「は〜、つっかれたぁ〜」
お風呂に浸かりながらそんな言葉が溢れる。
今日初めて仕事というものを手伝った。覚えることが多くて大変だったけど、不思議と気持ちは落ち着いてる。それどころかちょっとした充実感まである。
今日1日でいろんなことを学べた。仕事の大変さ、人との関わり方、言葉の使い回し方。まだ1日しか働いてないし、ミスばっかでたいしたことはしてないから大きなこと言えないけど、ちょっとだけ成長できた、少しだけ前に進めた、そんな風に思えた。
雪はいままでずっとあのお店を1人でやってきたんだよね。
そう考えると少しだけ雪を尊敬する。と同時に少しだけ悔しいとも思った。私には到底できない事だと思うから。
私にできないことが雪にはできる。それが悔しい。
結局の所、私は負けず嫌いなんだろう。
だから明日こそはもっと頑張ろう。そんでもっていつか見返してやるんだ。私だってやれば出来るんだぞって。
気がつけば私は、いやいや付き合っただけの仕事に随分と熱が入ってしまっていた。
我ながら随分と単純思考だと呆れるほどに。
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「お風呂上がったよー」
「ん、湯加減大丈夫だった?」
「うん、ちょうどいい感じ」
「そっかそっか」
替えの服は持ち合わせいないから雪の服を借りた。
ちょっと大きめだけどまぁ仕方ない。
「で、どうだった?初めて働いてみて」
「まぁ悪くはなかったかな」
少なくともこれが今の私の本心だ。
「そっかそっか、それは良かった」
そういって雪は嬉しそうに笑った。
「明日もお願いできる?」
「うん、やる。次こそは間違えないからね」
今日は噛んじゃったりもしたけど、次は大丈夫。同じ轍は二度と踏まない。
「じゃあ期待しておこうかな」
そう言いながら雪はニヤニヤしてる。
絶対それ別の意味期待してるだろこのやろー。
みてろよ明日こそ完璧にやってやるんだから。
「あ、そうだ。次の休みに服とか買いにいこうか」
不意に雪がそんなことを言いだした。
「いやいいよ、お金なんて持ってないし」
「それくらい買ってあげるよ」
そういって雪は笑った。
「でもなんか申し訳ないし……」
元々私の勝手に住みついてるのにそこまでさせるのは流石に気が引ける。
「けど部屋着くらいはないと不便でしょ」
「まぁそれはそうだけどさぁ…」
「でしょ?じゃあ買いにいこ。変なとこで遠慮しなくてもいいって」
そうはいってもねぇ。また貸しを作るのも癪だし。
「んーじゃあこうしよっか。買った服の分はお仕事の頑張りで返して貰うってことで。これならどう?」
なるほどそうきたか。まぁ確かにそれなら貸し借りは無しと考えても……いいかもしれない……かな?
「わかった、じゃあそれでいいよ」
住む変わりに働くって話だったし限りなく微妙なラインな気がしなくもないけど、まぁここはこれで折れておこう。向こうは引き下がってくれそうもないし。
「じゃあそれで決定ね。明日はお店あるから明後日買いにいこうか」
「ん、わかった」
そう返事をすると雪は嬉しそうに笑った。なんでこいつはこんな嬉しそうにしてるんだろう。ほんと変わった奴だ。
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「いらっしゃいませー!!」
よし、今回は噛まずに言えた。
2日目のお仕事、要領は大体掴んできた。昨日の経験を活かしていけば十分やっていけるはず。まだちょっと緊張するけど大丈夫、私ならやれる。
「おはようさん、雪に小傘ちゃん。今日は噛まずに言えたねぇ」
1人目のお客さんは昨日と同じおじいさんだった。雪曰く常連のお客さんらしい。あと気にしてるんだからそういう事は言わないでほしい。
「ほらほら、そんな膨れずに。今日も昨日と同じ奴でお願いするよ」
むぅ、どうやらまた顔に出てたらしい。というか別に膨れてなんかないし。ちょっとムッとしただけだし。
で、昨日と同じ奴っていうと……
「モーニングセットですね、かしこまりましたー」
メモをとって雪に渡す。
「はい、これ」
「はいよー」
そういって雪は準備に取り掛かる。
よし、今の所順調かな。これといってミスもしていない。この調子で今日1日乗り切ってやる!
カランッカランッ
そんなことを考えてると次のお客さんがきた。よし、次のお客さんもこの調子でいけば大丈夫。私ならやれる!
「いらっしゃいませー!!」
挨拶と共に振り返るとそこには子連れのお客さんがいた。
……どうしよう、これはちょっと予想外だ。
考えてみれば当然の事といえば、当然のことだ。お客さんが皆1人ずつくるとは限らない。当然複数人でくることだって十分ありえる。昨日だって何回かそういうことはあった。でも、子供がいるパターンは初めてだ。見た感じ1歳くらいの女の子と3歳くらいの男の子。どうしよう、どう対応すればいいのかわからない。
「テーブル席空いてますか?」
母親と思しき人が聞いてくる。
「あ、はい、テーブル席ですね。こちらへどうぞ!」
取り敢えずテーブル席に案内する。
「では、ご注文がお決まりになりましたらお声がけ下さい」
取り敢えずここは一旦引いてあとは雪に任せよう。悔しいけど私に子供の相手をできる自信はない。何が私なら出来るだ、全然じゃないか。
「あ、もう決まってるので注文いいですか?」
はいダメでしたー、逃がしてくれませんでしたー。なんでもう決まってるんだよ。さてはこの人も常連さんなのか?
