人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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やべーやつと対峙する

小夜鳴先生は手に持っていた大型のスタンガンを地面に捨て、すぐに胸元から拳銃を引き抜き理子の後頭部に突きつける。

 

腕に包帯も、ギプスもなくケガなんてしてないような感じだ。

 

「冴島くん、遠山くん、神崎さん...ちょっとの間でいいです、動かないでくださいね?」

 

そう小夜鳴先生が言うと、後ろから学園島で鬼ごっこをした...犬が2体出てきた。

 

「前には出ない方がいいですよ。皆さんが今の位置より少しでも私に近づくと襲いかかるように仕込んでます」

 

キンジが言葉の真偽を確かめるかのようにつま先を少し前に出すと、2体の犬は口を少し開けてキンジの方をギロリと睨んで、頭を低くした。

 

それを見たキンジはフン、と鼻を鳴らして小夜鳴先生に顔を向ける。

 

「よく飼いならしてるじゃあないか。腕のケガも、オオカミと打った芝居だった――てことかよ」

 

「あなたたちが紅鳴館でやっていた学芸会よりはマシだと思いますけどね」

 

小夜鳴先生は笑いながら理子のワルサーやナイフを回収すると、縁まで運んで捨ててしまった。

 

「皆さんどうかそのままでお願いしますね?この銃、30年前のものでして...トリガーが甘いんですよ。ついリュパン4世を殺してしまったら勿体ないですからねぇ」

 

「なんで、アンタが理子の本名を知ってるのよ...!?まさか、アンタが...アンタがブラドなの!?」

 

アリアが吠えるように問う。

 

「彼はもうすぐ此処に来ます。狼たちもそれを感じて昂っている」

 

小夜鳴先生は静かにアリアの問に答えを返している。

 

「なァ、小夜鳴先生よォー...アンタは俺たちを騙してたのか?」

 

「それはお互いさまですよ、冴島くん。たしかに私は多くの演技をしてましたが安心してください。教師として、冴島くんに接していた私は決してウソなど一つも吐いていませんので」

 

そして、と少し間をおいて小夜鳴先生は俺の目を見て話し始める。

 

「私の足元にいる『無能』と違って...冴島くん、君の遺伝子は『有能』だ。必要がないから進化をしないだけで、その本質はどこまででも貪欲に進化を求め変質していく...素晴らしい遺伝子なんですよ。ご両親に感謝しないといけませんよ」

 

「何の...話だ?遺伝子?」

 

「遠山くんには補講を、冴島くんには講義を聞いてもらいましょう」

 

キンジと俺が、静かに小夜鳴先生を見る。それを受けて満足そうに笑い、小夜鳴先生は話し始めた。

 

「遺伝子とは気まぐれで...両親の長所が遺伝し合えば『有能』になり、短所が遺伝し合えば『無能』になる。そして...このリュパン4世は遺伝子的に失敗ケースでしてね」

 

小夜鳴先生がゴミを見るような目で理子の頭を踏みつける。そのままグリグリと靴底を擦りつけ始めた。

 

「10年前...ブラドに依頼されてリュパン4世の遺伝子を調べたことがありましたが...リュパン家の血を引きながら――」

 

「やめ、ろ...そ、れ、を...言う......な――オルメスたちには...関係な...い」

 

「先ほども言いましたが...優秀な能力の一切が遺伝しなかった『無能』なんです。非常に珍しいですが、そういう事もあるのが遺伝子なんですよ」

 

理子はそう言われて、俺たちから顔を反らして...地面に擦りつけた。

 

「自分が無能なことは自分が一番良く分かっているでしょう4世さん。私はそれを科学的に証明しただけに過ぎない。初代のように精鋭を率いても...結果は御覧の有様です。無能とは悲しいですねぇ、4世さん」

 

理子は小夜鳴先生に頭を踏まれ、小さく嗚咽を漏らし閉じた目からは涙を零していた。

 

