傷つけられた獣は傷が癒えた時、再び狩りへと向かう
あれから一週間の猶予が出来た事もあり、鏡夜は朝の学園の小さな広場でランニングと筋肉トレーニング、そして空手の突きと蹴りを行っていた。
獣の姿になって鍛錬するのはエネルギーの効率が悪く、すぐに食事をしなければ、あの衝動がやってくるからだ。
「99・・・100!はぁ・・はぁ・・。ふぅ・・・身体動かしてないとウズウズして気持ち悪いな」
その気持ち悪さも内にいる獣が暴れたいと願う衝動の一つであった、束が投与した人工の抑制細胞の影響で身体の疼きだけで済んでいる。
「当日はどうなるかな・・・?当日にならなきゃ分からないけどよ」
そんな事を呟きながら鏡夜は汗を拭うと、持ってきていた水筒から卵を器に出して飲んだ後、予習復習の為に図書室へ向かった。
日数が経ち、クラス代表を決める戦いの当日となり、試合が始まる時刻にはまだ余裕がある時刻だが、試合の時は近づきつつあった。
そんな中、一夏と鏡夜、そして箒は朝食をとっていた。箒は和食、一夏は洋食をメインにしている。
「鏡夜兄、そんなに食うのか?」
「だ~か~ら、その呼び方はやめろって。このくらいは普通だろ?」
「そうは言うが、ほとんど肉ではないか!」
一夏と箒が見ている鏡夜の朝食は焼肉丼とチキン焼き、そしてハンバーグだ。とてもではないが、朝食のメニューにしてはかなり重たい物ばかりだ。
「見てるこっちが胸焼けするって・・」
一夏はゲッソリした様子で朝食を口に運んでいたが、鏡夜は箸を止めることなく丼をかきこみ、肉を食らい続けている。
「朝食は基本だって言いたいが、俺が大食いなだけだからな」
飲み物の麦茶を飲んで一息ついた後に大食いを笑い話に変えるように鏡夜は話している。
そうしていると誰かが三人に近づいてきていた。
「ねぇ」
「ん?」
「君達でしょ?噂の子達って」
「赤いリボン、三年生の方ですかね?」
「ええ、そうよ」
どうやら上級生の女生徒らしく、男性操縦者の二人に興味があるようだ。
「えっと、君」
「俺は鏡夜です、雨宮鏡夜」
「ああ、ごめんなさい。鏡夜君達はIS稼働時間はどのくらい?」
「そうですね、基礎訓練はしてましたから俺は2時間って所です」
「隣の君は?」
「俺は20分くらいですかね」
「代表候補生と戦うにしては足りなすぎるわね」
上級生の女生徒は鏡夜と一夏を見て言葉を紡いだ。ISというのは搭乗時間がそのまま経験となるため少ないと口にしたのだ。
鏡夜は束の元にいたが出遅れていた勉学と空手の鍛錬に費やしており、偶然ISを起動させたが、纏った時の感覚に慣れる為の事のみしかしていなかった。
「私が教えてあげようか?ISの事」
「一夏は私が教えますので結構です」
「え?」
一夏は呆気にとられた声を出して、固まっていた。鏡夜はあちゃあ、と言いたそうに苦笑している。
「あなたも一年生でしょ?私のほうが」
「私は、篠ノ之束の妹ですから」
箒はそう言うと上級生を睨んだ。その睨みは早く此処から立ち去れと怒気を含んでいる。
「そ、そう!それなら」
「あ~、先輩?」
鏡夜は去ろうとした上級生を呼び止めていた。どうしても頼みたい事があったためである。
「俺はISの知識がないので、時間がある時に勉強を教えてくれませんか?難しい事ばっかりで」
出遅れていた学力を取り戻したとはいえ、あくまでそれは自分が学べなかった範囲の事である。束に教わっていたとはいえ、天才的な頭脳と一般人の頭脳では理解力が違いすぎている。
学生として、勉強を覚えるために先輩に鏡夜はお願いしていた。
「え?ええ、それくらいなら構わないわよ」
