人類最速の俺が逝く緋弾のアリア   作:じょーく泣虫

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やべー犬と鬼ごっこ

視界に映る物全てが減速していく。逆に、俺の体はグングン加速していく。

 

地を駆ける感触が足に伝わる。より速くなるために、足の裏に蓄積されたエネルギーを無駄なく一点に集中させて地を蹴る。

 

前傾姿勢になり風を切るような体制で走る。

 

横を見れば、キンジとレキが此方を見て驚いていた。

 

視認情報の加速を緩めて、キンジたちの方を見ずに話をはじめる。

 

「ようキンジ、数秒振りだな」

 

「相変わらず速いな!」

 

「ったりめーだろ!」

 

キンジと話をする中、目の前を走る犬が入り組んだ路地に入っていった。

 

「キンジ!俺が誘導する、先回りしてろ!」

 

「分かった!後でな!」

 

キンジはそのまま大通りを走り、俺は路地の中へと犬を追いかけて入っていく。

 

話し終えたので、また視認情報を加速させる。

 

犬は路地の、更に細いビルとビルの隙間へと駆け込んでいった。

 

それを見て更に加速。ビルとビルの隙間へ入ると、犬は室外機と壁を蹴って、連続三角飛びのような事をして障害物を無視して奥へと進んでいく。

 

「負けられねーぜ!」

 

俺も続き、壁を蹴って室外機へ乗り、室外機を蹴って跳躍、壁に足をつき、壁を蹴って更に跳躍。そのまま着地して前転、衝撃を体全体で受け流して、クラウチングスタートの体勢に入りすぐさま走り出す。

 

犬は隙間を抜けると、またしても路地の方へと逃げて行った。

 

「しつけーヤローだ!そんなに狭い場所が好きなのか!」

 

このままじゃ埒が明かない。犬を追っても路地を走り回されるだけだ。

 

そう思った俺は、今現在加速している状態から、更に()()()先へ加速した。

 

ようやく扱えるようになった速さの制御。イメージだけでは上手く行かず、困っていた俺を助けてくれたのはVMAXだった。

 

MT(ミッション)車のギアチェンジがヒントをくれた。

 

頭の中でギアを上げるイメージが鮮明に浮かぶ。足を下げてギアを1段階先へと進める。

 

その直後から、グングンと体が加速していく。視認情報の加速もそれに合わせて変化していく。

 

ジャンヌとの戦闘では常に100%で発動していたこの視認情報の加速も、俺の速さに合わせて自動的に切り替わっていく。

 

100%の力ではすぐにガタが来る。だからこそ、セーブする必要があった。

 

そうして俺自身の加速を俺自身が制御できるようになり始めて、初めて二流のラインに到達できた。一流には程遠いが、それでも大きな進歩だと俺は思う。

 

加速していく中で犬との距離が縮まっていく。

 

一歩、また一歩と犬に近づいていく。

 

そして――

 

「ちょっと遅いんじゃねーのかァ!」

 

犬のすぐ後ろに付き、手で犬のケツをバシリと叩く。

 

「ギャウン!」

 

犬は怒りを露わにして、少し加速して反転、突撃してきた。

 

「やっぱ速くても獣は獣ってことだな...」

 

犬が向かってくる事をお構いなしに停止して、足をブラブラと振る。手もブラブラさせて解す。

 

犬が口を開けて、飛び掛かってくる。が、それもスローモーションの様にしか見えない。

 

「さて、さっきのお返しだぜワンコ」

 

右足の靴のつま先で地面を二度蹴って、右手首をスナップさせる。

 

犬のギラついた歯が俺の首を狙っているのが見える。

 

左足を軸にしてその場で一回転、右足を大きく伸ばして、遠心力を与える。腕も大きく伸ばして、遠心力で大きく加速していく。

 

グルンと周って、再び俺の目の前に犬が映る。回転させていた左足にブレーキを掛ける。

 

遠心力の乗った右足を更に加速させて、犬の顎目掛けて振り抜いた。

 

ドゴグォ!!

