理子にドロボーしようぜと言われてから一夜明け、俺とキンジとアリアは席について非常にイライラしていた。特に俺が。
「ぐぬぬぎぎぎ...」
と唸ってしまうくらいには。
そのイラつきの元凶は、このクラスの中にいて、男女構わずクラスメイトに囲まれている。
囲まれている中心にいるのは、峰理子。
1限目が終わったと思ったら、理子が
「たっだいまー!みんなー!りこりんがかえってきたよー!」
なんて言いながら壇上でポーズを決めた。
キンジが仕入れた情報によると、理子は4月から極秘の犯罪調査で1人アメリカに行ったことになっている、らしい。
理子が帰ってきたことだけが俺のイラつきの原因ではなく、理子が仕込んでくれやがった依頼の事でも大いにイラついていた。
今朝からSSRは合宿に行くはずだったのが、荷物を持ってバスに乗ろうとしたところ、主任から言われた。
「おい、冴島。お前昨日依頼を受けただろう。しかもかなり長期のやつ。忘れてたのか?おっちょこちょいな奴め、と言うわけで教務科はお前の依頼受諾を知っているから、合宿は来なくてもいいぞ。あ、でも単位はしっかりと取れよ」
身に覚えのない話だった。長期の依頼なんて受けた記憶もないし、昨日は依頼を見に行ってすらいない。
絶対に理子の奴が何かした。
星伽と合宿中に能力の調整をするつもりだったが計画が崩れてしまった。
アリアにその旨を伝えると、アリアもアリアの方でしっかりとプランが組まれているため急な変更はできず、1人空いた放課後の時間を過ごすことになってしまった。
結構楽しみにしてたんだぞ、合宿。今回は出雲大社に行くって事でスピリチュアルパワーが手に入るかもしれないと思ってたのに。
理子はそんな俺の気持ちなど一切知らず、クラスメイトに愛想を振りまいていた。
で、放課後。
キンジの部屋に集まって、理子の振舞いに文句を垂れながら理子の泥棒の片棒担ぎをすることになった時の話を聞いていた。
「へぇ、ブラドねぇ」
「ええ、奴はイ・ウーのナンバー2。『無限罪』の2つ名を持ってるわ。だけど、それ以上は教えられないわ」
「...相棒である、俺にもか?」
アリアがキッパリと言い切ったことに、キンジが少し噛みつく。
「相棒だから教えられないの」
「何?」
「知ったら...存在を抹消されるわ。アンタたちがそこにいた証明になるもの、全てが消される」
戸籍からレンタルショップの会員証に至るまで、全部ね と、アリアが言う。
「おいおい、そりゃマジにやべーやつじゃねーか」
「言ったでしょ、危険だって。下手に知って公安0課や武装検事に狙われたくないでしょ」
「殺しのライセンス持ちじゃないか」
キンジがアリアの発言に驚く。
「で、キンジもハヤトもどうするの。理子の手伝いをするの?」
「あ、ああ...」
「ふぅん、なんで理子を助けるの?」
「そりゃ...別に、お前には関係ないだろ」
「可愛い子に泣きつかれたから、助けるってわけ?」
―また始まった。いつもの痴話喧嘩だ。
「そうは言ってないだろ。それにそれは、どちらかと言うとお前の方じゃないか。泣いて済むなら武偵はいらない」
「じゃあ、なんでよ」
話が熱くなり始めかけた所で、2人を宥める。
「どう、どう。お前らその辺にしとけ、俺の前で痴話喧嘩するたぁ、俺を泣かせてーのか?」
「正直すまんかった」
「やめなさいみっともない」
目から一滴、涙が零れる。
俺も一度でいいから痴話喧嘩とかしてみたいものだ。
グスン、と鼻を鳴らしてアリアの質問に答える。
「俺ぁパスだ、ドロボーの片棒担ぐつもりはねーよ、見返りもなさそーだし」
理子は詳細は追って説明するからしばらく待て、と言って何も言ってこない。
もともとやる気もない。
「でもアンタ、既に理子に何らかの依頼をやらされてるんでしょう?」
「ああ、そのとーりだぜクソッタレ」
「何やらされてるのよ」
「依頼者からの電話番号で俺の携帯に電話がかかってくるまで普通に過ごすこと。電話がかかってきたらその依頼を受けて、満了すること。依頼の満了を確認して、この依頼も満了となる、ってやつだ。質わりーぜ、おかげで他の依頼も受けられねぇ」
ソファに体を沈めてぐでぁ、と脱力する。
ふと外を見ると、ざぁざぁと雨が降っていた。
雨を見て、先月の地下倉庫での一件、スプリンクラーから撒かれた水が途中で凍りダイヤモンドダストになるあのシーンを思い出した。
――ジャンヌは、元気してっかな...
