ジャンヌは可愛い。異論は認めたくありません。
私のような文才の欠片もない人間ではジャンヌの魅力を表現し切れず、煮え湯を飲まされた気分です。
ですが、精一杯伝える努力は致しますのでどうか、お付き合いくださいませ。
ジャンヌとキンジと共に校舎を出て、近くのファミレスに入る。
キンジはあまり目立ちたくないのか、ドリンクバーを3人分注文すると俺たちをドリンクバーのコーナーに連れ立った。
ジャンヌはドリンクバーを見たことがないのか、興味深そうにじろじろと見つめている。
「隼人、これはなんだ」
ジャンヌはコップを取って眉を寄せている。
「こいつはドリンクバーって言ってよ、まーメーカーにも寄るがここに付いてる絵柄のお茶とか、ジュースとかがボタンを押せば出てくる」
「ほう...私は、どれを押せばいい?」
「好きなのでいいぞ、飲み放題だ」
キンジがジャンヌの質問に面倒臭そうに答える。
「飲み放題?どういう意味だ」
「幾らでも飲んでいいってコトだぜ、ジャンヌ」
「ふむ?つまり...100リットル飲んでもいいという事か?」
「...いいんじゃないのか」
キンジが呆れたような目でジャンヌを見て心底怠そうに答える。
「飲めるわけないだろう。お前はバカか」
「そうだぜジャンヌ、キンジはバカなんだ」
「今の会話だとお前らもバカだよこのバカ野郎共」
ドリンクを注ぎ終えて、席に戻る。
「さっきの話の続きをしよう」
「100リットルも飲めるわけないだろう。お前はバカか」
「そうだぜジャンヌ、キンジはバカなんだ」
「それじゃねーよ!」
何なんだお前らは!とキンジは少し声を荒げる。
「...で、理子は何の為に強くなろうとしてたんだ」
キンジが真剣な表情で尋ねる。ジャンヌはそれを受けて、少し目を伏せる。
「――自由の為だ」
気の毒そうな声で、ジャンヌは話す。
「自由?何の?」
「理子は少女の頃...監禁されて育った」
――おいおい、そりゃマジかよ。やべー話じゃねーか。
「な――」
キンジも言葉を失っている。
「理子が未だに小柄なのは、ロクに物を食べさせてもらえなかったから。衣服に強い拘りがあるのは、ボロ布のような物しか着ていなかったからだ」
「冗談だろ?リュパン家は怪盗とはいえ、元は高名な一族だったはずだ」
「リュパン家は理子の両親の死後、没落している。使用人たちは散り散りになり、財宝は盗まれた。最近、理子は母親の形見の銃を取り返したようだがな」
一区切りつけて、ジャンヌはレモンティーを口にする。
「んで、没落した後の理子はよォー、どーなったんだ」
「親戚を名乗る者に養子に取ると騙されフランスからルーマニアへ渡った。そこで監禁された」
あのブリっ子の理子にそんな暗い過去があったなんて。
何時も明るくて、元気で、お調子者みたいな所があって、ネガティブな事なんて一切知らないような理子の過去は、予想以上に黒かった。
「誰に――監禁されたんだ」
「お前たちも知っているだろう。『無限罪』のブラドだ」
――イ・ウーのナンバー2。
「ブラド...」
キンジは、少し黙ってしまう。
「とはいえ、隼人も行くのだろう?」
「あー、まー、割と強制的に、な」
「ならばブラドの事を少しでも知っておいた方がいい」
キンジはそれを聞いて、ちょっと待ったと言ってくる。
「アリアに教えなくていいのか?」
「アリアに教えれば猪突猛進にブラドに突っ込んで、返り討ちにあって私にも被害がくる可能性がある。それは避けたい」
「一理ある」
「まずは1つ。奴の下僕に気を付けろ。世界中に奴の下僕がいて、それぞれが直感に似たもので行動をする」
「ブラドの指示じゃなく、直感だと?」
「そうだ」
―つまりなんとなくコイツは危険だって思われたら、襲われるのか。やってられねー
「随分と詳しいがイ・ウー時代に交流でもあったのか?」
キンジがまた少し皮肉を込めてジャンヌに話しかける。
「悪い冗談はよせ。我が一族とブラドは仇敵でな、3代前...双子のジャンヌ・ダルクが初代アルセーヌ・リュパンと組んで戦い、引き分けている」
「ブラドの先祖か?」
「ブラド本人だ」
それを聞いたキンジはまたファンタジーから飛び出してきたような奴かよ、と呟いて顔を顰めている。
「日本語で、なんといえばいいのか...オニ?でいいのか?」
「鬼...だぁ?」
「うむ、オニだ」
ジャンヌに鬼という事が間違いじゃないか、と聞いてみるが間違いじゃないらしい。
ルーマニア出身の鬼なんて、居たか?
――ルーマニアの鬼?
