名前は見られなかった。
不知火はこの辺しっかりしてそうだし、武藤も普段はバカだけどこういう所だけはちゃんとやってる。
キンジが単位不足をバカにするアリアを少し押しのけて、単位稼ぎ用の依頼一覧表を覗きこんでいる。
俺もそれを見に行く。
「隼人、単位はしっかりと確認しておけと言っただろう」
「合宿一回分がパーになったことを忘れてたんだよ」
港区では砂関係の盗難が相次いでいるが、こういう時にSSRは不便だ。
超能力者を依頼に派遣させますなんて言ったら二度とやらせてもらえないかもしれないからなぁ。
そして、キンジと同じ依頼が目に留まる。学科は応相談で、カジノの警備。
「これだ!」
「キンジ!一緒にやるぞ!」
「ああ!」
と、意気込んだはいいが、必要生徒数は6と書かれている。
「ジャンヌ、一緒にやろーぜ!」
「カジノ警備か...それもいいな」
「アリア、一緒にこれをやるぞ」
「ふーん、カジノの警備?いいんじゃない?」
お互いのパートナーの了承も得られた。これで4人の確保に成功する。あと2人...誰か居たかな。
結局人は見つからず、3限目の授業...体育の水泳をやっているが蘭豹先生は拳銃使いながら水球をやれといって出ていってしまった。
ほとんどの生徒がフケて、携帯をイジったりしている。それでいいのか高校!
俺もボケー、とプールの端で呆けているとキンジがやってきた。
「隼人、そっちで人数の確保はできたか?」
「無理無理、皆やりたくねーって」
「薄情な奴らめ...」
キンジが俺の隣に腰を下ろして同じ様に呆け始める。
そこに武藤が車両科の生徒を、平賀さんが装備科の生徒を引き連れてやってきた。
何やらでかい物を担ぎ上げている。
「おーい不知火!プールから上がってくれ!」
武藤が大声で不知火を呼んで、プールから退けと言う。
不知火は笑顔で俺たちの方へ来ると、体を引き上げて俺たちの隣に座る。
「あはは、追い出されちゃったよ」
武藤たちが水の上に何かを浮かべ始めた。
潜水艦かなんかのラジコンかな、なんて思ってると潜水艦の背中がパカパカとハッチが開いていき、パシュッパシュパシュシュと音を立ててロケット花火が上がった。
『おー!』
それを見ていた生徒たちが武藤と平賀さんに拍手を送っている。
平賀さんなぁ...マジでスゲーレベルで仕事はしてくれるんだが、いかんせん不具合が多いんだ。
アームフックショットもブラドの事件の後に整備して貰うために持って行ったらモーターの基盤の一部が溶けていた。今は改良して貰っている所だ。
スプリングブーツは問題なく、今も使っている。
「おぅキンジ!隼人!見ろよコレ!超アクラ級原子力潜水艦『ボストーク』だ!コイツは空前絶後の超巨大原潜だったんだが、進水直後に事故で行方不明になっちまったんだ...。それを、模型とは言えオレと平賀が現代に蘇らせたんだ!」
「外でやれ外で」
「原潜かぁ...なぁ武藤、大和は作れねーのか?」
キンジは呆れていて、俺は他に作れるのがないか聞いてみるが、武藤は「大和はダメだ、誰だってやってるよそんなの」なんて言って相手にしてくれなかった。
俺はトイレに行く、と言って立ちあがってその場を離れる。
トイレから帰ってくると、武藤がキンジの携帯を持っていて、何かをやっている。
不知火はキンジを羽交い絞めにしている。武藤がキンジに画面を見せて、敬礼をした後にキンジに携帯を返した。
キンジはキレて武藤と不知火をボストークに叩きつけて真っ二つに圧し折った。
それを見終えてから近づく。
「何してたんだ」
「武藤がアリアに変なメール送りやがってな」
「お、おう」
「やってらんねーよ...」
キンジは頭を抱えて蹲っている。
そんなキンジの肩をポンポンと叩いて慰める。
「たまには流されるのもいいんじゃねーの?」
「何時も流されてるんだよ...」
「そういやそうか...」
――ドンマイキンジ、いいこときっとあるよ
その日の夜、キンジが俺の部屋にやってきた。
ジャンヌには悪いと思ったが、何やら深刻そうな顔をしていたので部屋から出てもらった。
「...ジャンヌは、女子寮の知り合いの部屋に行ってくれた。さぁキンジ、今度は何をやらかした?」
「...カナって知ってるよな...?」
「あ、ああ?あー...家族だっけ」
「ああ」
「それがどうしたんだよ」
「カナが今日...コッチに来てな。アリアを一方的にやりやがった。そのあと、俺の部屋に来たのがバレてな...」
「あー」
「自分なんかより家族の方がいいんだろう、なんて言って...カナを、悪魔だなんて言いやがったから...つい、プツンときて――――撃っちまった」
「...はぁー、なんで...お前はそう喧嘩ばっかするんだ...」
「...家族の事となると...抑えがきかないんだよ」
「アリアは、どうした」
「......」
「キンジ」
キンジの肩を掴んで、顔を覗きこむ。
「...おしまいだって言って...何もかもなくしたって言って...出ていったよ」
「カナは?」
「帰ったよ...」
「そうか...」
話を大まかに聞いて、俺もソファに座り直してカフェオレを飲んでふぅ、と一息吐く。
――胃が、痛ぇ...!
これまでの喧嘩とは、規模も亀裂も段違いだった。
なんで1日...というよりは半日で、そこまで関係が悪化できるのか凄く知りたい。でも知ったら知ったでもっと胃が痛くなると思うから嫌だ。
アリアに電話を掛けたとしても出ないだろう。凄い胃がキリキリする。
リビングのテーブルの上に置かれている胃薬を数錠取り出して口に含み、カフェオレで流し込む。
「とにかく、何度も言うが時間が解決してくれると思うな。キンジ...オメーが何とかするんだ。ヘルプが必要なら何時でも言ってくれ...可能な限り手伝うよ」
「...いつも、すまんな」
「気にすんなよ」
背中をバシバシ叩いてニカッと笑う。胃がギリギリと音を立てている気がする。
キンジの表情はやや暗いが、それでもさっきよりはマシになっていた。
何時ものようにいかないだろうとは思っていたが、今回の亀裂はマジで深かった。
1週間以上もキンジの部屋には帰ってこないし、一般科目の授業中は話しかけるなオーラを俺にもぶつけてきた。胃が悲鳴を上げる。
キンジが話題を振っても急いで逃げていくし...正直もうお手上げだと言いたい。
そうして期末試験まであっという間に行ってしまい...
夏休みに入った。
こんなに嬉しくない夏休みの入り方は初めてだ。問題を多く残したままだ。これからどうにかしなければいけない。
だが、一先ず休みに入ったんだから――ジャンヌと作り上げた計画表を実行していくことが最優先事項だ。
とにかくジャンヌと触れ合いたい。静かな時間を過ごしたい。
キンジとアリアに関わることなく、胃を少しでも休めたかった。
夏は始まったばかりだ。