ボディーガードの話から一夜明けて、アリアと早朝練習をしていたがどうもアリアの機嫌が悪い。キンジもいないし。
―何かあったんだろーなぁ、でも聞くとキレそうだしなぁ。
居心地の悪い空間の中で、昨日よりも厳しい組手をさせられてちょっとつらい。
「今日はこれくらいでいいわね」
「お、おう」
「ちゃんと自己鍛錬もしときなさいよ」
「押忍」
結局キンジの奴は、今日一日風邪で休んでたみたいだった。
翌日。
強襲科のアリーナで閉会式の下稽古ということで、音合わせを軽くしていた。
ボーカル&ギターの不知火。ギターのキンジ。ドラムの武藤。そしてベースは俺。
2分ちょっとの短い曲なのでそこまで覚えるのに苦労はしない。
「はい、じゃあ今日はここまでにします。お疲れ様でした!」
星伽がそういうと皆片付けに入り始める。
「なぁ冴島、久しぶりにアレやってくれよ!」
「なんだ武藤、俺も帰りてーんだけど」
「いいだろ?な!」
「しゃーねーな...一回だけな」
「え?何やるの?」
「何やらかすつもりだ」
帰ろうとしていた不知火とキンジも寄ってくる。
「驚くなよ、キンジ、亮。冴島は高速スラップが出来るんだ」
「そう自慢するほどの物でもないと思うんだがな」
弦に触れながら、ロータリー奏法で弦を弾く。サムダウン、ハンマリング、サムダウンアップ、中指プル、それらを混ぜながらフレットの場所で弦を抑えて音を変えながらどんどん早くしていく。
さっき引いてた曲のベース部分を、アレンジを加えながらどんどんと速くしていく。
なんか楽しくなってきたぞ。もっと速く弾けるかもしれない!
少し汗が出てくるがそれも気にせずに弾いて、弾いて、弾き終えた。
――ウットリ。
「また、速くなったかもしれない...」
「くぅー!やっぱ感動モンだなぁ」
「すごい巧いんだねぇ、聞き入っちゃったよ」
「変な所で器用な奴だ」
そして今度こそ解散する。
しばらくして、屋上へいくとアリアの姿はなく、キンジと、『バカキンジ』という弾痕で彫られた文字が見えた。
オメーらまた喧嘩したのか。
「よっキンジ。ほれ」
「...おう」
キンジに無糖のコーヒーを渡し、俺は微糖のコーヒーを飲む。
―うーん、甘苦ッ!
「まーた、アリアと喧嘩したんか?」
「...俺は悪くねぇ」
「おう、そうか...で、何言ったんだよアリアによ」
「...魔剣なんて、いない。それは妄想だって言った」
「他にもなんかあんだろー」
「なんで分かんだよ...俺一人で白雪の護衛くらいできる、お前はズレてるって言っちまった。敵なんて居るわけないとも言っちまった」
「そりゃ、一概にオメーが悪ぃとは言えねーけどよォ?パートナーなんだろ、信じてみろって」
「...」
キンジは黙ったまま俯いている。そして、顔をゆっくりとあげて一言。
「...なんとか、してみる」
キンジは缶コーヒーを飲み干して、戻っていった。
―俺も、戻るか
その日の放課後はアリアもキンジも見なかった。
それから数日。ゴールデンウィークに入った俺はアリアに訓練をつけてもらっていた。
アリアはキンジと遭遇しないように俺との朝練はSSRの講義室で、夕練の組手もそこでやっていた。
「ふぅ、いい感じね。やっぱりもともとの身体能力が高いから覚えればそこそこできるじゃない」
「俺もまさかこんな風に戦うなんて思わなかったけどなんとかしてみるもんだな」
アリアとの特訓もそこそこにして切り上げ、汗を拭きながらアリアに質問をする。
「なぁ、キンジと喧嘩したんだろ?」
「...アレはキンジが悪いのよ」
「まぁ、そう言うなって。キンジもさ、頭冷えてるだろうしオメーも十分堪えただろォー?」
「で、でも...」
「大丈夫だって、連休明けにでも話してみろよ」
「...うん、そうする」
「おうおう、じゃあまた明日、学校でな」
「ええ、また明日」
自室に戻り、風呂に入って夕飯を食う。
明日はアドシアードだし早めに寝ようかな、と思ったところで携帯にメールが入る。
キンジからだった。
『アリア、怒ってないかな』
と書かれた物を見て、少し苦笑する。
『大丈夫だって、とりあえず一回会ってみろ。明日なら閉会式前に会えるかもしれないだろ』
メールを送信して、しばらく待っていると返信がきた。
『わかった。ありがとう。おやすみ』
それを見て、携帯を閉じる。そのまま布団に飛び込んで、瞼を閉じる。
眠気はすぐにやってきた。
アドシアード当日。
キンジ、武藤と共に講堂の報道陣用のゲートでモギリをしていると、あまりに暇だったからか、キンジが船を漕ぎ出した。
色々あって疲れてるみたいだし、寝かせておくか。
そうしてボケーっと武藤と映画やバイクの話を小声でしていると、武藤が面白いことを言い出した。
「なぁ、隼人...お前バイク欲しくないか?」
「あ?なんだよイキナリ」
「いいから...欲しいか?」
「あー...俺ぁ能力あるから、いらねーや...」
「後ろに女を乗せようとは思わないのか、お前は」
「いや乗せるような女いねーし」
「泣いた」
「うるせーやい...でも、バイクかぁなんでそんな事聞くんだよ」
いきなりバイクの話なんてされたら流石に困惑する。