「ありがとうございます、引き止めてすみません」
「大丈夫よ、それじゃ」
上級生は背を向けると去っていった。教わる人が出来てよかったと鏡夜は笑みを浮かべた。
「鏡夜兄、さっきの先輩に教わるのか?」
「ISに関する勉強だけだって。それと呼び方をやめろっての」
一夏は感心したように鏡夜を見ていた。箒はそれが気に食わないのか黙って食事を続けている。
「それとさ、箒?」
「なんだ?鏡夜」
「都合の良い時だけ束さんの名前出すの止めないか?いくら通用するからといってもやりすぎると危ないぞ?」
「っ!うるさい!お前には関係無いだろう!?あの人のせいで私は!」
箒は鏡夜に掴みかかり睨んだが、鏡夜はそれに構わず飄々とした態度を崩さずに続ける。
「ほら、今は束さんを悪く言うのに、なんでさっきは名前を出したのさ?一夏と一緒に居たいからかい?それなら鍛錬とかでも大丈夫だろうに、あんまり束さんの名前を出しすぎると
「っ!!!!貴様ッ!言わせておけば!」
ありえない事ではない可能性を口にされ、箒は怒りに任せて殴りかかり鏡夜はそれをあえて受けた。
「なっ!?あ・・・」
「殴って気が晴れたか?そうしてきたって事は俺が指摘しなくても自分で自覚があるって事だよな?それなら束さんが全て悪いって考えるんじゃなく、自分の今居る環境を冷静に見つめ直してみるのも良いんじゃないか?」
「う・・・そ、そんな事!」
殴られても飄々とした態度を崩さない鏡夜に対し、箒は僅かに恐怖を抱いた。否定する為にこちらは手を出したのに殴り返さず、逆に言葉だけで己の未熟さを的確に見抜かれてしまった為だ
「鏡夜兄!!言いすぎだろ!」
その様子を見ていた一夏は鏡夜に強く言葉を発した。鏡夜の言葉で箒が追い詰められていると感じたのだろう。
「流石に、これ以上は言わねえよ。それじゃあ俺は先に行くからな?あ、おばちゃん!ハンバーガー作って!二個、いや四個くらい!」
鏡夜は自分が食べていた食事の容器を片付け、食堂のおばちゃん達にハンバーガーを作って欲しいと頼み込みに行ってしまった。
◇
その日の放課後の時間帯に一年生は勿論の事、上級生である2,3年生までもが第三アリーナに詰め寄っていた。
「物珍しさで見に来たか、それとも無様な負けを期待しているのか、恐らくは後者かな?女尊男卑は少なからず影響しているはずだしな」
鏡夜はピットの外が見える場所で上級生の中に敵意を向けてくる視線を僅かに感じ取っていた。
「まぁ、関係ないし、俺は俺で試合でぶつかるだけ」
ピットの中へ戻ると、鏡夜は持っていたハンバーガーを食べ始めた。朝食時に頼んでおいた物を放課後に取りに行き、食べていた。
「鏡夜兄、これから試合なのにハンバーガーなんてよく食べられるな?」
一夏は胸の辺りを押さえつつ、鏡夜の隣に並んだ。隣で大きなハンバーガーを食っている様子を見せられれば胸焼けもするだろう。
「だから、まぁいいか…。俺は食わないと持たない身体だから喰ってんだよ」
鏡夜はすぐに食べ終えるとハンバーガーを包んでいた紙をゴミ箱に捨てた。
「で、だ。話は変わるけどよ一週間の猶予の間、何をしていたんだ?一夏」
「ああ、箒と剣道をしていたよ」
「ふーん、それでISに関する勉強は?」
「それは、その…」
鏡夜が質問すると一夏は気まずそうに視線を逸らした。その様子を見て鏡夜は確信を得ていた。何故なら一夏の隣には箒がいたからだ。
「箒さんや?鍛錬は分かるけど勉強は?」
「し、仕方ないだろう!こいつの腕が想像以上に落ちていて、カンを取り戻させるために鍛錬していたのだ!」
「そっか。でも、俺が聞いてるのは鍛錬じゃなくて勉強の方なんだけどな?」