 

振り抜いた右足は、綺麗に犬の顎を側面から捉えて歪な音を立てる。右足に伝わる犬の体重はかなりのものだが、それよりも俺の振り抜く足の方が、圧倒的に重いので犬は徐々に吹き飛ばされていく。

 

そのまま犬が完全に吹き飛ばされた状態になり、足を振り抜き終わる。

 

身体的加速をそのままに、視認情報の加速を一度緩めて犬の様子を確認する。

 

「グギャキン!」

 

ドガッシャアアアアア!!!

 

犬はかなりの速度で吹き飛んで廃材置き場に突っ込んでいった。

 

俺はそれを見て、犬が飛ばされたであろう場所まで来てみたが、犬は居ない。

 

「やっぱ蹴り飛ばすのはマズかったか?」

 

と、思っていたがふと下を見ると足跡があった。

 

その足跡は人のそれではなく、もっともっと小さい、獣の足跡だった。

 

それはまっすぐ大通りの方へ通じていた。

 

目線で足跡を追いかけて、大通りの方に出るとバイクのエンジン音がすぐ近くから聞こえた。

 

目を向けなくても分かる。キンジたちだ。

 

キンジたちはすぐに俺の目の前まで来て、通り過ぎて行った。

 

通り過ぎていく時にキンジがサムズアップをしていた。

 

「過程は思い描いてた物と違ぇーが、結果は同じかぁ」

 

身体的加速を切ってその場にしゃがむ。

 

 

 

 

 

 

30秒ほど休んでから立ち上がって、やや駆け足気味にキンジたちの足取りを追う。

 

建設中の新棟の方からバイクのエンジンが鳴ってるので恐らくそっちだろうと大雑把に当たりをつけて、向かっていた。

 

新棟へ向かって走っていると途中で発砲音が聞こえた。

 

その音を聞いて、すぐに加速を始める。

 

新棟まで来て、階段を3段飛ばしで駆けあがる。こんな時に壁が作られてないから不便で仕方がない。

 

階段と踊り場をグルングルンと視点が切り替わっていき、屋上へ到達する。

 

「キンジ!レキ!無事......か?」

 

流れる汗を気にも留めず、片手にXVRを持って駆けつけた俺の目の前には―――

 

「いい子ですね」

 

レキが犬をモフってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、最初から武偵犬として飼うつもりで追いかけてたってことか」

 

「はい」

 

「何だよソレー!俺完全に無駄足だったじゃん!」

 

俺とキンジは仕留めるつもりで、殺す勢いでマジにやってたのにレキだけ保護が目的だったとか...

 

犬はレキの足元に待機してたが、俺がガックリと頭を下げてしゃがみ込み、髪の毛をワシャワシャしているのを見て、俺の方にやってきた。

 

―何するつもりだ?また噛みつかれちゃかなわねーぞ。

 

少し警戒するが、犬はじっと俺を見つめている。犬と目が合う。

 

そのまま、少し時間が流れて。

 

「ガウッ」

 

「えっ」

 

犬が唐突に俺の両肩に前足を乗せて押し倒してきて、口をガパリと開ける。

 

涎がべとべとと制服に落ちてくる。

 

「うわああああああああきったねえええええ!!!!てかちょっ!まってっ!またこのパターン!?ムシャムシャは嫌ぁ!!レキ!お前のだろ!助けろよ!」

 

「やめなさい」

 

だが犬は動きを止めることなく、顔をグイッと近づける。

 

そしてそのまま――

 

ベロベロ、ベロベロ ペチャベロ

 

「うわっくっさ!やめ、やめっ!」

 

犬に顔を舐め回された。唾液がすごい。あと獣臭い。

 

口元までベロベロと舐め回されて非常に困惑する。とても臭い。

 

一通り舐め終わって満足したのか、犬が俺から退く。

 

起き上がって、涎やらなんやらでべとべとの顔をキンジのシャツで拭く。

 

「うぉおおい!?何してんだお前!」

 

「いや、ちょっとアレは無理」

 

