ジャンヌと共に夕食を楽しみ、それぞれの作業をしていると夜も更けてきたので眠りについた翌日。
俺はジャンヌと一緒に通学路を歩いていた。
隣にいるジャンヌは昨日と違い、しっかりと髪を結って両サイドの三つ編みをつむじの辺りで纏めている。
ふとクン、と鼻を鳴らすと、若草の匂いが鼻腔をくすぐる。
ジャンヌはそれを見て、苦笑を漏らした。
「お前は犬か、まったく」
「いや、なんか落ち着くからよォー...それにほら!今梅雨時だし!こうジメジメしてっから若草の匂いが余計に際立つっていうカンジで!」
「ふふふ、何を言いたいのかサッパリ分からんぞ」
腕をバッと広げて宙に向け、ジャンヌに説明するがジャンヌは笑うばかりだ。
「えー、俺的にケッコー良い説明だと思ったんだけどなぁ」
「残念だったな」
「ちぇー、まぁ1つ言えることは...」
「ん?なんだ」
「俺はこの香り、好きだぜ」
「ふふん、いい趣味ではないか」
ジャンヌはお気に入りのコロンを褒められてご満悦だ。
そんなこんなでジャンヌと別れ、教室に入っていく。
「うぃーす」
武藤はまだ来てない、不知火もいない。アリアが居た。
「あらハヤト、今日は速いのね」
「昨日が異常だったんだよ...」
席について、席ごと後ろに向ける。
「んで、今日は訓練、やってくれるのか?」
アリアにそんなことを聞くと、少し考えてからアリアは俺に言ってきた。
「アンタ、ジャンヌと随分仲がいいみたいじゃない」
――あれ、俺アリアに話したっけ?
「キンジか?」
「違うわ。誰だって昨日の光景を見れば分かるわよ」
「あー...そんなに目立ってた?」
「ジャンヌがあんなにいい顔で笑うなんて思いもしなかったわ」
「ガッツリ見られてるぅううう!」
キンジの机に頭を打ちつけて顔を伏せる。
「うわーマジか。なんか昨日はヤケに女子から暖かい視線を送られてるなって思ったぜ」
それが原因だったかぁ...
「まぁそんなことはどうでもいいわ、重要なことじゃないもの」
アリアは恋愛に興味なんてないタイプだから、そんなことと割り切って話を戻してくる。
「白雪がいない今、アンタに超能力の扱い方を伝授するのはジャンヌよ。本人の了承も得ているわ」
「相変わらず手が速えーな」
「今日の放課後はジャンヌを連れてSSRのいつもの部屋に行きなさい。私は、放課後は少し忙しいから無理よ」
「ん、そっか。分かった」
それだけ聞くと椅子を自分の机の方に向け直す。
暫く待っていると、ホームルームが始まった。
2限目が終わってすぐ、キンジが席を立って何処かに行ってしまった。
キンジの手には携帯が握られていて、それを見てすぐに移動したことから考えると恐らく理子の指示だろう。
そんなことを考えているとアリアも席を立った。
「ん?おいアリア、どこ行くんだよ?もうすぐ3限目だぜ」
「再検査よ」
「あー、今朝のホームルームで言ってたやつ」
「そういう事。じゃあ、行ってくるわ」
「おー」
まだ時間はあるし、トイレにでも行こうかな...。
席を立って、トイレに向かう。
用を足していると、2人組の男子生徒がトイレに入ってきた。
「いやーでも武藤の奴、覗きにいくなんて根性あるよな」
「流石にバレたらやべーんじゃね?」
「停学くらったりしてな!」
「やべーじゃん!」
武藤の奴、覗きをしに行ったのか...だからモテないんじゃねーのか?