今でも脳裏に鮮明に浮かぶ。銀髪に蒼いサファイアの切れ長の瞳。日本人離れした顔立ちに白い雪のような肌。
綺麗だったなぁ、なんて窓の先の光景を見つめて呆けているとキンジに肩を叩かれる。
「んあ、どうしたキンジ」
「どうした、じゃねーよ。飯、買いに行こうぜ」
「おー、いくかぁ」
キンジと共に傘を差して近所のコンビニまでブラブラと歩く。
傘に雨粒の当たるバチバチという音が心地良い。
「正直、理子とアリアのダブル『
「頑張れよキンジ、どうせ俺もお前らの依頼に加担させられるんだろ、理子のヤロー、回りくどいことしやがって」
「完全に先を読まれてるな」
コンビ二に入り、適当な弁当を、明日の朝の分まで買う。
「お前ずっとコンビニ弁当だよな。自炊はしないのか?」
「俺ぁ料理が苦手でな、オメーみてーに作りに来てくれる奴もいないんだよ」
レジに並びながらキンジと話をする。
会計を済ませて、寮に入り別れる。
「じゃあ俺ぁこっからは自分の部屋にいくわ」
「おう、また明日な」
「おー」
自室に戻り、レジで温めてもらった弁当を食べて、風呂から上がってしばらくテレビを見た後に外を見つめる。
雨は止んでいた。
それから3日ほど経って。
俺たちは中間テストが午前中行われ、それが終わったあとの午後はスポーツテストをしていた。
幸いにも曇り空で、苦しいなんて思いもせずに済んでいる。
「次ィー、冴島...能力有と無しの二回計るからなァ」
50m走担当の綴先生が記録係に指示を出してハイスピードカメラをゴール地点に設置し始める。
「うぃーす」
「じゃ、能力有からやるぞー」
そのまま綴先生は、空砲――ではなく実銃を空に向けてぶっ放した。
バギュン!と音がした瞬間に今制御し切れる限界まで加速していく。
一歩踏み込む度に景色が変わっていく。ゴールラインが近づいて行く。
そして、ゴールを踏み切って、少しずつ減速していき、能力を切る。
そのままジャンプして、空中でローリング。
ダンッ!と着地して勢いを完全に殺す。
「ただいまの記録...0秒80」
えーとつまり、0.8秒...あれからSSRで計測してなかったがそんなに速くなったのか。
てことは毎秒62.5mを進み、時速225kmで走ることが出来る。
「――ああ、また世界を縮めてしまった...!」
―ウットリ。
「...気持ち悪いなァ...ほら、次は能力無しだ、早くつけよォ...」
綴先生が心底気持ち悪そうな顔をして俺を急かす。
またバギュン!と音が鳴り、走る。
グングンと加速していく。さっきよりは断然遅いがそれでも風を感じるのも悪くはない。
ゴールラインを踏んで、ゆっくりと減速して止まる。
「ただいまの記録...5秒35」
辺りからスゲー、だの素でもはえーのかよ、チートじゃねーか、だの流石スピード狂だの聞こえてくる。
これでスポーツテストの記入は全て終わった。最後に50m走を持ってきてよかったと本当に思う。
スポーツテストが終わって、放課後。
特にやることもなく依頼も受けられないのでなんとなく帰ろうかと思い、校舎外に出る。
その時、何処かから、ピアノの音が聞こえた。
耳を澄ませて聞いていると、なんとなくだが曲名を思い出してきた。
そう、たしか――
『火刑台上のジャンヌ・ダルク』
もしかして、と思い。
すぐに能力を使って音楽室まで走る。
階段を駆け上がって、廊下を駆けて、音楽室の扉に手を掛け、バァン!と思いっきり開ける。
奏者は演奏を中断して、此方を見る。
そこに居たのは
「誰かと思ったが、お前か。久しいな、冴島」
――武偵高校の制服に身を包んだ、ジャンヌ・ダルク30世だった。
「あ、ああ...久しぶりだな。その制服...司法取引を終わらせたのか?」
「ん、ああそうだ。今の私はパリ武偵高校から来た留学生、情報科2年のジャンヌという設定だ」
「そっか、コッチにきたのか...」
何か、話そうとするが何故か言葉が出ない。
「...目の傷は、塞がったのか」
ジャンヌは椅子から立ち上がって、俺に近づいてくる。
「お、おう...あれから1カ月は経ってる。どんな奴でも傷は塞がるさ」
傷は塞がったが、斬られた痕は残り続けている。
矢常呂先生にはまた傷を増やして、と怒られた。
「ふむ...だが、癒えることのない傷を負ったわけだ。辛くはないのか?」