「教育してあげましょう、4世さん。優秀な遺伝子を持たない人間はどれだけ努力をしようとすぐに限界を迎えるのです。今の、4世さんのようにね」

 

小夜鳴先生は手元から理子の持っている十字架と同じような十字架を取り出して、理子の持っていたものと入れ替えて、口の中にそれを放り込んだ。

 

「そのガラクタを昔していたように、しっかり口に含んでおきなさい」

 

「いい加減にしなさいよ!理子をイジめて何の意味があるの!」

 

アリアは怒りに声を震わせて、小夜鳴先生を見ていた。

 

「『絶望』が必要なんですよ...深い、絶望が...ね。彼は、絶望の唄を聞いてやってくる。一度本物を盗ませたのも、小娘を喜ばせてからより深い絶望に叩き落とす為です。おかげで、いいカンジになりました」

 

小夜鳴先生は靴底で理子の感触を確かめるかのように踏みつける。

 

「遠山くん、しっかりと見て下さいね...私は人に見られている方が掛かりがいいので」

 

「ウソ...だろ...?」

 

キンジが小夜鳴先生の発言に驚愕している。

 

「そう。これはヒステリア・サヴァン・シンドローム...」

 

ヒステリア...サヴァン?なんだ、そりゃ。

 

「しばしの別れです。これで、彼を呼べる...ですがその前に一つ。イ・ウーについて講義をしておきましょう」

 

「イ・ウーの...」

 

「講義...?」

 

「4世かジャンヌから聞いているでしょう?イ・ウーは能力を教え合う場所だと。しかしそれは階級の低い者たちのおままごとに過ぎない。現代のイ・ウーには私とブラドが革命を起こしたんです。このヒステリア・サヴァン・シンドロームのように...『能力』を写す業をもたらしたのです」

 

「聞いたことがあるわ。イ・ウーの連中は何か新しい方法で能力をコピーしている」

 

「いえいえ、方法自体は新しいワケではないです。『吸血』によって600年前からブラドは他人の遺伝子を吸収して進化してきました」

 

なるほど。そういうコトかよ...

 

「つまり、俺が優秀な遺伝子っていうのは...」

 

「ああ、その話もしておきましょうか。非常に残念ですが冴島くんの『能力』はデメリットが多すぎる...ですが、冴島くんはただの人間にしては有り得ない程の速さで進化する遺伝子を持っているんですよ」

 

小夜鳴先生が、俺を見て嬉しそうに笑う。

 

「遠山くんの覗き行為で優秀な遺伝子は集められませんでしたが...それを補って余りあるほど価値のあるもの...冴島くん、君の血液を、遺伝子を手に入れることができた」

 

「スポーツテストの時に、一緒にやらされた奴か...!」

 

「ええ、そうです。皆さんをここで始末してから、冴島くんの血はイ・ウーに送ります。そうすれば、我々はもっと貪欲に、進化できるようになる」

 

小夜鳴先生が心の底から嬉しそうに笑う。

 

「そして、他人の能力から自分自身の能力へと...派生して深化していく...進化ではなく、能力を理解し、考え、自分の欲しいものへと、深めていく。冴島くんには感謝してもしきれないですねぇ、冴島くんのオカゲで我々は更なる高みへ昇ることが出来る」

 

俺の血が、イ・ウーに渡る...?

 

渡ると、どうなる。バケモノ共が、また強くなるのか?俺の血で?