キンジが暴れるが構うことなくシャツで顔を拭く。

 

一通り拭き終わったが早急に風呂に入りたいのでキンジたちに別れを告げて、一足先に寮に戻って風呂に入る。

 

完全に授業サボってるけど仕方ないか。

 

風呂から出て、制服が乾くまで待っていることにした。

 

丁度昼休みに入った辺りでジャンヌからメールが届いた。

 

内容はシンプルで、『どこにいる』とだけ書かれてた。

 

『制服がダメになったんで、洗濯してる。今は寮』と打って送信する。

 

携帯を閉じてポケットに仕舞おうとしたタイミングでまたメールが届く。

 

『すぐにいく』

 

ジャンヌは本当にすぐ来た。と言ってももう昼休みが終わる時間だけど。

 

「サボりとはいい度胸じゃないか、隼人」

 

「ジャンヌこそ抜けてきたクセに」

 

ジャンヌが俺の隣に座る。

 

「で、何があった」

 

ジャンヌが真剣な表情で聞いてくる。

 

「何って」

 

「惚けるな、襲撃があっただろう」

 

「ああ、あの犬っころの」

 

「...い、犬?」

 

ジャンヌは俺の話を聞いて、真剣な表情を崩して呆けていた。

 

「あー...えーと、正確には犬じゃなくて、えーと、コーカサスハクギンオオカミ?だ」

 

「絶滅危惧種の?」

 

「え、そうなん?俺知らんわ、その辺」

 

「ああそうだ。だがそれは置いておいて、どうなったんだ」

 

ジャンヌがズイッと顔を近づけてきて、俺の顔を見て、腕を見て、足を見る。

 

―何してんだろ。

 

「ふむ...ケガはしていないみたいだな、良かった」

 

ジャンヌはようやく厳しい表情を解いて、小さく笑った。

 

「あー、心配かけちまったか、その...悪ィな」

 

「気にするな、それより食事にしよう」

 

ジャンヌはそう言って2人分の弁当を取り出した。

 

「とうとう昼飯まで作り始めたか...」

 

「私の料理の腕を上げる為だ、手伝え」

 

「オメーの飯美味いからいいじゃんか...これ以上どこに向かうつもりだよ」

 

ジャンヌの飯は料理が出来ない俺からしたら、もう最高に美味い。

 

コンビニ弁当なんて食えたものじゃないくらいにジャンヌの飯は美味かった。

 

「胃袋を掴めと白雪に教えられたのでな」

 

「じゃあもうガッツリ掴まれてるよ」

 

そんな話をしながら弁当を摘む。美味い、美味い。

 

「放課後は、私が訓練をつけてやる」

 

「ああ、頼む」

 

「任せておけ」

 

弁当を食べ終えて、少し横になろうかとしたが隣にジャンヌが居るので頬杖をついて寝る事にしようとした。

 

「ん、寝るのか?」

 

ジャンヌが俺の変化に気付いて声を掛けてくる。

 

「んー、まぁ。少し眠いかなって」

 

「...よし、膝を貸してやろう」

 

なんて言いだすモンだから、顔を勢いよくジャンヌの方に向ける。

 

「ま、マジかよ?」

 

「別に減るものでもないだろう、ほら。来い、時間は有限だぞ」

 

ジャンヌが両足をピチリと揃え、スカートの皺を伸ばしてぽんぽん、と太ももを軽く叩いている。

 

「それに、こうしてやると喜ぶんだろう?」

 

「そりゃもう!」

 

「素直な奴だな」

 

ジャンヌは俺の即答にクスクスと笑う。

 

お言葉に甘えて、ジャンヌの膝を枕にする。

 

「お、おほぅ」

 

「気持ち悪い声を出すな、全く」

 

予想以上に感触が心地良くて、変な声が出る。

 

そしてその感触をしばらく楽しんで、目を閉じる。

 

ジャンヌが、俺の目の傷に手を添える感触がした。

 

そのまま、傷を撫で始める。

 

意識は、次第に薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、すぐに眠くなる気がする。


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