ジャンヌが、更に近づいてくる。
「別に、俺は武偵で、超偵だ。傷を負うことくらい覚悟してる」
何度目かの覚悟の話を、ジャンヌにほぼテンプレと化した文章で返す。
「そうか...この眼の傷、触ってもいいか?」
ジャンヌはそんな事を言いながら俺の目の前に来ていた。
「う、ぉ...」
明るい場所で、敵意ナシで、ジャンヌを間近で見る。髪は照明の光を受けてキラキラと輝き、澄んだ蒼いサファイアの瞳は何処まででも深く、俺を見ている。
やっぱり、すごい美人だ。
「...流石に触れるのはマズいか?」
ジャンヌは俺が何も言わないことを不安に思ったのか、質問をしてくる。
「あ、いや、別に、構わない。ただ、オメーが...ジャンヌが、あまりにも綺麗だったモンだから...」
と、口を滑らせてしまい、急いで口に手を当てるが時すでに遅し。
「...ふふふ、私が、綺麗だと?お世辞が上手いな」
ジャンヌが少し頬を朱に染めて、手を少し上げて、俺の右目の傷に指を這わせる。
眼球に指が当たらないように目を閉じて、ジャンヌが触りやすいように配慮する。
細くて白い、可憐な指が――スッ、と傷を撫でていく。
銀氷などと言われているらしいが、その手は人並みの温もりを持っていた。
「...ああ、私がつけた傷だ。お前に、癒え様のない傷をつけた」
ジャンヌが、何度も傷に指を這わせて斬った場所をなぞる。
左目で、ジャンヌを見る。その顔は少し、憂鬱気味だった。
「別に、オメーが気にする必要なんかねーよ」
なんて言ってみるが、ジャンヌは顔色をよくすることはなく、ずっと、傷を撫でていた。
流石にちょっとくすぐったい。
「ジャンヌ、お前は司法取引の条件以外で、なんで
「む...それは、だな...」
ジャンヌが傷を撫でる手を止め、顔が再び朱に染まる。
そっと腕をさげて胸のあたりに置く。
「...面と向かって言うのもあれだが、お前に会いに来たのだ」
ジャンヌは少し顔を上げて、告げる。
「へ?お、俺に...?」
「そ、そうだ...お前に、お前の生き方に、在り方に心惹かれた」
ジャンヌがそんな事を言うもんだから、顔が熱くなる。耳が赤く染まっていくのが、感覚的に分かる。
「なぜ、お前がそんなに一つのものに執着できるか知りたい」
ジャンヌは顔を朱に染めたまま、じっと俺を覗きこんでくる。
ジャンヌの、蒼い瞳に反射した俺が見える。
「どう、も、こう、もない...。俺には、それしかないから...だ」
ドモりながらも答える。ジャンヌはまだ、俺を視界から捉えて離さない。
「私は、お前に言ったな」
「何を...?」
「お前は最後、独りになり、誰にも気付かれずに、散っていくと」
「あ、ああ...」
「私は勝手に同情をしてしまった。哀れだと思ってしまった。赦してほしい」
ジャンヌは目を伏せ、頭を下げて謝罪してくる。
「別に、構わねーよ...俺は」
俺は俺の生き方を肯定してるだけだ、と言おうとしたが、顔を上げたジャンヌに阻害される。
「だから、私が隣に立って...お前を見ていたい、そう思う」
その目は真剣で、顔こそ銀氷なんて言葉がウソッパチなんじゃないかってくらいに真っ赤で、告白みたいなことを言われて。
すごい変な、甘酸っぱい空気が音楽室を支配していた。
――なんか、熱い
汗が出てくる。
ジャンヌが何も言わない俺を不審に思ったのか、焦ったように言ってくる。
「お、お前も男だろう!乙女がここまで言っているのだ!何か...言え、言ったら...どうだ」
最初は勢いよく、次第にぽしょぽしょとか細い声になっていった。
――なんだこの魔女!めっちゃ可愛いぞ!
「い、いや...突然すぎてな...嬉しいんだけどよ...脳がね?追いつかないの」
キャラが崩れる。
そして変な空気に充てられたのか、変な事を口走ってしまった。
ガシッとジャンヌの肩を掴んで、言ってしまった。
「ジャ、ジャンヌゥ!」
「は、はい」
ジャンヌは突然肩を掴まれビクリとする。
「幸せに!!!して!!!!みせるから!!!!」
馬鹿みたいに大声で、叫んでしまった。
――やっち、まった。
発言から少しして、ひゅうと魂が抜けていくのを感じた。
やべーくらいにウブなんです。
ジャンヌは乙女プラグをインストールさせて頂きました。
流れが速すぎるかと思いますが速いのは良い事なのでご了承ください。