「た、鍛錬に集中し過ぎて時間が取れなかったのだ!一夏のカンを取り戻すためにだ!」
「一夏と一緒に剣道が出来るから勉強の事を忘れてたんじゃなくて?」
「ぐっ!?」
どうやら図星のようで箒は顔を赤くしながらも、鏡夜の言葉に答えられなかった。
そんなやり取りをいると誰かが近づいてきていた。
「はぁ!はぁ!織斑君!来ました!織斑君の専用ISが!」
「え、ちょっと!?」
副担任の真耶先生だったようで息を切らしたまま、一夏を呼ぶとピットへと押して行った。
「鏡夜」
その後ろには担任の織斑千冬が居り、鏡夜に話しかけていた。今のところ教師としての接し方を望んでいるようだ。
「なんですか?織斑先生」
「お前の機体は用意出来ていないが、訓練機でも構わないか?」
専用機は一夏だけに来た為にものだと理解しており、鏡夜に気を遣っている様子で千冬は話していた。
「心配無用ですよ、俺の専用機ならちゃんとありますし」
「何!?」
「この腕についてるブレスレットがそうです、ただし起動するにはこのベルトのどちらかを使わないといけないんです」
左上腕部につけたブレスレットを見せつつ、鏡夜はアマゾンズドライバーとネオアマゾンズドライバーも千冬に見せた。
「二つもあって二重ロックとは随分厳重だな?お前の身体に関係あるのか?」
「まぁ、そんなところですよ。それより一夏の様子を見に行きましょうよ」
「あ、ああ…そうだな」
千冬は己の思考を振り払い、鏡夜と共にピットへと入った。一夏は届いた白いISを身に纏っている。
「白式・・それがお前のISか、真っ白とはね」
「ああ、箒、鏡夜兄、千冬姉・・・行ってくる」
「見せてもらうぞ、お前の戦いをな?」
他のメンバーと言葉を交わした後に一夏とセシリアの戦いは始まった。
一夏が追い込まれていたが
エネルギー切れによる判定で一夏の負けとなってしまった。
「あれだけカッコつけて意気込んでいた割にはエネルギー切れって?どういうことだい?一夏」
「全くだ、大馬鹿者」
「うう・・・」
姉と元義兄から厳しい言葉をもらい、一夏はへこんでいた。機体特性を知らなかったのだからムリもないが、負けた事に変わりはない。
「ところで何故、愚弟は負けたと思う?雨宮」
厳しい言葉と共に弟を放置し、千冬は鏡夜に意見を求めた。それを受けてた一夏本人は更にへこんだ。
「おそらく、白式の機体特性か雪片と呼ばれた刀の特性が原因かと思いますよ?勘ですが」
「ほう?理由は」
鏡夜の洞察力に千冬は感心し、更なる根拠を求めた。白式に能力に肉薄している事に山田先生も千冬も内心では驚きを隠せない。
「恐らく、機体がエネルギーを過剰に吸っていたか、もしくは武器がエネルギーを強引に集中させていたのが原因じゃないんですかね。エネルギーを犠牲に攻撃力を上げているのではないかと思います」
「概ね当たっているな、白式は自分のシールドエネルギーを攻撃に転化する機体だ。攻撃力特化型ISと思えばいい。あの攻撃、零落白夜にはバリア無効効果がある。それによって圧倒的な攻撃力を持っているからな」
「・・・」
「なあに、お前はこれからだ、少しずつ学んでいけ」
「はい!」
一夏は一礼すると顔を上げ、やる気に満ちた顔をしていた。
◇
そして、第二試合である鏡夜とセシリアの戦いが始まろうとしていた。一夏との試合は相手がエネルギー切れによる敗北であったためにエネルギーの補給のみで済んでいる。
「鏡夜兄、頑張れよ!」
「鏡夜、負けることは許さんぞ!!」
「行ってこい!」
「頑張ってくださいね」
「・・・ああ、行って来ますよ、っと!」