「いやお前、ケッコー金持ってるだろ?」
「ああ、まぁ、そりゃあ、それなりに依頼で稼いでるしな」
「それで、お前の金でバイク買ってくれたら、俺にも触らせてほしいなぁって」
「オメーもAランク武偵だろォ、自分で買えよー」
「で、でもよー!たまには自分の足以外で走りたいとは思わないか?」
武藤は必至に食い下がる。なんでこんなに必死なんだ。
「わかった、わかったよ」
「買うのか!?」
「なるべく安いやつな」
「任せとけ!ほら、これなんてどうだ」
そういって武藤が見せてきたのは、4月に発売されたばかりのニューモデル、VMAXだった。しかも海外仕様。
「オメーこんなの買ったって日本じゃ乗り回せないだろ」
「いやいや、良いもんだぜコレは」
「全く、オメーが乗りたいだけだろーに。で、幾らだ」
「230万...いや、もっと安く買い叩いてみせるぜ」
「たけーなオイ」
「とりあえず231万が絶対ラインだが、それ以下で買うことだけは約束しよう」
「確約できたらまた教えてくれ、そん時に金払うわ」
「まかせとけ!」
そんな話をしていると武藤と俺のシフトが終わったので外に行くことにした。
キンジを起こすか起こさないか悩んだが、そのままにしておくことにした。
外に出てからは武藤と一緒に動いて、途中で不知火と合流した。
いつもの3人で集まったのはいいけど何するよ、と悩んでいたところで携帯が鳴る。
教務科からのメールで、開いてみると『ケースD7発生』とだけ書かれていた。
「どうした、ハヤト」
武藤が何かあったか、と聞いてくるので画面を閉じて、小声で話す。
「D7発生」
「...キンジに電話掛けてみるわ、起きてるといいが」
「僕は白雪さんの所に行ってみるよ、たしか生徒会にいるよね?」
「ああ、じゃあ、また後でな」
「うん。アドシアード、楽しんでね」
何気ない会話で俺たちは別れ、電話にでなかったキンジを起こしに武藤が向かい、不知火は星伽を探しに行った。
俺はレキに電話を掛けていた。
『はい』
すぐにレキが出てくれた。ありがたい。
「もしもし、冴島だ。ケースD7が起きた」
『今確認しました』
「そうか、誰が居なくなったかは分からない...よな?」
『流石に難しいですね』
「冴島くん、どうやら星伽さんみたいだ」
そこに、少し汗をかいた不知火が戻ってくる。
―だが、なんて言った?
「星伽、だと?」
「うん、生徒会の子に聞いてみたんだけど昼過ぎから連絡が取れないみたいなんだ」
「...聞いたか、レキ」
『ええ、ですが星伽さんは見当たりません』
「なんか、ねーか。他に、いつもと違う感じのやつは」
『...第9排水溝の辺り、海水の流れに違和感があります』
「第9排水溝...あっちか。さんきゅ、レキ」
『いえ』
「俺ぁ走って探す、レキはキンジに連絡を...って競技中だったか?」
『大丈夫です。今はインターバルですので』
「そうか、競技頑張ってくれよな」
『はい』
レキとの通話を終了して、不知火に話しかける。
「聞いた通りだ。このまま第9排水溝を見に行くぜ。不知火、オメーはアリアにこの事を伝えてくれ」
「分かった、気を付けてね冴島くん」
「応」
第9排水溝に到着し、フタを見る。無理矢理外され、繋ぎ直された跡を見つけた。
「ビンゴ!大当たりだぜ!」
第9排水溝が繋がっている場所を武偵手帳で見ると
「...貧乏くじの大当たりだったみたいだな」
示された場所は地下倉庫。簡単に言えば火薬庫。強襲科や教務科と同じ、やべートコとしてカウントされてる危険地帯。
そこに自分から入っていくことになるなんて、考えたくもなかった。
第9排水溝のフタを無理やり外して、中に入る。
排水溝の中をさくさく進んでいき、地下倉庫に着いた。
非常に暗く、非常灯がぽつりぽつりと点灯しているだけのそこは、狭く、機動力は活かしにくい。
そうして進んでいると、話し声のようなものが聞こえた。
俺より速いのが気に食わんが仕方ない。
銃を抜いて、壁に張り付き聞き耳をたてようとしたところで壁の文字に気付く。
『KEEP OUT』 『DANGER』
そうだ、ここは火薬庫。銃でも使ってやべーモンに当たったらそれこそ学園島が吹き飛んで消える。
急いで銃から弾を抜いて、ホルスターに仕舞う。
そしてそのまま聞き耳を立てることにした。
「待っていたぞ、星伽白雪」
「...私が行く代わりに武偵高の生徒、何よりもキンちゃんには...手を、出さないで」
「そう慌てるな、ゆっくりと能力者同士の話合いでもしようじゃないか」
...見つけた。星伽と誰かが話しているが、内容的に魔剣だろう。
連絡をしようと携帯を開いたが、電波が届いてない。
とりあえず、時間稼ぎでもしようかと壁から背中を離し、わざと足音を立てながら星伽たちの前に姿を見せる。
「誰だ!......ああ、冴島隼人か。よくここが分かったものだ」
魔剣らしき女は、俺の方に体を向け、少しだけ警戒を緩める。
赤い非常灯に灯されて、その姿が少しだけ見える。
銀色の髪に、碧眼。白人の顔。
――え、めっちゃ美人じゃん。可愛い。
とんでもねー美人がそこにいた。