しかし、そこでふと頭の中で嫌な予感がした。
――キンジ、アイツ今どこにいるんだろう。
もしかして、と思い急いで電話を掛けるが出ない。
――ああ、これは確実に...キンジは武藤と同じ場所にいる。
キンジの無事を祈りつつ、俺は教室に戻っていくが、その途中で白い何かが校庭を進んでいるのが窓から見えた。
だがよく分からなかったので、無視して教室に入ろうとしたところで先生に声を掛けられた。
「あー冴島くん。いいところに」
「ん、センセー?どうしたんです?」
「いや、この提出された課題の量が多くて、重くてね」
「成程、教務科でいいですか?」
「いやぁ、悪いね。うん、私の机の上に頼むよ」
そう言って先生は俺にプリントの山を渡してくる。
あまり近づきたくないが、頼まれたら仕方がない。
教務科に入って、用を告げる。
「失礼します、2年の冴島ですが課題プリントを回収してきたので提出しに来ました」
「ん?おお、冴島か」
「はい」
「いいぞ、入れ」
「失礼します」
先生の机の前までいって、邪魔にならないスペースに課題の山を置く。
そのまま帰っていき、特に目を付けられることもなく出る事ができた。
「失礼しましたー」
教室へ足を戻そうと1階の渡り廊下の付近でガラスが割れるような音を耳にする。
その直後、女子の悲鳴が聞こえたので音の方向に全力で駆けていくと、途中で白い物体が飛び出してきた。
「うぉおおっ!?」
思わず急停止して、白い物体の方に目をやる。
そこに居たのは、クソでかい犬だった。
グルルルル、と喉を鳴らして、威嚇してくる。
「オメーが、さっきの音の正体か!」
聞いても無駄だと思うが聞いてみると、犬は地を蹴って俺に突撃をかましてきた。
――いきなりかよ!受けるのはダメだ、避ける!
バックステップを1度踏んで、すぐさまサイドステップ、サイドステップからスウェーをしてジグザグに動いて避ける。
だが、犬はそんな俺の動きを予測して、スウェーをし終えた俺の目の前に来ていた。
犬は大きく口を開け、鋭く尖った犬歯が俺を狙っていた。
「まっじか、よっ!」
スウェーのモーションで上半身を引いた状態だったので、そのまま上半身を弓形に倒して、バック転を行う。そのまま両足を揃えて蹴りつける動き...仕切り直しを行う。
犬はその動きにも対応して、すぐさま停止、一気に飛び退いた。
仕切り直しの欠点...着地後の隙と、外した場合一瞬ではあるが背中を見せる事。
着地後の隙は、アリアの熱心な指導で改善できた。具体的には――
「っとぉ!」
バック転を終えて、地面に両足がついたタイミングで着地して、すぐさま横に転がる。
転がった時の勢いを利用してホルスターからXVRを取り出して、2発射撃する。
ガゥガゥン!!!
これなら流石に当たるだろうと思ったが、犬は銃弾―ではなく、銃口を見て着弾地点を予想し、避けていた。
「冗談じゃねぇ!あんなのやってられっか!」
犬はそのまま速度を上げて突っ込んでくる。
―いやいやいや!!!無理無理無理!!
銃弾避ける犬なんて居ていいワケねーだろ、この野郎!とか思いながら、更に2発撃つ。
だがそれも巧みなステップで避けられ、勢いを更に増した犬が襲い掛かる。
「テメーのステータス回避能力に極振りしてんのか!」
叫びながら側転を2回して途中で体を捻ってバック転、着地と同時にしゃがんで最後の1発を撃つ。犬はそれをバックステップで避ける。当たらねぇ!
これでシリンダーは空になった。急いでシリンダーを出して薬莢を排出して、スピードローダーで新しい弾丸を装填して、シリンダーを戻す。
ガチッ!キンッ...カラカラッカチャリ、ギュリリリガチンッ!
この間2秒。ドヤっていると犬がまた襲いかかってくる。
だが、途中で犬はピタリと動きを止め、校舎側の方を向く。
「...?」
少し警戒して、校舎側の方を向くが、何もない。
「ガォウ!」
「!」
―な、何ィー!?
この犬、あろうことか余所見をして俺の視線を誘導し、無防備になった所を襲い掛かってきやがった!
なんて頭のいいヤローなんだ...!恐ろしいやつ!
犬が前足を俺の肩に乗せてくる。
「ぐ...」
重い...!想像以上に重いぞコイツ!