 

――ふざけるなよ。

 

「そりゃ冗談キツいぜ、小夜鳴先生よォー。やらせるワケには...いかねぇよなぁ」

 

「おや、やる気ですか?ブラドは君を見逃すどころか、イ・ウーに招待したいくらいだと申しているのに」

 

「ジャンヌにも誘われたが、答えはノーだ」

 

「残念ですねぇ...。なら、せめて殺さずに持ち帰りますので安心してください。少し痛むかもしれませんが問題ないですよね」

 

小夜鳴先生の雰囲気が変わる。

 

「待て...なぜ、兄さんの能力を持っているのなら...なぜ理子をそうも傷つけられる」

 

「良い質問ですねぇ遠山くん。昔、吸血鬼は多く居ましたが...その吸血鬼の中で人間の血を好む偏食性の吸血鬼が居たんです。無計画だった吸血鬼の多くは滅されましたが、人間の血を好む吸血鬼は人間の知性を得て計画的に吸血活動を行い、屈強な個体となって生き残り続けました。それが、ブラドです」

 

「それが、何の関係がある!」

 

「落ち着いてください、話はこれからですよ...ブラドは知性を保つ為に人間の吸血を継続する必要がありました。結果、遺伝子は上書きされ続け私という人間の殻を作り上げ、隠れることが出来るようになった」

 

キンジの顔が強張っていく。理解しているのか、キンジは。これから、何が起きようとしているのか!

 

「隠れたブラドは、私が興奮したときに出現するようになりました。しかし私はあらゆる刺激に慣れてしまい、興奮しなくなってしまったんです」

 

小夜鳴先生が理子を蹴りつける。

 

「ですが、ヒステリア・サヴァン・シンドロームのオカゲで...私は興奮できるようになった。そしてそれは、ブラドを呼ぶには十分なものだったんです」

 

小夜鳴先生が、手を空へ上げて、キンジの方を見る。

 

「私にとって人間の雌なんていうのは、守るべきものではなく...人間から見たモンキーのようなものでしてね...動物に過ぎないんですよ。ですが私は幸いにも動物虐待で興奮できる質でしてね」

 

遠雷がまた1つ響く。海に稲妻が落ちるのが見える。

 

「さあ    かれ   が きたぞ」

 

ウットリとした表情で、小夜鳴先生の雰囲気がまた一段と鋭くなる。

 

――何が、何が起きる!何をしようとしてやがる!

 

小夜鳴先生を見る。ビリビリと音を立ててスーツが割けていく。皮膚は人間のそれではなく、赤褐色の肌に染まっていく。体中の筋肉が膨れ上がり、歪な音を立てて肥大化していく。

 

露出した足には獣のように体毛が生えており、体の数カ所に目玉模様が見える。

 

――ああ、ああ...ああ。

 

理解した。今、この場においてようやく理解できた。理解するのが遅すぎた。

 

下手な絵ではあったが、ジャンヌの描いた絵の通りの――怪物が、そこにいた。

 

見上げるほどの巨体は、ゆっくりとその身を起こす。暗雲立ち込める空、ゴロゴロと鳴り響き、光を放つ雷が化け物の赤褐色の肌を照らしている。

 

脳が警鐘を鳴らしている。本能が訴えかけてくる。

 

――逃げろ、逃げろ。逃げろ逃げろ!ニゲロ、ニゲロ、ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ!!!!!

 

ジャンヌも言っていたじゃないか。出会ったら逃げろと。逃げるんだ。

 

足が恐怖で震える。見たことのない異形をこの目が捉えて離さない。

 

雷が落ちる度に光で照らされるその体を前に身が凍える。

 

「はっ...ハッ...はぁっ...」

 

言い様のないプレッシャーのような、対峙しても勝てないと思わせる何かが俺の体を蝕んでいく。

 

「ハヤト!しっかりしなさい!」

 

アリアに喝を入れられハッとする。深呼吸を何度かして、向き合う。

 

「初めまして、だな。話は小夜鳴から聞いてる...俺たちは、頭の中でやり取りをするんでな。分かるだろう?今のオレは、ブラドだよ」

 

黄金の輝きを放つ獰猛な瞳が俺たちを一瞥し、俺に止まる。

 

その目を見た瞬間。

 

ガクリ、と膝から崩れ落ちてブラドに頭を垂れるかのような体勢になる。

 

「ほう...お前が、小夜鳴の言ってた冴島か。なるほど、殊勝な心掛けだな...本能が理解したか」

 

ブラドが嬉しそうに、幾人のも声が混ざり合ったような音で話しかけてくる。

 

音の1つ1つを聞くたびに体が震える。恐怖に支配されていく。

 

「気に入った、お前は連れて帰る。ああ、だが安心しろ。4世のような酷い扱いはしない...むしろ、オレたちと対等に扱ってやる。お前にはそれだけの価値がある」

 

――なん、で...俺はこういうのにばっか好まれるんだ...!