待て、待て、待て。ルーマニアには、一人、歴史上に名を残すくらいに有名な、鬼がいたじゃないか。
「――ツェペシュ」
「!」
「ブラドの、名前だ。ブラド・ツェペシュ。違ぇか?」
ジャンヌが驚く。キンジも驚いている。
「ルーマニア出身の鬼...は知らないが、鬼と恐れられた歴史上の人物は知っている」
「...そうか、ワラキアの串刺し公...!」
『―ドラキュラ!!』
「そうだ、ドラキュラだ。そこに辿りつくとは流石だな、隼人」
「ゲームで見たんだ、カズィクル・ベイ...なんて言われてたな」
「それはトルコ語で串刺し公を意味しているものだ」
「カズィクル・ベイのルーマニア語訳は?」
「勿論ツェペシュだ」
ジャンヌと少し無駄話をしていると、キンジが話を戻せと目で訴えてきた。
「ブラドは理子を拘束することに異常に執着していてな、檻から自力で逃亡した理子を追ってイ・ウーにきて、理子と直接対決をして理子は負けた。ブラドは檻に戻すつもりだったが、成長著しかった理子に免じて、ある約束をした」
「約束、だと?」
「ああ、理子が初代リュパンを超えるほど成長し、それを証明できればもう手出しはしない。と」
「初代リュパンを超える...というと」
キンジが、その発言を思い出す。俺も、脳裏に浮かぶ先々月――四月のハイジャック事件を思い出していた。
「あの時の理子は...たしか初代リュパンを超えるって言ってたな」
「成程、そーいうことかよ」
俺たちは予期せぬ所で理子の行動の原因を突き止めることに成功した。
だが、それは余り喜ばしいモノではなく、胸糞悪いものだった。
「ブラドに、弱点はあるのか?」
ジャンヌは少し考えて、チラリと俺を見て、眼鏡を制服から取り出した。
すちゃりと、縁なしの眼鏡をかける。可愛い。
「...お前、目が悪いのか」
「少し乱視気味なだけだ。普段は問題ない」
ジャンヌは鞄からノートとペンを取り出して、何かを描き始める。
描かれていくのは...なんだこれ。
ジャンヌは手を止めることなくきゅっきゅっと迷いなく描き続けていく。
1つ1つ線が増える度に名状しがたい姿になっていくのは決して気のせい等ではないだろう。
――ああ、ジャンヌって絵下手なんだ...
「イ・ウーで聞いた話と、双子のジャンヌ・ダルクの記録を少し話す。ブラドは銀の弾丸で撃たれても死なず、デュランダルを刺されても死なず。イ・ウーのリーダーと戦った時の話だが、奴は全身の何処かにある、4か所の弱点を同時に破壊しなければならない、らしい」
キンジをチラリと見る、同じように絶句している。
ジャンヌ画伯のペンを動かす手に迷いはない。それ以上何を書き加えようというのか。
「奴の弱点のうち、3つは把握している、この3カ所だ。昔、ヴァチカンから送り込まれた聖騎士の秘術によって、弱点に一生消えない『目』の文様をつけられている」
よし、出来たぞ と言ってジャンヌが俺たちにソレを見せる。
――よく、わかんねぇや。
それは、本当によく分からなかった。耳のあたりから腕が生えてるのか、それとも前傾姿勢だからその様に見えるのか。それすら分からない。
頭と思しき部位には髪ではなく、触手か翼の為りそこないのような物が生えていて、体は丸い。
「ごめん、ごめんなジャンヌ。オメーから身体的特徴を聞いて俺が描けばよかった...」
ジャンヌの手を握って、その絵を誰にも見られないように絵を内側にして折り畳んでキンジに渡す。キンジはいらねーよという顔をするが、アリアに見せる日が来るかもしれない、と話すと渋々といった様子で受け取った。
「な、なぜ泣きそうな声で私の手を握るのだ!会心の出来だぞ!隼人たちは見てないから知らないだけで、本当にそういう姿をしている!」
「分かってる、分かってるぜジャンヌ」
「分かってないではないか!」
うんうん、と頷いてジャンヌの手を両手で握るとジャンヌは少し顔を赤くして怒る。
「弱点が把握できりゃあいい、そうすりゃいざ戦いになっても情報のアドバンテージは俺らが上だ」
「だな」
「いや、弱点を教えておいてなんだが、ブラドが帰ってきたら逃げろ」
ジャンヌは俺に両手を握られたまま、真剣な表情で諭してくる。
あまりにも真剣な言葉だったので、キンジに目配せをして頷く。
あのよく分からん絵みたいな奴が出てきたら、逃げる。
その共通認識をもって、キンジと別れた。
ジャンヌを女子寮の目の前まで送って、別れようとしたときにジャンヌから声を掛けられる。
「隼人、さっきは遠山や、他人の目があったから渡せなかったが、ここなら大丈夫だろう」
ジャンヌはそう言いながら鞄から、少し大きめのケースを取り出してくる。
「なんだ、そりゃ」
興味深そうにジロリと見ると、ジャンヌは近づいて来て、俺の目の前でケースのロックを解除して開けた。