「何、食ったら...こんなに重くなるんだよ!」
完全に犬にマウントをとられ、両肩は足で塞がれている。足をバタつかせて暴れるが、すぐに犬は後ろ足で俺の足を封じた。
犬の口がガパッと開き涎が垂れ落ちてくる。制服にべとべとと涎がつく。
「うわあああああああっきったねえええええ!!」
涎でギラついた犬歯が覗く。徐々に犬は顔を近づけて、俺の喉を狙っている。
――冗談じゃねぇ!ここでムシャムシャされて死ぬとか恥以外の何物でもねーぞ!
犬が、完全に食いつこうとするタイミングで、遠くから唸り声のようなものが聞こえた。
犬が食いつく動作を止めて、顔を上げる。そしてまた校舎の方を見て...
騙されないぞ、もう見ないからな。
だが、予想とは裏腹に犬が、飛び退いた。
「え?」
唸り声のようなモノはどんどん近くなってくる。
すぐに体を起こして、距離を取る。犬は接近してこない。
少し落ち着けたので、耳を澄ましてみる。
よくよく聞いてみれば、バイクのエンジン音のようなものが此方目掛けてやってくるのが分かる。
犬は更に距離を取った。
バイクのエンジン音が真後ろから鮮明に聞こえる。俺の後ろで、バイクが停車する。
「隼人、無事か!」
バイクに乗ってやってきたのはキンジ。と、それから。
「どうも、隼人さん」
下着姿のレキだった。
「どうも、じゃ、ねえええええっ!」
「何か?」
「ああ、クソッ俺のはあの犬っころの涎でべとべとだ、キンジ!テメーのジャケットくらい貸してやれ!」
「あ、ああ」
キンジがいそいそとジャケットを脱いでレキに渡す。
犬を見ると、警戒して一歩、また一歩と後ずさっていく。
「追うのか、キンジ」
「ああ、当然だ」
「ブラドの手下か?」
「かもしれん」
目線は犬に固定したまま、キンジと話をする。あの犬はブラドの手下かもしれない。そうとあっては放っておけない。
「犬と追いかけっこするのに、能力を使うハメになるたぁ...想いもしなかったぜ」
「悪いが隼人、ありゃ犬じゃない。狼だよ、コーカサスハクギンオオカミだ」
「え、犬じゃねーの?ソフト○ンクのCMに出てくる奴そっくりだぜ?」
「よく見ろ、目が違う。ありゃ何人も仕留めてる狩人の目だ」
「恐ろしいやつだ...CMではあんなに愛想を振りまいているのに」
「犬種がちげーよ、てか犬じゃねーって」
俺とキンジが顔を見合わせて喋りあう。
「犬か狼かなんてどうでもいいです、追いましょう」
レキが俺たちのトークを打ち切って、目の前を指さす。
犬は後ずさりを繰り返して、やや遠い場所にいた。
「野郎っ!逃げるつもりか!」
「隼人のバカ野郎!お前のせいで逃がすところだった!」
「なんだとコノヤロー!」
キンジが突然キレ始めたので俺もキレる。
「ええい!先に行くぞ!」
キンジが面倒臭そうに話をぶち切って、バイクを吹かして先に行ってしまう。
犬はそれを見て踵を返し、全速力で逃走を始めた。
一人ぽつん、と校庭に取り残され、わなわなと肩を震わせる。
俺より速そうに逃げていく犬...それを追いかけるキンジたち...。
――俺より速いなんて、許せねぇ!
「ふ、ふふふ...上等だ、犬っころ。テメーの足で俺から逃げきれると...」
クラウチングスタートの姿勢を取って、足に力を籠める。
「思うなよッ!!」
一気に溜めた力を爆発させて、走り出す。
世界はスローモーションの様に遅くなる。そのまま、俺の動きだけが加速していく。
「待ちやがれッ!絶対に捕まえてモフり倒してやる!」
犬VSキンジ&レキ+俺。
学園島を舞台に、鬼ごっこが始まった。
犬ってやべーよな