声援を受けた後に深呼吸し翼だけを展開し、鏡夜はアリーナへ飛び出した。
「あら、逃げずに来ましたのね?」
「逃げる理由なんてないじゃない」
「ふん、よく見ればあなたのISは飛行のみで武装が一切ありませんわね?なめられたものです。そんなものでわたくしに勝てるはずがありませんわ!今から泣いて許しを請えば許して差し上げますわよ?」
「慌てない慌てない、試合も始まっていないんだから」
「んなっ!?」
「俺はさ、喰いたい時が一番食事が美味い時だって考えてるんだよ」
そう言って鏡夜は隠し持っていたゆで卵をアマゾンズドライバーに軽く二、三回ぶつけ殻を剥いて食べると、アマゾンズドライバーを腰に巻いた。
「な、何ですの!?それは!?」
「今から見せてやる、これが俺の中にいる獣の姿だ」
宣言すると同時にドライバーの左グリップを捻った。その瞬間にドライバーの複眼が光り始める。
「アルファ?」
セシリアは分からないといった様子で立ち止まっている。武装がない相手というのがより一層、不気味さを醸し出している。
「アマゾン…!」
鏡夜が内に潜む獣の名を呼ぶと同時に衝撃波と炎が上がり、周りを震撼させた。
「キャッ!」
その衝撃波にセシリアを含む全員が顔を守るように覆った。衝撃波が収まると同時に更なる音声が響く。
「・・っ!な・・・!何ですの・・あれは?」
その視線の先には先ほどの
「ふ、
「試合は始まるぞ?」
【試合開始】
「っ!ですが中距離射撃型のわたくしに近距離型で挑もうなど笑止ですわ!」
そう言ってセシリアはライフルを撃ち、先制攻撃をしてくる。相手は射撃型のチューンをされているようでその正確さに脱帽する。
「(
「わたくしの射撃を躱すとはやりますわね、でも!これで終わりですわ!」
「ぐっ!後ろから肩に攻撃を!?」
「わたくし、セシリア・オルコットの奏でる
ライフルとビットによる連続射撃によって
「ビットによる遠距離多重攻撃、まさにワルツって事か!そこだ!」
「お生憎様、ブルー・テイアーズは六機ありますのよ!!」
「ミサイル!?ブースターじゃなかっ!」
回避しきれなかった鏡夜の負け、アリーナにいる誰もがそのように考えていた。
「所詮は男、口だけでしたわね。あの鏡夜という男はわたくしの奴隷にでもして差し上げましょう」
勝利を確定事項とし、セシリアはピットに戻ろうとした。
「待て、何処に行こうとしているんだよ?」
「!!まさか!」
セシリアが振り返り、ミサイルの爆煙が晴れた中には変身が解けた鏡夜が立っていた。
「あ、あはは!驚かさないで下さい!ISが解除されているではありませんか!」
そう、今の鏡夜はISを展開していない無防備な姿に等しいのだ。そんな状態で試合など出来るはずもない。
「そんな姿でわたくしと戦おうというのですか!?潔く負けを認めて立ち去りなさい!」
そんなセシリアの言葉に聞く耳を持たず、鏡夜はどこに隠していたか再び卵を取り出し、今度は殻ごと貪り喰った。
「
アルファの時と違い、咆哮を上げ再びドライバーの左グリップを捻った。
「ウガアアアアア!!」
「きゃっ!」
咆哮を上げ、緑色の衝撃波と共にそこにいたのは傷ついた赤い獣ではなく、純粋に育てられ、ただ喰らうだけの
「ウガアアア!喰ワレル前二!喰エッ!!」
自分の存在を知らしめるように緑の
「な・・・何ですの?あれが・・あのISの
セシリアは自分がとてつもない猛獣を目覚めさせてしまったのだという事に恐怖していた。
「ガアアアアア!!」
「ひっ!いやあああああ!」
恐怖心からライフルを撃ち続けるが、
「ウウウウウ・・・ガアアア!」
「槍?」