「これを、お前に渡そうと思ってな」
ケースの中には、一振りのナイフが入っていた。
そしてそのナイフは、柄こそタクティカルアドバンテージのある構造だったが、刀身は何処となく、ジャンヌが振るっていたデュランダルを彷彿とさせた。
「まさか...」
顔を上げて、ジャンヌを見ると顔がやや赤い。
「お前のナイフを、折ってしまったのでな。代わりと言っては何だがお前に回収されたデュランダルの先端をナイフとして再利用した」
あの、デュランダルの一部を...ナイフに。
「いい、のか?貰っても」
ジャンヌに恐る恐る尋ねると、ジャンヌは笑って言った。
「元よりお前以外の者に振るって貰うつもりはない」
ジャンヌは言葉を続ける。
「白雪に斬られこそしたが、本来デュランダルは途轍もなく硬い剣。どんなことがあっても、折れることも、砕ける事も、欠けることもないだろう。加工に手間が掛かったがな」
「―綺麗だな」
「だろう?如何なる物をも切り裂くデュランダルの、一部だ。それを持って、お前の前に立つ困難を切り裂いてみせろ」
「ありがとう、ジャンヌ」
ジャンヌにお礼を言うと、少し恥ずかしそうにしてから、笑ってくれた。
「それに、そのナイフは所謂姉妹剣のような物でな...私の持っている物も、デュランダルを再利用した物だ」
ジャンヌは愛らしそうにケースに入っているナイフを見つめる。
「無茶は、しないでほしい」
ゆっくりとジャンヌは顔を上げて、真剣な表情で俺に話す。
「ああ、俺に出来る、精一杯をするが無茶だけはしねー」
「...そうか」
「ああ、そーだ」
雨の勢いが強くなってくる。
「さぁ、受け取れ」
ジャンヌが今一度ケースを俺の眼前に押し出してくる。
ナイフを手に取る。少し冷えているのは、雨のせいだろうか。
しかし貰ってばかりというのもなんだか気がひける。
しかし、自分に渡せる物なんて、何かあっただろうか...。
――渡しても喜ぶか分からんが、渡しておくか。
「ジャンヌ、俺からのお返し」
右胸の内ポケットに手を突っ込んで、ケースを開く。その中に入っている、俺の部屋の予備のカードキーを渡した。
「こ、これは?」
ジャンヌが受け取って、じっくりと眺めている。
「俺の部屋の鍵。今はそれくらいしか渡せねーけど、いつか、もっといい物を渡してみせっから!」
そう言い切る。
「...ありがとう」
ジャンヌは嬉しそうに笑ってくれた。
そうして俺たちは別れ、それぞれの部屋に帰っていく。
「で、なんで居るんだ」
「鍵を渡されたのだ。何時でも来ていいと言う事だろう?」
風呂から上がって、着替えて出てくると部屋着姿のジャンヌが居た。
部屋には俺しかいないと思っていたから、部屋に俺以外の人が居ることに驚いて叫んでしまったことは割愛する。
俺はソファに座ってテレビを眺めている。ジャンヌは俺の隣に座って、同じようにテレビを見て、俺を見てというのを繰り返している。
「確かに鍵は渡したけど、いきなり来んのかよ」
「ダメだったか?」
ジャンヌは、挑発的な笑みを浮かべている。
「...いいけどよぉー...何もないだろ、俺の部屋」
辺りをグルリと見渡すが、面白そうな物の一切は置いてない。
「隼人がいるだけで十分だろう、他に何を目的に此処に上がり込めばいいのか、私は知らん」
ジャンヌはさらっとそんな事を言ってのける。
―たまにすげー事言うよな、コイツ。
テレビから流れてくるバラエティー番組の音声と、窓に遮られ微かに聞こえる雨の音が聞こえる。
ゆっくりと、ジャンヌの手に、自分の手を重ねる。
ジャンヌは一瞬ビクリとしたが、すぐに手を重ねやすいように位置を変えてくれたので、握る。ジャンヌも握り返してくれる。
所謂、恋人繋ぎというヤツだ。
手を繋ぎ合ったまま、テレビを見る。何も話さずに、手の感触を確かめ続ける。
居心地のいい空間だと思っていると、ふとジャンヌの方からコロンか何かだと思うが若草の香りに似た匂いが漂ってきた。
「蒼い...香りだな」
ふと声を漏らすと、ジャンヌは俺の方に顔を向けて笑う。
「分かるか。私の気に入ってる香りでな、何時もつけているんだ」
ジャンヌがふふん、と少し胸を張って教えてくれる。
梅雨時のジメジメした雰囲気を打ち破ってくれる香り。もう少し近くで嗅いでみたいと思いジャンヌと距離を詰める。
「な、なぜ距離をつめる...」
ジャンヌが少し動揺して白い顔を朱に染めていく。
「オメーの匂いを、もっと近くで嗅いでみたい」
「ええい、犬か貴様は!」
そんなことを言いながらもジャンヌが抵抗する気配は微塵もなく、ズイズイと距離が縮まっていく。
夜は次第に更けていった。
ブラドとかいうやべーやつには遭いたくねーな...