 

「俺は、人間の...可愛い女の子にモテるだけで十分だぜ...!」

 

「ゲバババババ!!!面白いことを言うな、お前は!」

 

ブラドは笑いながら、足元に居た理子を鎌のような腕で掴みあげる。

 

「おう4世、久しぶりだなぁ...イ・ウー以来か?」

 

理子がブラドに持ち上げられたその瞬間。

 

ババッバ!!!

 

キンジが射撃を行う。ほぼ3発同時に発射された銃弾は全て命中した。

 

だが、着弾した場所から赤い煙のようなものが噴き出して傷を治してしまった。

 

そして、銃弾が二の腕あたりから排出され、カチンと地面に落ちる。

 

「ぶ...ブラドォ...!だましたな!オルメスの末裔を斃せば...あたしを解放するって...イ・ウーで!約束...した...のに!」

 

「お前は犬とした約束を守るのか?」

 

ゲゥアバババババババババババッッ!!!!!!!!!!

 

醜い音の嗤いが木霊する。奴の音に合わせて遠雷が海に落ちる。

 

「檻に戻れ犬。これがお前の、人生の最後の光景だ。しっかりと目に焼き付けとけよ」

 

ブラドは理子の頭を3つの指で掴んで持ち上げ、手首を少し回して景色を見せている。

 

「あ、アリアァ...キンジ...隼人...」

 

理子は絞り出したような、か細い声で俺たちの名前を呼ぶ。

 

顔を、理子に向ける。理子の顔は大粒の涙でぐしょぐしょになっている。

 

理子の口が、音を紡いだ。

 

「た、す...けて―――」

 

吹き抜ける潮風の音で消えてしまうかと思うほどのか細い声で、助けを求めた。

 

――――ああ、そうかよ

 

体の震えが止まる。恐怖に呑まれていた俺の体から熱が溢れてくる。

 

奴のプレッシャーに屈していた足は、力を入れるとスッと立ち上がる。

 

感情が爆発する。体の内側で力が渦巻いていくのが分かる。

 

――マジに、きたぜ...

 

「理子...オメーに足りない物は多くある...だが!」

 

――その『助けて』って言葉...

 

「妬けるほどの情熱、カーチャンの形見を取り返そうとする思想、リュパン家の理念、形見を取り返す為に組んだ作戦―その頭脳、気高くあろうとする気品、優雅さ...そして誰よりも努力を積み重ねる勤勉さ!」

 

内側の力の渦が大きくなっていく。目に闘志が宿る。潮風で崩れた髪をビシっと整える。

 

「それらは褒めるべきものだ。だが、何よりも!何よりも!!!!足りないものがある!」

 

理子を指さして、ハッキリと大声で伝える。

 

「その助けてという言葉を言うのが遅い!お前には速さが足りない!」

 

キンジとアリアが俺の両サイドに来る。

 

「キンジ、アリア。力を貸してほしい」

 

「当然だ」

 

「ええ、行くわよ」

 

悪いな、ジャンヌ。約束破っちまったよ...。

 

でも、この胸に確かにある「助けたい」って想いを嘘にしたくないから、否定したくないから。俺は、やるよ。

 

「ブラド...お前を倒す」

 

「オレを斃す...?ゲゥババババババッ!!!面白い、やはりお前は面白い!やってみろ、人間!」

 

暗雲立ち込める空の下...ビルの屋上で伝説の怪物との闘いが、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべーやつと対峙する。


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