セシリアが槍に気を取られたその瞬間、
どこからか急に音声が聞こえ、それと同時にセシリアへ引き抜いた槍を投擲したのだ。
その投擲の速さはまるで弓から放たれた矢のようであった。
「!!きゃあああ!」
突然の事に回避が遅れたセシリアは槍が直撃してしまう、それでもセシリア自身はISの機能の一つである絶対防御によって守られたのだが、それ以上にセシリアが驚く事があった。
「うう、油断しましたわ!え・・・?エネルギーシールドが大幅に削られた!?」
その一撃はエネルギーシールドの約5割を削っていた。そのような威力があるなど聞いた事もない。しかし、現実的に相手は向かってくる。
「ウガアアアア!!」
一撃では喜ばずに
「ひっ!来ないで!い、行きなさい!テイアーズ!」
全速力で距離を開き、セシリアはビットによる攻撃を再び展開し攻撃するが
「ウオアアアア!!」
今度は鞭のような武器らしく、それを振るってセシリアが展開していたビットを叩き落とした。
「そ、そんな!テイアーズが!」
自慢の武器が落とされた事にショックを受けたセシリアは動きが完全に止まってしまう。
その隙を逃さず、
「な!キャアアアア!!」
引き寄せられると同時に音声が響き、ほぼ同時にセシリアは腕についたブレードで切り裂かれた。
その一撃を受けてしまった同時に試合終了のブザーが鳴った。エネルギーが先程の一撃で無くなってしまった為だ。
「しょ、勝者!雨宮鏡夜!!」
勝者を教える放送が流れ、会場が一気に嵐のごとく沸いた。
「わ、わたくし生きてますわよね・・・!ちゃんと」
ISが解除されたセシリアは恐怖した目で
変身が解け、元の鏡夜に戻ると鏡夜はセシリアの近くへと歩み寄った。
「ひっ!」
セシリアは絶対防御が無ければ身体を引き裂かれていたかもしれないという恐怖から後ずさった。
「怖がらなくても何もしないさ、ほれ」
鏡夜は手を差し出すと捕まれと言っているようにも見える。その手を掴んだセシリアを見ると立ち上がらせた。
「ま、これで男は弱くないってわかった?・・・見てきたものだけが全てじゃないって事さ。俺にだってそんな事たくさんあったし」
「は、はい」
「早く戻ったほうがいいぞ?次の試合もあるからな」
「分かりましたわ、その・・・ありがとうございました」
「別にいいさ、それじゃあな」
短い会話を済ませると互いにピットへと戻って行った。ピットで待っていたのは驚愕の表情の教師二人と箒、そして怒りに満ちた目をした一夏がだった。
「鏡夜兄!やりすぎだ!あれほどまでやる必要はなかっただろ!」
「あれくらいは試合なんだから当然だろうに、じゃあお前は無抵抗のまま負けろってそう言いたいのか?」
「違う!そうじゃない!あんな攻撃、女の子にやっていい事じゃない!」
一夏は鏡夜の胸ぐらを掴み、詰め寄った。しかし、鏡夜自身は表情を変えずに一夏の目を見ている。
「なら、次の試合は俺達だからそこでやろうか」
一夏の腕を丁寧に解くと向かい側のピットへと鏡夜は向かって行った。
◇
30分の休憩の後、第三試合が開始されようとしていた。互いに向き合っているのは織斑一夏と雨宮鏡夜の二人である。
「俺が勝ったらセシリアに謝ってもらうからな?鏡夜兄」
「お前が勝てばな?俺も負けるつもりは全然ないけどよ」
腰に装着されたアマゾンズドライバーが鼓動のような待機音を発生し始める。
「アマゾン・・・!」
「くうっ!」
炎と衝撃波に吹き飛びそうになるが、それをこらえ終わると同時に試合開始のブザーが鳴り響く。
「先手必勝だ!うおおおおお!」
一夏は雪片の特性を生かした戦法で
「武装はあれ一本だったな、たしか。ピーキー過ぎないか?」