雪の方をチラッとみる。どうしよう、モーニングセットの準備をしてるせいで私が困ってることに気付いてない。となれば自分だけで切り抜けるしかない。よし、おちつくんだ私。大丈夫、オーダーをとるだけだ。さっきみたいに普通にやればいいだけだ。私ならできる。
紙とペンをとり向きなおる。
「かしこまりました、ご注文をどうぞ!」
やれる、私ならやれる!
「え〜っと、モーニングセットを2つで、ドリンクはアイスティーのストレート…、あっやっぱりレモンで。もう1つはホットミルクに砂糖多め。トーストは私がマーガリンでこの子がジャム、私の方のサラダはドレッシングじゃなくてお塩でお願いします」
いやまってまってそんな一気に言わないで!オーダーを慌ててメモにとる。えっえっと、モーニングセットを2つにドリンクはアイスレモンとホットミルクに塩多めで、トーストがマーガリンとガム、女性のサラダがドレッシングじゃなくて砂糖っと。
「はい、かしこまりましたー」
よし、なんとかできた。やれば出来るじゃないかわたし。
複雑な注文もちゃんととれて少し自信がついてきた。
「はい雪、オーダー」
そういって雪に紙を渡す。
「あ、ごめんね、そっちまで気が回らなくて。大丈夫だった?」
「うん、もう1人で大丈夫だよ」
「へぇ〜、随分成長した…ね…………」
オーダーをみた雪が固まる。ん、どしたの?
「あー、これはねぇ……」
雪が笑いを堪えてるような顔をしてる。
あ〜これはひょっとして………
「ちょっと待っててね」
そういうと雪は紙とペンを持ってあのお客さんの所へいった。むぅ、もしかして間違ってた?
お客さんとやりとりをして雪が戻ってくる。
「少し複雑だったからごっちゃになっちゃったんだね」
う、やっぱり間違ってたのか。
自信満々だっただけにすごく恥ずかしい。
「まぁいずれ慣れるよ」
そういって頭をポンポンされた。
やめて、優しくしないで。
恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。恐らく今の私の顔は茹でだこの様になっているだろう。
何がちゃんと出来ただ。全然駄目じゃないか。
「そうだよ小傘ちゃん。最初はみんなそんなもんだ」
やめておじいちゃん追い討ちかけないで。
泣きそうになる。
「つ、つぎは間違えないからね!」
「そうそうその調子その調子」
このやろー馬鹿にしやがって。絶対見返してやるかんな。
このまま笑われたままでたまるか。
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「よし、こんなもんかな。お疲れ小傘ちゃん」
全然駄目だった………。
昨日ほどではないにしろかなり色々やらかしてしまった。どうやら私は複数人相手にするのが苦手らしい。この辺りが当面の課題になりそうだ。1人2人ならまだ出来るんだけどなぁ。
「まぁそう落ち込まないで。また次頑張ればいいよ」
何よりこいつに慰められるのが凄くムカつく。その生温かい感じの目やめろ。
ほんとなんで出来ないんだろうなぁ。
「小傘ちゃんはテンパり過ぎなんだよ。次はもう少し落ちついて接客してみるといいよ」
「それが出来ないから困ってるんだよ」
簡単に言うよなぁ。わかってるよそんなこと。それができたら苦労しない。
「そのうち慣れるって」
「いつもそう言ってるじゃん」
もう聞き飽きたよそれは。そのうちっていつだよ。
「まぁ焦っても仕方ないって。こういうのは数こなしてくうちにできる様になるから。寧ろ2日目にしては小傘ちゃんはよくやってくれてるよ?」
「むぅ〜…………」
そうは言っても自分では納得がいかない。なんで雪に出来ることが私にはできないんだ。
「そりゃあ俺はもう何年もやってるからねぇ」
「わかってるよ、それでも悔しいの」
悔しくて仕方ないからこうして考えてるのに。
「ん〜そうだなぁ。じゃあ明日の買い物の時に他の店に行ってみる?何か掴めるかも知れないし」
「他の店………」
なるほど、そういう考えもあるな。人里には他にも店は一杯ある。その中には当然何年もやってる人もいるはず。その人達を見れば何か掴めるかも知れない。
「うん、行きたい」
「決まりだね」
そう言って雪は微笑んだ。
これで明日の楽しみが1つ増えた。そこで絶対にコツを掴んで雪を見返してやる。
そう私は決心して明日を迎えるのだった。
今回は小傘ちゃんが接客で四苦八苦するお話でした。
次回はお買い物回になりそうですね。
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