「うわ!?がァ!」
そのキックを受けた一夏は転ばされてしまい、更には腹部にスタンピングの一撃をもらってしまう。
「ぐ、があはっ!」
「まだお互いに一撃出しただけだろう?っと!」
振るわれた刀の一撃から逃れるように後方へジャンプすると、それと同時に落下し着地した。
「くっ!」
一夏は突撃と同時に間合いを詰めて斬りかかるが
「なんで反撃しないんだよ!?」
「観察は大事だろう?反撃しようにも相手の隙を見つけるのは当然の行動じゃないか?」
最もその為には動体視力や冷静な観察眼などが必要になってくるのは言うまでもない。
「く、くそぉ!当たらない!?」
「大体、わかってきたぞ?お前のリズム」
「それならこれで、どうだあああ!」
「っ!?」
しかし、押し込む力と押し返そうとする力とでは強さの差がハッキリと現れてしまい、徐々に一夏の刃が
「ぐ・・・おおおおおお!」
「このまま、押し切る!零落白夜ァ!」
一夏の刀、雪片がエネルギー状の刃となり少しずつ複眼に迫っていく。押し返す事が出来ずに零落白夜が
「うあああああっ!?」
「うおおおおおおおっ!」
そのまま刃を振り下ろし、零落白夜の刃が
「ああああああ!!?」
「や、やった!鏡夜兄に一撃を・・・えっ!?」
「うあああああああああ!あっ!があああああああああああ!!」
傷だらけの赤い獣の姿が解けてしまい、鏡夜は尋常ではない様子でもがき苦しんでいる。
切り裂かれた左目を押さえながらアリーナの地を転がりまわり、苦しみ続けているままだ。
その様子を只事ではないとアリーナから見ていた生徒達はざわめき始めている。中には苦しんでいる様子を見て、良い気味だと笑っている者まで居るようだ。
「きょ・・鏡夜兄!?」
一夏は鏡夜が自分の目を押さえている手から何か赤い液体が流れ続けているのを見た。それは鏡夜自身の血で、押さえている手は完全に血で染まっており、苦しみの叫びを鏡夜は上げ続けている。
「あれ・・血・・なのか?お・・俺・・鏡夜兄の・・目を」
「あ、ああああ!っああああああ!束さああん・・うああああああああ!!」
一夏は血を見たショックからか雪片をその手から滑り落とし、異常事態に気づいた千冬は真耶にすぐ指示を出し、試合を中止させ救護班を呼びアリーナの中へと急いだ。
鏡夜はすぐに保健室に運ばれ手当を受ける事になり、一夏は状況説明の為に千冬に呼ばれていた。
「一夏、一体何をした?説明しろ。ただの怪我にしては鏡夜のあの苦しみ方は異常だ」
一夏は震えた声で千冬に対し、ゆっくりと答えた。
「鏡夜兄に・・・攻撃を止められて・・・零落白夜を発動してそのまま振り抜いたら・・鏡夜兄が・・血を流して苦しんでいて・・・お、俺・・鏡夜兄の目を・・」
「そうか、わかった。一夏、白式を渡せ」
「ど、どうしてだよ!?」
いきなり自分の機体を渡せと言われ、一夏は大声を上げた。
「零落白夜をしばらくの間、封印する」
「!そ、そんな!?」
「今回のような事が起こっては使わせるわけには行かん!私の説明不足でバリア無効の意味を言わなかった私の責任だ」
「で、でも!」
「拒否は許さん!しばらくは雪片のみで訓練しろ!」
千冬の声に押されたのか一夏は待機状態の白式を千冬に手渡し、それを預かった千冬はすぐに立ち去ってしまった。
「人を・・鏡夜兄に・・・大怪我を・・負わせ」
初めて人に対し大怪我を負わせてしまった一夏はその場で震える自分の掌を見つめたまま動けずに、固まっていた。
鏡夜は左目を失いました。シーズン2のアレですね。
まだ右目が残ってるだけマシでしょうか?
次回に続きます。